【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度国立研究開発法人科学技術振興機構研究成果展開事業 大学発新産業創出プログラム 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
励起光を吸収して光を発するレーザー媒質と可飽和吸収体とが内部に設けられた光共振器が用いられ、パルス状の前記励起光が前記光共振器内に入射することによって前記レーザー媒質が発した光を前記光共振器内で増幅したレーザー光を出力光として前記光共振器から出力するレーザー装置であって、
前記レーザー媒質にはイッテルビウム(Yb)が添加され、
前記励起光のパルス幅、前記光共振器の共振器長、及び前記可飽和吸収体は、単一パルスとなる前記励起光に対して、複数のパルスからなる前記出力光が発せられるように設定され、
前記光共振器の内部における前記光の光路、前記光共振器の外部における前記出力光の光路、のいずれかにおいて、横発振モードを単一モードに近付けるように、光軸周りの広がりを制限する空間フィルターが設けられたことを特徴とするレーザー装置。
【背景技術】
【0002】
レーザー光は、レーザー媒質が入射鏡と出射鏡との間の光路上に設置された構成を具備する光共振器に励起光を入射させることによって発振される。パルス状のレーザー光を発振する手法としてQスイッチ法があり、Qスイッチ法は、光共振器内に設けられたQスイッチによって発振が制御され、能動Qスイッチ法と受動Qスイッチ法に大別される。能動Qスイッチ法の場合には、Qスイッチとして機能するポッケルスセル等を外部から能動的に制御することによってレーザー光を発振させる必要がある。これに対して、受動Qスイッチ法の場合には、ポッケルスセル等の代わりに可飽和吸収体が使用され、可飽和吸収体中の光の吸収、透過が自動的に制御され可飽和吸収体がQスイッチとして機能する。このため、受動Qスイッチ法においては能動的な制御が不要となり、装置構成を単純化し、小型化、安価とすることができるため、受動Qスイッチ法を用いたものが、小型のレーザー装置においては、特に好ましく用いられる。
【0003】
受動Qスイッチ法が用いられた小型のレーザー発振器(レーザー装置)としては、Nd:YAGをレーザー媒質として用いたものが広く用いられている。Nd:YAGを用いた場合には発振波長は1064nmであり、励起光として、半導体レーザーから発せられたレーザー光を用いることができるため、レーザー装置全体を小型化することが容易である。この際、パルス状となって発振されるレーザー光の発振タイミングは、パルス状の励起光の発振タイミングで制御することができる。このような小型レーザー装置は主に自動車等のエンジン点火の目的に開発されてきた。エンジンにおける点火のためにレーザー光を用いる場合には、ピーク強度が高くパルス幅(発振パルス幅)が短いことが点火のエネルギー効率が良く、好ましい。Nd:YAGをレーザー媒質として用いた受動Qスイッチレーザーでは、容易にパルス幅1ns(ナノ秒:10
−9秒)よりも短いピコ秒(10
−12秒)オーダーの短パルスが発生できるため、エンジン点火用レーザーとして特に好ましい特性が得られる。非特許文献1には、Yb:YAGをレーザー媒質として用い、半導体レーザーを励起光の光源に用いてこのような短いパルス幅(発振パルス幅)のレーザー光を発振する構成が記載されている。また、受動Qスイッチレーザー光の発振パルス幅と各種パラメータとの関係については、例えば非特許文献2に記載されている。このように、従来は、受動Qスイッチレーザーとして、高出力を得ることが容易なNd:YAGがレーザー媒質として用いられる場合が多かった。
【0004】
一方、エンジンの点火以外の目的でも、このような小型のレーザー装置を用いることにより、装置全体の小型化を図ることができる。例えば、特許文献1に記載されるような血糖計においては、測定に直接用いられる赤外光(レーザー光)は、光パラメトリック発振(Optical Parametric Oscillation:OPO)で得られる。OPOにおいては、非線形結晶にポンプ光を入射させることによってポンプ光と異なる波長の光が発振され、発振された光が血糖値の測定に直接用いられる。ポンプ光としては、中赤外のレーザー光が用いられるため、前記のような受動Qスイッチ法を用いた小型のレーザー装置は、このような血糖計においてポンプ光を生成するためにも好ましい。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のような受動Qスイッチ法を用いた小型のレーザー装置を、前記のようなエンジンの点火用とする場合と、血糖計用(OPOのポンプ光)とする場合とでは、要求されるパルス幅が異なった。特にOPOにおいて波長が3μm以上の中赤外光を発振させる場合には、OPOで使用される非線形結晶の光学定数が小さいために利得が小さく、かつ非線形結晶は10MW/cm
