(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1に示すように、雄ねじが設けられた軸部と雄ねじを含む軸部に形成されたノッチとを備えたボルトと、中央にねじ穴を有するナット本体とナット本体に取り付けられた係止部材とを備えたナットとの締結構造が知られている。このナットの係止部材には、ねじ穴の径内方向に伸びる係止爪が設けられており、ねじが緩み方向に回転する際、この係止爪がノッチと係合することによって、ナットの回り止めをなすものである。より詳しくは、ノッチは、雄ねじにおけるボルト・ナットの締付方向の前方に位置する案内面と、雄ねじにおけるボルト・ナットの締付方向の後方に位置する係合面とを備える。案内面は、ボルト・ナットが締付方向に回転するときに、係止部材が乗り越えて進むことを許すものであり、係合面は、ボルト・ナットが緩み方向に回転するときに、係止部材と係合して係止部材が乗り越えて進むことを許さないことで、ナットの回り止めなすものである。しかし、ナットをボルトに螺合していく際、うまく螺合できないことがあった。この螺合不良の原因を研究したところ、係止爪がボルトのねじ山に引っ掛かってしまう場合があることが発見された。詳しくは、ボルトからナットを螺合していくと、ナットのねじ穴を螺合通過したボルト先端が、頭を出して、係止部材にさしかかると、延設部の下端(延設部のナット本体に一番近い端面)が、ボルトのねじ山に引っ掛かってしてまい、それ以上回り止めを行なうことができなくなる場合があることが判明した。
【0003】
この問題を解決するために、本願発明者は特許文献2の発明を提案した。特許文献2のナットにあっては、その係止部材の係止爪が、環状部からねじ穴の実質的に軸方向に伸びる立ち上がり部と、立ち上がり部から伸びる延設部とを備えたものである。立ち上がり部は、ねじ穴よりも外側から立ち上がるものであり、延設部の少なくとも一部が、ねじ穴の軸方向からみて、ねじ穴の内側に位置しており、且つ、延設部は、ナット本体から軸方向に遠ざかるに従ってねじ穴の中心に近づくように径内方向に傾斜している。これにより、ボルトにナットが螺合した際、係止爪が弾性変形した状態で、延設部が雄ねじに沿った状態となり、ノッチに延設部が位置した状態で、係止爪が弾性変形前の状態に戻るべくねじ穴の径内方向に動いて、延設部がノッチ内に位置する。その結果、緩み方向への回転時に、延設部が係合面と係合することにより、係合面を乗り越えて進むことができないものである。
【0004】
また、特許文献2のナットにあっては、係止爪に加えて、ねじ穴の径内方向に突出した緩み止め部を設けたものである。この緩み止め部は、ボルトにナットが螺合した状態で、緩み止め部がナット本体から上方に遠ざかるように弾性変形することにより、ねじの緩み止めがなされるように構成されたものである。緩み止め部は、弾性変形することによってボルトのねじ山を略軸方向に押圧し、これによる摩擦トルクによってナットの緩み止めをなすものである。
【0005】
ところが、特許文献2に係るナットにあっても、次の改良すべき課題があることが判明した。
第1に、緩み止め部に関しては、摩擦トルクによってナットの緩み止めをなすものであるが、この摩擦トルクは、ナットをボルトに締め付けていく際にも発生するため、締め付けに大きな力を必要とする。従って、緩み止めの機能を高めるために、緩み止め部を強いものにすると、通常の電動工具では締め付けができなかったり、作業性が悪くなったりするため、緩み止め部による緩み止め機能を高めるにも自ずと限界があった。
【0006】
第2に、係止爪に関しては、ナットの緩み方向への回転時に、延設部がノッチの係合面と係合することにより、係合面を乗り越えて進むことができないようにするものであるが、ノッチに対する延設部の係合が浅すぎると、ノッチから延設部が外れてしまう場合がある。他方、延設部のノッチに対する係合が深すぎると、延設部がノッチに巻き込まれるように変形してしまう場合がある。これらの結果、係止爪によるナットの回り止めの強度が安定しないという課題を有するものである。特に、ボルトのノッチを切削加工によって形成した場合には、ノッチ、特にその係合面の形状が鋭いものとすることができるが、ノッチを転造によって加工した場合には、その形状が曲面により規定された甘いものになりがちであり、係止爪との係合不良が発生するおそれが高くなる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ボルトの雄ねじに螺合する雌ねじがねじ穴に設けられたナット本体の上面に固定される板状の係止部材において、前記係止部材は、前記雄ねじに設けられたノッチに係合する係止爪と、前記ねじ穴の径内方向に突出した緩み止め部とを備え、前記ボルトに前記ナット本体が螺合した状態で、前記緩み止め部が前記ナット本体から上方に遠ざかるように弾性変形することにより、ねじの緩み止めがなされるナット用の係止部材を改良することを課題とするものである。
