特許第6553831号(P6553831)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6553831改質リン酸タングステン酸ジルコニウム、負熱膨張フィラー及び高分子組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6553831
(24)【登録日】2019年7月12日
(45)【発行日】2019年7月31日
(54)【発明の名称】改質リン酸タングステン酸ジルコニウム、負熱膨張フィラー及び高分子組成物
(51)【国際特許分類】
   C01B 25/45 20060101AFI20190722BHJP
   C08K 9/06 20060101ALI20190722BHJP
   C08L 101/00 20060101ALI20190722BHJP
【FI】
   C01B25/45 Z
   C08K9/06
   C08L101/00
【請求項の数】8
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2019-507963(P2019-507963)
(86)(22)【出願日】2018年10月10日
(86)【国際出願番号】JP2018037768
【審査請求日】2019年2月13日
(31)【優先権主張番号】特願2017-209975(P2017-209975)
(32)【優先日】2017年10月31日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000230593
【氏名又は名称】日本化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002538
【氏名又は名称】特許業務法人あしたば国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】深沢 純也
(72)【発明者】
【氏名】畠 透
【審査官】 ▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】 特開2017−063155(JP,A)
【文献】 特開2015−038197(JP,A)
【文献】 国際公開第2017/061403(WO,A1)
【文献】 特開2016−113608(JP,A)
【文献】 特開2012−131945(JP,A)
【文献】 GAO Xiaodong,Surface Modification of ZrW2O8 and ZrW2O7(OH)・2H2O by In Situ Polymerization: Enhanced Filler Particles for Use in Composites,POLYMER COMPOSITES,2016年,37,1359-1368
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 25/45
C08K 9/06
C08L 101/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1):
−Si(OR (1)
(式中、Rは、炭素数4〜12のアルキル基を示す。Rは、炭素数1〜4のアルキル基を示す。)
で表されるシランカップリング剤によるリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の表面被覆処理物であり、前記一般式(1)で表されるシランカップリング剤による被覆物の被覆量が、リン酸タングスデン酸ジルコニウムに対し、0.05〜30質量%であることを特徴とする改質リン酸タングステン酸ジルコニウム。
【請求項2】
リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の表面を、下記一般式(1):
−Si(OR (1)
(式中、Rは、炭素数4〜12のアルキル基を示す。Rは、炭素数1〜4のアルキル基を示す。)
で表されるシランカップリング剤で表面被覆処理して得られたものであり、前記一般式(1)で表されるシランカップリング剤量が、リン酸タングスデン酸ジルコニウムに対し、0.05〜30質量%であることを特徴とする改質リン酸タングステン酸ジルコニウム。
【請求項3】
前記リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子のBET比表面積が、0.1〜50m/gであることを特徴とする請求項1又は2記載の改質リン酸タングステン酸ジルコニウム。
【請求項4】
前記リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の平均粒子径が、0.02〜50μmであることを特徴とする請求項1〜いずれか1項記載の改質リン酸タングスデン酸ジルコニウム。
【請求項5】
前記リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子は、更に、副成分元素を含有することを特徴とする請求項1〜いずれか1項記載の改質リン酸タングステン酸ジルコニウム。