2以上の照射エネルギーによって損傷する。このため、このような場合には、比較的低強度かつ4ns以上の長パルスのポンプ光が用いられ、例えば非線形結晶の出入射光の光軸方向長さは例えば20mm程度、ポンプ光のパルス幅は10ns程度が最適とされる。このパルス幅は非特許文献1に記載されたエンジン点火の場合のパルス幅よりも大幅に長い。すなわち、OPOのポンプ光としては、発振パルス幅を非特許文献1等に記載の場合よりも長くすることが求められた。
【0008】
非特許文献2には、受動Qスイッチレーザー光の発振パルス幅t
pと共振器長(入射鏡と出射鏡の間の、屈折率を考慮した光学長)l
cは一次の関係にあることが示されている。具体的には、発振パルス幅t
pは以下の(1)〜(4)式で表されることが示されている。
【数1】
ここで、cは光速、T
0は可飽和吸収体の初期透過率、δ
f、δ
tはQスイッチ動作におけるそれぞれ発振終了時、発振中の最大光子数時の反転分布密度の発振開始前反転分布密度に対する割合である。また、Rは共振器の出力鏡の反射率、L
gは共振器周回毎の光損失割合、σ
SA、σ
gはそれぞれ可飽和吸収体、レーザー媒質の誘導放出断面積、A
SA、A
gはそれぞれ可飽和吸収体、レーザー媒質のレーザー発振時の有効面積、σ
ESAは可飽和吸収体の励起状態吸収断面積、aは1に近い定数である。(1)式より、発振パルス幅t
pを長くするためには、共振器長l
cを大きくとればよい。すなわち、共振器長l
cを大きく設定した受動QスイッチレーザーをOPOのポンプ光用の光源として用いることができる。
【0009】
ただし、発振パルス幅t
pは、共振器長l
c以外のパラメータにも依存する。ここで、レーザー媒質の誘導放出断面積σ
gは、レーザー媒質に応じて大きく異なる。レーザー媒質として前記のように広く用いられているNd:YAGを用いた場合にはσ
gは大きいため、Qスイッチ動作によって大きなパルス出力を得るためには、可飽和吸収体による発振の制限を強くすることが要求され、可飽和吸収体の初期透過率T
0を小さく(〜0.3)する必要がある。これは、発振パルス幅t
pを短くする方向に作用し、前記のようなエンジン点火用のピコ秒短パルスの発生にとって有利であるが、前記のようなOPOのポンプ光として用いる場合には、不利である。
【0010】
Nd:YAGと同様に受動Qスイッチレーザー装置におけるレーザー媒質として使用可能な材料として、Ndの代わりにYbが添加されたYb:YAGが知られている。Yb:YAGの場合には発振波長は1030nmであり、励起光としては、Nd:YAGと同様に半導体レーザーから発せられたレーザー光を用いることができる。このため、これを用いて同様に小型のレーザー装置を得ることができる。また、レーザー媒質としてYb:YAGを用いた場合には、σ
gが小さいため、T
0を大きく(〜0.7)することができる。このため、レーザー媒質としてNd:YAGを用いた場合よりも、発振パルス幅t
pを長くとりやすくなる。
図12は、このような設定における発振パルス幅t
pの共振器長l
c依存性を(1)〜(4)式によって算出した結果である。
【0011】
発明者らは、誠意検討の結果、レーザー媒質にYbを含む小型の受動Qスイッチレーザー装置において発振パルス幅を長く設定するためには、横発振モードを単一モードに近づけることが好ましいことを見出した。本発明は、この課題に鑑みてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のレーザー装置は、励起光を吸収して光を発するレーザー媒質と可飽和吸収体とが内部に設けられた光共振器が用いられ、パルス状の前記励起光が前記光共振器内に入射することによって前記レーザー媒質が発した光を前記光共振器内で増幅したレーザー光を出力光として前記光共振器から出力するレーザー装置であって、前記レーザー媒質にはイッテルビウム(Yb)が添加され、前記励起光のパルス幅、前記光共振器の共振器長、及び前記可飽和吸収体は、単一パルスとなる前記励起光に対して、複数のパルスからなる前記出力光が発せられるように設定され、前記光共振器の内部における前記光の光路、前記光共振器の外部における前記出力光の光路、のいずれかにおいて、光軸周りの広がりを制限する空間フィルターが設けられたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明は以上のように構成されているので、小型の受動Qスイッチレーザーにおいて高エネルギーナノ秒パルスを発生させる時、発振パルス幅を長く設定することが可能で、横発振モードを単一モードに近づけることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
