(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記支持体に載置された前記基板の表面と、前記吸引管の前記一方の開口端の端面とが平行に対向するよう、前記移動機構による前記支持体の移動、および/または前記吸引管の移動を制御する制御部をさらに備える、請求項6に記載のガス分析装置。
前記制御部は、前記一方の開口端と前記基板との距離が0mmより大きく3mm以下の範囲となるよう、前記移動機構および/または前記吸引管を制御する、請求項6に記載のガス分析装置。
前記制御部は、前記一方の開口端と前記基板との距離が0.5mm以上1mm以下の範囲となるよう、前記移動機構および/または前記吸引管を制御する、請求項8に記載のガス分析装置。
前記凍結凝縮させるステップは、前記基板を少なくとも1以上の物質のそれぞれが有する熱脱離温度の中でもっとも低い熱脱離温度以下の温度まで冷却する、請求項16に記載の方法。
前記分析するステップは、前記吸引管の前記一方の開口端と前記基板との距離が0mmより大きく3mm以下の範囲となるよう、前記吸引管を前記基板に対向させる、請求項16に記載の方法。
前記分析するステップは、前記1以上の物質のそれぞれの昇温脱離スペクトルを測定し、前記それぞれの昇温脱離スペクトルから前記1以上の物質それぞれの質量を分析する、請求項16記載の方法。
前記凍結凝縮させるステップは、前記1以上の物質とは異なる前記複数の物質の少なくとも一部を予備的凍結凝縮させるステップをさらに包含する、請求項16に記載の方法。
前記脱離させるステップは、前記基板を、前記1以上の物質のそれぞれの熱脱離温度±20Kの範囲について、2K/分以上8K/分以下の昇温速度で加熱する、請求項16に記載の方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。なお、同様の要素には同様の番号を付し、その説明を省略する。
【0016】
図1は、本発明によるガス分析装置の模式図である。
【0017】
本発明によるガス分析装置100は、凍結凝縮と昇温脱離と(凍結凝縮−昇温脱離分析)によって複数の物質から構成されるガス(気体)のうち少なくとも1以上の物質の質量分析を行うことができる。複数の物質とはガスを構成する任意の物質であるが、分析されるべき1以上の物質は、好ましくは、希ガス元素、揮発性有機化合物(VOC)および大気汚染物質からなる群から1以上選択される物質である。希ガス元素は、周期表の第18族元素であり、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン、ラドン等である。揮発性有機化合物(VOC)は、ホルムアルデヒド、トルエン、アセトン、エタノール、2−プロパノール、ヘキサナール、d−リモネン、プロピオンアルデヒド等である。大気汚染物質は、二酸化窒素等の窒素化合物(NOx)、二酸化硫黄等の硫黄化合物(SOx)、光化学オキシダント(Ox)、一酸化炭素(CO)等である。本発明によるガス分析装置100を用いれば、上述の分析されるべき1以上の物質の存在のみならず、その質量分析を行うことができる。
【0018】
本発明によるガス分析装置100は、複数の物質から構成されるガスを導入する導入管110を有し、内部の圧力を調整する第1の真空ポンプ120を備えるチャンバ130と、真空チャンバ130に接続される冷却装置140と、冷却装置140に接続され、真空チャンバ130内に配置された支持体150と、支持体150に載置された基板160を加熱する加熱装置170と、真空チャンバ130に接続された質量分析機構180とを備える。支持体150には、導入管110から導入された複数の物質のうち分析されるべき少なくとも1以上の物質を冷却装置140により凍結凝縮させる基板160が載置されている。
【0019】
本発明によるガス分析装置100は、このような構成により、少なくとも分析されるべき1以上の物質について凍結凝縮し、昇温脱離分析を行う。詳細には、本発明によるガス分析装置100は、導入管110から導入された複数の物質のうち少なくとも1以上の物質を冷却装置140により基板160上に凍結凝縮させる。次いで、凍結凝縮した物質が熱脱離する温度(熱脱離温度)は物質固有であることを利用し、加熱装置170により、基板160から固有の熱脱離温度において分析されるべき1以上の物質のそれぞれを熱脱離させる。このようにして分析されるべき1以上の物質それぞれが選択的に濃縮したガス(単に選択的濃縮ガスとも呼ぶ)を、各熱脱離温度にて得ることができる。質量分析機構180が、このようにして得た選択的濃縮ガスに対して、特定の質量電荷比(m/z)を有する物質のみを検出するよう機能すれば、加熱装置170による昇温に伴い、少なくとも1以上の物質に応じた熱脱離ピークを有する昇温脱離スペクトルを得ることができる。導入された複数の物質からなるガスのすべてを凍結凝縮させれば、すべての物質について質量分析することができるのは言うまでもない。
【0020】
なお、熱脱離温度は、上述したように物質固有であるので、例えば、同じ分子量を有する異なる分子種であっても、それぞれ異なる熱脱離温度を有するので、容易に分離できる。
【0021】
第1の真空ポンプ120は、好ましくは、ロータリーポンプ、油拡散ポンプ、ターボ分子ポンプおよびイオンポンプからなる群から1以上選択されるポンプである。真空チャンバ130は、第1の真空ポンプ120により1×10
−8Pa以上1×10
−1Pa以下の範囲の真空状態に維持される。
【0022】
冷却装置140は、分析されるべき少なくとも1以上の物質をその3重点以下の温度まで冷却できれば、制限はないが、好ましくは、機械式冷凍機または寒剤である。機械式冷凍機は、具体的には、スターリング冷凍機、ギフォード・マクマホン冷凍機(GM冷凍機)、パルス管冷凍機などである。寒剤は、液体窒素、液体ヘリウムなどである。これらを用いれば、極低温まで冷却できるので、確実に分析したい物質を凍結凝縮させることができる。
【0023】
支持体150は、基板160を載置し、冷凍装置140によって基板160を冷却できる構成であれば、特に制限はないが、例えば、コールドヘッドおよび伝熱棒を備え、伝熱棒の先端部に基板160が載置されるようにしてあってもよい。これにより、効率的に基板160を冷却でき、基板160の操作性に優れる。
