【文献】
DONG-YAN HUANG,MAXIMUM α POSTERIORI BASED ADAPTIVE ALGORITHMS,CONFERENCE RECORD OF THE FORTY-FIRST ASILOMAR CONFERENCE ON SIGNALS, SYSTEMS & COMPUTERS, 2007,2007年11月 4日,PAGE(S):1628 - 1632
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
上記適応フィルタ係数の上記最適設定がサンプルごとに決定され,これによって上記適応フィルタが常に最適設定で動作する,請求項1から10のいずれか一項に記載の方法。
複数の遷移および事前確率共分散行列を保持する上記複数のメモリが外部計算装置内に収納されており,選択される共分散行列がそこから補聴器にアップロードされる,請求項21に記載の補聴器システム。
上記適応フィルタ推定器が3つの個別の適応フィルタ推定器を備え,上記3つの個別の適応フィルタ推定器の第1および第2の適応フィルタ推定器のそれぞれが第3の適応フィルタ推定器に適応フィルタ係数ベクトルを提供し,これによって上記第3の適応フィルタ推定器から上記適応フィルタに改善された適応フィルタ係数ベクトルが提供可能である,請求項15から23のいずれか一項に記載の補聴器システム。
【実施例】
【0022】
一例として,この発明の好ましい実施態様を示しかつ記載する。理解されるように,この発明は他の実施形態が可能であり,そのいくつかの詳細は,この発明から逸脱することなく,すべての様々な明白な態様において変更可能である。したがって図面および説明は本質的に例示であって,限定されるものではない。
【0023】
本願の開示において,用語「事後」(事後確率)(posterior)は観察データが与えられたモデル・パラメータの分布(a distribution of model parameters given observed data)を表し,用語「尤度」(likelihood)はモデル・パラメータが与えられた観察データの分布(a distribution of observed data given model parameters)を表し,用語「事前」(事前確率)(prior)はモデル・パラメータの分布(a distribution of model parameters)を表し,用語「周辺尤度」(marginal likelihood)(「エビデンス」と呼ぶこともできる)は観察データの分布(a distribution of observed data)を表し,ここで用語「モデル・パラメータ」は適応フィルタ設定,すなわち適応フィルタ係数を表し,用語「観測データ」は適応フィルタが適応しようとする所望信号を表す。
【0024】
なお,以下において,事後,尤度,事前および周辺尤度の用語は,それらが分布を表すという事実を明示的に言及することなく使用されることがあり,他のケースにおいては,実際の正しい用語が確率密度関数(probability density function)であっても,上記分布を確率分布(a probability distribution)と言うことがある。
【0025】
はじめに
図1を参照して,
図1はこの発明の一実施態様による補聴器システム100の選択部分(selected part)をかなり模式的に示している。
【0026】
上記補聴器システム100の選択部分は,第1の音響電気入力トランスデューサ101,すなわちマイクロフォン,第2の音響電気入力トランスデューサ102,適応フィルタ103,第1の適応フィルタ推定器104,第2の適応フィルタ推定器105,第3の適応フィルタ推定器106および加算ユニット107を備えている。
【0027】
図1の実施態様では,上記マイクロフォン101および102がアナログ電気信号を提供し,これがアナログ/デジタル変換器(図示略)によって,第1のデジタル入力信号110および第2のデジタル入力信号111にそれぞれ変換される。なお,以下において,用語「デジタル入力信号」を用語「入力信号」と呼ぶこともあり,このことは,特にデジタル信号として示されているまたは示されていないすべての他の信号についても同様である。
【0028】
上記第1のデジタル入力信号110は分岐され,これによって上記加算ユニット107の第1入力と,第1,第2および第3の適応フィルタ推定器104,105および106とに与えられる。上記第2のデジタル入力信号111も分岐され,これによって上記適応フィルタ103に入力信号として与えられ,かつ上記第1,第2および第3の適応フィルタ推定器104,105および106に与えられる。上記適応フィルタ103は出力信号112を提供し,これが上記加算ユニット107の第2入力に与えられる。上記出力信号112はデジタル入力信号110の相関部分の推定(estimate of the correlated part)を含む。最後に上記加算ユニット107は,上記第1のデジタル入力信号110から上記適応フィルタ出力信号12を減算することによって形成される加算ユニット出力信号113を提供し,これによって上記出力信号113を上記第1のデジタル入力信号の非相関部分(uncorrelated part)を推定するために用いることができる。すなわち,上記出力信号113のレベルを,上記マイクロフォン101によって受信された信号110中のノイズの推定として用いることができる。
【0029】
しかしながら,
図1の実施態様では,上記適応フィルタ出力信号112が上記補聴器システムの他の部分(the remaining parts),すなわち音響出力トランスデューサのための出力信号を提供するように構成されるデジタル信号処理装置に提供され,上記デジタル信号処理装置からの出力信号が個々の補聴器ユーザの聴覚欠損を緩和するように構成される。すなわち,この実施態様では,上記補聴器システムの他の部分は聴覚障害を緩和するように構成される増幅手段を備えている。変形例では,上記他の部分は追加のノイズ低減手段を含むこともできる。分かりやすくするために,補聴器システムのこれらの他の部分は
図1に示されていない。
【0030】
図1の実施態様の別の変形例では,たとえば,LMSアルゴリズムのような従来の勾配ベースのアルゴリズムが実装される場合に,上記加算ユニット出力信号113を上記フィルタ推定器104,105および106の少なくとも一つに提供することもできる。
【0031】
図1の実施態様では,上記適応フィルタを線形予測フィルタ(a linear prediction filter)として動作するように構成することができ,そこでは上記第1のデジタル入力信号110が所望信号の観測ノイズ(a noisy observation)を構成し,したがって以下において時間インデックスnを有するd
nで示され,上記第2のデジタル入力信号111が上記適応フィルタ103への入力信号として提供され,上記適応フィルタ103がN個の適応フィルタ係数を有し,これがベクトル
wn=[w
1,w
2,..,w
N]
Tとして与えられ(太字wを
wによって示す。他の文字も同様),上記適応フィルタ103は,ベクトル
xn=[x
n,x
n−1,x
n−2,..,x
n−N−1]
Tとして与えられる第2のデジタル入力信号の直近のサンプルのセットに基づいて,以下の式にしたがって所望信号d
nを予測しようとする。
【0032】
【数1】
【0033】
ここでεは第1および第2のデジタル入力信号からの,すなわち加算ユニット出力信号113の非相関ノイズ(uncorrelated noise)を表す。
【0034】