【0009】
その第1の目的は、緩み止め部による緩み止め性能を向上させることにある。
第2の目的は、係止爪による回り止め機能の確実性を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のナット用の係止部材にあっては、前記緩み止め部は、前記ナット本体の締付方向における前方側の前辺と、前記ナット本体の締付方向における後方側の後辺と、前記前辺と前記後辺との間の弧状辺とによって規定され、前記前辺が、前記後辺よりも、前記雄ねじに対する抵抗が小さな小抵抗部とされたものである。
この小抵抗部は、前記前辺が前記弧状辺に移行する部分である前角部分が、前記後辺が前記弧状辺に移行する後角部分よりも大きなアールとすることや、アールに代えて斜辺とすることで実施できる。
【0011】
言い換えると、前角部分を含む前辺と後角部分を含む後辺は非対象であり、ナットの締め付け時にその回転方向の先頭となる前辺は、ボルトの雄ねじとの抵抗が小さくなるように構成すると共に、ナットの緩み時には、緩み方向への回転方向の先頭となる後辺とボルトの雄ねじとの抵抗が大きくなるように構成するものである。前記前角部分と前記後角部分とのアールの差は、半径0.15mm以上とすることが、非対象である効果を実現する点で望ましい。
【0012】
この小抵抗部の他の態様としては、前記前辺の下面に面取りを施すことで、締め付け時におけるボルトの雄ねじとの抵抗を小さくするものを示すことができる。他方、前記後角部分の下面には面取りを施さないことが、緩み時のボルトの雄ねじとの抵抗をより大きくすることができる点で有益である。この面取りと前角部分のアールなどの形態は、選択して実施することができ、また併用することもできる。面取りは、前角部分を含む前辺の全体に施しても良く、前角部分にの施すなど、その一部分にのみ施すものであってもよい。
また、前記係止爪は、前記ナット本体の締付方向の後方に屈曲部を備え、前記屈曲部は、前記ナット本体の上面に対して近い側の下方部分と遠い側の上方部分とを備え、前記下方部分は前記上方部分に対して傾斜しているものであることが望ましい。これによって、より確実にボルトのノッチに係止爪を係合させることができる。特に、前記下方部分と前記上方部分とは頂部分を介して連続しており、前記上方部分は前記頂部分よりも径内側に位置しているようにすることが望ましい。
【0013】
また、本発明は、前記ナット本体と、雄ねじにノッチを有するボルトとの締結構造を提供する。この締結構造にあっては、前記係止爪と前記緩み止め部とが、前記雄ねじによって弾性変形している状態となり、それぞれの作用効果が発揮される。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、ボルトの雄ねじに螺合する雌ねじがねじ穴に設けられたナット本体と、前記ナット本体の上面に固定された板状の係止部材において、前記係止部材は、前記雄ねじに設けられたノッチに係合する係止爪と、前記ねじ穴の径内方向に突出した緩み止め部とを備え、前記ボルトに前記ナット本体が螺合した状態で、前記緩み止め部が前記ナット本体から上方に遠ざかるように弾性変形することにより、ねじの緩み止めがなされるように構成されたにあって、緩み止め部による緩み止め性能を向上させることができたものである。また、本発明は、係止爪による回り止め機能の確実性を向上させるができたものである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面に基づき本願発明の実施の形態を説明する。
この実施の形態に係るの締結構造は、ボルト11とナット20との組合せからなる。
