特許第6554645号(P6554645)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6554645
(24)【登録日】2019年7月19日
(45)【発行日】2019年8月7日
(54)【発明の名称】電解液及びマグネシウム二次電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 10/0567 20100101AFI20190729BHJP
   H01M 10/054 20100101ALI20190729BHJP
   H01M 4/46 20060101ALI20190729BHJP
【FI】
   H01M10/0567
   H01M10/054
   H01M4/46
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-139770(P2015-139770)
(22)【出願日】2015年7月13日
(65)【公開番号】特開2017-22024(P2017-22024A)
(43)【公開日】2017年1月26日
【審査請求日】2018年2月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591267855
【氏名又は名称】埼玉県
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100160794
【弁理士】
【氏名又は名称】星野 寛明
(72)【発明者】
【氏名】小笠 博司
(72)【発明者】
【氏名】鋤柄 宜
(72)【発明者】
【氏名】栗原 英紀
(72)【発明者】
【氏名】稲本 将史
【審査官】 立木 林
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/163055(WO,A1)
【文献】 特開2006−156331(JP,A)
【文献】 特開2011−142047(JP,A)
【文献】 特開2013−110102(JP,A)
【文献】 特開2001−155772(JP,A)
【文献】 特開2004−213991(JP,A)
【文献】 特開2008−66278(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/05−10/0587
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機溶媒としてトリグライムと、マグネシウム塩としてマグネシウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド又はマグネシウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)アミドと、環状酸無水物と、を含むマグネシウムイオン二次電池用電解液であって、
前記環状酸無水物は、前記マグネシウム塩に対して等モル濃度以上含まれる電解液。
【請求項2】
前記環状酸無水物は、前記マグネシウム塩に対して1.0倍モル濃度〜3.0倍モル濃度含まれる請求項1記載の電解液。
【請求項3】
マグネシウム又はマグネシウム合金を有する負極と、
請求項1または2に記載の電解液と、を備えるマグネシウム二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電解液及び該電解液を備えるマグネシウム二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、イオン二次電池は充電を行うことにより蓄電が可能であり、繰り返し使用することができて利便性が高いため、広い分野で利用されている。例えばリチウムイオン二次電池は、電圧、容量、エネルギー密度が高いため、特に、携帯電話、ノートパソコン、風力や太陽光等の発電設備の蓄電池、電気自動車、無停電電源装置、家庭用蓄電池等の分野で多く利用されている。
【0003】
ところで、マグネシウムイオン二次電池(以下、「マグネシウム二次電池」という。)は、リチウムイオン二次電池よりも高い理論容量を有する。また、このマグネシウム二次電池では、希少金属であるリチウムの代わりに比較的安価で大量に存在するマグネシウムを用いることができ、低コスト化が期待される。更にマグネシウムがリチウムよりも融点が高いことから安全性の面でも優れており、実用化が期待される。
【0004】
しかし、2価のマグネシウムイオンは1価のリチウムイオンと比較して電極反応が極端に遅く、相互作用が強いため拡散しにくい問題がある。また、マグネシウム金属を繰り返し溶解析出することが可能な、安定かつ安全なマグネシウム電解液の開発についても課題が残る。
【0005】
