(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記内周面の表面部分の金属組織において、前記遊離黒鉛が内周表面に露出している黒鉛の数(開口黒鉛数)および内周表面に露出していない黒鉛の数(閉口黒鉛数)を数え、開口黒鉛数/(開口黒鉛数+閉口黒鉛数)で表される黒鉛開口率が平均値で50%以下であることを特徴とする請求項2または請求項3に記載のシリンダライナ。
円筒状の片状黒鉛鋳鉄製シリンダライナを鋳造し、このシリンダライナ内周面の形成におけるプロセスが、切削加工後、内周面を仕上げに近い内径にする第1ホーニング工程を経て、第2ホーニング工程において第1拡張砥石と第2拡張砥石を装備する砥石2段拡張方式により、前記内周面の表面粗さは十点平均粗さRzが1.6μm以下、最大高さRmaxが2.6μm以下、かつ、粗さ曲線がプラトーホーニング形状であり、JIS B 0601:1982に準拠した十点平均粗さRzが4.0μm以下であり、前記内周面に生成されるピットの面積率を平均値で8%以下とすることを特徴とするシリンダライナの製造方法。
窒化処理前の前記シリンダライナは、遊離黒鉛を鋳鉄基地内に分散して晶出させた金属組織であり、前記シリンダライナの内周面の表面部分に存在する一部の遊離黒鉛が該遊離黒鉛の一部分を露出部として前記内周面に到達させて分散されるとともに、前記内周面の表面部分に存在する他の遊離黒鉛が前記内周面近傍まで延出され、該延出部分先端から前記内周面に至る部分が前記鋳鉄基地を構成する材料で覆われた被覆部を有して分散されており、
前記内周面の表面部分の金属組織において、前記遊離黒鉛が内周表面に露出している黒鉛の数(開口黒鉛数)および内周表面に露出していない黒鉛の数(閉口黒鉛数)を数え、開口黒鉛数/(開口黒鉛数+閉口黒鉛数)で表される黒鉛開口率が平均値で50%以下であることを特徴とする請求項8に記載のシリンダライナの製造方法。
【背景技術】
【0002】
内燃機関のシリンダブロックにおいて、内側に鋳鉄製のシリンダライナを嵌合した構造が知られている。
このシリンダライナの内周面には、一般に初期なじみ性能の向上、耐摩耗性および耐焼付き性の向上を目的として種々の表面処理が施され、かつ、内周面の表面粗さなどの性状が制御されている。
【0003】
特許文献1には、処理すべき鋳鉄製シリンダライナの内面を、ホーニング加工により随所にオイルポケットを有する2〜6μの面粗さに仕上げた後、軟窒化処理を施してオイルポケットを除く全面に化合物層を形成すると共に、次に上記化合物層を再びホーニング加工して面粗さが2μ以下となるように表面を調整することを特徴とするシリンダライナの内面仕上げ方法が開示され、シリンダライナの耐スカッフ性及び耐摩耗性の向上を目的としている。ここで、化合物層の平均的厚さは4−5μmである。尚、面粗さはJIS B0601:1982に準拠した十点平均粗さRz表示による。
【0004】
特許文献2には、シリンダ内壁に固着され、ピストンが内周面を摺動するシリンダライナにおいて、該内周面の粗さが0.4〜0.8μmR
3Zであり、かつ該内周面の黒鉛開放率が80%以上であることを特徴とするシリンダライナは、低オイル消費と高い耐スカッフ性能とを同時に満足させることができると言及している。なお、R
3Zは、表面測定量を意味する。DIN4768で規定される平均表面粗さRzでは、5箇所の測定断面についてそれぞれの、最大ピークと最深の穴部との距離の平均値を求めているが、R
3Zは、いわゆる機能表面粗さであり、上端部と下端部の二箇所の平均で求められている。このシリンダライナを製造する際のホーニング加工に用いられるホーニング仕上げ砥石は、繊維状弾性ホーニング仕上げ砥石であり、ホーニング砥石の粗さは、GC3000L、又はGC3000LとALS2000との混合と同等である。このホーニング砥石を使用することにより、表面の加工フローの発生を未然に抑えた、内周面の黒鉛開放率が80%以上とする超仕上げホーニング加工を施すことができるとしている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
