(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6555711
(24)【登録日】2019年7月19日
(45)【発行日】2019年8月7日
(54)【発明の名称】非解離性大動脈瘤の疾患活動性の判定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20190729BHJP
C07K 14/47 20060101ALN20190729BHJP
【FI】
G01N33/68
!C07K14/47ZNA
【請求項の数】7
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2015-105191(P2015-105191)
(22)【出願日】2015年5月25日
(65)【公開番号】特開2016-217965(P2016-217965A)
(43)【公開日】2016年12月22日
【審査請求日】2018年3月6日
(31)【優先権主張番号】特願2015-104671(P2015-104671)
(32)【優先日】2015年5月22日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 一般財団法人横浜総合医学振興財団 平成25年度研究等助成報告書
(73)【特許権者】
【識別番号】505155528
【氏名又は名称】公立大学法人横浜市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】特許業務法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】横山 詩子
(72)【発明者】
【氏名】石川 義弘
(72)【発明者】
【氏名】荒川 憲昭
(72)【発明者】
【氏名】吉村 耕一
【審査官】
大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】
特表2011−510297(JP,A)
【文献】
欧州特許出願公開第01666611(EP,A1)
【文献】
特許第3499875(JP,B2)
【文献】
Jeffrey A. Jones et al.,Alterations in aoritc cellular constituents during thoracic aortic aneurysm development, myofibroblast-mediated vascular remodeling,The American Journal of Pathology,2009年,vol.175, no.4,pp.1746-1756
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 − 33/98
C07K 14/47
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非解離性大動脈瘤の疾患活動性の判定を補助する方法であって、非解離性大動脈瘤を有する患者から分離された検体中のミオシン重鎖11レベルを測定することを含み、前記検体が血液、血清又は血漿であり、前記検体中のミオシン重鎖11レベルの上昇は、当該患者の非解離性大動脈瘤の疾患活動性が上昇している可能性があることの指標である、方法。
【請求項2】
ミオシン重鎖11レベルの上昇は、前記患者の過去の検体中ミオシン重鎖11測定値と比較した上昇である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
非解離性大動脈瘤は、腹部大動脈瘤又は胸腹部大動脈瘤である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
非解離性大動脈瘤に対する治療処置の効果判定を補助する方法である、請求項1ないし3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
非解離性大動脈瘤の治療薬候補物質の効果判定を補助する方法である、請求項1ないし3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
ミオシン重鎖11の、非解離性大動脈瘤の疾患活動性判定血中マーカーとしての使用。
