特許第6548130号(P6548130)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6548130ホウ素添加酸化亜鉛薄膜からなる低摩擦コーティングおよびマイクロマシン
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6548130
(24)【登録日】2019年7月5日
(45)【発行日】2019年7月24日
(54)【発明の名称】ホウ素添加酸化亜鉛薄膜からなる低摩擦コーティングおよびマイクロマシン
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/08 20060101AFI20190711BHJP
   B81B 3/00 20060101ALI20190711BHJP
【FI】
   C23C14/08 C
   B81B3/00
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-520794(P2017-520794)
(86)(22)【出願日】2016年5月25日
(86)【国際出願番号】JP2016065521
(87)【国際公開番号】WO2016190375
(87)【国際公開日】20161201
【審査請求日】2017年11月9日
(31)【優先権主張番号】特願2015-105970(P2015-105970)
(32)【優先日】2015年5月26日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、文部科学省、環境技術等研究開発推進事業費補助金 大学発グリーンイノベーション創造事業「グリーン・ネットワーク・オブ・エクセレンス」(GRENE)委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100190067
【弁理士】
【氏名又は名称】續 成朗
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 道子
(72)【発明者】
【氏名】後藤 真宏
(72)【発明者】
【氏名】笠原 章
(72)【発明者】
【氏名】土佐 正弘
【審査官】 壷内 信吾
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−154315(JP,A)
【文献】 特開2004−052022(JP,A)
【文献】 特開2014−152387(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2014/0202851(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0070672(US,A1)
【文献】 佐々木道子ほか,コンビナトリアルスパッタ法で作製したホウ素添加ZnO薄膜の摩擦特性,第53回 真空に関する連合講演会 予稿集,2012年11月14日,p.76
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58
B81B 1/00−7/04;
B81C 1/00−99/00
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホウ素添加酸化亜鉛薄膜からなる低摩擦コーティングであって、
前記ホウ素添加酸化亜鉛薄膜は、20nm〜50nmの粒径を有する結晶からなり、
前記ホウ素添加酸化亜鉛薄膜中のホウ素の質量比は、5%〜30%の範囲であり、
膜面に対して垂直な縦方向および水平な横方向のピエゾ分極を発現しており、測定点の90%以上で、前記縦方向のピエゾ分極の大きさが150pm以内でありかつ横方向のピエゾ分極の大きさが100pm以内である、低摩擦コーティング。
【請求項2】
前記ホウ素添加酸化亜鉛薄膜中のホウ素の質量比は、13.8%〜22.8%の範囲である、請求項1に記載の低摩擦コーティング。
【請求項3】
請求項1または2に記載の低摩擦コーティングを、可動部材及び前記可動部材が接触する他の部材の少なくとも一方に施したマイクロマシン。
【請求項4】
前記可動部材と前記他の部材とが接触する領域のサイズは1nm〜200μmである請求項3に記載のマイクロマシン。
【請求項5】
基板上に請求項1に記載のホウ素添加酸化亜鉛薄膜からなる低摩擦コーティングを、マグネトロンスパッタ装置を用いて製造する方法であって、
