特許第6548115号(P6548115)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6548115
(24)【登録日】2019年7月5日
(45)【発行日】2019年7月24日
(54)【発明の名称】動脈硬化症マーカー及びその利用
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20190711BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20190711BHJP
   C07K 14/805 20060101ALI20190711BHJP
【FI】
   G01N33/53 DZNA
   C12Q1/02
   C07K14/805
【請求項の数】6
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2015-141652(P2015-141652)
(22)【出願日】2015年7月15日
(65)【公開番号】特開2017-26329(P2017-26329A)
(43)【公開日】2017年2月2日
【審査請求日】2018年7月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】特許業務法人快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】内田 浩二
(72)【発明者】
【氏名】柴田 貴広
【審査官】 海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−038898(JP,A)
【文献】 特開2013−040781(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2013/0136726(US,A1)
【文献】 Zhu Xiaochun et al.,Charge derivatized amino acids facilitate model studies on protein side-chain modifications by matrix-assisted laser desorption/ionization time-of-flight mass spectrometry,Rapid Communications in Mass Spectrometry,2009年,23(14),PP.2113-2124.
【文献】 Zhu Xiaochun et al.,Mass Spectrometric Characterization of Protein Modification by the Products of Non-enzymatic Oxidation of Linoleic Acid,Chemical Research in Toxicology,2009年,22(8),PP.1386-1397
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式(1)で表される構造部分からなる群から選択される1又は2以上の構造部分を有する化合物である、動脈硬化症マーカー。
【化7】

(上記式中、Rは、ペプチド又はタンパク質若しくはその一部を表す。)
【請求項2】
請求項1に記載のマーカーを検出する工程を備える、動脈硬化症の検査方法。
【請求項3】
前記検出工程は、請求項1に記載のマーカーを特異的に結合する抗体を用いて検出する工程である、請求項2に記載の検査方法。
【請求項4】
請求項1に記載のマーカーを検出する試薬である、動脈硬化症の診断剤。
【請求項5】
前記試薬は、請求項1に記載のマーカーを特異的に検出する抗体である、請求項4に記載の診断剤。
【請求項6】
請求項1に記載のマーカーを検出するための手段を含む、動脈硬化症の診断キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、動脈硬化症のマーカーとその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内で活性酸素が過剰に生成されると、脂質やタンパク質などの生体内分子が傷害を受けることで、疾病の発症や進展に繋がることが知られている。このような障害のうち、生体内で生成された親電子性低分子によるタンパク質の非酵素的な修飾は、生体内の状態や病態を反映しており、疾病に対するバイオマーカーとして捉えることができる。
【0003】
非酵素的な修飾の一例として、血液の体積の約45%を占める赤血球中の主要なタンパク質であるヘモグロビン(Hb)の糖化修飾体として知られているHbA1cある。ヘモグロビンとグルコースとは、ヘモグロビンのアミノ基の窒素が持つ非共有電子対が、非酵素的にグルコースのアルデヒド基の炭素を求核攻撃することにより結合する。こうした結合物のうち、ヘモグロビンのβ鎖N末端のバリンとグルコースとが結合したものがヘモグロビンA1cである。A1cは、安定で糖化ヘモグロビンの中でも大きな割合を占める。
【0004】
ヘモグロビンA1cは、このように非酵素的に生成され、ヘモグロビンに対する割合は血中グルコース濃度(血糖状態)に依存するため、しかも、その寿命が約120日と比較的長い。このため、血糖状態をよく反映するものとして、糖尿病のマーカー及び糖尿病治療における血糖コントロールの指標として用いられる。
【0005】
一方、酸化ストレスや炎症条件下において生成される酸化脂肪酸類は、タンパク質と反応して多種多様な付加体を形成することが知られている。このような付加体を、網羅的に解析する方法が報告されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】柴田貴広ら、日本農芸化学会2014年度大会講演要旨集 3B03a11
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
