【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成26年1月30日 芝浦工業大学発行 「2013年度 芝浦工業大学工学部 材料工学科 学士論文概要集 第11頁」にて公開
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記皮膜形成工程は、前記マグネシウム系素材の表面に対し、ブラスト処理、塗装処理、化成処理、酸洗処理、防錆処理、除錆処理、酸化膜除去処理、及び脱脂処理からなる群から選択される少なくとも一種の前処理を行うことなく、前記皮膜を形成する請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載のマグネシウム系部材の製造方法。
【背景技術】
【0002】
マグネシウム又はマグネシウム合金は、軽量である点、樹脂材料に比べて高剛性である点、リサイクル可能である点、等の利点を有することから、近年、携帯電話(スマートフォンを含む)、携帯情報端末、カメラ、パソコン等の電子機器類の筐体などに利用されている。
【0003】
しかし、卑金属のマグネシウムは非常に活性が高い金属であるため、マグネシウム又はマグネシウム合金(以下、これらをまとめて「マグネシウム系素材」ということがある)は、表面が酸化等されて腐食し易いという欠点がある。
そこで、マグネシウム系素材の耐食性を向上させるための表面処理方法が検討されてきた。
例えば、耐食性の高い皮膜を安価に形成することができるマグネシウム基材の表面処理方法として、マグネシウムまたはマグネシウム合金からなるマグネシウム基材を、加湿雰囲気中で加熱処理して、表面に酸化マグネシウムの皮膜を形成するマグネシウム基材の表面処理方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
また、環境問題を引き起こさず、経済的にマグネシウムまたはその合金製品を表面処理できる方法として、マグネシウムまたはマグネシウム合金製品を、リン酸水素二アンモニウムを含む処理液により処理する表面処理方法が知られている(例えば、特許文献2参照)。
また、有害なクロム酸塩を使用せず、高い耐食性を有するマグネシウム材またはマグネシウム合金の表面処理方法として、マグネシウム材またはマグネシウム合金の表面に、中性溶液またはアルカリ性溶液を処理液として、化学的方法または電気化学的方法のいずれかの方法により酸化皮膜を形成させた後、高圧蒸気雰囲気中で処理するマグネシウム材またはマグネシウム合金の表面処理方法が知られている(例えば、特許文献3参照)。
また、低コストで人体への影響の懸念のない鋳造物の表面処理方法として、マグネシウム、マグネシウム合金等を鋳造してなる鋳造物をリン酸塩等の水溶液中で加熱・加圧処理することにより上記鋳造物の表面処理をする鋳造物の表面処理方法が知られている(例えば、特許文献4参照)。
また、薬剤を使用せず、かつ生産効率の高いマグネシウム材またはマグネシウム合金の表面処理方法として、マグネシウム材またはマグネシウム合金の表面を湿式ブラスト処理するブラスト処理工程と、このブラスト処理工程後に上記マグネシウム材またはマグネシウム合金を相対湿度80%以上で加熱処理する水蒸気処理工程とを有するマグネシウム材またはマグネシウム合金の表面処理方法が知られている(例えば、特許文献5参照)。
また、耐食性、耐衝撃性に優れたマグネシウム合金材を製造するためのマグネシウム合金材の表面処理方法として、マグネシウム合金の表面にブラスト処理、塗装処理、化成処理、酸洗処理、防錆処理、除錆処理、酸化膜除去処理および脱脂処理から選ばれる少なくとも一種の前処理をすることなく、マグネシウム合金を水により蒸気養生することにより、水酸化マグネシウム皮膜を形成するマグネシウム合金の表面処理方法が知られている(例えば、特許文献6参照)。
また、電気伝導性と優れた耐食性とを兼ね備えた陽極酸化皮膜をその表面に有するマグネシウム又はマグネシウム合金製品を製造する方法として、リン酸根(遊離のリン酸、リン酸塩、リン酸水素塩、リン酸二水素塩として電解液中に含まれるもの)を0.1〜1mol/L含有し、pHが8〜14である電解液にマグネシウム又はマグネシウム合金を浸漬し、その表面を陽極酸化処理するマグネシウム又はマグネシウム合金製品の製造方法が知られている(例えば、特許文献7参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した通り、マグネシウム系素材の耐食性を向上させるために、マグネシウム系素材の表面に耐食性の皮膜を形成する技術が知られている(例えば、上記特許文献1〜6)。