【請求項6】
下記イオン溶出試験におけるZrイオン溶出濃度が20ppm以下、Wイオン溶出濃度が400ppm以下、Pイオン超出濃度が100ppm以下であることを特徴とする請求項1〜いずれか1項記載の改質リン酸タングステン酸ジルコニウム。
<イオン溶出試験>
改質リン酸タングステン酸ジルコニウム1gを試験水70ml中で、1時間、沸騰処理し、次いで、沸騰処理後の試験水中のZrイオン濃度、Wオン濃度及びPイオン濃度を測定し、該沸騰処理後の試験水中の各イオン濃度を、各イオンの溶出濃度とする。
【請求項7】
請求項1〜いずれか1項記載の改質リン酸タングステン酸ジルコニウムからなることを特徴とする負熱膨張フィラー。
【請求項8】
請求項記載の負熱膨張フィラーと、高分子化合物と、を含有することを特徴とする高分子組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、負熱膨張フィラーとして有用な改質リン酸タングステン酸ジルコニウム、それを用いる負熱膨張フィラー及び高分子組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
多くの物質は温度が上昇すると、熱膨張によって長さや体積が増大する。これに対して、温めると逆に体積が小さくなる負の熱膨張を示す材料(以下「負熱膨張材」ということもある。)も知られている。負の熱膨張を示す材料は、他の材料とともに用いて、温度変化による材料の熱膨張の変化を抑制することができることが知られている。
【0003】
負の熱膨張を示す材料としては、例えば、β−ユークリプタイト、タングステン酸ジルコニウム(ZrW)、リン酸タングステン酸ジルコニウム(ZrWO(PO)、ZnCd1−x(CN)、マンガン窒化物、ビスマス・ニッケル・鉄酸化物等が知られている。
【0004】
リン酸タングステン酸ジルコニウムの線膨張係数は、0〜400℃の温度範囲で、−3.4〜−3.0ppm/℃であり負熱膨張性が大きく、正の熱膨張を示す材料(以下「正熱膨張材」ということもある。)と併用することで、低熱膨張の材料を製造することができる(例えば、特許文献1〜3参照)。
【0005】
また、正熱膨張材の樹脂等の高分子化合物と負熱膨張材とを併用することも提案されている(特許文献4〜5)。
【0006】
しかしながら、リン酸タングステン酸ジルコニウムは、水に接触すると、特に構造中のZrイオンやWイオン、Pイオンが溶出し、このため負熱膨張材としての性能が低下するとの問題、あるいは、これら溶出金属イオンに起因した樹脂やその成形品の性能劣化の問題がある。
【0007】
また、上記問題に加えて、リン酸タングステン酸ジルコニウムは、疎水性の樹脂等の高分子化合物との親和性に問題があり、高分子化合物中に均一に分散させることが難しく、このため、リン酸タングステン酸ジルコニウムを負熱膨張材として含有する低熱膨張性材料を得ることが難しい。
【0008】
また、下記非特許文献1には、ポリイミドに対して分散性を改良する目的でリン酸タングステン酸ジルコニウムをカップリング剤で処理することが提案されているものの具体的なカップリング剤の種類については開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2005−35840号公報
【特許文献2】特開2015−10006号公報
【特許文献3】国際公開第2017/61403号パンフレット
【特許文献4】特開2015−38197号公報
【特許文献5】特開2016−113608号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】日本化学会講演予稿集 Vol.94th No.3 Page.797(2014)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従って、本発明の目的は、リン酸タングステン酸ジルコニウムのZrイオン、Wイオン及びPイオンが溶出し難く、高分子化合物に含有させる負熱膨張フィラーとして好適に使用される改質リン酸タングステン酸ジルコニウム、それを用いる負熱膨張フィラー及び高分子組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記実情に鑑み鋭意研究を重ねた結果、リン酸タングステン酸ジルコニウムの粒子表面を、特定のシランカップリング剤で表面処理することにより得られる改質リン酸タングステン酸ジルコニウムは、水に接触した場合において、Zrイオン、Wイオン及びPイオンの溶出が効果的に抑制されること、及び該改質リン酸タングステン酸ジルコニウムは、樹脂等の高分子化合物中に均一に分散され、負熱膨張フィラーを含有する低熱膨張性材料の製造が可能となることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0013】
すなわち、本発明(1)は、下記一般式(1):
−Si(OR (1)
(式中、Rは、炭素数4〜12のアルキル基を示す。Rは、炭素数1〜4のアルキル基を示す。)
