(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6552242
(24)【登録日】2019年7月12日
(45)【発行日】2019年7月31日
(54)【発明の名称】超耐アルカリ性アラミド繊維複合体
(51)【国際特許分類】
D06M 15/227 20060101AFI20190722BHJP
D06M 101/36 20060101ALN20190722BHJP
【FI】
D06M15/227
D06M101:36
【請求項の数】4
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-65988(P2015-65988)
(22)【出願日】2015年3月27日
(65)【公開番号】特開2016-186131(P2016-186131A)
(43)【公開日】2016年10月27日
【審査請求日】2018年2月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000219266
【氏名又は名称】東レ・デュポン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115440
【弁理士】
【氏名又は名称】中山 光子
(72)【発明者】
【氏名】谷本 辰也
(72)【発明者】
【氏名】宮内 理治
(72)【発明者】
【氏名】下山 明
【審査官】
相田 元
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−274490(JP,A)
【文献】
特開2014−108898(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06M 13/00−15/715
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1本の無撚りのアラミドマルチフィラメント糸条(ただし、熱硬化性樹脂を含浸させていない)の外周面を、厚さが0.03〜0.1mmの直鎖状低密度ポリエチレン樹脂層で被覆してなることを特徴とする超耐アルカリ性アラミド繊維複合体。
【請求項2】
直鎖状低密度ポリエチレン樹脂の一部が前記アラミドマルチフィラメント糸条のフィラメントとフィラメントの間に接着するようにして介在していることを特徴とする請求項1に記載の超耐アルカリ性アラミド繊維複合体。
【請求項3】
90℃の10重量%水酸化ナトリウム水溶液に7日間浸漬後の強力保持率が100%であることを特徴とする請求項1または2に記載の超耐アルカリ性アラミド繊維複合体。
【請求項4】
1本の無撚りのアラミドマルチフィラメント糸条(ただし、熱硬化性樹脂を含浸させていない)を、溶融押出機のクロスヘッドダイに通して、溶融した直鎖状低密度ポリエチレン樹脂で被覆することを特徴とする請求項1〜3いずれかに記載の超耐アルカリ性アラミド繊維複合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は超耐アルカリ性アラミド繊維複合体に関し、詳細には、コンクリート等の数十年間に亘って使用される用途に使用可能な、超耐アルカリ性アラミド繊維複合体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維は高強度、かつ耐熱性を有する合成繊維であり、金属に比べて軽量かつ柔軟であるので様々な産業資材用途で使用されている。しかし、ポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維は、耐薬品性がポリオレフィン繊維に比べて劣るため、そのままではコンクリート補強など高度の耐アルカリ性が要求される用途に適さない。
【0003】
アラミド繊維に耐アルカリ性を付与する方法として、コード処理機を用いて、パラ系アラミド繊維糸条にエチレン−メタクリル酸共重合体樹脂及び/又はポリサルファイド変性エポキシ樹脂を被覆する方法が提案されている(特許文献1参照)。前記の方法により樹脂で被覆された繊維は、酸またはアルカリに50℃×1,000hr浸漬後の強力保持率は、90〜96%である。樹脂で被覆されていない未処理繊維の強力保持率が24〜77%であるのに比べかなり改善されている。
【0004】
特許文献1同様、コード処理機を用いて、パラ系アラミド繊維をポリオレフィン樹脂で被覆し、この被覆糸を芯糸とする芯鞘糸からなる編物(メッシュシート)に、合成ゴムを含浸させ、乾燥・熱処理して土木資材用シートにすることも提案されている(特許文献2参照)。この場合も、得られた土木資材用シートの50℃×1,000hr浸漬後の強力保持率は、0.1%という低濃度のアルカリ水溶液中でも95%に留まっている。
【0005】