内燃機関において、環境規制に対応するため更なる性能向上が望まれており、オイル消費の低減、フリクション(機械的摩擦損失)の低減に加え、スカッフ(油切れによる傷発生)を引き起こすおそれのないシリンダライナの提供が望まれている。
従来から、少なくとも内周面に窒化処理層を形成し、耐摩耗性、耐スカッフ性の向上を目的としたシリンダライナ(内周窒化ライナともいう)が知られている。この内周窒化ライナの内周面は、摺動面として良好な潤滑環境を確保する観点から、仕上げホーニング加工によりクロスハッチ部が形成される。しかし、この結果、内周面の最表面に開口部の大きさが直径約10〜100μm相当、深さが表面粗さの谷底よりも深く約1.5μm以上の微小凹部(これをピットという)が不規則に発生する問題がある。
【0007】
この内周窒化ライナの内周面に生成されたピットはオイル溜まりになるため、ピットの生成が不規則であり、ピット生成数が多い場合は、目的とするオイル消費量性能を得ることができない。そのため、内周窒化ライナにおいて内周面の窒化処理前後の性状の制御が重要である。
【0008】
本発明は、これらの事情に鑑み、オイル消費の低減、スカッフ発生のリスクを軽減できる構造を備えた内周面に窒化処理層を有するシリンダライナとその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本発明に係るシリンダライナは、シリンダブロックに装着される片状黒鉛鋳鉄製シリンダライナにおいて、該シリンダライナの内周面に少なくとも
厚さ3μm以上15μm以下の窒化処理
化合物層を有し、かつ、クロスハッチ部が形成されるとともに、粗さ曲線がプラトーホーニング形状であり、JIS B 0601:1982に準拠した十点平均粗さRzが4.0μm以下であり、前記内周面に生成され
たピット
の面積率が平均値で8%以下であり、
前記ピットの深さが前記化合物層の厚さ以下であり、前記ピットの直径が10〜100μmであることを特徴とする。
【0010】
(2)本発明に係るシリンダライナは、片状の遊離黒鉛を鋳鉄基地内に分散して晶出させた金属組織であり、前記シリンダライナの内周面の
深さ20μmまでの表面部分に存在する一部の遊離黒鉛が該遊離黒鉛の一部分を露出部として前記内周面に到達させて分散されるとともに、前記内周面の表面部分に存在する他の遊離黒鉛が前記内周面近傍まで延出され、該延出部分先端から前記内周面に至る部分が前記鋳鉄基地を構成する材料からなる被覆部を有して分散されていることを特徴とする。
【0011】
(3)本発明
に係るシリンダライナは、シリンダブロックに装着される片状黒鉛鋳鉄製シリンダライナにおいて、該シリンダライナの内周面に少なくとも窒化処理層を有し、かつ、クロスハッチ部が形成されるとともに、粗さ曲線がプラトーホーニング形状であり、JIS B 0601:1982に準拠した十点平均粗さRzが4.0μm以下であり、前記内周面に生成されたピットの面積率が平均値で8%以下であり、前記シリンダライナは、片状の遊離黒鉛を鋳鉄基地内に分散して晶出させた金属組織であり、前記シリンダライナの内周面の深さ20μmまでの表面部分に存在する一部の遊離黒鉛が該遊離黒鉛の一部分を露出部として前記内周面に到達させて分散されるとともに、前記内周面の表面部分に存在する他の遊離黒鉛が前記内周面近傍まで延出され、該延出部分先端から前記内周面に至る部分が前記鋳鉄基地を構成する材料からなる被覆部を有して分散されていることを特徴とする。
(4)本発明のシリンダライナ内周面の表面部分の金属組織において、前記遊離黒鉛が内周表面に露出している黒鉛の数(開口黒鉛数)および内周表面に露出していない黒鉛の数(閉口黒鉛数)を数え、開口黒鉛数/(開口黒鉛数+閉口黒鉛数)で表される黒鉛開口率が平均値で50%以下であることが好ましい。
【0012】
(5)本発明において、前記ピットの面積率が3.8%以上8.0%以下であることが好ましい。
(6)本発明において、前記黒鉛開口率が平均値で24%〜49%であり、前記化合物層の厚さが6μm〜12μmであることが好ましい。
(7)本発明のシリンダライナ内周面におけるクロスハッチ部の溝が前記シリンダライナの軸方向に直交する方向に開く角度が3゜から60゜であることが好ましい。
【0013】