そこで、電解液としてMg(TFSA)、Mg(TFSI)等のマグネシウム塩を、THF(テトラヒドロフラン)や、高沸点エーテル系溶媒であるジグライム、トリグライム、テトラグライム等と組み合わせた構成が開示されている(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】内本喜晴、外3名、“高エネルギー密度・高安全性・低コスト二次電池の開発に成功 −リチウムからマグネシウム金属へ−”、[online]、平成26年7月7日、[平成27年5月22日検索]、インターネット<URL http://www.kyoto−u.ac.jp/ja/research/research_results/2014/documents/140711_1/01.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、従来のような構成の電解液では、実用化を想定した常温作動性や良好なサイクル特性が得られていないのが現状である。
【0008】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、その目的は常温作動性及び良好なサイクル特性を有するマグネシウム二次電池を具現化できる電解液及びマグネシウム二次電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)上記目的を達成するため本発明は、有機溶媒と、マグネシウム塩と、環状酸無水物と、を含む電解液(例えば、後述の電解液13)を提供する。
【0010】
(1)の発明において、電解液には環状酸無水物と、マグネシウム塩と、有機溶媒とが含まれる。環状酸無水物とマグネシウム塩とは、有機溶媒に溶解し、錯体を形成すると推定される。そして、この錯体が充放電後の負極の表面に付着し、マグネシウム塩由来の被膜(solid electrolyte interphase、以下SEI)が形成されると推定される。これにより本発明によれば、SEIにより可逆的な酸化還元反応が可能となる結果、常温作動性及び良好なサイクル特性が得られる。
【0011】
(2)また、(1)の発明において、前記環状酸無水物は、前記マグネシウム塩に対し等モル濃度以上含まれることが好ましい。
【0012】
(2)の発明によれば、負極に良好なSEIを形成することができ、十分に可逆的な酸化還元反応が可能となる結果、常温作動性及び良好なサイクル特性が得られる。
【0013】
(3)また、(1)の発明において、前記環状酸無水物は、マグネシウム塩に対し1.0倍モル濃度〜3.0倍モル濃度含まれることが好ましい。
【0014】
(3)の発明によれば、負極に最適なSEIを形成することができ、十分に可逆的な酸化還元反応が可能となる結果、常温作動性及び良好なサイクル特性が得られる。
【0015】
(4)また、本発明は、マグネシウム又はマグネシウム合金を有する負極と、上記(1)〜(3)いずれかの電解液と、を備えるマグネシウム二次電池を提供する。
【0016】
(4)の発明によれば、常温作動性及び良好なサイクル特性を有するマグネシウム二次電池を実現できる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、常温作動性及び良好なサイクル特性を有するマグネシウム二次電池を具現できる電解液及びマグネシウム二次電池を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の一実施形態に係るマグネシウム二次電池の構成を示す模式図である。
図2A】本発明の一実施形態に係るマグネシウム二次電池の負極表面に放電後に形成される、SEIの構成を示す模式図である。
図2B】本発明の一実施形態に係るマグネシウム二次電池の負極表面に充電後に形成される、SEIの構成を示す模式図である。
図3】比較例1のCV曲線を示す図である。
図4】比較例2のCV曲線を示す図である。
図5】比較例3のCV曲線を示す図である。
図6】比較例4のCV曲線を示す図である。
図7】実施例1のCV曲線を示す図である。
図8】実施例2のCV曲線を示す図である。
図9】実施例3のCV曲線を示す図である。
図10】実施例4のCV曲線を示す図である。
図11】実施例5のCV曲線を示す図である。
図12】実施例6のCV曲線を示す図である。
図13】実施例7のCV曲線を示す図である。
図14】実施例8のCV曲線を示す図である。
図15A】実施例7の充放電曲線を示す図である。
図15B】実施例7の充放電曲線を示す図である。
図16A】実施例8の放電後におけるフッ素のXPSスペクトルを示す図である。
図16B】実施例8の放電−充電後におけるフッ素のXPSスペクトルを示す図である。
図17A】実施例8の放電後における硫黄のXPSスペクトルを示す図である。
図17B】実施例8の放電−充電後における硫黄のXPSスペクトルを示す図である。
図18A】実施例8の放電後における炭素のXPSスペクトルを示す図である。
図18B】実施例8の放電−充電後における炭素のXPSスペクトルを示す図である。
図19A】実施例8の放電後におけるマグネシウムのXPSスペクトルを示す図である。
図19B】実施例8の放電−充電後におけるマグネシウムのXPSスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照して説明する。
【0020】