ボルト11は、雄ねじ13が設けられた軸部12と、雄ねじ13を含む軸部12に形成されたノッチ14とを備える。ノッチ14は、軸方向においては、軸部12の全長に渡って設けることもできるが、最低限、締付時にナット20と螺合する位置に設けられておれば足りる。また、周方向においては、1箇所に設ければ足りるが、複数箇所に設けることもできる。この例では、180度の間隔で2箇所に設けられている。
【0017】
それぞれのノッチ14は、案内面16と係合面15とを備える。より詳しくは、雄ねじ13におけるボルト・ナットの締付方向の前方に位置する案内面16と、雄ねじ13におけるボルト11・ナット20の締付方向の後方に位置する係合面15とを備える。案内面16は、ボルト11・ナット20が前記締付方向に回転するときに、後述するナット20の係止爪34が乗り越えて進むことを許すものであり、係合面15は、ボルト11・ナット20が緩み方向に回転するときに、係止爪34と係合して係止爪34が乗り越えて進むことを許さないものである。
【0018】
従って、半径に対する角度は、係合面15の方が、案内面16よりも大きい。具体的には、係合面15の同角度は、45度以上であることが適当であり、案内面16は45度未満(望ましくは0〜±20度)であることが適当である。なお、本発明において、ボルト11・ナット20の回転は、両者が相対的に回転することを意味するものであり、例えば、ボルト11が回転せずにナット20が締付方向・緩み方向にする場合に回転する場合のみならず、ナット20が回転せず、ボルト11が回転して締付方向・緩み方向にする場合にあっても、ナット20が締付方向、緩み方向にすると表現する。各図に、ナット20が締付方向に回転する場合の回転方向を矢印Xで示す。
【0019】
なお、ナット20の締付方向における前方側とは、ナット20が締付方向に回転する場合の回転方向Xの前方側を意味し、後方側とは、ナット20の締付方向に回転する場合の回転方向Xに対して後方側(反対側)を意味する。但し、本発明は、右ねじでも左ねじでも、どちらでも実施することができるものであり、回転方向Xは、右ねじと左ねじとで反対になる。
【0020】
また、係合面15と案内面16は、必ずしも平面である必要はなく、曲面であってよく、その形状は、前記の趣旨に反しない限り、適宜変更できる。このノッチ14は、切削や圧造などの種々の加工によって形成することができる。また、ノッチ14の加工は、雄ねじ13を形成する前の軸素材に対して施してもよく、雄ねじ13の形成後に行ってもよい。また雄ねじ13の転造と同時に、ノッチ14を転造してもよい。
【0021】
ナット20は、中央にねじ穴22を有するナット本体21と、この座面の反対側の端面(図の上面)に取り付けられた係止部材31とを備える。この例では、係止部材31をカシメによって、固定するために、ナット本体21の上面にはかしめ部24が形成されおり、係止部材31をかしめ部24の内側に配置して、かしめ部24を曲げ加工して係止部材31を固定する。このかしめ部24は、環状でなくともよく、固定が可能なことを条件に部分的に形成すれば足りる。また、係止部材31に貫通穴などの位置決め部を形成しておき、係止部材31を回動不能に強固に固定するようにしてもよい。このカシメの他、溶接等の他の固定手段で係止部材31をナット本体21に固定するようにしてもよい。
【0022】
係止部材31は、全体が、薄板状の金属製の環状体をなすもので、外周側の環状部32と、内周側の係止爪34とを備える。この例では、係止爪34は、環状の環状部32の内輪から、外側に向けて切り起こして形成されたもので、外側の支持部分33で、環状部32の他の部分と繋がっている。この係止部材31は、係止爪34のみが弾性を有すればよいが、加工コストを考慮すると、全体を薄板状のバネ鋼等の金属から形成する方が有利である。係止爪34は、1個以上設けられればよく、この例では、等間隔に2個設けられている。この係止爪34は、ボルト11のノッチ14に対して、最低限、1箇所で係合するようにしておけば足りるが、ボルト11のノッチ14の個数と同数や倍数の個数の係止爪34を設けるなどして、同時に複数箇所で係合するようにしておくことが望まし。
【0023】
環状部32は、上述のとおり、ナット本体21の上面に固定されるもので、ナット本体21のねじ穴22よりも大きな径を有する。
係止爪34は、傾斜した立ち上がり部35と延設部36とを備える。この係止爪32は、本例では、環状部32の一部を切り起こすことによって形成されたものである。