【請求項7】
ミオシン重鎖11からなる、非解離性大動脈瘤の疾患活動性判定血中マーカー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非解離性大動脈瘤の疾患活動性を反映する新規バイオマーカー、及び該マーカーを指標とした非解離性大動脈瘤の疾患活動性の判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非解離性大動脈瘤は進行性の致死性疾患である。脂質異常、高血圧といった生活習慣病を背景とすることが多く、世界の65歳以上の男性人口の約5%が罹患するとされている。非解離性大動脈瘤(以下、単に大動脈瘤ということがある)は無症状であるためにその進行を患者が自覚できず、数年の経過のうちに大動脈瘤が徐々に拡大して突然破裂してしまうことがある。破裂時の致命率は非常に高く、50%を超える(非特許文献1)。
【0003】
現在は、偶発的に発見された大動脈瘤に対して、1年に1〜2回ほどCTで経過を追い、破裂のリスクの高まる直径5センチ以上に達したところでステント留置や人工血管への置換などの外科手術が行われている(非特許文献2)。大動脈瘤の進行速度は一定ではなく、急速に進展して不測の破裂を招くことがあるため、経過観察中も油断できない疾患である。
【0004】
被ばくを伴わない方法で大動脈瘤の進行をとらえることができれば、大動脈瘤の経過観察を従来よりもきめ細かく実施することも可能になるが、大動脈瘤の疾患活動性を反映するバイオマーカーとして十分に実用的なものはこれまでに知られていない。
【0005】
特許文献1には、大動脈瘤のバイオマーカーとして、エラスチンおよび/またはコラーゲン分解を、患者の血液(血清)および/または尿内でモニターする方法が記載されている。しかしながら、このバイオマーカーは大動脈瘤の有無を判定するためのものであり、疾患の進行を反映するものではない。特許文献1以外にも、大動脈瘤の有無を判定するバイオマーカーは種々報告されているが(非特許文献3、4など)、いずれも大動脈瘤の疾患活動性を反映するものではない。
【0006】
特許文献2には、心血管イベントを予測できるバイオマーカーとして腫瘍壊死因子α前駆体などを含む複数の蛋白が開示されている。心血管イベントには大動脈瘤破裂が含まれるが、破裂を伴わない大動脈瘤の進行を反映するマーカーではない。また特許文献2のバイオマーカーが対象とする心血管イベントには大動脈瘤破裂以外にも心筋梗塞や脳卒中、末梢動脈疾患など種々の疾患が包含されており、大動脈瘤破裂に特異的なマーカーというわけでもない。
【0007】
特許文献3には、平滑筋ミオシン重鎖に対する抗体により大動脈解離を検出する技術が開示されている。解離発症時には血管平滑筋に含まれる平滑筋ミオシン重鎖等のタンパク質が一時的に大量に血中に放出されるため、これを検出することで大動脈解離を迅速に検出するというものである。血管の解離や破裂を伴わない大動脈瘤の進行を平滑筋ミオシン重鎖が反映しているという開示や示唆は特許文献3には一切存在しない。
【0008】
血中D-ダイマー濃度は動脈瘤直径の拡大率との相関が報告されているが(非特許文献5)。しかしながら、D-ダイマーは感染やがん、外傷などで引き起こされる凝固能異常をきたす状態では一般的に高値を示すため、大動脈瘤への特異性は低く、D-ダイマーだけでは大動脈瘤の疾患活動性をモニターするには十分とは言えない。また、MMP-9は既存の大動脈瘤のマーカーとして最も一般的であるが、炎症疾患とある種のがんで高値となるため、D-ダイマーと同様に大動脈瘤への特異性は十分に高いとはいえない。特に、大動脈瘤好発年齢である高齢者では感染症やがんなどの疾患も生じやすいため、これらの公知のマーカーのみで大動脈瘤の疾患活動性を追うことは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特表2011−510297号公報
【特許文献2】特表2010−534852号公報
【特許文献3】特許第3499875号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Sakalihasan N, et al., Lancet, (365)1577-1589, 2005
