特許第6553506号(P6553506)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6553506
(24)【登録日】2019年7月12日
(45)【発行日】2019年7月31日
(54)【発明の名称】薬剤コート層
(51)【国際特許分類】
   A61L 29/08 20060101AFI20190722BHJP
   A61L 29/06 20060101ALI20190722BHJP
   A61L 29/12 20060101ALI20190722BHJP
   A61L 29/14 20060101ALI20190722BHJP
   A61L 29/16 20060101ALI20190722BHJP
【FI】
   A61L29/08
   A61L29/06
   A61L29/12
   A61L29/14 100
   A61L29/16
【請求項の数】8
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2015-510103(P2015-510103)
(86)(22)【出願日】2014年4月1日
(86)【国際出願番号】JP2014059665
(87)【国際公開番号】WO2014163091
(87)【国際公開日】20141009
【審査請求日】2017年3月10日
(31)【優先権主張番号】特願2013-76434(P2013-76434)
(32)【優先日】2013年4月1日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100152984
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 秀明
(74)【代理人】
【識別番号】100168985
【弁理士】
【氏名又は名称】蜂谷 浩久
(72)【発明者】
【氏名】山下 恵子
(72)【発明者】
【氏名】後藤 博
(72)【発明者】
【氏名】野沢 滋典
(72)【発明者】
【氏名】森本 克己
(72)【発明者】
【氏名】粕川 博明
【審査官】 小森 潔
(56)【参考文献】
【文献】 特表2012−533338(JP,A)
【文献】 特表2012−514510(JP,A)
【文献】 特表2010−540159(JP,A)
【文献】 特表2010−509991(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/119159(WO,A1)
【文献】 特表2010−535074(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 29/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バルーン基材表面に、パクリタキセルと、テトラヒドロフラン、エタノール、グリセリン(グリセロールまたはプロパン−1,2,3−トリオールともいう)、アセトン、メタノール、ジクロロメタン、ヘキサン、エチルアセテートおよび水からなる群から選択される複数種の溶媒と、セリンエチルエステルおよびその塩から選択される少なくとも一つの賦形剤を含むコーティング溶液を、拡張したバルーン表面を50〜150rpmで回転させて、該溶液の溶媒がゆっくり揮発するようにコーティングして形成される、パクリタキセルの長軸を有する各々独立した複数の5〜20μmの長尺体を含み、前記長軸に直角な面における長尺体の断面形状が多角形である形態型を有するパクリタキセル結晶層を有し、前記長尺体の長軸は、ほぼ直線状であり、前記長尺体の長軸が交わる前記基材平面に対して45度〜135度の範囲の角度を形成するパクリタキセル結晶層を有するバルーン。
【請求項2】
前記結晶形態は、前記基材表面に対して50体積%以上である請求項1に記載のパクリタキセル結晶層を有するバルーン。
【請求項3】
前記結晶形態の複数の長尺体は、前記基材表面上にブラシ状に並び立つ、請求項1または2に記載のパクリタキセル結晶層を有するバルーン。
【請求項4】
前記長尺体の少なくとも先端付近が中空である請求項1ないし3のいずれか1項に記載のパクリタキセル結晶層を有するバルーン。
【請求項5】
前記基材表面がポリアミド類を有する樹脂である請求項1ないし4のいずれか1項に記載のパクリタキセル結晶層を有するバルーン。
【請求項6】
前記賦形剤は、前記基材の所定の面積あたり、賦形剤粒子が占める割合は前記パクリタキセル結晶粒子が占める割合に対して少なく、前記賦形剤粒子は前記結晶層のマトリクスを形成しない請求項1ないし5のいずれか1項に記載のパクリタキセル結晶層を有するバルーン。
【請求項7】
前記基材表面のパクリタキセル量が、0.1μg/mm〜10μg/mmである請求項1ないし6のいずれか1項に記載のパクリタキセル結晶層を有するバルーン。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれか1項に記載のパクリタキセル結晶層を有するバルーンを備える医療機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水不溶性薬剤の薬剤コート層に関し、水不溶性薬剤の特定の結晶形態型(morphological form)を示す薬剤コート層に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、バルーンカテーテルに薬剤をコートした薬剤溶出バルーン(Drug Eluting Balloon;DEB)の開発が積極的に行われており、再狭窄の治療および予防に効果的であると報告されている。バルーンは、薬剤および添加剤を含むコーティングによってコートされており、血管を拡張した際に、バルーンを血管壁に押し付け、薬剤を標的組織に送達させる。
【0003】
近年では、バルーン表面にコーティングされる薬剤の形態型(morphological form)が、病変患部におけるバルーン表面からの薬剤の放出性や組織移行性に影響を及ぼすことが明らかになりつつあり、薬剤の結晶型もしくは非晶質(アモルファス)のコントロールが重要であると言われている。