で表されるシランカップリング剤によるリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の表面被覆処理物であり、前記一般式(1)で表されるシランカップリング剤による被覆物の被覆量が、リン酸タングスデン酸ジルコニウムに対し、0.05〜30質量%であることを特徴とする改質リン酸タングステン酸ジルコニウムを提供するものである。
【0015】
また、本発明()は、リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の表面を、下記一般式(1):
−Si(OR (1)
(式中、Rは、炭素数4〜12のアルキル基を示す。Rは、炭素数1〜4のアルキル基を示す。)
で表されるシランカップリング剤で表面被覆処理して得られたものであり、前記一般式(1)で表されるシランカップリング剤量が、リン酸タングスデン酸ジルコニウムに対し、0.05〜30質量%であることを特徴とする改質リン酸タングステン酸ジルコニウムを提供するものである。
【0017】
また、本発明()は、前記リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子のBET比表面積が、0.1〜50m/gであることを特徴とする(1)又は(2)の改質リン酸タングステン酸ジルコニウムを提供するものである。
【0018】
また、本発明()は、前記リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の平均粒子径が、0.02〜50μmであることを特徴とする(1)〜()いずれかの改質リン酸タングスデン酸ジルコニウムを提供するものである。
【0019】
また、本発明()は、前記リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子は、更に、副成分元素を含有することを特徴とする(1)〜()いずれかの改質リン酸タングステン酸ジルコニウムを提供するものである。
【0020】
また、本発明()は、下記イオン溶出試験におけるZrイオン溶出濃度が20ppm以下、Wイオン溶出濃度が400ppm以下、Pイオン超出濃度が100ppm以下であることを特徴とする(1)〜()いずれかの改質リン酸タングステン酸ジルコニウムを提供するものである。
<イオン溶出試験>
改質リン酸タングステン酸ジルコニウム1gを試験水70ml中で、1時間、沸騰処理し、次いで、沸騰処理後の試験水中のZrイオン濃度、Wオン濃度及びPイオン濃度を測定し、該沸騰処理後の試験水中の各イオン濃度を、各イオンの溶出濃度とする。
【0021】
また、本発明()は、(1)〜()いずれかの改質リン酸タングステン酸ジルコニウムからなることを特徴とする負熱膨張フィラーを提供するものである。
【0022】
また、本発明()は、()の負熱膨張フィラーと、高分子化合物と、を含有することを特徴とする高分子組成物を提供するものである。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、リン酸タングステン酸ジルコニウムのZrイオン、Wイオン及びPイオンが溶出し難く、高分子化合物に含有させる負熱膨張フィラーとして好適に使用される改質リン酸タングステン酸ジルコニウム、それを用いる負熱膨張フィラー及び高分子組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】リン酸タングステン酸ジルコニウム試料1の走査型電子顕微鏡写真である。
図2】リン酸タングステン酸ジルコニウム試料2の走査型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の第一の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウムは、下記一般式(1):
−Si(OR (1)
(式中、Rは、炭素数3以上のアルキル基を示す。Rは、炭素数1〜4のアルキル基を示す。)
で表されるシランカップリング剤によるリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の表面被覆処理物であることを特徴とする改質リン酸タングステン酸ジルコニウムである。
【0026】
本発明の第二の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウムは、リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の表面を、下記一般式(1):
−Si(OR (1)
(式中、Rは、炭素数3以上のアルキル基を示す。Rは、炭素数1〜4のアルキル基を示す。)
で表されるシランカップリング剤で表面被覆処理して得られたものであることを特徴とする改質リン酸タングステン酸ジルコニウムである。
【0027】
