(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6553906
(24)【登録日】2019年7月12日
(45)【発行日】2019年7月31日
(54)【発明の名称】工作機械及びその工具回転装置
(51)【国際特許分類】
B23Q 15/18 20060101AFI20190722BHJP
G05B 19/404 20060101ALI20190722BHJP
B23Q 17/00 20060101ALI20190722BHJP
【FI】
B23Q15/18
G05B19/404 K
B23Q17/00 A
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-58837(P2015-58837)
(22)【出願日】2015年3月22日
(65)【公開番号】特開2016-175167(P2016-175167A)
(43)【公開日】2016年10月6日
【審査請求日】2018年3月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000174987
【氏名又は名称】三井精機工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098279
【弁理士】
【氏名又は名称】栗原 聖
(72)【発明者】
【氏名】浅井 岳見
【審査官】
牧 初
(56)【参考文献】
【文献】
特開平10−244440(JP,A)
【文献】
特開平11−254212(JP,A)
【文献】
特開2004−148443(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23Q 15/00−15/28
G05B 19/18−19/416
G05B 19/42−19/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸と、該回転軸に取り付けられ該回転軸により回転される工具とを有する工具回転装置と、該工具回転装置における前記回転軸の軸方向の熱変位を非接触で検出する変位計を備え、該変位計の出力に対し、所定の1次遅れ要素の組み合わせにより、前記工具回転装置に起因する熱変位を推定するように構成されていることを特徴とする工作機械。
【請求項2】
請求項1に記載の工作機械において、更に、前記変位計の測定対象であるターゲットにおける当該変位計のプローブが対向する部分に、意図的に振れや穴を設け、前記ターゲットと前記変位計の出力を変換するアナログデジタル変換機と、デジタルローパスフィルタを有することを特徴とする工作機械。
【請求項3】
請求項2に記載の工作機械の工具回転装置であって、前記ターゲットの意図的に設けた穴をバランス調整用に利用することを特徴とする工具回転装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械、その工具回転装置及び主軸熱変位補正方法に関し、特に、回転工具を使用する切削及び研削・研磨を行う工作機械において工具回転軸の回転軸方向の熱変位を補正する装置及び方法に関する。尚、回転軸方向もしくは旋回軸方向とは、ある直線軸回りに、物体が回転する場合にその軸を回転軸方向と呼ぶように定義する。
【背景技術】
【0002】
一般に、回転工具を使用する切削等を行う工作機械においては、工具の回転速度など運転状態を変化させると回転モータや回転体を回転自由に支持する軸受の発熱状態及び軸受の接触角などが変化し、工具の刃先位置が変位してしまう。このうち、特に、発熱状態の変化については、変化からの整定時間が数十分からときに数時間と長くなりがちである(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
そこで、従来、一般には、工具回転状態の変化から加工開始までの時間をとる、いわゆる暖機運転を行う、または、粗加工と仕上げ加工の回転数などを近いものにし、仕上げ加工には変位の影響が小さくなるような工夫をする等の対策が取られている。
【0004】
一方、暖機運転などの時間を許容できない場合には、変位分を補正により抑制する方法が採用される(例えば、特許文献1参照)。即ち、この特許文献1記載の従来例(第1の従来例)では、工作機械の複数部位の温度と工作物の加工寸法を測定し、測定した複数部位の温度の変化と工作物の加工寸法の変化の相関関係を重回帰分析により求め、この重回帰分析により得られた相関関係値が所定値より高い工作機械の部位を選択し、選択された工作機械の部位の温度の変化と工作物の加工寸法の変化の関係式を重回帰分析から求め、この関係式から工作物の加工寸法を予測し、予測された工作物の加工寸法に基づいて工作機械の送り量を補正するようにしている。しかし現実には熱以外の要素でも変位することがありその変位成分については対処されない問題がある。また、工具軸に内蔵し回転体の変位を測定する非接触変位計も市販されており、工作機械によってはその様な変位計の出力をもとに自動で変位分をオフセットして補償する機能を有するものもある(第2の従来例)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】斉ほか,“主軸高速回転に伴う工作機械の熱変位の測定法”, 精密工学会誌 Vol. 65, No. 3 (1999) 396.