【非特許文献2】大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン(2011年改訂版)
【非特許文献3】Stather PW, et al., Br J Surg, (101)1358-1372, 2014
【非特許文献4】Sidloff DA, et al., J Vasc Surg, (59)528-535, 2014
【非特許文献5】Golledge J, et al., Eur Heart J, (32)354-364, 2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従って、本発明は、被ばくを伴わない簡便な方法で非解離性大動脈瘤の疾患活動性をモニターすることができる新規な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、非解離性大動脈瘤の拡大が見られる患者集団ではミオシン重鎖11の血中レベルが有意に高まっていること、従ってミオシン重鎖11の上昇を指標として非解離性大動脈瘤の疾患活動性を判定できることを見出し、本願発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明は、非解離性大動脈瘤の疾患活動性の判定を補助する方法であって、非解離性大動脈瘤を有する患者から分離された検体中のミオシン重鎖11レベルを測定することを含み、
前記検体が血液、血清又は血漿であり、前記検体中のミオシン重鎖11レベルの上昇は、当該患者の非解離性大動脈瘤の疾患活動性が上昇している可能性があることの指標である、方法を提供する。また、本発明は、ミオシン重鎖11の、非解離性大動脈瘤の疾患活動性判定
血中マーカーとしての使用を提供する。さらに、本発明は、ミオシン重鎖11からなる、非解離性大動脈瘤の疾患活動性判定
血中マーカーを提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、ミオシン重鎖11が非解離性大動脈瘤の疾患活動性を反映するバイオマーカーとして利用可能であることが初めて明らかとなった。患者の被ばくを伴わず、採取が簡便な血液検体を用いて大動脈瘤の進行をモニターできるので、CTよりも頻繁に疾患活動性をチェックしやすくなる。これにより、大動脈瘤の突然の破裂が生じる前にその危険を予測し、早期に必要な対処をとることができるようになる。非解離性大動脈瘤の疾患活動性を反映するマーカーとしては、D-ダイマーやMMP-9が知られているが、これらのマーカーは感染症やがんにおいても高値となる。非解離性大動脈瘤は高齢者において好発するが、感染症やがんも高齢者において特に多く生じやすいため、これらのマーカーのみでは患者の大動脈瘤の疾患活動性を十分に追うことができない。一方、ミオシン重鎖11は平滑筋に特異的に発現するタンパク質であり、大動脈以外の臓器にも存在し得るが、特に非解離性大動脈瘤好発年齢である高齢者において一般的に見られる疾患の中には平滑筋の細胞死を特徴とする疾患はほとんど想定されないので、ミオシン重鎖11は公知のマーカーと比べて非解離性大動脈瘤に対する特異性がはるかに高いといえる。本発明によれば、疾患活動性の判定のために有用なデータを提供することができ、医師による非解離性大動脈瘤の疾患活動性判定の大きな補助となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】ステント留置術を受けた大動脈瘤症例のうちの瘤径縮小群(10名)及び変化なし群(16名)の大動脈瘤直径の時間経過を表すグラフである。
【
図2】瘤径縮小群のミオシン重鎖11の血清中濃度を測定した結果である。術前(Pre)、並びに術後2週間(2W)、3か月(3M)、6か月(6M)、12か月(12M)、18か月(18M)及び24か月(24M)の時点で血液を採取し、ミオシン重鎖11の血清中濃度を測定した。
【
図3】変化なし群のミオシン重鎖11の血清中濃度を測定した結果である。縮小群と同様に血液を採取してミオシン重鎖11の血清中濃度を測定した。
【