スパッタターゲットとしてZnからなるターゲットおよびBからなるターゲットを設置し、前記基板と前記ターゲットとの距離を55mmに設定した後、5.0×10−5Pa以下となるまで真空排気し、スパッタガスとしてアルゴン(Ar)と酸素(O)とを導入し、前記スパッタガスの圧力を0.1Paに、かつ、分圧比Ar:O=40%:60%に固定し、前記Znからなるターゲット側の高周波電力を100Wにし、前記Bからなるターゲット側の高周波電力を80W〜120Wの範囲にし、同時スパッタリングを行う、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はホウ素(B)添加酸化亜鉛薄膜からなる低摩擦コーティングに関し、特に膜面に垂直な方向と平行な方向の両方にそれぞれほぼ一様に分極し、ナノメートルオーダーの摩擦を低減したB添加酸化亜鉛薄膜からなる低摩擦コーティング関する。本発明はまた、このような低摩擦コーティングを使用したマイクロマシンに関する。
【背景技術】
【0002】
地球環境・エネルギー問題が深刻化するなか、摩擦力の制御による省エネルギー技術の開発への期待が高まりつつある。例えば、身近な例を挙げると発電機などの装置内部には多数の駆動部が存在し、それらの各所において摩擦によるエネルギーロスが発生する。これらを抑制するには、材料の低摩擦化を行うことが有効な手法の一つとなるであろう。
【0003】
従来から、既存の構造材料にコーティングを施すことで摩擦力を低減させる技術が存在していた。このコーティングは、その結晶配向・構造・組成の変化により大きく摩擦特性が変化するために、いかにして低摩擦特性を有する結晶配向・構造・組成を短期間で効率よく探索するかが研究・開発の鍵となっていた。
【0004】
このようなコーティングを行う材料として、豊富に存在し安価な資源であり、しかも環境負荷の小さいものを使用することが望まれている。例えば、この条件を満たす金属の一つである亜鉛(Zn)の酸化物である酸化亜鉛は、その結晶配向性を最適化すると低摩擦現象が発現することを本願発明者等が見出して発表している。また、酸化亜鉛はピエゾ材料であるが、このピエゾ特性が摩擦の低減に貢献することについても、本願発明者等が見出した(特許文献1、非特許文献1〜4)。
【0005】
しかしながら、ZnOコーティングの摩擦特性に影響を及ぼしていると考えられるピエゾ特性が低摩擦化を達成する具体的なメニズムの解明は未だに充分なものではなかった。
【0006】
また、近年マイクロマシン(MEMS(micro electro mechanical system)とも呼ばれる)の研究・開発が進んでいるが、マイクロマシン中での機構部材同士の摩擦(例えば微小な歯車同士の摩擦)がマイクロマシンの機械的な性能に大きな影響を与えることがわかっている。マイクロマシンにおける機構部材間の接触領域の大きさはナノメートルオーダーとなる場合があるが、このようなナノメートルオーダーの領域で現れる摩擦とミリメートルオーダーの領域で測定されるマクロな摩擦とでは様相が異なる場合も多い。しかし、酸化亜鉛コーティングのナノメートルオーダーの領域での摩擦の低減については十分な研究がなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−52022号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】M.Goto,A.Kasahara,Y.Konishi,T.Oishi,M.Tosa and K.Yoshihara: Frictional Property of Zinc Oxide Coating Films Observed by Lateral Force Microscopy,Jpn. J. Appl. Phys 42 (2003) 4834-4836.
【非特許文献2】M.Goto,A.Kasahara and M.Tosa: Low frictional property of copper oxide thin films optimised using a combinatorial sputter coating system,Appl.Surf.Sci.252[7] (2006) 2482-2487.
【非特許文献3】M.Goto,A.Kasahara and M.Tosa: Reduction in Frictional Force of ZnO Coatings in a Vacuum, Jpn. J. Appl.Phys 47[12] (2008) 8914-8916.
【非特許文献4】M.Goto,A.Kasahara and M.Tosa: Low-Friction Coatings of Zinc Oxide Synthesized by Optimization of Crystal Preferred Orientation TRIBOLOGY LETTERS, 43(2011)155-162.
