(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
栽培対象の植物から滲出した成長阻害物質を含有する培養液中に少なくとも一部が接触する一対の電極(8)と、該一対の電極(8)に電圧を印加する電源装置(9)とを備えた養液栽培用の電気分解装置において、
前記電源装置(9)が、前記一対の電極(8)に周波数が500Hz〜1500Hzの交流電圧を印加することにより該電極(8)に培養液中の養分が析出することを抑制するように構成され、
循環ポンプ(4)によって循環される培養液の循環経路の途中に、前記一対の電極(8)を並べて配置した養液栽培用の電気分解装置。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本願発明者らは、鋭意検討の結果、植物の根から滲出される成長阻害物質を電気分解して自家中毒を抑制する循環型の養液栽培方法において、交流電流を用いて培養液中の成長阻害物質(特に安息香酸)を電気分解することによって、培養液の温度上昇を抑えつつ、培養液中の養分が分解されることを防止できることを見出し、これを発明した。
【0015】
以下、本発明の実施形態について説明する。
図1は、本発明の電気分解装置を適用した養液栽培装置を示したモデル図である。前記養液栽培装置は、植物の養液栽培が行われる栽培槽2と、培養液が貯留される貯留タンク3と、貯留タンク3内の培養液を栽培槽2側に供給する供給ポンプ4と、栽培槽2で使用された培養液を貯留タンク3側へ排出する排出部6と、貯留タンク3内の培養液を電気分解する電気分解装置7とを備え、培養液が養液栽培装置内を循環する閉鎖系が構成されている。
【0016】
前記電気分解装置7は、貯留タンク3内の培養液と接触する電極部8(電極)と、前記電極部8に交流電流を印加する交流電源装置9(電源装置)と、該交流電源装置9によって与える交流電流の電流、電圧、周波数等を操作するコントローラ(図示しない)とを備え、前記電極部8が養液栽培装置の排出部6側に設置されている。
【0017】
該構成の養液栽培装置は、貯留タンク3側から栽培槽2側に培養液を供給し、該培養液によって栽培槽2側の植物に栄養が供給され、その後、該培養液が排出部6を介して貯留タンク3側に排出される。このとき、植物の根から滲出した安息香酸等の成長阻害物質が蓄積された培養液は、貯留タンク3側に排出される際に、排出部6(貯留タンク3)側に設けた電気分解装置の電極部8を介して、培養液中の成長阻害物質を電気分解することができる。これにより、培養液中の成長阻害物質の濃度を低減できる。
【0018】
また、電気分解装置により印加される交流電流の周波数は、500〜1500Hz(さらに好ましくは500〜1000Hz程度)に設定することが好ましい。なお、該電気分解装置による電気分解は、1〜4週間(好ましくは2〜3週間)程度に一度、24時間以上電気分解することにより、培養液に蓄積される成長阻害物質の濃度が上昇することを効率的に防止できる。
【0019】
また、培養液中の成長阻害物質を交流電流によって電気分解することによって、直流電流で電気分解した場合に発生する、培養液中の鉄イオンやカルシウムイオン等の栄養素が電極のマイナス極側に析出・流失し続けて、これらの栄養素が培養液中から欠乏する事態を回避できる。このため、培養液中に栄養分を追加する工程を必要以上に増やす必要がなくなり、より効率的に栽培することができる。詳しくは後述する。
【0020】
さらに、培養液中の成長阻害物質の電気分解に交流電流を用いることによって、直流電流で電気分解を行った場合よりも、培養液の温度上昇量を抑制することができる。そのため、培養液の温度が上昇することによって生じる、栽培中の植物の生理活性の低下や、養水分の吸収障害の発生を防止できるとともに、特に、イチゴ等の、根が高温に弱く腐り易い植物であっても安全に栽培することができる。詳しくは後述する。
【0021】
ちなみに、上述の電気分解装置を用いた養液栽培方法(装置)は、養液栽培(水耕栽培)中に根から安息香酸等の成長阻害物質が滲出される植物に対して高い効果を得ることができる。例えば、イチゴ、トマト、キュウリ、ナス、ピーマン、レタス、ホウレンソウ、コマツナ、ミツバ、シュンギク、サラダナ、ミズナ、セロリ、ネギ、パセリ、ワサビ等の野菜だけでなく、トルコギキョウ、ユリ、ストック、スターチス、カーネーション、バラ、アスター、キク、ガベラ等の花類の栽培にも用いることができる。
