特許第6555809号(P6555809)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 昭和電工株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6555809-酸素還元触媒の評価方法および選択方法 図000003
  • 特許6555809-酸素還元触媒の評価方法および選択方法 図000004
  • 特許6555809-酸素還元触媒の評価方法および選択方法 図000005
  • 特許6555809-酸素還元触媒の評価方法および選択方法 図000006
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6555809
(24)【登録日】2019年7月19日
(45)【発行日】2019年8月7日
(54)【発明の名称】酸素還元触媒の評価方法および選択方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 23/18 20060101AFI20190729BHJP
   B01J 27/135 20060101ALI20190729BHJP
   B01J 23/46 20060101ALI20190729BHJP
   G01N 31/10 20060101ALI20190729BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20190729BHJP
   H01M 4/86 20060101ALN20190729BHJP
   H01M 4/90 20060101ALN20190729BHJP
【FI】
   B01J23/18 M
   B01J27/135 M
   B01J23/46 M
   G01N31/10
   !H01M8/10
   !H01M4/86 Z
   !H01M4/90 X
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-136360(P2015-136360)
(22)【出願日】2015年7月7日
(65)【公開番号】特開2017-18858(P2017-18858A)
(43)【公開日】2017年1月26日
【審査請求日】2018年7月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(72)【発明者】
【氏名】坂口 俊
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 由美子
(72)【発明者】
【氏名】奥野 好成
(72)【発明者】
【氏名】小野 孝彦
(72)【発明者】
【氏名】吉村 真幸
(72)【発明者】
【氏名】李 建燦
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 広輔
【審査官】 安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−258151(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/096022(WO,A1)
【文献】 特開2006−156013(JP,A)
【文献】 特開2003−071297(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第104607167(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00−38/74
G01N 31/10
H01M 4/86−4/98
H01M 8/10
CA(STN)
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ルチル型もしくはアナターゼ型の結晶構造を持つチタン酸化物の酸素還元触媒の評価方法であって、
前記チタン酸化物は、チタン原子または酸素原子の一部が他の元素で置換されているものであり、
シミュレーション解析から得られる触媒表面に吸着した酸素分子が持つマイナス電荷が大きいほど酸素還元触媒活性が高いと判断することを特徴とする酸素還元触媒の評価方法。
【請求項2】
請求項1に記載の評価方法を用い、ルチル型もしくはアナターゼ型の結晶構造
を持つチタン酸化物の酸素還元触媒を複数評価し、これらの中から、触媒表面に吸着した
酸素分子が持つマイナス電荷が相対的に大きな酸素還元触媒を選択することを特徴とする
酸素還元触媒の選択方法。
【請求項3】
請求項1に記載の評価方法を用い、ルチル型もしくはアナターゼ型の結晶構造を持つチタン酸化物の酸素還元触媒を評価し、触媒表面に吸着した酸素分子が持つマイナス電荷が0.35以上の酸素還元触媒を選択することを特徴とする酸素還元触媒の選択方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素還元触媒の評価方法および選択方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、ニオブ、チタン、タンタルおよびジルコニウムからなる群から選択される少なくとも二種以上の遷移金属元素を含み、且つ白金を含まない金属酸化物材料からなる酸素還元触媒が開示されている。
特許文献2には、固体高分子型燃料電池の正極として用いる酸素還元電極用の電極触媒として、ZrCNを酸化して得られ、ZrCNとZrOとが検出され、かつ、イオン化ポテンシャルが5.0〜6.0eVである触媒が開示されている。さらに明細書内には、酸素欠陥の増加によってイオン化ポテンシャルが低下することが記載されている。また、表面に酸素欠陥のある状態を作ることが、酸素還元触媒能の向上には必要であると考えられると記載されている。つまり、イオン化ポテンシャルは酸素欠陥の存在の指標として用いられている。