【非特許文献5】後藤真宏、笠原章、土佐正弘、「コンビナトリアルスパッタコーティングシステム--複数サンプルの成膜が可能なスパッタ装置」、コンバーテック第36巻第3号(2008年3月号)88〜91ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上述したように従来技術においては解明されていなかった低摩擦化のための酸化亜鉛薄膜のピエゾ特性の態様を明確にすることで、酸化亜鉛薄膜の一層の低摩擦化を図ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一側面によれば、膜面に対して垂直な縦方向および水平な横方向のピエゾ分極を発現しており、測定点の90%以上で、前記縦方向のピエゾ分極の大きさが150pm(ピコメートル)以内でありかつ横方向のピエゾ分極のきさが100pm以内であるホウ素添加酸化亜鉛薄膜からなる低摩擦コーティングが与えられる。
【0011】
また、本発明の他の側面によれば、上記の低摩擦コーティングを、可動部材および前記可動部材が接触する他の部材の少なくとも一方に施したマイクロマシンが与えられる。
ここで、前記可動部材と前記他の部材とが接触する領域のサイズは1nm〜200μmであってよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、酸化亜鉛薄膜にホウ素(B)を添加し、測定点の90%以上で、発現する縦方向および横方向のピエゾ分極をそれぞれ一定の値以下となるようにしたので、B添加酸化亜鉛薄膜のナノメートルオーダーの摩擦力を非常に小さくできる。これにより、マイクロマシンなどの微細な稼動部材を含むデバイス内部の摩擦を低減することができるので、この種のデバイスの実現に大いに有用である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施例において、B未添加酸化亜鉛薄膜およびB添加酸化亜鉛薄膜を作製するために使用したコンビナトリアルスパッタコーティングシテムの構成を概念的に示す図である。
図2】本発明の実施例において、Bターゲットへの高周波電力を0W、80Wおよび120Wの3通りに変化させて作製したB未添加酸化亜鉛薄膜およびB添加酸化亜鉛薄膜の形状像およびLFM(lateral force microscope)像を示す図である。
図3図2と同じB未添加酸化亜鉛薄膜およびB添加酸化亜鉛薄膜の形状像並びに縦方向および横方向PFM(piezo-response force microscope)像を示す図である。
図4図2と同じB未添加酸化亜鉛薄膜およびB添加酸化亜鉛薄膜の縦方向および横方向PFM像並びにLFM像を示す図である。
図5図2と同じB未添加酸化亜鉛薄膜およびB添加酸化亜鉛薄膜のLFM像およびB未添加酸化亜鉛薄膜およびB添加酸化亜鉛薄膜毎のLFM測定値の頻度分布図である。
図6図2と同じB未添加酸化亜鉛薄膜およびB添加酸化亜鉛薄膜の横方向PFM像および横方向PFM測定値の頻度分布図である。
図7図2と同じB未添加酸化亜鉛薄膜およびB添加酸化亜鉛薄膜の縦方向PFM像および横方向PFM測定値の頻度分布図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施形態により詳細に説明する。
【0015】
本願発明者等の鋭意研究の結果、成膜条件により酸化亜鉛薄膜を構成するドメイン(結晶粒)の分極は多様な様相を示すが、成膜時にホウ素(B)を添加するとともに成膜条件を適宜制御することにより、酸化亜鉛薄膜がその膜面に水平な方向と垂直な方向の両方向に分極するとともに、測定点の90%以上で、それぞれの方向の分極の大きさが一定の値以下となるようにした場合に、酸化亜鉛薄膜のナノメートルレベルの領域での摩擦が低減することを見出し、この特性を有するホウ素添加酸化亜鉛薄膜(Zn/B(x=y=1を含む、Bはドープあり))を低摩擦コーティングに使用するという本発明を完成させるに至った。