特許文献1および2には、溶媒蒸気によるアニーリングを用いて、バルーン表面にコーティングされた薬剤の形態型を、非晶質(アモルファス)から結晶形へ変化させる方法が示されている。さらに特許文献2では、アニーリングによって得られたパクリタキセルの結晶形が、扇状および棒状もしくは針状の形態を有することが記載されており、棒状の結晶形は、扇状に比べて薬剤の標的組織内濃度が高いことが記載されている。
また、特許文献3には、結晶水和形態のパクリタキセルのコーティングが記載されており、結晶水和形態は、非水和形態および非晶質(アモルファス)と比較して、病変患部での薬剤の放出性および組織移行性が好ましいことが記されている。
このように、結晶型パクリタキセルを有する薬剤溶出バルーンは、良好な薬剤組織移行性を示すことが記されているが、結晶の詳細な形態型と血管内狭窄抑制効果については言及されていない。
一方で、結晶型パクリタキセルを有する薬剤溶出バルーンは、場合によっては標的組織に対して強い毒性を示すことが危惧される。従って、近年の薬剤溶出バルーンの開発では、薬の効果(血管内狭窄抑制効果)が高く、かつ毒性が低い、両方の性能を兼ね備えた薬剤溶出バルーンが求められている。特許文献1〜3では、毒性については全く言及されておらず、また、狭窄抑制効果が高く、かつ毒性が低い性能を得るための薬剤の結晶形態型については、これまでに明らかにされていない。
【0004】
以上のことから、先行技術のコーティング層を有する薬剤溶出バルーンは、血管内の狭窄部を治療する際に、毒性が少なく、狭窄抑制率が高い効果に関して充分とは言えず、さらに毒性が低く、狭窄抑制効果が高い医療器具が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2010/124098号公報
【特許文献2】特表2012−533338号公報
【特許文献3】特表2012−514510号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、医療機器に薬剤をコートして体内に送達する際に、病変患部における血管内狭窄抑制効果が高い水不溶性薬剤の形態型(morphological form)を有する薬剤コート層、およびそれを用いた医療機器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねたところ、水不溶性薬剤の特定の結晶形態型を有する薬剤コート層が、病変患部における血管内狭窄抑制効果が高い薬剤コート層であることを知見した発明である。
【0008】
すなわち本発明は以下を提供する。
(1)基材表面に、水不溶性薬剤の結晶の各々独立した長軸を有する複数の長尺体を含む形態型を有する薬剤コート層であって、前記長尺体の長軸は、ほぼ直線状であり、前記長尺体の長軸が交わる基材平面に対して所定の範囲の角度、好ましくは45度〜135度の範囲の角度、を形成することを特徴とする薬剤コート層。
(2)前記長尺体の少なくとも先端付近が中空である(1)に記載の薬剤コート層。
(3)前記長軸に直角な面における長尺体の断面形状が、多角形である(1)または(2)に記載の薬剤コート層。
(4)基材表面に、水不溶性薬剤の結晶の、平たく細長い髪の毛状の結晶がランダムに積層される薬剤コート層であって、前記結晶の長軸は一部が曲線状に湾曲した部分が存在し、同一結晶面に他の形状の結晶が混在しないことを特徴とする薬剤コート層。
(5)前記水不溶性薬剤の結晶の表面が、さらに非晶質(アモルファス)膜で覆われている(4)に記載の薬剤コート層。
(6)水不溶性薬剤の結晶形態型を含む薬剤コート層であって、薬剤コート層は基材表面に規則性を持って配置された水不溶性薬剤の結晶粒子、および前記結晶粒子の間に不規則に配置された、賦形剤からなる賦形剤粒子を含み、前記賦形剤の分子量は水不溶性薬剤の分子量よりも小さく、前記基材の所定の面積あたり前記賦形剤粒子が占める割合は前記結晶粒子が占める割合に対して少なく、前記賦形剤粒子はマトリクスを形成しない、薬剤コート層。
(7)前記水不溶性薬剤が、ラパマイシン、パクリタキセル、ドセタキセル、またはエベロリムスである(1)〜(6)のいずれか1項に記載の薬剤コート層。
(8)医療機器の表面に、(1)〜(7)のいずれか1項に記載の薬剤コート層を備え、体内送達時は縮径して送達され、局所で拡径して前記薬剤コート層から薬剤を放出する医療機器。
(9)上記(8)に記載の医療機器を管腔内に送達するステップと、前記医療機器に備えられた拡張可能部分を径方向に拡張するステップと、前記拡張可能部分が有する薬剤コート層を前記管腔に作用させるステップとを有する薬剤の送達方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、病変患部における血管内狭窄抑制効果が高く、および・または毒性が低い薬剤溶出性の医療機器のための薬剤コート層を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、実施例1で作製した薬剤コート層の表面の走査型電子顕微鏡(以下SEMということがある)像を示す図面である。図1Aは、実施例1で作製した薬剤コート層の基材表面で観察される結晶の2000倍のSEM像である。図1Bは、実施例1で作製した他の部分の基材表面で観察される結晶の1000倍のSEM像である。図1Cは、実施例1で作製した他の部分の基材表面で観察される結晶の400倍のSEM像である。図1Dは、実施例1で作製した薬剤コート層の基材表面に直角な断面で観察される結晶の4000倍のSEM像である。
図2図2は、実施例2で作製した薬剤コート層の基材表面で観察される結晶の2000倍のSEM像を示す図面である。
図3図3Aは、実施例3で作製した薬剤コート層の基材表面で観察される結晶の2000倍のSEM像を示す図面である。図3Bは、実施例3で作製した薬剤コート層の基材表面に直角な断面で観察される結晶の4000倍のSEM像である。
図4図4は、実施例4で作製した薬剤コート層の基材表面で観察される結晶の2000倍のSEM像を示す図面である。