しかし、マグネシウム系素材の表面に耐食性の皮膜が形成された構造のマグネシウム系部材では、耐食性の皮膜によってマグネシウム系部材全体の導電性が損なわれる場合がある。例えば、導電性が損なわれた上記マグネシウム系部材を電子機器類の筐体として使用した場合には、電子機器類の筐体に帯電が生じ、この帯電が電子回路に悪影響を及ぼすことがある。
また、皮膜の耐食性自体についても、より優れた耐食性が求められることがある。
【0006】
上述した導電性(電気伝導性)に鑑み、上記特許文献7では、電気伝導性と優れた耐食性とを兼ね備えた陽極酸化皮膜をその表面に有するマグネシウム系部材(マグネシウム又はマグネシウム合金製品)及びその製造方法が提案されている。
しかし、上記特許文献7に記載の製造方法は、煩雑である傾向がある。例えば、この特許文献7に記載の製造方法では、陽極酸化のための複雑な装置が必要であり、しかも、厚い皮膜を形成するためには装置を大型化する必要がある。
【0007】
本発明は上記に鑑みなされたものであり、以下の目的を達成することを課題とする。
即ち、本発明の目的は、導電性及び耐食性に優れた皮膜を備えるマグネシウム系部材を、簡易な方法によって製造することができるマグネシウム系部材の製造方法を提供することである。
また、本発明の目的は、導電性及び耐食性に優れた皮膜を備えるマグネシウム系部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための具体的手段は以下のとおりである。
<1> マグネシウムを主成分とするマグネシウム系素材を準備する準備工程と、加熱加圧雰囲気下、前記マグネシウム系素材の表面の少なくとも一部に対し、π電子を有する環状化合物と、水と、を接触させることにより皮膜を形成する皮膜形成工程と、を有するマグネシウム系部材の製造方法。
<2> 前記接触は、前記マグネシウム系素材の表面の少なくとも一部に対し、前記環状化合物及び水を含有する水溶液から生じた蒸気を接触させること、及び、前記マグネシウム系素材の少なくとも一部を、前記環状化合物及び水を含有する水溶液に浸漬すること
の少なくとも一方によって行う<1>に記載のマグネシウム系部材の製造方法。
<3> 前記加熱加圧雰囲気の圧力が、0.2MPa〜1.2MPaである<1>又は<2>に記載のマグネシウム系部材の製造方法。
<4> 前記加熱加圧雰囲気の温度が、120℃〜200℃である<1>〜<3>のいずれか1項に記載のマグネシウム系部材の製造方法。
<5> 前記環状化合物が、一分子中に、π電子を有する5員環構造及びπ電子を有する6員環構造の少なくとも一方と、水酸基と、を含む<1>〜<4>のいずれか1項に記載のマグネシウム系部材の製造方法。
<6> 前記環状化合物が、一分子中に、不飽和ラクトン構造と水酸基とを含む<1>〜<5>のいずれか1項に記載のマグネシウム系部材の製造方法。
<7> 前記環状化合物の分子量が、1000以下である<1>〜<6>のいずれか1項に記載のマグネシウム系部材の製造方法。
<8> 前記環状化合物が、アスコルビン酸及びその塩の少なくとも一方である<1>〜<7>のいずれか1項に記載のマグネシウム系部材の製造方法。
<9> 前記皮膜の厚さが、0.5μm〜100μmである<1>〜<8>のいずれか1項に記載のマグネシウム系部材の製造方法。
<10> 前記皮膜形成工程は、前記マグネシウム系素材の表面に対し、ブラスト処理、塗装処理、化成処理、酸洗処理、防錆処理、除錆処理、酸化膜除去処理、及び脱脂処理からなる群から選択される少なくとも一種の前処理を行うことなく、前記皮膜を形成する<1>〜<9>のいずれか1項に記載のマグネシウム系部材の製造方法。