【0024】
基板160は、大気中で安定かつ表面が平坦な物質からなれば特に制限はないが、好ましくは、酸化物単結晶、多結晶金属、単結晶金属、単結晶半導体および層状物質からなる群から選択される。より具体的には、酸化物単結晶は、酸化亜鉛、サファイヤ等であり、多結晶金属は、多結晶タンタル、多結晶ニオブ、多結晶タングステン、これらの合金等である。単結晶金属は、単結晶ニオブ等である。単結晶半導体は、単結晶シリコン等である。層状物質は、グラファイトなどである。
【0025】
加熱装置170は、少なくとも分析されるべき1以上の物質を熱脱離温度まで加熱できれば、特に制限はないが、例えば、抵抗加熱装置、赤外線加熱装置および電子衝撃加熱装置からなる群から選択される加熱装置が採用される。これらの加熱装置は操作が簡便であるだけでなく、正確な温度制御を可能にする。また、電磁波加熱装置や誘導加熱装置などを採用することもできる。
【0026】
また、基板160の近傍、例えば、支持体150に熱電対等の温度センサを設置し、冷却装置140による基板160の冷却温度および加熱装置170による基板の加熱温度を正確に測定できるようにしてもよい。
【0027】
さらに、冷却装置140および/または加熱装置170の動作を、後述する制御部が、分析されるべき物質の3重点および/または熱脱離温度を格納しており、プログラミングにより制御するようにしてもよい。
【0028】
なお、
図1では、加熱装置170は、支持体150に設置されているように示されるが、この構成に限らない。例えば、加熱装置170として赤外線加熱装置を用いた場合には、基板160に赤外線を照射するように構成してもよい。
【0029】
さらに、本願発明者らは、昇温脱離により分析されるべき1以上の物質のそれぞれの選択的濃縮ガスを質量分析機構180内に適切に吸引するだけでなく、吸引された選択的濃縮ガスにより質量分析機構180内の真空度を制御することが、凍結凝縮−昇温脱離分析により高精度にガス分析を行うために必要であることを見出し、凍結凝縮−昇温脱離分析に好適な質量分析機構180を備えた本発明のガス分析装置100を開発した。質量分析機構180について詳細に説明する。
【0030】
本発明によるガス分析装置100において、質量分析機構180は、加熱装置170により基板160から脱離した1以上の物質のそれぞれの選択的濃縮ガスを吸引する吸引管181と、吸引管181で吸引された選択的濃縮ガスのうち一部を排気し、質量分析機構180内を真空状態に維持する第2の真空ポンプ182と、排気されなかった残りの選択的濃縮ガスの質量を分析する質量分析器183とをさらに備える。
【0031】
図2は、本発明による吸引管の一部を拡大して示す模式図である。
【0032】
ここで、吸引管181は、その一方の開口端210が基板160の表面に対向するよう配置され、基板160に対して近接するよう移動可能となっている。これにより、基板160以外の場所から脱離した不要なガスの吸引管181への混入が抑制され、高精度な分析を可能にする。吸引管181の移動は、
図1では、紙面に対して水平方向に移動するよう示されるが、吸引管181の移動は、基板160の表面に近接するよう移動できればこれに限らない。また、吸引管181の移動は、例えば、真空チャンバ130に設けられた窓(ビューイングポート)から目視にて手動で行ってもよいし、後述する制御部が移動装置などを制御して行ってもよい。
【0033】
吸引管181は、一方の開口端210の口径φがそれ以外の部分220の口径Φよりも小さくなるよう先細りの形状を有する。これにより、第2の真空ポンプ182のコンダクタンスを上げることができるので、吸引された選択的濃縮ガスのうち一部の排気を効率的に行うことができる。その結果、質量分析機構180内の真空状態が維持されるので、質量分析器183が確実に動作し、高精度な分析を可能にする。
【0034】
吸引管181において、好ましくは、一方の開口端210の口径φに対するそれ以外の部分220の口径Φの比は、2.5以上5.5以下の範囲を満たす。これにより、第2の真空ポンプ182のコンダクタンスをさらに上げることができる。より好ましくは、一方の開口端210の口径φに対するそれ以外の部分220の口径Φの比は、4以上4.5以下の範囲を満たす。これにより、第2の真空ポンプ182のコンダクタンスを確実に上げることができる。
【0035】
吸引管181において、好ましくは、一方の開口端210の口径φは、5mm以上7mm以下の範囲を満たす。これにより、真空チャンバ130と質量分析機構180との間の真空を仕切ることができる。
【0036】
吸引管181において、好ましくは、一方の開口端210の管厚は、それ以外の部分220のそれよりも厚い。これにより、吸引管181を基板160に十分に接近させても、熱輻射による基板160の温度上昇が抑制されるので、正確な温度上昇を可能にし、分析を高精度に行うことができる。
【0037】
吸引管181は、好ましくは、放射率の小さな材料からなり、具体的には、波長1μmの光に対して、0以上0.5以下の範囲を満たす放射率を有する材料からなる。これにより、吸引管181が基板160の表面に近接させた場合であっても、質量分析機構180内の熱輻射による温度上昇を抑制することができる。上述の放射率を満たす材料は、例示的には、ステンレス、表面を研磨したアルミニウム等である。
【0038】
第2の真空ポンプ182は、第1の真空ポンプ120と同様に、ロータリーポンプ、油拡散ポンプ、ターボ分子ポンプおよびイオンポンプからなる群から1以上選択されるポンプであるが、第2の真空ポンプ182により、質量分析機構180が、真空チャンバ130の真空度よりも低く維持され、好ましくは、1×10
−8Pa以上1×10
−2Pa以下の範囲の真空状態に維持される。これにより、吸引管181で吸引された選択的濃縮ガスの一部の排気を確実にし、質量分析器183の動作範囲となるので、質量分析を確実に行うことができる。
【0039】
なお、
図1では、第2の真空ポンプ182は単一で示されるが、多段階に真空ポンプを設けて、上記の真空状態を維持するよう構成してもよい。