図5図5は、実施例5で作製した薬剤コート層の基材表面で観察される結晶の2000倍のSEM像を示す図面である。
図6図6Aは、6で作製した薬剤コート層の基材表面で観察される結晶の2000倍のSEM像を示す図面である。図6Bは、6で作製した薬剤コート層の別の部分の基材表面で観察される結晶の400倍のSEM像を示す図面である。
図7図7は、比較例1のINVAtec JAPAN社の市販の薬剤溶出バルーン(IN.PACT)の薬剤コート層の基材表面で観察される結晶の2000倍のSEM像を示す図面である。
図8図8は、ブタ冠動脈における血管内狭窄に対する抑制効果を示す血管内狭窄率(%)のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、医療機器に薬剤をコートして体内に送達する際に、病変患部での毒性が低く、狭窄抑制効果が高い薬剤コート層が、水不溶性薬剤の特定の結晶形態を有することを知見して、発明された。
好ましくは以下の結晶形態が挙げられる。
(1)中空長尺体結晶形態型を含む層
中空長尺体結晶を含む形態型を有する層は、基材表面に、水不溶性薬剤の結晶からなる長軸を有する複数の長尺体がブラシ状に存在する薬剤コート層である。複数の長尺体は基材表面上で円周状にブラシ状として配置されている。各々の前記長尺体は独立して存在しており、ある長さを有し、その長さ部分の一端(基端)が基材表面に固定されている。前記長尺体は隣接する長尺体と複合的な構造を形成せず、連結していない。前記結晶の長軸は、ほぼ直線状である。前記長尺体はその長軸が交わる基材平面に対して所定の角度を形成している。所定の角度とは、45度〜135度の範囲である。好ましくは、所定の角度として70度〜110度の範囲があげられ、さらに好ましくは、所定の角度として80度〜100度の範囲があげられる。より好ましいのは、前記長尺体の長軸が、基材表面に対してほぼ90度の角度を形成している。前記長尺体は少なくともその先端付近は中空である。前記長尺体の長軸に直角な(垂直な)面における長尺体の断面は中空を有する。該中空を有する長尺体は長軸に直角な(垂直な)面における長尺体の断面が多角形である。該多角形は、例えば4角形、5角形、6角形などである。したがって、長尺体は先端(または先端面)と基端(または基端面)とを有し、先端(または先端面)と基端(または基端面)との間の側面が複数のほぼ平面で構成された長尺多面体として形成される。この結晶形態型は基材表面において、ある平面の全体または少なくとも一部を構成する。例えば中空長尺体結晶形態型を含む層は図1図5のSEM像で示される結晶形態型を有する層である。
【0012】
中空長尺体結晶を含む形態型を有する層の特徴は以下である。
1)複数の、独立した長軸を有する長尺体(棒状体)で、長尺体は中空である。長尺体は棒状である。
2)長軸を有する長尺体であり、長軸に直角な面における長尺体の断面は多角形である多面体の場合が多い。前記長尺体結晶の50体積%以上は長尺多面体である。多面体の側面は、主として4面体である。前記長尺多面体は頂点が長軸方向に延びる凹角で形成された複数の面(溝)を有する場合もある。ここでいう凹角とは、長軸に直角な面における長尺体の断面の多角形の内角の少なくとも一つが180度より大きい角であることを意味する。
3)長軸を有する長尺体は、長尺多角体である場合が多い。長軸に垂直な断面でみたときにその断面が多角形であり、4角形、5角形、6角形として観察される。
4)複数の、独立した長軸を有する長尺体は、基材表面に対してその長軸を所定範囲の角度、好ましくは45度〜135度の範囲で複数の長尺体が並び立つ、すなわち、複数の、独立した長軸を有する長尺体は基材表面においてほぼ均一に林立する。林立した領域は、基材表面に周方向および軸方向に延びてほぼ均一に形成される。各々の独立した長尺体の基材表面に対する角度は、所定の範囲において各々異なっていてもよいし、同じであってもよい。
【0013】
5)各々の独立した長軸を有する長尺体は、その長さ部分の一端(基端)が基材表面に固定されている。
6)基材表面に近い部分の形態は粒子状、短い棒状、短い曲線状の結晶が積層される場合がある。長軸を有する長尺体は、基材表面に直接的もしくは間接的に長軸を有する長尺体が存在する。したがって、前記積層の上に長軸を有する長尺体が林立する場合がある。
7)長軸を有する長尺体の軸方向の長さは5μm〜20μmが好ましく、9μm〜11μmがより好ましく、10μm前後であるのがさらに好ましい。長軸を有する長尺体の径は、0.01μm〜5μmであるのが好ましく、0.05μm〜4μmであるのがより好ましく、0.1μm〜3μmであるのがさらに好ましい。
8)中空長尺体結晶形態型を含む層の表面には他の形態型(例えばアモルファスである板状の形態型)は混在せず、結晶形態として50体積%以上、より好ましくは70体積%以上が上記1)から7)の結晶形態型を成している。より好ましくは、ほぼすべてが7)の結晶形態型を成している。
【0014】
9)中空長尺体結晶形態型において、結晶を構成する水不溶性薬剤を含む薬剤コート層に他の化合物が存在することも可能である。その場合、その化合物は、バルーン基材表面上に林立する複数の水不溶性薬剤の結晶(長尺体)の間の空間に分配されて存在する。薬剤コート層を構成する物質の割合は、この場合水不溶性薬剤の結晶の方が、他の化合物よりもはるかに大きい体積を占める。
10)中空長尺体結晶形態型において、結晶を構成する水不溶性薬剤は、バルーンの基材表面上に存在する。結晶を構成する水不溶性薬剤を有するバルーン基材表面上の薬剤コート層には、賦形剤によるマトリックスは形成されない。したがって、結晶を構成する水不溶性薬剤はマトリックス物質中に付着していない。結晶を構成する水不溶性薬剤はマトリックス物質中に埋め込まれてもいない。
11)中空長尺体結晶形態型において、薬剤コート層は基材表面に規則性を持って配置された水不溶性薬剤の結晶粒子、および前記結晶粒子の間に不規則に配置された、賦形剤からなる賦形剤粒子を含んでもよい。この場合、前記賦形剤の分子量は水不溶性薬剤の分子量よりも小さい。したがって、基材の所定の面積あたり、賦形剤粒子が占める割合は前記結晶粒子が占める割合に対して少なく、前記賦形剤粒子はマトリクスを形成しない。ここで水不溶性薬剤の結晶粒子は上記長尺体の1つであってもよく、賦形剤粒子は水不溶性薬剤の結晶粒子よりはるかに小さい状態で存在し、かつ水不溶性薬剤の結晶粒子の間に分散するため、SEM像で観察されない場合がある。