【0016】
すなわち、本発明の低摩擦コーティングは、膜面に対して垂直な縦方向および水平な横方向のピエゾ分極を発現しており、ピエゾ応答フォース顕微鏡を使用して測定した場合、測定点の90%以上で、前記縦方向のピエゾ分極の大きさが150pm以内でありかつ横方向のピエゾ分極の大きさが100pm以内であるホウ素添加酸化亜鉛薄膜からなることを特徴としている。ここで測定点としては、60,000点以上とすることが望ましい。
【0017】
本発明のB添加酸化亜鉛薄膜において、ホウ素(B)の組成比(質量比)は5〜30%であることが好ましい。ホウ素の含有量が上記範囲であると、摩擦力の著しい低減に寄与することができる。
【0018】
本明細書において、「低摩擦コーティング」とは、B未添加の酸化亜鉛薄膜に対してB添加により摩擦力が40%以上低減したB添加酸化亜鉛薄膜からなるコーティングのことを言う。
また、B添加酸化亜鉛薄膜は、酸化亜鉛薄膜中にホウ素(B)原子そのものが含有される場合と、ホウ素(B)が酸化物として含有される場合の両方のケースを含んでいる。
【0019】
B添加酸化亜鉛コーティングが縦方向(コーティングの膜面に垂直な方向)と横方向(膜面に平行な方向)の両方にピエゾ分極を発現するとともに、測定点の90%以上で、それぞれの方向のピエゾ分極の大きさが一定の値以下である場合に、ナノメートルオーダーの摩擦が著しく低減することが見出された。このような特性を実現するため、本発明の実施の形態では酸化亜鉛薄膜を作成する際、成膜条件を調節した上でホウ素(B)をドーピングして、B添加酸化亜鉛薄膜とする。成膜方法としては、反応性スパッタを用いることが好ましい。
【0020】
このようにして作製されたB添加酸化亜鉛薄膜のドメインの境界に絶縁物質であるホウ素(B)が偏析し、これにより酸化亜鉛薄膜を構成する結晶粒は互いに電気的に絶縁されることで、ピエゾ分極によって表面に現れた電荷が局所的に強められ、強い電気的反発力が継続する。また、B添加によって結晶粒毎の縦方向および横方向のそれぞれの分極の一様性も向上する。このようにナノレベルで電気的に隔離された分極が膜の表面上に一様に分布することで、ナノメートルオーダーの微小な接触点が表面上を移動して、ある結晶粒からそれに隣接する結晶粒に移動しても、分極による電気的な反発力の変化が小さいので、ナノメートルオーダーの摩擦が低減される。また、横方向の分極は縦方向の分極に比べて小さくてもよいが、縦方向のピエゾ分極が発現しない場合には、摩擦低減の効果はほとんど見られない。
【0021】
後述の実施例では、B未添加酸化亜鉛薄膜およびB添加酸化亜鉛薄膜の縦方向および横方向のピエゾ分極の測定は、走査型顕微鏡(SPM)のような極めて小さな先端を有するプローブにより膜面に電圧を印加し、逆ピエゾ効果により電圧を印加した点に現れる変形(伸長、収縮の長さ)を測定するピエゾ応答フォース顕微鏡(piezo-response force microscope、PFM)を使用して行った。なお、PFMでは横方向の変形は直接的にはプローブの横方向のねじれ変形として観測されるが、長さへの換算は容易である。
【0022】
また、ナノメートルオーダーの摩擦の測定は、コンタクトモード原子間力顕微鏡(AFM)と同様の構成を有し、プローブを摺動させたときに発生する捩じれを観測する水平力顕微鏡(lateral force microscope、摩擦力顕微鏡とも呼ばれる。以下LFMと称する)を使用して行った。LFMによる測定においては、探針径が20〜40nm程度のプローブを用いて、数nNから数百nN程度の荷重を印加して摩擦を評価する。ここで、プローブの摺動距離は50nm〜150μm程度まで用途により様々に設定できる。以下の実施例では摺動距離を2μmとした。LFM測定の際のプローブの摺動距離を2μm程度に取れば、ナノメートルオーダーの摩擦(つまり、1μm未満のサイズの領域における摩擦)の測定に充分である。
