【実施例】
【0043】
(1)研究対象
発明者らは、鹿児島大学病院において、原因不明の進行性の認知症を呈する4症例を対象として研究を行った。本研究は、患者へのインフォームドコンセントに基づいて行われた。また、本研究は、鹿児島大学の倫理審査委員会の承認のもと行われた。
【0044】
(2)患者
【0045】
(2−1)患者の特徴
すべての患者の特徴を表1に記載した。すべての患者が1年以内に、徐々に進行する認知症を持っていた。発症年齢は、年齢47から70歳であった。すべての患者に神経症状や舌の不随意運動があった。他の症状は様々で、錐体路症状、パーキンソニズム、小脳性運動失調などが認められた。認知症の評価は、ミニメンタルステート検査(MMSE)と同様の方法である、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS−R)を使用して行った。各症例のMMSEスコアは14〜18(最大30)であり、HDS−R得点は9〜17(最大30)であった。すべての患者は、脳脊髄液検査で髄液細胞増加とタンパク質レベルの上昇を示した。髄液細胞数は7−64/μLの範囲内で、すべての患者で増加しており(正常値:0−5/μL)、これらの細胞は、主に単核細胞であった。CSF中のタンパク質レベルは、45〜78mg/dL(正常値:15〜40mg/dL)であり、すべての患者で上昇していた。脳脊髄MRI検査では、T2強調画像またはFLAIR画像で、異常な、高い信号強度の病変が観察された。病変は、一部ガドリニウムによって増強され、活動性を示し、炎症所見が観察された。脳障害は脳全体に広がっていたが、側頭葉の皮質下白質には特に目立った病変がみられた。大脳皮質、大脳基底核、脳幹、脊髄の障害も認められた(
図1)。これらのMRI異常所見は治療により改善された(
図2)。
【表1】
【0046】
(2−2)患者1:47歳男性
患者1は、2005年2月9日に鹿児島大学病院神経内科に外来受診し、2月中旬に入院した。主訴は進行性の認知症であった。患者は、入院する8ヶ月前に尿の頻度の増加に気づいた。その5ヵ月後、患者1は過食の症状を呈した。会話や日常的な活動は、記憶障害や見当識障害の発現とともに減少した。2カ所の病院の専門医は、患者をアルツハイマー病と診断した。入院から3ヶ月の間に撮影された磁気共鳴画像法(MRI)や血液分析では、異常は観察されなかった。
【0047】
しかし、鹿児島大学神経内科、受診後、頭部MRIにおいて、橋背側、両側島皮質、および皮質下領域でのFLAIR法での異常信号の検出(
図1A−C)、また、脳脊髄液(CSF)中の細胞数の上昇がみられた。身体所見は正常であるにもかかわらず、神経学的検査からは、重度の見当識障害、計算の喪失、記憶障害が明らかであった。上肢の断続的なミオクローヌスと舌の異常運動も観察された。歩行は正常であった。身体診察では、四肢に軽度の反射亢進、吸引反射陽性、バビンスキー反射およびチャドック反射陽性であった。また、頻尿、残尿感を示した。
【0048】
血液データは正常であったが、髄液中の白血球細胞(WBC)数(27細胞/μL)およびタンパク(78mg/dL)の上昇が認められた。これらの結果から、患者は感染症や自己免疫疾患であると考えられた。
【0049】
当初、感染症や自己免疫性脳炎に対する治療として、患者にセフトリアキソンとメチルプレドニゾロンを投与したところ、投与後2週間で症状が若干改善された。しかし、症状はその後悪化傾向となり、脳MRIでは特に側頭葉底部で、病変の拡大を呈した(
図2A)。脳生検の結果より、過ヨウ素酸シッフ(PAS)陽性マクロファージが認められたことから、特殊な神経感染症と判断された(
図3B)。
【0050】
脳生検により楕円形の病原体が確認された後、TMP−SMX(12g/日最大投与量)の投与による治療を開始した。TMP−SMX12g中には、スルファメトキサゾールが4800mg、トリメトプリムが960mg含まれる。TMP−SMXは1日2−3回に分けて、患者に経口投与した。TMP−SMX治療開始後、患者の症状は顕著に改善し、3ヶ月の治療後、執筆能力、記憶、気力、および計算能力が回復した。TMP−SMX治療開始から5ヶ月後、患者はほとんど毎日の活動を自分で管理することができる程度に回復した。TMP−SMX治療開始から7ヶ月後、彼はインターネットを使用しての作業を行うことができるまでに回復した。