本発明の第一の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウムは、シランカップリング剤を用いてリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の表面を被覆処理することにより得られる「シランカップリング剤によるリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の表面被覆処理物」である。また、本発明の第二の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウムは、リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の表面を、シランカップリング剤で表面被覆処理して得られたものである。
【0028】
本発明に係るリン酸タングステン酸ジルコニウムは、下記一般式(2):
ZrWO(PO (2)
(式中、xは、1.7≦x≦2.3、好ましくは1.8≦x≦2.2であり、yは、0.85≦y≦1.15、好ましくは0.90≦y≦1.10であり、zは、1.7≦z≦2.3、好ましくは1.8≦z≦2.2である。)
で表される。
【0029】
本発明に係るリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子は、表面被覆処理される前の粒子である。本発明に係るリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の製造履歴は、特に制限されず、本発明に係るリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の製造方法としては、例えば、1)リン酸ジルコニウム、酸化タングステン及びMgO等の反応促進剤を湿式ボールミルで混合し、得られる混合物を焼成する方法(例えば、特開2005−35840号公報参照)、2)リン酸アンモニウム等のリン源と、タングステン酸アンモニウム等のタングステン源及び塩化ジルコニウム等のジルコニウム源を湿式混合した後、焼成する方法(例えば、特開2015−10006号公報参照)、3)酸化ジルコニウム、酸化タングステンとリン酸二水素アンモニウムを含む混合物を焼成する方法(例えば、Materials Research Bulletin、44(2009)、p2045−2049参照)、4)タングステン化合物と、リンとジルコニウムを含む無定形の化合物との混合物を反応前駆体として、該反応前駆体を焼成する方法(国際公開第2017/061402号パンフレット参照)等が挙げられる。そして、本発明に係るリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子では、前記4)の方法で得られたリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子が、工業的に有利な方法で粒子径や粒子形状等の粉体特性を制御し易く、また、負熱特性に優れたものが得られ易い点で好ましい。
【0030】
本発明に係るリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子のBET比表面積は、特に制限されないが、好ましくは0.1〜50m/g、特に好ましくは0.1〜20m/gである。リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子のBET比表面積が、上記範囲にあることにより、改質リン酸タングステン酸ジルコニウムを樹脂やガラス等のフィラーとして用いる際に、取扱いが容易になる。
【0031】
本発明に係るリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の平均粒子径は、特に制限されないが、走査型電子顕微鏡観察法により求められる平均粒子径で、好ましくは0.02〜50μm、特に好ましくは0.5〜30μmである。リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の平均粒子径が、上記範囲にあることにより、改質リン酸タングステン酸ジルコニウムを樹脂やガラス等のフィラーとして用いる際に、取扱いが容易になる。
【0032】
本発明に係るリン酸タングステン酸ジルコニウムは、正熱膨張材に対する分散性や充填特性の向上を目的として、副成分元素を含有することができる。本発明に係るリン酸タングステン酸ジルコニウムの副成分元素としては、例えば、Mg、V、Zn、Cu、Fe、Cr、Mn、Ni、Li、Al、B、Na、K、F、Cl、Br、I、Ca、Sr、Ba、Ti、Hf、Nb、Ta、Y、Yb、Si、S、Mo、Co、Bi、Te、Pb、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ga、Ge、La、Ce、Nd、Sm、Eu、Tb、Dy及びHo等が挙げられる。これらの副成分元素は、1種であっても、2種以上であってもよい。これらの副成分元素うち、Mg及び/又はVが、正熱膨張材に対する分散性や充填特性が高くなる点で、好ましい。なお、副生分元素とは、リン酸タングステン酸ジルコニウムに500ppm以上含有されているZr、W、P及びO以外の全ての元素を指す。
【0033】