【0024】
図3(B)に示すように、立ち上がり部35は、環状部32から雌ねじ23の実質的に軸方向に伸びるものであるが、本例の特徴として、径内方向に傾斜しているものである。詳しくは、立ち上がり部35は、前記ナット本体から軸方向に遠ざかるに従って、前記ねじ穴の中心に近づくように径内方向に傾斜している。この傾斜角度a(軸線と立ち上がり部35とのなす角度a)は、5〜35度が適当であり、より好ましくは15〜25度であるが、これに限定されるものではなく、後述の作用を果たし得ることを条件に適宜変更して実施する事ができる。
【0025】
図3(A)に示すように、平面視において、この立ち上がり部35は、半径方向に対して直交する接線方向に伸びるものであってもよいが、この例では、接線方向に対して内側に傾斜している。この例では、この傾斜角度bを10度としているが、−45〜+45度を例示でき、この範囲を外れても係止爪32が係合面に係合できることを条件に、適宜変更することができる。
【0026】
次に、この立ち上がり部35の側部37から延設部36が延設されている。詳しくは、ナット20の締付方向(矢印X方向)に対する後方側の側部37から、延設部36が後方に向けて延設されている。この実施の形態では、立ち上がり部35の側部37の略全高から、延設部36が伸ばされているが、例えば、立ち上がり部35の側部37の2分の1の範囲から、延設部36を延設するようにしてもよく、その範囲(上下高さの範囲)は、緩み止め機能を果たし得ることを条件に適宜変更できる。
【0027】
この延設部36は、ナット20の締付方向(矢印X方向)に対して反対側(即ち、後端)に向かうに従って漸次径内方向に進むものである。
この実施の形態では、延設部36は、立ち上がり部35の後方側の側部37に連なる中間部分42と、中間部分42の略周方向の後方に連なる後端部分39とを備える。中間部分42は、軸方向からみて(即ち平面視)、立ち上がり部35の側部37から、ねじ穴22の実質的に周方向に伸びると共に、後端に向かうに従って漸次径内方向に進むものである。具体的には、中間部分42は、半径に対して、約25度の角度を有し、後端部分39は、半径に対して、約45緩み止め部度の角度を有するものであり、中間部分42と後端部分39との半径に対する角度の差は約20度となっている。この角度の差は適宜変更でき、0〜50度程度が望ましく、15〜23度程度がより望ましい。なお、角度の差が0度の場合には、後端部分39と中間部分42との小区分がなく、全体が一つの延設部36であると言える。反対に、3つ以上の小区分を設けることもでき、全体に曲線を描いて湾曲する形状であってもよい。
図5(A)に、後端部分39と中間部分42との小区分が明確に区別できない例を示す。
【0028】
延設部36は、ねじ穴22の軸方向からみて、少なくともその一部が前記ねじ穴22内に位置している。ここで、ねじ穴22内とは、ねじ穴22の雌ねじ23の谷底23aよりも、内側(中心側)に位置することを意味するものであり、これによって、延設部36の一部が、ねじ穴22と螺合するボルト11の雄ねじ13に接触する。なお、
図3(A)において、23bは雌ねじ23の山の頂きを示す。この実施の形態では、後端部分39が雄ねじ13に接触する。この後端部分39は、前記ナット本体21から軸方向に遠ざかるに従って(
図3(B)の上方向に向かうに従って)、ねじ穴22の中心に近づくように径内方向に傾斜している。この傾斜は、先の立ち上がり部35が傾斜していることによってなされたものであるが、立ち上がり部35と延設部36(特に後端部分39)との傾斜の角度は、必ず一致している必要はなく、立ち上がり部35が軸方向と並行であっても、延設部36(特に後端部分39)のみを傾斜させてもよい。但し、立ち上がり部35と共に傾斜させる方が、無理なく弾性変形でき、また、加工上も容易である。
【0029】
ボルト11にねじ穴22が螺合した際、係止爪34が弾性変形した状態で、延設部36(この例では後端部分39)が雄ねじ13に係合する。
詳しくは、まず、ナット20に螺合し、ねじ穴22を抜け出したボルト11の先端17の不完全ねじ部が、ねじ穴22の雌ねじの谷よりも内側(中心側)に位置している後端部分39に当接し、これを径外方向に弾性変形させながらボルト11は締付方向へのねじの進行を続ける。そして、ノッチ14に後端部分39が位置した状態で、係止爪34が弾性変形前の状態に戻るべく径内方向に動いて、後端部分39がノッチ14内に位置する。この状態で、さらにボルト11が締付方向Xに回転すると、後端部分39は案内面16を乗り越えて、ノッチ14から出て、ねじ山に沿った状態に戻る。
