(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記(D)〜(F)のポリペプチドが、ピリドキサール−5’−リン酸結合モチーフ(GT(F/L)TKSFG)を有する請求項1又は2記載の改変スターメレラ属微生物。
前記(A)〜(C)からなる群より選択されるポリペプチドと、前記(D)〜(F)からなる群より選択されるポリペプチドとを発現強化する、請求項1〜3のいずれか1項記載の改変スターメレラ属微生物。
前記(A)〜(F)から選択されるポリペプチドの発現の強化が、前記スターメレラ属微生物において、該(A)〜(F)から選択されるポリペプチドをコードする遺伝子の発現量を増加させることである、請求項1〜4のいずれか1項記載の改変スターメレラ属微生物。
前記(A)〜(C)からなる群より選択されるポリペプチドをコードする遺伝子と、前記(D)〜(F)からなる群より選択されるポリペプチドをコードする遺伝子の発現量を増加させた、請求項5記載の改変スターメレラ属微生物。
配列番号1で示される塩基配列からなる遺伝子と、配列番号3で示される塩基配列からなる遺伝子の発現量を増加させた、請求項5又は6記載の改変スターメレラ属微生物。
GAPDH、UGTA1、UGTB1、CYP52M1、PHO1、GAL1、GAL10、ADH1、TDH3、PGK1、TPI1、PYK1、又はTEF1のプロモーターのいずれか1以上と連結された前記(A)〜(F)のポリペプチドをコードする遺伝子を含むベクターまたは該遺伝子を含むDNA断片を、前記スターメレラ属微生物に導入した、請求項5〜7のいずれか1項記載の改変スターメレラ属微生物。
炭素数15〜20の脂肪酸又はそのアルキルエステル、炭素数15〜20の一価アルコール、及び炭素数15〜20のアルカンから選ばれる1種以上を培地に添加して前記改変スターメレラ属微生物を培養する、請求項10記載のアセチル化スフィンゴイドの製造方法。
炭素数15〜20の脂肪酸又はそのアルキルエステルが、ペンタデカン酸、ヘキサデカン酸、ヘプタデカン酸、オクタデカン酸、ノナデカン酸若しくはアラキジン酸又はそのエチルエステルであり、炭素数15〜20の一価アルコールが、1−ヘプタデカノール又は1−オクタデカノールであり、炭素数15〜20のアルカンが、ヘプタデカン又はオクタデカンである、請求項11記載のアセチル化スフィンゴイドの製造方法。
アセチルフィトスフィンゴシンが、テトラアセチルフィトスフィンゴシン及び/又はトリアセチルフィトスフィンゴシンである請求項16記載のアセチル化スフィンゴイドの製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本明細書において、「アミノ酸配列間の同一性」とは、2つのアミノ酸配列をアラインメントしたときに両方の配列において同一のアミノ酸残基が存在する位置の数の全長アミノ酸残基数に対する割合(%)をいう。具体的には、リップマン−パーソン法(Lipman-Pearson法;Science, 227, 1435, (1985))によって計算され、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(Ver.5.1.1;ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行なうことにより算出できる。
【0015】
「遺伝子」とは、二本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各一本鎖DNAを包含する趣旨であり、またその長さに何ら制限されるものではない。また、ポリヌクレオチドとしては、RNA、DNAを例示でき、DNAは、cDNA、ゲノムDNA、合成DNAを包含する。
また、本明細書では、アセチルトランスフェラーゼをコードする遺伝子をアセチルトランスフェラーゼ遺伝子ともいい、SLI1をコードする遺伝子をSLI1遺伝子ともいう。
【0016】
本発明において、「1〜複数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列」の複数個とは、対象とするアミノ酸配列の全アミノ酸残基の20%以下の個数、好ましくは15%以下の個数、より好ましくは10%以下の個数、さらに好ましくは5%以下、さらにより好ましくは2%以下の個数が挙げられる。
また、「1〜複数個の塩基が欠失、置換もしくは付加された塩基配列」の複数個とは、対象とする塩基配列の全塩基の20%以下の個数、好ましくは15%以下の個数、より好ましくは10%以下の個数、さらに好ましくは5%以下の個数、さらにより好ましくは2%以下の個数が挙げられる。
【0017】
また、本明細書において、「相当する位置」または「相当する領域」は、目的アミノ酸配列を参照配列(配列番号2または4で示されるアミノ酸配列)と比較し、各アミノ酸配列中に存在する保存アミノ酸残基に最大の相同性を与えるように配列を整列(アラインメント)させることにより決定することができる。アラインメントは、公知のアルゴリズムを用いて実行することができ、その手順は当業者に公知である。例えば、アラインメントは、上述のリップマン−パーソン法等に基づいて手作業で行うこともできるが、Clustal Wマルチプルアラインメントプログラム(Thompson, J. D. et al, 1994, Nucleic Acids Res. 22:4673-4680)をデフォルト設定で用いることにより行うことができる。Clustal Wは、例えば、欧州バイオインフォマティクス研究所(European Bioinformatics Institute: EBI [www.ebi.ac.uk/index.html])や、国立遺伝学研究所が運営する日本DNAデータバンク(DDBJ [www.ddbj.nig.ac.jp/Welcome-j.html])のウェブサイト上で利用することができる。
【0018】
本明細書において、ポリペプチドまたは遺伝子の「発現強化」または「発現量の増加」とは、当該強化または増加前に比較して、目的のポリペプチドまたは遺伝子の発現を強くすること、または発現量を増加させることを意味する。
【0019】
本発明において、遺伝子改変の対象となるスターメレラ属微生物は、スフィンゴイド、少なくともフィトスフィンゴシンを生産する代謝系を有するものであればよく、例えば、スターメレラ ボンビコーラ、キャンディダ アルビカンス、キャンディダ グラブラーラ等が挙げられ、このうちスターメレラ ボンビコーラが好ましい。具体的には、スターメレラ ボンビコーラ KSM36株(特開昭61-31084)又はNBRC10243株等が挙げられる。斯かるスターメレラ ボンビコーラは、ソホロリピッド(SL)を生産することが知られているが(非特許文献6)、アセチル化スフィンゴイド生産能は有さない。
【0020】
本発明において、「スフィンゴイド」としては、下記の基:
【0022】
を有する炭素鎖長が18〜20の長鎖アミノアルコールが挙げられ、例えば、炭素鎖長が18のスフィンゴイドとしては(2S,3S,4R)−2−アミノオクタデカン−1,3,4−トリオール(フィトスフィンゴシン)、(2S,3R,4E)−2−アミノ−4−オクタデセン−1,3−ジオール(スフィンゴシン)、(2S,3R)−2−アミノオクタデカン−1,3−ジオール(スフィンガニン)、炭素鎖長が19のスフィンゴイドとしては(2S,3S,4R)−2−アミノノナデカン−1,3,4−トリオール(C19フィトスフィンゴシン)、(2S,3R,4E)−2−アミノ−4−ノナデセン−1,3−ジオール(C19スフィンゴシン)、(2S,3R)−2−アミノノナデカン−1,3−ジオール(C19スフィンガニン)、炭素鎖長が20のスフィンゴイドとしては(2S,3S,4R)−2−アミノイコサン−1,3,4−トリオール(C20フィトスフィンゴシン)、(2S,3R,4E)−2−アミノ−4−イコセン−1,3−ジオール(C20スフィンゴシン)、(2S,3R)−2−アミノイコサン−1,3−ジオール(C20スフィンガニン)などが挙げられ、このうち炭素鎖長が18〜20のフィトスフィンゴシンが好ましく、炭素鎖長が19又は20のフィトスフィンゴシンがより好ましく、炭素鎖長が20のフィトスフィンゴシンがさらに好ましい。
【0023】
本発明において、「アセチル化スフィンゴイド」としては、スフィンゴイドが有するアセチル化可能な基(水酸基、アミノ基等)の水素原子の何れか1以上がアセチル基で置換された化合物を意味する。例えば、アセチル化フィトスフィンゴシン、アセチル化スフィンゴシンン、アセチル化スフィンガニンなどが挙げられる。このうち、フィトスフィンゴシンの3つの水酸基及び1つのアミノ基の水素原子の何れか1以上がアセチル基で置換されたアセチル化フィトスフィンゴシンが好ましく、このうち、何れか3箇所がアセチル化されたトリアセチルフィトスフィンゴシン又は4箇所がアセチル化されたテトラアセチルフィトスフィンゴシンがより好ましい。
【0024】
本発明の改変微生物は、スターメレラ属微生物において、スターメレラ ボンビコーラ由来のセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットまたはそれに相当するポリペプチドの発現が強化される。
【0025】
ここで、「セリンパルミトイルトランスフェラーゼ」とは、セリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質またはポリペプチドであり、「セリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニット」とは、複数のサブユニットが複合体を形成しセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を発現する限りにおいて、全長タンパク質、またはその部分ポリペプチドを含み得る。