【0040】
質量分析器183は、質量分析に用いられる任意の質量分析器が採用されるが、例示的には、四重極質量分析器、飛行時間質量分析器、および、サイクロトロン共鳴質量分析器からなる群から選択される質量分析器である。これらであれば、本発明の質量分析装置に適用し、動作し得る。中でも、四重極質量分析器は、1×10
−2Paの真空度においても動作するので、質量分析機構180内の真空度を高真空に維持する必要がないので、有利である。
【0041】
質量分析器183は、選択的濃縮ガスについて昇温脱離スペクトルを測定する。上述した制御部が、昇温脱離スペクトルのデータを受け取り、ピーク面積を算出し、質量分析を行ってもよい。
【0042】
再度
図1に戻り、本発明のガス分析装置100は、支持体150の動作を制御する移動機構(図示せず)をさらに備えてもよい。移動機構は、例えば、支持体150の上部に設けられ、支持体150をx、yおよびz方向に移動させ、かつ、回転させることができる。これにより、支持体150が、冷却装置140による冷却や加熱装置170による加熱によって変形をしても、支持体150に載置された基板160と、吸引管181の一方の開口端210とを確実に対向させることができるので、高精度な分析を達成できる。
【0043】
本発明のガス分析装置100は、移動機構および/または吸引管181の動作を制御する制御部(図示せず)をさらに備えてもよい。制御部は、支持体150に載置された基板160の表面と、吸引管181の一方の開口端210とが平行に対向するよう、移動機構による支持体150の移動、および/または、吸引管181の移動を制御する。制御部は、移動機構の動作および吸引管181の動作の両方を同時に制御してもよいし、いずれか一方を制御してもよい。
【0044】
制御部は、中央演算処理装置(CPU)や特定用途向け集積回路(ASIC)を備え、移動機構による支持体150の移動、および/または、吸引管181の移動を制御する。これにより、確実に基板160の表面と吸引管181の一方の開口端210とを平行に対向させることができるので、基板160から脱離した選択的濃縮ガスが吸引され、分析の制度が向上し得る。
【0045】
より好ましくは、制御部は、基板160の表面と一方の開口耐210との距離が0mmより大きく3mm以下の範囲となるよう、移動機構による支持体150の移動、および/または、吸引管181の移動を制御する。これにより、基板160からの選択的濃縮ガスを吸引した場合であっても、質量分析機構180内の熱輻射による温度上昇および真空度変動が質量分析器183に実質的に影響を及ぼすことはないので、確実に分析できる。
【0046】
さらに好ましくは、制御部は、基板160の表面と一方の開口耐210との距離が0.5m以上1mm以下の範囲となるよう、移動機構による支持体150の移動、および/または、吸引管181の移動を制御する。これにより、選択的濃縮ガスを吸引した場合であっても、質量分析機構180内の熱輻射による温度上昇を確実に抑制し、真空度が低減されるので、高精度に分析できる。
【0047】
次に、
図1〜
図5を参照し、本発明の複数の物質から構成されるガスのうち1以上の物質の質量を分析するガス分析をするガス分析方法を説明する。なお、分析されるべき1以上の物質は、ガス分析装置100において説明したとおりであるので、説明を省略する。
【0048】
図3は、本発明のガス分析を行うフローチャートである。
図4は、凍結凝縮および選択的濃縮ガスを模式的に示す図である。
【0049】
ステップS310:真空チャンバ130(
図1)内を真空排気する。ここで、真空チャンバ130は、第1の真空ポンプ120(
図1)等により1×10
−8Pa以上1×10
−1Pa以下の範囲の真空状態に維持される。
【0050】
ステップS320:真空チャンバ130内に位置する基板160(
図1)を、例えば冷却装置140(
図1)等により、少なくとも1以上の物質のそれぞれが有する3重点の中でももっとも低い3重点以下の温度まで冷却する。次いで、真空チャンバ130にガスを導入する。これにより、基板160上に複数の物質から構成されるガスのうち少なくとも分析されるべき1以上の物質が凍結凝縮される。例示的な分析される物質として、クリプトン、アルゴン、ネオン等の希ガス元素、アセトン等の揮発性有機化合物の3重点および熱脱離温度を表1に示す。
【0051】
図4を参照し、凍結凝縮の様子を詳述する。
図4(A)に示されるように、基板160の領域410を、少なくとも1以上の物質のそれぞれが有する3重点の中でももっとも低い3重点以下の温度まで冷却する。
【0052】
次に、
図4(B)に示されるように、分析されるべき1以上の物質(黒色)とそれ以外の物質(白色)とからなるガスが導入される。ここでは、簡単のため、分析されるべき1以上の物質、および、それ以外の物質は、それぞれ1種であるものとする。すなわち、複数の物質からなるガスは、2種の物質からなるものとする。さらに、それ以外の物質の3重点は、分析されるべき1以上の物質のそれよりも高いものとする。
【0053】
ガスが導入されると、
図4(C)に示されるように、いずれの物質も基板160の領域410上に凍結凝縮する。すなわち、分析されるべき1以上の物質は必ず基板160上に凍結凝縮される。
図4(C)ではすべての物質が実質的に凍結凝縮される例を示したが、これに限らない。少なくとも分析されるべき1以上の物質が凍結凝縮されればよいので、それ以外の物質の3重点が、1以上の物質のそれよりも顕著に低く、ステップS320において、基板160を、それ以外の物質の3重点よりも高く、かつ、1以上の物質の3重点以下に冷却してもよい。
【0054】
表1に示されるように、通常、物質の3重点は、その熱脱離温度より高い。したがって、好ましくは、基板160を少なくとも1以上の物質のそれぞれが有する熱脱離温度の中でもっとも低い熱脱離温度以下の温度まで冷却する。これにより、基板160上に1以上の物質を確実に凍結凝縮させることができる。
【0055】
ステップS320において、好ましくは、ガスを1×10
−8Pa以上1×10