【実施例】
【0023】
以下では実施例によって本発明を更に詳細に説明する。なお、以下の実施例はあくまで例示であり、本発明はこれらの実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲の規定によって特定されるものである。例えば、以下の実施例では、B添加酸化亜鉛薄膜をステンレス鋼SUS440C基板上に形成する場合だけを示しているが、実際には低摩擦化すべき任意の基材上に成膜できることは言うまでもない。
【0024】
以下で説明する実施例においては、基板として鏡面研磨(Ra=10nm)されたSUS440Cステンレス鋼板を用い、この基板を先ず高純度アセトン中で超音波洗浄した。超音波洗浄後の基板を、本願発明者等が独自に開発したコンビナトリアルスパッタコーティングシステムのサンプルホルダー基板に固定し、到達圧(base pressure)が5.0×10−5Pa以下となるまで真空排気した後、コーティングを開始し、酸素雰囲気中で亜鉛をスパッタ蒸発させる反応性スパッタリングプロセスにより酸化亜鉛薄膜あるいはBを添加した酸化亜鉛薄膜を基板上に作製した。ターゲット−試料間距離は55mmとした。
【0025】
使用したコンビナトリアルスパッタコーティングシステムの構造の概念図を図1に示す。図1に例示した構造では、基板1を保持するホルダー2、シャッター3、マグネトロンスパッタソース4(4A、4B)とともに、基板1を加熱するヒーターユニット5と基板1を冷却する冷却ユニット6、そして基板1上のスパッタ薄膜の膜厚等をモニターする水晶振動子マイクロバランス7を真空槽8内に配置している。真空槽8内を真空排気する真空ポンプ(T.M.P+R.P.)への通路には制御ゲートバルブ9が配置されている。また、図1の例では、冷却水10の循環と、不活性ガスのAr11並びに反応ガス12の供給も例示されている。このスパッタシステムでは、ホルダー2に保持された基板1は、回動手段によって回転される。ここで、図1中にはマグネトロンスパッタソース4が2組図示されている。マグネトロンスパッタソース4A、4Bには、それぞれZn、Bが取り付けられる。なお、後述のB添加酸化亜鉛薄膜の作製におけるB:80WおよびB:120Wの例ではターゲットとしてZnに加えてBも使用し、これら2種類のターゲットをそれぞれのマグネトロンスパッタソースに取り付けて同時にスパッタを行った。なお、コンビナトリアルスパッタコーティングシステム自体並びにその使用方法・使用事例は従来から良く知られているので、ここでは具体的な説明を省略するが、必要ならば例えば非特許文献2、4、5を参照できる。
【0026】
摩擦係数(μ)測定には荷重変動型摩擦摩耗試験装置(新東科学(株))を用いた。測定条件は、常温・大気環境、相手圧子材SUS304およびサファイア、圧子材サイズ3mmφ、印加荷重0.1.2N、圧子摺動距離10mm、摺動回数200回とした。
【0027】
図3図4図6及び図7に示したピエゾ特性の評価結果はOxford社Asylum Researchの装置(型番:MFP−3D)で測定したものである。また、当該装置と共に使用したカンチレバーはOMCL−RC800PB−1であり、使用した探針はAuコーティングを施したSiN製カンチレバー(バネ定数は0.82N/m、共振周波数66Hz)である。
【0028】
<予備的実験:B未添加酸化亜鉛薄膜の作製>
先ず、図1に構成を概念的に示すコンビナトリアルスパッタコーティングシステムを使用して、以下の表1に示す成膜条件で、Bを添加しない酸化亜鉛薄膜を作製した。
【0029】
【表1】
【0030】