この実施態様では,εはガウス分布を有する独立かつ同一の分布(independent and identically distributed)(i.i.d.)のランダム変数(random variable)であると想定(仮定)される。
【0035】
【数2】
【0036】
しかしながら,変形例においては,スチューデントのt分布(the student’s t-distribution)およびラプラス分布といった様々なスーパーガウス分布(super Gaussian distributions)のような,またはたとえば切断ガウス分布(a truncated Gaussian distribution),ベータ分布(beta distribution)またはガンマ分布(Gamma distribution)といった様々な有界分布(bounded distributions)のような他の分布を,上記ノイズについて想定することもできる。
【0037】
他の変形例では,εは独立かつ同一の分布(i.i.d.)のランダム変数であると想定されない。上記i.i.d.仮定(i.i.d. assumption)は,あるサンプルから別のサンプルへの観測ノイズが無相関である場合にのみ合理的である。したがって,εが相関ノイズを表す状況においては上記i.i.d.仮定を除くことが好ましい。基本的にi.i.d.仮定は,いわゆるプロダクトルール(product rule)の適用を可能にし,場合によっては複雑な数学的表現を少なくして処理要件を緩和することができる。
【0038】
この実施態様のさらなる変形例では,εが適応フィルタの推定誤差または非線形効果のような効果を表すランダム変数であり,適応フィルタがモデル化されない(the adaptive filter is not set up to model)ことを示す。
【0039】
この実施態様の他の変形例では,上記適応フィルタが未知の基礎プロセス(the unknown underlying process)f(
χ)を予測するために使用され,この場合に上述と同じ式を適用することができる。
【0040】
【数3】
【0041】
すなわち,この場合のd
nは未知の基礎プロセスf(
χ)の観測ノイズを表す。
【0042】
したがって本願の開示において,用語「所望信号」は一般に任意のタイプの所望信号を表すことができるが,モデル化することが望ましい未知のプロセスの観測ノイズを表すこともできる。
【0043】
同様に,用語「ノイズ」を,変数εを特徴づけるために用いることができるが,εは適応フィルタの推定誤差を表すこともできる。
【0044】
この実施態様では,所望信号d
nの単一サンプルはM個の直近の信号サンプルセットを構成するように拡張されてベクトル
dn=[d
n,d
n−1,..,d
n−M−1]
Tとして与えられ,同様にして行列
Xnを,入力信号サンプルのM個の直近ベクトルとして以下ように与えることができる。
【0045】
【数4】
【0046】
したがって線形モデルは以下のようになる。
【0047】
【数5】
【0048】
また,ノイズは次のように表すことができる。
【0049】
【数6】
【0050】
ここで
Iは恒等行列(the identity matrix)を示す。
【0051】
所望信号の複数の信号サンプルを使用することによって,いくつかの音環境に対してより少ない処理アーチファクトを有する処理を得ることができるが,これは典型的には,より高い処理要件を犠牲にする。したがって一例としてこのタイプの処理は,典型的には母音を処理するときに好ましいものである。
【0052】
他方,所望信号の単一信号サンプルのみを使用することによって,上記処理は,素早く変化する音環境に起因する処理アーチファクトを避けるのに適するものになる。したがって一例としてこのタイプの処理は,典型的には子音を処理するときに好ましいものである。
【0053】
ベイズ学習(Bayesian learning)にしたがって,Dで示される観測およびフィルタ係数
wnの確率変数を検討する。正規化事後確率(the normalized posterior)はベイズルール(Bayes rule)から次のようになる。
【0054】
【数7】
【0055】
または次のようになる。
【0056】
【数8】
【0057】
ここで時間インデックスnは分かりやすくするために省略されており,この発明の目的は,先行するフィルタ係数(earlier filter coefficients)
woldに基づいて,新たな適応フィルタ係数
wを推定することにある。
【0058】
ベイズ学習の用語を用いると,p(
wold,
d|
w)の表記を尤度と呼ぶことができ,p(
w)の項を事前確率(事前)(prior)と呼ぶことができ,p(
wold,
d)の項を周辺尤度またはエビデンスと呼ぶことができる。
【0059】
古いフィルタ
woldおよび現在の観測値
dが新たなフィルタ係数
wと独立して与えられると仮定すると,尤度は次のように因数分解される。
【0060】
【数9】
【0061】
ここで正規化事後確率(normalized posterior)は次のように与えられる。
【0062】
【数10】
【0063】
この実施態様では,尤度および事前確率(the prior)を多変量ガウス分布(multivariate Gaussian distributions)と想定することができ,これによって尤度について以下の式が導出される。
【0064】
【数11】
【0065】
ここでσ
2は所望信号に関するノイズεの分散(the variance)を表し,
Kは遷移共分散行列(transition covariance matrix)であり,これはサンプルからサンプルまで(すなわちある時間インデックスn−1から次の時間インデックスnまで)の間で上記フィルタ係数がどのように変化するか(how the filter coefficients may change)を規定することによって,上記適応フィルタ103のダイナミクス(the dynamics of the adaptive filter 103)を定義する。密遷移行列(dense transition matrices)を通じて様々なフィルタ係数間に依存関係を導入することによって(by imposing dependencies),有効フィルタの空間を,与えられる前のフィルタ状態では意味をなさないものに制限する(limit the space of valid filters to those that makes sense given a previous filter state)。以下において,「フィルタ」および「フィルタ係数」という用語はフィルタの状態(すなわちフィルタ係数の値)を参照するときに,交換可能に使用されることに留意されたい。上記事前確率(the prior)については以下の式が導出される。
【0066】
【数12】
【0067】
ここで
μは事前確率適応フィルタ・ベクトルの事前平均(a priori mean of prior adaptive filter vectors)を表し(以下では
μを単に事前平均(事前確率平均)(prior mean)と呼ぶことがある),
Σは,可能なフィルタ状態のセットを,実際上望ましいものに制限するため(to limit the set of possible filter states to those that are in fact desirable)に使用される事前確率共分散行列(a prior covariance matrix)である。発明者は,所望信号の観測がノイズのみである場合または音響の突然の急激変化の結果である場合に,フィルタ推定器は望ましくないフィルタ状態を示すことがあり,そのときに上記事前確率共分散行列