−1Pa以下の範囲の分圧で導入し、20秒以上15分以下の範囲の時間、凍結凝縮させる。この条件でガスを導入すれば、所定量の1以上の物質を凍結凝縮できるので、質量分析を行うことができる。より好ましくは、ガスは、1分以上15分以下の範囲の時間凍結凝縮される。これにより、さらに多くの1以上の物質が凍結凝縮されるので、昇温脱離スペクトルのピーク強度が向上し、検出限界が低減され得る。15分を超えると、後述するステップS330の昇温脱離により真空度が低下する恐れがある。さらに好ましくは、ガスは、3分以上10分以下の範囲の時間凍結凝縮される。これにより、昇温脱離スペクトルのピーク強度がさらに向上し、ピーク面積が増大するので、検出限界のさらなる低減が可能となり、真空度の低下を抑制して、高精度に分析できる。
【0056】
ステップS330:基板160を、例えば加熱装置170(
図1)等により加熱し、基板160から1以上の物質のそれぞれを脱離させる。熱脱離温度は物質固有であるので、1以上の物質のそれぞれの熱脱離温度となるよう昇温・加熱を行う。これにより、各熱脱離温度において、分析されるべき1以上の物質のそれぞれが選択的に脱離した濃縮したガス(選択的濃縮ガス)が得られる。簡易的には、加熱は、1以上の物質のそれぞれの熱脱離温度±20Kの範囲(熱脱離温度の少なくとも−20K以上から熱脱離温度の少なくとも+20K以下の範囲に同義)でよいが、より好ましくは、加熱は、1以上の物質のそれぞれの熱脱離温度±30Kの範囲まで行う。これにより、正確な熱脱離ピークが得られるので、高精度に分析できる。例示的な分析される物質として、クリプトン、アルゴン、ネオン等の希ガス元素、アセトン等の揮発性有機化合物に固有の熱脱離温度を表1に示す。
【0058】
再度
図4を参照する。
図4(D)に示されるように、ステップS330の加熱により、基板160の領域410は、分析されるべき物質(黒色)の熱脱離温度となるよう加熱される。ステップS320で凍結凝縮された2つの物質のうち、分析されるべき物質が、基板160からすべて熱脱離する。熱脱離温度は物質固有であるため、それ以外の物質(白色)は熱脱離することなく、基板160にとどまる。その結果、主として分析される物質からなる選択的濃縮ガス420が得られる。すなわち、選択的濃縮ガスは、分析される物質単体からなることが望ましいが、分析可能な範囲において不可避の他の物質を含有していてもよい。
【0059】
表1に示されるように、熱脱離温度は、通常、3重点よりも低い。したがって、実務的には、ステップS330に先立って、真空チャンバ内に凍結凝縮されず残ったガスを除去するために真空チャンバ内を排気することがよい。これにより、高精度な分析を可能にする。続いて、基板160を、冷却装置による冷却可能温度程度(例えば、冷却装置として2段式GM冷凍機を用いた場合には5Kなどの数K、1段式GM冷凍機を用いた場合には50Kなどの数十K)まで冷却し、続いて、ステップS330を行うことがよい。これにより、1以上の物質のそれぞれを固有の熱脱離温度で確実に昇温脱離させることができる。ステップS330において、極低温(例えば、数K〜数十K)から室温程度まで連続的に昇温すれば、1以上の物質のそれぞれの熱脱離ピークを有する昇温脱離スペクトルが得られる。
【0060】
好ましくは、ステップS330において、基板160を、極低温から1以上の物質のそれぞれの熱脱離温度まで、2K/分以上8K/分以下の昇温速度で昇温する。このような昇温速度により、分析されるべき1以上の物質は確実に基板160から熱脱離するので、それぞれの選択的濃縮ガスが効率的に得られる。
【0061】
ステップS340:質量分析器183(
図1)を用いて1以上の物質の質量を分析する。一方の開口端の口径がそれ以外の部分の口径よりも小さい吸引管181(
図1)を用い、一方の開口端を基板160(
図1)に接触しないよう対向させながら1以上の物質を吸引管181で吸引するとともに、吸引管181で吸引された1以上の物質の一部を排気し、かつ、残りを質量分析器183で分析する。
【0062】
ステップS330で得られた選択的濃縮ガスは、吸引管181により吸引され質量分析器183を用いて分析されるが、一方の開口端を基板に接触しないよう対向させながら選択的濃縮ガスを吸引するので、基板以外の場所から脱離した不要なガスの混入が抑制され、高精度な分析を可能にする。また、吸引管181の一方の開口端の口径がそれ以外の部分の口径よりも小さいので、吸引管181で吸引された選択的濃縮ガスの一部の排気が効率的に行われる。その結果、質量分析器183の動作可能な真空状態が維持されるので、質量分析器183が動作し、分析を可能にする。
【0063】
ステップS340において、好ましくは、1×10
−8Pa以上1×10
−2Pa以下の範囲の真空状態を維持するよう、ステップS330で熱脱離した1以上の物質のそれぞれの一部を排気する。これにより、質量分析器183が確実に動作する。
【0064】
ステップS340において、好ましくは、吸引管181の一方の開口端と基板160(
図1)との距離が0mmより大きく3mm以下の範囲となるよう、吸引管181を基板160に対向させる。これにより、基板160からの選択的濃縮ガスを吸引した場合であっても、熱輻射による温度上昇および真空度変動が質量分析器183に実質的に影響を及ぼすことはないので、確実に分析できる。
【0065】
ステップS340において、より好ましくは、吸引管181の一方の開口端と基板160との距離が0.5mm以上1mm以下の範囲となるよう、吸引管181を基板160に対向させる。これにより、選択的濃縮ガスを吸引した場合であっても、熱輻射による温度上昇を確実に抑制し、真空度が低減されるので、高精度に分析できる。また、0.5mm以上の距離があるので、冷却・加熱による支持体150の変形があっても、吸引管181が基板160に衝突して破損することはない。
【0066】
ステップS340において、好ましくは、質量分析器183は、熱脱離した1以上の物質のそれぞれの熱脱離ピークを有する昇温脱離スペクトルを測定する。得られた昇温脱離スペクトルに基づいて、1以上の物質のそれぞれの質量分析が行われる。このような昇温脱離スペクトルは、通常の質量分析器183を用いれば容易に得られる。さらに好ましくは、質量分析は、昇温脱離スペクトルのピーク面積を算出することによって行われる。このような算出は、手動にて行ってもよいし、CPUを備えた制御部が行ってもよい。