<11> マグネシウムを主成分とするマグネシウム系素材と、前記マグネシウム系素材の表面の少なくとも一部を被覆する皮膜であって、水酸化マグネシウムとπ電子を有する炭素原子とを含む複合材料からなり、炭素原子含有量が10原子%〜60原子%である皮膜と、を備えたマグネシウム系部材。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、導電性及び耐食性に優れた皮膜を備えるマグネシウム系部材を、簡易な方法によって製造することができるマグネシウム系部材の製造方法が提供される。
また、本発明によれば、導電性及び耐食性に優れた皮膜を備えるマグネシウム系部材が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書中において、「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
以下、本発明のマグネシウム系部材及その製造方法について詳細に説明する。
【0012】
≪マグネシウム系部材の製造方法≫
本発明のマグネシウム系部材の製造方法(以下、「本発明の製造方法」ともいう)は、マグネシウム(Mg)を主成分とするマグネシウム系素材を準備する準備工程と、加熱加圧雰囲気下、上記マグネシウム系素材の表面の少なくとも一部に対し、π電子を有する環状構造を含む化合物と、水と、を接触させることにより皮膜を形成する皮膜形成工程と、を有する。本発明のマグネシウム系部材の製造方法は、必要に応じ、その他の工程を有していてもよい。
【0013】
本発明において、「マグネシウム系素材」とは、皮膜形成工程の処理(即ち、皮膜の形成)が施される対象物を指す。
また、本発明において、「マグネシウム系部材」とは、マグネシウム系素材に対し皮膜形成工程の処理(即ち、皮膜の形成)が施された後の結果物を指す。
また、本発明のマグネシウム系部材の製造方法は、マグネシウム系素材の表面処理方法と言い換えることもできる。
【0014】
本発明の製造方法によれば、導電性及び耐食性に優れた皮膜を備えるマグネシウム系部材を、簡易な方法によって製造することができる。
上記「簡易な方法」について、より詳細には、本発明における皮膜形成工程では、加熱加圧雰囲気下、マグネシウム系素材の表面の少なくとも一部に対し、π電子を有する環状構造を含む化合物と、水と、を接触させるという簡易な方法によって皮膜を形成することができる。
ここで、「水」の概念には、液体状態の水だけでなく、気体状態の水(即ち、水蒸気)も包含される。
【0015】
本発明の製造方法によって形成される皮膜が、導電性及び耐食性に優れる理由は以下のように推測される。
即ち、上記皮膜は、水酸化マグネシウム系の皮膜であり、この水酸化マグネシウム系の皮膜が、耐食性に寄与すると考えられる。
更に、この水酸化マグネシウム系の皮膜は、水酸化マグネシウムと、π電子を有する環状化合物に由来する炭素原子(即ち、π電子を有する炭素原子)と、を含む複合材料からなる皮膜(コンポジット皮膜)であり、皮膜中にπ電子が含まれていると考えられる。皮膜中に含まれるπ電子が、導電性に寄与すると考えられる。
【0016】
更に、本発明の製造方法によって形成される皮膜は、従来の水酸化マグネシウム皮膜(例えば上記特許文献6に記載の水酸化マグネシウム皮膜)と比較しても、耐食性に優れる。
この理由は、本発明における皮膜は、水酸化マグネシウム粒子と、水酸化マグネシウム粒子とはサイズが異なるカーボン粒子(炭素粒子)と、を含む複合材料からなるコンポジット皮膜であることにより、水酸化マグネシウム粒子のみからなる皮膜と比較して、皮膜の緻密性が高いため、と考えられる。
【0017】
更に、本発明の製造方法では、皮膜形成工程において、π電子を有する環状化合物の量を調整することにより、皮膜の導電性を調整することもできる。
【0018】
また、従来、マグネシウム系素材に設けられる皮膜として、樹脂皮膜が用いられることがあった。
従来の樹脂皮膜に対し、本発明の製造方法で製造される皮膜は、無機材料を主体とする皮膜であるため、高剛性であるという利点も有する。
【0019】
また、本発明の製造方法は、陽極酸化法による従来の皮膜の形成方法と比較して、簡易な方法であり、より詳細には以下の利点を有している。
【0020】
即ち、陽極酸化法は、陽極酸化のための電極を備えた複雑な装置を用いて実施する必要があるが、本発明の製造方法は、より簡易な装置を用いて実施することができる。
【0021】