【0015】
下で説明する平たい髪の毛状結晶形態型は、薬剤コート層の少なくとも一部、または50体積%以上、または80体積%以上、(結晶形態として50体積%以上、より好ましくは70体積%以上)、さらに好ましくは、ほぼ100体積%を占める。ほぼ100体積%を占める場合、複数の結晶形態型は混在しない状態であり、単一の結晶形態型のみが存在する。
(2)平たい髪の毛状結晶形態型を含む層
基材表面に、水不溶性薬剤の結晶の、平たく細長い髪の毛状の結晶がランダムに積層される薬剤コート層であって、前記結晶の長軸は一部が曲線状に湾曲した部分が存在し、同一結晶面に他の形態型の結晶が混在しない薬剤コート層である。アモルファス層と結晶層とが存在する場合は、結晶層の上にアモルファス膜が存在することを「同一結晶面でない」と表現する。例えば平たい髪の毛状結晶形態型を含む層は図6Aで示される6の結晶形態を有する層である。
【0016】
平たい髪の毛状結晶形態型を含む層の特徴は以下である。
1)長軸を有する髪の毛状結晶が複数巾方向に平たく接合した形状で、中空を有さず、先細り形状である。
2)髪の毛状結晶の接合形状が基材表面にランダムに積層されている。長軸が基材表面に沿ってねた状態で存在する。
3)前記結晶の長軸は一部が曲線状に湾曲した部分が存在する。
4)髪の毛状結晶の長軸方向の長さは10μm〜100μmが好ましく、20μm前後であるのがより好ましく、上記の中空長尺体結晶形態型より長いものが多い。
【0017】
(3)平たい髪の毛状結晶の表面にアモルファス膜が存在する形態型を含む層
前記平たい髪の毛状結晶の表面が非晶質(アモルファス)膜で覆われている薬剤コート層である。平たい髪の毛状結晶の表面にアモルファス膜が存在する形態型を含む層は、平たい髪の毛状結晶の上にアモルファス膜の層が存在しており、結晶層とアモルファス(非晶質)層との2層になっている。例えば平たい髪の毛状結晶の表面にアモルファス膜が存在する形態型を含む層は図6Bで示される6の結晶形態を有する層である。
具体的には、ある面(結晶/非晶質が存在する面)には、ある結晶の形態は少なくとも一部、または50体積%以上、または80体積%以上、(結晶形態として50体積%以上、より好ましくは70体積%以上)、さらに好ましくは、複数の結晶形態は混在しない、さらにある面の外側に非晶質の膜が存在していてもよい。
【0018】
上記中空長尺体の形態型、平たい髪の毛状の形態型、平たい髪の毛状結晶の表面にアモルファス膜が存在する形態型の結晶層は、薬剤コート層として、医療機器の基材表面に薬剤をコートして体内に送達する際に、毒性が低く、狭窄抑制効果が高い。その理由として、発明者は、ある特定の結晶形態を有する薬剤の組織移行後の、溶解性と組織内滞流性が影響していると考える。例えば、非晶質(アモルファス)の場合は、溶解性が高いため、組織に移行したとしてもすぐに血流に流され、組織内滞流性が短く、良好な狭窄抑制効果が得られない。一方、本発明による特定の結晶形態を有する水不溶性薬剤は、薬剤が組織に移行した時に結晶の一つの単位が小さくなるために組織への浸透性が良く、かつ、良好な溶解性を有するため、有効に作用して狭窄を抑制できる。また、薬剤が大きな塊として組織に残留することが少ないために毒性が低くなると考えている。
特に中空長尺体結晶形態型を含む層は、複数の、長軸を有するほぼ均一な長尺体であり、かつ基材表面に規則性を有してほぼ均一に並び立っている形態型である。したがって、組織に移行する結晶の大きさ(長軸方向の長さ)が約10μmと小さい。そのために病変患部に均一に作用し、組織浸透性が高まる。さらに、移行する結晶の寸法が小さいために過剰量の薬剤が、過剰時間、患部に留まることがなくなるために、毒性を発現することなく、高い狭窄抑制効果を示すことが可能であると考える。
【0019】
〔水不溶性薬剤〕
水不溶性薬剤とは、水に不溶または難溶性である薬剤を意味し、具体的には、水に対する溶解度が、pH5〜8で5mg/mL未満である。その溶解度は、1mg/mL未満、さらに、0.1mg/mL未満でもよい。水不溶性薬剤は脂溶性薬剤を含む。
【0020】
いくつかの好ましい水不溶性薬剤の例は、免疫抑制剤、例えば、シクロスポリンを含むシクロスポリン類、ラパマイシン等の免疫活性剤、パクリタキセル等の抗がん剤、抗ウイルス剤または抗菌剤、抗新生組織剤、鎮痛剤および抗炎症剤、抗生物質、抗てんかん剤、不安緩解剤、抗麻痺剤、拮抗剤、ニューロンブロック剤、抗コリン作動剤およびコリン作動剤、抗ムスカリン剤およびムスカリン剤、抗アドレナリン作用剤、抗不整脈剤、抗高血圧剤、ホルモン剤ならびに栄養剤を含む。
水不溶性薬剤は、好ましくは、ラパマイシン、パクリタキセル、ドセタキセル、エベロリムスからなる群から選択される少なくとも1つが好ましい。本明細書においてラパマイシン、パクリタキセル、ドセタキセル、エベロリムスとは、同様の薬効を有する限りそれらの類似体および/またはそれらの誘導体を含む。例えば、パクリタキセルとドセタキセルは類似体の関係にある。ラパマイシンとエベロリムスは誘導体の関係にある。これらのうちでは、パクリタキセルがさらに好ましい。
水不溶性薬剤はさらに賦形剤を含んでもよい。賦形剤は、医薬として許容されるものであれば限定されないが、例えば、水可溶性ポリマー、糖、造影剤、クエン酸エステル、アミノ酸エステル、短鎖モノカルボン酸のグリセロールエステル、医薬として許容される塩および界面活性剤等があげられる。
【0021】
〔結晶層の製造方法〕
水不溶性薬剤を溶媒に溶解してコーティング溶液を製造する。コーティング溶液を、拡張したバルーンにコーティング溶液の溶媒がゆっくり揮発するようにコートする。好ましくは薬剤を吐出するディスペンシングチューブの先端の側面を、常時、バルーンカテーテル表面に接触させながら、ディスペンシングチューブの先端開口から薬剤を吐出させる。薬剤の吐出方向に対して、反対方向(逆方向)に長軸を中心としてバルーンカテーテルを回転させる。その後、コーティング後のバルーンを乾燥させ、結晶層を有する薬剤コート層を製造する。