図1は、本実施形態に係るマグネシウム二次電池の構成を示す模式図である。図1に示す通り、マグネシウム二次電池1は、正極11と、負極12と、電解液13と、容器14と、を備えている。
【0021】
正極11においては、図示しない正極集電体によって、図示しない正極活物質が保持されている。正極集電体は、放電時に正極活物質に電子を供与する機能を有する。正極集電体として使用される物質は、ニッケル、鉄、ステンレス鋼、チタン、アルミニウム等が、耐食性が比較的優れていることと、安価であることから好ましく用いられる。正極活物質として使用される物質は、マグネシウムイオンを挿入及び脱離可能なものであれば特に制限されないが、MgFeSiO、MgMn、又はV等が好ましく用いられる。正極11の具体的な構成としては、例えばステンレス上にVを塗工した構成が挙げられる。
【0022】
負極12にはマグネシウム又はマグネシウム合金が好ましく用いられる。負極12の表面には、電解液13中のマグネシウム塩由来のSEIが形成される。
【0023】
図2A及び図2Bは、それぞれマグネシウム二次電池の放電後、及び、放電後更に充電を行った後に負極表面に形成されるSEIを示した図である。
図2Aに示す通り、放電後は負極12の表面にSEI12aが形成されている。SEI12aは、電子伝導性を有しない不動態皮膜である。また、図2Bに示す通り、放電後更に充電を行った後は、負極12の表面にSEI12aが形成され、更にその上にSEI12bが形成され、二層構造となっている。SEI12bは、マグネシウムイオンを吸蔵放出可能な皮膜であると考えられる。
【0024】
電解液13は、図示しないセパレータによって保持され、正極11と負極12との間にイオン電導性を生じさせる。電解液13は、マグネシウムイオンを含む。放電時にマグネシウムイオンは正極11で還元反応(例えば、後述の式(a)の反応)を、負極12で酸化反応(例えば、後述の式(b)の反応)を起こす。充電時にマグネシウムイオンは正極11で酸化反応(例えば、後述の式(c)の反応)を、負極12で還元反応(例えば、後述の式(d)の反応)を起こす。これら酸化還元反応により、マグネシウム二次電池の充放電が可能となる。
[化1]

+Mg2++2e → MgV … 式(a)
Mg → Mg2++2e … 式(b)
MgV → V+Mg2++2e … 式(c)
Mg2++2e → Mg … 式(d)
【0025】
これら正極11、負極12、電解液13は、容器14に封入される。容器14の材質等は電解液の漏れがなく、耐食性を有するものであれば特に制限されないが、鉄等の金属板をプレス加工して形成され、内面及び外面の表面全体に耐食のためのニッケル等のめっき層が形成されたもの等が好ましく用いられる。
【0026】
本実施形態に係る電解液13は、主溶媒としての有機溶媒と、マグネシウム塩と、添加剤としての環状酸無水物と、からなる。環状酸無水物は、添加されるマグネシウム塩と等量か、それ以上添加することが好ましい。これにより、負極表面に良好なSEIが形成され、充放電のサイクル性を向上させることができる。
【0027】
本実施形態で用いられる環状酸無水物は、ジカルボン酸が分子内で脱水縮合した物質であり、五員環構造を有する無水コハク酸(以下、「SAA」という。)、六員環構造を有する無水グルタル酸(以下、「GAA」という。)の2種類の基本骨格からなる。なお、本実施形態で用いられる環状酸無水物は、SAA、GAAいずれかの基本骨格に官能基が結合したそれらの誘導体であってもよい。
【0028】
マグネシウム塩に対する環状酸無水物の添加量が、マグネシウム塩に対して等モル濃度未満の場合には、酸化還元サイクルを繰り返すと反応劣化が起こる。従って、環状酸無水物の添加量は、マグネシウム塩に対して等モル濃度以上であることが必要である。また、環状酸無水物の添加量の上限は、電解液に可溶かつマグネシウムイオンが移動可能な電解液粘度となる添加量であることが必要である。以上より、SAAの好ましい添加量は、マグネシウム塩に対し、1.0倍モル濃度〜3.0倍モル濃度であり、GAAの好ましい添加量は、1.0倍モル濃度〜4.0倍モル濃度である。
【0029】
本実施形態で用いられるマグネシウム塩としては、マグネシウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド[Mg(TFSI)]やマグネシウムビス(トリフルオロメタンスルホニルアミド)[Mg(TFSA)]が用いられる。
【0030】
本実施形態で用いられる主溶媒としての有機溶媒は、特に限定されないがジグライム(ジエチレングリコールジメチルエーテル)、トリグライム(トリエチレングリコールジメチルエーテル)、テトラグライム(テトラエチレングリコールジメチルエーテル)等の高沸点対称グリコールジエーテルが好ましく用いられる。これにより、環状酸無水物とマグネシウム塩は主溶媒に溶解して電解液を形成し、電解液中にマグネシウムイオンと錯体を形成すると推定される。
【0031】