ここで、「セリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性」とは、L−セリンとパルミトイル−CoAなどのアシル−CoAとの縮合反応を触媒する活性であり得る。「セリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質またはポリペプチド」とは、L−セリンとパルミトイル−CoAなどのアシル−CoAとの縮合反応による3−ケトスフィンガニンの生産を触媒するタンパク質またはポリペプチド、あるいは複数のタンパク質またはポリペプチドからなる複合体であり得る。タンパク質、ポリペプチドまたはこれらの複合体のセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性は、それらにより生成されるセラミド前駆体(例えば3−ケトスフィンガニン、スフィンガニンなど)を測定することで決定することができる。例えば、一定の条件においてL−セリンと、パルミトイル−CoAと、あるタンパク質との存在下で生成されるセラミド前駆体を測定することにより、当該タンパク質がセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を有すると判断できる。生成されるセラミド前駆体の量は、反応液からセラミド前駆体を抽出し、高速液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィーなどに供することによって測定することができる。また、基質に放射性同位体を使用すれば、生成物の放射性同位体量を定量することによって生成されるセラミド前駆体の量を測定することができる。例えば、細胞培養液からのセラミド前駆体の抽出には、クロロホルム、メタノール、アセトンなどの有機溶媒を使用することができる。
【0026】
発現強化されるスターメレラ ボンビコーラ由来のセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットとしては、(A):配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドが挙げられる。上記配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、公知のセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットとの配列同一性は低いにもかかわらず、セリンパルミトイルトランスフェラーゼのサブユニットLCB1として機能するポリペプチドである。つまり、後述の(D)〜(F)のいずれかのポリペプチドと複合体を形成してセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を発現することができる。配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドはスターメレラ ボンビコーラ、例えばスターメレラ ボンビコーラ NBRC10243またはスターメレラ ボンビコーラ KSM36株(FERM BP−799)などから取得することができる。
【0027】
別の実施形態において、本発明で発現強化されるセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットとしては、(B):配列番号2で示されるアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ後述の(D)〜(F)のいずれかのポリペプチドと複合体を形成しセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を発現するポリペプチドが挙げられる。好ましい実施形態において、上記(B)のポリペプチドは、配列番号2で示されるアミノ酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上の配列同一性を有する。
【0028】
また別の実施形態において、本発明で発現強化されるセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットとしては、(C):配列番号2で示されるアミノ酸配列において、1〜複数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ後述の(D)〜(F)のいずれかのポリペプチドと複合体を形成しセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を発現するポリペプチドが挙げられる。ここで、当該複数個とは、前述で定義したとおりであるが、より具体的な例としては100個、好ましくは75個、より好ましくは50個、さらに好ましくは25個、さらにより好ましくは10個であり得る。
【0029】
好ましくは、上記(A)〜(C)のポリペプチドにおいて、配列番号2の163位、またはそれに相当する位置のアミノ酸残基はシステインである。上記システイン残基は、上述した公知のセリンパルミトイルトランスフェラーゼLCB1サブユニットのポリペプチドにおいて高度に保存されているアミノ酸残基である。
【0030】
さらに別の実施形態において、本発明で発現強化されるセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットとしては、(D):配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドが挙げられる。上記配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、公知のセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットとの配列同一性は低いにもかかわらず、セリンパルミトイルトランスフェラーゼのサブユニットLCB2として機能するポリペプチドである。つまり、前述の(A)〜(C)のいずれかのポリペプチドと複合体を形成してセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を発現することができる。配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、スターメレラ ボンビコーラ、例えばスターメレラ ボンビコーラ NBRC10243またはスターメレラ ボンビコーラ KSM36株(FERM BP−799)などから取得することができる。
【0031】
さらにまた別の実施形態において、本発明で発現強化されるセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットとしては、(E):配列番号4で示されるアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ上記(A)〜(C)のいずれかのポリペプチドと複合体を形成しセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を発現するポリペプチドが挙げられる。好ましい実施形態において、上記(E)のポリペプチドは、配列番号4で示されるアミノ酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上の配列同一性を有する。
【0032】
さらに別の実施形態において、本発明で発現強化されるセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットとしては、(F):配列番号4で示されるアミノ酸配列において、1〜複数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ上記(A)〜(C)のいずれかのポリペプチドと複合体を形成しセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を発現するポリペプチドが挙げられる。ここで、当該複数個とは、前述で定義したとおりであるが、より具体的な例としては115個、好ましくは86個、より好ましくは57個、さらに好ましくは28個、さらにより好ましくは11個であり得る。
【0033】
好ましくは、上記(D)〜(F)のポリペプチドは、ピリドキサール−5’−リン酸結合モチーフ(GT(F/L)TKSFG)を有する。より好ましくは、当該(D)〜(F)のポリペプチドにおけるピリドキサール−5’−リン酸結合モチーフは、配列番号4の381位から388位、またはそれに相当する領域に存在する。当該ピリドキサール−5’−リン酸結合モチーフは、上述した公知のセリンパルミトイルトランスフェラーゼLCB2サブユニットのポリペプチドにおいて高度に保存されている。
【0034】
本発明において発現を強化されるセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットは、上記(A)〜(F)からなる群より選択されるポリペプチドのいずれか1つを含み得る。すなわち、本発明において発現を強化されるセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットは、上記(A)〜(F)のポリペプチドのうちのいずれか1つであってもよく、または上記(A)〜(F)のポリペプチドのうちの2つ以上の組み合わせであってもよい。
【0035】
組み合わせの例としては、上記(A)〜(C)のポリペプチドのうちのいずれか2つ以上の組み合わせ;上記(D)〜(F)のポリペプチドのうちのいずれか2つ以上の組み合わせ;上記(A)〜(C)のポリペプチドのうちのいずれか1つと、上記(D)〜(F)のポリペプチドのうちのいずれか1つとの組み合わせ;上記(A)〜(C)のポリペプチドのうちのいずれか1つ以上と、上記(D)〜(F)のポリペプチドのうちのいずれか1つ以上との組み合わせ、などが挙げられる。このうち、上記(A)〜(C)のポリペプチドのうちのいずれか1つと上記(D)〜(F)のポリペプチドのうちのいずれか1つとの組み合わせが好ましい。