現在までのところ、ヘモグロビンなどの赤血球タンパク質の修飾体については、網羅的に解析が行われていなかった。このため、ヘモグロビンの糖化以外の修飾体についてはほとんど知られていなかった。
【0008】
本明細書は、新たな動脈硬化症用の診断用マーカー及びその利用並びに診断用マーカーのスクリーニング方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、赤血球に着目した。赤血球は、生体内に存在する酸素分子のほとんどが結合するヘモグロビン(Hb)を主要タンパク質とし、この結合が脂質過酸化の触媒にもなりうる鉄イオンの存在下で活性化していることなどから、他の生体成分と比較し赤血球のoxidative potentialは高いと推測したからである。また、このような背景から、赤血球タンパク質の翻訳後修飾を解析することで、新たな診断用マーカーの創出が期待されると推測した。本発明者らは、以上の観点から、赤血球におけるタンパク質の付加体について、LC−MS/MSを用いて探索し、その結果、動脈硬化症モデルマウスについて、特定の付加体の増加を見出した。本明細書はこの知見に基づき以下の手段を提供する。
【0010】
(1)以下の式(1)で表される構造部分からなる群から選択される1又は2以上の構造部分を有する化合物である、動脈硬化症マーカー。
【化1】
(上記式中、Rは、ペプチド又はタンパク質若しくはその一部を表す。)
(2)(1)に記載のマーカーを検出する工程を備える、動脈硬化症の検査方法。
(3)前記検出工程は、(1)に記載のマーカーを特異的に結合する抗体を用いて検出する工程である、(1)に記載の検査方法。
(4)(1)に記載のマーカーを検出する試薬である、動脈硬化症の診断剤。
(5)前記試薬は、(1)に記載のマーカーを特異的に検出する抗体である、(4)に記載の診断剤。
(6)(1)に記載のマーカーを検出するための手段を含む、動脈硬化症の診断キット。
(7)診断のためのマーカーのスクリーニング方法であって、
診断対象群に特異的な血液に由来するタンパク質に不飽和脂肪酸,又はその誘導体が付加した付加体をスクリーニングする工程、
を備える、スクリーニング方法。
(8)診断のためのマーカーのスクリーニング方法であって、
診断対象群の血液に由来するタンパク質に対する不飽和脂肪酸又はその誘導体の付加体であって、ヒスチジン又はリジンを介した付加体についての液体クロマトグラフィーによる分離情報及び当該付加体についての質量分析法による質量情報を含む第1の付加体情報を取得する工程と、
前記第1のタンパク質付加体情報と、前記診断対象群に対する参照群の血液に由来するタンパク質に対する不飽和脂肪酸又はその誘導体の付加体であって、ヒスチジン又はリジンを介した付加体についての液体クロマトグラフィーによる分離情報及び当該付加体についての質量分析法による質量情報を含む第2の付加体情報と、を対比して、前記診断対象群に特異的な付加体に関する第3の付加体情報を取得する工程と、
前記第3の付加体情報を利用して、ヒスチジン又はリジンを介してタンパク質が付加した多価不飽和脂肪酸誘導体を同定する工程と、
を備える、スクリーニング方法。
(9)酸素毒性による赤血球障害のマーカーのスクリーニング方法である、請求項7又は8に記載のスクリーニング方法。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】ApoE欠損マウスとコントロールマウスとにおけるヒスチジンのアダクトーム解析結果を示す図である。
図2】ApoE欠損マウスとコントロールマウスとにおけるヒスチジンのアダクトーム解析結果から得られるApoE欠損マウス特異的な付加体を示す図である。
図3】ApoE欠損マウス特異的ヒスチジン付加体と2−オクテン酸−His酸標品との比較結果を示す図である。
図4】アルブミン及びヘモグロビンにおける2−オクテナール−His及び2−オクテン酸−Hisの有無を確認した結果を示す図である。
図5】各種の鉄酸化系による2−オクテン酸−Hisの生成状態を示す図である。
図6】2−オクテン酸−Hisの生成経路を示す図である。
図7】ヘモグロビン中のヒスチジンにおける2−オクテン酸付加部位の確認結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書の開示は、動脈硬化症マーカー及びその利用に関する。本発明者らは、血液成分としての血漿、白血球及び赤血球からそれぞれタンパク質を精製し、LC/MS/MS解析を行ったところ、リジン及びヒスチジンがタンパク質に付加した付加体が、他の画分に比して赤血球画分についてより多く生成していることを見出した。また、本明細書が開示する動脈硬化症マーカーは、動脈硬化症の個体群において特異的に見出される、ヒスチジンを介してタンパク質に2−アルケン酸が付加したタンパク質付加体である。
【0013】
本発明者らによれば、これらのタンパク質付加体の1つである、ヒスチジンを介してタンパク質に2−オクテン酸が付加した態様のタンパク質付加体を見出した。このタンパク質付加体について、さらに、検討したところ、ヘモグロビンが保持するヘムが配位する鉄によって、最終的に非酵素的に生成されるものであることがわかっている。
【0014】
こうしたタンパク質付加体が、動脈硬化症個体において特異的に見出されることから、本発明者らは、これらを、動脈硬化症マーカーとして特定した。
【0015】
本明細書に開示の動脈硬化症マーカーは、哺乳動物を検出対象個体とすることができ、好ましくは、ヒトを含む霊長哺乳類ほか、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ等の陸上哺乳類ほか、海生哺乳類等が挙げられる。
【0016】
以下、本明細書の開示を詳細に説明する。
【0017】
(動脈硬化症マーカー)
本明細書に開示される動脈硬化症マーカー(以下、本マーカーという。)は、以下の式(1)で表される構造部分を有する化合物である。
【0018】
【化2】
【0019】