【0051】
7年後、記憶障害や見当識障害が再発したため、TMP−SMXを単独で(8g/日)投与し行ったところ、再び回復した。TMP−SMX8g中には、スルファメトキサゾールが3200mg、トリメトプリムが640mg含まれる。
図4に、患者の臨床経過をまとめた。
【0052】
(2−3)患者2:72歳女性
進行性の認知症や四肢麻痺をもつ72歳の女性。症例は人格変化、抑うつ、食欲不振、重度の栄養失調があり、次の6ヶ月間に、歩行、認識、書字が徐々に悪化した。さらに会話と嚥下困難がおこり、意識レベルは少しずつ低下した。神経学的検査では、半昏睡、頸部のこわばり、適度な筋力低下、振戦、硬直、反射亢進、バビンスキー反射陽性などの所見が得られた。脳MRIでは大脳白質内にびまん性白質の変化がみられた(
図1D−F)。また、頸部および胸部脊髄のMRI T2強調画像では、脊髄(
図1M)の中心部に高輝度病変がみられた。ガドリニウム造影MRIでは、白質内に散在性に、点状、ガドリニウム造影された病変が描出された。また、髄液検査で、白血球数は上昇していた。
【0053】
患者2の臨床データが患者1のものと似ていることから、血管内リンパ腫または患者1と同じ感染症が鑑別診断として考えられた。これは、患者の家がおおよそ20キロメートルの距離で、海沿いに住んでいたという事実によってもサポートされていた。静脈内メチルプレドニゾロン(1000mg/日)の投与により、意識レベルや運動障害が改善した。患者2の会話能力は、メチルプレドニン治療により一時的に回復したが、再び悪化した。その後、脳生検を行ったところ、病理学的所見は患者1のものと酷似していた(
図3I)。そこで我々は、1例目に準じてTMP−SMX(6g/日)とデキサメタゾンによる治療を開始した。彼女の意識は急速に改善し、見当識および運動障害が2ヶ月間で改善した。しかし、TMP−SMXによる肝機能障害が発生したため、一時治療を中止したところ、症状が再発した。その後、TMP−SMXによる肝機能障害を回避するために、短期間の治療を繰り返し行うことにより、症状を抑えることができた。
【0054】
(2−4)患者3:57歳女性
進行性の認知症と微熱を呈する57歳の女性。患者3は東京で働いており、年2回、患者1の親の家を訪れていた。その家は患者1の家の10キロ南の海沿いに位置する小さな漁村である。来院の1年前に、患者1は全身倦怠感と食欲不振を経験し始めた。次の2ヶ月の間、見当識障害、短期記憶喪失、構音障害の症状があった。来院し、検査を行ったところ、MRIのT2強調画像では両側視床枕で高信号を示した。その後、症状は少しずつ進行し、パニック発作、うつ病、および自殺傾向などの精神症状がみられた。神経学的検査では、動作緩慢と前述の精神医学的症状がみられた。髄液検査では、リンパ球増加を示し、タンパク質のレベルを上昇、IL−6レベルの増加がみられた(表1)。治療として、静脈内メチルプレドニゾロン(3日間連続で1g/日)を投与したところ、脳MRI所見が悪化し、病変が広がった(
図1G−I)。症状として仮面様顔貌、筋強剛、そして舌の不随意運動がみられた。これらの症状は、血管内リンパ腫などの脳腫瘍や原因不明の脳炎、もしくは患者1、2の疾患と類似しており、確定診断のため脳生検を行った。脳の病理学的所見では、患者1および2と同じ疾患と考えられた(
図3J)。
【0055】
抗生物質のセフトリアキソン(4g/日、静脈内)の2週間投与を行ったが、改善はみられなかった。しかし、TMP−SMXとコルチコステロイドの3ヶ月間投与により、患者3の病的症状や異常検査などが明らかに改善した。患者は再発することなく、3年間の治療後、飛行機で一人旅をする事が出来るなど、十分に回復した。TMP−SMXの継続投与で、この状態を維持している。
【0056】
(2−5):患者4
微熱と進行性認知症を呈する70歳の女性。患者4は前の患者1〜3と近い町に住んでいた。入院2年前に、全身倦怠感、食欲不振、体重減少、微熱がみられた。入院の1年前、彼女には近時記憶と注意力の低下がみられた。脳MRIでは脳室の近くの白質内に、FLAIR法にて信号強度が高い領域がみられた(