(8)本発明のシリンダライナの製造方法は、円筒状の片状黒鉛鋳鉄製シリンダライナを鋳造し、このシリンダライナ内周面の形成におけるプロセスが、切削加工後、内周面を仕上げに近い内径にする第1ホーニング工程を経て、第2ホーニング工程において第1拡張砥石と第2拡張砥石を装備する砥石2段拡張方式により、前記内周面の表面粗さは十点平均粗さRzが1.6μm以下、最大高さRmaxが2.6μm以下、かつ、粗さ曲線がプラトーホーニング形状であり、JIS B 0601:1982に準拠した十点平均粗さRzが4.0μm以下であり、前記内周面に生成されるピットの面積率を平均値で8%以下とすることを特徴とする。
(9)本発明に係るシリンダライナの製造方法において、窒化処理前の前記シリンダライナは、遊離黒鉛を鋳鉄基地内に分散して晶出させた金属組織であり、前記シリンダライナの内周面の表面部分に存在する一部の遊離黒鉛が該遊離黒鉛の一部分を露出部として前記内周面に到達させて分散されるとともに、前記内周面の表面部分に存在する他の遊離黒鉛が前記内周面近傍まで延出され、該延出部分先端から前記内周面に至る部分が前記鋳鉄基地を構成する材料で覆われた被覆部を有して分散されており、前記内周面の表面部分の金属組織において、前記遊離黒鉛が内周表面に露出している黒鉛の数(開口黒鉛数)および内周表面に露出していない黒鉛の数(閉口黒鉛数)を数え、開口黒鉛数/(開口黒鉛数+閉口黒鉛数)で表される黒鉛開口率が平均値で50%以下であるシリンダライナを得ることができる。
(10)本発明に係るシリンダライナの製造方法において、前記内周面の表面部分が、前記内周面の表面から深さ20μmの範囲であるシリンダライナを得ることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、オイル消費の低減、フリクションの低減に加え、スカッフ発生のリスクを軽減できる構造を備えた内周面に窒化処理層を有するシリンダライナとその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
図1は本発明に係る実施形態のシリンダライナ1を備えたシリンダブロック2の部分断面構造を示す。シリンダブロック2は鋳鉄またはアルミニウム合金等の軽合金から形成され、シリンダライナ1は片状黒鉛鋳鉄から形成されている。
シリンダライナ1は、少なくとも内周面1aはガス窒化処理により窒化処理層を形成し、さらにホーニング加工により溝部1bからなるクロスハッチ部1cが形成され、シリンダブロック2に形成された嵌合部2a、2bにおいて係合されている。シリンダライナ1の外周面におけるシリンダブロック2の嵌合部2aと2bとの間は冷却水通路が形成されている。
【0017】
シリンダライナ1を形成する片状黒鉛鋳鉄は、
図2に示すようにシリンダライナ1の内周面1aに対し、ピストンリングの摺動方向に対して直交する断面において、鉄基合金からなる鋳鉄基地3の内部に片状の遊離黒鉛5が複数分散して晶出された金属組織を有し、内周表面部に窒化処理による化合物層が形成されている。
この
図2において内周面1aから深さ約20μmまでの表面部分に存在する遊離黒鉛5のうち、一部の遊離黒鉛5はその一部分5aを内周面1aに到達するまで延在させて内周面1aに露出するように分散されている。遊離黒鉛5の一部分5aにおいて内周面1aに露出された部分は露出部5dとされている。
【0018】
また、深さ約20μmの表面部分に存在する他の遊離黒鉛5はその一部分5bを内周面1aに向けて延在させているが、内周面1aに最も近い一部分5bを内周面1aに到達させることなく、内周面1aとの間に若干の距離(約10μm以下の距離)をあけて分散されている。即ち、表面部分に存在する他の遊離黒鉛5はその一部分5bを内周面1a近くまで延在させているが、鋳鉄基地3を構成する材料からなる被覆部3aを有している。
図3はシリンダライナにおける内周側断面の、仕上げホーニング後の400倍の金属顕微鏡による金属組織および化合物層(表面の白い層)を示す。(A)は遊離黒鉛の内周面に至る部分が鋳鉄基地を構成する材料で覆われ、遊離黒鉛が内周面の表面部分に露出していない。(B)は遊離黒鉛が内周面の表面部分で多く露出している。また、ピットが発生している。化合物層(白い層)の厚さは、(A)が8〜10μm、(B)が6〜8μmである。