上記式(1)において、Rは、ペプチド又はタンパク質若しくはこれらの一部を表すことができる。Rは、ペプチドであってもよいし、タンパク質であってもよい。ペプチドとタンパク質とは、明確に区別しないが、概して、ペプチドとは、2個〜数十個程度のアミノ酸がペプチド結合で重合した化合物をいい、タンパク質とは、100個以上程度のアミノ酸がペプチド結合で重合した化合物をいう。ペプチド又はタンパク質の一部としては、1つのみのアミノ酸を含むほか、公知のペプチド及びタンパク質の分解物を含んでいる。
【0020】
上記式におけるRは、好ましくは、ペプチド又はタンパク質若しくはこれらの一部の主鎖の炭素原子を表す。また、上記式におけるRは、好ましくは、血液由来のタンパク質又はその一部であり、より好ましくは赤血球由来のタンパク質又はその一部である。さらに好ましくはヘモグロビン又はその一部である。本マーカーは、赤血球のヘモグロビン画分より見出されている。
【0021】
また、本マーカーは、ペプチド若しくはタンパク質のヒスチジン残基又はヒスチジンの側鎖のアミノ基の窒素原子の水素原子をオクタン酸の2位の炭素原子が結合して置換した構造であることが好ましい。こうした化合物は、例えば、赤血球ヘモグロビンのヒスチジン残基の側鎖の窒素原子が、2−オクテン酸の2位の炭素原子に付加して得られると考えられる。
【0022】
検出容易な本マーカーの形態は、以下の式で表される、上記式(1)におけるRがヒスチジンの炭素原子である化合物である。この化合物を本マーカーとして検出するように、本検査方法、本診断剤及び本診断キットを構成することで、検出感度、再現性の良好な検出及び/又は測定が可能となる。
【0023】
【化3】
【0024】
本マーカーは、血液(全血)おいて見出されるが、好ましくは、血球画分、より具体的には赤血球画分に見出される。したがって、本マーカーは、好ましくは、血漿や血清を除いた、血球画分又は赤血球画分を検出対象とする。なお、上記式で表わされるように、本マーカーがカルボキシル基やアミノ基などの解離性基を有する場合、これらの解離性基は、解離型であっても非解離型であっても、本マーカーに含まれるものである。
【0025】
(動脈硬化症の検査方法)
本明細書に開示する動脈硬化症の検査方法は、赤血球を含む被験試料から本マーカーを検出する工程を備えることができる。赤血球を含む被験試料から本マーカーを検出し、さらに含有量等に基づいて、動脈硬化症の発症、進展、改善及び予後等の状況を検知することができ、診断を補助又は診断することができる。
【0026】
本検査方法における被験試料は、少なくとも赤血球を含んでいる。こうした赤血球を含む被験試料は、検査対象個体から採取される血液(全血)のほか、血清又は血漿などの血液試料又はこうした血液試料を含む組織、器官、臓器等が挙げられる。被験試料は好ましくは、いわゆる採血して得られる血液試料である。被験試料は、より好ましくはこうした各種の被験試料から得られる血球画分であり、さらに好ましくは赤血球画分である。血液等からの血球及び赤血球などの分画は、当業者に公知の方法を適用することができる。
【0027】
本マーカーを検出するには、種々の方法を採用することができる。本マーカーを物理化学的な手段で検出することもできる。例えば、液体クロマトグラフィー、マススペクトロメトリー、LC/MS(液体クロマトグラフィー・質量分析法)、LC/MS/M液体クロマトグラフィー・タンデム型質量分析法S等の分離手段を用いることができる。例えば、被験試料を、LC/MS/MSに適用することで、液体クロマトグラフィーにおける保持時間とタンデム型マススペクトロメトリーのm/z値(本マーカー及びそのヒスチジンフラグメントのm/z値)に基づいて、本マーカーを検知し、定量することができる。
【0028】
物理化学的な検出手段としては、好ましくはLC−MS/MSを用いることができる。この方法であると、タンパク質の加水分解物であるヒスチジン付加物やリジン付加物とをそれぞれLCで分離でき、さらに、これらをMS/MSにかけて、質量分析することで、それぞれヒスチジン又はリジンの付加体であること及び残余の質量数や構造を比較的容易に特定することができる。
【0029】
本マーカーは、また、免疫化学的な手段でも検出することができる。このためには、本マーカーに特異的に結合する抗体を用いることができる。本明細書において、「抗体」とは、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、モノクローナル抗体のフラグメント、F(ab’)2化抗体、F(ab’)化抗体、短鎖抗体(scFv)、ダイアボディ、およびミニボディを包含することができる。
【0030】
抗体を用いて本マーカーを検出する方法も特に限定されないで、公知のイムノアッセイを用いることができ、イムノアッセイとしては、エンザイムイムノアッセイ、ラジオイムノアッセイ、ラテックス凝集法、ウェスタンブロッティング法、イムノクロマトクロマトグラフィー法等が挙げられる。また、イムノアッセイには、直接法、間接法、サンドイッチ法及び競合法等が挙げられるが、これらの各種態様を適宜用いることができる。なお、イムノアッセイには、必要に応じて、抗体は標識されていてもよいし、本マーカーと結合する一次抗体としての抗体や本マーカーと結合する二次抗体(検出のために標識等されていてもよい)を適宜、検出試薬として用いることができる。また、抗体を用いた各種態様のイムノアッセイにおいては、抗体は、適当な固相体に固定化した状態で用いることができる。なお、抗体の作製方法については、後段で詳述する。
【0031】
検査対象個体から採取した血液試料は、例えば、以下のように処理することで、本検出工程に適用することが好ましい。血液試料は、まず、還元剤で処理して、活性酸素等による各種の反応生成物をその還元体に導き、それ以上の分解を抑制するのが好ましい。還元には、炭素−炭素二重結合、カルボキシル(COOH)基、エステル基などは還元しない還元剤が使用され、例えば水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)、ソディウムシアノボロヒドリド(NaCNBH3)、トリフェニルホスフィン(triphenylphosphine)などが挙げられる。