図4】ステント留置術を受けた大動脈瘤患者の縮小群(左、n=9)及び変化なし群(右、n=14)について、D-dimerの血中濃度を測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明で対象とする大動脈瘤は、非解離性の大動脈瘤である。大動脈瘤は、一般に、どの部位にできたかによって、胸部大動脈瘤、胸腹部大動脈瘤、腹部大動脈瘤という疾患名で分類され、胸部大動脈瘤はさらに大動脈基部拡張症(弁輪拡大症)、上行大動脈瘤、弓部大動脈瘤、下行大動脈瘤に分類される。本発明は、非解離性の大動脈瘤のいずれにも適用可能である。特に限定されないが、本発明で対象とする大動脈瘤は、例えば胸腹部大動脈瘤又は腹部大動脈瘤であり得る。
【0017】
ミオシン重鎖には5、7、10、11等のアイソフォームが知られているが、このうち本発明で対象とするのはミオシン重鎖11(Gene ID 4629)である。ミオシン重鎖11は平滑筋に特異的に発現するアイソフォームであり、平滑筋ミオシン重鎖とも呼ばれる。平滑筋で発現したミオシン重鎖11は、2本の重鎖が2種類のミオシン軽鎖と共に六量体の平滑筋ミオシン分子を形成する。
【0018】
ミオシン重鎖11には、主としてC末端部分の配列が異なる4種類のアイソフォームSM1A, SM1B, SM2A, SM2B(GenBankアクセッション番号: NP_002465.1, NP_001035203.1, NP_074035.1, NP_001035202.1、アミノ酸配列を配列番号1〜4にそれぞれ示す)が知られている。本発明で測定するミオシン重鎖11のアイソフォームは特に限定されず、例えば4種のアイソフォームを全て測定してもよい。
【0019】
検体は、好ましくは血液、血清又は血漿である。対象となる患者は、非解離性大動脈瘤を有する哺乳動物であり、典型的にはヒトである。
【0020】
検体中のミオシン重鎖11レベルは、検体中のミオシン重鎖11タンパク質又はその断片の存在量を測定することによって測定される。ミオシン重鎖11タンパク質は、平滑筋ミオシン分子の一部として検体中に存在するものを測定してもよい。従って、非解離性大動脈瘤の疾患活動性判定マーカーとしてのミオシン重鎖11には、平滑筋ミオシン分子を構成している形態にあるミオシン重鎖11タンパク質が包含される。
【0021】
検体中のミオシン重鎖11レベルを測定する手段としては、ポリペプチドを測定可能な手段であれば特に限定されない。ポリペプチドを測定する手法としては免疫測定法や質量分析等を挙げることができるが、免疫測定法は大掛かりな機器類が不要であり測定操作も簡便なので、本発明においてもミオシン重鎖11レベルの測定に好ましく用いることができる。ミオシン重鎖11を検出可能な抗体は公知であり、市販品も存在する。また、上述の通りミオシン重鎖11のアミノ酸配列及びこれをコードする塩基配列も公知であるので、常法のハイブリドーマ法等によりミオシン重鎖11を特異的に認識する抗体を調製して用いてもよい。
【0022】
免疫測定自体はこの分野において周知である。免疫測定法を反応形式に基づいて分類すると、サンドイッチ法、競合法、凝集法、ウェスタンブロット法等があり、また、標識に基づいて分類すると、酵素免疫分析、放射免疫分析、蛍光免疫分析等がある。本発明においては、定量的検出が可能な免疫測定方法のいずれを用いてもよい。特に限定されないが、例えば、サンドイッチELISA等のサンドイッチ法を好ましく用いることができる。
【0023】
上述した通り、2本のミオシン重鎖11が平滑筋ミオシン分子を構成するので、ミオシン重鎖11タンパク質のうち平滑筋ミオシン分子の一部として検体中に存在しているものは、ミオシン重鎖11の同一部位を認識する同一の抗体を用いたサンドイッチ法で測定することができる。ミオシン重鎖11タンパク質の単量体やその断片、又はミオシン重鎖11を1本しか含まない複合体をサンドイッチ法により測定したい場合には、ミオシン重鎖11の異なる部位を認識する2種類の抗体を用いればよい。上述の通り、ミオシン重鎖11には4種のアイソフォームが知られているが、4種に共通する領域を認識する抗体を用いれば、4種のアイソフォームのいずれでも測定することができる。
【0024】