【0019】
シリンダライナ1の内周面1aは、ピストンリング(不図示)およびピストン(不図示)が往復摺動する面である。従って、ガス窒化処理された後、表面部分に存在する窒化処理により形成された脆弱なポーラス層を除去し、摺動面として適正な表面を形成するため仕上げホーニングを実施し、粗さ曲線は山部が滑らかなプラトーホーニング形状で、JIS B0601:1982に準拠した十点平均粗さRzは4.0μm以下が好適である。
【0020】
図1に示すようにシリンダライナ1の内周面1aには、仕上げホーニングにより、シリンダライナ1の軸方向に直交する方向に開く角度(クロスハッチ角度という)が約30°を形成する対となる溝部1bからなるクロスハッチ部1cが形成されている。なお、クロスハッチ角度は30°に限定されるものではなく、3°〜60°程度の範囲で任意の角度を選択することができる。
【0021】
仕上げホーニングにより摺動面として適正な表面性状を形成した内周面の断面において、所定の窒化処理層を有する。
窒化処理層は、シリンダライナ内周面1aの表面側から化合物層、続いて窒素拡散層から形成され、断面硬さがマイクロビッカース硬さ350HV0.05以上である金属組織の領域であり、化合物層が内周表面から3μm以上、窒素拡散層が内周表面から40μm以上有することが好ましい。マイクロビッカース硬さは、以下、JIS Z 2244:2009に準拠する。0.05は試験片に押し付ける四角錘圧子の押付力(Kgf)を示す。
化合物層厚さは内周表面から15μm以下が好ましい。これを超えると、ピットの開口面積が大きくなり、深さも深くなる。
【0022】
<化合物層の測定>
化合物層は、シリンダライナの切断片を樹脂に埋め込み後、研磨により鏡面仕上げしたのち、ナイタールエッチング2%腐食液に浸漬したものを金属顕微鏡(400倍)で観察すると、
図3に示すように白い層として確認することができる。また、化合物層はJIS Z 2244:2009に準拠したマイクロビッカース硬さが700HV0.05以上であることが好ましい。
各シリンダライナ内周面の任意の4箇所から、切断片を作製し、金属顕微鏡で化合物層厚さの範囲をそれぞれ測定し、任意4箇所の最小値から最大値の範囲を化合物層厚さとする。以下、各シリンダライナ内周面の任意の4箇所とは、シリンダライナの軸方向において、中央位置の径方向に対向する2箇所とシリンダライナ端面から20〜50mmの任意の位置の径方向に対向する2箇所の合計4箇所である。ただし、2つの径方向は直交する位置関係にあることとする。
【0023】
図4は、内周面1aと断面の金属組織を同時に撮像した500倍のSEM画像を示す。(A)は遊離黒鉛の内周表面への露出が少なく、(B)は遊離黒鉛の内周表面への露出が多く観察され、ピットの存在を確認することができる。
【0024】
内周窒化ライナが内周面1aにピットが生成されるメカニズムについて以下に説明する。
【0025】
シリンダライナの窒化処理後に内周面に仕上げホーニング加工を行って窒化処理層の表面にクロスハッチ部を形成する際、窒化されない遊離黒鉛の内周表面における露出部の周辺で、窒化処理によりシリンダライナ内周表面の基地が隆起し、かつ、基地が硬く脆い化合物層を形成していることから、仕上げホーニング加工の砥石拡張力が隆起した基地に集中する結果、化合物層からなる基地部分を欠損し、または黒鉛が同時に脱落し、ピットが生成される。従って、ピットの深さは化合物層の厚さ以下と考えられる。シリンダライナ内周面におけるピットの開口部の大きさは、
図5に示すように、直径約10〜100μm相当である。
【0026】
図5に示すピットの生成において、シリンダライナ内周面におけるピット6の開口面積が大きくなると、ピット6に保持され、蓄えられるエンジン潤滑油が多量となり、そこから蒸発する油の量が増加するためオイル消費量が悪化する。また、ピストンリングがピットの内周表面部のエッジを摺動する際、フリクション増加の要因になることが考えられる。更に、ピットの内周表面部のエッジが欠損し、スカッフの発生リスク要因にもなる。
このため、ピット6の面積率を8%以下にすることが好ましい。より好ましくは6%以下とする。
【0027】
<ピット面積率の測定>