【0032】
還元反応は、還元剤を1当量から過剰量用い、水、メタノール、エタノールなどのアルコール又は含水アルコール中で、0℃〜50℃程度の温度下に1分から16時間程度反応させることにより有利に進行する。
【0033】
還元処理後、中和して、トリクロロ酢酸等の公知のタンパク質不溶化剤を用いてタンパク質を不溶化後、必要に応じて、アセトンやジエチルエーテルで洗浄し、回収したタンパク質に適度な濃度の酸(例えば、5〜10N HCl等)で、真空ポンプなどによる減圧条件下で110℃程度に適度に加熱して24時間程度加水分解することで、2−オクテン酸−His等を生成させることができる。
【0034】
加水分解は、水中で行ってもよく、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、エタノール、メタノール、イソプロパノール、ブタノール、アセトン、DMF,DMSO,N−メチルピロリドン、などの溶媒を水と混合して行うこともできる。
【0035】
こうした加水分解により、検査対象個体の血液試料から、本マーカーの検出工程に適した被験試料を調製することができる。なお、アルカリ処理後、さらにフィルターで濾過することが望ましい。濾過に使用されるフィルターとしては、カットオフ値が2000〜100000Da程度、好ましくは3000〜50000Da程度、好ましくは5000〜30000Da程度である。フィルターとしては例えばYM10フィルター(日本ミリポア株式会社製)を使用することができる。
【0036】
なお、本マーカーの一態様であって標準品として利用できる2−オクテン酸−Hisは、公知の方法で合成により取得することができる。例えば、一つの方法としては、ヒト血清アルブミン等のタンパク質と、2−オクテナールをPBS中で、37℃で6時間程度反応させ、反応後、NaBH4で室温で数時間程度還元処理を行い、その後、NaClO2を加えて室温等で一晩程度静置してアルデヒドをカルボン酸へと酸化した。この後、トリクロロ酢酸等でタンパク質を不溶化後、回収したタンパク質に6N HCl等で110℃程度で24時間程度加水分解することで、2−オクテン酸−Hisを得ることができる。
【0037】
本マーカーを検出する工程は、本マーカーを検出するのみならず、本マーカーの濃度ないし含有量を測定する工程であることが好ましい。こうすることで、動脈硬化症の発症や進展等についてより具体的に診断を補助できるからである。
【0038】
検出工程で、本マーカーの濃度等を定量するには、別途調製した標準品としての本マーカーを利用して公知の手法に基づいて定量することができる。また、診断等に有用な指標や閾値は、動脈硬化症について各種の段階にある個体群から取得して被験試料を用いて本マーカーの濃度等を測定することで、動脈硬化症の進展についての各段階の閾値を決定することができる。
【0039】
例えば、健常者群と、動脈硬化症と診断された動脈硬化症診断群とについて、本検査方法を実施することで、動脈硬化症として診断できる本マーカーの閾値を設定することができる。さらに、健常者と動脈硬化症との境界領域といえる閾値も設定することができる。このほか、適宜、対象群を設定し、本検査方法を実施することで、当業者であれば、動脈硬化症の進展に応じて適当な閾値を設定することができる。
【0040】
(動脈硬化症の診断剤)
本明細書に開示される動脈硬化症の診断剤は、本マーカーを検出する試薬を含むことができる。本診断剤によれば、血液試料から容易に動脈硬化症の発症、進展、改善、予後について診断することができる。こうした試薬としては特に限定しないが、既述のように、本マーカーを物理化学的に検出するための試薬であってもよいし、免疫化学的に検出するための抗体などの試薬であってもよい。
【0041】
(動脈硬化症の診断キット)
本明細書に開示される動脈硬化症の診断キットは、本マーカーを検出するための手段を備えることができる。かかる手段は、例えば、本マーカーを検出するための試薬であり、例えば、本マーカーと特異的に結合する抗体が挙げられる。さらに、本キットは、被験試料を調製するための試薬を備えることができる。被験試料を調製するための試薬としては、上記したような各種還元剤、トリクロロ酢酸などのタンパク質不溶化剤、酸などタンパク質加水分解剤のいずれか又は2種以上を含むことができる。還元剤とともに用いるNaOHなどのアルカリ溶液を含んでいてもよい。
【0042】
本マーカーを検出するための試薬として、本マーカーと特異的に結合する抗体を含む場合には、検出のための標識試薬、本マーカーと特異的に結合する一次抗体に結合する適宜標識されていてもよい二次抗体等が挙げられる。
【0043】
本キットは、さらに、当該抗体が固定化されたイムノクロマトグラフィーなどの担体等を含むこともできる。さらに、本キットには、適宜、緩衝液や溶剤などを含むことができる。緩衝液としては、赤血球を分散するためのPBSが挙げられる。また、溶剤としては、不溶化タンパク質を洗浄するためのアセトン、エーテル等が挙げられる。さらに、還元反応に用いることができる既述の溶媒が挙げられる。
【0044】
さらに、本キットは、2−オクテン酸−Hisを標準品として含むことができる。
【0045】
なお、本検査方法に用いられ、本診断剤であり、本診断キットの要素でもある、本マーカーを特異的に検出する抗体の製法は、特に限定されない。公知の方法に準じて、2−オクテン酸−Hisを免疫原として公知の方法により動物を免疫したりし、当該分野で知られているあるいは汎用されている方法、例えばケラー、ミルシュタインらの方法(Nature,256:495−97,1975)あるいはそれに準じて製造することができる。 以下にモノクローナル抗体の作製について詳細に説明する。なお、モノクローナル抗体は、以下に示すように、ミエローマ細胞を用いての細胞融合技術を利用して得られるが、ミエローマ細胞を用いた場合にだけ限定されるものではない。