図1J−L)。入院半年前に、彼女は徐々に不安定な歩行となった。神経学的検査では、見当識障害と構成失行があった。眼球運動障害、舌の不随意運動、および近位下肢の筋肉の軽度低下がみられた。髄液検査では、単核球増加とタンパク質上昇(表1)がみられた。慢性脳脊髄炎および脳MRI異常が確認されたが、その原因は不明であった。画像的にも、臨床症状も前の3人の患者との類似性が高いと思われた。脳生検では、患者1〜3と類似した病理組織学的検査が、観察された(
図3K)。そのため、TMP−SMX(8g/日)とデキサメタゾンの経口投与を開始した。
【0057】
治療後、患者4は、テレビを見たり、外に行くのに十分な気力を取り戻した。舌の不随意運動は沈静化した。また、造影剤で見られる異常な病変が完全に消失し、脳脊髄液中のIL−6濃度は正常範囲内まで減少した。しかし患者2と同様に、患者4は薬物性肝機能障害の結果として、高用量TMP−SMXを投与することができなかったため、症状は悪化した。発症後4年で、患者4は植物状態に入った。MRIでは病変が脳内に広がり(
図5)、患者は死亡した。
【0058】
(3)脳病理学検査
【0059】
(3−1)脳病理学検査の方法
4人の患者から病的組織を得るため、脳生検を行った。脳生検により採取された組織ブロックを、10%中性緩衝ホルマリン加4%パラホルムアルデヒド(Wako、Osaka、Japan)で固定し、パラフィン包埋した。パラフィン切片は、その後ヘマトキシリン・エオシン(HE)染色、グラム染色、Grocott染色およびPAS染色を行った。また、組織の連続切片を、抗CD4抗体(ニチレイ、東京、日本)および抗CD8、および抗CD68抗体(DAKO、Glostrup、デンマーク)を用いて、免疫組織学染色を行った。試料の小片を3%グルタルアルデヒドで固定し、エポン812に包埋した。光学顕微鏡用のSemithin切片はトルイジンブルーとサフラニンで染色した。Semithin切片の観察で目的とする組織が表面に露出されていることを確認した後、電子顕微鏡用の超薄切片を作製した。超薄切片を酢酸ウラニルおよびクエン酸鉛で染色した後、日立7100型電子顕微鏡で観察した。
【0060】
(3−2)脳病理学検査の結果
4人の患者から得られた脳生検組織のすべてが、単核細胞の増多(CD4陽性Tリンパ球(
図3D)、CD8陽性Tリンパ球(
図3E)、CD68陽性単球(
図3F))、血管周囲での病原体の浸潤(
図3A〜
図3C)などの、同じような病理組織学的な変化を示した。(
図3A〜
図3Hは患者1の脳生検から得られた病理組織像を示している。)
皮質下の病変は、皮質の病変より優勢であった。マクロファージ(泡沫なし)の集合は見られなかったが、微小膿瘍形成が患者3において観察された。さらに、これらの炎症性細胞の浸潤は、くも膜下腔でも観察された。壊死、出血、脱髄は明らかでは無かった。1−7μmのおおよそ球系の病原体は、通常のヘマトキシリン・エオシン染色切片では、発見しにくいものであった(
図3A)が、PAS染色により血管周囲の空間に浸潤が確認され(
図3B)、Grocott染色でも濃染された(
図3C)。グラム染色、トキソプラズマ抗原に対する免疫染色では陰性であった。これらの病原体のほとんどは細胞外空間に局在した。電子顕微鏡による観察では、病原体は、様々な大きさがあり、無核の細胞であることが明らかになった(
図3Gおよび
図3H)。これらの病原体には、核膜や細胞壁が観察されなかったが、膜様の細胞質内構造物が観察された。
また、患者2(
図3I)、患者3(
図3J)、および患者4(
図3K)においても、患者1と同様の病理組織学的所見が見られた。
【0061】
(4A)次世代シーケンシングシステム(MiSeq(登録商標))を用いた病原体核酸の探索−1
【0062】
(4A−1)DNAまたはRNAの抽出
DNAの抽出はDNA抽出キット(Qiagen、東京、日本)を用いて行い、RNAの抽出はRecoverAll(登録商標)全核酸アイソレーションキット(Ambion社、オースティン、アメリカ)を用いて行った。患者の生検脳組織からDNAおよびRNAサンプル、髄液からDNAサンプルを分離した。製造業者のプロトコルに従って、相補的DNA(cDNA)を、ランダムプライマーを用いて増幅した。