【0036】
本発明において発現を強化されるセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットの好ましい例としては、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニット、配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニット、およびそれらの組み合わせが挙げられる。
【0037】
上記(A)〜(F)から選択されるポリペプチドの発現を、スターメレラ ボンビコーラにおいて強化するためには、当該スターメレラ ボンビコーラにおける当該ポリペプチドをコードする遺伝子の発現量を増加させればよい。該遺伝子の発現量を増加させる方法としては、例えば、高発現制御領域の制御下に配置した当該(A)〜(F)のポリペプチドをコードする遺伝子を含むベクターをスターメレラ ボンビコーラに導入するか、当該(A)〜(F)のポリペプチドをコードする遺伝子の複数コピーをスターメレラ ボンビコーラのゲノムに導入するか、または、スターメレラ ボンビコーラに内在するセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットをコードする遺伝子の発現制御領域を野生型に比較して高発現となる発現制御領域に改変して、該遺伝子の発現を高度に誘導させる方法、さらには上記方法を組み合わせる方法などを挙げることができる。
【0038】
本発明において発現量を増加させるべき上記(A)〜(F)のポリペプチドをコードする遺伝子の例としては、(a):配列番号1で示される塩基配列からなる遺伝子、および(d):配列番号3で示される塩基配列からなる遺伝子が挙げられる。配列番号1で示される塩基配列からなる遺伝子、および配列番号3で示される塩基配列からなる遺伝子は、それぞれ、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニット(ポリペプチド(A))、および配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニット(ポリペプチド(D))をコードしている。
【0039】
本発明において発現量を増加させるべき遺伝子の別の例としては、(b):配列番号1で示される塩基配列と80%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、且つセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットの機能を保持するポリペプチド(B)をコードする遺伝子が挙げられる。好ましい実施形態において、当該遺伝子(b)は、配列番号1で示される塩基配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上の配列同一性を有する塩基配列からなる。
【0040】
本発明において発現量を増加させるべき遺伝子のまた別の例としては、(c):配列番号1で示される塩基配列において1〜複数個の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列からなり、且つセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットの機能を保持するポリペプチド(C)をコードする遺伝子が挙げられる。ここで、当該複数個とは、前述で定義したとおりであるが、より具体的な例としては305個、好ましくは229個、より好ましくは152個、さらに好ましくは76個、さらにより好ましくは30個であり得る。
【0041】
本発明において発現量を増加させるべき遺伝子のさらなる例としては、(e):配列番号3で示される塩基配列と80%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、且つセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットの機能を保持するポリペプチド(E)をコードする遺伝子が挙げられる。好ましい実施形態において、本発明の遺伝子はまた、配列番号3で示される塩基配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上の配列同一性を有する塩基配列からなる。
【0042】
本発明において発現量を増加させるべき遺伝子のさらなる例としては、(f):配列番号3で示される塩基配列において1〜複数個の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列からなり、且つセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットの機能を保持するポリペプチド(F)をコードする遺伝子が挙げられる。ここで、当該複数個とは、前述で定義したとおりであるが、より具体的な例としては346個、好ましくは259個、より好ましくは173個、さらに好ましくは86個、さらにより好ましくは34個であり得る。
【0043】
上記(a)〜(c)の遺伝子は、好ましくは、配列番号2の163位、またはそれに相当する位置のアミノ酸残基がシステインであるポリペプチドをコードしている。
上記(d)〜(f)の遺伝子は、好ましくは、ピリドキサール−5’−リン酸結合モチーフ(GT(F/L)TKSFG)を有するポリペプチドをコードしている。より好ましくは、当該ピリドキサール−5’−リン酸結合モチーフが配列番号4の381位から388位、またはそれに相当する領域に存在するポリペプチドをコードしている。
【0044】
本発明において上記(A)〜(F)から選択されるポリペプチドの発現を強化する場合、上記(a)〜(f)からなる群より選択される遺伝子のいずれか1つ、または上記(a)〜(f)の遺伝子のうちいずれか2つ以上の組み合わせの発現量を増加させればよい。
【0045】
組み合わせの例としては、上記(a)〜(c)の遺伝子のうちのいずれか2つ以上の組み合わせ;上記(d)〜(f)の遺伝子のうちのいずれか2つ以上の組み合わせ;上記(a)〜(c)の遺伝子のうちのいずれか1つと、上記(d)〜(f)の遺伝子のうちのいずれか1つとの組み合わせ;上記(a)〜(c)の遺伝子のうちのいずれか1つ以上と、上記(d)〜(f)の遺伝子のうちのいずれか1つ以上との組み合わせ、などが挙げられる。このうち、上記(a)〜(c)の遺伝子のうちのいずれか1つと上記(d)〜(f)の遺伝子のうちのいずれか1つとの組み合わせが好ましい。
【0046】
本発明において発現量を増加させるべき遺伝子の好ましい例としては、配列番号1で示される塩基配列からなるセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットをコードする遺伝子、配列番号3で示される塩基配列からなるセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットをコードする遺伝子、およびそれらの組み合わせが挙げられる。
【0047】
上記(A)〜(F)から選択されるポリペプチドをコードする遺伝子は、スターメレラ
ボンビコーラ、例えばスターメレラ ボンビコーラ(NBRC10243)またはスターメレラ ボンビコーラ KSM36株(FERM BP−799)などから、当該分野で用いられる任意の方法を用いて単離することができる。例えば、上記(a)および(d)の遺伝子は、スターメレラ ボンビコーラの全ゲノムDNAを抽出した後、配列番号1または3の塩基配列を元に設計したプライマーを用いたPCRにより標的遺伝子を選択的に増幅し、増幅した遺伝子を精製することで得ることができる。あるいは、上記(a)および(d)の遺伝子は、配列番号2または4で示されるセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットのアミノ酸配列に基づいて、遺伝子工学的または化学的に合成することができる。
【0048】
上記(b)、(c)、(e)、(f)の遺伝子は、(a)または(d)の塩基配列を有する微生物を紫外線照射や薬剤処理による突然変異導入のような公知の突然変異導入法により変異を導入した後、遺伝子を単離することによって作製することができる。または、予め単離または合成された遺伝子(a)または(d)の塩基配列に対して、点変異導入やランダム変異導入のような公知の変異導入法により変異を導入することによっても作製することができる。例えば、当該遺伝子は、配列番号1または3で示される塩基配列に公知の方法で変異導入し、得られた塩基配列を発現させてセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を調べ、所望のセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を選択することによって、得ることができる。
【0049】
上記(A)〜(F)から選択されるポリペプチドをコードする遺伝子(例えば、上記(a)〜(f)の遺伝子)を含むベクターは、当該遺伝子をベクターに導入することによって作製することができる。当該遺伝子を導入すべきベクターの種類としては、特に限定されず、タンパク質産生に通常用いられるベクター、例えばプラスミド、コスミド、ファージ、ウイルス、YAC、BACなどが挙げられる。このうち、プラスミドベクターが好ましく、タンパク質の高発現を誘導するプラスミドベクターがより好ましい。当業者は、宿主細胞の種類にあわせて、好適なベクターを選択することができる。タンパク質発現用プラスミドベクターは、宿主に応じて作製してもよいが、市販品を使用してもよい。
【0050】
