【実施例】
【0018】
本実施例に係るバルブリフタは、内燃機関の直打式動弁機構において、バルブステムとカムとの間に配置されカムのリフト動作をバルブに伝達する機能を有する。さらにバルブリフタは、その内部に油圧のON−OFFの制御によりバルブステムのリフト動作を休止させあるいは動作させる休止機構を備えるものであってもよい。例えば、内燃機関が低速運転されるとき、カムのリフト動作がバルブに伝達されないように休止させ、中高速運転されるとき、カムのリフト動作がバルブに伝達されるようにする。
【0019】
図3(A)は、本実施例に係るバルブリフタの概略平面図、
図3(B)は、そのA−A線断面図である。本実施例に係るバルブリフタ100は、
図3(B)に示すように、概して倒立カップ形状のバルブリフタ本体を有し、バルブリフタ本体は、円形状の冠部110と、冠部110から垂直方向に延びる円周状のスカート部120とを有する。ここには詳細に示さないが、スカート部120内の空間にバルブ休止機構を配置させることができる。
【0020】
バルブリフタ本体の材質には、JIS規格によるSCM材を浸炭処理したものを用いることができるほか、他の鋼材、鋳物、鉄系合金、チタン合金、アルミ合金及び高強度樹脂等を用いることができ、好ましくは、耐摩耗性を向上させるため、冠部110の表面には、窒化処理により窒化層、Crめっき被膜、窒化チタン又は窒化クロムなどのイオンプレーティングによる硬質皮膜が形成される。さらに好ましい態様として、冠部110の表面には、高硬度で摩擦特性に優れた非晶質硬質炭素被膜(以下、DLC(Diamond like carbon)被膜という)112が形成される。DLC被膜112は、基材表面に直接形成してもよいが、密着性を向上させるために、Cr等の金属又はその金属窒化物の中間層を介して形成してもよい。DLC被膜112を形成する基材には、SCM415材などの鋼材や鉄系合金或いは前記鋼材や鉄系合金に浸炭処理や焼入処理等の硬化熱処理を施し、表面硬度をHRC53以上としたものを用いることが好ましい。また、DLC被膜112は、PVD法、CVD法、PACVD法などによって形成することができる。例えば、アークイオンプレーティング法によりDLC被膜112を形成するとき、水素含有量が0.5原子%以下であるものが硬度及び耐摩耗性の観点で好ましい。DLC被膜112の膜厚は、例えば、PVD法であれば、0.3〜1.5μm、CVD法であれば、20μm程度の膜厚を有することができる。DLC被膜112の表面粗さは、カムへの攻撃性の観点でRa0.01〜0.03が好適である。冠部110の裏面側には、肉厚のボス122が形成され、当該ボス112は、バルブステムまたはその間に介在されるシムに当接される。以下の説明では、冠部110にDLC被膜112が形成されたバルブリフタを例示するが、本発明は、DLC被膜112を必須とするものではなく、冠部110の表面が窒化処理されたようなバルブリフタにも適用できることに留意すべきである。
【0021】
冠部110の最上層に形成されたDLC被膜112は、カムの摺動が行われる冠面114を提供する。冠面114の中心領域130には、テクスチャー溝132が形成される。テクスチャー溝132は、規則性または周期性のある微細な凹凸の溝である。このようなテクスチャー溝132は、後述するように潤滑油を保持する機能等を備える。中心領域130は、バルブリフタ100の中心から半径r1の距離で規定される。好ましくは、半径r1は、カムとの摺動により面圧Pcが相対的に高い領域、あるいは接触回数Ncが相対的に高くなる領域を規定する。例えば、半径r1は、面圧Pcがエンジン設計仕様等に基づき予め決められたしきい値以上となる値、あるいは、接触回数Ncがしきい値以上となる値に設定することができる。また、他の例では、半径r1は、冠部110の裏面に形成されたボス122の半径と等しいかそれよりも一定値大きな値とすることができる。
【0022】
中心領域130に隣接して中間領域140が規定される。中間領域140は、半径r1と半径r2(r1<r2)によって囲まれた領域である。本実施例では、中間領域140にテクスチャー溝が形成されず、中間領域140の表面はDLC被膜112である。
【0023】
中間領域140に隣接して外周領域150が規定される。外周領域150は、半径r2と半径r3(r3>r2)によって囲まれた領域である。外周領域150には、テクスチャー溝152が形成される。テクスチャー溝152は、中心領域130に形成されるテクスチャー溝132と同一構成であってもよいし、異なる構成であってもよい。テクスチャー溝の構成は、例えば、パターン、深さ、ピッチ、サイズ、面積率、断面形状から特定される。
【0024】