【0067】
図5は、予備的凍結凝縮による凍結凝縮および選択的濃縮ガスを模式的に示す図である。
【0068】
図4を参照し、ステップ320の凍結凝縮は、導入された複数の物質からなるガスに対して1回のみ行われる様子を示したが、本発明はこれに限らない。ステップS320は、導入された複数の物質からなるガスのうち、分析されるべき1以上の物質とは異なる少なくとも一部の物質(簡単のため、除去物質と称する)を予備的に凍結凝縮させてもよい。予備的凍結凝縮は、分析されるべき1以上の物質のそれぞれの熱脱離温度が、除去物質のそれよりも低い場合に、除去物質の影響を受けない選択的濃縮ガスが確実に得られるので有効である。
【0069】
図5(A)に示されるように、基板160の一部の領域510を、1以上の物質のそれぞれが有する熱脱離温度の中でももっとも高い熱脱離温度より高く、かつ、除去物質が有する熱脱離温度以下の温度に冷却する。
【0070】
次に、
図5(B)に示されるように、分析されるべき1以上の物質(黒色)と除去物質(白色)とからなるガスが導入される。ここでは、簡単のため、分析されるべき1以上の物質、および、除去物質は、それぞれ1種であるものとする。すなわち、複数の物質からなるガスは、2種の物質からなるものとする。さらに、除去物質の熱脱離温度は、分析されるべき1以上の物質のそれよりも高い。
【0071】
ガスが導入されると、
図5(C)に示されるように、2種の物質のうち除去物質のみが基板160の領域510上に凍結凝縮する。ここで、分析されるべき物質はまだ凍結凝縮されていない。
【0072】
次いで、
図5(D)に示すように、基板160の別の領域520を1以上の物質のそれぞれが有する熱脱離温度の中でももっとも低い熱脱離温度以下の温度まで冷却する。残留しているガスは、実質的に分析されるべき1以上の物質のみであるため、
図5(E)に示すように、基板160の別の領域520に1以上の物質のみを凍結凝縮させることができる。
【0073】
図5(F)に示されるように、ステップS330の加熱により、基板160の別の領域520は、分析されるべき物質(黒色)の熱脱離温度となるよう加熱され、凍結凝縮された分析される物質が、基板160の別の領域520からすべて熱脱離する。その結果、分析される物質のみからなる選択的濃縮ガス530が得られる。
【0074】
このようにして得られた選択的濃縮ガス530は、除去物質の予備的凍結凝縮を行っているので、例えば
図4(D)に示す選択的濃縮ガス420よりも、含有される除去物質が劇的に少ない。このような選択的濃縮ガス530を質量分析するので、高精度な分析を可能にする。
【0075】
また、予備的凍結凝縮を複数回行い、2以上の物質を予備的凍結凝縮し、2以上の影響を除去することもできる。
【0076】
以上説明してきたように、本発明によるガス分析装置100と、上述した非特許文献1に代表されるクライオフォーカス−GC−MSとは、本発明によるガス分析装置100がガスクロマトグラフィによる物質の分離ではなく、物質固有の熱脱離温度を利用した物質の分離を行う点で装置構成がまったく異なっており、当然ながら、凍結凝縮−昇温脱離分析に必須の質量分析機構180を備えていないことに留意されたい。
【0077】
また、本発明によるガス分析装置100と、上述した非特許文献2および3に代表される極低温TPD装置とは、本発明によるガス分析装置がガス分析に特化した構成となっており、極低温TPD装置が質量分析機構180を備えていない点で装置構成が異なっていることに留意されたい。
【0078】
さらに、装置構成が異なる以上、本発明によるガス分析方法の手順も、当然ながら、クライオフォーカス−GC−MS、ならびに、極低温TPD装置のそれとは異なることは明らかである。
【0079】
本発明のガス分析装置100およびガス分析方法は、低温凝縮−昇温脱離分析を行うが、上述したようにガスが複数の物質(成分)から構成されている場合であっても、各物質の分離は、物質固有の熱脱離温度を利用して、基板表面の温度を制御するだけでよい。各物質の分離は容易に行われるので、ガス種の物質数に応じた熱脱離ピークを有する昇温脱離スペクトルが得られ、各熱脱離ピークから質量分析ができる。
【0080】
さらに本発明のガス分析装置100およびガス分析方法では、同じ分子量を有する異なる分子種の分離も可能である。同じ分子量を有してもいても異なる分子種であれば、熱脱離温度が異なるので、異なる温度において熱脱離ピークを有する昇温脱離スペクトルが得られることになる。呼気に含有されるアセトンおよびプロピオンアルデヒドは、いずれも分子量が58であるが、本発明のガス分析装置100およびガス分析方法を採用すれば、異なる温度でm/z=58の熱脱離ピークを有する昇温脱離スペクトルが容易に得られる。
【0081】
さらに本発明のガス分析装置100およびガス分析方法では、上述したようにガスクロマトグラフィを不要とし、単に基板160の温度を制御するだけでガス分離ができる。このため、これによりクライオフォーカス−GC−MSに比べて、装置は簡便となるだけでなく、小さくすることができる。また、装置の操作が簡単になるので、熟練の技術や知識を要しない。
【0082】
次に具体的な実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
【実施例】
【0083】
[実施例1]
実施例1では、具体的な本発明のガス分析装置を構成した。
図6は、実施例1で構築した本発明のガス分析装置の模式図である。
【0084】
実施例1のガス分析装置は、バリアブルリークバルブ13を備えたガスを導入する導入管を有し、第1の真空ポンプ12を備える超高真空(UHV)チャンバ14(ベース圧力:7×10