【0046】
抗原となる、2−オクテン酸−Hisは、そのまま適当なアジュバントと混合して動物を免疫するのに使用できるが、免疫原性コンジュゲートとして、必要に応じて適当なアジュバントと混合して動物を免疫することが望ましい。また、免疫原性コンジュゲートは、この抗原を含む免疫原を適当な縮合剤を介して種々の担体と結合させて作製できる。
【0047】
担体がタンパク質の場合、担体タンパク質類は活性化され得る。活性化は、活性エステル(ニトロフェニルエステル基、ペンタフルオロフェニルエステル基、1−ベンゾトリアゾールエステル基、N−スクシンイミドエステル基など)にすることにより、実施できる。担体としては、キーホール・リンペット・ヘモシアニン(KLH)、血清アルブミン(BSA、HSA)、卵白アルブミン、グロブリン、ポリリジン、ポリヒスチジンなどのポリペプタイド、細菌菌体成分、例えばBCGなどが挙げられる。
【0048】
動物を免疫するには、例えば村松繁、他編、実験生物学講座14、免疫生物学、丸善株式会社、昭和60年、日本生化学会編、続生化学実験講座5、免疫生化学研究法、東京化
学同人、1986年、または、日本生化学会編、新生化学実験講座12、分子免疫学III、抗原・抗体・補体、東京化学同人、1992年などに記載されている方法に準じて行うことができる。抗原と共に用いられるアジュバントとしては、例えばフロイント完全アジュバント、リビ(Ribi)アジュバント、百日咳ワクチン、BCG、リピッドA、リポソーム、水酸化アルミニウム、シリカなどが挙げられる。免疫は、例えばBALB/cなどのマウスをはじめとする動物を使用して行われる。抗原の投与量は、例えばマウスに対して約1〜400μg/動物で、一般には宿主動物の腹腔内や皮下に注射し、以後1〜4週間おきに、より好ましくは1〜2週間ごとに腹腔内、皮下、静脈内あるいは筋肉内に追加免疫を2〜10回程度反復して行う。免疫用のマウスとしてはBALB/c系マウスの他、BALB/c系マウスと他系マウスとのF1マウスなどを用いることもできる。必要に応じて抗体価測定系を調製し、抗体価を測定して動物免疫の程度を確認できる。
【0049】
細胞融合に使用される無限増殖可能株(腫瘍細胞株)としては免疫グロブリンを産生しない細胞株から選ぶことができ、例えばP3−NS−1−Ag4−1(NS−1,Eur.J.Immunol.,6:511−519,1976)、SP2/0−Ag14(SP2,Nature,276:269〜270,1978)、マウスミエローマMOPC−21セルライン由来のP3−X63−Ag8−U1(P3U1,Curr.topicsMicrobiol.Immunol.,81:1−7,1978)、P3−X63−Ag8(X63,Nature,256:495−497,1975)、P3−X63−Ag8−653(653,J.Immunol.,123:1548−1550,1979)などを用いることができる。
【0050】
上記工程に従い免疫された動物、例えばマウスは最終免疫後、2〜5日後にその脾臓が摘出され、それから脾細胞懸濁液を得る。脾細胞の他、生体各所のリンパ節細胞を得て、それを細胞融合に使用することもできる。こうして得られた脾細胞懸濁液と上記ミエローマ細胞株を、例えば最小必須培地(MEM培地)、DMEM培地、RPMI−1640培地などの細胞培地中に置き、細胞融合剤、例えばポリエチレングリコールを添加する。細胞融合剤としては、この他各種当該分野で知られたものを用いることができ、この様なものとしては不活性化したセンダイウイルス(HVJ:HemagglutinatingVirus of Japan)なども挙げられる。好ましくは、例えば30〜60%のポリエチレングリコールを0.5〜2ml加えることができ、分子量が1,000〜8,000のポリエチレングリコールを用いることができ、さらに分子量が1,000〜4,000のポリエチレングリコールがより好ましく使用できる。融合培地中でのポリエチレングリコールの濃度は、例えば30〜60%となるようにすることが好ましい。必要に応じて、例えばジメチルスルホキシドなどを少量加え、融合を促進することもできる。融合に使用する脾細胞(リンパ球):ミエローマ細胞株の割合は、例えば1:1〜20:1とすることができるが、より好ましくは4:1〜10:1とすることができる。融合反応を1〜10分間行い、次にRPMI−1640培地などの細胞培地を加える。融合反応処理は複数回行うこともできる。融合反応処理後、遠心などにより細胞を分離した後選択用培地に移す。
【0051】
ハイブリドーマの選択用培地としては、例えばヒポキサンチン、アミノプテリン及びチミジンを含む、FCS含有MEM培地、DMEM培地、IMDM培地、RPMI−1640培地などの培地(例えばHAT培地)が挙げられる。選択培地交換の方法は、一般的には培養プレートに分注した容量と等容量を翌日加え、その後1〜3日ごとにHAT培地で半量ずつ交換するように処理することができるが、適宜これに変更を加えて行うこともできる。また融合後8〜16日目には、アミノプテリンを除いた、所謂HT培地で1〜4日ごとに培地交換をすることができる。フィーダーとして、例えばマウス胸腺細胞を使用することもでき、それが好ましい場合がある。
【0052】
ハイブリドーマの増殖の盛んな培養ウェルの培養上清を、例えば放射免疫分析(RIA)、酵素免疫分析(ELISA)、蛍光免疫分析(FIA)などの測定系、あるいは蛍光惹起細胞分離装置(FACS)などで、2-オクテン酸−Hisを抗原として用いたり、あるいは標識抗マウス抗体を用いて目的抗体を測定するなどでスクリーニングする。その後、目的抗体を産生しているハイブリドーマをクローニングする。クローニングは、寒天培地中でコロニーをピック・アップするか、あるいは限界希釈法により行う。より好ましくは限界希釈法により行うことができる。クローニングは複数回行うことが好ましい。
【0053】