(4A−2)シーケンスの準備
無菌的に脳生検標本を採取することができた患者3および4の脳サンプルから、(4−1)に記載の方法でcDNAを抽出した。Nextera DNAサンプル調製キット(イルミナ)を用いて、50ngのcDNAを断片化し、Nextera transpositionを用いて同時にタグ付けを行った。次にAMPure PCR精製システム(Agencourt Bioscience、Beverly、MA、USA)を用いて小さなDNA断片(約300bpより短い)を除去した。MiSeq次世代シーケンサー(イルミナ)を用い、逆鎖を決定するためのペアエンドシーケンシングアプローチを使用し、シーケンス・データの量を倍化した。
【0063】
(4A−3)次世代シーケンス法による病原体シーケンス検出
各リードの高品質部分の平均品質値が20以下まで低下した時点で、3’側の配列をトリミングした。読み取り配列のマッピングは、2つの解析方法で行った。(i)rRNA指向性の検索では、BLASTNは1e−3以下のカットオフE値とSILVA database(リリース111)に含まれるrRNA配列を対象にして算出された。(ii)非ヒトcDNAの同定については、Burrows‐Wheeler Aligner(BWA)を用いて、人間のゲノムに対して使用される参照配列である(UCSC:hg19)およびヒトのRefSeq(リリース54)を用い、ほとんどのヒトmRNA配列を除去しうる。読み込みされたマッピングされていない配列については、1e−3以下のカットオフE値を用い、NCBIの塩基配列データベース(GenBankのリリース191)を用いたBLASTN解析によって分析した。(i)および(ii)の解析をまとめたフローチャートを
図6に示した。
【0064】
(4A−4)シーケンス結果
患者3の脳組織から1104450リードのcDNA配列を得た。そのうち25リードが古細菌由来の配列であった(
図6)。本実験で得られた古細菌由来の塩基配列に相同性の高い塩基配列を持つ生物種をデータベースから検索した。その結果を表2および表3に示す。表2はデータベースにおけるBLASTN検索の結果を、表3はデータベース上の他の高度好塩菌の塩基配列との比較結果を示す。これらのうち、1リードは古細菌の一種であるHalorubrum lacusprofundi(E−value: 2E−19、アイデンティティ/長さ:76/85)の高度好塩菌にみられるGTPアーゼ(GenBank Accession Number:YP_002566123.1)の遺伝子に著しい相同性を示した(表2、表3)。このシーケンスは、細菌や真核生物の配列(E値1E−3以上)に相同ではない。古細菌由来と思われる残りの24リードは低複雑性配列であり、決定的な証拠とはならなかった。
また、陰性対象として行った他疾患(血管内リンパ腫)患者の脳生検試料由来1034377リードの cDNA配列には、古細菌のゲノムまたはmRNA配列(データは図示せず)に有意な相同性を示す配列は見つからなかった。
【0065】
さらに、患者4においても、同様に脳組織からcDNAを抽出し、患者3の場合と同様にシーケンスをおこなったところ、患者3の結果と同様に、Halobacteriumに相同性の高い配列が、2リ−ド発見された。
【表2】
【表3】
【0066】
(4B)次世代シーケンシングシステム(MiSeq(登録商標))を用いた病原体核酸の探索−2
【0067】
マイクロダイセクションによって患者3のサンプルから採取した36スポットから、次世代シーケンシングシステム(MiSeq(登録商標))を用いて、7292715リードのDNA配列を取得した。これらのDNA配列から、CLC Genomics Workbenchを用いて、ヒトゲノムおよびヒトmRNAにマップされない配列を選別した。選別されたDNA配列に対して、E値1E−20以下、hit length>80、相同性70%以上の条件で検索したところ、130リードがHalobacteriumの配列に極めて高い相同性を示した(