また、陽極酸化法では、溶液中にマグネシウム系素材を浸漬させて電気を通して行うので、マグネシウム系素材表面の皮膜の膜厚が厚くなると大きな電圧が必要となり、装置を大型化する必要がある。
これに対し、本発明の製造方法では、マグネシウム系素材表面の皮膜の膜厚が厚くなったとしても装置を大型化する必要はない。
従って、本発明の製造方法は、陽極酸化法と比較して、一定スペース(一定の装置設置面積)での大量生産に適している。
【0022】
また、陽極酸化法では、基材(マグネシウム系素材)の表面に皮膜を付けているだけであるので、基材と皮膜との密着性が悪い場合がある。例えば、陽極酸化法では、基材が撓んだ場合に皮膜にひび割れが生じる場合がある。
これに対し、本発明における皮膜は、基材との密着性に優れており、上述したひび割れが生じ難い。
この理由は、本発明における皮膜は、基材(マグネシウム系素材)の材料から直接成長しているためと考えられる。言い換えれば、本発明における皮膜は、基材(マグネシウム系素材)の表層部が改質(転化)することによって形成された膜であるためと考えられる。
【0023】
また、陽極酸化法では、基材がパイプ形状を有する場合には、パイプ形状の外周面には皮膜を形成できるが、パイプ形状の内周面には皮膜を形成できないという問題点を有している。また、陽極酸化法では、基材が凹凸形状を有する場合には、凹凸形状の凹んだ部分等は表面処理できないという問題点を有している。
これに対して、本発明の製造方法では、複雑な形状(パイプ形状、凹凸形状等)を有する基材に対しても、効率良く、かつ、均一性良く皮膜を形成することができる。
更に、本発明の製造方法では、大型の基材に対しても、効率良く、かつ、均一性良く皮膜を形成することができる。
【0024】
皮膜形成工程における上記接触は、
上記マグネシウム系素材の表面の少なくとも一部に対し、上記環状化合物及び水を含有する水溶液から生じた蒸気を接触させること(以下、「操作1」や「蒸気養生」ともいう)、及び、
上記マグネシウム系素材の少なくとも一部を、上記環状化合物及び水を含有する水溶液に浸漬すること(以下、「操作2」や「浸漬」ともいう)
の少なくとも一方によって行うことが好ましい。
【0025】
操作1(蒸気養生)は、接触の操作をより簡易に行うことができるという利点を有する。
操作2(浸漬)は、皮膜の形成効率に優れるという利点を有する。また、操作2(浸漬)は、環状化合物の蒸気圧の制約を受けにくいため、環状化合物の種類の選択の幅が広いという利点も有する。
上記接触は、操作1及び操作2のいずれか一方によって行ってもよいし、操作1及び操作2の両方によって行ってもよい。
上記接触を操作1及び操作2の両方によって行う場合、操作1及び操作2のうちのいずれを先に行ってもよい。
【0026】
上記操作1(蒸気養生)及び上記操作2(浸漬)では、いずれも上記環状化合物及び水を含有する水溶液を用いる。
水溶液中における上記環状化合物の含有量は、上記環状化合物の水に対する溶解度に応じて適宜設定することができるが、例えば、水溶液全量に対し、0.2〜2.0質量%とすることができる。
【0027】
上記加熱加圧雰囲気の圧力は、0.2MPa〜1.2MPaであることが好ましい。
上記圧力が0.2MPa以上であると、皮膜の形成効率がより向上する。
上記圧力が1.2MPa以下であると、生産性やコストの点で有利である。例えば、上記圧力が1.2MPa以下であると、皮膜形成工程に用いる装置(例えばオートクレーブ)として、1.2MPa超の圧力に対する耐性を有する高価な装置を用いる必要がない。このため、装置のコストを低減できる。
【0028】
上記圧力としては、0.5MPa〜1.2MPaがより好ましく、0.8MPa〜1.2MPaが更に好ましく、1.0MPa〜1.15MPaが特に好ましい。
【0029】
上記加熱加圧雰囲気の温度は、120℃〜200℃である。
上記温度が120℃以上であると、皮膜の形成効率がより向上する。
上記温度が200℃以下であると、生産性やコストの点で有利である。例えば、上記温度が200℃以下であると、皮膜形成工程に用いる装置(例えばオートクレーブ)として、200℃超の温度に起因する高い圧力に対する耐性を有する高価な装置を用いる必要がない。このため、装置のコストを低減できる。
【0030】