Σを構成することによって,これを少なくとも部分的に回避することができることを見出した。
【0068】
ノイズεの仮定に関する変形例と同様に,尤度および事前確率の分布を,変形例において,たとえばスチューデントのt−分布およびラプラス分布のような様々なスーパーガウス分布,またはたとえば切断ガウス分布,ベータ分布またはガンマ分布のような様々な有界分布とすることができる。
【0069】
しかしながら,ガウス分布を用いる大きな利点は,ガウス分布は一般に数値計算に適する閉形式(closed-form expressions)を導くことである。
【0070】
本願の開示において,用語「閉形式」は,基本的な算術演算(加算,減算,乗算および除算),実指数へのべき乗(exponentiation to a real exponent)(n番目の根の抽出を含む),対数,三角関数などを含む式として理解されるべきである,他方,無限級数(infinite series),連分数(continued fractions),極限(limits),近似(approximations)および積分(integrals)は閉形式に含まれない。
【0071】
当業者に既知のように,共分散行列は,以下のように行列内の各要素cov(Y
i,Y
j)を算出することによって決定することができる。
【0072】
【数13】
【0073】
ここでベクトル
Yは共分散行列に対する入力を持つベクトルであり,ここでμ
i=E(Y
i)はベクトル
Yにおけるi番目のエントリーの期待値である。
【0074】
ここで,ベクトル
dによって表される所望信号の複数の信号サンプルに基づく最大事後確率(Maximum-A-Posterior)(MAP)スキームについてのより一般的なケースを考える。
【0075】
はじめに,正規化されていない事後確率の対数(the logarithm of the un-normalized posterior)は次のようになる。
【0076】
【数14】
【0077】
上記で得られた分布を用いると,正規化されていない対数事後確率(un-normalized log-posterior)は次のようになる。
【0078】
【数15】
【0079】
ここで,適応フィルタ係数の設定に対するMAP解についての閉形式は,正規化されていない対数事後確率の勾配を取得し(taking the gradient of the un-normalized log-posterior),それをゼロに等しく設定し(setting it equal to zero),適応フィルタ係数ベクトル
wを解く(solving for the adaptive filter coefficient vector
w)ことによって,見つけることができる。
【0080】
【数16】
【0081】
この閉形式は一般に利用可能であり,したがって
図1の実施形態だけではなく,この発明の多くの変形例に関連する。
【0082】
閉形式の特有の利点は,最大事後確率(MAP)基準にしたがって,適応フィルタへの入力信号および所望信号の各サンプリングについて適応フィルタ係数の最適設定を達成できることにある。これは,正しい方向に進むことに基づく適応フィルタの伝統的な更新方法とは対照的であり,その結果として,適応フィルタは最適ではない中間フィルタ係数状態を通過する(通り抜ける)(pass through intermediate filter coefficient states that are not optimal)。
【0083】
この発明の他の利点は,適応フィルタの動作を様々な視点に基づいて構成できることである。従来の適応フィルタの観点では,適応フィルタの動作を理解するためにフィルタ更新式が解析される。この発明によると,適応フィルタの動作は,上記正規化されていない対数事後確率からの3つの項(the three terms from the un-normalized log-posterior)を考慮することによって分析することができる。
【0084】
第1の項Nd(
Xw,σ
2I)は純粋にデータに依存しており,したがってこの項のみが使用された場合,最尤最適化(Maximum Likelihood optimization)となる。ノイズ分散の値σ
2はあらかじめ定められる定数であってもよいし,何らか形式の実時間ノイズ推定に基づく変数であってもよい。本願の開示において上記ノイズ分散をハイパーパラメータとも呼び,それは,上記ノイズ分散は,基礎データのモデルのパラメータとは対照的に,すなわちデータに適合する適応フィルタ係数とは対照的に,確率密度関数中,たとえば尤度または事前確率分布中に存在するパラメータであるからである。
【0085】
一般に,ノイズ分散の値は比較的大きく(relatively big)保つのが望ましく,それは,かなり大きい値は適応フィルタ動作全体にわずかな影響しか与えず,他方においてかなり小さい値は,適応フィルタが雑音に適応しようとする望ましくない状況に適応フィルタの動作をバイアスするからである。
【0086】
第2項N
wold(
w,
K)=N
w(
wold,
K)は,どのようにして古いフィルタが新しいフィルタを正規化するか,すなわちたとえばオーバーフィッティング(over-fitting)を避けるために追加の情報がどのように導入されるかを定義する。典型的には,この情報は,滑らかさについての制限またはベクトル空間ノルムにおける境界など,複雑さに対するペナルティの形態である(in the form of a penalty for complexity, such as restrictions for smoothness or bounds on a vector space norm)。
【0087】
すなわち,遷移共分散行列
Kが対角である場合,対角における値は,
w内の適応フィルタ係数のそれぞれの個々のステップサイズとやや類似した解釈を有する(carry a somewhat similar interpretation as an individual step size on each of the adaptive filter coefficients in
w)。
【0088】
しかしながら,高密度バージョンの
K(ゼロでない非対角要素)を実装することによって,非対角要素が他のフィルタ係数の現在の状態に基づいて特定フィルタ係数の挙動を制御することを可能にするので,大幅な改善が得られる。これは,適応フィルタを動作させる従来方法に組み込むことが難しいという重要な側面である。
【0089】
第3および最終項N
w(
μ,
Σ),事前確率は,特定タイプのフィルタ係数設定を優先させるために使用される。これを使用する簡単な方法の一つは,ゼロ平均(すなわち
μ=
0)を有し,かつ事前確率共分散行列
Σが対角行列であることを特定するように事前確率を定義することであり,これによって対角線の要素はフィルタ係数の値をゼロに向かわせる(またはリークする)。さらに,行列要素に対して斜めから外れたロールオフを組み込む(by incorporating off-diagonal roll-off for the matrix elements)ことによって,適応フィルタ係数間の滑らかさ,したがって適応フィルタのインパルス応答の滑らかさも優先される。
【0090】
この発明による様々な実施態様の特定の変形例では,事前確率共分散行列(the prior covariance matrix)