外周領域150は、面圧Ppが相対的に小さく、またカムとの接触回数Npが相対的に小さく、潤滑油の引き込みが小さくなる領域である。例えば、半径r3は、面圧Ppが予め決められたしきい値以下となる値、あるいは接触回数Npがしきい値以下となる値に設定することができる。さらに外周領域150は、潤滑油の引き込み速度がしきい値以下となる地点、つまり、カムと冠面との間の相対速度がしきい値以下となる地点を含み、より好ましくは、外周領域150は、引き込み速度または相対速度が0となる地点を含む。
【0025】
本実施例の好ましい態様では、中心領域130および外周領域150のテクスチャー溝132、152は、レーザー加工によって形成される。レーザー光を光学的に走査することにより、DLC被膜112上に、周期性または規則性のある、微細かつ複雑なテクスチャー溝を形成することができる。溝の深さは、レーザー光の出力によって任意に調整することができ、例えば、300nm程度の溝を形成することができる。溝のピッチも任意であるが、例えば、0.1〜0.2mmのピッチを形成することができる。
【0026】
テクスチャー溝は、微細な凹凸を含む周期構造であり、摺動面に供給された潤滑油を溝内に保持する効果がある。潤滑油の保持により保油性が高まれば、油膜が薄くなることが防止され、摩擦損失を低減した良好な潤滑を得ることができる。
【0027】
摺動するカムと冠面114間の油量(油膜厚さ)で見た場合、外周領域150では、理論上、油膜厚さが瞬間的にほぼ0(油膜が切れる)となるタイミングが含まれ、この瞬間、動的に油膜が構成できない状態となる。他方、中心領域130は、面圧が高いにも拘わらず、油膜は多少なりとも形成されるため、外周領域150よりは理論上、良好な潤滑状態を得ることができるが、接触荷重が高く、また高回転時の慣性系の異常挙動(バウンス、バネのサージング)により、冠面114の潤滑状態は厳しい状況となる。さらに、カムとの摺動の繰り返し数が外周領域150に比べて数倍程度多くなるため、摩耗量も必然的に多くなる。
【0028】
中心領域130にテクスチャー溝132を形成することで、供給された潤滑油が溝内に効果的に保持され、接触回数Ncが多くかつ高い面圧が印加されても、潤滑油の一定の油膜が維持され、それ故、中心領域130の潤滑性能が改善される。
【0029】
外周領域150にテクスチャー溝152を形成することで、少ない量の潤滑油が溝内に保持され、一定の油膜が維持され、それ故、外周領域150の潤滑性能が改善される。
【0030】
また本実施例では、中間領域140にはテクスチャー溝が形成されない。中間領域140は、中心領域130と比較して面圧が小さい。このため、中間領域140では、DLC被膜112による表面処理で十分な潤滑を得ることができ、テクスチャー溝は必須ではない。中間領域140へのテクスチャー溝の加工を不要にすることで、レーザー加工によるテクスチャー溝の形成のためのサイクルタイムが速くなり、生産性が向上し、コストを低減させることができる。
【0031】
次に、テクスチャー溝の好ましい例を
図4に示す。
図4(A)は、中心領域130および外周領域150のテクスチャー溝132、152の一部を示している。テクスチャー溝132、152は、いわゆるへリングボーンのパターン(模様)の溝から構成される。1つ1つの溝は、概略V字型であり、これが周方向に連続しかつ半径方向に複数組配列されている。へリングボーンは、カムの摺動方向に対して一定の角度で交差する溝を有し、これが周方向で連続するため、溝内に潤滑油が保持され易くなる。
【0032】
図4(B)は、
図4(A)のヘリングボーンの一部を変形したものである。
図4(B)では、ヘリングボーンの先端部の溝をなくし、周方向での連続性を断ち切ったものである。このようなヘリングボーンのパターンは、特に、外周領域150のカム幅方向での油膜圧力の保持が改善される。従って、中心領域130のテクスチャー溝132を
図4(A)のパターンにし、外周領域150のテクスチャー溝152を
図4(B)のパターンにしてもよい。なお、
図4(A)、(B)では、外周領域150のへリングボーンのサイズ、ピッチを、面積に応じて中心領域130のヘリングボーンのサイズ、ピッチよりも大きくしているが、これらは同じであってもよいし、摺動条件に応じて適宜変更され得る。
【0033】
本実施例のテクスチャー溝132、152は、ヘリングボーンに限らず、他のパターン(模様)であってもよい。その一例を
図5に示す。
図5(A)は、菱形溝を周方向に連続して形成したものであり、
図4(A)に示したヘリングボーン溝と同様の効果を得ることができる。
図5(B)は、
図5(A)の菱形溝の周方向および冠面の外周側での連続を遮断したものであり、これにより油膜圧力の保持を図ることができる。
【0034】
図5(C)は、周方向で45°と135°の斜線溝を交互に設定し半径方向で連続V字溝を構成したものである。溝の長さはは、比較的長く設定される。
図5(D)は、