(コーティング溶液をバルーンにコートする好ましい条件)
バルーンの回転速度 10〜200rpm
好ましくは、 30〜180rpm
より好ましくは、50〜150rpm
ディスペンサの移動速度 0.01〜2mm/sec
好ましくは、 0.03〜1.5mm/sec
より好ましくは、0.05〜1.0mm/sec
バルーン直径 1〜10mm
好ましくは 2〜7mm
薬剤吐出速度 0.01〜1.5μL/sec
好ましくは 0.01〜1.0μL/sec
より好ましくは 0.03〜0.8μL/sec
用いる溶媒としては特に限定されず、テトラヒドロフラン、エタノール、グリセリン(グリセロールまたはプロパン−1,2,3−トリオールともいう)、アセトン、メタノール、ジクロロメタン、ヘキサン、エチルアセテートおよび水が例示できる。中でも、テトラヒドロフラン、エタノール、アセトン、水のうち、これらのいくつかの混合溶媒が好ましい。
【0022】
<医療機器>
本発明の医療機器は、その基材の表面上に直接またはプライマー層等の前処理層を介して上記薬剤コート層を有する。薬剤コート層には薬剤量を、特に限定されないが、0.1μg/mm〜10μg/mm、好ましくは0.5μg/mm〜5μg/mmの密度で、より好ましくは0.5μg/mm〜3.5μg/mm、さらに好ましくは1.0μg/mm〜3.0μg/mmの密度で含有する。
基材の形状、材質は特に限定されない。金属、樹脂等の材料で、フイルム、板、線材、異形材のいずれでもよく、粒子状であってもよい。
用いられる医療機器は、限定されない。移植可能または挿入可能な医療機器いずれでもよい。長尺であり、血液等の体腔内で縮径して非拡張の状態で送達され、血管や組織等の局所で周方向に拡径されて薬剤コート層から薬剤を放出する医療機器が好ましい。したがって、縮径して送達され、拡径して患部に適用される医療機器は、拡張部を有する医療機器である。薬剤コート層は拡張部の表面の少なくとも一部に設けられる。すなわち、薬剤は少なくとも拡張部の外表面にコートされる。
【0023】
医療機器の拡張部の材質は、ある程度の柔軟性と血管や組織等に到達した時拡張されてその表面に有する薬剤コート層から薬剤を放出できるようにある程度の硬度を有するものが好ましい。具体的には、金属や、樹脂で構成されるが、薬剤コート層が設けられる拡張部の表面は樹脂で構成されているのが好ましい。拡張部の表面を構成する樹脂としては特に限定されないが、好適にはポリアミド類が挙げられる。すなわち、薬剤をコートする医療機器の拡張部の表面の少なくとも一部がポリアミド類である。ポリアミド類としては、アミド結合を有する重合体であれば特に制限されないが、例えば、ポリテトラメチレンアジパミド(ナイロン46)、ポリカプロラクタム(ナイロン6)、ポリヘキサメチレンアジパミド(ナイロン66)、ポリヘキサメチレンセバカミド(ナイロン610)、ポリヘキサメチレンドデカミド(ナイロン612)、ポリウンデカノラクタム(ナイロン11)、ポリドデカノラクタム(ナイロン12)などの単独重合体、カプロラクタム/ラウリルラクタム共重合体(ナイロン6/12)、カプロラクタム/アミノウンデカン酸共重合体(ナイロン6/11)、カプロラクタム/ω−アミノノナン酸共重合体(ナイロン6/9)、カプロラクタム/ヘキサメチレンジアンモニウムアジペート共重合体(ナイロン6/66)などの共重合体、アジピン酸とメタキシレンジアミンとの共重合体、またはヘキサメチレンジアミンとm,p−フタル酸との共重合体などの芳香族ポリアミドなどが挙げられる。さらに、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン11、ナイロン12などをハードセグメントとし、ポリアルキレングリコール、ポリエーテル、または脂肪族ポリエステルなどをソフトセグメントとするブロック共重合体であるポリアミドエラストマーも、本発明に係る医療用具の基材として用いられる。上記ポリアミド類は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0024】
拡張部を有する医療機器として具体的には、拡張部(ステント)または拡張部(バルーン)を有する長尺なカテーテルが例示できる。
本発明のバルーンは、好ましくは拡張時に本発明の薬剤コート層をその表面に形成され、次にバルーンがラッピングされ(畳まれ)て、血管や、体腔等に挿入され、組織や患部に送達され、患部で拡径されて、薬剤を放出する。
【実施例】
【0025】
以下に、実施例、比較例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0026】
[薬剤溶出バルーンの作製もしくは準備、または薬剤無塗布バルーンの準備]
〈実施例1〉
(1)コーティング溶液1の調製
L−セリンエチルエステル塩酸塩(CAS No.26348−61−8)(56mg)およびパクリタキセル(CAS No.33069−62−4)(134.4mg)を量りとった。これに無水エタノール(1.2mL)、テトラヒドロフラン(1.6mL)、RO(Reverse Osmosis、逆浸透膜)処理水(以下、RO水とする)(0.4mL)をそれぞれ加えて溶解し、コーティング溶液1を調製した。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン(拡張部)の素材はナイロンエラストマー)を準備した。パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、コーティング溶液1を、拡張したバルーンにコーティング溶液の溶媒がゆっくりと揮発するようにコートした。具体的には、薬剤を吐出するディスペンシングチューブの先端の側面を、常時、バルーンカテーテル表面に接触させながら、ディスペンシングチューブの先端開口から薬剤を吐出させた。薬剤の吐出方向に対して、反対方向(逆方向)に長軸を中心としてバルーンカテーテルを回転させた。ディスペンシングチューブのバルーンカテーテルの軸方向の移動速度及びバルーンの回転速度を調整し、回転開始とともに、薬剤を0.053μL/secで吐出し、コーティングした。