本発明に係るリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子中の副成分元素の合計含有量は、リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子全体に対して、好ましくは0.1〜3質量%、特に好ましくは0.2〜2質量%である。リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子中の副成分元素の合計含有量が、上記範囲にあることにより、優れた負熱膨張性を有し、分散性及び充填特性に優れたものになる。なお、リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子が、1種のみの副生分元素を含有する場合は、上記のリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子中の副成分元素の合計含有量は、その1種の副生分元素の含有量を指し、また、リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子が、2種以上の副生分元素を含有する場合は、上記のリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子中の副成分元素の合計含有量は、それら2種以上の副生分元素の含有量の合計を指す。
【0034】
本発明に係るリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の形状は、特に制限されず、例えば、球状、粒状、板状、鱗片状、ウィスカー状、棒状、フィラメント状、破砕状であってもよい。
【0035】
本発明に係るシランカップリング剤は、下記一般式(1):
−Si(OR (1)
(式中、Rは、炭素数3以上のアルキル基を示す。Rは、炭素数1〜4のアルキル基を示す。)
で表されるシランカップリング剤である。
【0036】
本発明の第一の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウム及び本発明の第二の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウムでは、一般式(1)で表されるシランカップリング剤により、リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の表面が被覆処理されていることにより、水に接触した場合においても、Zrイオン、Wイオン及びPイオンの溶出が効果的に抑制され、また、樹脂等の高分子化合物に均一に分散し、負熱膨張フィラーを含有する低熱膨張性材料が得られる。
【0037】
一般式(1)中、Rは、炭素数が3以上、好ましくは4〜12、特に好ましくは6〜12のアルキル基であり、好ましくは直鎖状のアルキル基である。一般式(1)中のRの炭素数が、上記範囲であることにより、Zrイオン、Wイオン及びPイオンの溶出が効果的に抑制され、また、負熱膨張フィラーとして用いたときに、樹脂への分散性が良好となる。一般式(1)中のRは、炭素数が1〜4、好ましくは1〜2のアルキル基である。
【0038】
本発明の第一の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウムでは、一般式(1)で表されるシランカップリング剤による被覆物の被覆量が、改質リン酸タングスデン酸ジルコニウム中のリン酸タングスデン酸ジルコニウムに対し、好ましくは0.05〜30質量%、特に好ましくは0.1〜10質量%、更に好ましくは0.2〜5.0質量%である。一般式(1)で表されるシランカップリング剤による被覆物の被覆量が、上記範囲にあることより、Zrイオン、Wイオン及びPイオンの溶出が効果的に抑制され、また、カップリング剤による粒子同士の凝集が抑制され、更に疎水性も良好となり、負熱膨張フィラーとして用いたときに、樹脂分散性が良好となる。
【0039】
本発明の第二の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウムでは、一般式(1)で表されるシランカップリング剤量が、リン酸タングスデン酸ジルコニウム粒子に対し、好ましくは0.05〜30質量%、特に好ましくは0.1〜10質量%、更に好ましくは0.2〜5.0質量%である。一般式(1)で表されるシランカップリング剤量が、上記範囲にあることより、Zrイオン、Wイオン及びPイオンの溶出が効果的に抑制され、また、カップリング剤による粒子同士の凝集が抑制され、更に疎水性も良好となり、負熱膨張フィラーとして用いたときに、樹脂分散性が良好となる。なお、リン酸タングスデン酸ジルコニウムに対する一般式(1)で表されるシランカップリング剤量とは、表面被覆処理が行われる前のリン酸タングスデン酸ジルコニウム粒子の質量に対する表面被覆処理に用いられる一般式(1)で表されるシランカップリング剤の質量割合を指す。
【0040】
一般式(1)で表されるカップリング剤によるリン酸タングステン酸ジルコニウムの粒子の表面処理方法は、湿式であっても又は乾式であってもよい。
【0041】