他方、前記ボルト・ナットが緩み方向(矢印Xと反対方向)に回転して、後端部分39がノッチ14に入ると、係合面15と係合することによって、係合面15を乗り越えて進むことができず、ノッチ14の位置で、回り止めとなり、ねじの確実な回り止めが実現する。
【0030】
本発明にあっては、延設部36(特に後端部分39)が、ナット本体21から軸方向に遠ざかるに従って、ねじ穴22の中心に近づくように径内方向に傾斜しているため、延設部36(特に後端部分39)の下端辺40(軸方向においてナット20に近い辺)が雄ねじ13に引っ掛かってしまうおそれを少なくすることができる。
【0031】
この実施の形態では、延設部36(特に後端部分39)に、屈曲部61を備える。この屈曲部61は、「く」の字状に屈曲したもので、ナット本体21の上面に対して近い側の下方部分62と遠い側の上方部分63とを備える。両部分62、63は、頂部分64を介して、互いに対して傾斜している。この例では、上方部分63は頂部分64よりも径内側に位置している。
【0032】
またこの例では、下方部分62の下端辺40の半径が、ねじ穴22よりも大きく、上方部分63の上端辺41の半径がねじ穴22よりも小さい。これによって、雄ねじ13は、後端部分39と最初に接触する部分が、延設部36の下端辺40と上端辺41との間の面になるため、下端辺40が雄ねじ13に引っ掛かってしまうおそれがなくなり、円滑に径外方向に係止爪34が広がることになる。ただ、先に説明したように、後端部分39は全体として、上方に向かうに従って(言い換えれば、ナット本体21から軸方向に遠ざかるに従って)、径内方向に傾斜しているため、延設部36(特に後端部分39)の下端辺40の半径がねじ穴22よりも小さい場合にあっても、その傾斜によって、従来のものよりも上手く、径外方向に係止爪34が広がることができる。
【0033】
また、下端辺40は、ねじ穴22の軸方向と直交する方向に伸びるものであってもよいが、この例では、後端に向かうに従ってナット本体21から軸方向に遠ざかるように傾斜(図では斜め上方に傾斜)している。これによって、上記の雄ねじ13との引っ掛かりの可能性をより小さくすることができるため有利である。
【0034】
このように延設部36(特に後端部分39)に屈曲部61を設けた結果、つぎの効果を選択的に発揮する。
(係合不良の発生を抑制)
屈曲部61を設けることにより、設けない場合に比して、後端部分39の半径方向の幅を大きくすることができる。より具体的には、上方部分63を頂部分64から径内側により大きく傾斜させることができ。これによって、ノッチ14の係合面15に対して、より確実に係合するため、ノッチ14に対して係止爪34が係合できないという係合不良の発生を抑制することができる。
【0035】
(係合強度の向上)
屈曲部61を設けることにより、設けない場合に比して、延設部36(特に後端部分39)の周方向への強度が向上する。言い換えれば、頂部分64が伸びる方向(略前後方向)への強度が向上する。ノッチ14に対して係止爪34が係合した後、より大きな力が加わったときに、係止爪34が変形してしまうことを抑制することができる。
なお、屈曲部61この実施の形態では、屈曲部61を「く」の字状に屈曲させたものとして実施しているが、一部が弓状に湾曲したものであってもよく、全体が弧状に湾曲したものであってもよい。従って、下方部分62と上方部分63との間の頂部分64は明確な線として現れるものの他、現れないものであってもよい。また、屈曲部61は、半径方向の外側に張り出すように屈曲(湾曲を含む)したものの他、反対に半径方向の内側に張り出すように屈曲(湾曲を含む)したものとして実施することも可能である。
【0036】
次に、この例では、係止爪34以外に、緩み止め部51を設けている。この緩み止め部51は、ねじ穴22の径内方向に突出しているもので、この例では、係止爪34と係止爪34との間の略半円の弧状部分である。