その後、コーティング後のバルーンを乾燥させ、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0027】
〈実施例2〉
(1)コーティング溶液2の調製
L−セリンエチルエステル塩酸塩(70mg)およびパクリタキセル(180mg)を量りとった。これに無水エタノール(1.5mL)、アセトン(2.0mL)、テトラヒドロフラン(0.5mL)、RO水(1mL)をそれぞれ加えて溶解し、コーティング溶液2を調製した。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン(拡張部)の素材はナイロンエラストマー)を準備した。パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、コーティング溶液2を、拡張したバルーンにコーティング溶液の溶媒がゆっくりと揮発するようにコートした。具体的には、薬剤を0.088μL/secで吐出した以外は、実施例1に記載の方法と同様にコーティングした。
その後、コーティング後のバルーンを乾燥させ、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0028】
〈実施例3〉
(1)コーティング溶液3の調製
L−セリンエチルエステル塩酸塩(70mg)およびパクリタキセル(168mg)を量りとった。これに無水エタノール(1.5mL)、テトラヒドロフラン(1.5mL)、RO水(1mL)をそれぞれ加えて溶解し、コーティング溶液3を調製した。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン(拡張部)の素材はナイロンエラストマー)を準備した。パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、コーティング溶液3を、拡張したバルーンにコーティング溶液の溶媒がゆっくりと揮発するようにコートした。具体的には、薬剤を0.101μL/secで吐出した以外は、実施例1に記載の方法と同様にコーティングした。
その後、コーティング後のバルーンを乾燥させ、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0029】
〈実施例4〉
(1)コーティング溶液4の調製
L−セリンエチルエステル塩酸塩(70mg)およびパクリタキセル(180mg)を量りとった。これに無水エタノール(1.75mL)、テトラヒドロフラン(1.5mL)、RO水(0.75mL)をそれぞれ加えて溶解し、コーティング溶液4を調製した。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン(拡張部)の素材はナイロンエラストマー)を準備した。パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、コーティング溶液4を、拡張したバルーンにコーティング溶液の溶媒がゆっくりと揮発するようにコートした。具体的には、薬剤を0.092μL/secで吐出した以外は、実施例1に記載の方法と同様にコーティングした。
その後、コーティング後のバルーンを乾燥させ、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0030】
〈実施例5〉
(1)コーティング溶液5の調製
L−アスパラギン酸ジメチルエステル塩酸塩(CAS No.32213−95−9)(37.8mg)およびパクリタキセル(81mg)を量りとった。これに無水エタノール(0.75mL)、テトラヒドロフラン(0.96mL)、RO水(0.27mL)をそれぞれ加えて溶解し、コーティング溶液5を調製した。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン(拡張部)の素材はナイロンエラストマー)を準備した。パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、コーティング溶液5を、拡張したバルーンにコーティング溶液の溶媒がゆっくりと揮発するようにコートした。具体的には、薬剤を0.055μL/secで吐出した以外は、実施例1に記載の方法と同様にコーティングした。
その後、コーティング後のバルーンを乾燥させ、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0031】
6〉
(1)コーティング溶液6の調製
L−セリンエチルエステル塩酸塩(56mg)およびパクリタキセル(134.4mg)を量りとった。これに無水エタノール(0.4mL)、テトラヒドロフラン(2.4mL)、RO水(0.4mL)をそれぞれ加えて溶解し、コーティング溶液6を調製した。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン(拡張部)の素材はナイロンエラストマー)を準備した。パクリタキセル量が約3μg/mm2となるように、コーティング溶液6を、拡張したバルーンにコーティング溶液の溶媒がゆっくりと揮発するようにコートした。その後、コーティング後のバルーンを乾燥させ、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0032】
〈比較例1〉
市販品のバルーンカテーテルであるIN.PACT(INVAtec JAPAN社)を準備した。比較例1のバルーンは、パクリタキセルが表面にコートされた薬剤溶出バルーンである
【0033】
〈比較例2〉
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン(拡張部)の素材はナイロンエラストマー)を準備した。比較例2のバルーンは、薬剤がコートされていない薬剤無塗布バルーンである。
【0034】
[バルーンにコートされたパクリタキセル量の測定]
実施例1〜5、および例6の薬剤溶出バルーンについて、バルーンにコートされたパクリタキセル量を、以下の手順により測定した。