上記ベクターにおいては、上記(A)〜(F)から選択されるポリペプチドをコードする遺伝子の上流に、当該遺伝子の転写を開始させるためのプロモーター領域などの制御配列が作動可能に連結されていてもよい。あるいは、当該ベクターが適切に導入された細胞を選択するためのマーカー(薬剤耐性遺伝子や栄養要求性相補遺伝子など)がさらに組み込まれていてもよい。本明細書において、遺伝子と制御配列が「作動可能に連結されている」とは、当該制御領域による制御の下に発現し得るように当該遺伝子が配置されていることをいう。当該制御配列の例としては、グリセルアルデヒドデヒドロゲナーゼ(GAPDH)のプロモーター、酸性ホスファターゼ(PHO1)のプロモーター、ガラクトキナーゼ(GAL1)のプロモーター、アルドース−1−エピメラーゼ(GAL10)のプロモーター、アルコールデヒドロゲナーゼ(ADH1)のプロモーターなどの、後述する宿主細胞において発現量の多い遺伝子のプロモーターが挙げられる。上記各プロモーターは酵母由来のプロモーターが好ましく、スターメレラ ボンビコーラ、ウィッカーハモミセス シフェリ(Wickerhamomyces ciferrii)、およびサッカロマイセス セレビシエ由来のプロモーターがより好ましく、スターメレラ ボンビコーラ由来のプロモーターがさらに好ましい。
【0051】
上記宿主細胞において発現量の多い遺伝子のプロモーターとしては、上述した制御配列の例に挙げたプロモーターに加えて、トリオースリン酸デヒドロゲナーゼ(TDH3)のプロモーター、3−ホスホグリセレートキナーゼ(PGK1)のプロモーター、トリオースリン酸イソメラーゼ(TPI1)のプロモーター、翻訳伸長因子(TEF1)のプロモーター、ピルビン酸キナーゼ(PYK1)のプロモーター、P450(CYP52M1)のプロモーター、UDPグルコシルトランスフェラーゼ(UGTA1、UGTB1)のプロモーターなどが挙げられる。上記各プロモーターは各遺伝子を有する酵母由来のプロモーターが好ましく、スターメレラ ボンビコーラ、ウィッカーハモミセス シフェリ、およびサッカロマイセス セレビシエ由来のプロモーターがより好ましく、スターメレラ ボンビコーラ由来のプロモーターがさらに好ましい。
【0052】
上記(A)〜(F)から選択されるポリペプチドをコードする遺伝子(例えば、上記(a)〜(f)の遺伝子)を宿主細胞のゲノムに導入する方法としては、特に限定されないが、例えば、SOE(splicing by overhang extension)−PCR法(Gene, 77, 61, 1989)等により調製された当該遺伝子を含むDNA断片を用いた二重交差法が挙げられる。当該遺伝子を含むDNA断片は、上述する宿主細胞において発現量の多い遺伝子のプロモーター配列の下流に導入されてもよく、あるいは、予め当該遺伝子を含むDNA断片と当該プロモーター配列とを作動可能に連結した断片を作製し、当該断片を宿主のゲノムに導入してもよい。さらに、当該遺伝子を含むDNA断片はまた、当該遺伝子が適切に導入された細胞を選択するためのマーカー(薬剤耐性遺伝子や栄養要求性相補遺伝子など)と予め連結されていてもよい。
【0053】
上記(A)〜(F)から選択されるポリペプチドをコードする遺伝子またはそれを含むベクターをスターメレラ ボンビコーラに導入する手段としては、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法、酢酸リチウム法、熱処理法など、通常使用されるいずれの方法でも用いることができる。
【0054】
セリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットをコードする遺伝子を内在的に有するスターメレラ ボンビコーラにおいては、当該遺伝子(例えば、上記(a)または(d)の遺伝子)の上流に、野生型または発現強化前に比較して発現量を多くできるプロモーター、例えば上述した宿主細胞において発現量の多い遺伝子のプロモーター、を導入し、該遺伝子と作動可能に連結することにより、当該内在的遺伝子の発現量を増加させることもできる。これに加えて、さらに上述したように、上記(A)〜(F)から選択されるポリペプチドをコードする遺伝子を外部から導入してもよい。
【0055】
上記(A)〜(F)から選択されるポリペプチドをコードする遺伝子の発現を増加させ方法の好ましい例としては、上記(a)〜(c)として例示した遺伝子または上記(d)〜(f)として例示した遺伝子を上記GAPDHのプロモーターの下流に連結する方法、当該(a)〜(c)の遺伝子と当該(d)〜(f)の遺伝子を両方とも上記GAPDHのプロモーターの下流に連結する方法、当該(a)〜(c)の遺伝子と当該(d)〜(f)の遺伝子のぞれぞれの上流にGAPDHプロモーターを連結する方法、当該(a)〜(c)の遺伝子を上記GAPDHのプロモーターの下流に連結し、且つ当該(d)〜(f)の遺伝子を上記TDH3のプロモーターの下流に連結する方法などにより、これらの遺伝子を過剰発現させるベクターを構築するか、またはこれらの遺伝子が過剰発現するようにゲノムを改変する方法を挙げることができる。遺伝子の種類とプロモーターの組み合わせは、上記(A)〜(F)から選択されるポリペプチドの発現が強化できればどのような組み合わせでも良い。また上記(a)〜(c)の遺伝子を含むベクターと、上記(d)〜(f)の遺伝子を含む別のベクターは、それぞれ別個に構築してもよく、1つのベクターとして構築してもよい。
【0056】
上記(A)〜(F)から選択されるセリンパルミトイルトランスフェラーゼをコードする遺伝子が適切に導入されたスターメレラ ボンビコーラは、当該遺伝子とともに薬剤耐性遺伝子や栄養要求性相補遺伝子などのマーカー遺伝子を導入すれば、当該マーカー遺伝子の発現を指標として選択することができ、あるいは、当該遺伝子の機能を欠損したスターメレラ ボンビコーラに当該遺伝子を導入すれば、フィトスフィンゴシンを添加しない培地での生育を指標として選抜することができる。
【0057】
以上の方法により、スターメレラ ボンビコーラ由来のセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットを発現強化したスターメレラ属微生物を得ることができる。
【0058】
本発明においては、更に、アセチルトランスフェラーゼ遺伝子が当該スターメレラ属微生物に導入される。斯かる遺伝子は、ウィッカーハモミセス シフェリイから見出され、SLI1と命名されたアセチルトランスフェラーゼ、並びに当該ポリペプチドから演繹されるポリペプチド、具体的には、以下の(G)〜(I)から選ばれるアミノ酸配列からなり、且つアセチルトランスフェラーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子が挙げられる。
(G)配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(H)配列番号6で示されるアミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸残基が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(I)配列番号6で示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド
【0059】
ここで、配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、ウィッカーハモミセス シフェリイ由来のSLI1であり、アセチルトランスフェラーゼ活性、好適にはスフィンゴイド、好ましくはフィトスフィンゴシンに対するアセチル化活性を有する。
【0060】
また、(H)のポリペプチドにおいて、1〜数個とは1〜88個、好ましくは1〜66個、さらに好ましくは1〜44個、さらに好ましくは1〜22個、さらにより好ましくは8個である。
【0061】
さらに、(I)の配列番号6で示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列としては、配列番号6で示されるアミノ酸配列において相当する配列を適切にアライメントした時、配列番号6で示されるアミノ酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を意味する。
また(G)〜(I)のポリペプチドをコードする遺伝子は、アミノ酸配列が(G)〜(I)に該当する限り、いかなるコドンを選択してもよい。例えば、スターメレラ属微生物に適したコドンを選択することが好ましい。
【0062】
(H)及び(I)のホリペプチドをコードする遺伝子としては、例えば、(h)配列番号5で示される塩基配列において、1〜数個の塩基が欠失、置換もしくは付加された塩基配列からなり、且つアセチルトランスフェラーゼ活性を有するポリペプチド(H)をコードする遺伝子、(i)配列番号5で示される塩基配列と80%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つアセチルトランスフェラーゼ活性を有するポリペプチド(I)をコードする遺伝子が挙げられる。この場合、1〜数個とは1〜265個、好ましくは1〜198個、より好ましくは1〜132個、さらに好ましくは1〜66個、さらにより好ましくは26個である。また、80%以上の配列同一性としては、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上である。
【0063】
アセチルトランスフェラーゼ活性としては、具体的にはスフィンゴイドに対するアセチル化反応を触媒する活性が挙げられ、好ましくはフィトスフィンゴシンに対するアセチル化反応を触媒する活性、具体的にはフィトスフィンゴシンの3つの水酸基及び1つのアミノ基のうちの3箇所以上をアセチル化する反応を触媒する活性が挙げられる。
【0064】
(G)のポリペプチドをコードする遺伝子は、配列番号5で示される塩基配列を参考にプライマーを作製し、ウィッカーハモミセス シフェリイのDNAをテンプレートとする常法のPCR法で容易に得ることができる。