この錯体が、負極表面に被膜し、SEIを形成すると推定される。すなわち、放電後、マグネシウムイオンが脱離した負極表面上を錯体が被覆し、SEIが形成されているものと推定される。
SEIが形成される過程については、必ずしも明らかとはなっていないが、放電後、負極であるマグネシウム表面に、マグネシウムに対して電荷又は化学吸着力の強い成分が被覆され、次にマグネシウムに対して電荷又は化学吸着力の弱い成分が被覆されるものと推定される。
【0032】
より詳しくは、まず放電時の負極表面には、例えばマグネシウム塩由来の炭化フッ素を含むSEIが形成され、次に放電後、充電時には例えばマグネシウム塩由来の硫酸塩を含むSEIが、更にその上層に形成される。この充電時に形成されるSEIは、マグネシウムイオンを吸蔵可能な膜であり、放電時には消失する。従って、この充電時に形成されるSEIが、マグネシウムイオンを充電時には吸蔵し、放電時には溶解して放出するため、可逆的な酸化還元反応が可能になるものと考えられる。
【0033】
次に、マグネシウム二次電池1の製造方法について説明する。
まず、電解液13を作製する。電解液13の作製は、アルゴン雰囲気下のグローブボックス内で実施する。主溶媒としての有機溶媒、マグネシウム塩、添加剤としての環状酸無水物を規定量計量し、同時に混合してマグネティックスターラーを用いて撹拌、溶解させる。溶解性向上のため、液温は25℃〜35℃程度としてもよい。
そして、正極活物質を正極集電体に接触させて正極11を作製する。このようにして得られた電解液13、正極11及び負極12を用いてマグネシウム二次電池1を作製することができる。
【0034】
以上より、本実施形態によれば以下の効果が奏される。
本実施形態における電解液には環状酸無水物と、マグネシウム塩と、有機溶媒とが含まれる。環状酸無水物は、マグネシウム塩に対し1.0倍モル濃度以上、好ましくは1.0倍モル濃度〜3.0倍モル濃度含まれる。環状酸無水物とマグネシウム塩とは、有機溶媒に溶解し、錯体を形成すると推定される。この錯体が充放電後の負極の表面に付着し、マグネシウム塩由来のSEIが形成されると推定される。SEIにより可逆的な酸化還元反応が可能となる結果、常温作動性及び良好なサイクル特性が得られる。従って、本実施形態における電解液によれば、常温作動性及び良好なサイクル特性を有するマグネシウム二次電池を提供できる。
【0035】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれる。
【実施例】
【0036】
次に、本発明の実施例について説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0037】
[実施例1〜8、比較例1〜4]
電解液は、環状酸無水物及びマグネシウム塩を有機溶媒に溶解させ、それぞれ表1に示すような所定の濃度となるようにグローブボックス内で調製した。環状酸無水物はSAA又はGAAを、マグネシウム塩はMg(TFSI)を、エーテル系溶媒はトリグライムを、それぞれ用いた。
【0038】
【表1】
【0039】
<サイクリックボルタンメトリー>
実施例1〜8、比較例1〜4の電解液を用いた電池について、サイクリックボルタンメトリー(以下、「CV法」という。)を行った。CV法の条件は以下の通り、3電極法にて行った。
(CV法条件)
正極:Vを正極活物質としてSUS箔上に塗工(比較例2を除く)
負極:Mg金属
参照極:Mg金属
掃引速度:1mmV/秒
掃引範囲:−0.5〜2.5V(vsMg2+/Mg)
サイクル数:3〜20サイクル
測定雰囲気:大気中、25℃
【0040】
図3図14は、CV法により得られたサイクリックボルタモグラム(以下、「CV曲線」という。)である。縦軸は電流(μA)を示しており、横軸は印加した電位(V)を示す。
図3は、比較例1の電解液により得られたCV曲線である。図3に示す通り、1サイクル目で還元側、酸化側共に過電流を示す反応ピークが現れ、2サイクル目以降では反応ピークが減少し、3サイクル目で反応ピークが消滅した。図3の結果より、電解液にSAA等の環状酸無水物が添加されていない場合、可逆的な酸化還元反応が起こらないことが確認された。
図4は、比較例2の電解液により得られたCV曲線である。比較例2は、SAAを電解液に、マグネシウム塩に対し2.0倍モル濃度添加しているが、正極は活物質を塗工せずSUS箔のみの構成である。図4に示す通り、還元側で過電流を示すピークが現れたのみで酸化ピークが現れなかった。従って、図3図14で現れるピークは、正極−負極間の酸化還元反応によるものであることが明らかとなった。
これら図3及び図4の結果より、電解液に環状酸無水物が添加されることで、以下の可逆的な酸化還元反応が起こることが確認された。
【0041】
図5図6は、比較例3、4の電解液により得られたCV曲線である。それぞれ表1に示す通り、マグネシウム塩に対する環状酸無水物の添加量が、1.0倍モル濃度未満である、0.2、0.8の電解液である。図5、6に示す通り、2サイクル目以降、還元側、酸化側双方で反応ピークが徐々に減少した。
