【実施例】
【0069】
次に、比較試験等を行った結果について説明する。
【0070】
(実施例1)
ヨウ素を含有させたクロレラを生産した結果について説明する。
図6はクロレラの濃縮物にヨウ化カリウムを添加した後にヨウ素含有量を経時的に測定した結果を示すヒストグラムであり、縦軸はクロレラのヨウ素含有量を、横軸はヨウ化カリウムを添加してからの経過時間をそれぞれ示している。
【0071】
ここで、クロレラの濃縮物は次のようにして調製した。
すなわち、クロレラ(Chlorella Vulgaris)の保存スラントから1白金耳取って、坂口フラスコ内の培地に無菌的に接種し、28℃、3000luxの光照射下で7日間、種培養を行った。なお、培地としては、クロレラを培養できる組成であれば特に限定されないが、例えば、グルコースが40g/L、リン酸一カリウムが1.0g/L,硫酸マグネシウムが1.0g/L、Fe・EDTAが15mg/L、前述した組成の微量ミネラルA5(×10)が1ml/L、亜セレン酸ナトリウムが24μg/L、尿素が3.0g/L、ビタミンB12が100μg/L、pH7.0のものを用いた。
【0072】
10Lの容量のジャーファーメンター内に前同様の組成の培地6Lを調整しておき、種培養して得られた培養液を無菌的に接種し、35℃、通気量6L/分、撹拌速度300rpmの条件下で4日間、本培養を行った。なお、培養中に高度不飽和脂肪酸(ドコサヘキサエン酸60%濃度)を1.5g/Lとなるように添加した。本培養が終了した後、培養液を遠心分離機に供給して固液分離してクロレラの濃縮物を得、これに水を加えて洗浄し、再び遠心分離機にて固液分離する操作を数回繰り返し、100g/Lとなるように濃縮したクロレラの濃縮物を得た。
【0073】
このようにして得られたクロレラの濃縮物を撹拌しつつ5℃に保ち、ヨウ化カリウムを4mmol/Lの濃度となるように添加混合し、直ちに一部を採取して遠心分離によりヨウ化カリウム溶液を除去し、得られたクロレラの沈降物に純水を加えて分散・洗浄して再び遠心分離する操作を4回繰り返し、得られたクロレラの沈降物を零時の試料とした。一方、残りのクロレラの濃縮物については、ヨウ化カリウムを添加してから6時間、24時間、48時間、72時間経過した後に、前同様の操作を行って、それぞれの経過時間における試料とした。そして、各試料を凍結乾燥し、ICP−MS法によって各試料のヨウ素含有量を測定した。なお、誘導結合プラズマ質量分析計(ICP−MS)にはアレンジ・テクノロジー社製の7700X型を用いた。
【0074】
図6から明らかなように、濃縮されたクロレラに5℃でヨウ素を吸収させると、ヨウ素の含有量は零時から24時間までは緩やかに上昇し、24時間から48時間までは急激に上昇し、48時間から72時間までは含有量の上昇が徐々に頭打ちになっていた。すなわち、各バーの頂点を結ぶとシグモイド状のカーブのグラフが得られた。この結果より、5℃の環境下では、48時間から72時間程度の間、クロレラにヨウ素を吸収させると、ヨウ素の含有量が多いクロレラを得ることができることが分かる。
【0075】
なお、前同様に濃縮したクロレラに6時間、ヨウ素を吸収させる操作を、25℃、15℃でそれぞれ行ったところ、前者におけるクロレラのヨウ素含有量(乾燥質量当たり)は18.4ppmであり、後者におけるクロレラのヨウ素含有量(乾燥質量当たり)は15.1ppmと、処理温度が低くなるに連れてヨウ素含有量が低下したものの、
図6に示した6時間におけるクロレラのヨウ素含有量(乾燥質量当たり)である13.4ppmより、いずれも高い値であった。つまり、処理温度が高いほど、クロレラに含有されるヨウ素の量も多くなっていた。
【0076】
ただし、高い活性のクロレラを得るためには、処理温度を5℃程度に保持することが好ましく、従って、処理温度を5℃程度に保持し、処理時間を48時間から72時間程度とするのが好ましい。
【0077】
(実施例2)
次に、実施例1で得られた濃縮クロレラに与えるヨウ素の濃度の影響を検討した結果について説明する。
【0078】