一般式(1)で表されるカップリング剤によるリン酸タングステン酸ジルコニウムの粒子の表面処理を湿式法により行う場合は、表面処理方法としては、一般式(1)で表されるカップリング剤を所望の濃度で含む溶媒に、リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子を浸漬し、溶媒ごと噴霧乾燥するか、あるいは、固液分離後、乾燥することにより、リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子を、一般式(1)で表されるカップリング剤で表面処理し、リン酸タングステン酸ジルコニウム粒子を、一般式(1)で表されるカップリング剤で被覆する方法が挙げられる。
【0042】
一般式(1)で表されるカップリング剤によるリン酸タングステン酸ジルコニウムの粒子の表面処理を乾式法により行う場合は、表面処理方法としては、一般式(1)で表されるカップリング剤とリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子を、ヘンシェルミキサー、気流式粉砕機等の機械的手段を用いて、乾式で混合する方法、あるいは、一般式(1)で表されるカップリング剤を溶剤で希釈し、希釈液とリン酸タングステン酸ジルコニウムとを混合し、得られる混合物を加熱乾燥する方法が挙げられる。
【0043】
本発明の第一の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウム及び本発明の第二の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウムは、水に接触した場合においても、Zrイオン及びWイオンの溶出が抑制されたものであるので、本発明の第一の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウム及び本発明の第二の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウムのイオン溶出試験におけるZrイオン溶出濃度は、20ppm以下、好ましくは10ppm以下であり、Wイオン溶出濃度は、400ppm以下、好ましくは300ppm以下であり、Pイオン超出濃度は、100ppm以下、好ましくは50ppm以下である。なお、本発明において、イオン溶出試験は、改質リン酸タングステン酸ジルコニウム1gを試験水70ml中で、1時間、沸騰処理し、次いで、沸騰処理後の試験水中のZrイオン濃度、Wオン濃度及びPイオン濃度を測定することにより求められ、沸騰処理後の試験水中の各イオン濃度を、各イオンの溶出濃度とする。
【0044】
本発明の第一の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウム及び本発明の第二の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウムは、粉末又は溶媒に分散させた形態で用いられる。
【0045】
本発明の第一の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウム及び本発明の第二の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウムは、正熱膨張材と併用されて、低熱膨張の材料を提供することができる。特に、本発明の第一の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウム及び本発明の第二の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウムは、高分子化合物に配合され、低熱膨張性材料を製造するための負熱膨張フィラーとして、好適に用いられる。
【0046】
本発明の負熱膨張フィラーは、本発明の第一の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウム又は本発明の第二の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウムからなることを特徴とする負熱膨張フィラーである。
【0047】
本発明の高分子組成物は、本発明の負熱膨張フィラーと、高分子化合物と、を含有することを特徴とする高分子組成物である。つまり、本発明の高分子組成物では、高分子組成物の負熱膨張フィラーとして、本発明の第一の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウム又は本発明の第二の形態の改質リン酸タングステン酸ジルコニウムが用いられている。
【0048】
本発明の高分子組成物に係る高分子化合物としては、特に制限されないが、例えば、ゴム、ポリオレフィン、ポリシクロオレフィン、ポリスチレン、ABS、ポリアクリレート、ポリフェニレンスルファイド、フェノール樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET樹脂)及びポリ塩化ビニル樹脂等が挙げられる。
【0049】
本発明の高分子組成物では、負熱膨張フィラーの含有量により、高分子組成物の熱膨張率が制御される。本発明の高分子組成物において、本発明の負熱膨張フィラーの含有量は、用途や目的に応じて適宜好適な含有量が選択されるが、多くの場合、本発明の高分子組成物中の本発明の負熱膨張フィラーの含有量は、本発明の高分子組成物全量に対し、1〜90体積%である。