1.方法
調製した薬剤溶出バルーンをメタノール溶液に浸して、その後、10分間、振とう機を用いて振とうし、バルーンにコートされたパクリタキセルを抽出した。パクリタキセルを抽出したメタノール溶液の227nmでの吸光度を、紫外可視吸光光度計を用いて高速液体クロマトグラフィーにて測定し、バルーンあたりのパクリタキセル量([μg/balloon])を求めた。さらに、求めたパクリタキセル量と、バルーン表面積とから、バルーンの単位面積あたりのパクリタキセル量([μg/mm2])を算出した。
【0035】
2.結果
表1に示す結果を得た。また、表1中、「バルーン表面積」はバルーンの拡張時表面積(単位:mm2)を、「バルーン上のPTX量」の「バルーンあたり」はバルーン1個あたりのパクリタキセル量(単位:μg/バルーン)を、「バルーン上のPTX量」の「単位面積あたり」はバルーンの表面積1mm2あたりのパクリタキセル量(単位:μg/mm2)を、それぞれ表す。
表1に示すとおり、実施例1〜5、および例6のいずれも、バルーンにコートされたパクリタキセル量は、約3μg/mm2であり、目標とするパクリタキセル量をバルーン表面にコートすることができた。
【0036】
【表1】
【0037】
[薬剤溶出バルーンの薬剤コート層の走査型電子顕微鏡観察(SEM)]
1.方法
実施例1〜5(図1図5)、および6(図6)の薬剤溶出バルーンについて、乾燥後の薬剤溶出バルーンを適切な大きさに切断後、支持台にのせ、その上から白金蒸着を行った。また、比較例1の INVAtec JAPAN社の市販の薬剤溶出バルーン(IN.PACT)も同様に、適切な大きさに切断後、支持台にのせ、その上から白金蒸着を行った。これらの白金蒸着後のサンプルの薬剤コート層の表面および内部を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した。
2.結果
実施例の薬剤コート層では、中空長尺体の形態型、平たい髪の毛状の形態型、平たい髪の毛状結晶の表面にアモルファス膜が存在する形態型の結晶層が観察された。
図1図6に示すSEM写真を得た。実施例1〜5のSEM写真である図1図5は、中空長尺体の形態型を含む層を示し、約10μm長の中空長尺体の均一なパクリタキセル結晶が、バルーン表面に均一に形成されていることが明らかとなった。それらの中空長尺体のパクリタキセルの結晶は長軸を有し、その長軸を有する長尺体(約10μm)がバルーン表面に対してほぼ直角方向となるように形成されていた。長尺体の径は、約2μmであった。また、長軸に直角な面における長尺体の断面は多角形であった。多角形として、例えば、4角形の多角形を有していた。さらに、これらのパクリタキセルのほぼ均一な中空長尺体結晶は、同様の形態型(構造および形状)にてバルーン表面全体に均一かつ密に(同程度の密度で)形成されていた。
一方、6の図6Aおよび図6BのSEM写真は、平たい髪の毛状の形態型および平たい髪の毛状結晶の表面にアモルファス膜が存在する形態型を含む層を示し、平たく細長い髪の毛状のパクリタキセルの結晶であった。それらの結晶の大きさは20μm長以上の比較的大きいものが多く、また、長軸がバルーン表面に沿ってねた状態で存在する(図6A)。さらに、図6Bのように、平たい髪の毛状の形態型を含む層の上層部がアモルファス膜で覆われている領域も存在した。その領域では、平たい結晶構造の上にアモルファス膜の層が存在しており、結晶とアモルファス(非晶質)の2層になっていて、平たい髪の毛状結晶の表面にアモルファス膜が存在する形態型を含む層を示した。
比較例1の図7は、INVAtec JAPAN社の市販の薬剤溶出バルーン(IN.PACT)の薬剤コート層のSEM写真である。これらは同一平面に非晶質と結晶とが混在していた。全体はほぼアモルファスであり、一部、針状結晶のようなものも同一平面に混在して観測される。
【0038】
[ブタ冠動脈における血管内狭窄抑制効果および血管リモデリングに対する影響]
実施例1、6および比較例1(C1市販バルーン)、比較例2(C2薬剤無塗布バルーン)について、ブタ冠動脈における血管内狭窄抑制効果および血管リモデリングに対する影響を、以下の手順により評価した。
1.方法
(1)ガイドワイヤーとともにガイディングカテーテルを8Fr.シースより挿入し、エックス線透視下でブタの左および右冠動脈開口部まで誘導した。
(2)各冠動脈の造影を行い(冠動脈:左冠動脈前下行枝(LAD)、右冠動脈(RCA)、左冠動脈回旋枝(LCX))、造影で得られた冠動脈の血管経をQCAソフトにより測定した。
(3)血管径に対しステントの径が1.2倍、かつ薬剤溶出バルーンの径が1.3倍になる部位を選択し、ステント留置以降の作業を実施した。
(4)選択した冠動脈内でBMS(bare metal stent)ステント(ステント径3mm×長さ15mm)を1.2倍になるように30秒間拡張した後、ステント留置用バルーンカテーテルを抜去した。ステント留置部位にて上記実施例1、6および比較例1,2で作製した薬剤コート層を持つ薬剤溶出バルーン(バルーン径:3mm×長さ20mm)を血管径に対し1.3倍になるように1分間拡張させた後、バルーンカテーテルを抜去した。
(5)薬剤溶出バルーン拡張終了後、ガイディングカテーテルおよびシースを抜去し、頚動脈の中枢側を結紮した後、頚部の創口は剥離した筋肉間を手術用縫合糸で縫合し、皮膚縫合用ステープラーで皮膚を縫合した。
(4)バルーン拡張28日後に、剖検を実施した。
【0039】
[血管内狭窄率の算出方法]
血管内狭窄率は以下の手順に従って算出した。
ライカ顕微鏡および病理画像システムにより血管像を取り込んだ。これらの画像より外弾性板内面積、内弾性板面積、内腔内面積、ステント内面積を計測した。
面積狭窄率(%)は、面積狭窄率=(新生内膜面積/内弾性板面積)×100
として算出した。
【0040】
[フィブリン沈着度の算出方法、Fibrin Content Score]
フィブリン沈着度はSuzukiらの方法(非特許文献1)に従って血管全周で評価を行った。