実施例1で説明した操作と同じ操作を行ってクロレラの濃縮物を得た。この濃縮クロレラから同量ずつ6つの容器に分注してそれぞれ5℃に保持した。次に、対照を除く各容器にヨウ化カリウムを、0.8mmol/L、4mmol/L、8mmol/L、40mmol/L、80mmol/Lになるように添加し、撹拌しつつ48時間処理した。なお、対照としてヨウ化カリウムを添加せずに同様の操作を行った。その後、各容器内のクロレラを平板希釈法によってプレート内の平板培地に塗布し、各プレートを培養器内に保管して平板培養を行った。そして、各プレートの平板培地に生育したコロニー数を計測した。その結果を次の表に示す。
【0079】
【表1】
【0080】
上表から明らかなように、ヨウ素の濃度が0〜40mmol/Lまでの場合、1ml当たりのコロニー数に差が見られず、従ってこの濃度範囲のヨウ素は濃縮クロレラに影響を及ぼしていない。これに対して、ヨウ素の濃度が80mmol/Lの場合、1ml当たりのコロニー数に有意な減少が認められており、この濃度のヨウ素は濃縮クロレラに悪影響を及ぼしていた。
【0081】
(実施例3)
次に、実施例1で説明したようにして生産したヨウ素含有クロレラをワムシに与えて、ヨウ素含有ワムシを生産した結果について説明する。
【0082】
図7及び
図8は、ヨウ素含有クロレラをワムシに与えてヨウ素含有ワムシを生産した結果を示すグラフであり、いずれも縦軸はワムシの乾燥質量当たりのヨウ素含有量を、横軸はクロレラの乾燥質量当たりのヨウ素含有量をそれぞれ示している。また、
図7はヨウ素源としてヨウ化カリウムを用いた結果を、
図8はヨウ素源としてヨウ素酸カリウムを用いた結果をそれぞれ示している。なお、クロレラとして、
図7ではクロレラ・ブルガリス(Chlorella vulgaris)を、
図8ではクロレラ・ソロキニアナ(Chlorella sorokiniana)を用いており、一方、いずれもシオミズツボワムシ(Brachionus)を用いた。
【0083】
試験は次のようにして行った。
すなわち、実施例1で説明した操作と同じ操作を行ってクロレラの濃縮物を得た。この濃縮クロレラから同量ずつ5つの容器に分注してそれぞれ5℃に保持した。次に、対照を除く各容器にヨウ素源を、0.8mmol/L、4mmol/L、8mmol/L、40mmol/Lになるように添加し、48時間撹拌してクロレラにヨウ素を吸収させた。なお、対照としてヨウ化カリウムを添加せずに同様の操作を行った。その後、各容器内の濃縮クロレラを純水で4回洗浄した後、各容器内の濃縮クロレラを一部採取してそれぞれ凍結乾燥し、実施例1と同様、ICP−MS法によって各試料のヨウ素含有量を測定した。
【0084】
次に、25Lの容量のパンライト水槽を5つ用意しておき、各水槽に海水を20Lずつ貯留させ、28℃の水温で通気量5L/分に保った。各水槽にワムシを500個体/mlの密度になるように投入して育成を開始し、育成開始時及び育成開始から16時間経過後に、前記各容器内から濃縮クロレラを、ワムシ1個体当たり乾燥物換算で0.6μgのクロレラとなるように採取し、対応する水槽内のワムシに給餌し、24時間まで育成した。そして、目開きが100μmのプランクトンネットにて各水槽内のワムシを各別に収穫し、純水で洗浄した後に凍結乾燥し、実施例1と同様、ICP−MS法によって各試料のヨウ素含有量を測定した。なお、24時間育成して得られたワムシの個体数は、いずれのクロレラを給餌した場合にあっても1400〜1500個体/mlと略同じであった。
【0085】
図7及び
図8から明らかなように、いずれのヨウ素源であっても、クロレラのヨウ素含有量と、当該クロレラが給餌されたワムシのヨウ素含有量との間には、直線的な比例関係が見られた。
【0086】
(実施例4)
本発明者らが鋭意検討したところ、ヨウ素を含有したワムシが海水に投入されると、ヨウ素含有量が経時的に低下するという知見を得たため、ワムシにヨウ素を含有させる方法の違いにより、海水に投入されたワムシのヨウ素含有量がどのように低下するのかを検討した結果について説明する。
【0087】
ヨウ素を含有するワムシを生産する方法としては、本発明に係る方法と、前述した非特許文献1に開示された方法とを用いた。
【0088】