得られたハイブリドーマ株は、FCS含有またはFCSを含まないMEM培地、DMEM培地、IMDM培地、RPMI−1640培地などの適当な増殖用培地中で培養し、その培地上清から所望のモノクローナル抗体を得ることができる。大量の抗体を得るためには、ハイブリドーマを腹水化することが挙げられる。この場合、ミエローマ細胞由来の動物と同系の組織適合性動物の腹腔内に各ハイブリドーマを移植し、増殖させるか、あるいはヌード・マウスなどに各ハイブリドーマを移植し、増殖させ、該動物の腹水中に産生されたモノクローナル抗体を回収して得ることができる。動物はハイブリドーマの移植に先立ち、プリスタン(2,6,10,14−テトラメチルペンタデカン)などの鉱物油を腹腔内投与しておくことができ、その処理後、ハイブリドーマを増殖させ、腹水を採取することもできる。その腹水液をそのまま、あるいは従来公知の方法、例えば硫酸アンモニウム沈殿法などの塩析、セファデックスなどによるゲルろ過法、イオン交換クロマトグラフィー法、電気泳動法、透析、限外ろ過法、アフィニティークロマトグラフィー法、高速液体クロマトグラフィー法などにより精製してモノクローナル抗体として用いることができる。より好ましくは、モノクローナル抗体を含有する腹水液を硫安分画した後、DEAB−セファロースのような陰イオン交換ゲル及びプロテインAカラムのようなアフィニティー・カラムなどを用いて精製分離処理できる。さらに好ましくは抗原又は抗原断片(例えば合成ペプチド、組換え抗原タンパク質あるいはペプチド、抗体が特異的に認識する部位など)を固定化したアフィニティークロマトグラフィー、プロテインAを固定化したアフィニティークロマトグラフィーなどを用いて精製分離処理できる。
【0054】
こうして大量に得られた抗体の核酸配列を決定したり、ハイブリドーマ株から得られた抗体をコードする核酸配列を利用して、遺伝子組換え技術により抗体を作製することも可能である。
【0055】
さらに、これら抗体をトリプシン、パパイン、ペプシンなどの酵素により処理して、場合により還元して得られるFab、Fab'、F(ab')2といった抗体フラグメントにして使用してもよい。抗体は、酵素(ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼあるいはβ−D−ガラクトシダーゼなど)、化学物質、蛍光物質あるいは放射性同位元素などにより標識しても良い。
【0056】
(診断のためのマーカーのスクリーニング方法)
本明細書に開示されるスクリーニング方法は、診断対象群に特異的な血液に由来するタンパク質に不飽和脂肪酸,又はその酸化物などの不飽和脂肪酸誘導体が、ヒスチジンやリジンなどを介して付加した付加体をスクリーニングする工程、を備えることができる。本スクリーニング方法によれば、診断対象群が罹患している疾患や症状に特異的な診断のための付加体を、診断用マーカーとしてスクリーニングすることができる。
【0057】
なお、不飽和脂肪酸としては、炭素数が6〜20以下の不飽和脂肪酸、好ましくは炭素数が7〜12の不飽和脂肪酸が挙げられる。典型的には、各種の2−アルケン酸が挙げられる。また、不飽和脂肪酸の誘導体としては、アルデヒド等が挙げられる。例えば、典型的には、各種の2−アルケナールが挙げられる。
【0058】
また、付加体としては、血液に由来するアルブミンなどのタンパク質のリジン残基やヒスチジン残基の側鎖アミノ基のN原子を介して各種の不飽和脂肪酸やその酸化物であるアルデヒド体が付加したものが挙げられる。
【0059】
本明細書に開示したように、血液、特に赤血球に由来するタンパク質に不飽和脂肪酸又はその誘導体が付加した付加体をスクリーニングすることは、動脈硬化症、高脂血症、メトヘモグロビン血漿、ブリマキン過敏症、鎌状赤血球病など、血中のトリグリセロールなどの脂質酸化や酸かストレスに関連する疾患や症状に関連したマーカー(こうしたマーカーを総称して、酸素毒性による赤血球障害マーカーという。)を見出すことができる。したがって、本スクリーニング方法は、動脈硬化症や高脂血症等のマーカーのスクリーニングに有用である。
【0060】
かかる付加体のスクリーニングにあたっては、被験者者の全血又は血球画分、より具体的には赤血球画分などの血液試料を用いることが好ましい。こうした血液試料を、既述したように、本検出方法の検出工程に適した被験試料を得るのと同様にして、本スクリーニング方法の被験試料を得ることができる。この被験試料には、各種の不飽和脂肪酸又はその誘導体がHisやLysを介して結合したタンパク質を含むことができる。
【0061】
次に、被験試料中の付加体をスクリーニングする。付加体のスクリーニングには、既述の種々の方法を採用することができる。網羅的に付加体をスクリーニングするには、例えば、液体クロマトグラフィー、マススペクトロメトリー、LC/MS(液体クロマトグラフィー・質量分析法)、LC/MS/M液体クロマトグラフィー・タンデム型質量分析法S等の分離手段を用いることができる。例えば、既に説明したように、被験試料を、LC/MS/MSに適用することで、液体クロマトグラフィーにおける保持時間などの保持時間常法とタンデム型マススペクトロメトリーのm/z値(本マーカー及びそのヒスチジンフラグメントのm/z値、質量電荷比)などの質量情報に基づいて、付加体を検出することができる。
【0062】
物理化学的な検出手段としては、好ましくはLC−MS/MSを用いることができる。この方法であると、タンパク質の加水分解物であるヒスチジン付加物やリジン付加物とをそれぞれLCで分離でき、さらに、これらをMS/MSにかけて、質量分析することで、それぞれヒスチジン又はリジンの付加体であること及び残余の質量数や構造を比較的容易に特定することができる。
【0063】
例えば、LC/MS/MSでは、各種の付加体がLCにおける保持時間と質量電荷比とのマトリックス上に検知することができる。マトリックスには、LC上で検出されたピーク面積の相対値を円などの面積値として表示することができる。ある種の酸素毒性による赤血球障害が推定される診断対象群の被験試料から得られた付加体のマトリックスと、健常者など適切な参照群の被験試料から得られた付加体のマトリックスとを、保持時間、質量情報及びピーク面積の相対値の観点から対比して、診断対象群に特徴的な付加体を見出すことができる。