−9Pa)と、UHVチャンバ14に接続されるギフォード・マクマホン型クローズドサイクルHe機械式冷凍機1〜3(Iwatani製、HE05、コンプレッサ1、フレキシブルチューブ2、冷凍機3)と、機械式冷凍機3に接続され、UHVチャンバ14内に配置されたコールドヘッド15と伝熱棒5とからなる支持体と、支持体の伝熱棒5の先端に載置された酸化亜鉛単結晶基板7を加熱する加熱装置として抵抗加熱装置(ヒータ)17と、UHVチャンバ14に接続された質量分析機構610とを備えた。基板7は、酸素終端(0001)面基板であり、10mm×10mm×0.5mmのサイズを有した。
【0085】
質量分析機構610は、ヒータ17により基板7から脱離した分析されるべき1以上の物質を吸引する吸引管620と、吸引管620で吸引された1以上の物質のうち一部を排気し、質量分析機構610内を真空状態に維持する第2の真空ポンプ11と、排気されなかった1以上の物質の質量を分析する電子倍増管を備えた四重極質量分析器(AMETEK製、Dycor)10とをさらに備えた。吸引管620は、放射率0.35(1μm)であるステンレスから構成されている。
【0086】
吸引管620は、その一方の開口端9が基板7に対向するよう配置され、かつ、基板7に対して紙面に対して水平方向に近接するよう移動装置8により移動可能であった。吸引管620は、一方の開口端9の口径が6mmであり、吸引管620のそれ以外の部分の口径(25.4mm)よりも小さくなるよう先細りの形状を有した。一方の開口端9の口径に対するそれ以外の部分の口径の比は、4.2であった。先細り形状を有する一方の開口端の管厚は、それ以外の部分のそれよりも厚かった。
【0087】
実施例1のガス分析装置は、さらに、伝熱棒5の先端にSiダイオード温度センサ16(LakeShore製、DT−670−SD−1.4H)を備え、基板7の温度を測定できるようにした。実施例1のガス分析装置は、さらに、移動機構として、コールドヘッド15および伝熱棒5からなる支持体をx、yおよびz方向に移動し、回転するマニピュレータ4をさらに備えた。基板7の近傍に、基板7の表面をクリーニングするためのタングステンフィラメント6が設置された。
【0088】
実施例1のガス分析装置では、UHVチャンバ14にビューイングポートがついており、マニピュレータ4および移動装置8を視認しながら操作した。
【0089】
実施例1のガス分析装置を用いて、基板7と吸引管620との間の距離の温度および圧力に及ぼす影響を調べた。まず、UHVチャンバ14を第1の真空ポンプ12により1×10
−7Paまで真空排気した。次いで、機械式冷凍機1〜3により基板7を18.6Kまで冷却した。次いで、バリアブルリークバルブ13を介して導入管からHeガスを7×10
−4Paの分圧で導入した。移動装置8により吸引管620を移動させ、基板7と吸引管620の一方の開口端9との間の距離を変化した際の温度変化および圧力の変化を調べた。基板7の温度は、Siダイオード温度センサ16により測定した。圧力は、四重極質量分析器10が備える真空計により測定した。結果を
図7に示す。
【0090】
図7は、実施例1による基板−吸引管の間の距離の温度および圧力に及ぼす影響を示す図である。
【0091】
図7によれば、温度は、基板と吸引管との間の距離が0.5mmまで近づいても顕著な温度上昇をしなかった。これは、吸引管の一方の開口端の管厚が、それ以外の部分のそれよりも厚かったため、熱輻射が抑制されたことを示唆する。圧力は、距離が3mm以下になると、低下する傾向を示した。このことから、熱輻射による温度上昇および真空度変動が質量分析器に実質的に影響を及ぼすことはないので、一方の開口端9と基板7との距離は0mmより大きく3mm以下の範囲が好ましいと言える。
【0092】
圧力は、距離が1mm以下になると、さらに低下する傾向を示した。特に、距離が0.5mmでは、圧力は、導入圧力(7×10
−4Pa)の1/20に低減しており、圧力上昇が顕著に抑制されることが分かった。このことから、一方の開口端9と基板7との距離は0.5mm以上1mm以下の範囲が特に好ましいと言える。
【0093】
以降の実施例・比較例では、一方の開口端9と基板7との距離は0.5mm以上1mm以下の範囲として、実験を行った。
【0094】
[実施例2]
実施例2では、実施例1のガス分析装置を用いて、本発明のガス分析方法を実施し、大気中の
84Kr(クリプトン)の質量分析を行った。すなわち、大気を構成する複数の物質は、N
2、O
2、CO
2、H
2、H
2Oおよび
84Krであるが、このうち分析されるべき1以上の物質は、
84Krであった。
【0095】
UHVチャンバ14を第1の真空ポンプ12により1×10
−7Paまで真空排気した(
図3のステップS310)。真空排気後、機械式冷凍機1〜3のコンプレッサ1を始動し、基板7を6Kまで冷却した。基板7の温度はSiダイオード温度センサ16により測定した。次いで、タングステンフィラメント6を用いた電子衝撃加熱によりフラッシュ加熱を行い、基板7の表面を清浄化した。清浄化は、600℃の温度で1分間の加熱を3回繰り返すことにより行った。
【0096】
基板7が6Kまで冷却されたことを確認した後、試料ガスとして種々の濃度の
84Krを含有する大気を、バリアブルリークバルブ13を介して導入管からUHVチャンバ14に導入し、基板7上にガスを凍結凝縮した(
図3のステップS320)。
84Krの濃度は、0.65ppm、0.94ppm、1.93ppm、9.77ppmおよび14.9ppmであった。
84Krの導入時の分圧は、1×10
−2Paであり、保持時間は、20秒、1分、3分および10分であった。
84Krの3重点が115.8K(表1)であることから、基板7は、
84Krの3重点以下の温度まで冷却されたことを確認した。
【0097】
次に、基板7をヒータ17により加熱し、凍結凝縮したガスを昇温脱離させた(
図3のステップS330)。四重極質量分析器10を用いて脱離したガスの質量を分析した(
図3のステップS340)。具体的には、マニピュレータ4および移動装置8により、吸引管620の一方の開口端9を基板7に接触しないよう対向させた。このとき、吸引管620と基板7との距離は、0.5mm以上1mm以下の範囲であった。脱離したガスを吸引管620で吸引するとともに、吸引管620で吸引された脱離したガスの一部を第2のポンプ(差動排気用ポンプ)11により排気し、かつ、残りを四重極質量分析器10で分析した。このとき、質量分析機構610内の真空度は、1×10