〔実施形態1〕
以下、本発明の実施の形態に係るレーザー装置について説明する。このレーザー装置によって発振されるレーザー光は、特に中赤外のレーザー光を発するOPOのポンプ光として好ましく用いられる。
図1は、このレーザー装置1の構成を示す図である。ここでは、このレーザー装置1において発振のために使用されるレーザー光である励起光100、最終的に出力されるレーザー光である出力光200の光軸は共通(
図1における左右方向)とされ、
図1においては、この光軸に沿った断面が示されている。
【0016】
このレーザー装置1においては、半導体レーザー(励起光源)110から発振された励起光100の波長はYb:YAGの吸収波長帯である940nm±1.5nmとされる。光共振器20においては共振器長がl
cとされた入射鏡21と出射鏡22が設けられ、励起光100は入射鏡21からこの光共振器20内に入射する。入射鏡21は励起光100を透過させ出力光200を反射させ、出射鏡22は反透鏡とされるため、最終的に出力光200となるレーザー光を入射鏡21と出射鏡22の間に閉じ込めて増幅すると共に、励起光100を入射鏡21に対して図中左側から入射させ、出力光200を出射鏡22から図中右側に出力させることができる 光共振器20内には、励起光100を吸収することによって最終的に出力光200となる光を発振するレーザー媒質31、Qスイッチとして機能する可飽和吸収体32が光軸に沿って設けられる。半導体レーザー110が発するレーザー光のパルス幅、光共振器20の共振器長l
c、及び可飽和吸収体32は、単一パルスとなるレーザー光に対して、複数のパルスからなる出力光200が発せられるように設定されている。レーザー媒質31を構成する材料としては、イットリウム・アルミニウム・ガーネット(YAG)にイッテルビウム(Yb)が添加されたYb:YAGが用いられ、レーザー媒質31中の誘導放出によって発振されるレーザー光(出力光200)の波長は1030nm程度となる。可飽和吸収体32を構成する材料としては、母体材料がレーザー媒質31と同様のYAGとされクロム(Cr)がこれに添加されたCr:YAGが用いられる。この材料は、上記のレーザー光に対して可飽和特性(低強度の光を吸収し高強度の光は透過させる特性)をもつ。
【0017】
前述のレーザー装置1を特許文献1に記載されたような血糖計において用いる場合には、ポンプ光の光源となるレーザー装置を含めた全体を小型化することが特に要求される。
図12に示した発明者らによる検討結果が示すように、Yb:YAGを用いた方が、共振器長l
cを小さく保ちつつ発振パルス幅t
pを長くすることができる、すなわち、OPOのポンプ光の光源を小型化することができる。
【0018】
なお、実施形態における実際の光共振器20内にはレーザー媒質31と可飽和吸収体32とが焼結体として一体化されて形成された光学素子焼結体30を採用している。また、入射鏡21は、この光学素子焼結体30の図中左側(レーザー媒質31側)の表面に薄膜状に形成されている。具体的には、入射鏡21は、波長940nmの光(励起光100)は透過させ波長1030nmの光(出力光200)は反射させるような多層膜コーティングとされる。このため、実際には入射鏡21、レーザー媒質31、可飽和吸収体32は一体化されて構成されている。この際、入射鏡21、レーザー媒質31、可飽和吸収体32が一体化された光学素子焼結体30全体を
図2に示すペルチェ素子等から構成されるレーザー媒質冷却部80により冷却し、光学素子焼結体30全体の温度が制御される構成とすることもできる。レーザー媒質冷却部80は、主に銅、アルミ合金、またはインジウム等の熱伝導度の高い金属で構成されている。このレーザー媒質冷却部80は、熱源となる光学素子焼結体30等のレーザー媒質を伝熱保持する保持部81、保持部81と密着した上板82、伝熱薄板83、ペルチェ素子84(非金属)、伝熱薄板85、ベースプレート86、および放熱部87から構成されている。上板82および伝熱薄板83は、広い面積を有し、光学素子焼結体30の熱を効率良くペルチェ素子84の上面に伝熱する。伝熱薄板85は、ペルチェ素子84下面に密着してベースプレート86への廃熱を効率良く行う。このような構成により、レーザー媒質冷却部80は、レーザー光に変換されなかった、レーザー媒質のポンプ光励起エネルギーによる温度上昇を抑制し、レーザー装置1の安定な発振に寄与する。