【0064】
特徴的な付加体は、後述する実施例において開示するように、LC/MS/MS分析マトリックスを利用して、そのLCにおける保持時間と質量電荷比とから付加体の構造を推定し、同定することができる。
【0065】
こうしたスクリーニング方法において見出された付加体は、血液に由来するタンパク質、特に赤血球に由来するタンパク質の酸化状態に関連しており、酸素毒性による赤血球障害の診断等に有用なマーカーとなりうる。
【実施例】
【0066】
以下、本発明を実施例を用いてより詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されない。
【実施例1】
【0067】
(ApoE欠損マウス赤血球タンパク質のアダクトーム解析)
本実施例では、ApoE欠損マウスおよびそのコントロールマウスであるbalb/cマウスの赤血球タンパク質のアダクトーム解析を行った。それぞれのマウスから14週齢時点で採血を行い、赤血球を調製した。この赤血球タンパク質を還元し、酸加水分解を行って、被験試料を調製し、LC-MS/MSによるアダクトーム解析を行った。赤血球の調製、還元処理及び酸加水分解、並びにアダクトーム解析は以下の方法で行った。結果を、図1及び図2に示す。
【0068】
(1)赤血球の単離
血液試料にEDTAを加えて、3500rpm、4℃で10分間遠心分離し、上清を取り除いた。その後、沈殿物に対して、等量の等張液(10mMリン酸緩衝液-152mM NaCl (pH 7.4))を加えてよく振とうした後、3500rpm、4℃で20分間遠心分離し、上清を取り除いた。この操作を3回繰り返し、赤血球を単離した。
【0069】
(2)還元処理
マウス赤血球を、赤血球数が2.0×107cells/mlとなるようPBSで希釈した。1,100mMとなるようにNaBH4を1N のNaOH水溶液に溶かし、反応液の10分の1量加え、室温で3時間還元処理を行った。還元処理後、2NのHClをNaOH水溶液と等量加え中和した。
【0070】
(3)酸加水分解
ミクロチューブに還元処理試料と、等量の20% TCAを加え氷上で1時間静置し、タンパク質を不溶化した。4,000×g (8,000rpm, 6cm)、4℃で30分間遠心してタンパク質を沈殿させ、沈殿を乱さぬように上清を除いた。その後、500μlの氷冷アセトンを加えて軽く撹拌した後、同様に遠心して上清を除いた。さらに、750μlのジエチルエーテルを加えて軽く撹拌した後、同様に遠心して上清を除いた。加水分解用チューブに 6N HCl を少量注ぎ、サンプル入りミクロチューブを入れた後、真空ポンプにより減圧条件とした。110℃の乾熱器に入れ、24時間加水分解した。加水分解終了後、ミクロチューブ内に残ったHClをデシケーターにより留去した。
【0071】
(4)アダクトーム解析
加水分解後の被験試料を、タンパク質1mgに対し500μlのEtOHに再溶解した。溶けにくい場合はソニケーションをかけるなどし、0.45μmのフィルターに通してLC-MS/MS用のサンプルとした。LC-MS/MSを用いて、下記の条件で測定を行った。
測定後、各ピークの質量電荷比、LC部における保持時間、ピーク面積及び、バリンのピーク面積を記録し、アダクトームアップやヒートマップの作製を行った。サンプル間のピーク面積は、バリンのピーク面積により補正を行った。
【0072】
(修飾タンパク質のアダクトーム解析(LC-MS/MS)の条件)
Injection : 10μl
Cone potential : 25eV
Collision energy : 25eV
Ion mode : ESP+
Precursor ion : m/z 150から450
Product ion : m/z 84(修飾リジン)およびm/z 110(修飾ヒスチジン)。
バリンはm/z 118>72を測定した。
Column : Develosil C30-UG-5 (2.0/100)
Flow rate : 0.3ml/min
Solvent A : H2O / 0.1% HCOOH
Solvent B : MeOH
Gradient
【0073】
【化4】
【0074】
図1に示すように、ApoE欠損マウス、balb/cマウスの両方で多数の付加体が検出された。一方、balb/cマウスと比較し、ApoE欠損マウスではより多くの付加体が検出された。それぞれのピークについて面積を比較した結果、図1の1番で示した質量電荷比298、保持時間4.9分の付加体の生成量が有意に増加していることが明らかとなった。
【0075】
ヒスチジンはC6H9N3O2の組成式で表される質量電荷比156のアミノ酸である。このことから質量電荷比298のものについては修飾部分がC9H17Oで表される構造、もしくはC8H15O2で表される構造をとっていることが示唆された。C8H15O2についてはカルボン酸を分子内に持ち、炭素数が8である2-octenoic acidが予想された。
【0076】
そこで、2−オクテン酸−Hisを以下の方法で調製し、ApoE欠損マウスの赤血球において生成する付加体との同一性を、以下の条件でLC/MS/MSにて確認することとした。結果を図3に示す。
【0077】
(2−オクテン酸−Hisの調製)
HSA (1.0mg/ml) と2-octenal (1.0mM) をPBS中 で37℃、6時間反応させた。反応後、1,100mMとなるようにNaBH4を1N のNaOH水溶液に溶かし、反応液の10分の1量加え、室温で3時間還元処理を行った。DMSOを反応液の2当量を加え、さらにNaClO2 (0.5mM) 3当量を200μl/minで撹拌しながら加えた。室温で一晩静置し、アルデヒドのカルボン酸への酸化を行った。酸化処理後、上述の方法で酸加水分解を行った。なお、2−2−オクテン酸−Hisは、以下の条件で、移動相A及びBを用いてようにしてAの比率が以下のようになるようにして分取した。