【0022】
なお、前記養液栽培装置は、排出部6に前記電気分解装置7の電極部8を設置することによって、上述の養液栽培方法を実施することができるため、既存の閉鎖系養液栽培装置に前記電気分解装置7を適用することによって、製造コストを低く抑えることができる。
【0023】
次に、
図2に基づき、養液栽培装置の実施例を示す。
図2で示されるように、前記電気分解装置7は、貯留タンク内の培養液と接触する電極部8と、該電極部8を介して電気分解した培養液を貯留タンク3内で循環させるポンプ11と、前記電極部8に交流電流を印加する交流電源装置9と、該交流電源装置9によって与える交流電流の電流、電圧、周波数等を操作するコントローラ(図示しない)とを備え、電極部8及びポンプ11を養液栽培装置の貯留タンク内に配置した構成としても良い。
【0024】
これにより、貯留タンク3内の培養液内に蓄積された成長阻害物質を電気分解することができるとともに、貯留タンク3内の培養液をポンプ11で循環させることで、培養液の成長阻害物質の電気分解を促進できる。
【0025】
また、該構成の電気分解装置7の電極部8とポンプ11を、既存の養液栽培装置の貯留ポンプ3内に入れるだけで上述の養液栽培方法を実施できるため、設置・撤去の手間がかからない。これにより、電気分解装置7を、成長阻害物質の電気分解が必要なタイミングで貯留タンク3に設置、使用することによって、複数の養液栽培装置に対して、専用の電気分解装置7を用意する必要がなくなるため、コストをより低く抑えることができる。
【0026】
(実験1)
次に、
図3及び
図4に基づき、培養液中の安息香酸を交流電気分解する際の周波数を検討した実験について説明する。試験用のコンテナと、園試処方第1例に基づいた25%の濃度の標準培養液に0.4885gの安息香酸を混ぜて作成した10L程度の400ppmの培養液と、前記電気分解装置とを用意し、該電気分解装置により印加される交流電流の周波数を500Hz,1000Hz,1500Hzの3処理区に分けて、それぞれコンテナ内に貯留した前記培養液の電気分解を行った。このとき、電気分解装置は、電流を2.0A、電圧を14.0Vに設定した。
【0027】
上記により電気分解した培養液濃度、電気伝導率、水素イオン濃度、培養液中の安息香酸濃度を、処理時間が0時間、3時間、6時間、24時間の時に、それぞれ測定して、周波数ごとに比較を行った。
【0028】
このとき、培養液の電気伝導率は、伝
導率メータES−51(株式会社堀
場製作所)を用いて測定し、培養液中の水素イオン濃度は、ガラス電球式水素イオン濃度計(株式会社堀
場製作所)を用いて測定した。また、培養液中の安息香酸濃度は、培養液をプラスチックバイアルにフィルターを用いてろ過し、2.0mlをサンプルとして分析に使用した。該サンプルの分析には、D−2000Elite形HPLCシステム(株式会社日立ハイテクノロジー)を用い、安息香酸の測定として固定波長254nmでクロマト抽出を行った。
【0029】
実験結果を
図3及び
図4に示す。
図3(A)は、周波数による安息香酸の濃度を比較した表図であり、
図3(B)は、周波数による温度と電気伝導率と水素イオン濃度の差を比較した表図であり、
図4は、24時間処理した際の周波数による温度上昇量の比較を示したグラフである。なお、以下の表図に記載のアルファベットが異なる場合には、Tukey−Kramer法の多重検定(5%)により有意差があることを示している。
【0030】
上記結果により、500Hzでは、処理開始から24時間後に安息香酸濃度が0ppmになり、1000Hz及び1500Hzでは、0.5ppmとなった(
図3(A)参照)一方で、培養液の電気伝導率と、水素イオン濃度については周波数によって大きな差はでなかった(
図3(B)参照)。また、電気分解後の培養液の温度は、500Hzから1500Hzになるに連れて高くなった(
図4参照)。
【0031】
したがって、培養液の温度上昇と、培養液中の安息香酸濃度の結果より、電気分解を行う交流電流の周波数は500Hz程度が最適であると考えられる。また、交流電気分解による培養液中に蓄積された成長阻害物質(安息香酸)は、処理開始から24時間程度でほぼ分解された。
【0032】
(実験2)
次に、
図5及び