前述の各シリンダライナ内周面の任意の4箇所について、レーザー顕微鏡により内周表面を1000倍の写真で1箇所に付き連続した5視野を撮影し、これら5視野をそれぞれ二値化処理し画像解析して得られるピット面積率の5視野の平均値を当該1箇所のピット面積率といい、さらに4箇所のそれぞれの平均値であるピット面積率の平均値を各シリンダライナにおけるピット面積率という。ピット面積率の測定には、株式会社キーエンス製、型番VK−9710のレーザー顕微鏡を用いた。
【0028】
シリンダライナ内周面1aにピットが生成されるメカニズムを考察すると、遊離黒鉛の内周表面への露出が少ないことが好ましく、窒化処理前の内周表面部断面の金属組織において、内周表面部の化合物層が形成される厚さの範囲内に鋳鉄基地の塑性流動を生成すると、内周表面への遊離黒鉛の露出を抑制することができることが判明した。
すなわち、
図4において、(A)が好ましい内周表面の状態にある。これについて、所定の内周面の長さ範囲において内周表面から約20μmの深さ範囲に存在する遊離黒鉛が内周表面に露出している黒鉛5d(開口黒鉛)か、鋳鉄基地に覆われている黒鉛5bを含み内周表面に露出していない黒鉛(閉口黒鉛)かを判定し、開口黒鉛数と閉口黒鉛数の合計に対する開口黒鉛数の割合を示す黒鉛開口率(%)を求める。黒鉛開口率については、50%以下が好ましく、35%以下がより好ましい。黒鉛開口率が、50%を超えるとピット面積率が大きくなり、好ましくない。
【0029】
<黒鉛開口率の測定>
前述の各シリンダライナ内周面の任意の4箇所について、金属顕微鏡により内周表面側の断面組織を400倍の写真で1箇所に付き連続した5視野を観察し、この5視野の全視野における遊離黒鉛をすべて判定し、黒鉛開口率(%)を算出し、任意4箇所の平均値を黒鉛開口率として求めた。
【0030】
<製造方法>
シリンダライナ1の製造方法の一例について以下に説明する。本実施形態のシリンダライナの製造方法は、以下の製造方法に限定されるものではなく、他の内周加工方法・条件により製造されたものでもよい。
図6は、本発明に係る実施形態のシリンダライナに関する製造工程の概要を示す。
図6に示すように、鋳造工程、外周及び内周旋削工程、第1ホーニング工程、第2ホーニング工程(砥石2段拡張)、窒化処理工程、仕上げホーニング工程の順で施す工程を一例として採用できる。
【0031】
シリンダライナ1の鋳造方法は特に限定されず、砂型鋳造法、遠心鋳造法などの公知の鋳造法が利用できる。本実施形態のシリンダライナを構成する材料は片状黒鉛鋳鉄である。
質量%で、C:2.5%以上3.5%以下、Si:1.7%以上2.5%以下、Mn:0.5%以上1.0%以下、P:0.1%以上0.5%以下、S:0.12%以下、Cr:0.2%以上0.8%以下、Cu:0%以上0.6%以下、Ni:0%以上0.4%以下を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成であり、また、当該組成に、B、Cu,Nb、W等の少なくとも一つの元素が含まれていてもよい。黒鉛のサイズは特に限定されないが、たとえば、4〜6(ISO 945−1:2008)であり、黒鉛のタイプはAタイプが70%以上であり、また、片状黒鉛鋳鉄のマトリックス中には共晶硬化物相が5%以下含まれていてもよい。材料の硬さは、JIS Z 2245:2011に基づく硬さが、90HRB以上115HRB以下でよい。
製品内径は80−220mm、製品長さは80−450mmを有する円筒状のシリンダライナ素材を得る。
【0032】
まず、シリンダライナ素材の内外周面の酸化皮膜などの黒皮除去の粗挽き加工を行い、内周面と外周面を荒加工する。次に、NC旋盤等により内周面と外周面を目的の寸法に近い状態に加工し、外周面については仕上げ加工を完了する。この後、内周面は、ホーニング砥石を用いたホーニング加工(第1ホーニング工程)により、製品としての仕上げに近い内径まで加工し、次に窒化処理後の内周面の性状に適応する内周面の精密なホーニング加工を行い(第2ホーニング工程)、次いで窒化処理工程を経て、仕上げホーニング加工(仕上げホーニング工程)を行い、製品を作製する。
【0033】
[第1ホーニング工程]