図7)。これらの配列は、細菌の配列や真核生物の配列(E値1E−3以上)とは相同ではなかった。
【0068】
さらに、マイクロダイセクションによって患者4のサンプルから採取した36スポットから、次世代シーケンシングシステム(MiSeq(登録商標))を用いて、303698リードのDNA配列を取得した。これらのDNA配列から、CLC Genomics Workbenchを用いて、ヒトゲノムおよびヒトmRNAにマップされない配列を選別した。選別されたDNA配列に対して、患者3と同様の条件で検索を行ったところ、144リードがHalorubrum lacusprofundiおよびHalophilic archaeonを含むHalobacteriumの配列に極めて高い相同性を示した(
図7)
【0069】
他の疾患(乳頭状髄膜腫(papillary meningioma)、血管内リンパ腫(intravascular lymphomatosis)、グリア芽腫(glioblastoma))の患者からそれぞれ採取した脳生検サンプルから得た、それぞれ4760858リード、5259934リード、5027830リードのcDNA配列には、古細菌のゲノムまたはmRNAと有意な相同性を有する配列は検出されなかった(データは図示せず)。
【0070】
(5)CXCL13アッセイ
【0071】
(5−1)CXCL13アッセイの方法
CXCL13は、ヒトB−リンパ球に対しての走化性因子であり、また、血液中のヒトBリンパ球のための非常に効果的誘引物質である。CXCL13は、ELISAキット(R&D Systems、アビングドン、イギリス)を用いて測定した。分析は、製造業者の推奨する方法に従って行った。
【0072】
(5−2)CXCLアッセイの結果
4名の患者の髄液について、ケモカインであるCXCL13の値を測定した。治療開始前、CXCL13値は、すべての患者において500pg/mL以上に上昇していた。TMP−SMXとコルチコステロイドとの併用治療後により、これらの値は466pg/mL(患者1)、211pg/mL(患者2)、30.7pg/mL(患者3)、22.2pg/mL(患者4)に減少した。
【0073】
(6)結果のまとめ
本疾患の原因となる病原体は、直径が1−7ミクロンの円形または球形であり、内部構造がほとんど無く、核構造はみられないがクロマチン陽性物質が膜様構造物に囲まれて細胞内に存在しており、この所見により細菌や真核生物と鑑別できる。また、本疾患の原因となる病原体は、PAS染色陽性、グロコット染色陽性であるが、原虫のような内部構造もなく、細胞壁もないことから、真菌や原虫とも鑑別できる。さらに、神経細胞の膨化、核の破壊像、細胞内封入体がないことから、ウイルス感染とも鑑別できる。加えて、本疾患は、抗菌剤であるST合剤による治療に反応を示した。そのような形態的、病理学的特徴を示す生物は、古細菌しかありえないことから、本疾患の原因となる病原体が古細菌であることが確認された。
【0074】
さらに、無菌的に抽出した患者2例(患者3、患者4)の脳から、RNAを抽出し、そのcDNAを次世代シークエンサーで配列を解析した結果、患者2例の両方から高度好塩菌(Halobacteriumaea科)の遺伝子配列を検出した。すなわち、本疾患の原因となる病原体が、やはり古細菌であることが裏付けられた。この解析で2名の患者の脳から得た古細菌のDNA配列は、これまで報告された菌と相同性はあるものの、新規の配列であった。これらの結果から、本疾患の原因となる病原体は、高度好塩菌、または、高度好塩菌に近縁の古細菌であることがわかった。
(7)結論
以上の研究から発明者らは、驚くべきことに、認知症の原因の一つとして、古細菌の感染によるものが存在することを初めて見出した。そして、古細菌の感染に起因する認知症が、対象への抗菌剤の投与によって治療可能であることを初めて見出した。
【0075】
さらに、発明者らは、本研究によって、これまで哺乳動物に対して病原性がないとされていた古細菌が、動物の疾患の原因となることを初めて見出した。そして、古細菌に起因する疾患が、対象への抗菌剤の投与によって治療可能であることを初めて見出した。