図6に基づき、培養液中の安息香酸を直流電気分解と交流電気分解した場合の違いを検討した実験について説明する。実験1と同様のコンテナと培養液とを用意し、処理区として、コンテナ内の培養液を電気分解しない対照区と、培養液を直流電流により電気分解を行う直流電気分解区と、培養液を交流電流により電気分解を行う交流電気分解区とを設けた。直流電気分解区は、電流を2.0A、電圧を18.0Vに設定し、前記交流電気分解区は、周波数を500Hz、電流を2.0A、電圧を14.0Vに設定した。
【0033】
上記の各区画の培養液濃度、電気伝導率、水素イオン濃度、培養液中の安息香酸濃度を、処理時間が0時間、3時間、6時間、24時間の時に、それぞれ測定して比較し、各処理区について24時間後の培養液中の元素濃度(具体的には、リン酸、鉄、カリウム、亜鉛、カルシウム、マグネシウム、ナトリウム)をそれぞれ測定した。
【0034】
このとき、培養液温度、電気伝導率、水素イオン濃度、培養液中の安息香酸濃度の測定方法は上記実験1と同様である。培養液中の元素濃度については、まず、乾物をミキサーで粉状とし、マイクロ波試料前処理装置(マイルストーンゼネラル株式会社 ETHOS1MG)専用のTFM分解容器(HPV−100)に前記粉末を0.25gと、60%の濃度の硝酸を8ml入れ、マイクロ波試料前処理装置を使って酸分解する。その後、偏光ゼーマン原子吸光光度計(株式会社日立ハイテクノロジーズZ−2000)により、鉄、カルシウム、カリウム、マグネシウム、ナトリウム及び亜鉛の濃度を測定し、分光光度計(株式会社日立ハイテクノロジーズU−2900、720nm)によりリン酸濃度を測定した。
【0035】
実験結果を
図5及び
図6に示す。
図5(A)は、処理区による安息香酸の濃度を比較した表図であり、
図5(B)は、処理区による温度と電気伝導率と水素イオン濃度の差を比較した表図であり、
図6(A)は、電気分解処理後の培養液内の各元素濃度を比較した表図であり、
図6(B)は、培養液中の鉄とカルシウムを処理区毎に比較したグラフである。
【0036】
上記結果より、処理開始から24時間後に安息香酸濃度は、交流電気分解区では0ppmとなり、直流電気分解区では約70%程度となり、対照区では処理開始時とほとんど変化がなかった(
図5(A)参照)。また、処理開始から24時間後の培養液の温度は、交流電気分解区と対照区では大きな変化は見られなかったが、直流電気分解区では対照区と比較して10℃近く上昇した(
図5(B)参照)。
【0037】
また、処理開始から24時間後の培養液中の各元素濃度は、直流電気分解区は対照区と比較してリン酸、カルシウム、鉄の濃度が低下していることが確認されたが、交流電気分解区では、これらの対照区と比較して有意な差は検出されなかった。なお、カリウム、マグネシウム、ナトリウム、亜鉛については各処理区間で有意な差は見られなかった(
図6(A)及び(B)参照)。
【0038】
したがって、電気分解装置により成長阻害物質(安息香酸)を電気分解するにあたり、交流電流を用いることによって、直流電流により電気分解した場合と比較して、成長阻害物質の分解効率が向上するとともに、培養液の温度上昇を抑制できることが確認された。また、電気分解に交流電流を用いることで、特に、リン酸、カルシウム、鉄の電極からの析出も抑制されることが確認された。
【0039】
(実験3)
次に、
図7乃至
図11に基づき、イチゴの養液栽培時に交流電気分解した場合に果実品質に及ぼす影響を調べた実験を説明する。
図7は、養液栽培装置により栽培されるイチゴの様子を示したものである。供試品種としては、「とよのか」を用い、養液栽培を行った。具体的には、栽培槽にバーミキュライトを入れたセルトレイに無菌培養で得た苗を移植して順化を行い、十分な大きさに成長したイチゴ苗を環境制御室内の前記養液栽培装置に移し、育苗をした。
【0040】
該環境制御室は、20℃〜15℃の12時間日長に設定し、蛍光灯(145μmol/m/s)を用いた。培養液には、園試処方第1例25%標準培養液(以下、標準培養液)を用いた。また、前記養液栽培装置は、容量50Lの栽培ベッドを縦に3段並べ、容量150Lの培養液タンク及びポンプ(最大吐出量31L/min)を利用し、該ポンプを55分間作動させた後に5分間停止する操作を繰返すことで、培養液を循環させた。
【0041】
育苗後に開花したものの中から生育が良好な同サイズのものを選抜し、該苗をウレタンキューブ(縦23mm×横23mm×高さ25mm)4つで挟み、3段の栽培ベッド(縦1250mm×横900mm×高さ105mm)に5株ずつ移植した(