また非特許文献1には酸素欠陥が酸化チタンに生じることにより酸素分子が表面に吸着するようになることが指摘されている。
【0003】
このように従来の金属酸化物を用いた燃料電池触媒の研究の方向性は、酸化物内に酸素欠陥を生成することにより触媒の性能を向上させるものであった。その点から、元素の置換をしたとしても、どれだけ酸素欠陥を作るかという観点での評価や選択の範囲にとどまっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2013−46913号公報
【特許文献2】国際公開第2009/060777号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Angew.Chem.Int.Ed. 2006, 45, 2897
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ルチル型もしくはアナターゼ型の結晶構造を持つチタン酸化物の酸素還元触媒について、効率的な評価方法及び高活性な触媒の選択方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明は以下の発明を含む。
【0008】
[1] ルチル型もしくはアナターゼ型の結晶構造を持つチタン酸化物の酸素還元触媒の評価方法であって、
シミュレーション解析から得られる触媒表面に吸着した酸素分子が持つマイナス電荷が大きいほど酸素還元触媒活性が高いと判断することを特徴とする酸素還元触媒の評価方法。
[2] 前記チタン酸化物は、チタン原子または酸素原子の一部が他の元素で置換されているものである前項[1]に記載の酸素還元触媒の評価方法。
[3] 前項[1]または[2]に記載の評価方法を用い、ルチル型もしくはアナターゼ型の結晶構造を持つチタン酸化物の酸素還元触媒を複数評価し、これらの中から、触媒表面に吸着した酸素分子が持つマイナス電荷が相対的に大きな酸素還元触媒を選択することを特徴とする酸素還元触媒の選択方法。
[4] 前項[1]または[2]に記載の評価方法を用い、ルチル型もしくはアナターゼ型の結晶構造を持つチタン酸化物の酸素還元触媒を評価し、触媒表面に吸着した酸素分子が持つマイナス電荷が0.35以上の酸素還元触媒を選択することを特徴とする酸素還元触媒の選択方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、チタン酸化物の酸素還元触媒を効率的に評価し、高活性な触媒を選択することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】酸素分子が吸着している、酸素元素の一部がハロゲン元素に置換されており、かつ酸素元素の置換割合が3.125%である酸化チタンスラブモデル。
図2】酸素分子が吸着している、チタン元素の一部がOs,SbまたはBiのいずれかの元素に置換されており、かつチタン元素の置換割合が6.25%である酸化チタンスラブモデル。
図3】酸素分子が吸着している、チタン元素の一部がSb元素に置換されており、かつチタン元素の置換割合が1.56%である酸化チタンスラブモデル。
図4】酸素分子が吸着している、酸化チタン中の元素が他の元素に置換されていない酸化チタンスラブモデル。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、ルチル型もしくはアナターゼ型の結晶構造を持つチタン酸化物の酸素還元触媒の評価方法を含む。
【0012】
(評価方法)
本発明の評価方法は、ルチル型もしくはアナターゼ型の結晶構造を持つチタン酸化物の酸素還元触媒の評価方法であって、シミュレーション解析から得られる触媒表面に吸着した酸素分子が持つマイナス電荷が大きいほど酸素還元触媒活性が「高い」と判断する。なお、前記チタン酸化物は、前記結晶構造を持つ限り、チタン原子または酸素原子の一部が他の元素で置換されているものであってもよい。
【0013】
前記シミュレーション解析は、例えば、第一原理計算を行うシミュレーションソフトを用いて実施することができる。より具体的には市販のシミュレーションソフトとしてVASP, Dmol, CASTEP等が挙げられる。
【0014】
前記評価方法により、酸化還元触媒活性が評価できる理論原理を記述する。チタン酸化物側から酸素分子へ電子が移動した場合、その電子は酸素分子の反結合性軌道2pπを占有し、酸素の結合解離を易化する。この現象はチタン酸化物から酸素分子へのバックドネーションの機構となる。ゆえに、本発明の評価方法で酸素還元触媒の触媒能を評価することができる。
【0015】
本発明において、置換元素の置換割合とは、チタン元素を置換する場合は、置換原子の数/(チタン原子の数+置換原子の数)で求め、酸素元素を置換する場合は、置換原子の数/(酸素原子の数+置換原子の数)で求める。
【0016】
(選択方法)
本発明の選択方法は、前記評価方法を用い、例えば、ルチル型もしくはアナターゼ型の結晶構造を持つチタン酸化物の酸素還元触媒を複数評価し、これらの中から、触媒表面に吸着した酸素分子が持つマイナス電荷が相対的に大きな酸素還元触媒を選択することにより、相対的に高い酸素還元触媒能を持つ触媒を選択することができる。
【0017】
また、本発明の選択方法は、前記評価方法を用い、例えば、ルチル型もしくはアナターゼ型の結晶構造を持つチタン酸化物の酸素還元触媒を評価し、触媒表面に吸着した酸素分子が持つマイナス電荷が、好ましくは0.35以上、より好ましくは0.6以上の酸素還元触媒を選択することにより、高い酸素還元触媒能を持つ触媒を選択することができる。
【実施例】
【0018】