Σは,特定行に沿う非対角要素が正と負の間で交互になるように構成することができ,これによって,たとえば音楽や音声といったなんらかの周期性を有する音が上記適応フィルタによって好都合なものとなり(favored),したがって減衰されずに適応フィルタを通過するようになる。このタイプの変形例は,たとえば音環境の分類やユーザ操作に対する応答に基づいて,補聴器システムが複数の利用可能な事前確率共分散行列の中から選択するように構成されている場合に特に有利である。
【0091】
図1の実施態様によるさらなる変形例では,適応フィルタ係数を更新するための閉形式が,正規化されていない事後確率ではなく正規化された事後確率に基づいて導出される。しかしながら,正規化された事後確率の共通性質(the denominator)は適応フィルタ係数に依存しないので,正規化された事後確率の導出に基づく必要はない。
【0092】
図1の特定の実施態様を再び参照して,上記第1のフィルタ推定器104は現在のフィルタ・ベクトル
wを提供するように設定され,上記第2のフィルタ推定器105は低速MAP推定(a slow MAP estimation)に基づいてフィルタ・ベクトル
wslowを提供するように構成され,上記第3のフィルタ推定器106は高速MAP推定(a fast MAP estimation)に基づいてフィルタ・ベクトル
wfastを提供するように設定される。
【0093】
図1の実施態様では,
wslowおよび
wfastは上述した
wについての閉形式を用いて,σ,
K,
μおよび
Σについて定数を選択することによって決定される。
【0094】
σ
slowおよびσ
fastは通常同一であり,この実施態様では,これらの信号が主にノイズからなる場合に第1または第2のデジタル入力信号の標準偏差として決定される。特定の実施態様では,σ
slowおよびσ
fastの値は定数であり0.02に設定される。変形例において,上記定数値は0.01から0.5の間の間隔から選択され,さらなる変形例では,上記値は,決定される雑音推定値に基づいて連続的に適応更新される。さらなる変形例では,σ
slowがσ
fastよりも相対的に大きく設定され,これによって上記第2のフィルタ推定器105の速度が上記第3のフィルタ推定器106の速度に対して遅くされる。
【0095】
遷移共分散行列(transition covariance matrices)
Kslowおよび
Kfastはいずれも対角行列であり,低速共分散行列(slow covariance transition matrix)
Kslowの対角要素の値は高速共分散行列(fast covariance transition matrix)
Kfastの対応する値よりも小さい。これによって上記第2のフィルタ推定器105からのフィルタ係数
wslowのMAP推定は,上記第3のフィルタ推定器106からのMAP推定
wfastに対してゆっくり変化することのみが可能になる。特定の実施態様では,
Kslowにおける対角要素の中心要素(center element)が5×10
−4に設定され,残りの対角要素の値は中心要素の周りにおいてたとえば正規分布のような対称指数関数を想定(仮定)することによって決定され,最外要素値(outermost elements values)が約3×10
−4の値を有するように構成され,
Kfast中の対角要素の中心要素の対応値は0.1×10
−4に設定され,最外要素値は約0.05×10
−4であり,残りの対角要素は
Kslowにおいて用いられたものと同一タイプの指数関数を仮定することによって決定される。
【0096】
事前確率共分散行列
Σslowおよび
Σfastはいずれも対角均一行列(diagonal uniform matrices)であり,低速事前確率共分散行列(slow prior covariance matrix)
Σslowの対角要素の値は,高速事前確率共分散行列(fast prior covariance matrix)
Σfastの対角要素の対応値よりも大きい。好ましくは上記
Σfastの対角要素の均一値はゼロに近い値に設定され,上記第3のフィルタ推定器106からのMAP推定
wfastはヌル・ベクトル(null vector)からさほど離れていないものを示す傾向になる。
【0097】
この実施態様では,上記高速事前確率共分散行列
Σfastの対角要素の値は1に設定され(set to one),変形例では0.5から10の範囲に設定され,他方,低速事前確率共分散行列
Σslowの対角要素の値は1000に設定され,変形例では500から50000の範囲に設定され,さらなる変形例ではより大きな値が選択される。
【0098】
この実施態様では,事前確率平均ベクトル(the prior mean vectors)
μfastおよび
μslowがいずれもヌル・ベクトルに設定される。変形例では,上記事前確率平均ベクトルの要素が1未満に設定される。
【0099】
現在のフィルタ係数ベクトル
wを決定するために使用されるN×N遷移共分散行列
Kは,次のように決定することができる。
【0100】
【数17】
【0101】
ここで第3のフィルタ係数ベクトル
woldは適応フィルタの直近の設定(すなわち前回サンプル)として決定される。
【0102】
この実施態様の変形例では,
woldは直近の設定,すなわち
wn−1として正確に決定される必要はなく,なんらかの他の以前のサンプル,たとえば2番目に最新のサンプル
wn−2などであってもよい。
【0103】
現在のフィルタ係数ベクトル
wを見つけるために用いられる事前確率共分散行列
Σは,最近の約3000回の高速フィルタにわたる分散(the variance over the most recent say 3000 fast filters)に基づいて決定される。
【0104】
これらの直近の約3000回の高速フィルタの平均が
μの値を決定するために用いられ,変形例では,上記平均を決定するために用いられる高速フィルタの数は,500から5000の範囲から,さらには50から50000の範囲から選択することができる。
【0105】
標準偏差σとして,この実施態様では,σ
slowおよびσ
fastの値と同じ固定値が与えられる。
【0106】
しかしながら,この実施態様の変形例では,上記標準偏差σの値は動的に決定される可変のものとすることができる。当業者には明らかであるように信号の標準偏差を動的に推定する多くの方法を利用することができる。
【0107】
しかしながら,MAP適応フィルタ係数ベクトル
wについての閉形式についてこの発明から導出されること(the inventive derivation)は,
図1の実施態様のように,3つの異なる適応フィルタ推定器の実装を必要としない。
図1の実施態様において,第2および第3の適応フィルタ推定器105および106はMAP技術を用いることは必須ではなく,実際上,基本的には,任意の適応フィルタ推定技術を使用して,適応フィルタ係数ベクトル
wslowおよび
wfastを提供することができる。
【0108】
しかしながら,上記第2および第3の適応フィルタ推定器105および106の少なくとも一方においてMAP技術を用いることが選択される場合には,MAP技術の使用は,MAP解(MAP solution)を見つけるために導出される閉形式の使用を必要としないことに留意されたい。これに代えて,先行技術で知られている,より伝統的な実施形態,たとえばMAP解に向けてステップを踏むために用いられる反復アルゴリズムを用いる勾配ベース法(gradient based methods)を使用してMAP解を見つけることができる。すなわち,このアプローチは,たとえば事後確率についての閉形式(a closed form expression for the posterior)を見つけることができる場合に有利となる。
【0109】