−2Pa以下であった。
【0098】
ここでは、分析されるべき
84Krの熱脱離温度が分からないものとして、基板7を6Kから290Kまで昇温速度5K/分で昇温し、N
2、O
2、CO
2、H
2、H
2Oおよび
84Krのそれぞれのm/zについて四重極質量分析器10が分析し、昇温脱離スペクトルを得た。結果を
図8〜
図10に示す。
【0099】
図8は、実施例2による
84Kr0.65ppmを含有する大気を6K、1分間凍結凝縮した際の昇温脱離スペクトルを示す図である。
【0100】
図8(a)は、
84Krの昇温脱離スペクトルであり、
図8(b)は、N
2、O
2、CO
2、H
2およびH
2Oの昇温脱離スペクトルである。
図8(a)の
84Krの昇温脱離スペクトルは、幾つかの熱脱離ピークを示すが、60K付近の熱脱離ピークは、
図8(b)の大気中のN
2(m/z=28)、O
2(m/z=32)、CO
2(m/z=44)、H
2(m/z=2)およびH
2O(m/z=18)の昇温脱離スペクトルでは見られなかった。このことから、60K付近の熱脱離ピークは、大気中の主要成分(N
2、O
2、CO
2、H
2およびH
2O)の脱離によるものではなく、
84Krの脱離によるものであり、
84Krの熱脱離温度は60Kであることが分かった。
【0101】
以上から、本発明のガス分析装置およびガス分析方法による凍結凝縮−昇温脱離分析においては、大気中に極微量含まれる
84Krは、そのピーク幅から60K±30Kで昇温脱離され、分析されるべき
84Krが選択的に濃縮したガス(選択的濃縮ガス)が得られることを確認し、60K±30Kにおける熱脱離ピークを用いて質量分析できることが分かった。
【0102】
図9は、実施例2による種々の濃度の
84Krを含有する大気を6K、1分間凍結凝縮した際の熱脱離ピークから求めた
84Krの濃度とイオン電流との関係を示す図である。
【0103】
84Krの熱脱離ピークは60K付近に得られることから、40Kから80Kの範囲について昇温脱離スペクトルを測定した結果を挿入図に示す。熱脱離ピークのピーク強度は、
84Kr濃度の増大とともに上昇しており、ピーク位置は、低温側にシフトしていた。ピーク位置のシフトは、
84Kr濃度の増大に伴い、凍結凝縮したガス中での
84Krの相互作用の増大により、より低温にて熱脱離が生じているものと考えられる。
【0104】
得られた昇温脱離スペクトルにおける各熱脱離ピークのピーク強度およびピーク面積(イオン電流に相当)を、ガウス分布曲線によるフィッティングから求めた。求めたピーク面積を
84Kr濃度に対してプロットしたところ、
図9に示されるように、
84Kr濃度とイオン電流(信号強度)とは線形関係にあることが分かった。この結果は、挿入図のピーク強度の上昇に良好に一致した。
【0105】
以上から、本発明のガス分析装置およびガス分析方法による凍結凝縮−昇温脱離分析においては、選択的濃縮ガスの濃度は、真空チャンバに導入されるガス中の分析されるべき1以上の物質の濃度と比例関係にあることが示された。このことは、予め、分析されるべき物質の濃度とイオン電流との関係を検量線として制御部などに格納しておけば、濃度の算出に有利である。
【0106】
図10は、実施例2による
84Kr0.65ppmを含有する大気を6K、種々の時間凍結凝縮した際の熱脱離ピークから求めた凍結凝縮時間とイオン電流との関係を示す図である。
【0107】
84Krの熱脱離ピークは60K付近に得られることから、40Kから80Kの範囲について昇温脱離スペクトルを測定した結果を挿入図に示す。熱脱離ピークのピーク強度は、凍結凝縮時間の増大とともに上昇した。
【0108】
得られた昇温脱離スペクトルにおける各熱脱離ピークのピーク強度およびピーク面積を、ガウス分布曲線によるフィッティングから求めた。求めたピーク面積を凍結凝縮時間(低温凝縮時間)に対してプロットしたところ、
図10に示されるように、凍結凝縮時間とイオン電流(信号強度)とは線形関係にあることが分かった。この結果は、挿入図のピーク強度の上昇に良好に一致した。
【0109】
また、本発明のガス分析装置およびガス分析方法による凍結凝縮−昇温脱離分析においては、四重極質量分析器10の検出下限が、凍結凝縮時間と共に改善されることが示される。例えば、
図10において10分間凍結凝縮した結果によれば、
84Krの検出下限は、0.03ppmと算出された。この値は、後述する比較例3で示す検出下限(0.3ppm)に比べて1桁改善された値であり、高精度な分析ができることを確認した。
【0110】
図10から、20秒以上15分以下の凍結凝縮時間であれば、質量分析が可能であるが、特に、高精度な分析においては、凍結凝縮時間は1分以上15分以下が望ましく、さらに高度な分析においては、凍結凝縮時間は3分以上10分以下が望ましいことが確認された。
【0111】
[比較例3]
比較例3では、実施例1のガス分析装置を用いるが、凍結凝縮−昇温脱離を行うことなく、大気中の
84Kr(クリプトン)の質量分析を行った。ここで、
84Krの濃度は、0.65ppmであった。
【0112】
測定は、UHVチャンバ14内に大気を分圧1×10
−2Paとなるように導入し、そのまま四重極質量分析器10により
84Krの質量分析を行った。スキャンにおける各点でのため込み時間は0.5秒であった。結果を
図11に示す。
【0113】
図11は、比較例3による質量分析スペクトルを示す図である。
【0114】
大気中の
84Krの濃度が0.65ppmであること、ならびに、m/z=84におけるピーク近傍のピーク信号対雑音比によれば、凍結凝縮−昇温脱離分析を行わない場合、
84Krの検出下限は、0.3ppmであることが分かった。実施例2において説明したように、本発明のガス分析装置およびガス分析方法による凍結凝縮−昇温脱離分析を採用すれば、検出下限を低減できるので、高精度なガス分析が可能であることが示された。
【0115】
[実施例4]