すなわち、本発明に係る方法では、実施例1と同様の操作を行って得られた濃縮クロレラを5℃になし、ヨウ化カリウムを30mmol/Lになるように添加して48時間撹拌し、濃縮クロレラにヨウ素を吸収させた。その後、濃縮クロレラを純水で4回洗浄してヨウ素含有濃縮クロレラを得た。なお、得られた濃縮クロレラに含有されたヨウ素の量を前同様にして測定したところ、乾燥質量当たり505ppm(=0.050ng/μg)であった。一方、25Lの容量のパンライト水槽に海水を20L貯留させ、26℃の水温で通気量5L/分に保った。この水槽にワムシを500個体/mlの密度になるように投入して育成を開始し、育成開始時及び育成開始から16時間経過後に、ヨウ素含有濃縮クロレラを、ワムシ1個体当たり乾燥物換算で0.6μgのクロレラとなるように水槽内のワムシに給餌し、24時間まで育成してヨウ素含有ワムシを得た(本発明例1)。
【0089】
これに対し、非特許文献1に開示された方法では、50Lの容量のパンライト水槽に海水を40L貯留させ、26℃の水温で通気量5L/分に保った。この水槽にワムシを250個体/mlの密度になるように投入するとともに、DHAセルコ(インベ・アクアカルチャ社製)をワムシ1個体当たり1.0μgとなるように添加し、更に、ヨウ化ナトリウムをワムシ1個体当たり0.26μgとなるように添加して育成を開始し、育成開始から3時間経過後に、プランクトンネットによってワムシを回収して育成を終了し、ヨウ素含有ワムシを得た(比較例1)。
【0090】
このようにして得られたワムシに投与したヨウ素量、及び、ワムシのヨウ素含有量は次の表の通りである。なお、各試料のヨウ素含有量は、実施例1と同様、ICP−MS法によって測定した。
【0091】
【表2】
【0092】
前表から明らかなように、本発明例1のヨウ素の投与量は比較例1のヨウ素の投与量の略1/700であったが、得られたワムシのヨウ素含有量は本発明例1及び比較例1のいずれも略同じ値であった。このように本発明に係る方法では、少ないヨウ素投与量で所要のヨウ素含有量のワムシを生産することができ、非常に高い効率でワムシにヨウ素を含有させることができたことが分かる。
【0093】
このようにしてヨウ素含有ワムシが得られると、複数の25Lの容量のパンライト水槽に海水をそれぞれ20L貯留させ、25℃の水温で通気量1L/分に保っておき、各水槽に前述した本発明例1に係るワムシ及び比較例1に係るワムシを各別に、500個体/mlの密度になるように投入し、投入してから3時間及び6時間経過後に、各水槽から一部のワムシを採取し、実施例1と同様、ICP−MS法によって各試料のヨウ素含有量を測定した。
【0094】
その結果を
図9に示した。なお、
図9中、Aは本発明例1に係るワムシのヨウ素含有量を、またNは比較例1に係るワムシのヨウ素含有量をそれぞれ示している。また、各ワムシを海水に投入する前のヨウ素含有量も示した。
【0095】
図9から明らかなように、海水に投入する前にあっては、本発明例1に係るワムシのヨウ素含有量も比較例1に係るワムシのヨウ素含有量も同程度であったが、比較例1に係るワムシのヨウ素含有量は、海水にワムシを投入してから3時間経過すると海水に投入する前の略10%以下にまで低下しており、6時間経過後では海水に投入する前の略3%以下にまで低下していた。
【0096】
これに対し、本発明例1に係るワムシのヨウ素含有量は、海水にワムシを投入してから3時間経過後であっても海水に投入する前の略55%が残存しており、6時間経過後でも、比較例1に係るワムシの海水に投入してから3時間経過のヨウ素含有量より高い値であった。
【0097】
このように、直接的にヨウ素を含有させた比較例1のワムシにあっては、海水に投入した後、急激にヨウ素含有量が低下するため、かかるワムシを給餌された仔魚にあっては必要量のヨウ素を摂取できない虞がある。これに対して、より高濃度のヨウ素を含有させたワムシを生産しておくことが考えられるが、高濃度のヨウ素はワムシに悪影響を与えるため、より高濃度のヨウ素を含有するワムシの生産には限度がある。
【0098】
一方、本発明例1に係るワムシにあっては、海水にワムシを投入してから3時間経過後であっても海水に投入する前の半分を超える濃度のヨウ素が含有されているため、かかるワムシを給餌された仔魚にあっては十分量のヨウ素を摂取することができるものと考えられる。
【0099】
(実施例5)
次に、本発明に係る方法と、前述した非特許文献1に開示された方法とでそれぞれ生産したヨウ素含有ワムシを用いて仔魚を育成した結果について説明する。
【0100】