図1の実施態様の特定の変形例では,上記第2および第3の適応フィルタ推定器が省略され,上記適応フィルタ係数ベクトル
wが固定共分散行列(fixed covariance matrices)に基づいて決定される。この変形例では,単一の適応フィルタ推定器において用いられる上記固定共分散行列
Kおよび
Σを,高速または低速の係数推定器
Kslow,
Kfast,
Σslowおよび
Σfastのいずれかと同じにすることができ,または高速および低速共分散行列の平均のような組み合わせとすることができる。
【0110】
さらに他の変形例では,現在の共分散行列を,現在の音環境の分類に基づいて多数の共分散行列から選択してもよい。同様の変形例は,標準偏差σおよび平均事前確率フィルタ係数ベクトル
μを決定するために用いることができる。
【0111】
一般には,上記ハイパーパラメータ
K,
Σ,
μおよびσの値を見つけるために用いられる方法は互いに独立して選択することができ,一例として共分散行列を音環境の分類に依存させ,他方において
μおよびσについてはそのようにする必要はない。
【0112】
さらに
図1の実施態様の変形例では,上記第2および第3の適応フィルタ推定器の一方のみが省略され,これによって性能を犠牲にして処理要求を軽減することができる。
【0113】
図1の実施態様は,ノイズならびに尤度および事前確率の確率密度関数がガウスであるという想定(仮定)に基づいている。しかしながら,スチューデントのt分布やラプラス分布のような様々なスーパーガウス分布などの他の分布や,切断ガウス分布,ベータ分布またはガンマ分布のような様々な有界分布のような他の分布も適切である。
【0114】
図1の実施態様は,ベクトル
dnにおいて与えられる所望信号の多数のサンプルが利用可能であるという仮定にも基づいている。しかしながら,変形例では,所望信号の現在値d
nのみを有する場合の閉ループ式を,多数の所望信号のサンプルを有する場合の対応式から直接に導き出すことができる。
【0115】
【数18】
【0116】
さらに,
図1の構成は,この発明の適応フィルタを動作する方法を用いることができるアプリケーションの一例にすぎないことに留意されたい。この発明は,選択されるアプリケーションとは独立して使用することができ,少なくともアプリケーションが式d
n=
wnTxnにしたがって動作する適応フィルタを含む限りにおいて使用することができることを理解されたい。ここで信号サンプルd
nは所望信号を表し,
wnは時刻nにおける適応フィルタ係数を表し,
xnは適応フィルタへの入力信号の直近のサンプル値を表し,εはノイズを表す確率変数(a random variable)である。
【0117】
しかしながら,この発明の様々な実施態様の変形例では,ベクトル
xnが非線形項,すなわち適応フィルタへの入力信号の直近サンプル値の指数を含むことができるようにすることによって,非線形現象をモデル化することができるように適応フィルタを動作させることができる。
【0118】
図2を参照して,
図2は,最も一般的な形態において,補聴器システム200の選択部分,すなわち補聴器をかなり概略的に示している。上記補聴器は,音響電気入力トランスデューサ201(典型的にはマイクロフォン),難聴を緩和するように構成されるデジタル信号処理装置202,電気音響出力トランスデューサ203(典型的にはレシーバと呼ばれる),および補聴器システムのユーザが補聴器システム200とやりとりできるようにするユーザ入力手段204を備えている。
【0119】
次に
図3を参照して,
図3は,この発明の一実施態様による,
図2のデジタル信号処理装置202の選択部分をかなり概略的に示している。デジタル信号処理装置202は,適応フィルタ213,適応フィルタ推定器214,遷移共分散行列を保持する第1のメモリ215,事前確率共分散行列(a prior covariance matrix)を保持する第2のメモリ216,所望信号のノイズ分散の推定(an estimate of the noise variance)を保持する第3のメモリ217,および事前確率適応フィルタ係数の平均(a mean of previous adaptive filter coefficients)を保持する第4のメモリ218を備えている。
【0120】
すなわち
図3の実施態様は,この発明の実施形態によるこの発明の一般的な性質を示しており,遷移共分散行列,事前確率共分散行列,ノイズの推定,および適応フィルタ係数設定の平均を含む閉形式が用いられて,適応フィルタの動作が制御される。したがって,この発明は,適応フィルタを一部とする補聴器システムの内容とは一般には無関係であることが強調される。しかしながら,この発明の実施態様による適応フィルタの動作は,たとえば会話増強,音響フィードバック抑制,残響除去,スペクトル転移およびノイズ推定の内容において特に有利なものとなり得る。
【0121】
この発明の様々な実施態様のさらなる変形例では,上記適応フィルタの動作に必要とされる処理の少なくとも一部を,外部装置において実行することができる。より詳細な変形例では,デジタル入力信号およびデジタル所望信号の少なくとも一のサンプルが補聴器から外部計算装置に転送するように構成され,最適な適応フィルタ係数が補聴器に戻されるように上記補聴器システムが構成される。典型的には,上記データの転送は無線リンクを用いて実行することができる。
【0122】
この発明の様々な実施態様の他の変形例では,上記補聴器システムが遷移共分散行列および事前確率共分散行列を保持する複数のメモリを備え,かつ適応フィルタ係数の値を決定するアルゴリズムを備え,与えられる複数の共分散行列の中から,現在の音環境の分類の関数としてまたは上記ユーザが少なくとも一の特定の共分散行列を選択するユーザインタラクションに応答して,特定の遷移共分散行列および/または事前確率共分散行列が選択されるように構成される。より詳細な変形例では,複数の遷移および事前確率共分散行列を保持する複数のメモリが外部計算装置に収容され,そこから選択される共分散行列を現在の音環境の分類またはユーザインタラクションのいずれかに応答して補聴器にアップロードすることができる。さらに他の変形例では,上記共分散行列を,上記外部計算装置をゲートウエイとして用いて外部サーバからダウンロードすることができる。様々な実施態様のさらに他の変形例では,共分散行列を保持する複数のメモリを単一メモリに集約することができる。
【0123】
この発明の様々な実施態様のさらに他の変形例では,共分散行列を連続的に更新するように上記補聴器システムが構成され,さらなる変形例では,さらに後述するように,これらのハイパーパラメータの最適化に基づくノイズ推定も連続的に更新される。
【0124】
この発明は,推定最適値に向かって勾配に沿って移動することなく,適応フィルタ係数の一の推定MAP最適値から次の推定MAP最適値に直接にジャンプすることによって適応フィルタを更新できるようにする点で特に有利であり,これによってあらかじめ定められたステップサイズに基づいて推定最適値ではない設定を適応フィルタが受け入れることが必然的に必要となる中間ステップをとる必要がない。
【0125】
発明者は,この発明の方法および対応するシステムによって,適応フィルタが入力信号および所望の出力信号の急激な変化に非常に迅速に反応することが可能になり,これによってアーチファクトの量を大幅に低減することができることを実証した。
【0126】
開示される実施態様のさらに他の変形例では,上記適応フィルタ103を,解析(分析)フィルタバンクによって提供される複数の周波数帯の一つに配置される少なくとも一つのサブバンド適応フィルタに置換することができる。