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平8−141883
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、例えば、上述した第2の従来例のように変位計を内蔵した工具軸回転装置においても、変位を内蔵する位置によっては、例えば、ヘッドの位置を基準にした回転体の変位を把握し処理することができるに過ぎず、そのようなヘッドを支える機構にも変位を生じる場合には、工作機械主軸回りの変位の正確な把握とその補正処理は困難であった。このため、工作機械主軸回りの変位の正確な把握とその補正処理も可能にする、より高性能な変位補償機能を奏する装置或いは方法の開発が待たれていた。
【0008】
更に、上述した第2の従来例のように変位計を使用する場合、比較的大きな変位を生じる回転軸に関しては測定レンジの大きな変位計を使用しなければならず、補正の分解能も維持しようとすると、高分解能のアナログデジタル変換器(ADConvertor)が必要となるので、高コストとなるという問題があった。このため、より低コストで上記と同等の機能が得られる技術の開発が待たれていた。
【0009】
本発明は、以上のような事情から為されたものであり、その目的は、工作機械向けの工具回転装置において、より低コストで高性能な軸方向
の熱変位補正機能を奏する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上述した低コストで高性能な軸方向
の熱変位補正機能を奏する技術の可能性について様々な観点から鋭意研究した結果、変位のうち熱に関する部分が1次遅れ要素の直列結合のように作用することに着眼し、変位を計測した信号に対し、かかる1次遅れ要素の直列結合を用いた信号処理(後述する
図1のブロック線図に示す)を施すことにより、高性能な軸方向の
熱変位補正が可能となることを見出した。
【0011】
即ち、本発明では、回転軸と、該回転軸に取り付けられ該回転軸により回転される工具とを有する工具回転装置と、該工具回転装置における前記回転軸の軸方向
の熱変位を非接触で検出する変位計を備え、該変位計の出力に対し、所定の1次遅れ要素の組み合わせにより、前記工具回転装置に起因する
熱変位を推定するように構成されていることを特徴とする工作機械が得られる。
【0012】
また、前記工作機械において、更に、
前記変位計の測定対象であるターゲットにおける当該変位計のプローブが対向する部分に、意図的に振れや穴を設け、
前記ターゲットと
前記変位計の出力を変換するアナログデジタル変換機と、デジタルローパスフィルタを有するようにしても良い。
【0013】
更に、本発明では、
前記ターゲットの意図的に設けた穴をバランス調整用に利用する工具回転装置として構成することも可能である。
【0014】
前記所定の1次遅れ要素の組み合わせによる信号処理は、デジタル変換した後に行っても良いことは言うまでもない。
【0015】
また、振れや穴を設けたターゲット部を使用しないで、振れのないターゲット部を使用する構成も可能である。これにより、コストを無視することになるが、シンプルな構成を実現できる。
【0016】
更に、前記変位計の
ターゲットの穴を、ねじ穴にして止めねじを残す回転体のバランス調整用の穴として利用することもできる。ここで、「バランス調整用の穴として利用する」という意味について簡単に説明する。従来、研削装置の砥石フランジに設けた修正面に錘を取り付けることで、砥石の回転の不釣り合い(アンバランス)を修正することが行われている。例えば、研削装置の使用時、フランジに砥石を取り付ける際、その砥石を静バランス台に載せ、周方向に質量の不均一がある場合には重い(質量の大きい)側が遠心力により僅かに外側に来るように回るので、その不均一をキャンセルするようにフランジに修正用の錘を取り付けるようにしている。即ち、「バランス調整用の穴として利用する」とは、そのようなバランス調整の一形態として、フランジの周縁部に全周方向に沿って等間隔に複数の穴を設け、これら複数の穴のうち任意の穴にネジ等の修正用の錘を固定することで、その静的な不釣り合いを修正することを意味している。このように、本発明によれば、変位計のターゲットとなる部品に意図的な振れ成分及び穴を設け、ADC入力後のデジタル信号に対しデジタルのローパスフィルタを設けることにより、ADCの分解能不足の補償への影響を低減できるが、この穴にネジ等の修正用の錘を固定することで、その静的な不釣り合いを修正する回転体のバランス調整用の穴として利用することもできる。
【0017】