非特許文献 1:Suzuki Y.,et.al Stent-based delivery of sirolimus reduces neointimal formation in aprocine coronary model. Circulation 2001; 1188-93
Fibrin Content Scoreのスコアの内容は以下の通りである。
Score1: 血管内に限局性にフィブリンが認められるか、ステントのストラットに近接して観察可能な血管全周の25%より少ない範囲に中等度にフィブリンが沈着している。
Score2: 血管全周の25%より広範囲に中等度にフィブリンが沈着しているか、ストラットの近接とストラット間に観察可能な血管全周の25%より少ない範囲に重度にフィブリンが沈着している。
Score3:観察可能な血管全周の25%より広範囲に重度にフィブリンが沈着している。
尚、スコアはすべて、各血管につきステント留置部位の近位、中位、遠位の3箇所の平均値を算出した。
【0041】
[内皮化スコア算出方法、Endothelialization Score]
Endothelialization Scoreの内容は以下のとおりである。
Score1:観察可能な血管内腔全周の25%までが内皮細胞に被覆されている。
Score2:観察可能な血管内腔全周の25%から75%までが内皮細胞に被覆されている。
Score3:観察可能な血管内腔全周の75%以上が内皮細胞に被覆されている。
尚、スコアはすべて、各血管につきステント留置部位の近位、中位、遠位の3箇所の平均値を算出した。
【0042】
2.ブタ冠動脈における血管内狭窄抑制効果に対する結果
血管内狭窄率を上記の手順に従って算出した。表2に示す結果を得た。表2中、実施例/比較例の列のは実施例であり、例6、C1〜C2は比較例である。
また、図8に、ブタ冠動脈における血管内狭窄抑制効果における、実施例1、および比較例、例6、C1〜C2の血管狭窄率を表すグラフを示す。図8において、横軸は実施例または比較例を表し、数字1は、実施例1を意味し、例6、アルファベット付き数字C1〜C2は、それぞれ、比較例6、比較例1(C1)、2(C2)を意味する。また、縦軸は血管の面積狭窄率(単位:%)を表す。
【0043】
比較例2(C2)で、薬剤無処置対照として薬剤無塗布バルーンで処置した血管の面積狭窄率は38.9%であった。6の薬剤溶出バルーンで処置した血管の面積狭窄率は20.6%であり、薬剤無処置対照と比較して有意な狭窄抑制効果が確認された。一方、比較例1の、市販の薬剤溶出バルーン(IN.PACT)で処置した血管の面積狭窄率は30.4%であり、薬剤無塗布バルーンと比較して低減する傾向が見られたが、効果に改善の余地が十分にあると推測される。
【0044】
これに対して、実施例1の本発明の薬剤放出バルーンで処置した血管の面積狭窄率は、16.8%であり、薬剤無処置対照および比較例1(C2)のIN.PACTと比較して有意な狭窄抑制効果が認められた。また、6よりも強い効果を示し、最も優れた狭窄抑制効果が得られた。
以上のことから、実施例1の本発明のパクリタキセル結晶形態型を有する薬剤コート層の薬剤溶出バルーンは、市販の薬剤溶出バルーンよりも著しく良好な狭窄抑制効果が得られることが明らかとなった。
【0045】
【表2】
【0046】
3.ブタ冠動脈におけるステント留置後の血管リモデリングに対する結果(毒性)
ブタ冠動脈におけるステント留置後の血管リモデリングに対する影響(毒性)として、Fibrin Content ScoreおよびEndothelialzation Scoreを観察した。その結果を表3に示す。尚、Fibrin Content Scoreは、スコアの数字が大きい程、フィブリンの沈着度が大きいことを表し、好ましくなく、一方、Endothelialzation Scoreは、スコアの数字が小さい程、内皮細胞に被覆されていないことを示し、好ましくない。表3中、実施例/比較例の列の1は実施例であり、例6、C1、C2は比較例である。
【0047】
比較例2(C2)の、薬剤無処置対照として薬剤無塗布バルーンで処置した血管のFibrin Content ScoreならびにEndothelialzation Scoreは、薬による効果がないため、血管リモデリングに対する影響(毒性)がなく、スコアはそれぞれ1.00±0.00と3.00±0.00となる。
比較例1(C1)のFibrin Content ScoreおよびEndothelialzation Scoreは、それぞれ、1.27±0.15と2.80±0.11であり、薬剤無塗布バルーンとほぼ同程度であった。これは、薬による狭窄抑制効果が小さいため、血管リモデリングに対する影響(毒性)も小さいと推測される。
【0048】
一方、例6の薬剤溶出バルーンで処置した血管のFibrin Content ScoreおよびEndothelialzation Scoreは、それぞれ、2.61±0.16と1.78±0.17であり、比較例1(C1)および比較例2(C2)と比較して、血管リモデリングに対する影響が大きいことが示唆された。これは、比較例1(C1)および比較例2(C2)よりも狭窄抑制効果が強いためだと考えられる。
これに対して、実施例1の本発明の薬剤溶出バルーンで処置した血管のFibrin Content ScoreおよびEndothelialzation Scoreは、それぞれ、1.53±0.17と2.87±0.09であり、血管リモデリングに対する影響(毒性)は、比較例1(C1)の市販品と同程度であり、高い狭窄抑制効果が得られるにも関わらず、毒性は極めて低いことが明らかとなった。
以上のことから、例6のパクリタキセル結晶形態型を有する薬剤コート層の薬剤溶出バルーンは、著しく良好な狭窄抑制効果を有する。さらに、実施例1の本発明のパクリタキセル結晶形態型を有する薬剤コート層の薬剤溶出バルーンは、著しく良好な狭窄抑制効果を有すると共に、血管リモデリングに対する影響(毒性)もほとんどなく、有効性および副作用(毒性)の両面で非常に優れた薬剤溶出バルーンであることが明らかとなった。
【0049】
【表3】
図1A
図1B
図1C
図1D
図2
図3A
図3B
図4
図5
図6A
図6B
図7
図8