【実施例】
【0023】
以下では実施例によって本発明を更に詳細に説明する。なお、以下の実施例はあくまで例示であり、本発明はこれらの実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲の規定によって特定されるものである。例えば、以下の実施例では、B添加酸化亜鉛薄膜をステンレス鋼SUS440C基板上に形成する場合だけを示しているが、実際には低摩擦化すべき任意の基材上に成膜できることは言うまでもない。
【0024】
以下で説明する実施例においては、基板として鏡面研磨(Ra=10nm)されたSUS440Cステンレス鋼板を用い、この基板を先ず高純度アセトン中で超音波洗浄した。超音波洗浄後の基板を、本願発明者等が独自に開発したコンビナトリアルスパッタコーティングシステムのサンプルホルダー基板に固定し、到達圧(base pressure)が5.0×10
−5Pa以下となるまで真空排気した後、コーティングを開始し、酸素雰囲気中で亜鉛をスパッタ蒸発させる反応性スパッタリングプロセスにより酸化亜鉛薄膜あるいはBを添加した酸化亜鉛薄膜を基板上に作製した。ターゲット−試料間距離は55mmとした。
【0025】
使用したコンビナトリアルスパッタコーティングシステムの構造の概念図を
図1に示す。
図1に例示した構造では、基板1を保持するホルダー2、シャッター3、マグネトロンスパッタソース4(4A、4B)とともに、基板1を加熱するヒーターユニット5と基板1を冷却する冷却ユニット6、そして基板1上のスパッタ薄膜の膜厚等をモニターする水晶振動子マイクロバランス7を真空槽8内に配置している。真空槽8内を真空排気する真空ポンプ(T.M.P+R.P.)への通路には制御ゲートバルブ9が配置されている。また、
図1の例では、冷却水10の循環と、不活性ガスのAr11並びに反応ガス12の供給も例示されている。このスパッタシステムでは、ホルダー2に保持された基板1は、回動手段によって回転される。ここで、
図1中にはマグネトロンスパッタソース4が2組図示されている。マグネトロンスパッタソース4A、4Bには、それぞれZn、Bが取り付けられる。なお、後述のB添加酸化亜鉛薄膜の作製におけるB:80WおよびB:120Wの例ではターゲットとしてZnに加えてBも使用し、これら2種類のターゲットをそれぞれのマグネトロンスパッタソースに取り付けて同時にスパッタを行った。なお、コンビナトリアルスパッタコーティングシステム自体並びにその使用方法・使用事例は従来から良く知られているので、ここでは具体的な説明を省略するが、必要ならば例えば非特許文献2、4、5を参照できる。
【0026】
摩擦係数(μ)測定には荷重変動型摩擦摩耗試験装置(新東科学(株))を用いた。測定条件は、常温・大気環境、相手圧子材SUS304およびサファイア、圧子材サイズ3mmφ、印加荷重0.1.2N、圧子摺動距離10mm、摺動回数200回とした。
【0027】
図3、
図4、
図6及び
図7に示したピエゾ特性の評価結果はOxford社Asylum Researchの装置(型番:MFP−3D)で測定したものである。また、当該装置と共に使用したカンチレバーはOMCL−RC800PB−1であり、使用した探針はAuコーティングを施したSiN製カンチレバー(バネ定数は0.82N/m、共振周波数66Hz)である。
【0028】
<予備的実験:B未添加酸化亜鉛薄膜の作製>
先ず、
図1に構成を概念的に示すコンビナトリアルスパッタコーティングシステムを使用して、以下の表1に示す成膜条件で、Bを添加しない酸化亜鉛薄膜を作製した。
【0029】
【表1】
【0030】
図1に示したコンビナトリアルスパッタコーティングシステムではマグネトロンスパッタソースが二組設けられ、二種類のターゲットから同時にスパッタを行うことができるようになっているが、この実験ではターゲットとしてはZnだけを使用し、反応性スパッタによりステンレス鋼SUS440C基板上に厚さ2μmの酸化亜鉛薄膜を作製した。ここで、スパッタガスはアルゴン(Ar)と酸素(O
2)との混合ガスを使用し、O
2分圧比を40%、50%、60%、70%、80%、90%および100%と変化させて、7種類の酸化亜鉛薄膜を作製した。これらの膜上の結晶の粒径を測定したところ、40〜60nmであった。
【0031】
<B添加酸化亜鉛薄膜の作製>
スパッタリングガス中のO
2分圧を上げていくと、B未添加酸化亜鉛薄膜のPFM像(図示せず)が分圧比60%付近でPFMのバラツキが急に小さくなって一様な膜が形成されていることがわかり、またPFM測定結果のヒストグラムでもO
2の分圧比が60%〜80%の範囲でヒストグラム(図示せず)の形状が最も急峻になることが確認された。この予備的実験の結果に基づいて、スパッタガス中のArとO
2の分圧比を40%:60%に固定し、上で行った反応性スパッタによる酸化亜鉛薄膜作製中にBターゲットからBを同時に供給することで、B添加酸化亜鉛薄膜を作製した。その製膜条件を以下の表2にまとめて示す。
【0032】
【表2】
【0033】
上の表からわかるように、
図1に示す2つのマグネトロンスパッタソースのうち、Znターゲットを取り付けた側では高周波電力を100Wに固定する一方、Bターゲットを取り付けた側では高周波電力を80Wおよび120Wの二種類の切り替えを行うことによって、B添加量を変化させた。なお、上の表ではBターゲット側の高周波電力が0Wの場合も記載されているが、これはBを添加しない酸化亜鉛薄膜と言う比較対象用の試料を作成するため、Bターゲット側のマグネトロンスパッタソースを停止させたことを示す。なお、別途測定の結果、B添加酸化亜鉛薄膜における結晶の粒径は20〜50nmであった。また、B添加酸化亜鉛薄膜中のBの組成比(質量比)は13.8%〜22.8%であった。