【0019】
放熱部87は、空冷の場合
図2に示すフィン形状が好ましく、冷却ファン等による空気の強制循環で放熱を行う。この冷却構成により、可飽和吸収体32およびレーザー媒質31の温度を調整して、発振される出力光200の縦モードを調整することができる。また、レーザー媒質31の温度上昇に伴う熱レンズ効果によるモードサイズの縮小を補償するために、光共振器20内で、出射鏡22で反射された光を広げるように、出射鏡22は凸面鏡とされている。
【0020】
この構成における共振器長l
cと、発振された出力光200の発振パルス幅t
p、パルスエネルギー(1パルスあたり)の関係を実測した結果を
図3に示す。l
cを大きくすることによって、発振パルス幅、パルスエネルギー共に増大する。前記の通り、OPOにおけるポンプ光として用いる場合には、出力光200のパルス幅を長くすることが好ましい。例えば、4ns以上1μs以下、好適には10ns以上とすることが好ましい。例えば、l
cを160mmとすることにより、パルス幅を12ns程度まで長くすることができる。この場合のパルスエネルギーは6.5mJとなり、出力光200の発振周波数は最大60Hz程度であった。
【0021】
また、励起光100のパルス幅が長く、励起光100の入射時間が長い場合は、励起光100の1回の入射中にパルス状の出力光200は複数回発振される。この場合における可飽和吸収体32のQスイッチ動作に際しては、光の吸収に関与する励起準位が十分に電子で埋められた場合に光が透過するためにQスイッチがオンとなり、出力光200が発振する。その直後に同様に光吸収、光透過が行われる際には、可飽和吸収体32においては励起準位もある程度埋まっているために、再度Qスイッチがオンとなるまでに要するエネルギーは1回目の発振の際に必要となるエネルギーよりも小さくなる。
図4は、共振器長l
cを52.2mmとし、先発のパルス光が発振された直後に可飽和吸収体に対して光吸収、光透過を行うことで複数回出力光200を発振させた場合における、励起光である半導体レーザー(LD)のパルス幅(励起光エネルギー変化に相当)増加に対する励起光入力当たりのレーザー発振全体のパルスエネルギーと効率を示す。この効率は、励起光エネルギーに対する出力光のエネルギー効率である。図中1〜4は、励起光入力に対する発振回数を示し、1回から4回の発振に対応している。
【0022】
前記の理由により、後発のパルスほど発振しやすくなり、パルスエネルギーが高く、かつ効率が高くなっており、4回の発振に際しては10%の効率が得られている。
図5は、このように出力光200が4回発振される際の時間経過を実測した結果であり、パルス間隔は60〜80μs程度である。特許文献1に記載の血糖計においてプローブ用に用いられるレーザー光をOPOで生成する際のポンプ光としてこの出力光200を用いる場合には、パルスの繰り返しに応じて測定が行われるため一度の励起半導体レーザー光入力に対して複数回の測定が可能である。上記パルス間隔は励起半導体レーザーの間隔(最短10ms(ミリ秒))に対して十分短いが演算において時間的に分離処理が可能な間隔である。よってこの程度の時間間隔のパルス光を用いた場合には、各パルス光毎に血糖計の出力が得られ、この出力を統計処理することによって、高精度の測定が可能である。すなわち、このように出力光200が複数回のパルス出力として得られる特性は、特許文献1に記載されたような測定のためには好ましい。
【0023】
しかし、実際に発振されたレーザー出力光200をOPOのポンプ光として用いた場合、低強度でOPOにおける非線形結晶の損傷が発生した。この原因は、発振パルス幅t
pを長くするために光共振器内でのモードサイズが大きくなるに従って、横発振モードにおける基本モードとなるTEM
00以外の成分が大きくなったことに起因する。すなわち、横発振モードがマルチモード化しやすくなり、このようにマルチモード化した光が可飽和吸収体に入射した場合には、可飽和吸収体におけるスイッチング動作のタイミングが一様でなくなり、OPOのポンプ光としては機能しない成分が発生した。このようなポンプ光における無駄な成分は、OPOにおける発振には寄与しない一方で、非線形結晶中で吸収されて発熱の原因となり、非線形結晶の損傷の原因となる。
【0024】