【0127】
次に
図4を参照して,
図4は,適応フィードバック抑制フィルタを含む適応フィードバック抑制システムを備える補聴器をかなり模式的に示している。上記補聴器400は,基本的に,マイクロフォン401,補聴器処理装置402,レシーバ403,適応フィードバック抑制フィルタ404,および上記適応フィードバック抑制フィルタ404の適応フィルタ係数の設定を決定するように構成されるフィルタ推定器405を備えている。
図4において,上記適応フィードバック抑制フィルタ404からの出力信号として提供されるフィードバック抑制信号407が加算ユニットにおいて入力信号406から減算され,上記加算ユニットの出力信号408が,個々のユーザの難聴を緩和するように構成される補聴器処理装置402のための入力信号として用いられる。上記補聴器処理装置の出力信号409が,上記レシーバ403,上記適応フィードバック抑制フィルタ404およびフィルタ推定器405に与えられる。最後に,入力信号406もフィルタ推定器405に与えられる。
【0128】
このように本願の開示において,上記入力信号406が所望信号とみなされ,かつ補聴器処理装置の出力信号409が(上記適応フィルタへの)入力信号とみなされる。
【0129】
この発明による適応フィルタの動作方法は,特に適応フィードバック抑制において実装される場合に有利であり,それは許容可能(すなわちサンプル空間)と考えられる適応フィルタ係数ベクトル設定の数が比較的限定されているからであり,それは基礎モデル(underlying model)を決定する物理パラメータが比較的一定であるからであり,したがって事前確率共分散行列を,大多数の許容できない適応フィルタ係数ベクトル設定を避けることができるようにして,決定することができる。これは,直接閉ループバイアスの結果として生じる音響アーチファクトを抑制するために特に有利であり,すなわち音環境からの相関音(音楽など)によって,フィードバックシステムが音環境からの音をキャンセルしようとするようにトリガされることがあり,これは明らかに望ましい状況ではない。変形例では,開示される実施形態は,非直接閉ループ(indirect closed loop )または結合入力出力法(joint input-output methods)に基づくフィードバックの抑制に用いることもできる。
【0130】
事前確率共分散行列は,通常の補聴器フィッティングの一部として実行されるいわゆるフィードバックテストに基づいて決定される定数であってもよく,上記フィッティングテストは完全にランダムな入力信号を含み,したがって音響フィードバック経路の伝達関数,およびこれによる事前確率共分散行列の対角要素の対応値を推定するために用いることができる。
【0131】
しかしながら,これに加えてまたは代えて,上記事前確率共分散行列を,環境における自然音に基づいて,一定時間間隔でまたはユーザのリクエストで更新してもよい。特定の変形例では,補聴器システムが,信頼性のある音響フィードバック伝達関数の推定を得ることができるかどうかを決定する手段を持つ。基本的にこれは,フィードバック経路が比較的定常かどうか,および音環境がバイアスを誘発するかどうか,すなわちフィードバック経路が十分に推定されているかどうかを判断することを含む。
【0132】
図4の実施態様の特定の変形例では,上記遷移共分散行列を,望ましくないことがある中間フィルタ状態(intermediate filter states)を避けるように設定することができる。望ましくない中間フィルタ状態の一例は,中間状態を通過することによって上記適応フィルタ設定がハウリングを誘発する設定からハウリングを誘発しない設定に変更されたときに経験することができ,そこでの上記フィルタは,ハウリングを抑制するためにきれいなサイン信号に近いもの(a close to clean sine signal)を提供する。共分散遷移行列を注意深く設計することによってこの中間状態を回避することができる。
【0133】
一般的なレベルでは,フィードバックシステムの基礎モデルは音響フィードバック経路を考慮することによって決定することができ,これは主に補聴器イヤピースの通気口,残気量(the residual volume),マイクロフォンおよびレシーバの伝達関数,およびベントから補聴器マイクロフォンへの自由空間(すなわち,イヤピースおよび外耳道の外側)における音伝播の伝達関数によって決定される。これらの物理的パラメータの中で,主に自由空間における音伝搬の伝達関数が,補聴器のマイクの近くに手や電話を保持している場合など,フィードバック経路の突然の変化の主要源となることが予想される。しかしながら,たとえば補聴器ユーザが咀嚼したりあくびをしたりする結果としてのユーザの外耳道内に配置されているイヤピースの周囲の音漏れが,突然の変化を引き起こすこともある。
【0134】
フィードバック経路の基礎モデルは,マイクロフォンおよびレシーバの伝達関数の固有の非線形性に起因して非線形部分を含むことがある。したがって適応フィードバック抑制におけるこの発明の実施は,非線形適応フィルタを含むこの発明の変形が有利である場合を提示する。一例として,適応フィルタは,フィルタ予測が,入力信号サンプルが二乗項を含む(the filter prediction comprises terms where an input signal sample is squared)という意味において非線形であってもよい。
【0135】
この発明の他の観点では,この発明において開示される適応フィルタリングの方法に関連する事前確率,尤度および雑音の想定される確率分布を規定するために用いられるハイパーパラメータの最適化を考慮することによって,開示される実施態様およびその様々な変形例をさらに改善することができる。
【0136】
再度
図1を考慮して,マイクロフォン101および102によって受信される信号中のノイズレベルの推定を,周辺尤度,すなわち正規化された事後確率の分母を最大にすることによって決定することができる。上記周辺尤度はエビデンス(the evidence)とも呼ぶことができ,以下によって与えられる。
【0137】
【数19】
【0138】
上記尤度および事前確率の分布がガウスであると想定し,かつノイズ分散σ
d2もガウスと想定すると,周辺尤度を決定するために必要な積分を解析的に解くことができ,上記想定分布によって定義されるハイパーパラメータの関数として導かれる周辺尤度についての閉形式が得られる。したがって,次に上記周辺尤度を,たとえば仮定されるガウスノイズ分散σ
d2に関して最大化することができる。
【0139】
ここで,所望信号の現在値d
nのみが利用可能である場合を考える。この場合,以下のようになる。
【0140】
【数20】
【0141】
これは次のように表すことができる。
【0142】
【数21】
【0143】
ここで
Aは次のように規定される。
【0144】
【数22】
【0145】
したがって上記想定ガウスのノイズ分散σ
d2は,上記想定ガウスノイズ分散σ
d2に関する上記周辺尤度について得られる閉形式を最大化することによって決定することができる。上記最大化は,Broyden-Fletcher-Goldfarb-Shanno(BFGS)アルゴリズム,Simplexアルゴリズム,および勾配降下または上昇アルゴリズムを含むグループから選択される反復数値最適化技術(iterative numerical optimization technique)を使用して実行することができる。しかしながら,好ましい変形例では,上記閉形式の最大化を,ハイパー事前確率を用いた閉形式の正規化(regularization of the closed form expression with a hyper-prior)に基づいて実行することができる。