すなわち、例えば、配列番号5に示すSLI1遺伝子のN末端開始コドンを含む配列からなるオリゴヌクレオチドA、及び該遺伝子の終始コドンを含む配列と相補的な配列からなるオリゴヌクレオチドBを化学合成し、これらのオリゴヌクレオチドAとBを1セットにし、ウィッカーハモミセス シフェリイのDNAをテンプレートとしてPCR反応を行なうことにより得ることができる。また、こうして得られる遺伝子断片を効率よくプラスミドベクター等にクローニングを行なうために、オリゴヌクレオチドプライマーの5’末端側に制限酵素切断のための配列を付加して用いることもできる。ここで、プライマーとしては、SLI1遺伝子の塩基配列に関する情報をもとにして化学合成されたヌクレオチド等が一般的に使用できるが、既に取得されたSLI1遺伝子やその断片も良好に利用できる。当該ヌクレオチドとしては、配列番号5に対応する部分ヌクレオチド配列であって、10〜50個の連続した塩基、好ましくは15〜35個の連続した塩基等が挙げられる。
また、PCRの条件は、例えば98℃2分、(98℃10秒、55℃5秒、72℃1分)×30サイクルが挙げられる。
【0065】
また、その当該塩基配列又はアミノ酸配列に従い、DNA合成機により人工的に合成して得ることもできる。DNA合成に際しては、同一のアミノ酸残基であっても、異なるコドンを選択(コドン変換)することができる。前記コドン変換したDNAの一態様として、ウィッカーハモミセス シフェリイのSLI1をコードするDNA中に存在するスターメレラ属微生物におけるレアコドン(当該微生物におけるコドンの使用頻度が少ないもの)を、コードするアミノ酸を同一のまま、スターメレラ属微生物の翻訳機構において利用頻度が高いコドンに変換したDNAが挙げられ、具体的には、配列番号7で示される塩基配列からなるDNAが挙げられる。
【0066】
上記(H)、(I)のポリペプチドをコードする遺伝子は、上記の手順で単離または合成された遺伝子の塩基配列に対して、公知の変異導入法により変異を導入することによって、作製することができる。例えば、当該遺伝子は、配列番号5で示される塩基配列に公知の方法で変異導入し、得られた塩基配列を発現させてアセチルトランスフェラーゼ活性を調べ、所望のアセチルトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を選択することによって、得ることができる。
【0067】
本発明において、アセチルトランスフェラーゼ遺伝子のスターメレラ属微生物への導入は、上記のアセチルトランスフェラーゼ遺伝子を宿主微生物に発現可能なように導入すればよい。例えば、上述したスターメレラ ボンビコーラ由来のセリンパルミトイルトランスフェラーゼサブユニットまたはそれに相当するポリペプチドの発現が強化されたスターメレラ属微生物に対して、上記のアセチルトランスフェラーゼ遺伝子を発現可能に導入する方法が挙げられる。
【0068】
当該遺伝子を発現可能に導入する方法としては、特に限定されず、(a)〜(f)の遺伝子を導入する方法として既述した方法が採用できる。例えば、上記のアセチルトランスフェラーゼ遺伝子を含む核酸断片であって、その上流側で、転写開始制御領域若しくは転写開始制御領域とリボソーム結合部位を含むDNA断片と適正な形で結合している核酸断片を導入すればよい。
このような断片は、(1)そのまま核酸断片として、あるいはプラスミドベクター等に導入された核酸断片として導入すること、(2)その両端に宿主が有する染色体の一部配列からなる核酸断片が付加された核酸断片として導入すること、により宿主微生物に遺伝的に安定に保持させることができる。導入する遺伝子のコピー数は何ら限定されず、シングルコピーで当該遺伝子を導入しても良いし、マルチコピーで当該遺伝子を導入しても良い。
(1)の核酸断片の宿主微生物内への導入方法としては、エレクトロポレーション法、酢酸リチウム法等が挙げられる。
また、(2)の断片を導入すれば、核酸断片に付加された宿主染色体が有する配列に相当する部位において相同組換えが起こり、導入した核酸断片が微生物内の染色体に組み込まれる。
【0069】
尚、アセチルトランスフェラーゼ遺伝子の上流に結合する転写開始制御領域若しくは転写開始制御領域とリボソーム結合部位としては、宿主微生物において機能を有するものであればよく、例えば、アセチルトランスフェラーゼ遺伝子の本来の転写開始制御領域若しくは転写開始制御領域とリボソーム結合部位、又はその他の公知の転写開始制御領域若しくは転写開始制御領域とリボソーム結合部位が挙げられる。例えば、グリセルアルデヒドデヒドロゲナーゼ(GAPDH)のプロモーター、酸性ホスファターゼ(PHO1)のプロモーター、ガラクトキナーゼ(GAL1)のプロモーター、アルドース−1−エピメラーゼ(GAL10)のプロモーター、アルコールデヒドロゲナーゼ(ADH)のプロモーター、トリオースリン酸デヒドロゲナーゼ(TDH3)のプロモーター、3−ホスホグリセレートキナーゼ(PGK1)のプロモーター、トリオースリン酸イソメラーゼ(TPI1)のプロモーター、翻訳伸長因子(TEF1)のプロモーター、ピルビン酸キナーゼ(PYK1)のプロモーター、P450(CYP52M1)のプロモーター、UDPグルコシルトランスフェラーゼ(UGTA1、UGTB1)のプロモーターを使用することができる。
【0070】
斯くして作製された改変スターメレラ属微生物は、アセチル化フィトスフィンゴシン等のアセチル化スフィンゴイドを良好に生産する能力を有し、当該微生物を培養したときに培地中に当該アセチル化スフィンゴイドを排出する。
【0071】
上述した本発明に係る改変スターメレラ属微生物を培地にて培養し、培地中にアセチル化スフィンゴイドを蓄積させ、培地に含まれるアセチル化スフィンゴイドを回収することにより、アセチル化スフィンゴイドを製造することができる。
【0072】
また、本発明に係る改変スターメレラ属微生物を用いたアセチル化スフィンゴイドの製造においては、脂肪酸又はそのアルキルエステル、アルコール及びアルカンから選ばれる1種以上を培地に添加すること、更にはこれらと非イオン性界面活性剤を組み合わせて培地に添加することにより、アセチル化スフィンゴイドの生産量を格段に向上させることができる。
【0073】
ここで、脂肪酸としては、ペンタデカン酸、ヘキサデカン酸(パルミチン酸)、ヘプタデカン酸、オクタデカン酸(ステアリン酸)、ノナデカン酸、アラキジン酸等の炭素鎖長が15〜20の脂肪酸が挙げられ、アルキルエステルとしては、炭素数1〜4のアルキルエステル、好ましくはメチルエステル、エチルエステルが挙げられる。好適な脂肪酸又はそのアルキルエステルとしては、ペンタデカン酸エチル、パルミチン酸エチル、ヘプタデカン酸エチル、ステアリン酸エチルが挙げられる。
【0074】
アルコールとしては、1−ペンタデカノール、1−ヘキサデカノール、1−ヘプタデカノール、1−オクタデカノール、1−ノナデカノール、1−エイコサノール等の炭素数 15〜20の一価アルコールが挙げられる。好適には炭素数15〜18の一価アルコールが挙げられ、より好ましくは、例えば1−ヘプタデカノール、1−オクタデカノールである。
【0075】
アルカンとしては、ペンタデカン、ヘキサデカン、ヘプタデカン、オクタデカン、ノナデカン、エイコサン等の炭素数15〜20のアルカンが挙げられ、直鎖又は分岐の何れでもよい。好適には炭素数15〜18の直鎖アルカンが挙げられ、より好ましくは、例えばヘプタデカン、オクタデカンである。
【0076】
また、これらの脂肪酸又はそのアルキルエステル、アルコール又はアルカンは、非イオン系界面活性剤と共に培地に添加することにより、更にアセチル化スフィンゴイドの生産量を向上させることができる。
斯かる非イオン性界面活性剤としては、例えば、ポリオキシアルキレンアルキル(炭素数8〜20)エーテル、アルキルポリグリコシド、ポリオキシアルキレンアルキル(炭素数8〜20)フェニルエーテル、ポリオキシアルキレンソルビタン脂肪酸(炭素数8〜22)エステル、ポリオキシアルキレングリコール脂肪酸(炭素数8〜22)エステル等が挙げられ、この内、ポリオキシアルキレンソルビタン脂肪酸(炭素数8〜22)エステルが好ましい。尚、好適に使用できる市販の非イオン性界面活性剤としては、例えばTween20(ポリオキシエチレンソルビタンモノラウラート)、Tween40(ポリオキシエチレンソルビタンモノパルミタート)、Tween60(ポリオキシエチレンソルビタンモノステアラート)、Tween80(ポリオキシエチレンソルビタンモノオレアート)、Tween85(ポリオキシエチレンソルビタントリオレアート)等が挙げられる。
【0077】
ここで、脂肪酸又はそのアルキルエステル、アルコール又はアルカンの添加量は、好ましくは1質量%以上で、好ましくは30質量%以下、より好ましくは10質量%以下、更に好ましくは3質量%以下である。また、好ましくは1〜30質量%、より好ましくは1〜10質量%、更に好ましくは1〜3質量%である。
【0078】
また、非イオン性界面活性剤の添加量は、好ましくは0.01質量%以上で、好ましくは10質量%以下、より好ましくは5質量%以下、更に好ましくは1質量%以下である。また、好ましくは0.01〜10質量%、より好ましくは0.1〜5質量%、更に好ましくは0.3〜1質量%である。
【0079】
培養に用いる培地は、炭素源、窒素源、無機塩類、その他必要に応じてアミノ酸、ビタミン等の有機微量栄養素を含有する通常の培地を用いることができる。合成培地または天然培地のいずれも使用可能である。培地に使用される炭素源および窒素源は培養する菌株が利用可能であるものならばいずれの種類を用いてもよい。
【0080】