上記温度としては、150℃〜200℃がより好ましく、170℃〜200℃が更に好ましく、180℃〜195℃が特に好ましい。
【0031】
皮膜形成工程において、π電子を有する環状化合物としては、π電子を有し、かつ、環状構造を有する化合物を特に制限なく用いることができる。
π電子を有する環状化合物は、一分子中に、π電子を有する環状構造を含むことが好ましく、一分子中に、π電子を有する5員環構造及びπ電子を有する6員環構造の少なくとも一方を含むことがより好ましく、一分子中に、π電子を有する5員環構造及びπ電子を有する6員環構造の少なくとも一方と、水酸基と、を含むことが特に好ましい。
π電子を有する環状化合物が、一分子中に水酸基を有することにより、操作1(蒸気養生)及び操作2(浸漬)における水溶液を調製する際に、水への溶解度をより向上させることができる。
【0032】
また、上記環状化合物は、低分子化合物であっても高分子化合物であってもよい。
上記環状化合物は、上述した操作1(蒸気養生)を行う場合において蒸気を得やすい観点からは、低分子化合物が好ましい。
上記環状化合物が低分子化合物である場合、上記環状化合物の分子量は、1000以下が好ましい。
上記環状化合物の分子量は、800以下がより好ましく、600以下が更に好ましく、400以下が特に好ましい。
【0033】
また、上記環状化合物としては、一分子中に、不飽和ラクトン構造と、水酸基と、を含む化合物が好ましい。
ここで、不飽和ラクトン構造は、π電子を有する5員環構造の一例である。
【0034】
上記環状化合物として、具体的には、アスコルビン酸及びその塩の少なくとも一方(以下、「アスコルビン酸等」ともいう)が挙げられる。
アスコルビン酸等は、皮膜の形成性や水への溶解性に優れるという利点に加え、環境負荷が少ない、入手が容易である等の利点も有する。
アスコルビン酸の塩としては、アスコルビン酸ナトリウム、アスコルビン酸カリウム、アスコルビン酸カルシウム等が挙げられる。
【0035】
なお、上記環状化合物としては、アスコルビン酸等以外の化合物を用いることもできるが、上述した利点を有する観点から、アスコルビン酸等が特に好ましい。
【0036】
また、上記皮膜形成工程で形成される皮膜の厚さは、0.5μm〜100μmが好ましい。
皮膜の厚さが0.5μm以上であると、皮膜による耐食性向上の効果がより効果的に発揮される。
皮膜の厚さが100μm以下であると、熱衝撃や応力等による、皮膜の剥がれやひび割れ(クラック)をより抑制できる。
上記皮膜の厚さは、3μm〜100μmがより好ましく、3μm〜50μmが特に好ましい。
【0037】
また、上記皮膜形成工程は、上記マグネシウム系素材の表面に対し、ブラスト処理、塗装処理、化成処理、酸洗処理、防錆処理、除錆処理、酸化膜除去処理、及び脱脂処理からなる群から選択される少なくとも一種の前処理を行うことなく上記皮膜を形成することが好ましい。これにより、マグネシウム系部材をより簡易に製造することができる。例えばブラスト処理を行わないことにより、ブラスト処理で生じることがある微粉の飛散を抑制できる。
また、本発明における皮膜形成工程では、これらの前処理を行わなくても、良質な皮膜を形成することができる。
【0038】
以下、本発明の製造方法の各工程について説明する。
【0039】
<準備工程>
準備工程は、マグネシウムを主成分とするマグネシウム系素材を準備する工程である。
準備工程は、便宜上の工程であり、既に製造されていたマグネシウム系素材を準備する工程であってもよいし、マグネシウム系素材を製造する工程であってもよい。
【0040】
ここで、「マグネシウムを主成分とするマグネシウム系素材」とは、含有量(質量%)が最も多い成分がマグネシウムである素材を指す。
マグネシウム系素材としては、マグネシウム(純マグネシウム)、マグネシウム合金が挙げられる。
マグネシウム系素材中におけるマグネシウムの含有量は、マグネシウム系素材の全量に対し、50重量%以上が好ましく、70重量%以上がより好ましく、80重量%以上が更に好ましく、90重量%以上が更に好ましく、95重量%以上が特に好ましい。
【0041】
マグネシウム合金に含有される金属元素として、マグネシウム(Mg)以外の金属元素には特に制限はないが、例えば、アルミニウム(Al)、亜鉛(Zn)、マンガン(Mn)、カルシウム(Ca)等が挙げられる。