また前述の出力光200の発振パルス幅t
pを長くし、励起光100が1回入射する間に出力光200が複数回パルス状に発振される設定とした場合にも、光共振器20におけるモードサイズが大きくなり、横発振モードがマルチモード化する(基本モードとなるTEM
00以外のモードの寄与が大きくなる)。前述の横発振モードがマルチモード化する状況は、OPOのポンプ光として適したパルス幅である、例えば10ns以上となる出力光200を得る場合に、特に顕著であった。こうした問題点を解消するために、発振パルス幅を長く設定した場合において、横発振モードを単一モードに近くすることが求められた。
【0025】
このため、このレーザー装置1においては、
図1に示すように、光共振器20から出射後の出力光200の光路に空間フィルター40を設置する。空間フィルター40は、出力光200の光軸周りの広がりを制限する機構であり、第1レンズ41、第2レンズ42、絞り43で構成される。第1レンズ41は、光を収束させる光学系であり、絞り43の位置する箇所で出力光200が焦点(ビームウエスト)をとり、出力光200を集光させるように設定され、第2レンズ42は、その後に出力光200を再び平行光とするように設定される。絞り43は、ビームウエストにおける光軸付近の光のみを通過させるように設定される。これによって、出力光200におけるTEM
00以外の成分の大部分を除去することができる。
【0026】
図6の(a)は、本実施形態に係る絞り43の断面図であり、
図6の(b)は、絞り43の正面図である。
図6に示すように、絞り43は、セラミックス等からなる板状の部材であり、開口部431Aを有する通路431、およびテーパー部432を備えている。絞り43の通路431は、その中心軸が出力光200の光軸と同一または略同一にとなるように配置されている。
【0027】
通路431は、出力光200のビームウエストにおける光軸付近の光のみを通過させる細孔である。開口部431Aは、真円ないし真円に近い形状であることが好ましい。また、開口部431Aの径d
aは、出力光200のビームウエストにおける回折限界を基準として設定されている。具体的には、開口部431Aの径d
aをビームウエストにおける回折限界となる大きさよりもわずかに大きくすることにより、TEM
00の成分のみが開口部431Aを通過しやすくなる。
【0028】
通路431の長さl
aは、TEM
00の成分のみを透過させることを目的とする場合では、ビームウエスト部の長さ(レイリー長)より短いことが好ましい。しかし、加工技術および開口部431Aの耐久性を考慮すると、通路431の長さl
aは、1.2mm以下であればよい。
【0029】
テーパー部432は、出力光200の光路において通路431の上流(半導体レーザー110が位置する側)に配置されてよいし、通路431の下流(出力光200の出射側)に配置されてもよい。
【0030】
テーパー部432を通路431の上流に配置する場合、下流側からの戻り光をフィルタリングまたは遮断する効果が高い。これに対して、テーパー部432を通路431の下流に配置する場合、上流側からの光を空間フィルタリングする効果が高い。テーパー部432は、絞り43の機械的強度を維持しつつ通路431をレイリー長より短く設置するために必要な構造であるが、テーパー面での光反射がゼロではないため、通常、テーパー部432を、フィルタリングする光の光源と逆方向(下流側)に配置することが多い。
【0031】
また、テーパー部432のレーザー光軸となす角度θ
aは、20°以上90°未満が好ましい。角度θ
aが小さすぎると空間フィルタリングに伴うレーザー光の集光に長距離の光伝搬が必要になり装置が大型化するため、非実用的である。そのため、角度θ
aを、20°以上とすることが好ましい。
【0032】
図7は、l
cを137.2mmとした場合における空間フィルター40を用いない場合(a)と用いた場合(b)における出力光200のビームプロファイル(光軸に垂直な面で検出された強度分布)をCCDカメラで2次元撮像した結果を示す。ビーム中心で最も高い強度が得られ、その周りで広がりをもった強度分布が得られており、各画像中において左側、下側に示された波形は、光軸(ビームの中心)を通る図中のそれぞれ縦線、横線に沿った、1次元ビームプロファイル(光軸上の強度で規格化)である。この場合における絞り43の開口の大きさは回折限界サイズの1.2倍とした。空間フィルター40を用いない場合(a)には、TEM
00以外の成分の寄与が無視できないために光軸周りの非対称性が顕著であるが、空間フィルター40を用いた場合には、光軸周りの対称性が向上している。