製品としての仕上げに近い内径まで加工し、内周面の真円度、円筒度の精度を作り込む精密加工工程である。砥石は、CBN(Cubic Boron Nitride)質砥石でメタルボンド結合またはGC(炭化珪素)質砥石でビトリファイド結合とし、いずれも粒度は#200と#400の間の粒度が好ましい。ここで、一台のホーニング機械のホーニングヘッド(砥石を保持し、砥石をシリンダライナ内周面に向かって拡張させる工具)に2種類の砥石を取り付け、第1砥石(CBN質砥石であり、第1拡張砥石ともいう)の加工につづき、第2砥石(GC質砥石であり、第2拡張砥石ともいう)を順次拡張してホーニング加工を施してもよい。内周面の表面粗さは、JIS B6010:1982に準拠した十点平均粗さRzが3.0μm以下、最大高さRmaxでは3.5μm以下が好適である。粗さ曲線は、シングルホーニング形状がよい。第1ホーニング加工による加工代は、直径で約100μm程度に設定することが好適である。
以下、表面粗さはJIS B6010:1982に準拠する。
【0034】
[第2ホーニング工程]
窒化処理後の所定の内周面の性状に適応する、内周面の性状の変化を見込んだ精密加工を行う工程である。ここでは、一台のホーニング機械のホーニングヘッドに2種類の砥石を取り付け、第1砥石の加工につづき、第2砥石を順次拡張する砥石2段拡張方式のホーニング加工を施す。
第1砥石(第1拡張砥石ともいう)は、ダイヤモンド質砥石でメタルボンド結合とし、粒度は#700より大きい粒度が好ましい。内周面の表面粗さは、十点平均粗さRzが2.5μm以下、最大高さRmaxが3.0μm以下とする。粗さ曲線は、シングルホーニング形状がよい。
第2砥石(第2拡張砥石ともいう)は、GC質砥石でメタルボンド結合とし、粒度は#1000より大きい粒度が好ましい。内周面の表面粗さは、十点平均粗さRzが1.6μm以下、最大高さRmaxが2.6μm以下とする。第2砥石による加工後の粗さ曲線は、プラトーホーニング形状がよい。
第2ホーニング加工において第1砥石加工と第2砥石加工による合計の加工代は、直径で約20μm程度に設定することが好適である。
【0035】
第2ホーニング加工において、第1拡張砥石により粗さ曲線をシングルホーニング形状に、かつ、表面粗さを小さくし、次に、第2拡張砥石により第1拡張砥石により形成された粗さ曲線の山部を除去する加工により粗さ曲線をプラトーホーニングに形成し、シリンダライナ金属組織の最表面に塑性流動を生成し、内周面1aの表面の黒鉛露出を極力抑える。
この効果により、
図2または
図3(A)に示すように、一部の遊離黒鉛5はその一部分5bを内周面1aの近くまで延在させているが、鋳鉄基地を構成する材料で覆われた被覆部3aを有するこれら一部分5bを発現することができる。これにより、黒鉛開口率:50%以下を実現する。
【0036】
[窒化処理工程]
第2ホーニング加工を施した後、窒化処理を行う。
窒化処理は、アンモニア(NH
3)ガスを反応ガスとして満たした窒化専用炉において、例えば、560℃〜600℃の温度に30〜90分程度加熱保持し、加熱後に一定温度になるまで炉冷することで実施することができる。
この窒化処理によりシリンダライナの全周面を窒化する。内周面の金属組織は、窒化処理によりシリンダライナ表面から化合物層が約4μmから約20μmの厚さで形成され、さらにシリンダライナ表面から内部に向かって窒素拡散層が約50μm以上の深さまで形成される。
【0037】
窒化処理後の内周面は、最表面に形成されたポーラス層および窒化されない遊離黒鉛の内周表面における露出部の周辺でのシリンダライナの内周表面の基地の隆起により、例えば
図7(B)、
図8(B)、
図9(B)のように、内周面の粗さ曲線は山部が高く、谷部が低い形態になるとともに、十点平均粗さRzが4μmから6μmの水準になり、第2ホーニング加工を行った内周面に比べて、4倍から5倍の表面粗さが形成される。
【0038】
[仕上げホーニング工程]
仕上げホーニング加工により、所定の内周面の性状に仕上げを行う。
一台のホーニング機械のホーニングヘッドに2種類の砥石を取り付け、第1砥石は、ダイヤモンド質砥石で電着(Niめっき固定)とし、粒度は#700より大きい粒度とし、第2砥石はGC質砥石でコルク結合とし、粒度は#300より大きい粒度とし、2種類の砥石は同時拡張とすることが好ましい。第1砥石は、内周面にクロスハッチ部を形成する。第2砥石は、第1砥石による粗さ曲線の山部を除去する加工により粗さ曲線をプラトーホーニング形状に形成する役割を果たす。