【0146】
特定の実施態様では,上記最大化は,勾配降下アルゴリズムを使用して上記周辺尤度についての閉形式の負の対数を最小化することによって実行され,上記想定ガウスノイズに関する偏導関数(the partial derivative)を以下のように表すことができるので,比較的シンプルであり,したがって補聴器システムにおける実装に特に適している。
【0147】
【数23】
【0148】
他のパイパーパラメータ
μ,
Kおよび
Σを,
図1の実施態様およびその変形例に関して開示したように設定することができる。しかしながら,基本的には上記他のハイパーパラメータを任意の他の適切なやり方で決定することができる。
【0149】
特定の変形例では,想定分布のすべてのハイパーパラメータを,上記周辺尤度の勾配ベースの最大化を用いて一緒に最適化してもよい。
【0150】
図1の実施態様の他の変形例では,上記適応フィルタ103は,
図1または
図1の実施態様の関連変形例を参照して開示したようなものと同じやり方で動作させる必要はない。特に,たとえば適応フィルタ係数の以前の設定に依存しない,別の事後確率を選択してもよい。
【0151】
さらに他の変形例において,上記尤度,事前確率およびノイズ分布の少なくともいくつかの上記想定分布は,想定ガウスである必要はない。しかしながら,ガウス推定は,処理能力に対して比較的緩和された要件を有するハイパーパラメータ最適化アルゴリズムを一般に提供する。
【0152】
さらなる変形例において,LMSおよびRLSのような標準アルゴリズムを,ノイズ標準偏差またはノイズ分散を推定する上述の方法とは独立して,適応フィルタを動作させるために使用してもよい。
【0153】
さらに他の変形例において,上記適応フィルタ103または上記加算ユニット107からの出力信号を補聴器システム100の残りの部分に提供する必要はなく,これに代えて,上記適応フィルタのためだけに提供してノイズ推定を提供できるようにしてもよく,その後に,補聴器システムの様々な当業者に周知のすべての目的のために用いてもよい。しかしながら,ノイズ推定は雑音抑圧アルゴリズムへの入力として特に有用であることは明らかである。
【0154】
さらに別の変形例では,パイパーパラメータ最適化について開示される方法は,
図1に一例を示すもの以外の他の構成においても適用することができる。一例として,適応線スペクトル強調器(adaptive line enhancer)の構成は,雑音を推定するのに特に有利である。
【0155】
次に
図5を参照して,
図5は適応線スペクトル強調器を備える補聴器システム500の選択部分をかなり模式的に示している。上記補聴器システム500の選択部分は,マイクロフォン501,時間遅延ユニット502,適応フィルタ503,上記適応フィルタ503の適応フィルタ係数の設定を決定するように構成されるフィルタ推定器504,および加算ユニット505を備えている。
図5において,マイクロフォン501からの入力信号510は分岐され,上記時間遅延ユニット502と加算ユニット505の第1入力とに与えられる。上記時間遅延ユニット502から出力される時間遅延された入力信号511は上記適応フィルタ503に与えられ,上記適応フィルタ513からの出力信号(線スペクトル強調出力信号と呼ばれることもある)は分岐され,補聴器の残りの部分と加算ユニット505の第2の入力とに与えられ,これによって上記加算ユニットにおいて上記線スペクトル強調出力信号513が入力信号510から減算され,その結果としての加算ユニット出力信号512が上記適応フィルタ推定器504に与えられ,適応フィルタ推定器が上記加算ユニット出力信号512を最小化するように,上記適応フィルタ503の適応フィルタ係数のセットを決定するために設定される。
【0156】
上記適応線スペクトル強調器は,入力信号510を遅延して,上記入力信号510のノイズ部分が上記時間遅延入力信号511と相関がなくなるように機能し,これによって線スペクトル強調出力信号513は,理想的には,上記入力信号510のノイズのない部分(noise free part)の推定となる。
【0157】
すなわち本願の開示において,(マイクロフォンからの)入力信号510が所望信号とみなされ,上記時間遅延入力信号511が(上記適応フィルタへの)入力信号とみなされる。
【0158】
図5の実施態様では,上記線スペクトル強調出力信号513は補聴器システムの残りの部分,すなわち音響出力トランスデューサのための出力信号を提供するように構成されるデジタル信号処理装置に提供され,上記デジタル信号処理装置からの出力信号が個々の補聴器ユーザの聴覚損失を緩和するようになる。したがってこの実施態様では,上記補聴器システムの残りの部分は,聴覚障害を緩和するように構成される増幅手段を含む。変形例では,上記残りの部分は追加のノイズ低減手段を含むこともできる。分かりやすくするために補聴器システムのこれらの残りの部分は
図5に示されていない。しかしながら,変形例では,上記線スペクトル増強出力信号513は上記加算ユニット505のみに提供され,上記補聴器システムの残りの部分に提供されない。すなわちこの変形例による上記適応線スペクトル増強器の目的は入力信号のノイズを推定することだけである。
【0159】
さらに他の変形例では,
図1を参照して開示した方法を,
図5を参照して開示した適応線スペクトル増強器に適用することもできる。すなわちこの発明による適応線スペクトル増強器はパイパーパラメータ最適化を備える必要はない。
【0160】
一般に,ハイパーパラメータ最適化のための開示する方法は相当量の処理資源を必要とし,この方法が補聴器システムまたは個々の補聴器に実装される場合にはこれは特に問題となる。
【0161】
したがってハイパーパラメータ最適化の開示する実施態様部分の他の変形例では,オフライン(off-line)を実行することで,補聴器システムにおける処理資源の要求を緩和することができる。
【0162】
本願の開示において,用語「オフライン」は,上記補聴器システムをユーザに引き渡す前に,補聴器システムフィッテングの一部として「オフライン」方法ステップが実行されることを意味すると解釈することができる。
【0163】
すなわちこの発明の一実施態様では,以下のステップを含む補聴器システムのフィッティングの方法を実行することができる。
【0164】
はじめに事後確率が選択される。上記事後確率は
図1の実施態様を参照して開示したものと同様とする,すなわちp(
w|
wold,
d)とすることができる。しかしながら,この実施態様を,以前の適応フィルタ係数設定(すなわち,
wold)に依存しない事後確率といった,他の事後確率に基づくものとすることもできる。
【0165】
第2のステップにおいて,事前確率および尤度についての分布が選択される。この実施態様では,上記事前確率および尤度の分布はガウスであると想定されるが,必ずしもそうである必要はない。
【0166】
第3のステップにおいて,周辺尤度(エビデンスと呼ぶこともできる)の式が,事前確率および尤度について選択された分布に基づいて導出される。
【0167】
第4のステップにおいて,特定の入力信号サンプルに基づきかつ選択された確率分布のハイパーパラメータのそれぞれについての選択された初期値セットに基づく反復最適化方法(iterative optimization method)を使用して,第1の選択ハイパーパラメータに関して周辺尤度が最適化され,これによって第1の選択ハイパーパラメータの第1の最適化値が提供される。すなわち,この実施態様では,ハイパーパラメータの一つ(one of the hyper parameters)のみが最適化される。しかしながら,変形例では,複数のまたはすべてのハイパーパラメータが最適化される。一般には,複数のハイパーパラメータの最適化には勾配ベースの最適化方法の使用が必要とされる。