図7参照)。培養液には、園試処方第1例25%標準培養液(以下、標準培養液)を用いた。また、前記養液栽培装置は、容量50Lの栽培ベッドを縦に3段並べ、容量200Lの培養液タンク及びポンプ(最大吐出量31L/min)を利用し、該ポンプを55分間作動させた後に5分間停止する操作を繰返すことで、培養液を循環させた。
【0042】
処理区としては、培養液の交換を行う培養液交換区(RW区)と、培養液の交換を行わない培養液非交換区(NRW区)と、直流電気分解を行う直流電気分解区(DC区)と、交流電気分解を行う交流電気分解区(AC区)の計4つの処理区を設けた。直流電気分解区と、交流電気分解区は、それぞれ育苗移植後、6週、9週、12週後にそれぞれ24時間電気分解を行った。また、培養液交換区は、育苗移植後、6週、9週、12週後に培養液の全部交換を行い、培養液非交換区と、直流電気分解区と、交流電気分解区は、育苗移植後、6週、9週、12週後に培養液中の養分を測定し、標準培養液に準じて養分を調整した。
【0043】
各処理区について、リン酸、硝酸体窒素、鉄、カルシウム、マグネシウム、カリウムの値を実験2と同様の測定方法によって測定した。また、その他の調査項目として、開花日、葉数、葉及びクラウンの生体重、果実中の糖度、酸度、アスコルビン酸含量についても調べた。
【0044】
果実中の糖度は糖度計(株式会社アタゴAPAL−1)を用いて測定し、果実の酸度は、果汁2mlに蒸留水8ml及びフェノールフタレインを2滴加え、0.1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を用いて中和滴定することによって測定した。
【0045】
また、果実中のアスコルビン酸含量は、果汁0.5mlに、10%のメタリン酸を0.5ml,蒸留水を1ml、0.03%のインドフェノールを1ml、チオ尿素メタリン酸溶液(チオ尿素:メタリン酸=2%:5%)を2ml、2%のDNP(2,4−ジニトロフェノールヒドラジン)を1ml、を順番に加え、その後、37℃の温湯に3時間浸した後に氷水を入れたコンテナで冷やし、その後、85%の硫酸5mlを加え、30分後に分光光度計(株式会社日立ハイテクノロジーU−2900、720nm)で測定した。
【0046】
実験結果を
図8乃至
図10に示す。
図8(A)は、葉数、葉及びクラウンの生体重を比較した表図であり、
図8(B)は、開花開始日を比較した表図であり、
図8(C)は、果実中の糖度、酸度、アスコルビン酸含量を比較した表図であり、
図9(A)は、培養液中の各元素濃度を比較した表図であり、
図9(B)は、各処理区での温度上昇量を比較した表図であり、
図10は、各処理区での収穫量を示したグラフであり、
図11は、各処理区の収穫時のイチゴを示したものである。
【0047】
上記結果より、イチゴの生育について、葉数、葉の生体重、クラウンの生体重は、特に、培養液交換区と、交流電気分解区の間では有意な差が見られなかった(
図8(A)参照)ため、栄養成長において上記区間で大きな違いはないと考えられる。また、イチゴ苗の平均開花日は、培養液非交換区のみが他の処理区よりも一日早かった(
図8(B)参照)。さらに、各処理区間では、果実当たりの糖度、酸度、アスコルビン酸含量では有意な差はみられなかった(
図8(C)参照)。
【0048】
各処理区の培養液中の各元素濃度を比較すると、リン酸、硝酸体窒素、マグネシウム及びカリウムでは処理区間に差は見られなかったが、特に、直流電気分解区において、培養液中のカルシウムと鉄の濃度が有意に低下していることが確認された(
図9(A)参照)。また、電気分解開始から24時間後の培養液の温度は、直流電気分解区が他の処理区と比較して高くなっていることが確認された(
図9(B)参照)。
【0049】
また、収穫量については、培養液非交換区が一番少なくなり、培養液交換区と直流電気分解区で同程度となり、交流電気分解区は、直流電気分解区や培養液交換区と比較して200g程度収穫量が多くなった(
図10及び
図11参照)。
【0050】
上記実験結果より、交流電気分解区では、安息香酸等の成長阻害物質が電気分解されて自家中毒の発生が防止されるとともに、電気分解に交流電流を用いたことによって、培養液中の鉄及びカルシウムの濃度の低下が抑制されることで収穫量の増加に繋がっているものと考えられる。