ここで、係止爪34は、前述のように環状の環状部32の内周辺から、外側に向けて切り起こして形成されているため、切り起こされた部分は、環状部32の内周辺から径外方向に凹んだ切り欠き部38となる。従って、この緩み止め部51は、切り欠き部38と切り欠き部38との間に挟まれた形態の弧状の突出片となっているものであり、係止爪34とは実質的に独立して動くものである。
【0037】
この緩み止め部51は、ナット本体21の締付方向における前方側の前辺52と、後方側の後辺53と、前辺52と後辺53との間の弧状辺54とによって規定される。そして前辺52と弧状辺54との間の前角部分55が、後辺53と弧状辺54との間の後角部分56よりも大きなアールの小抵抗部となっている。後角部分56は、後角部分56よりも小さなアールの大抵抗部(アールのない角を含む)となっている。
【0038】
より具体的には、前角部分55は、半径0.15mm以上、より望ましくは0.3mm以上のアールとなったの小抵抗部とされているもので、後角部分56の大抵抗部に対して、0.15mm以上の半径の差を有することが適切である。
アールの上限は特に制限はないが、前辺52全体がアールとなった状態が実質的な上限と言える。
【0039】
緩み止め部51の弧状辺54は、径方向位置においてねじ穴22の雌ねじの谷底よりも径内側に位置する。これにより、ボルト11・ナット本体21が螺合した状態で、雄ねじ13と係合して弾性変形し、ねじ山の進み側フランクの上面を下方に押圧するように軸方向に力を加えるようにして、前記ノッチ14が設けられていないボルトに対しても、弾性によるねじの緩み止めがなされ得る。
【0040】
この緩み止め部51は、ナット本体21に対して螺合する際、その締付方向における前方側の前角部分55が、後角部分56よりも大きなアールの小抵抗部となっている。その結果、締め付け時に発生する前角部分55とボルト11の雄ねじ13との間の抵抗を小さなものとすることができる。さらにこの前角部分55の下面に対して、傾斜させた面取り57を施すことで、抵抗をより小さなものとすることができる(
図5(B)参照)。
【0041】
その反面、後角部分56は、前角部分55よりもアールが小さな状態(アールのない角となった状態)とすることによって、ねじが緩もうとする際の抵抗を、大きなものにすることができる。
このように、従前のナットにおいては前後方向に対称とされていた緩み止め部51の形状を、本発明のナットでは非対称とすることによって、締め付け時に発生する緩み止め部とボルト11の雄ねじ13との間の抵抗を小さなものとする一方、ねじが緩もうとする際の抵抗を、大きなものにすることができたものである。
【0042】
その結果、緩み止め部51に従来よりも強いばね効果をもたらすことができ、より大きな締め付けトルクを実現することができたものである。これは、緩み止め部51の厚みを、従来より大きくすることで実現できるほか、厚みは従前と同じに維持しつつ、かしめ部24による固定の位置を径方向の中心よりの位置にすることでも実現し得る。
【0043】
本発明者がこの実施の形態に係るナット20と特許文献2に記載のナットとについて締め付け試験を行ったところ、締め付け時において、従来(特許文献2に記載)のナットにあっては、大きな回転トルクを必要としたのに対して、この実施の形態のナットにあっては、その半分程度の回転トルクによって、ねじを締め付けていくことができた。その際、従来のナットにあっては、ボルト11の雄ねじ13のフランクに、緩み止め部51によって形成された筋状の傷が螺旋状に付けられていたのに対して、この実施の形態のナットにあっては、そのような傷が殆ど発生しなかった。これは、この実施の形態のナットにあっては、緩み止め部51の前辺52から前角部分55にかけてが、前述の大きなアールの小抵抗部とされていることに加えて、面取り57を施すことで、雄ねじ13のフランクを、前角部分55があたかも橇のように円滑に滑っていくことによって生じたものであると、本発明者は推測している。他方、この実施の形態では、後角部分56は、アールのない角となっているため、ナット20を緩める際に、雄ねじ13のフランクに、緩み止め部51によって形成された筋状の傷が螺旋状に発生すると共に大きな緩み止め抵抗が生じた。これは、ナット20を緩める際には、後角部分56が回転方向の先端側となるため、雄ねじと後角部分56とが接触して傷が発生すると共にねじが緩もうとする際の抵抗を大きなものにすることができたものであると、発明者は推測している。