【0168】
第5のステップにおいて,同じ特定の入力信号サンプルを用いつつ,ハイパーパラメータのそれぞれについての別セットの初期値を用いて,上記第4のステップが繰り返され,これによって第1の選択ハイパーパラメータについての複数の第1の最適化値が提供される。このステップは,上記最適化が大域的最適値(global optimum)ではなく局所最適値(local optimum)を見つけることを避けるために,ほとんどの状況およびほとんどの想定確率分布について必要とされる。
【0169】
第6のステップにおいて,上記第1の選択ハイパーパラメータの第1の最適化値を使用し,かつ第1の選択ハイパーパラメータの最適化のための基礎を形成する非最適化ハイパーパラメータのそれぞれについての対応する異なる初期値セットを使用し,同一の入力信号サンプルを使用することによって算出された周辺尤度の値(複数)における上記周辺尤度の最大値を決定することに基づいて,上記第1の選択ハイパーパラメータの第2の最適化値が提供される。このように第1の選択ハイパーパラメータの第2の最適化値は,大域的最適値の最適化推定を提供する。
【0170】
第7のステップにおいて,上記第4,第5および第6のステップが多数の入力信号サンプルについて繰り返され,これによって上記第1の選択ハイパーパラメータの多数の第2の最適化値が提供される。これは,第1の選択ハイパーパラメータの多数の第2の最適化値が,音環境を再び表す入力信号サンプルに依存する先験的ハイパーパラメータ最適化(a-priori hyper parameter optimization)を表すので,好ましいものである。
【0171】
第8のステップにおいて,上記複数の第2の最適化値をクラスタ内にグループ化し,次に上記クラスタにおける複数の第2の最適化値の平均に基づいて各クラスタについて第3の最適化値を選択することによって,第1の選択ハイパーパラメータの第3の最適化値が上記複数の第2の最適化値から選択される。この実施態様では,各クラスタは,補聴器システムの技術分野において周知である多くの音分類技術の一つを使用して補聴器システムが識別することができる音環境に関連するものである。
【0172】
しかしながら,変形例では,上記第3の最適化値を平均に基づいて決定する必要はなく,対応する入力信号サンプルと共に周辺尤度の最大値を提供する値を単純に選択するといった,なんらかの他のやり方で決定してもよい。別の変形例では,上記第3の最適化値は各クラスタについて選択する必要はなく,これに代えて一つの大局値(one global value)を選択してもよい。
【0173】
第9の,最後のステップにおいて,第1の選択ハイパーパラメータの上記第3の最適化値が補聴器システムに保存される。
【0174】
開示する実施態様のさらに別の変形例では,上記ハイパーパラメータ最適化を,上記適応フィルタにおける最適数のフィルタ係数(the optimum number of filter coefficients)を決定するために用いることができる。これは,最適化ハイパーパラメータを決定するための開示された方法が,複数の異なる適応フィルタ長(すなわち,適応フィルタ係数の数)に対して独立して実行され,その後,各適応フィルタ長およびその対応する最適化ハイパーパラメータについて周辺尤度が算出され,上記周辺尤度の最大値を提供するフィルタ長が選択されることを必要とする。変形例では,これを複数の様々な音環境について実行してもよい。
【0175】
特に有利な変形例では,上記最適フィルタ長が複数の様々な音環境について決定され,上記補聴器システムが特定の音環境を識別するときに,少なくとも一つのハイパーパラメータが最適化されている特定のハイパーパラメータの対応する選択がトリガされる。さらなる変形例では,識別された音環境のそれぞれについての適切な適応フィルタ長が,事前確率共分散行列の慎重な設計によって選択される。
【0176】
なお,ガウスの挙動が想定されない場合,事前確率共分散行列が利用できないことがあり,この場合には,なんらかの他のメカニズムを用いて,たとえば特定の識別された音環境について一または複数の適応フィルタ係数を単にゼロに設定するなどして,適応フィルタ長を選択してもよい。
【0177】
このようにこの実施態様では,少なくとも一つのハイパーパラメータについて,クラスタのセットを表す,パイパーパラメータ値のセットが,選択される事後確率および想定される確率分布の情報とともに,補聴器システム内に保存される。これによって,補聴器システム内のパイパーパラメータ最適化を様々なやり方で実行することができる。
【0178】
一つのやり方は,各サンプルについて上記補聴器システムにおいてオンラインで実行される以下のステップを含む。
【0179】
各クラスタについての周辺尤度を算出し,すなわち,クラスタを表すために選択された少なくとも1つのハイパーパラメータについての値と組み合わされた最初の(すなわち最適化されていない)ハイパーパラメータ値の選択セットを使用し,
上記クラスタのハイパーパラメータのセットを使用して,現在のサンプルについて算出された周辺尤度の最大値を提供する。
【0180】
このハイパーパラメータ最適化法は,限定的な処理資源だけを必要とするというメリットを持つ。
【0181】
変形例では,他のやり方は,各サンプルについて補聴器システムにおいて以下の処理をオンラインで実行するものである。
【0182】
現在のサンプルについて算出される周辺尤度の最大値を提供するクラスタのパイパーパラメータセットを初期値セットとして用いて,現在のサンプルに基づく反復的最適化方法を使用して少なくとも1つのハイパーパラメータの最適化値を提供する。
【0183】
このハイパーパラメータ最適化法は,性能の改善を提供しつつ,限定的な処理資源だけを必要とするというメリットを持つ。処理資源と性能のトレードオフは,最適化法を実行可能な反復ステップの数を選択することによって調整することができる。
【0184】
変形例では,周辺尤度の算出値が現在のサンプルよりも大きい場合に,クラスタハイパーパラメータセットに代えて,直近のハイパーパラメータ値のセット(the most recent set of hyper parameter values)を用いてもよい。
【0185】
さらに別の変形例では,ハイパーパラメータ最適化に必要なすべてのステップを補聴器システムによって実行してもよいが,少なくとも現時点では,これは処理力に関してしたがって補聴器システムのサイズおよび電力消費に関しても重大な欠点をもたらすことになる。
【0186】
さらなる変形例では,上記方法および開示する実施態様による補聴器の選択部分を,補聴器システムではないシステムまたは装置(すなわち,聴覚損失を補償する手段を備えていないもの)であって,音響電気入力トランスデューサおよび電気音響出力トランスデューサの両方を備えるものに実装してもよい。このようなシステムおよび装置は,現在のところ,ヒヤラブル(hear-able)と呼ばれることが多い。なお,少なくとも部分的には装着可能な健康監視装置(ウェアラブルと呼ばれることもある)およびヘッドセットはこのようなシステムの他の例である。
【0187】
この発明は,補聴器システムの分野において,より一般的には少なくとも部分的に装着可能な,ウェラブルとも呼ばれる健康監視装置の分野において,特にメリットがある。
【0188】
構造および手順の他の修正例および変形例は当業者に自明であろう。