【0042】
マグネシウム系素材の形状には特に制限はなく、基板形状、塊形状、パイプ形状、凹凸を有する形状等、あらゆる形状とすることができる。
マグネシウム系素材の形状として、より具体的には、電子機器類(携帯電話(スマートフォンを含む)、携帯情報端末、カメラ、パソコン等)の筐体の形状、プラズマディスプレイ等の各種ディスプレイの構成部材の形状、輸送機器の構造部材の形状、等が挙げられる。
【0043】
<皮膜形成工程>
皮膜形成工程は、加熱加圧雰囲気下、上記マグネシウム系素材の表面の少なくとも一部に対し、π電子を有する環状構造を含む化合物と、水と、を接触させることにより皮膜を形成する工程である。
皮膜形成工程の好ましい態様は前述したとおりである。
上記接触の時間は、形成しようとする皮膜の膜厚に応じて適宜選択できるが、例えば、2時間〜12時間の範囲内とすることができる。
【0044】
本発明の製造方法は、必要に応じ、準備工程及び皮膜形成工程以外のその他の工程を有していてもよい。
その他の工程としては、マグネシウム系素材又はマグネシウム系部材を洗浄する洗浄工程、添加工程によって得られた皮膜を後処理する後処理工程、等の公知の工程が挙げられる。
但し、前述のとおり、製造工程を簡易にする観点からは、本発明の製造方法は、ブラスト処理、塗装処理、化成処理、酸洗処理、防錆処理、除錆処理、酸化膜除去処理、及び脱脂処理からなる群から選択される少なくとも一種の前処理を含まないことが好ましい。
【0045】
≪マグネシウム系部材≫
本発明のマグネシウム系部材は、マグネシウムを主成分とするマグネシウム系素材と、上記マグネシウム系素材の表面の少なくとも一部を被覆する皮膜であって、水酸化マグネシウムとπ電子を有する炭素原子とを含む複合材料からなり、炭素原子含有量が10原子%〜60原子%である皮膜と、を備える。本発明のマグネシウム系部材は、必要に応じ、その他の部材を備えていてもよい。
本発明のマグネシウム系部材は、導電性及び耐食性に優れた皮膜を備えるので、部材全体として、導電性及び耐食性に優れる。
【0046】
本発明のマグネシウム系部材における皮膜が、導電性及び耐食性に優れる理由は、前述の本発明の製造方法の説明で述べた理由が考えられる。
本発明のマグネシウム系部材において、マグネシウム系素材及び皮膜の好ましい範囲は、それぞれ、本発明の製造方法におけるマグネシウム系素材及び皮膜の好ましい範囲と同様である。
【0047】
上記皮膜において、炭素原子含有量は、エネルギー分散型X線分光装置によって測定された値を指す。
上記皮膜における炭素原子含有量は10原子%〜60原子%である。
炭素原子含有量が10原子%以上であることは、皮膜中に、不純物としての炭素原子(後述の比較例1参照)以外に、意図的に添加されている炭素原子が含まれていることを意味する。炭素原子含有量は、20原子%以上が好ましく、25原子%がより好ましい。
一方、上記皮膜における炭素原子含有量は60原子%以下であることは、皮膜中に、充分な量の水酸化マグネシウムが含まれていることを意味する。炭素原子含有量は、50原子%以下がより好ましい。
【0048】
また、上記皮膜において、π電子を有する炭素原子とは、sp2混成軌道を有する炭素原子を意味する。
上記皮膜において、π電子を有する炭素原子の存在は、電子スピン共鳴法(Electron Spin Resonance;ESR)によって確認することができる。
【0049】
本発明のマグネシウム系部材を製造する方法には特に制限はないが、上述した本発明の製造方法が好適である。
【0050】
以上で説明した、本発明のマグネシウム系部材、及び、本発明の製造方法によって製造されるマグネシウム系部材の用途としては、電子機器類(携帯電話(スマートフォンを含む)、携帯情報端末、カメラ、パソコン等)の筐体、プラズマディスプレイ等の各種ディスプレイの構成部材、輸送機器の構造部材、等の用途が挙げられる。
【実施例】
【0051】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0052】
〔実施例1〕
<マグネシウム系部材の製造>
(準備工程)