炭素源としては、グルコース、グリセロール、フラクトース、スクロース、マルトース、マンノース、ガラクトース、澱粉加水分解物、糖蜜等の糖類が使用でき、その他、酢酸、クエン酸等の有機酸、エタノール等のアルコール類も単独あるいは他の炭素源と併用して用いることができる。窒素源としては、アンモニア、硫酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、酢酸アンモニウム等のアンモニウム塩または硝酸塩等が使用することができる。有機微量栄養素としては、アミノ酸、ビタミン、脂肪酸、核酸、更にこれらのものを含有するペプトン、カザミノ酸、酵母エキス、大豆たん白分解物等が使用でき、生育にアミノ酸などを要求する栄養要求性変異株を使用する場合には要求される栄養素を補添することが好ましい。無機塩類としてはリン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩等が使用できる。
【0081】
培養は、好ましくは、培養温度20〜33℃に制御することが好ましい。このような条件下で、好ましくは24時間〜200時間程度培養することにより、培養液中にアセチル化フィトスフィンゴシンを蓄積することができる。
【0082】
培養終了後の培養液からアセチル化スフィンゴイドを回収する方法は、特に限定されないが、公知の回収方法に従って行えばよい。例えば、培養液から菌体を除去した後に濃縮晶析する方法あるいはイオン交換クロマトグラフィー等によってアセチル化スフィンゴイドを回収することができる。
【0083】
上述した実施形態に関し、本発明においては以下の態様が開示される。
<1>スターメレラ属微生物において、以下の(A)〜(F):
(A)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
(B)配列番号2で示されるアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ(D)〜(F)のいずれかのポリペプチドと複合体を形成しセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を発現するポリペプチド
(C)配列番号2で示されるアミノ酸配列において、1〜複数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ(D)〜(F)のいずれかのポリペプチドと複合体を形成しセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を発現するポリペプチド
(D)配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
(E)配列番号4で示されるアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ(A)〜(C)のいずれかのポリペプチドと複合体を形成しセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を発現するポリペプチド
(F)配列番号4で示されるアミノ酸配列において、1〜複数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ(A)〜(C)のいずれかのポリペプチドと複合体を形成しセリンパルミトイルトランスフェラーゼ活性を発現するポリペプチドより選択されるポリペプチドの発現が強化され、且つ以下の(G)〜(I):
(G)配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(H)配列番号6で示されるアミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸残基が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(I)配列番号6で示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド、から選ばれるアミノ酸配列からなり、且つアセチルトランスフェラーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子が導入された改変スターメレラ属微生物。
<2>上記(A)〜(C)のポリペプチドが、配列番号2の163位、またはそれに相当する位置にシステイン残基を有する<1>の改変スターメレラ属微生物。
<3>上記(D)〜(F)のポリペプチドが、ピリドキサール−5’−リン酸結合モチーフ(GT(F/L)TKSFG)を有する<1>又は<2>の改変スターメレラ属微生物。
<4>上記(B)のポリペプチドは、配列番号2で示されるアミノ酸配列と、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらにより好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、なお好ましくは98%以上の配列同一性を有し、上記(E)のポリペプチドは配列番号4で示されるアミノ酸配列と、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、なお好ましくは98%以上の配列同一性を有する、<1>〜<3>の改変スターメレラ属微生物。
<5>上記(A)〜(C)からなる群より選択されるポリペプチドと、上記(D)〜(F)からなる群より選択されるポリペプチドが発現強化された、<1>〜<4>の改変スターメレラ属微生物。
<6>上記(A)〜(F)から選択されるポリペプチドの発現の強化が、上記スターメレラ属微生物において、該(A)〜(F)から選択されるポリペプチドをコードする遺伝子の発現量を増加させた、<1>〜<5>の改変スターメレラ属微生物。
<7>上記(A)〜(C)からなる群より選択されるポリペプチドをコードする遺伝子と、上記(D)〜(F)からなる群より選択されるポリペプチドをコードする遺伝子の発現量を増加させた、<5>又は<6>の改変スターメレラ属微生物。
<8>配列番号1で示される塩基配列からなる遺伝子と、配列番号3で示される塩基配列からなる遺伝子の発現量を増加させた、<5>〜<7>の改変スターメレラ属微生物。
<9>GAPDH、UGT、PHO、GAL1、ADH1、TDH3、PGK1、TPI1、又はTEF1のプロモーターのいずれか1以上と連結された上記遺伝子を含むベクターまたは該遺伝子の断片を導入した、<6>〜<8>の改変スターメレラ属微生物。
<10>GAPDHのプロモーターと連結された上記遺伝子を含むベクターまたは該遺伝子の断片を導入した、<6>〜<9>の改変スターメレラ属微生物。
<11>(G)の1〜数個が、1〜88個、好ましくは1〜66個、さらに好ましくは1〜44個、さらに好ましくは1〜22個、さらにより好ましくは8個である、<1>〜<10>の改変スターメレラ属微生物。
<12>(H)のポリペプチドが、配列番号6のアミノ酸配列と好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の同一性を有するアミノ酸配列である、<1>〜<10>の改変スターメレラ属微生物。
<13>スターメレラ属微生物が、スターメレラ ボンビコーラである<1>〜<12>の改変スターメレラ属微生物。
<14>スターメレラ ボンビコーラがスターメレラ ボンビコーラ KSM36株又はスターメレラ ボンビコーラ NBRC10243株である<13>の改変スターメレラ属微生物。
<15>さらにcyp52M1遺伝子が欠失又は不活性化されている、<1>〜<14>の改変スターメレラ属微生物。
<16><1>〜<15>の改変スターメレラ属微生物を培養する、アセチル化スフィンゴイドの製造方法。
<17>炭素数15〜20の脂肪酸又はそのアルキルエステル、炭素数15〜20の一価アルコール、及び炭素数15〜20のアルカンから選ばれる1種以上を培地に添加して前記改変スターメレラ属微生物を培養する、<16>のアセチル化スフィンゴイドの製造方法。
<18>炭素数15〜20の脂肪酸又はそのアルキルエステルが、ペンタデカン酸、ヘキサデカン酸、ヘプタデカン酸、オクタデカン酸、ノナデカン酸若しくはアラキジン酸又はそのエチルエステルであり、炭素数15〜20の一価アルコールが、1−ヘプタデカノール又は1−オクタデカノールであり、炭素数15〜20のアルカンが、ヘプタデカン又はオクタデカンである、<17>のアセチル化スフィンゴイドの製造方法。
<19>更に、非イオン性界面活性剤を培地に添加する、<17>又は<18>のアセチル化スフィンゴイドの製造方法。
<20>非イオン性界面活性剤がTween80(ポリオキシエチレンソルビタンモノオレアート)である<19>のアセチル化スフィンゴイドの製造方法。
<21>スフィンゴイドの炭素鎖長が18〜20である<16>〜<20>の製造方法。
<22>アセチル化スフィンゴイドがアセチルフィトスフィンゴシンである<16>〜<21>の製造方法。
<23>アセチルフィトスフィンゴシンが、テトラアセチルフィトスフィンゴシン及び/又はトリアセチルフィトスフィンゴシンである<22>の製造方法。
以下、実施例によって本発明の内容をさらに詳細に説明する。
【実施例】
【0084】
実施例1:ウラシル要求性株の取得
(1)ウラシル要求性株の取得
スターメレラ ボンビコーラ KSM36株(FERM BP−799)を0.68%
Yeast Nitrogen Base w/o amino acids、2% グルコース、0.03%ウラシルおよび1.5%Agarを含むSD−U寒天培地に接種したのち、30℃で1ヶ月間培養し、得られた菌体を1mLの0.8%食塩水に一白金耳懸濁し、0.68%Yeast Nitrogen Base w/o amino acids、2%グルコース、0.03%ウラシル、および5−フルオロオロチン酸、1.5%Agarを含むSD-UF寒天培地に100μL塗抹し30℃で2週間培養した。生育したコロニーを再度SD−UF寒天培地で培養した後、それぞれについてウラシル要求性、5−フルオロオロチン酸耐性を確認し、ウラシル要求性株を取得した。