【0034】
図2はこのようにして作製された3つの試料、すなわちB:0W(B未添加酸化亜鉛薄膜)並びにB:80WおよびB:120W(それぞれBターゲット側マグネトロンスパッタソースの高周波電力を80Wおよび120Wとして作製した薄膜)の形状像(つまりその表面の凹凸をAFMにより測定した像)およびLFM像を示す。なお、本実施例においてはLFM測定の際の摺動距離を2μmとした。
図2からわかるように、B:0W(B未添加酸化亜鉛薄膜)ではその表面に100nm程度から数10nm程度の横方向サイズで高さが10nmをかなり上回る凹凸が一面に分布していて、このようなナノメートルオーダーの凹凸の存在を反映してLFM像も同程度の粒状パターンが見られるととともに、ナノメートルオーダーの摩擦も平均してかなり高いレベルにある。ここにおいて、個々の凹凸がドメインに対応すると考えられる。このことは、幾つかのサンプルの断面TEM測定(図示せず)を実施した結果、その柱状構造の柱の太さと、この凹凸の大きさが一致していることから確認された。これに対してB添加酸化亜鉛薄膜であるB:80WおよびB:120Wの試料の形状像は何れもB:0Wの試料のような明確な凹凸の存在を示さず、またLFM像も面全体にわたって摩擦が非常にかつ一様に低いことを示している。
【0035】
次に、
図3に示すように、これら3種類の試料の横方向および縦方向PFM像並びに形状像を対比してみた。この対比によっても、B未添加酸化亜鉛薄膜は縦方向PFM、横方向PFMとも形状像の凹凸の形状・サイズと対応して大きなばらつきを示したのに対して、B添加酸化亜鉛薄膜では何れもB未添加酸化亜鉛薄膜に比べて小さな縦方向および横方向PFMのばらつきを示した。なお、ここで横方向PFMは小さな値を示すが、0ではないある有限の値であることに注意されたい。
【0036】
図4には、これら3種類の試料の縦方向および横方向PFM像並びにLFM像の対比を示す。この対比からも明らかなように、B未添加酸化亜鉛薄膜は縦方向、横方向PFMとも、
図3等の形状像に示される表面上の凹凸に対応して大きなバラツキを示し、それに対応してLFM像にも形状像に対応し、しかも高いレベルの摩擦が現れることがわかる。これに対して、B添加酸化亜鉛薄膜の二つの試料は、何れもばらつきの少ない縦方向および横方向PFM像を示し、これに対応してLFM像も一様かつ低い摩擦を示す。
【0037】
次に、これら3種類の試料のLFM測定結果の大きさおよびばらつきをより明確に示すため、LFM測定結果の分布図を作成した。
図5の左側に3種類の試料のLFM像を示し、その右側にはこのLFM測定結果の分布図を示す。この分布図は、横軸にはLFM測定の読み取り値である電圧(ここではプローブの捩れの大きさを電圧として読み取っていることに注意。つまり、電圧が大きいほど摺動時のプローブの捩れが大きく、結局摩擦が大きいことを示す)を示し、縦軸には各電圧が読み取られた頻度を示している。この分布図から直ちにわかるように、B未添加の酸化亜鉛薄膜は表面全体にわたって摩擦が大きく、しかも摩擦の大きさが広い範囲にばらついている。これに対して、B添加酸化亜鉛薄膜ではいずれの試料でも表面全体にわたって摩擦が低くしかもバラツキが小さい、つまり一様な低摩擦状態であることを示している。
【0038】
次に、これら3種類の試料の横方向PFM測定結果の大きさおよびバラツキを明確に示す分布図を作成した。
図6の左側に3種類の試料の横方向PFM像を示し、その右側にはこのPFM測定結果の分布図を示す。この分布図は、横軸にはPFM測定の読み取り値である長さをpmで示し、縦軸には各長さが読み取られた頻度を示している。この分布図から直ちにわかるように、B未添加の酸化亜鉛薄膜は表面全体にわたって横方向PFMが極めて広い範囲にばらついている。これに対して、B添加酸化亜鉛薄膜ではいずれの試料でも表面全体にわたってPFM測定結果が0ではないが値が小さくしかもバラツキが小さいことを示している。
【0039】
最後に、これら3種類の試料の縦方向PFM測定結果の大きさおよびバラツキを明確に示す分布図を作成した。
図7の左側に3種類の試料の縦方向PFM像を示し、その右側にはこのPFM測定結果の分布図を示す。この分布図は、横軸にはPFM測定の読み取り値である長さをpmで示し、縦軸には各長さが読み取られた頻度を示している。この分布図からも直ちにわかるように、B未添加の酸化亜鉛薄膜は、横方向PFMの場合と全く同様に、表面全体にわたって縦方向PFMが極めて広い範囲にばらついている。これに対して、B添加酸化亜鉛薄膜ではいずれの試料でも表面全体にわたって横方向PFMの場合に比べればやや大きいが、PFM測定結果が狭い範囲に集中している、つまりバラツキが小さいことを示している。
【0040】
以上の結果から、B添加酸化亜鉛薄膜において、測定点の90%以上で、前記縦方向のピエゾ分極の大きさが150pm以内でありかつ横方向のピエゾ分極の大きさが100pm以内であれば、LFM測定の結果に代表されるナノメートルレベルの摩擦が小さくなることがわかる。この条件を満たす縦方向および横方向PFMの分極の大きさおよびバラツキの減少は、例えば酸化亜鉛薄膜の作成時に適宜B添加を行うことにより実現される。