上記従来の方法によれば、エチレン−メタクリル酸共重合体樹脂で被覆したアラミド繊維では、比較的耐アルカリ性が良好な結果が得られているが、その場合でもわずかながら強力保持率が低下している。コンクリート補強用途の使用期間を考慮すると、アルカリ環境下でも数十年間耐えられるよう、繊維の強力保持率が100%付近で維持されることが最も望ましいと言える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−115958号公報
【特許文献2】特開2004−150003号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、アルカリ浸漬後の強力保持率が100%付近で維持され、コンクリート等の数十年間に亘って使用される用途に使用可能な、超耐アルカリ性アラミド繊維複合体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、アラミドマルチフィラメント糸条の外周面を耐加水分解性のよい熱可塑性樹脂でほぼ均一かつ薄膜状に被覆し、アラミド繊維複合体とすることで、被覆前に比べてアラミド繊維の耐薬品性が飛躍的に向上し、前記目的を達成しうることを見出し、本発明に到達した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
【0010】
(1)1本の
無撚りのアラミドマルチフィラメント糸条
(ただし、熱硬化性樹脂を含浸させていない)の外周面を、厚さが0.03〜0.1mmの直鎖状低密度ポリエチレン樹脂層で被覆してなることを特徴とする超耐アルカリ性アラミド繊維複合体。
(2)直鎖状低密度ポリエチレン樹脂の一部が前記アラミドマルチフィラメント糸条のフィラメントとフィラメントの間に接着するようにして介在していることを特徴とする前記(1)に記載の超耐アルカリ性アラミド繊維複合体。
(
3)
90℃の10重量%水酸化ナトリウム水溶液に7日間浸漬後の強力保持率が100%であることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の超耐アルカリ性アラミド繊維複合体。
(
4)1本の
無撚りのアラミドマルチフィラメント糸条
(ただし、熱硬化性樹脂を含浸させていない)を、溶融押出機のクロスヘッドダイに通して、溶融した直鎖状低密度ポリエチレン樹脂で被覆することを特徴とする前記(1)
〜(3)いずれかに記載の超耐アルカリ性アラミド繊維複合体の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の超耐アルカリ性アラミド繊維複合体は、高濃度(10重量%)のアルカリ水溶液中でも初期の強力保持率を維持している。柔軟で加工性にも優れている。よって、コンクリート補強用途をはじめ、様々な用途に幅広く使用することが可能な材料を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明においてアラミド繊維とは、繊維を形成するポリマーの繰り返し単位中に、通常置換されていてもよい二価の芳香族基を少なくとも一個有する繊維であって、アミド結合を少なくとも一個有する繊維であれば特に限定はなく、全芳香族ポリアミド繊維、またはアラミド繊維と称される公知のものであってよい。上記において、「置換されていてもよい二価の芳香族基」とは、同一又は異なる1以上の置換基を有していてもよい二価の芳香族基を意味する。
【0014】
アラミド繊維には、パラ系アラミド繊維とメタ系アラミド繊維とがあるが、本発明は引張強さに優れているパラ系アラミド繊維に対して特に有効であり、好ましい。パラ系アラミド繊維としては、例えば、ポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維(米国デュポン社、東レ・デュポン(株)製、商品名「Kevlar」(登録商標))、コポリパラフェニレン−3,4’−オキシジフェニレンテレフタルアミド繊維(帝人(株)製、商品名「テクノーラ」(登録商標))等を挙げることができる。メタ系アラミド繊維としては、例えばポリメタフェニレンテレフタルアミド繊維(米国デュポン社製、商品名「NOMEX」(登録商標))等がある。これらのアラミド繊維の中でも、ポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維が望ましい。
【0015】
アラミドマルチフィラメント糸条は、フィラメント(単糸)が集合して束状の糸条になっているものである。束を構成するフィラメント数としては、100〜50,000フィラメントであることが好ましく、より好ましくは500〜5,000フィラメントである。フィラメント数が少なすぎる場合には、複合体の破断強力が十分に得られないため好ましくない場合がある。反対に、フィラメント数が多すぎる場合には、加工性不良となるため好ましくない場合がある。マルチフィラメント糸条を構成するフィラメント1本の単糸繊度は、特に限定されないが、好ましくは0.5〜10dtex、特に好ましくは1〜5dtexの範囲である。