【0050】
また、本発明の高分子組成物は、必要に応じて、本発明の負熱膨張フィラー以外に、その他の配合物として、酸化防止剤、熱安定剤、紫外線吸収剤、滑剤、離剤、染料、顔料を含む着色剤、難燃剤、架橋剤、軟化剤、分散剤、硬化剤、重合開始剤、無機充填剤等の通常の添加剤を含有することができる。
【0051】
本発明の高分子組成物は、公知の方法によって製造される。例えば、高分子化合物が硬化性樹脂の場合、硬化性樹脂(あるいはプレポリマー)、本発明の負熱膨張フィラー及び必要に応じて配合されるその他の配合物を、同時に混入する方法、樹脂成分の一種にあらかじめ本発明の負熱膨張フィラー及び必要に応じて配合されるその他の配合物と混合しておき、これを硬化性樹脂(あるいはプレポリマー)と混合する方法が挙げられ、また、高分子化合物が熱可塑性樹脂の場合、本発明の負熱膨張フィラー及び必要に応じて配合されるその他の配合物を、エクストルーダーで溶融混合する方法、あるいは、本発明の負熱膨張フィラー及び必要に応じて配合される配合物の粒子状物を、均一に機械的に混合した後、射出成形機で混合と同時に成形する方法等が挙げられる。
【実施例】
【0052】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
<リン酸タングステン酸ジルコニウム試料の調製>
(製造例1)(ZWP試料1)
市販の三酸化タングステン(WO;平均粒子径1.2μm)15質量部をビーカーに入れ、更に純水84質量部を添加し、分散剤としてポリカルボン酸アンモニウム塩を1質量部、仕込んだ。
室温(25℃)で(スリーワンモーター撹拌機)を用いて120分間撹拌して、三酸化タングステンを含む15質量%スラリーを調製した。スラリー中の固形分の平均粒子径は1.2μmであった。
次いで、このスラリーに水酸化ジルコニウムと、85質量%リン酸水溶液とを、スラリー中のZr:W:Pのモル比が2.00:1.00:2.00となるように室温(25℃)で添加し、2時間撹拌下に反応を行った。
反応終了後、スラリーの全量を200℃で大気下に24時間乾燥を行って、反応前駆体を得た。得られた反応前駆体についてX線回折を行った結果、三酸化タングステンの回折ピークのみが観察された。
次いで、得られた反応前駆体を950℃で2時間大気中で焼成反応を行い、白色の焼成品を得た。
得られた焼成品をX線回折分析したところ、焼成品は単相のZr(WO)(POであった。また、得られたリン酸タングステン酸ジルコニウム試料の平均粒子径、BET比表面積を測定し、その結果を表1に示す。また、得られたリン酸タングステン酸ジルコニウム試料の走査型電子顕微鏡観察を行った結果、その粒子形状は破砕状であった(図1)。
【0053】
<平均粒子径の測定方法>
測定資料を走査型電子顕微鏡観察し、SEM画像を得、次いで、該SEM画像中から、任意に100個の粒子を抽出し、各粒子の粒子径を測定し、それらの平均値を、平均粒子径として求めた。
【0054】
(製造例2)(ZWP試料2)
市販の三酸化タングステン(WO;平均粒子径1.2μm)15質量部をビーカーに入れ、更に純水84質量部を添加した。
室温(25℃)で120分間撹拌して、三酸化タングステンを含む15質量%スラリーを調製した。スラリー中の固形分の平均粒子径は1.2μmであった。
次いで、このスラリーに水酸化ジルコニウムと、85質量%リン酸水溶液と水酸化マグネシウムとを、スラリー中のZr:W:P:Mgのモル比が2.00:1.00:2.00:0.1となるように室温(25℃)で添加した後、80℃に昇温して4時間撹拌下に反応を行った。
反応終了後、分散剤としてポリカルボン酸アンモニウム塩を1重量部、仕込み、スラリーを攪拌しながら、直径0.5mmのジルコニアビーズを仕込んだメディア攪拌型ビーズミルに供給し、15分間混合して湿式粉砕を行った。湿式粉砕後のスラリー中の固形分の平均粒子径は0.3μmであった。
次いで、220℃に設定したスプレードライヤーに、2.4L/hの供給速度でスラリーを供給し、反応前駆体を得た。得られた反応前駆体についてX線回折を行った結果、三酸化タングステンの回折ピークのみが観察された。
次いで、得られた反応前駆体を960℃で2時間大気中で焼成反応を行い、白色の焼成品を得た。
得られた焼成品をX線回折分析したところ、焼成品は単相のZr(WO)(POであった。また、得られたリン酸タングステン酸ジルコニウム試料の平均粒子径、BET比表面積を測定し、その結果を表1に示す。得られたリン酸タングステン酸ジルコニウム試料の走査型電子顕微鏡観察を行った結果、その粒子形状は球状であった(図2)。
【0055】
【表1】
注)ZWPはリン酸タングステン酸ジルコニウムを表す。
【0056】
(実施例1)
50gのZWP試料1に対して、0.25g(0.5質量%)のシランカップリング剤(デシルメトキシシラン)を加えて、気流式粉砕機(セイシン企業製、A−Oジェットミル)で粉砕混合して、破砕状のリン酸タングステン酸ジルコニウムを、表面被覆処理した改質リン酸タングステン酸ジルコニウム試料Aを得た。なお、気流式粉砕機の条件は下記のとおりである。