免疫測定法自体は周知であり、本明細書で説明する必要はないが、簡単に記載すると、例えば、サンドイッチ法では、ミオシン重鎖11に結合する抗体を固相に不動化し(固相化抗体)、試料と反応させ、洗浄後、固相化抗体とは異なる部位でミオシン重鎖11に結合する抗体(ただし平滑筋ミオシン分子中のミオシン重鎖11を測定する場合には固相化抗体と同一部位で結合する抗体でもよい)に標識を付した標識抗体を反応させ、洗浄後、固相に結合した標識抗体を測定する。固相化抗体と標識抗体は、いずれもポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよい。なお、免疫測定では、抗体に代えて該抗体の抗原結合性断片を用いることもできる。
【0025】
標識抗体の測定は、標識物質からのシグナルを測定することにより行なうことができる。シグナルの測定方法は、標識物質の種類に応じて適宜選択される。例えば、酵素標識の場合、該酵素の基質を反応系内に添加し、酵素反応により生じる発色や発光の量を吸光光度計やルミノメーターを用いて測定すればよい。ミオシン重鎖11を種々の濃度で含む濃度既知の標準試料について、抗ミオシン重鎖11抗体又はその抗原結合性断片を用いて免疫測定を行ない、標識からのシグナルの量と標準試料中のミオシン重鎖11濃度との相関関係をプロットして検量線を作成しておき、ミオシン重鎖11濃度が未知の検体について同じ操作を行なって標識からのシグナル量を測定し、測定値をこの検量線に当てはめることにより、検体中のミオシン重鎖11を定量することができる。
【0026】
固相化抗体と標識抗体の両者をモノクローナル抗体とする場合、モノクローナル抗体の組み合わせが好ましいかどうかは、実際に免疫測定を行なってみることで容易に調べることができる。所望により、抗体の認識部位の同定を行なって、異なるエピトープを認識するかどうかを調べてもよい。抗体の認識部位の同定は、この分野で周知の常法により行なうことができる。簡潔に説明すると、例えば、対応抗原であるミオシン重鎖11をトリプシン等のようなタンパク質分解酵素により部分消化し、認識部位を調べるべき抗体を結合させたアフィニティーカラムに部分消化物溶液を通じて消化物を結合させ、次いで結合した消化物を溶出させて常法の質量分析を行なうことにより、抗体の認識部位を同定することができる。
【0027】
ミオシン重鎖11の血中濃度は個人差が大きく、絶対的数値としてカットオフ値を設定することは困難である。従って、本発明においては、個人の中でのミオシン重鎖11レベルの変化を調べることが好ましい。患者自身の過去の測定値との比較により、ミオシン重鎖11レベルが上昇したか否かが判断され得る。すなわち、本発明におけるミオシン重鎖11レベルの上昇とは、同患者の過去の測定値と比較した、検体中ミオシン重鎖11レベルの上昇であり得る。過去の測定値より上昇しているか否かは、通常、前回測定値を含む過去複数回の測定値との比較により判断される。急激な上昇があった場合、動脈瘤が急速に進展している可能性があり、緊急手術の必要があり得るので、早急にCTなどにより動脈瘤の瘤径を調べて必要な処置をとることが望ましい。特段の変動が見られない場合又は低下している場合、動脈瘤が進展している可能性は低いので、そのままのペースで経過観察を続ければよい。ゆるやかに上昇する傾向が認められた場合、動脈瘤が進展しているおそれがあるので、経過観察の来院間隔を短くするなどして注意深く疾患活動性をモニターすることが望ましい。
【0028】
検体中ミオシン重鎖11レベルは非解離性大動脈瘤の進展と関連しているので、様々な局面での非解離性大動脈瘤の疾患活動性をミオシン重鎖11レベルに基づいてモニターすることができる。例えば、本発明は、治療処置を受ける前の未治療の非解離性大動脈瘤の疾患活動性判定や、ステント手術などによる治療処置の後の疾患活動性判定に利用することができる。すなわち、本発明で対象とする患者には、非解離性大動脈瘤の治療処置を受ける前の患者、治療処置後の患者、及び治療処置中の患者が包含される。また、大動脈瘤の治療処置には、従来行われているステント留置や人工血管置換といった外科手術の他、今後確立されるであろう治療薬による治療処置も包含される。また、本発明が対象とする患者は、主として破裂が生じる前の大動脈瘤患者であるが、大動脈瘤の破裂を治療後、瘤の疾患活動性をモニターすることが望まれる患者も包含される。治療処置後又は処置中の患者における動脈瘤の疾患活動性の判定は、当該治療処置の治療効果の判定(患者の予後判定)と表現することもできる。
【0029】