【0033】
前記の通り、出力光200はパルス状に発せられるが、TEM
00以外の成分を除去することによって、このパルス形状も変化する。
図8は、
図7に対応した出力光のパルス形状を実測した結果を示す。ここで、図中の縦軸は各パルスの最大値で全体の強度を除して規格化した規格化強度を示し、各パルスの最大値が1となるように規格化されている。パルスのFWHM値は、空間フィルター40を用いない場合で11.4nsであるのに対して、空間フィルター40を用いた場合には10.8nsと短くなった。すなわち、TEM
00以外の成分はTEM
00の成分よりもパルス幅が広く、TEM
00以外の成分を除去することによって、パルス幅は僅かに短くなる。
図8において、空間フィルター40を設けた場合はこれによってエネルギーの一部は損失するが、損失するエネルギーは、空間フィルター40がない場合の23.7%であり、このように損失された成分によるパルスのFWHMは13.6nsとなる。
【0034】
OPOによって中赤外のレーザー光を安定して発振させる場合には、ポンプ光の強度には閾値が存在し、この閾値以上の強度のポンプ光が必要となる。上記
図7と同様の条件で発振した出力光200を実際にOPOのポンプ光として用いた場合には、空間フィルター40を設けない場合にこの閾値は3.7MW/cm
2程度であったのに対し、空間フィルター40を設けた場合にはこの閾値は2.3W/cm
2程度に低下した。すなわち、OPOで中赤外のレーザー光を安定して発振させる際に、空間フィルター40によってポンプ光における無駄な成分が除去されたことによって、この閾値を空間フィルターでの損失効果を上回る約4割低下させることができる。これによって、OPOの非線形結晶の損傷が低減される。
【0035】
絞り43の開口サイズが小さいほど空間フィルターとしての効果は大きくなる一方、TEM
00成分もこの開口で遮断される割合が高くなり、出力光200の強度が低下する。このため、開口のサイズはビームウエストにおける回折限界サイズよりも僅かに大きく設定することが好ましく、回折限界サイズの1.0〜1.4倍程度とすることが特に好ましい。また、空間フィルター40としては、光路中においてビームウエストを形成するような光学系(第1レンズ41、第2レンズ42)が設けられ、このビームウエストに絞り43が設けられたが、同様の効果を奏する限りにおいて、その構成は任意である。なお、本明細書において、回折限界サイズとは、空間フィルターにより形成されたビームウエストにおけるレーザー光の直径を意味し、絞り43の開口サイズは当該絞り43の開口直径d
aを意味することとする。
【0036】
なお、
図1の構造においては、光共振器20内で、入射鏡21、レーザー媒質31、可飽和吸収体32が一体化された光学素子焼結体30が用いられた。しかしながら、
図9に示されるレーザー装置2(第1の変形例)のように、互いに別体とされた入射鏡25、レーザー媒質26、可飽和吸収体27を光共振器50内に設けてもよい。この場合には、入射鏡25や可飽和吸収体27の形状、材料を、レーザー媒質26とは無関係に設定することができるため、光共振器50の最適化が特に容易となる。
【0037】
また、発振される波長はレーザー媒質で定まり、可飽和吸収体を構成する材料は、レーザー媒質と、発振されるレーザー光の特性を考慮した上で定められる。前記のレーザー装置1では、可飽和吸収体32としては、Cr:YAGが用いられたが、他の材料を可飽和吸収体として用いることもできる。一般的に、Crが添加された光学材料(例えばCr:ZnSe等)を、こうした可飽和吸収体の材料として用いることができる。
図7のように可飽和吸収体27とレーザー媒質26を別体とした場合には、こうした材料選定の自由度が高くなる。
【0038】
また、
図1の構成においては、空間フィルター40は光共振器20の外部(下流側)に設けられた。しかしながら、空間フィルターを光共振器内に設けることもできる。
図10は、こうした構成を具備するレーザー装置3(第2の変形例)の構成を示す。この光共振器70中においては、入射鏡21と出射鏡22の曲率半径及びレーザー媒質31での熱発生によるレンズ効果により、光共振器70内におけるレーザー媒質31、可飽和吸収体32以外の箇所でビームウエストが形成されるように設定され、このビームウエストの箇所に、空間フィルター60となる絞り61が設けられる。絞り61は前述の絞り43と同じ機能を有する。
【0039】
前記の通り、中赤外光を発振するOPOのポンプ光として用いるためには共振器長l