マグネシウム系素材として、縦20mm×横20mm×厚さ1.5mmサイズのMg合金基材1を準備した。このMg合金基材1は、ケーエステクノス(株)製の押し出し材を、上記サイズにカットしたものである。上記押し出し材の材質(即ち、Mg合金基材1の材質)は、ASTM規格で規定されるAZ31(アルミニウムを約3質量%および亜鉛を約1質量%含むマグネシウム合金)である。
【0053】
(皮膜形成工程)
オートクレーブ内に、アスコルビン酸(以下、「AA」(Ascorbic Acid)ともいう)0.3gを含む水溶液20mLを入れ、次いでこの水溶液中に上記Mg合金基材1を浸漬させた。
次に、オートクレーブ内を、温度190℃、圧力1.1MPaに調整し、この温度及び圧力にて3時間の加熱処理を行った。これにより、Mg合金基材1の表層部を改質(転化)させて皮膜とした。
以上により、Mg合金基材1の表層部が皮膜に改質(転化)した構造のMg合金サンプル(マグネシウム系部材)を得た。
【0054】
<測定及び評価>
(Mg合金サンプルの皮膜のX線回折測定)
上記で得られたMg合金サンプルの皮膜について、X線回折測定を行った。
結果を
図1に示す。
【0055】
(Mg合金サンプルの皮膜の膜厚測定)
上記で得られたMg合金サンプルの断面を、走査型電子顕微鏡(日本電子(株)製、商品名「JSM−6010LA」)によって観察し、Mg合金サンプルの皮膜の膜厚を測定した。
結果を表1に示す。
【0056】
(Mg合金サンプルの皮膜中の炭素含有量の測定)
上記走査型電子顕微鏡に付属されたエネルギー分散型X線分光装置を用い、上記Mg合金サンプルの皮膜中の炭素含有量の測定を行った。
結果を表1に示す。
【0057】
(Mg合金サンプルの皮膜の導電性評価)
Mg合金サンプルの皮膜の導電性評価として、四探針法により、上記皮膜の体積抵抗率を測定した。
結果を表1に示す。
【0058】
(Mg合金サンプルの皮膜の耐食性評価)
密閉容器内に5質量%の塩水溶液(関東化学(株)製)を入れて35℃に調温し、調温された上記塩水溶液中にMg合金サンプルを72時間浸漬させた。
次いで塩水溶液からMg合金サンプルを取り出し、目視により腐食の有無を観察し、下記評価基準によって皮膜の耐食性を評価した。
結果を下記表1に示す。
−評価基準−
A ・・・ 目視により腐食が確認されなかった。
B ・・・ 目視により腐食が確認された。
【0059】
(Mg合金サンプルの分極特性の測定)
ポテンシオスタットを用い、Mg合金サンプルの分極特性を測定した。本測定において、電位の掃引速度は0.5mV/sとした。
結果を
図2に示す。
【0060】
〔実施例2、実施例3、及び比較例1〕
実施例1の皮膜形成工程において、AAの量(0.3g)を、表1に示す量に変更したこと以外は実施例1と同様の操作を行った。
比較例1では、AAの質量を0gとした。即ち、比較例1の皮膜形成工程では、AAの水溶液ではなく水を用いた。
結果を表1並びに
図1及び
図2に示す。
【0061】
【表1】
【0062】
表1中、「体積抵抗率(Ω・cm)」は、桁数(オーダー)のみを示している。
表1中、「at%」は、原子%を示す。
【0063】
表1に示すように、皮膜形成工程においてアスコルビン酸(AA)の水溶液を用いた実施例1〜3のMg合金サンプルでは、皮膜形成工程においてAAの水溶液ではなく水を用いた比較例1のMg合金サンプルと比較して、皮膜の耐食性に優れ、かつ、皮膜の体積抵抗率が低く導電性に優れていた。
具体的には、比較例1のMg合金サンプルの皮膜は、体積抵抗率は10
11Ω・cmオーダーであり、絶縁体であった。これに対し、実施例1〜3に示すように、皮膜形成工程における水にアスコルビン酸(AA)を添加すると体積抵抗率が低下した。実施例1〜3では、AAの量の増加に従って体積抵抗率が低下する傾向が見られた。
また、実施例1〜3における皮膜の炭素含有量は、比較例1における皮膜の炭素含有量よりも高い値を示した。実施例1〜3では、AAの添加量の増加に従って皮膜中の炭素含有量が増加する傾向が見られた。
【0064】
実施例1〜3の皮膜が比較例1の皮膜よりも耐食性に優れる理由は、実施例1〜3の皮膜には、水酸化マグネシウム粒子が含まれていることに加え、水酸化マグネシウム粒子とはサイズが異なるカーボン(炭素)粒子が分散されていることにより、比較例1の皮膜と比較して、皮膜の緻密性が向上したためと考えられる。
【0065】