図7図14は、実施例1〜8の電解液により得られたCV曲線である。それぞれ表1に示す通り、マグネシウム塩に対する環状酸無水物の添加量が、1.0倍モル濃度以上である、1.0、1.2、2.0、2.4、3.0、1.33、2.0、4.0の電解液である。
図7〜14に示す通り、2サイクル目以降、還元側及び酸化側双方で反応ピークはほとんど変化しなかった。
以上の結果より、実施例1〜8と、比較例1、3、4とを比較すると、SAA又はGAAの添加量がマグネシウム塩の1.0モル当量未満である比較例1、3、4の場合、十分に可逆的な酸化還元反応が得られず、SAA又はGAAの添加量がマグネシウム塩の1.0モル当量以上である実施例1〜8の場合、常温で十分に可逆的な酸化還元反応が得られることが確認された。
【0042】
<充放電試験>
実施例7の電解液を用いた電池について、充放電試験を行った。充放電試験の条件は以下の通りである。
(充放電試験条件)
正極:V
負極:AZ31(マグネシウム合金)
充放電条件:2μA−7.5h
サイクル数:12サイクル
測定雰囲気:大気中、25℃
【0043】
図15A図15Bは、上記充放電試験によって得られた充放電曲線図である。縦軸は電圧(V)を表しており、横軸はV1g当たりの容量(mAh/g)を表している。
図15A図15Bに示す通り、実施例7では、1〜3サイクル目までは負極の活性化につれて電圧がやや上昇するが、4サイクル目以降の充放電曲線は比較的近傍に安定して現れた。以上の結果より、本実施形態における電解液をマグネシウム二次電池に用いた場合、常温で良好なサイクル特性が得られることが確認された。
【0044】
<表面元素組成分析>
実施例8の電解液を用いた電池について、X線光電子分光法(XPS)による表面元素組成分析を行った。XPSの測定条件は以下の通りである。
(XPS測定条件)
測定装置:KRATOS社製AXIS−ULTRA DLD形
X線源:MONO(AL)
エミッション:10mA
アノード HT:15KV
測定範囲:1400eV〜0eV
Depth:Arガス
【0045】
XPS分析用のサンプルは、以下の方法で調製した。電解液は実施例8と同様のものを用い、作用極にV塗工電極、対極にMg金属、参照極にMg金属を用いて3極式セルを組んだ。放電後充電した状態、及び、新たにセルを組んで放電−還元後放電した状態のそれぞれについてMg電極を取り出し表面分析を行った。
【0046】
XPS分析は以下の方法で行った。サンプルを大気非暴露の状態で装置にセットし、測定後Arガスを用いてDepth(表面のミリング、以下「ミリング」という。)を行い、一定間隔で分析とミリングを繰り返した。上記方法により、Mg負極表面から一定深さ方向における組成成分が明らかとなった。
【0047】
図16A図19Bは、XPSスペクトル図である。図16A図17A図18A図19Aは充電後のMg負極のXPSスペクトル図であり、図16B図17B図18B図19Bは放電後のMg負極の分析結果である。また、図16A及び図16Bはフッ素、図17A及び図17Bは硫黄、図18A及び図18Bは炭素、図19A及び図19BはマグネシウムのそれぞれXPSスペクトル図である。
【0048】
図16A及び図16Bから明らかであるように、図16A及び図16B双方において負極表層にフッ素(炭化フッ素)を示すピークが出現し、ミリングにより消滅することから、充電後及び放電後双方のMg負極表層にフッ素を含む一定厚さの被膜が形成されている。
また図17A及び図17Bから明らかであるように、図17Bにのみ負極表層に硫酸塩を示すピークが出現し、ミリングにより消滅することから、充電後のMg負極表層に硫酸塩を含む一定厚さの被膜が形成されている。
また図18A及び図18Bから明らかであるように、図18Aにのみ負極表層に炭化フッ素を示すピークが出現し、ミリングにより消滅することから放電後のMg負極表層に炭化フッ素を含む一定厚さの被膜が形成されている。
【0049】
また図19A及び図19Bから明らかであるように、負極表層にMgを示すピークが出現せず、ミリングにより出現することから、Mg負極表層にはMgを含まない一定厚さの被膜が形成されている。
また図19Aにおいてのみ表層にブロードな酸素由来のピークが確認され、Depthにより消滅することから、放電後のMg負極表層に酸素を含む一定厚さの被膜が形成されている。
【0050】
以上の結果より、放電後、Mg表面にマグネシウムイオンが通過可能なフッ素由来の不働態被膜を形成し、充電後はその被膜の上にフッ化カーボンと硫黄由来の被膜が生成することが確認された。この被膜は放電後は電解液に溶解し、再び充電後、表面に生成することによって可逆的な酸化還元反応を可能とする。これらの被膜はマグネシウム塩と環状酸無水物に由来した成分であることが確認された。
【符号の説明】
【0051】
1…マグネシウム二次電池
11…正極
12…負極
12a、12b…SEI
13…電解液
14…容器
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15A
図15B
図16A
図16B
図17A
図17B
図18A
図18B
図19A
図19B