【0039】
この仕上げホーニング加工では、シリンダライナの内周面1aの表面部分に存在する窒化処理により形成された脆弱なポーラス層を除去し、かつ、保油性を確保するための溝部1bを形成してクロスハッチ部1cを形成するとともに、窒化処理層の面性状を目的の範囲の表面粗さ、一例として、十点平均粗さRzが4.0μm以下に仕上げ、シリンダライナ1の内周面1aに生成されるピット6のピット面積率を8%以下に制御する。
仕上げホーニング加工による取り代は、1〜3μm程度に設定する。
【実施例】
【0040】
以下に本発明の実施例を挙げて説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0041】
実施例1から実施例4までおよび比較例1から3までの7種類のシリンダライナは以下の手順で作製した。
遠心鋳造により製品内径140mm、長さ280mmの円筒状の片状黒鉛鋳鉄シリンダライナ素材を作製した。
質量%で、C:3.0%、Si:2.1%、Mn:0.75%、P:0.3%、S:0.06%、Cr:0.5%、Cu:0.3%、Ni:0.2%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成とし、材料の硬さは、JIS Z 2245:2011に基づく硬さが、平均値で98HRBであった。
【0042】
これらのシリンダライナ素材に対し、内外周面の黒皮除去の粗挽き加工を行い、内周面と外周面の荒加工を行った。次に、NC旋盤等により内周面と外周面を目的の寸法に近い状態に加工し、外周面については仕上げ加工を完了した。
【0043】
続いて、第1ホーニング工程,第2ホーニング工程に関して、ホーニングの加工プロセスを3つのタイプに分け、以下の表1に示すように比較例、実施例を割り付け、各5本準備した。
【0044】
【表1】
【0045】
タイプ I比較例1
タイプ II−1:比較例2
タイプ II−2:比較例3と実施例1から実施例4
第1ホーニング工程のホーニング加工条件は実施例、比較例すべて同一である。
比較例1は、第2ホーニング工程を経ずに窒化処理工程へ進む。
比較例2は、第2ホーニング工程を第2拡張砥石のみで加工し、窒化処理工程へ進む。
比較例3と実施例1から4は、第1拡張砥石と第2拡張砥石のそれぞれのストローク数を変更した組合せで加工し、窒化処理工程へ進む。
以上について、表2に記載している。
【0046】
【表2】
【0047】
第2ホーニング加工後の実施例、比較例の各5本の全てのシリンダライナ素材を窒化専用炉に収容し、590℃の一定の温度で40分間窒化処理を行った。
【0048】
窒化処理後に窒化専用炉から取り出したシリンダライナ素材の全てを、仕上げホーニング工程で同一のホーニング加工条件で加工を実施した。
【0049】
表3に、各例におけるシリンダライナについて、窒化処理前後の内周面の表面粗さ、仕上げホーニング後のピット面積率、黒鉛開口率、化合物層厚さ、表面粗さの測定データの平均値を示す。
ピット面積率は次のように評価した。
ピット面積率6%以下 ・・・・ A
ピット面積率6%を超え8%以下 ・・・・ B
ピット面積率8%を超え10%以下・・・・ C
ピット面積率10%を超える ・・・・ D
【0050】
【表3】
【0051】
[オイル消費量試験]
実施例3と比較例1のシリンダライナについて、オイル消費量試験を行った。
この試験の結果、実施例3のシリンダライナでは、比較例1のシリンダライナに比べてオイル消費率(g/PS・h)において43%も削減できることがわかった。
【解決手段】本発明は、シリンダブロックに装着される片状黒鉛鋳鉄製シリンダライナにおいて、該シリンダライナの内周面に少なくとも窒化処理層を有し、かつ、クロスハッチ部が形成されるとともに、粗さ曲線がプラトーホーニング形状であり、JIS B0601:1982に準拠した十点平均粗さRzが4.0μm以下であり、内周面に生成されるピットの面積率が平均値で8%以下であることを特徴とする。