実施例1〜3の皮膜が導電性に優れる理由は、実施例1〜3の皮膜中に、原料であるアスコルビン酸(AA)に由来する、π電子を有する炭素原子が含まれているためと考えられる。皮膜中にπ電子を有する炭素原子が含まれていることは、理論上、電子スピン共鳴法(Electron Spin Resonance;ESR)によって確認することができる。
【0066】
図1は、実施例1〜3及び比較例1のMg合金サンプルの皮膜のX線回折図である。
図1中、(a)、(b)、(c)、及び(d)は、それぞれ、比較例1、実施例3、実施例2、及び実施例1におけるX線回折図である。
図1中の(a)〜(d)では、いずれも、2θ=18.5、32.8、37.9、50.8、58.7、62.1、68.1および72.1°の位置に、回折線が観察された。これらは、それぞれ、水酸化マグネシウム(Mg(OH)
2)の001、100、101、102、110、111、200および201回折線に相当する(JCPDS No.44−1482)。
以上の結果から、実施例1〜3及び比較例1における皮膜は、いずれも、水酸化マグネシウムを含む皮膜であることが確認された。
【0067】
図2は、実施例1〜3及び比較例1のMg合金サンプル(即ち、皮膜によって被覆されているMg合金)、並びに、皮膜形成工程の処理を行わなかったMg合金基材1(即ち、皮膜によって被覆されていないMg合金)の分極特性の測定結果である。
図2中、(a)は、皮膜によって被覆されていないMg合金基材1(「Bare AZ31」)の分極特性であり、(b)、(c)、(d)、及び(e)は、それぞれ、比較例1(「AA: 0g」)、実施例3(「AA: 0.1g」)、実施例2(「AA: 0.2g」)、及び実施例1(「AA: 0.3g」)のMg合金サンプルの分極特性である。
【0068】
図2中、(e)及び(a)より、(e)実施例1のMg合金サンプルの腐食電位、及び、(a)皮膜によって被覆されていないMg合金基材1の腐食電位は、それぞれ、−0.955V(vs.Ag/AgCl)及び−1.482V(vs.Ag/AgCl)であった。このように、皮膜によって被覆されている実施例1のMg合金サンプルの腐食電位は、皮膜によって被覆されていないMg合金基材1の腐食電位と比較して、500mV以上貴であった。
また、(e)実施例1のMg合金サンプルの腐食電流、及び、(a)皮膜によって被覆されていないMg合金基材1の腐食電流は、それぞれ、1.5×10
−9A/cm
2及び8.5×10
−5A/cm
2であった。このように、皮膜によって被覆されている実施例1のMg合金サンプルの腐食電流は、皮膜によって被覆されていないMg合金基材1の腐食電流と比較して、4桁以上小さい値を示した。
以上の結果は、皮膜によって被覆されている実施例1のMg合金サンプルの方が、皮膜によって被覆されていないMg合金基材1よりも耐食性に優れることを示す。
【0069】
図2中、(c)(実施例3(「AA: 0.1g」))及び(d)(実施例2(「AA: 0.2g」))においても、(e)(実施例1(「AA: 0.3g」))と同様に、皮膜によって被覆されていないMg合金基材1よりも耐食性に優れることが確認された。
【0070】
図2中、(b)(比較例1(「AA: 0g」))においても、皮膜によって被覆されていないMg合金基材1よりも耐食性に優れることが確認された。
しかし、(b)(比較例1(「AA: 0g」))は、(c)(実施例3(「AA: 0.1g」))、(d)(実施例2(「AA: 0.2g」))、及び(e)(実施例1(「AA: 0.3g」))に対し、耐食性に劣っていた。
【0071】
図3Aは、実施例1のMg合金サンプルの塩水浸漬前の外観写真であり、
図3Bは、実施例1のMg合金サンプルの塩水浸漬後(塩水に72時間浸漬させた後)の外観写真である。
図4Aは、比較例1のMg合金サンプルの塩水浸漬前の外観写真であり、
図4Bは、比較例1のMg合金サンプルの塩水浸漬後(塩水に72時間浸漬させた後)の外観写真である。
図3Aと
図3Bとの対比から明らかなように、実施例1のMg合金サンプルでは、塩水浸漬前後において、外観に変化は見られなかった。
しかし、
図4Aと
図4Bとの対比から明らかなように、比較例1のMg合金サンプルでは、塩水浸漬後(
図4B)に顕著な腐食が発生した。