図1に示したコンビナトリアルスパッタコーティングシステムではマグネトロンスパッタソースが二組設けられ、二種類のターゲットから同時にスパッタを行うことができるようになっているが、この実験ではターゲットとしてはZnだけを使用し、反応性スパッタによりステンレス鋼SUS440C基板上に厚さ2μmの酸化亜鉛薄膜を作製した。ここで、スパッタガスはアルゴン(Ar)と酸素(O)との混合ガスを使用し、O分圧比を40%、50%、60%、70%、80%、90%および100%と変化させて、7種類の酸化亜鉛薄膜を作製した。これらの膜上の結晶の粒径を測定したところ、40〜60nmであった。
【0031】
<B添加酸化亜鉛薄膜の作製>
スパッタリングガス中のO分圧を上げていくと、B未添加酸化亜鉛薄膜のPFM像(図示せず)が分圧比60%付近でPFMのバラツキが急に小さくなって一様な膜が形成されていることがわかり、またPFM測定結果のヒストグラムでもOの分圧比が60%〜80%の範囲でヒストグラム(図示せず)の形状が最も急峻になることが確認された。この予備的実験の結果に基づいて、スパッタガス中のArとOの分圧比を40%:60%に固定し、上で行った反応性スパッタによる酸化亜鉛薄膜作製中にBターゲットからBを同時に供給することで、B添加酸化亜鉛薄膜を作製した。その製膜条件を以下の表2にまとめて示す。
【0032】
【表2】
【0033】
上の表からわかるように、図1に示す2つのマグネトロンスパッタソースのうち、Znターゲットを取り付けた側では高周波電力を100Wに固定する一方、Bターゲットを取り付けた側では高周波電力を80Wおよび120Wの二種類の切り替えを行うことによって、B添加量を変化させた。なお、上の表ではBターゲット側の高周波電力が0Wの場合も記載されているが、これはBを添加しない酸化亜鉛薄膜と言う比較対象用の試料を作成するため、Bターゲット側のマグネトロンスパッタソースを停止させたことを示す。なお、別途測定の結果、B添加酸化亜鉛薄膜における結晶の粒径は20〜50nmであった。また、B添加酸化亜鉛薄膜中のBの組成比(質量比)は13.8%〜22.8%であった。
【0034】
図2はこのようにして作製された3つの試料、すなわちB:0W(B未添加酸化亜鉛薄膜)並びにB:80WおよびB:120W(それぞれBターゲット側マグネトロンスパッタソースの高周波電力を80Wおよび120Wとして作製した薄膜)の形状像(つまりその表面の凹凸をAFMにより測定した像)およびLFM像を示す。なお、本実施例においてはLFM測定の際の摺動距離を2μmとした。図2からわかるように、B:0W(B未添加酸化亜鉛薄膜)ではその表面に100nm程度から数10nm程度の横方向サイズで高さが10nmをかなり上回る凹凸が一面に分布していて、このようなナノメートルオーダーの凹凸の存在を反映してLFM像も同程度の粒状パターンが見られるととともに、ナノメートルオーダーの摩擦も平均してかなり高いレベルにある。ここにおいて、個々の凹凸がドメインに対応すると考えられる。このことは、幾つかのサンプルの断面TEM測定(図示せず)を実施した結果、その柱状構造の柱の太さと、この凹凸の大きさが一致していることから確認された。これに対してB添加酸化亜鉛薄膜であるB:80WおよびB:120Wの試料の形状像は何れもB:0Wの試料のような明確な凹凸の存在を示さず、またLFM像も面全体にわたって摩擦が非常にかつ一様に低いことを示している。
【0035】
次に、図3に示すように、これら3種類の試料の横方向および縦方向PFM像並びに形状像を対比してみた。この対比によっても、B未添加酸化亜鉛薄膜は縦方向PFM、横方向PFMとも形状像の凹凸の形状・サイズと対応して大きなばらつきを示したのに対して、B添加酸化亜鉛薄膜では何れもB未添加酸化亜鉛薄膜に比べて小さな縦方向および横方向PFMのばらつきを示した。なお、ここで横方向PFMは小さな値を示すが、0ではないある有限の値であることに注意されたい。
【0036】
図4には、これら3種類の試料の縦方向および横方向PFM像並びにLFM像の対比を示す。この対比からも明らかなように、B未添加酸化亜鉛薄膜は縦方向、横方向PFMとも、図3等の形状像に示される表面上の凹凸に対応して大きなバラツキを示し、それに対応してLFM像にも形状像に対応し、しかも高いレベルの摩擦が現れることがわかる。これに対して、B添加酸化亜鉛薄膜の二つの試料は、何れもばらつきの少ない縦方向および横方向PFM像を示し、これに対応してLFM像も一様かつ低い摩擦を示す。