本発明に係る方法にあっては、実施例1で説明した操作と同様の操作を行って所要量のクロレラの濃縮物を得、これを2分割して、一方にはヨウ化カリウムを2mmol/Lになるように添加し、他方にはヨウ化カリウムを8mmol/Lになるように添加して、5℃で48時間撹拌した後、水洗・濃縮してヨウ素含有クロレラを得た。ここで、2mmol/Lで処理して得られた低濃度ヨウ素含有クロレラのヨウ素含有量は44ppm(乾燥質量当たり)であり、8mmol/Lで処理して得られた高濃度ヨウ素含有クロレラのヨウ素含有量は159ppm(乾燥質量当たり)であった。そして、低濃度ヨウ素含有クロレラ及び高濃度ヨウ素含有クロレラを各別に用い、実施例3で説明した操作と同様の操作を行って、ヨウ素含有ワムシをそれぞれ得た。得られたワムシのヨウ素含有量は、低濃度ヨウ素含有クロレラを用いた場合は4.7ppm(乾燥質量当たり)であり、高濃度ヨウ素含有クロレラを用いた場合は18.3ppm(乾燥質量当たり)であった。前者のヨウ素含有ワムシを本発明例2、後者のヨウ素含有ワムシを本発明例3とした。
【0101】
一方、実施例1で説明した操作と同様の操作を行ってクロレラの濃縮物を得、得られた濃縮クロレラをヨウ素を吸収させることなく用いて、実施例3で説明した操作と同様の操作を行って、ヨウ素を含有させていないワムシを得、これを対照例とした。得られたワムシのヨウ素含有量は0.6ppm(乾燥質量当たり)であった。
【0102】
また、実施例4の比較例1で説明した操作と同様の操作を行って、ワムシに直接ヨウ化ナトリウムを吸収させてヨウ素含有ワムシを生産し、これを比較例2とした。なお、ヨウ化ナトリウムはワムシを育成させる海水に0.02μg/ワムシ個体となるように添加した。得られたワムシのヨウ素含有量は4.9ppm(乾燥質量当たり)であった。
【0103】
このようにして得られたワムシを用いて、次のように仔魚を育成した。
すなわち、真鯛(Pagurus maijor)から採取した卵を受精させた後、塩分濃度32pptの海水100Lをそれぞれ貯留させた複数の水槽に、前記受精卵を10個/Lとなるように投入し、19℃の水温で、50ml/分の通気及び1日当たり12時間・1000luxの光照射を行った。受精卵が孵化してから2日目からワムシを5〜10個体/mlになるように、一日当たり2回給餌し、真鯛の仔魚を22日間育成した。なお、孵化後5日目から50ml/分の潅水を行った。
【0104】
そして、各水槽から無作為に採取した10尾について全長、頭長、尾鰭鰭条数、生存率を求めた。また、各水槽から無作為に50尾を採取し、5秒間外気中に露出させた後に各水槽の海水中へ戻し、24時間後の生存率を測定して活力とした。得られた各結果を次の表に示す。
【0105】
【表3】
【0106】
表の本発明例2及び本発明例3から明らかなように、本発明に係る方法で生産されたヨウ素含有ワムシを給餌して仔魚を育成した場合、ワムシに含有されたヨウ素量の大小に拘わらず、得られた仔魚の全長、頭長、尾鰭鰭条数、生存率、活力のいずれにおいても有意差は認められなかった。前述した如く、本発明例2で用いたワムシのヨウ素含有量は4.7ppm(乾燥質量当たり)であり、本発明例3で用いたワムシのヨウ素含有量は18.3ppm(乾燥質量当たり)であるが、本発明に係る方法で生産されたヨウ素含有ワムシにあっては、ヨウ素含有量が少なくとも4.7ppm(乾燥質量当たり)程度であれば、仔魚の成長にとって十分量のヨウ素を仔魚に与え得ることが分かる。
【0107】
これに対して、比較例2から明らかなように、ワムシに直接ヨウ化カリウムを吸収させて生産したヨウ素含有ワムシを給餌した場合、得られた仔魚の全長、頭長、尾鰭鰭条数、生存率、活力は、ヨウ素を含有させていないワムシを給餌した対照例の仔魚より大きい値であったものの、いずれも、本発明例2及び本発明例3の仔魚に比べて有意に低い値であった。比較例2で用いたワムシのヨウ素含有量は4.9ppm(乾燥質量当たり)であり、本発明例2で用いたワムシのヨウ素含有量の4.7ppm(乾燥質量当たり)より高い値であったが、実施例4で示したように、ワムシに直接ヨウ化カリウムを吸収させて生産したヨウ素含有ワムシにあっては、それを給餌すべく海水に投入した直後から急激にヨウ素の含有量が低下するため、海水に投入されてから仔魚に捕食されるまでの間にヨウ素の含有量が必要以上低下し、仔魚に十分量のヨウ素が与えられないためであるものと考えられる。