・粉体供給速度:3g/分
・プッシャー圧:0.6MPa
・ジェット圧:0.6MPa
【0057】
(実施例2)
50gのZWP試料2に対して、0.25g(0.5質量%)のシランカップリング剤(デシルメトキシシラン)を加えて、20000rpmで1分間、混合機(ラボ用ミキサー:Labo Milser)で混合して、球状のリン酸タングステン酸ジルコニウムを
表面被覆処理した球状の改質リン酸タングステン酸ジルコニウム試料Bを得た。
【0058】
(比較例1〜2)
表面被覆処理していないリン酸タングステン酸ジルコニウム試料であるZWP試料1を比較例1の試料と、ZWP試料2を比較例2の試料とした。
【0059】
(比較例3)エポキシカップリング剤
50gのZWP試料1に対して、0.25g(0.5質量%)のシランカップリング剤(3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン)を加えて、気流式粉砕機(セイシン企業製、A−Oジェットミル)で粉砕混合して、破砕状のリン酸タングステン酸ジルコニウムを表面被覆処理した改質リン酸タングステン酸ジルコニウム試料cを得た。なお、気流式粉砕機の条件は下記のとおりである。
・粉体供給速度:3g/分
・プッシャー圧:0.6MPa
・ジェット圧:0.6MPa
【0060】
<物性の評価>
(粉体の熱膨張係数の評価)
実施例及び比較例のリン酸タングステン酸ジルコニウム又は改質リン酸タングステン酸ジルコニウム試料について、昇温機能が付いたXRD装置(リガク社 Ultima IV)にて、昇温速度20℃/分で、目標温度まで昇温し、更に目標温度に到達してから10分後に、試料のa軸、b軸、c軸に対する格子定数を測定し、格子体積変化(直方体)を線換算して、熱膨張係数を求めた(J. Mat. Sci.,35(2000)2451−2454参照)。その結果を表2に示す。
【0061】
(溶出試験)
試験試料1.0gを、水70mlに加え、試料を100℃の沸騰水中で、1時間沸騰処理した。
次いで、ろ過分離し、ろ液中のZrイオン、Wイオン、Pイオン濃度をICP発光分光装置で測定し、Zrイオン濃度及びWイオン濃度、Pイオン濃度を試料からの溶出濃度として求めた。その結果を表2に示す。
【0062】
【表2】
【0063】
(実施例3〜4)
実施例1で得られた改質リン酸タングステン酸ジルコニウム試料A又は実施例2で得られた改質リン酸タングステン酸ジルコニウム試料Bを5.8gと、エポキシ樹脂(三菱化学 jER807、エポキシ当量160〜175)4.2gを計量し、真空ミキサー(シンキー製 あわとり練太郎ARV−310)にて、回転速度2000rpmで混合して、30体積%のペーストを作製した。
次いで、ペーストに硬化剤(四国化成製 キュアゾール)を100μL加えて、真空ミキサー(シンキー製 あわとり練太郎ARV−310)にて、回転速度1500rpmで混合して、150℃で1時間にわたり硬化させて、高分子組成物試料を得た。
次いで、この高分子組成物試料を5mm角×10mmに切り出して、熱機械分析装置(TMA)を用いて、昇温速度1℃/分で30〜120℃の線膨張係数を測定した。その結果を表3に示す。また、得られた高分子組成物試料の断面を走査型電子顕微鏡像で観察したところ、実施例3及び4のいずれも、改質リン酸タングステン酸ジルコニウムが、高分子組成物中に均一に分散していることが確認できた。
【0064】
(参考例1)
平均粒子径10μmの球状溶融シリカ(線膨張係数5×10−7/℃)と3.3gとエポキシ樹脂(三菱化学 jER807、エポキシ当量160〜175)4.2gを計量し、真空ミキサー(シンキー製 あわとり練太郎ARV−310)にて、回転速度2000rpmで混合して30体積%のペーストを作製した。
次いで、ペーストに硬化剤(四国化成製 キュアゾール)を100μL加えて、真空ミキサー(シンキー製 あわとり練太郎ARV−310)にて、回転速度1500rpmで混合して、150℃で1時間にわたり硬化させて高分子組成物試料を得た。この高分子組成物試料を5mm角×10mmに切り出して熱機械分析装置(TMA)を用いて昇温速度1℃/分で30〜120℃の線膨張係数を測定した。その結果を表3に示す。また、得られた高分子組成物試料の断面を走査型電子顕微鏡像で観察したところ、球状溶融シリカ粒子が高分子組成物中に均一に分散していることが確認できた。
【0065】
【表3】
【要約】
下記一般式(1):R−Si(OR(1)(式中、Rは、炭素数3以上のアルキル基を示す。Rは、炭素数1〜4のアルキル基を示す。)で表されるシランカップリング剤によるリン酸タングステン酸ジルコニウム粒子の表面被覆処理物であることを特徴とする改質リン酸タングステン酸ジルコニウム。
本発明によれば、リン酸タングステン酸ジルコニウムのZrイオン、Wイオン及びPイオンが溶出し難く、高分子化合物に含有させる負熱膨張フィラーとして好適に使用される改質リン酸タングステン酸ジルコニウム、それを用いる負熱膨張フィラー及び高分子組成物を提供することができる。
図1
図2