実施例4では、実施例1のガス分析装置を用いて、本発明のガス分析方法を実施し、分析されるべき1以上の物質としてアセトンの質量分析を行った。UHVチャンバ14に導入されるガスは、大気(分圧:1×10
−2Pa)、種々の濃度のアセトン(アセトン濃度:1ppm、3ppm、10ppm、30ppmおよび100ppm)を含有する大気(分圧:1×10
−2Pa)およびアセトン(分圧:1×10
−6Pa)であった。基板7の冷却温度を50Kとして、凍結凝縮時間を1分とした以外は、実施例2と同様の手順でガス分析を行った。結果を
図12および
図13に示す。
【0116】
図12は、実施例4によるアセトン100ppmを含有する大気、アセトン、および、大気を50K、1分間凍結凝縮した際の昇温脱離スペクトルを示す図である。
【0117】
図12(a)は、アセトン100ppmを含有する大気の昇温脱離スペクトル(実線)、および、アセトンの昇温脱離スペクトル(点線)を示し、
図12(b)は、大気の昇温脱離スペクトルを示す図である。
【0118】
図12(a)によれば、アセトン含有大気の昇温脱離スペクトルは、約145Kに熱脱離ピークを、アセトンの昇温脱離スペクトルは、約125Kに熱脱離ピークを有したが、いずれの熱脱離ピークも、m/zが43と58との間で完全に一致した。このことから、熱脱離温度は異なるものの、いずれの熱脱離ピークもアセトンによるものと同定できた。
【0119】
図12(b)に示されるように、大気中の主要な成分についての昇温脱離スペクトルによれば、主要な成分の中でも水の熱脱離ピークが、約145Kにおいてもっともシャープであった。このことから、アセトン含有大気においてアセトンの熱脱離ピークは、大気に含有される水の影響を受け、水の昇温脱離に誘起されて、アセトンも昇温脱離されていることが示唆される。すなわち、約145Kにおける熱脱離ピークは、アセトンおよび水からなる選択的濃縮ガスといえる。
【0120】
図13は、実施例4による種々の濃度のアセトンを含有する大気を50K、1分間凍結凝縮した際の昇温脱離スペクトルから得られたアセトン濃度とイオン電流との関係を示す図である。
【0121】
各濃度のアセトン含有大気の昇温脱離スペクトルは、いずれも、m/zが43および58について、約145Kに熱脱離ピークを有した。各濃度の熱脱離ピークのピーク強度およびピーク面積(イオン電流に相当)を、ガウス分布曲線によるフィッティングから求めた。求めたピーク面積をアセトン濃度に対してプロットしたところ、アセトン濃度とイオン電流(信号強度)とは線形関係にあることが分かった。また、m/zが43の線形関係の傾きは、m/zが58のそれの約7倍大きかった。この結果は、既存のマススペクトルデータベース(例えば、NIST Chemistry Webbook http://webbook.nist.gov/chemistry)に類似していた。
【0122】
図13の結果は、
図9を参照して説明した
84Krの結果と同様の傾向を示し、本発明のガス分析装置およびガス分析方法による凍結凝縮−昇温脱離分析においては、選択的濃縮ガスの濃度は、真空チャンバに導入されるガス中の分析されるべき1以上の物質の濃度と比例関係にあることを示した。本発明のガス分析装置およびガス分析方法は、呼気中のアセトン分析に有効であることが分かった。また、約145Kにおける熱脱離ピークは、大気中の水の影響を受けており、選択的濃縮ガスはアセトンおよび水を含有しているが、選択的濃縮ガスが主として分析されるべき物質(ここではアセトン)を含有していればガス分析は可能であることが分かった。
【0123】
[実施例5]
実施例5では、実施例1のガス分析装置を用いて、本発明のガス分析方法、とりわけ、予備的凍結凝縮を実施し、分析されるべき1以上の物質としてアセトンの質量分析を行った。
【0124】
実施例4では、アセトン含有大気の昇温脱離スペクトルにおいてアセトンの熱脱離ピークは、水の昇温脱離の影響を受けていることを説明した。実施例5では、水を予備的凍結凝縮することによるアセトンの熱脱離に及ぼす影響について調べた。
【0125】
具体的な手順を述べる。UHVチャンバ14を第1の真空ポンプ12により1×10
−7Paまで真空排気した。真空排気後、機械式冷凍機1〜3のコンプレッサ1を始動し、基板7を145Kまで冷却した。基板7の温度はSiダイオード温度センサ16により測定した。次いで、アセトン100ppmを含有する大気を、バリアブルリークバルブ13を介して導入管からUHVチャンバ14に導入し、基板7上にガス中の水のみを予備的凍結凝縮した。ここで、アセトン含有大気の導入時の分圧は、1×10
−2Paであり、保持時間は、1分であった。表1に示されるように、145Kは、アセトンの3重点よりも高く水の熱脱離温度以下の温度であった。
【0126】
1分後、UHVチャンバ14内を排気し、基板7を50Kまで冷却した。次いで、基板7をヒータ17により昇温速度5K/分で260Kまで加熱し、凍結凝縮したガスを昇温脱離させた。H
2Oおよびアセトンのそれぞれのm/zについて四重極質量分析器10が分析した結果を
図14に示す。
【0127】
図14は、実施例5によるアセトン100ppmを含有する大気を145K、1分間凍結凝縮した際の昇温脱離スペクトルを示す図である。
【0128】
図14(a)は、実施例4で得た昇温脱離スペクトルであり、それぞれ、水(m/z=18)とアセトン(m/z=58)に関する。
図14(b)は、実施例5で得た昇温脱離スペクトルであり、それぞれ、水(m/z=18)とアセトン(m/z=58)に関する。
図14(a)から、50Kで凍結凝縮した際のアセトンと水との強度比(アセトン/水)は25.9であり、
図14(b)から、145Kで凍結凝縮した際のアセトンと水との強度比(アセトン/水)は2.8であった。すなわち、50Kの凍結凝集では、アセトンと水との両方が効率的に凍結凝縮されているが、145Kの凍結凝縮では、アセトンに比べて水が圧倒的に多く凍結凝縮していることが分かった。
【0129】
このことから、予備的凍結凝縮として、145Kで水を凍結凝縮し、次いで、水が除去されたアセトン含有大気を50Kで凍結凝縮すれば、水の影響を除去した、アセトンのみからなる選択的濃縮ガスを確実に得ることができ、高精度なガス分析を行えることを確認した。