図5(C)の各々の斜線溝の半径方向の連続を遮断したものである。
図5(E)は、周方向に45°の比較的短い溝を形成し、半径方向で各溝位置をオフセットさせ、溝が矩形化されるように構成されたものである。
図5(F)は、135°方向での斜線溝を形成したものであり、
図5(E)とは逆方向のパターンである。
図5(G)は、周方向に矩形溝を形成し、半径方向で上下溝がオフセットされた構成である。
【0035】
次に、本実施例によるバルブリフタと、冠面にテクスチャー溝が形成されていないバルブリフタ(比較例)とのフリクショントルクとを比較する実験データを
図6に示す。本実施例のバルブリフタは、DLC被覆112上に
図4(A)に示すようなヘリングボーンのテクスチャー溝が形成され、他方、比較例のバルブリフタは、冠面にDLC被覆が形成されているだけである。
図6(A)、(B)、(C)は、油温が40℃、80℃、120℃のときのカム回転数500rpm、1000rpm、1500rpmにおいて比較例のフリクショントルクを1としたときのフリクショントルク比を示している。
【0036】
本実施例のバルブリフタは、油温が比較的低い40℃のとき、カム回転数が500rpm近傍においてフリクショントルクが比較例よりも顕著に低下している。カム回転数が500rpmのとき、本実施例のバルブリフタでは、比較例よりも8%のフリクショントルクの低減が確認された。さらに、油温が高くなるにつれ、フリクショントルクに低下をもたらすカム回転数も大きくなっていることがわかる。油温80℃のカム回転数が500rpmのとき、本実施例のバルブリフタでは、比較例よりも15%のフリクショントルクの低減が確認され、油温120℃のカム回転数が500rpmでは、26%のフリクショントルクの低減が確認された。
【0037】
次に、本発明の第2の実施例について説明する。
図7は、第2の実施例に係るバルブリフタ冠面の表面構造を示す図であり、第1の実施例と同一部分について同一参照番号を付してある。第2の実施例では、中間領域140にテクスチャー溝142が形成される。中間領域140は、中心領域130および外周領域150と異なる摺動条件を有するものであるから、その摺動条件に適したテクスチャー溝が形成される。外周領域150は、中心領域130よりも潤滑油が引き込まれ難いので、中間領域140のテクスチャー溝142は、中心領域130から外周領域150へ潤滑油が流動され易いようなパターンに構成される。例えば、テクスチャー溝142は、テクスチャー溝132とテクスチャー溝152とを連続するような半径方向に延びる溝であることができる。この場合、テクスチャー溝142は、中心領域130および外周領域150のテクスチャー溝132、152よりも深さが浅くかつ溝ピッチが大きいことが望ましい。これにより、潤滑油の流動抵抗を低減させることができる。
【0038】
図8に、第2の実施例のテクスチャー溝の一例を示す。
図8(A)は、テクスチャー溝142が半径方向に延びるほぼ垂直な溝から構成され、中心領域130から外周領域150への流体抵抗の緩和が図られている。
図8(A)は、
図4(A)のヘリングボーンとの組み合わせ、
図8(B)は、
図5(A)に示すパターンとの組み合わせ、
図8(C)は、
図5(C)に示すパターンとの組み合わせ、
図8(D)は、
図5(G)に示すパターンとの組み合わせを示している。ここには図示しないが、
図5(B)、(D)、(F)との組み合わせであってもよい。
【0039】
上記の組み合せ以外にも、バルブリフタ冠面の全体にテクスチャー溝を形成し、中間領域140のテクスチャー溝142の深さが中心領域130および外周領域150のテクスチャー溝132、152の深さよりも浅くなるようにレーザー出力を制御するようにしてもよい。この場合、テクスチャー溝132、152と、テクスチャー溝142とは、同一パターンであってもよいし、異なるパターンであってもよい。
【0040】
上記した実施例では、バルブリフタ冠面に形成されるテクスチャー溝によって潤滑油の保油性が良好となり、潤滑性能が改善される点について説明したが、さらにこのようなテクスチャー溝の形成によって次のような効果を得ることができる。
【0041】
カムの粗さ、硬さに対し最適なテクスチャー溝を形成することで、カム摺動面との初期ならし効果を得ることができる。また、DLC被膜112は、潤滑油の組合せによって保油性が良好でないことがある。例えば、モリブデンオイルはDLC被膜と親和性が悪く、DLC被膜によってはじかれ易い。本実施例のようにDLC被膜112に周期性、規則性、連続性のあるテクスチャー溝を形成することで、モリブデンオイルがDLC被膜上に保持され易くなる。
【0042】
以上、本発明の好ましい実施形態について詳述したが、本発明は係る実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。