前記所定の1次遅れ要素の組み合わせによる信号処理及びデジタルローパスフィルタは演算に対応したPLCや特別な信号処理ハードウェアを用意してもよいし、数値制御コンピュータ(CNC)のソフトウェアプログラムにより構成しても良い。
【0018】
尚、本発明は、必ずしも
熱変位の補償をする必要はなく、
熱変位の安定を推定する用途に利用しても良い。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、工作機械の工具回転装置において、回転状態変化後の軸方向の
熱変位をより高精度にもしくは低コストに補正することができる。また、変位計のターゲットとなる部品に意図的な振れ成分及び穴を設け、アナログデジタル変換器に入力後のデジタル出力信号に対しデジタルのローパスフィルタを設けることにより、前記アナログデジタル変換器の分解能が不足することによる
熱変位補償への影響を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】変位信号に施す信号処理を表すブロック線図である。
【
図2】変位計ターゲットの加工例と変位計設置の例である。
【
図3】
図2の変位計ターゲットとローパスフィルタの効果の例である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
まず、
図1乃至
図3を参照して、本発明の概要を説明する。本発明は、変位のうち熱に関する部分が1次遅れ要素の直列結合のように作用することを利用するものであり、変位を計測した信号に対し、かかる1次遅れ要素の直列結合を用いた信号処理(
図1のブロック線図に示す)を施すことにより、高性能な軸方向の変位補正を可能とすることを特徴とする。
図1は、本発明の特徴である信号処理、即ち、変位を表す信号に対して行う1次遅れ要素の直列結合を用いた信号処理を示すブロック線図、
図2は、変位計のターゲットの加工例と変位計の設置例を示す図、
図3は、
図2の変位計ターゲットとローパスフィルタの効果を説明するための図である。
【0022】
図1に示すように、本発明では、変位を表す信号ΔZsense(t)に対して、1次遅れ要素の直列結合を用いた信号処理を行うことにより、処理結果を表す出力信号ΔZest(t)を得る。尚、
図1中の係数K1,K2,K3,K4 は、熱変位に対する補正係数であり、これらK1,K2,K3,K4の一部は0にすることも可能である。また、
図1に示す例では、3段の信号処理システムを構成しているが、更に多段に構成しても良い。また補正係数は正の値である必要はない。
【0023】
また、本発明では、変位計により熱変位を計測するターゲットには、工作物(加工物)であれば制約は無いが、
図2(a)に示すように、変位計のターゲットに加工を施すのが好適である。即ち、
図2(a)に示す例では、変位計のターゲットである環状の工作物300の外縁部に周方向に沿って等間隔に複数の穴299を加工している。このターゲットである環状の工作物300を
図2(c)に示すように設置し、これに対し変位計のプローブ301を同図に示すように設ける。
図2(c)には、本発明が適用される工作機械の主軸まわりの断面の上側半分が示されており、工具クランプ装置311、変位計のプローブ301、及び環状の工作物300の
図2(a)における矢視A−A断面等が示されており、工具クランプ装置311の左側に工具を固定して工具回転を行う機構部部分を含んでいる。
【0024】
同図に示すように、変位計は、そのプローブ301が環状の工作物300の穴299の位置に対応するように設置されている。変位計のプローブ301には、センサケーブル301cを介して、
図2(b)に示すように、コントローラ302、アナログ入力モジュール303、プログラマブルコントローラ304が接続されており、最終段のプログラマブルコントローラ304は、更に、数値制御コンピュータ(CNC)107に接続されている。そして、変位計のプローブ301の検出した信号は、コントローラ302で電圧に変換されて出力され、更に、アナログ入力モジュール303によってデジタル信号に変換される。このデジタル信号は、プログラマブルコントローラ304に入力されると、プログラマブルコントローラ304のプログラムでデジタルフィルタを通過し、信号処理が行われる。プログラマブルコントローラ304で信号処理までされた値をCNC107に転送し、作業者(図示せず)に通知もしくは通知せずに自動で工作機械のZ軸方向にオフセットを与え、これにより、Z軸方向の変位分の補正が完了する。
【0025】