【0016】
熱可塑性樹脂としては、耐加水分解性のよい樹脂が好ましい。樹脂の耐加水分解性は、JIS K 7114:2001「プラスチック−液体薬品への浸せき効果を求める試験方法」によって評価することができる。耐加水分解性のよい熱可塑性樹脂は、具体的には、ポリマーの主鎖中に−COO−、−CONH− 結合がない樹脂が好ましく、また、分子構造内に−OH、−NH
2、−HSO
3,−COOH、−O−、−COO−、−CONH− 等の吸水しやすい官能基を含まない樹脂が好ましい。
具体例としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブチレン、それらの材料のコポリマー等のポリオレフィン系樹脂;ポリスチレン、ABS等のポリスチレン系樹脂;ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン等の耐熱性樹脂等が挙げられる。
【0017】
前記熱可塑性樹脂の中でも、ポリマーの主鎖中に−O− 結合がなく、分子構造内に官能基を含まず疎水性である点より、ポリオレフィン系樹脂が好ましい。ポリオレフィン系樹脂の中でも、融点が低く経済性及び加工性に優れている点より、ポリエチレンが好ましい
。特に、直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)が好適である。
【0018】
本発明のアラミド繊維複合体は、アラミドマルチフィラメント糸条を熱可塑性樹脂で被覆することにより製造することができる。熱可塑性樹脂による被覆は、アラミドマルチフィラメント糸条の外周面が完全に覆われている必要がある。但し、アラミドフィラメント(単糸)が熱可塑性樹脂で覆われている必要はない。また、本発明のアラミド繊維複合体は、後述の実施例で説明するように、熱可塑性樹脂がアラミドマルチフィラメント糸条の外周面に近いフィラメント同士の間隙に侵入し、熱可塑性樹脂がアンカーとしての役割をするアンカー構造を形成している。そのため、樹脂被覆層が、アルカリのアラミドフィラメントへの侵入を防止する効果が極めて高い。
ちなみに、本発明のアラミド繊維複合体は、90℃の10重量%水酸化ナトリウム水溶液に7日間浸漬させた後の引張強力保持率が100%であることより、極めて超耐アルカリ性に優れるものである。
【0019】
アラミドマルチフィラメント糸条として、あらかじめ熱硬化性樹脂が含浸したものを用いることもできる。熱硬化性樹脂は特に制限されるものではなく、例えば、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂(エポキシアクリレート樹脂)、ウレタンアクリレート樹脂等が挙げられる。これらの熱硬化性樹脂には、公知の硬化触媒が添加されていてもよい。なかでも、耐熱性等の点よりビニルエステル樹脂が好ましい。
【0020】
本発明において、アラミドマルチフィラメント糸条に対する熱可塑性樹脂の被覆量は、マルチフィラメント糸条に対する被覆層の厚さが
、0.03〜0.1mmの範囲になるようにすることが好ましく、より好ましくは0.03〜0.08mmである。被覆層の厚さ
が0.03mm以上であると、アラミド繊維複合体の超耐アルカリ性が発揮される。被覆層の厚さ
が0.1mmを超えても、被覆によって得られる超耐アルカリ性の効果が飽和し不経済である。また、被覆する樹脂の種類によってはアラミド繊維複合体が硬くなり、加工性を悪化させることがある。
熱可塑性樹脂被覆層の厚さは、本発明のアラミド繊維複合体を長さ方向に対して直角に切断して得られる断面に基づき、長さを測定することで求めることができる。
【0021】
超耐アルカリ性アラミド繊維複合体の断面形状は、円形、長方形、偏平形、矩形、その他異形断面形状のものを使用でき、取扱い上は、円形もしくは円形に近い形状のものが好ましい。
【0022】
本発明の超耐アルカリ性アラミド繊維複合体は、熱可塑性樹脂を熱溶融した熱溶融液に、1本のアラミドマルチフィラメント糸条を含浸させる方法で製造することができる。例えば、引き抜き成形法による方法を挙げることができる。1本のアラミドマルチフィラメント糸条にテンションを掛け、無撚りの状態で溶融押出機のクロスヘッドダイに通して、溶融した熱可塑性樹脂で被覆する。こうすることで、アラミドマルチフィラメント糸条の外周面に均一に熱可塑性樹脂を被覆することが可能となる。
【0023】
熱可塑性樹脂には、公知の耐熱安定剤、老化防止剤、耐候安定剤、滑剤、難燃剤、帯電防止剤、充填材等を、本発明の目的を損なわない範囲内で添加することができる。
【0024】