スターメレラ ボンビコーラ KSM36株および得られたウラシル要求性株を5mLのYPD培地(2%Glucose、2% Bacto Peptone、1% Yeast Extract)を含む100mL容試験管に一白金耳植菌し、30℃、250rpmで48時間培養した。培養液1mLを5000rpm、4℃で5分間遠心して集めた菌体からGenとるくん
TM(TAKARAバイオ)を用い、添付のマニュアルに従ってゲノムDNAを抽出した。表1記載のプライマー(配列番号8、9)およびKOD−plus.ver2(TOYOBO)を用いてウラシル生合成に関わるオロチジンデカルボキシラーゼをコードするURA3遺伝子を増幅し、PCR産物を鋳型としてURA3遺伝子の配列をシーケンス解析し、スターメレラ ボンビコーラ NBRC10243株の配列(GenBank accession No.DQ916828)と比較した。その結果、スターメレラ ボンビコーラ KSM36株はスターメレラ ボンビコーラ NBRC10243株のURA3遺伝子と同じ配列を有すること、ウラシル要求性株は皆54位のシステインがチロシンに変異していることが確認された。得られた変異体をスターメレラ ボンビコーラ KSM36−ura3株として取得した。
【0085】
(2)ウラシル要求性株の取得方法
(1)において、ウラシル要求性株の変異位置が確定されたので、例えば下記の遺伝子組換え手段を用いて容易にウラシル要求性株の調製が可能である。
スターメレラ ボンビコーラ KSM36株のゲノムDNAをテンプレートとしてUra3遺伝子を配列番号8、9のプライマーを用いて増幅する。増幅した遺伝子断片を適当なベクターに導入し、54位のシステインをチロシンに点変異を導入する。点変異を導入したベクターを配列番号8、9のプライマーを用いて増幅し、URA3遺伝子に変異の導入された形質転換断片を得る。スターメレラ ボンビコーラ KSM36を、5mLのYPD培地を含む100mL形試験管に一白金耳植菌し、30度、250rpmで24時間培養する。得られた培養液を、YPD培地50mLを含む坂口フラスコに1%植菌し、30℃、120rpmでOD600=1〜2になるまで培養する。増殖した菌体を3000rpm、4℃で5分間遠心して集菌した後、氷上で冷やした滅菌水20mLで2回洗浄する。菌体を氷冷した1mLの1Mソルビトール溶液に懸濁し、5000rpm、4℃で5分間遠心し、上清を捨てたのち、400μLの1Mソルビトール溶液を加えて氷上におき、ピペッティングで懸濁する。この酵母懸濁液を50μLずつ分注し、形質転換用のDNA溶液を1μg加える。酵母懸濁液を氷冷した0.2cmギャップのチャンバーに移したのち、GENE PULSER II(BIO−RAD)を用いて25uF,350Ω、2.5kVのパルスをかける。氷冷した1Mソルビトール入りYPD培地を加えて1.5mL容チューブに移し、30℃で2時間振とうした後、5000rpm、4℃で5分間遠心して菌体を回収し、200μLの1Mソルビトール溶液に再懸濁して100μLずつ選択培地に塗抹し、30℃で約1週間培養する。選択培地には、0.68%Yeast Nitrogen Base w/o amino acids、2%グルコース、0.03%ウラシル、および5−フルオロオロチン酸、1.5%Agarを含むSD-UF寒天培地を使用する。生育したコロニーを再度SD−UF寒天培地で培養した後、それぞれについてウラシル要求性、5−フルオロオロチン酸耐性を確認し、ウラシル要求性株を取得する。
【0086】
実施例2 LCB1およびLCB2過剰発現株の作製
(1)LCB1またはLCB2欠損用プラスミドの作製
スターメレラ ボンビコーラ KSM36株ゲノムDNAを鋳型に、配列番号10と11および12と13のプライマーを用いて、LCB1遺伝子の上流領域および下流領域を増幅した。同様に、配列番号14と15および16と17のプライマーを用いて、LCB2遺伝子の上流領域および下流領域を増幅した。さらに、配列番号18と19および20と21のプライマーを用いて、当該プライマー領域を含むURA3遺伝子領域を増幅した。次に得られたPCR産物を鋳型にSOE-PCRによってLCB1遺伝子上流領域とURA3遺伝子とLCB1遺伝子下流領域(配列番号10、13のプライマー)、または本発明のLCB2遺伝子上流領域とURA3遺伝子とLCB2遺伝子下流領域(配列番号14、17のプライマー)の組み合わせでDNAを連結させ、pTA2ベクターとライゲーションすることによって(TOYOBO)、pTA2-lcb1::URA3プラスミドおよびpTA2-lcb2::URA3プラスミドを構築した。さらに、pTA2-lcb1::URA3プラスミドを鋳型に配列番号10、13のプライマーを使用してLCB1遺伝子欠損用カセットを増幅し、またpTA2-lcb2::URA3プラスミドを鋳型に配列番号14、17のプライマーを使用してLCB2遺伝子欠損用カセットを増幅したのち、High pure PCR product purification kit(Roche)を用いて精製した。
【0087】
(2)LCB1欠損株の作製
実施例1(1)記載のスターメレラ ボンビコーラ KSM36−ura3株に、実施例1(2)記載の方法でLCB1遺伝子欠損用断片を形質転換した。選択培地には、0.68% Yeast Nitrogen Base w/o amino acids,2% グルコース、0.077% CSM−ura(フナコシ)、20〜200μM フィトスフィンゴシン(Cosmoferm)、0.05% レオドールO320V(花王)、および1.5% Agarを含むSD-ura+PHS寒天培地を使用した。生育したコロニーをSD-ura+PHS培地および0.68% Yeast Nitrogen Base w/o amino acids,2% グルコース、0.077% CSM−ura(フナコシ)、および1.5% Agarを含むSD-ura寒天培地にレプリカし、30℃で約1週間培養した後、SD-ura+PHS培地のみで生育するコロニーを選抜した。選抜した変異株は、の配列番号10と13のプライマーでKOD-FX-Neo(TOYOBO)を用いてコロニーPCRし、増幅される配列長が変化していること、およびシーケンス解析により配列が設計どおりに変異していることを確認したのち、スターメレラ ボンビコーラ KSM36−Δlcb1株を得た。
【0088】
(3)LCB1またはLCB2過剰発現用プラスミドの作製
スターメレラ ボンビコーラ KSM36株ゲノムDNAを鋳型に、配列番号10と13のプライマーを用いて、上流および下流領域を含むLCB1遺伝子を、配列番号14と17のプライマーを用いて、上流および下流領域を含むLCB2遺伝子を増幅した。LCB1またはLCB2を含む遺伝子増幅断片をそれぞれpTA2ベクターにライゲーションし、pTA2−LCB1プラスミドおよびpTA2−LCB2プラスミドを構築した。次に、配列番号22と23または24と25のプライマーを用いてグリセルアルデヒド−3−リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)のプロモーター領域を増幅した。さらに、pTA2−LCB1プラスミドには配列番号26と27のプライマー、pTA2−LCB2プラスミドには配列番号28と29のプライマーで、PrimeSTAR Max DNA
Polymerase(タカラバイオ)を用いて変異導入することにより各遺伝子のORF開始点に制限酵素NdeI用サイトを導入した。それぞれの改変プラスミドをNdeIで切断した後、GAPDHプロモーター領域をIn−Fusion HD Cloning Kit(Clontech)を用いて連結した。シーケンス解析によってGAPDHプロモーター領域が正しく挿入されたプラスミドを選抜し、pTA2−5’GAPDH−LCB1プラスミドおよびpTA2−5’GAPDH−LCB2プラスミドとした。それぞれのプラスミドを鋳型に配列番号10と13または14と17のプライマーを用いてGAPDHプロモーターを含むLCB1遺伝子およびLCB2遺伝子を増幅し、High
pure PCR product purification kit(Roche)を用いて精製した。
【0089】
(4)LCB1過剰発現株の作製
上記実施例2(2)で作製したスターメレラ ボンビコーラ KSM36−Δlcb1株に対して、実施例1(2)記載の方法でLCB1過剰発現用DNA断片を形質転換した。選択培地にはYPD培地を使用し、生育したコロニーをSD-ura培地および0.68% Yeast Nitrogen Base w/o amino acids,2% グルコース、0.077% CSM(フナコシ)、および1.5% Agarを含むSD-CSM寒天培地にレプリカし、30℃で約1週間培養した後、SD−CSM寒天培地のみで生育するコロニーを選抜した。選抜した変異株は、配列番号10と13のプライマーでKOD-FX-Neo(TOYOBO)を用いてコロニーPCRし、増幅される配列長が変化していること、およびシーケンス解析により配列が設計どおりに変異していることを確認したのち、スターメレラ ボンビコーラ KSM36−LCB1OE株を得た。
【0090】
(5)LCB1過剰発現LCB2欠損株の作製
上記実施例2(4)で作製したスターメレラ ボンビコーラ KSM36−LCB1OE株を培養し、実施例1(2)記載の方法でLCB2遺伝子欠損用のDNA断片を形質転換した。選択培地には、SD-ura+PHS寒天培地を使用した。生育したコロニーをSD-ura+PHS培地およびSD-ura寒天培地にレプリカし、30℃で約1週間培養した後、SD-ura+PHS培地のみで生育するコロニーを選抜した。選抜した変異株は、表2記載の配列番号14、17のプライマーでKOD-FX-Neo(TOYOBO)を用いてコロニーPCRし、増幅される配列長が変化していること、およびシーケンス解析により配列が設計どおりに変異していることを確認したのち、スターメレラ ボンビコーラ KSM36−LCB1OE−Δlcb2株を得た。