【0037】
次に、これら3種類の試料のLFM測定結果の大きさおよびばらつきをより明確に示すため、LFM測定結果の分布図を作成した。図5の左側に3種類の試料のLFM像を示し、その右側にはこのLFM測定結果の分布図を示す。この分布図は、横軸にはLFM測定の読み取り値である電圧(ここではプローブの捩れの大きさを電圧として読み取っていることに注意。つまり、電圧が大きいほど摺動時のプローブの捩れが大きく、結局摩擦が大きいことを示す)を示し、縦軸には各電圧が読み取られた頻度を示している。この分布図から直ちにわかるように、B未添加の酸化亜鉛薄膜は表面全体にわたって摩擦が大きく、しかも摩擦の大きさが広い範囲にばらついている。これに対して、B添加酸化亜鉛薄膜ではいずれの試料でも表面全体にわたって摩擦が低くしかもバラツキが小さい、つまり一様な低摩擦状態であることを示している。
【0038】
次に、これら3種類の試料の横方向PFM測定結果の大きさおよびバラツキを明確に示す分布図を作成した。図6の左側に3種類の試料の横方向PFM像を示し、その右側にはこのPFM測定結果の分布図を示す。この分布図は、横軸にはPFM測定の読み取り値である長さをpmで示し、縦軸には各長さが読み取られた頻度を示している。この分布図から直ちにわかるように、B未添加の酸化亜鉛薄膜は表面全体にわたって横方向PFMが極めて広い範囲にばらついている。これに対して、B添加酸化亜鉛薄膜ではいずれの試料でも表面全体にわたってPFM測定結果が0ではないが値が小さくしかもバラツキが小さいことを示している。
【0039】
最後に、これら3種類の試料の縦方向PFM測定結果の大きさおよびバラツキを明確に示す分布図を作成した。図7の左側に3種類の試料の縦方向PFM像を示し、その右側にはこのPFM測定結果の分布図を示す。この分布図は、横軸にはPFM測定の読み取り値である長さをpmで示し、縦軸には各長さが読み取られた頻度を示している。この分布図からも直ちにわかるように、B未添加の酸化亜鉛薄膜は、横方向PFMの場合と全く同様に、表面全体にわたって縦方向PFMが極めて広い範囲にばらついている。これに対して、B添加酸化亜鉛薄膜ではいずれの試料でも表面全体にわたって横方向PFMの場合に比べればやや大きいが、PFM測定結果が狭い範囲に集中している、つまりバラツキが小さいことを示している。
【0040】
以上の結果から、B添加酸化亜鉛薄膜において、測定点の90%以上で、前記縦方向のピエゾ分極の大きさが150pm以内でありかつ横方向のピエゾ分極の大きさが100pm以内であれば、LFM測定の結果に代表されるナノメートルレベルの摩擦が小さくなることがわかる。この条件を満たす縦方向および横方向PFMの分極の大きさおよびバラツキの減少は、例えば酸化亜鉛薄膜の作成時に適宜B添加を行うことにより実現される。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明によれば、実施例のLFM像からわかるようにナノメートルオーダーの摩擦が非常に小さなコーティングを実現できるため、きわめて微小な接触面(可動部材とこの部材が接触する他の部材との接触領域のサイズは1nm〜200μm程度となる)を有する、例えばマイクロマシン中の微小機構部材に大いに使用されることが期待される。
【符号の説明】
【0042】
1 基板
2 ホルダー
3 シャッター
4(4A、4B) マグネトロンスパッタソース
5 ヒーターユニット
6 冷却ユニット
7 水晶振動子マイクロバランス
8 真空槽
9 制御ゲートバルブ
10 冷却水
11 Ar
12 反応ガス
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7