本発明の超耐アルカリ性アラミド繊維複合体は、織編物、組紐、線状体等に加工し、地盤補強用ネット、道路舗装材、コンクリート補強材、剥離防止材、建築部材等の建築資材として好適に用いることができる。その他、ガスタービン、バーナー、ノズル等の部材、自動車、貨車、船舶等の部材、家電製品の部材等に用いることができる。
【実施例】
【0025】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。また、以下の実施例等において、特に言及する場合を除き、「重量%」は「%」,「重量部」は「部」と略記する。
【0026】
(実施例1)
ポリパラフェニレンテレフタルアミドマルチフィラメント(東レ・デュポン社製:Kevlar(R)29、単糸径12μm、フィラメント数1,000本、総繊度1,670dtex)のマルチフィラメント1本を用い、これを溶融押出機のクロスヘッドダイ(200℃)に通して、カーボンブラック1部を添加したLLDPE(住友化学社製、スミカセン(R)−L)により被覆し、直ちに冷却水層に導いて、被覆部を冷却固化した。
得られたポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体は、その断面を
図1に示すように、外径が約0.5mmのポリパラフェニレンテレフタルアミドマルチフィラメント糸条の外周にポリエチレン樹脂が被覆厚み約0.05mmで環状に被覆されていた。
また、
図1より、ポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体は、その断面を環状に被覆されたポリエチレン樹脂の一部がフィラメントとフィラメントの間に接着するようにして介在していた。
【0027】
ポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体を90℃の10%水酸化ナトリウム水溶液に7日間浸漬させた。前記複合体のアルカリ処理前後の引張強力を測定し、強力保持率を求めた。引張強力はJIS L 1013に準拠して測定した。
【0028】
(実施例2)
実施例1と同じKevlar(R)29のマルチフィラメント1本を用い、これをビニルエステル樹脂(昭和高分子社製、R3130)100部と、熱硬化性触媒として化薬アクゾ社製の商品名「カドックスBCH50」4部、及び「カヤブチルB」1部の混合触媒、及び日東粉化工業社製炭酸カルシウム(NS#200、平均粒径約2.0μm)を1部添加した未硬化の熱硬化製樹脂含浸槽に導き、フィラメント束に熱硬化製樹脂を含浸した。引き続いて、内径を段階的に小さくした絞りノズルに導いて、未硬化状樹脂が含浸されたフィラメント束を絞り成形し、外径が0.50mmの細径線条物を得た。
これを実施例1と同様にLLDPEで被覆した後、入口及び出口に加圧シール部を設けた長さ36mの加圧蒸気硬化槽に50m/minの速度で導いて150℃(0.4MPa)で硬化し、最終内径が0.605mmの整径ダイスが装着された整径装置に連続して供給して外径が0.60mmのポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体を得た。
これを実施例1と同様に90℃の10重量%水酸化ナトリウム水溶液に7日間浸漬させ、強力保持率を求めた。
【0029】
(比較例1)
実施例1で用いたKevlar(R)29を樹脂含浸せずに、原糸のまま90℃の10重量%水酸化ナトリウム水溶液に7日間浸漬させ、強力保持率を求めた。
【0030】
実施例及び比較例の評価結果を合わせて表1に示す。
【0031】
【表1】
【0032】
実施例
1で得たポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体は、アルカリ処理7日後も初期の破断強力を維持しており、超耐アルカリ性であった。一方、比較例1のポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維は、アルカリ処理後の破断強力が測定できないほど劣化した。
【0033】
実施例1で得たポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体の加工性を、最小曲げ直径で評価した。最小曲げ半径は、ポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体を円弧状に曲げ、径を小さくして行き、折れが生じる直前の内径を求めた。その結果、最小曲げ半径は3mmであった。このことより、ポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体は、加工性に優れており、組み紐や織物等に加工できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の超耐アルカリ性アラミド繊維複合体は、コンクリートと接触する用途に好適に用いられる。