尚、ターゲットである環状の工作物300において、変位計のプローブ301が対向する部分に、意図的に穴299を設け、また、ターゲット300と変位計の出力を変換するアナログデジタル変換器(ADC)とデジタルローパスフィルタを設けることにより、後述するADCの分解能不足に起因する補償への影響を低減することができる。このように、本発明では、変位計のターゲットとなる部品に意図的な振れ成分及び穴を設け、ADC入力後のデジタル信号に対しデジタルのローパスフィルタを設けることにより、ADCの分解能不足の補償への影響の低減を図る。穴の並ぶ位置はプローブの対向する範囲にずれなく配置しても良いし、ずらしても良い。大きくずらして僅かな信号変化が変位計出力に現れる程度とすることでローパスフィルタの設計は楽になる。
【0026】
図3は、多少の振れ成分がある信号と全く振れ成分のない信号をローパスフィルタ(LPF)に通過させた様子を表す。
図3(a)は、ノイズのみを表し、
図3(b)は、制御された振れ成分とノイズを加算した信号がLPFを通過した場合を表している。このように、意図的な振れ成分とローパスフィルタの組み合わせは分解能不足を隠す効果がある。
【0027】
以上に述べた本発明によれば、工作機械の工具回転装置において、回転状態の変化後の軸方向の変位をより高精度にもしくは低コストに補正して使用することができる。
【0028】
以下、
図4及び
図5を参照して、本発明の実施形態について詳細に説明する。本実施形態の工作機械100は、
図4に示すように、各軸の駆動を司るモータドライバ101,102,103,104,105と、これらモータドライバ101,102,103,104,105のドライバをそれぞれ制御すると共に各軸の回転数、送り速度等を数値制御するCNC(コンピュータ数値制御)装置107を備えており、このCNC(コンピュータ数値制御)装置107には、その数値制御のためのデータ(加工物の諸元)を、例えば対話形式で入力することが可能な加工プログラムが内蔵されている。即ち、本実施形態の工作機械100は、
図5に示すように、直動X−Y−Zの3軸方向と、回転A及びCの2(軸)方向(図示せず)から成る5軸の制御が可能であり、工具回転装置121を固定された軸頭122をX軸方向に駆動するモータドライバ101、Y軸方向に駆動するモータドライバ102,A軸方向に旋回駆動するモータドライバ102,ワークテーブル112をZ軸方向に駆動するモータドライバ103、A軸(X軸回り)に回転駆動するモータドライバ104、及びC軸(Z軸回り)に回転駆動するモータドライバ105と、CNC(コンピュータ数値制御)装置107を備えており、CNC(コンピュータ数値制御)装置107が、所定の加工プログラムに従って、モータドライバ101〜105を各軸方向に駆動制御すること等によって、ワークWが所望の形状に加工され得る。尚、CNC(コンピュータ数値制御)装置107は、工具の回転速度も制御可能であることは言うまでもない。
【0029】
この工作機械100は、例えば、
図5のような構造を持ち工具回転軸201とZ軸方向202が平行になるように構成されている。各モータドライバはX軸モータ111,Y軸モータ112,Z軸モータ113,A軸モータ114,C軸モータ115に接続されている。各モータには回転を検出する検出器(図示せず)が設けられており、また必要な精度に応じて各軸に対し角度及び変位の検出器(図示せず)が設けられサーボ制御を行うことができるようになっている。以上の構成を備える工作機械100は、上述したように、更に、工具回転装置121について、工具回転軸201と、その回転軸方向の変位を非接触で検出することができるプローブ301(
図2参照)を含む変位計を有し、変位計の出力に対し
図1に示す1次遅れ要素の組み合わせにより、工具回転装置121に起因する変位を推定することができる。尚、
図5の例では、工具として砥石209を有している。
【0030】
工具回転装置121には、
図2に示す変位測定用の装置(変位計)のプローブ301を内蔵し、その信号はプローブの検出する信号を電圧として出力するコントローラ302(
図2参照)で電圧に変換した後、アナログ入力モジュール303によってデジタル信号に変換する。デジタル信号はプログラマブルコントローラ304のプログラムでデジタルフィルタと信号処理とを行う。そして、プログラマブルコントローラ304で信号処理までされた値をCNC107に転送し、作業者(図示せず)に通知もしくは通知せずに自動で
図5に示すZ軸方向にオフセットを与える。これにより、Z軸方向の変位分の補正が完了する。
【符号の説明】
【0031】
201 回転軸、 209 工具(砥石)、 121 工具回転装置、
301 変位計のプローブ、 10、20、30 1次遅れ要素、
100 工作機械、 300 ターゲット(環状の工作物)、 299 穴、
303 アナログデジタル変換機(アナログ入力モジュール)、
304 プログラマブルコントローラ(デジタルローパスフィルタ)