また、本発明は、臨床試験等における治療薬候補物質の治療効果の判定にも活用することができる。具体的には、例えば、治療薬候補物質を投与された動物から検体を採取し、検体中のミオシン重鎖11レベルを測定する。検体は投与前の動物からも採取し、投与前のミオシン重鎖11レベルも測定する。投与前の測定値と比べて投与後の測定値が変化していないかあるいは低下している場合、瘤の活動性は上昇していないと判定できるので、当該薬剤には動脈瘤の拡大を抑制する効果又は動脈瘤を縮小する効果があると判定することができる。これにより、大動脈瘤の新規治療薬の開発が促進されると期待される。なお、本発明において、大動脈瘤の治療には、大動脈瘤の拡大の抑制及び大動脈瘤の縮小が包含される。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。なお、全ての実験は倫理委員会承認のもと行われた。
【0031】
<方法>
検体
腹部又は胸腹部の非解離性大動脈瘤に対する治療としてステント留置を行なった患者26名より採取した血清サンプルを用いた。各患者につき、術前、並びに術後2週間、3か月、6か月、12か月、18か月及び24か月の時点で血液を採取し(2008年7月8日から2010年4月12日まで)、血清を調製した。術後12か月で術前と比べて瘤径が10%以上減少した症例を縮小群、そこまでの減少が見られなかった症例を変化なしとして分類したところ、縮小群10例、変化なし群16例に分類された(
図1)。
【0032】
サンドイッチELISAによる血清中ミオシン重鎖11の定量
血清中ミオシン重鎖11の濃度の測定は、市販の抗ミオシン重鎖11抗体(CUSABIO社)を固相抗体及び標識抗体として用いたサンドイッチELISAにより行なった。抗ミオシン重鎖11抗体の標識としてHRPを使用し、検出にはTMBを基質として用いてルミノメータにより発色を検出した。平滑筋ミオシンを種々の濃度で含む標準試料を用いて検量線を作成し、この検量線に当てはめて各検体中のミオシン重鎖11濃度を算出した。平滑筋ミオシンはミオシン重鎖11 ELISAキット(CUSABIO社)に付随したリコンビナント蛋白を使用した。
【0033】
なお、ここで使用した抗ミオシン重鎖11抗体の認識領域について、ミオシン重鎖11のアイソフォームSM2Bの全長(配列番号4)をおよそ半分に分けてN末端側断片(R1)とC末端側断片(R2)を調製し、各断片との反応性をELISAにより調べたところ、当該抗体はR1とは反応せず、R2とのみ反応した。このことから、当該抗体はミオシン重鎖11のC末側半分の領域内のいずれかの部位を認識していることが確認された。
【0034】
統計処理
図1は、Kruskal-Wallis testとpost testとしてDunn’s Multiple Comparison testを行い、preに対する統計解析を行った。
図2〜
図4はWilcoxon matched pairs testを行った。いずれも両側検定でp<0.05を有意差有とした。
【0035】
<結果>
縮小群のミオシン重鎖11の血清中濃度を測定した結果を
図2に示す。瘤径縮小群では、術後3か月を過ぎるとミオシン重鎖11の血中濃度が低下する傾向が明らかであった(
図2左)。術前と術後12か月の血清サンプルが揃っている9症例について、症例ごとにミオシン重鎖11の血中濃度の変化を見てみると、濃度の絶対値には大きな個人差があるものの、術後の血中濃度の低下は有意であった(p=0.0117、
図2右)。
【0036】
変化なし群のミオシン重鎖11の血清中濃度を測定した結果を
図3に示す。時間経過でも血中濃度が低下する傾向は認められず(
図3左)、また術前と術後12か月との比較でも血中濃度に有意差は認められなかった(p=0.3013、
図3右)。
【0037】
<比較例>
比較例として、動脈瘤直径の拡大率との相関が報告されているD-dimer(非特許文献5)の血中濃度も測定した。上述のステント留置術を受けた腹部大動脈瘤患者の術前及び術後12か月の血清サンプルについて、D-dimer濃度をラテックス免疫比濁法により定量した。
【0038】
結果を
図4に示す。ステント留置により大動脈瘤直径が縮小した群でも、瘤径に変化のない群でも、治療の前後でD-dimer濃度に有意な変化は認められなかった。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]