【0091】
(6)LCB1およびLCB2過剰発現株の作製
上記実施例2(5)で作製したスターメレラ ボンビコーラ KSM36−LCB1OE−Δlcb2株を培養し、実施例1(2)記載の方法でLCB2過剰発現用のDNA断片を形質転換した。選択培地にはYPD培地を使用し、生育したコロニーをSD-ura+PHS培地およびSD-ura寒天培地にレプリカし、30℃で約1週間培養した後、SD-ura+PHS培地のみで生育するコロニーを選抜した。選抜した変異株は、配列番号14、17のプライマーでKOD-FX-Neo(TOYOBO)を用いてコロニーPCRし、増幅される配列長が変化していること、およびシーケンス解析により配列が設計どおりに変異していることを確認したのち、スターメレラ ボンビコーラ KSM36−LCB1OE−LCB2OE株を得た。
【0092】
実施例3 LCB1およびLCB2過剰発現かつSLI1導入株の作製
(1)cyp52M1::pGAPDH−SLI1−URA3断片の作製
スターメレラ ボンビコーラのコドン使用頻度に合わせて人工合成したウィッカーハモミセス シフェリイ由来アセチルトランスフェラーゼ遺伝子(WcSLI1)(配列番号7)をテンプレートとして配列番号30、31のプライマーを用いてPCRすることにより、WcSLI1遺伝子断片を得た。PCRの条件は、例えば98℃2分、(98℃10秒、55℃5秒、72℃1分)×30サイクルが挙げられる。SLI1の発現には、Glyceraldehyde−3−phosphate dehydrogenase(5’−GAPDH)遺伝子のプロモータ、およびをCytochrome c(3’−CYC)のターミネータを使用した。これらの配列は、配列番号32、33および34、35のプライマーを用いてスターメレラ ボンビコーラ KSM36株のゲノムDNAをテンプレートとしてPCRすることにより得た。これらをSOE−PCRを用いて連結し、[5’−GAPDH][WcSLI1][3’−CYC]の遺伝子断片を得た。この遺伝子断片とプラスミドpHsp70A/RbcS2−Chlamy(Chlamydomonas Resource Center)を制限酵素SacIとNcoIで処理したものをin−Fusion cloning kit(Clontech)を用いて連結させ、プラスミド1を得た。さらに、配列番号36、37のプライマーを用いてスターメレラ
ボンビコーラ KSM36株のゲノムDNAをテンプレートにPCRにてCYP52M1遺伝子の上流部分を増幅させ、配列番号38、39のプライマーで増幅させたプラスミド1とin−Fusion cloning kit(Clontech)を用いて連結することにより、GAPDHプロモーターの前方にCYP52M1遺伝子の上流部分を挿入し、プラスミド1−Aとした。次に、URA3遺伝子のプロモータ、ターミネータを含む領域を、配列番号40、41でスターメレラ ボンビコーラ KSM36株のゲノムDNAをテンプレートとしてそれぞれPCRにて増幅した。さらに、プラスミドpUC−Arg7−lox−B ARG7を配列番号42、43のプライマーを用いたPCRでARG7以外の領域を増幅し、in−Fusion cloning kit(Clontech)を用いてSOE−PCRの増幅物と連結し、プラスミド2を得た。さらに、配列番号44、45のプライマーを用いてスターメレラ ボンビコーラ KSM36株のゲノムDNAをテンプレートにPCRにてCYP52M1遺伝子の下流部分を増幅させ、配列番号46、47のプライマーを用いて増幅させたプラスミド2をin−Fusion cloning kit(Clontech)を用いて連結することにより、URA3ターミネータの後方にCYP52M1遺伝子の下流部分を挿入し、プラスミド2−Aとした。プラスミド1−Aおよび2−AをCre Recombinase反応によって連結させ、プラスミド3とした。配列番号48、49のプライマーを用いてプラスミド3をテンプレートにPCRにてcyp52M1::pGAPDH−WcSLI1断片を得た。
【0093】
(2)LCB1およびLCB2過剰発現かつSLI1導入株の作製
スターメレラ ボンビコーラ KSM36-ura3株および実施例2(6)で得たスターメレラ ボンビコーラ KSM36−LCB1OE−LCB2OE株を培養し、実施例1(2)記載の方法でcyp52M1::pGAPDH−WcSLI1断片を形質転換した。選択培地には、0.68% Yeast Nitrogen Base w/o Amino Acids,2% グルコース、0.077% CSM−ura(フナコシ),及び1.5% Agarを含むSD−ura寒天培地を使用した。生育したコロニーを配列番号48、49のプライマーを用いてKOD−FX−Neo(TOYOBO)によりコロニーPCRし、導入した遺伝子がゲノムに正しく挿入されていることを確認したのち、スターメレラ ボンビコーラ KSM36 cyp52M1::pGAPDH−WcSLI1株およびスターメレラ ボンビコーラ KSM36 LCB1OE−LCB2OE cyp52M1::pGAPDH−WcSLI1株を得た。
【0094】
【表1】
【0095】
実施例4:アセチル化スフィンゴイドの生産性評価
(1)作製した菌株の培養実施例3で作製したスターメレラ ボンビコーラ KSM36 cyp52M1::pGAPDH−WcSLI1株とスターメレラ ボンビコーラ KSM36 LCB1OE−LCB2OE cyp52M1::pGAPDH−WcSLI1株をYPD寒天培地に塗抹し、生育したコロニーを5mLのYPD培地を含む100mL容試験管に一白金耳植菌し、30度、250rpmで24時間培養した。得られた培養液500μLを5mLの改良YPD培地(10%Glucose、2% Bacto Peptone、1% Yeast Extract、25mM 塩化カルシウム二水和物および50mM L−セリン)を含む100mL容試験管に植菌し、30℃、250rpmで5日間培養し、脂質の組成を解析した。
【0096】
(2)アセチル化フィトスフィンゴシンの定量
培養液を1mL回収後、クロロホルム:メタノール(2:1)混合溶液を4 mL添加し、ボルテックスした後、15分静置した。3000rpm、15分遠心し、下層(クロロホルム層)を回収した。回収した液を窒素にて乾固させた後、1mLのメタノールに懸濁、適宜希釈し、フィルターろ過後のサンプルをLCMSにて測定した。LCMSの条件は以下の通りである。
【0097】
LC条件:Capcell core C18 2.7 umφ2.1×50mm(資生堂)、Oven Temp. 40℃、Sol.A: 0.1% HCO
2H in water、Sol.B: MECN、(A60%、B40%) 0.5min→[(A60%、B40%)→(A0%、B100%)5.5min]→B100% 2min、[(A0%、B100%)→(A60%、B40%)0.01min]→(A60%、B40%)2min、Flow rate 0.6ml/min.、Inject 5μl、MS/MS装置:API3200QTrap(AB SCIEX)
【0098】
【表2】
【0099】
表3としてアセチル化フィトスフィンゴシンの生産量および鎖長組成を示した。分析の結果、スターメレラ ボンビコーラ KSM36 LCB1OE−LCB2OE cyp52M1::pGAPDH−WcSLI1株はスターメレラ ボンビコーラ KSM36cyp52M1::pGAPDH−WcSLI1株に比して約2.3倍のアセチル化フィトスフィンゴシンの生産性を示すことが確認された。LCB1およびLCB2遺伝子過剰発現の効果により、スフィンゴ脂質生合成が強化された結果と考えられる。
【0100】
【表3】
【0101】
実施例5:脂肪酸エステル添加時のアセチル化フィトスフィンゴシンの生産性評価
実施例3で作製したスターメレラ ボンビコーラ KSM36 cyp52M1::pGAPDH−WcSLI1株とスターメレラ ボンビコーラ KSM36 LCB1OE−LCB2OE cyp52M1::pGAPDH−WcSLI1株を実施例4(1)と同様の方法で培養評価を行った。ここでは、改良YPD培地に50mMのペンタデカン酸エチル、パルミチン酸エチル、ヘプタデカン酸エチルオクタデカン酸エチル、ノナデカン酸エチル、アラキジン酸エチルのいずれかを添加した。評価結果を表4に示す。
スターメレラ ボンビコーラ KSM36 LCB1OE−LCB2OE cyp52M1::pGAPDH−WcSLI1株では スターメレラ ボンビコーラ KSM36
cyp52M1::pGAPDH−WcSLI1株に比べてトリアセチルフィトスフィンゴシン類の生産性は向上するが、さらにそれぞれの株に各種炭素鎖長の脂肪酸エチルエステルを添加すると生産性は大幅に向上し、スターメレラ ボンビコーラ KSM36 cyp52M1::pGAPDH−WcSLI1株の脂肪酸添加に比べて約4〜50倍生産性が向上した。
【0102】
【表4】
【0103】
実施例6:脂肪酸エステル添加時のアセチル化フィトスフィンゴシンの生産性評価
実施例3で作製したスターメレラ ボンビコーラ KSM36 LCB1OE−LCB2OE cyp52M1::pGAPDH−WcSLI1株を実施例4(1)と同様の方法で培養評価を行った。ここでは、改良YPD培地に50mMのヘプタデカン酸、ヘプタデカン酸エチル、1−ヘプタデカノール、ヘプタデカン、オクタデカン酸、オクタデカン酸エチル、1−オクタデカノール、オクタデカンのいずれかを添加した。また、これらに加えて、更にTween80(東京化成工業)を0.5質量%濃度でそれぞれ添加し、同様に評価を行った。結果を表5に示す。
脂肪酸又はそのアルキルエステル、アルコール、アルカンの添加により、トリアセチルフィトスフィンゴシン類の生産性が向上し、その効果は、非イオン性界面活性剤(Tween80)を組み合わせて添加することにより、大幅に向上した。
【0104】
【表5】