cを長くとることが必要となり、
図1の構成においては、長い光共振器20の外部に更に空間フィルター40を設置することが必要となる。これに対して、
図10の構成においては、長い光共振器70の内部においてのみ空間フィルター60を設け外部には空間フィルターは不要となるため、全体の構成を短く、小型化することができる。特に、上記のような入射鏡21、レーザー媒質31、可飽和吸収体32が一体化された光学素子焼結体30を用いた場合には、これらが一体化されたことによって、これら全体が含まれる構造を小型化することができる。一方で、共振器長l
cは長く設定するため、光共振器70内に空間フィルター60を設けるスペースを広くとることができる。このため、レーザー媒質や可飽和吸収体が一体化されたものが用いられる場合には、空間フィルターを光共振器内に設けることが特に好ましい。
【0040】
なお、上記の例では、レーザー媒質としてYb:YAG、可飽和吸収体としてCr:YAGやCr:ZnSeが用いられるものとした。しかしながら、上記と同様に、共振器長が長く設定された場合においては、他のレーザー媒質、可飽和吸収体が用いられた場合であっても、上記のような空間フィルターを設けることは有効である。また、上記の例ではこのレーザー装置の出力光がOPOに用いられるものとしたが、他の用途に用いる場合であっても、出力光のパルス幅が広く、横発振モードの単一モード化が好ましい場合においては、同様に上記の構成が有効である。
【0041】
〔実施形態2〕
図11は、本実施形態の測定装置300の構成を示す図である。測定装置300は、測定対象320に波長変換光201を照射し、測定対象320に反射した反射光301Aの吸光度を測定することにより測定対象320に含まれる物質の測定を行う。測定対象320は、例えば生体(特に、人体)であるが、測定対象320の種類は、特に限定されない。前記物質は、例えば、血液中の糖であるが、特に限定はされない。測定装置300は、血糖計であってもよいし、非侵襲で生体内の物質量を測定する他の装置(例えば、パルスオキシメータ)であってもよい。
【0042】
図11に示すように、測定装置300は、光源310および光検出器330を備えている。光源310は、レーザー装置1、光パラメトリック発振器(OPO)311、および光学系315を備える。レーザー装置1は、実施形態1におけるレーザー装置1と同じものである。
【0043】
OPO311は、レーザー装置1から出射されたレーザー光を波長変換する非線形結晶を含む装置であり、入射側半透鏡312、出射側半透鏡314およびこれらの間に配置された非線形結晶313を備えている。入射側半透鏡312を透過した出力光200は、非線形結晶313に入射し、出力光200よりも長波長の光に変換され、かつ入射側半透鏡312と出射側半透鏡314との間で反射されて閉じ込められる際に光パラメトリック増幅される。増幅された光は出射側半透鏡314を透過して波長変換光201となって出力される。
【0044】
非線形結晶313としては、こうした波長変換に適したAgGaSが位相整合の条件で使用される。非線形結晶313の種類やその整合条件を調整することによって、発振される波長変換光201の波長(発振波長)を調整することができる。非線形結晶としては、他にGaSe、ZnGeP
2、CdSiP
2、LiInS
2、LiGaSe
2、LiInSe
2、LiGaTe
2等も用いられる。OPO311から発せられる波長変換光201は、出力光200に対応した繰り返し周波数およびパルス幅を有するものとなる。
【0045】
光学系315は、OPO311によって波長変換された光を外部に出射する部材であり、集光レンズおよび/またはビームスプリッターなどを含んでもよい。例えば、光学系315として集光レンズを備えることにより、ビームスポットのサイズを小さくできる。
【0046】
光検出器330は、測定対象320に反射した反射光301Aを受光し、その強度を電気信号として出力する。
【0047】
なお、本実施形態において、測定対象320に反射した光を光検出器330が検出する例について示したが、測定対象320を透過した光を光検出器330が検出する測定装置を実現してもよい。
励起光(100)を吸収して光を発するイッテルビウムが添加されたレーザー媒質(26)が発した光を増幅した出力光(200)を、複数のパルス状に発振するレーザー装置(1)では、レーザー媒質(26)が発した光の光路または光共振器(20)から出射後の出力光(200)の光路のいずれかの光路に、光軸周りの広がりを制限する空間フィルター(40)が設けられる。