【0078】
≪2-octenoic acid-Hisの分取条件≫
Column :Sunniest RP-AQUA (直径10mm、 250mm)
Flow rate :2.0ml/min
Detection :200-650nm
Eluent : A H2O / 0.1% TFA, B:Acetonitrile / 0.1% TFA
【0079】
【化5】
【0080】
≪2-octenoic acid-HisのLC/MS/MS分析条件≫
Injection : 10μl
Cone potential : 40eV
Collision energy : 30eV
Ion mode : ESP+
Precursor ion : 298
product ion : 110
Column : Develosil C30-UG-5 (2.0/100)
Flow rate : 0.3ml/min
Solvent A : H2O / 0.1% HCOOH
Solvent B : MeOH
【化6】
【0081】
図3に示すように、合成した2−オクテン酸−Hisは、ApoE欠損マウス赤血球中に生成する付加体と保持時間が一致した。このことから、動脈硬化モデルマウスの赤血球中に2−オクテン酸−Hisが有意に生成していることが示唆された。なお、2−オクテン酸−Hisは、ApoE欠損マウスの血液試料の血漿成分からは検出しないことも併せて確認した(図3参照)。
【0082】
以上のことから、ApoE欠損マウスの赤血球において特異的に生成された付加体は、2−オクテン酸−Hisという構造を有することがわかった。
【実施例2】
【0083】
(2−オクテン酸−Hisの生成経路の検討:2−オクテナール−Hisの2−オクテン酸−Hisへの酸化の検討)
2-octenalについては、その構造からタンパク質中のヒスチジンとの反応性が高く、2-octenalとタンパク質の反応により2-octenal-Hisが十分に生成されると考えられた。そこで、本実施例では、2−オクテナール−Hisからの2-オクテン酸−Hisの生成に着目した。
【0084】
実施例1において、2−オクテン酸−Hisの生成が血漿成分からは確認されず、赤血球成分に特異的に確認されたということを示した。この事実をふまえ、まずは血漿の主要タンパク質であるアルブミンと赤血球の主要タンパク質であるヘモグロビンの比較を行うこととした。比較にあたっては、1mg/ml アルブミンまたはヘモグロビンと1mM 2-octenalを24時間反応させ、実施例1に示した還元・酸加水分解の後、実施例1と同様にしてLC-MS/MSによって2−オクテナール−His及び2−オクテン酸−Hisの有無を確認した。結果を図4に示す。
【0085】
図4に示すように、2−オクテナール−Hisについては、アルブミン及びヘモグロビンの両者の反応から生成が確認されたが、2-オクテン酸−Hisについてはヘモグロビンとの反応でのみ生成が確認された。
【0086】
このことから、2-オクテン酸−Hisの生成には、ヘモグロビンに特徴的な性質が関与していることが示唆された。
【実施例3】
【0087】
(2-オクテン酸−Hisの生成への鉄等の関与の検討)
本実施例では、ヘモグロビンに配位している鉄が2−オクテナール−Hisの2−オクテン酸−Hisへの酸化に関与しているのではないかと予想し、検討を行った。
【0088】
1mM ヒスチジンと1mM 2−オクテナールを、37℃で6時間反応させて2−オクテン酸−Hisを生成した後、図5に示す様々な鉄を用いた酸化系について検討を行った。その結果を、図5に併せて示す。
【0089】
図5に示すように、代表的な鉄を用いた酸化系であるFe/AsA(アスコルビン酸)の系からの2−オクテン酸−Hisの生成が確認されるとともに、ヘモグロビン中のヘムの類縁体であり鉄を配位しているヘミンの系からの生成が確認され、ヘミンから鉄が脱離したprotporphyrin ixの系からは生成が確認されなかった。
【0090】
以上の結果から、2−オクテン酸−Hisの生成経路としては、図6に示す非酵素的酸化であることが強く支持された。
【実施例4】
【0091】
(2−オクテン酸−Hisの修飾部位の同定)
本実施例では、ヘモグロビン中のどのヒスチジンが修飾を受けているかということについてMALDI-TOF MSによる修飾部位の同定を行った。
【0092】
1mg/ml ヘモグロビンと1mM 2-オクテナールを37℃、24時間反応させた。その後、NaBH4還元により反応を停止し、DTTおよびIAAによる還元アルキル化処理を行ったあとに、トリプシンを加え酵素消化を行った。調製したペプチド混合液をnano-LCにより分画した後、常法に従い、MALDI-TOF MSによる分析を行った。さらに、タンパク質同定検索ソフトであるMASCOTによる検索を行った。結果を図7に示す。
【0093】
図7に示すように、ヘモグロビンα鎖について、シークエンスカバー率は40%と低いものであったが、21番目および59番目のヒスチジンに2−オクテン酸修飾を確認した。また、MALDI-TOF MSによる修飾部位の同定を行ったところ、ヘモグロビンα鎖中の21番目及び59番目のヒスチジンが修飾を受けていることが確認された。21番目のヒスチジンについては、分子表面に存在し、4-oxo-2-nonenalとヘモグロビンを反応させることで、ヘモグロビンα鎖中の21番目のヒスチジンが優先的に修飾されるといった報告もあることから、修飾を受けやすい部分であると考えられる。また、59番目のヒスチジンについてはヘムの近傍に位置していることから、ヘム鉄による2−オクテナール−Hisの2−オクテン酸−Hisへの酸化が示唆された。さらに、59番目のヒスチジンは、ヘモグロビンと酸素の結合における活性中心であることから、2−オクテン酸がヘモグロビンの酸素結合能へ影響を与える可能性が示唆された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7