以下に本発明の実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。なお、これらは説明のための単なる例示であって、本発明はこれらによって何ら制限されるものではない。
【0019】
本実施例で用いた計算の条件を以下にまとめる。
【0020】
(分子シミュレーション解析用のソフトウェア)
本計算には、第一原理電子状態計算ソフトウェアであるAccelrys社製Dmol version 6.1を用いた。
【0021】
(触媒表面モデル)
触媒表面モデルとして、ルチル型酸化チタン(110)面のスラブモデル(本発明では「酸化チタンスラブモデル」と言うことがある)を用いた。酸化チタンスラブモデルは、(4unit x 2unit)の大きさの面を持ち、深さ方向に4層とし、3次元周期境界条件を課した。下層の2層の原子をルチル型酸化チタンの結晶位置に固定し計算を行った。例えば図1を用いて説明すると、図の中での上面が触媒表面であり、酸素分子は触媒表面のチタン原子に吸着し、吸着酸素分子となる。
【0022】
(計算条件)
spin polarized density functional theoryを基にしており、汎関数はGGA−RPBEを用いた。各原子に対して、Effective Core Potentialsを与え、計算基底関数はDNPを用い、K点のサンプリングはΓ点のみで行った。
【0023】
(構造決定工程)
本実施例で利用した酸化チタンスラブモデル構造および物理量は以下の構造決定工程と呼ぶ4つの工程それぞれより得た。
【0024】
構造決定工程(1)
酸素分子が吸着していない、酸化チタンスラブモデルで、チタン元素、あるいはかつ酸素元素の一部が他の元素に置換されている構造を初期構造とし、構造最適化を実行し、最適化された構造を得た。
【0025】
構造決定工程(2)
構造決定工程(1)で得られた構造の触媒表面に、酸素分子を近づけた構造を初期構造とし、構造最適化を実行し、最適化された構造を得た。前記最適化された構造の全エネルギーの値を所得した。さらに吸着酸素分子のマリケン電荷を、触媒表面に安定に吸着した酸素分子が持つマイナス電荷として所得した。
【0026】
構造決定工程(3)
構造決定工程(2)で得られた構造の吸着酸素分子の酸素間距離を伸ばした構造を初期構造とし、構造最適化を実行し、酸素原子間距離とTi‐O間の距離を比較したときに、酸素原子間距離の方が長い最適化された構造を得た。
【0027】
構造決定工程(4)
構造決定工程(2)および(3)で得られたそれぞれの最適化された構造を酸素分子解離反応の始状態および終状態とし、LST/QST法を実行し、構造決定工程(2)で得られた最適化された構造と構造決定工程(3)で得られた最適化された構造を結ぶ遷移状態の構造を得た。該遷移状態の構造の全エネルギーの値を所得した。該全エネルギーの値から構造決定工程(2)で得られた全エネルギーの値を差し引き、それを酸素結合解離の活性化障壁とした。
【0028】
(活性化障壁)
構造決定工程(4)で得られる活性化障壁は酸素解離の活性化障壁である。酸素解離の活性化障壁が低い酸素還元触媒が、すなわち、触媒能の高い酸素還元触媒である。
【0029】
実施例1:
酸素元素の一部がF、ClあるいはBr元素に置換されており、かつその酸素元素の置換割合が3.125%である酸化チタンスラブモデルにおいて、前記構造決定工程(1)から(2)を実行し吸着した酸素分子のもつマイナス電荷を得た。
【0030】
比較例1:
実施例1と同じ酸化チタンスラブモデルで、前記構造決定工程(1)から(4)を実行し酸素結合解離の活性化障壁を得た。
【0031】
実施例2:
チタン元素の一部がSb、BiあるいはOs元素に置換されており、かつ、そのチタン元素の置換割合が6.25%である酸化チタンスラブモデルにおいて、前記構造決定工程(1)から(2)を実行し吸着した酸素分子のもつマイナス電荷を得た。
【0032】
比較例2:
実施例2と同じ酸化チタンスラブモデルで、前記構造決定工程(1)から(4)を実行し酸素結合解離の活性化障壁を得た。
【0033】
実施例3:
チタン元素の一部がSb元素に置換されており、かつそのチタン元素の置換割合が1.56%である酸化チタンスラブモデルにおいて、前記構造決定工程(1)から(2)を実行し吸着した酸素分子のもつマイナス電荷を得た。
【0034】
比較例3:
実施例3と同じ酸化チタンスラブモデルで、前記構造決定工程(1)から(4)を実行し酸素結合解離の活性化障壁を得た。
【0035】
実施例4:
元素の置換がされていない酸化チタンスラブモデルにおいて、前記構造決定工程(1)から(2)を実行し吸着した酸素分子のもつマイナス電荷を得た。
【0036】
比較例4:
実施例4と同じ酸化チタンスラブモデルで、前記構造決定工程(1)から(4)を実行し酸素結合解離の活性化障壁を得た。
【0037】
各実施例及び各比較例で用いた酸化チタンスラブモデルの構造を図1から図4として表1に示した。図1の酸化チタンスラブモデルでは、F、ClあるいはBr元素が触媒表面から3および4層目に4個存在し、図2の酸化チタンスラブモデルではSb、BiあるいはOs元素が触媒表面から3および4層目に4個存在する。図3の酸化チタンスラブモデルでは、Sb元素が触媒表面から4層目に1個存在する。図4の酸化チタンスラブモデルでは、元素が置換されていない。
【0038】
また、各実施例及び各比較例で得られた、吸着した酸素分子がもつマイナス電荷および酸素結合解離の活性化障壁を表1にまとめた。なお、前記吸着酸素分子が持つマイナス電荷を得る時間は、前記活性化障壁の計算時間に比べ、いずれも約1/4であった。
【0039】
【表1】
【0040】
表1に示されるように、吸着した酸素分子が持つマイナス電荷と酸素結合解離の活性化障壁とを比較すると、前記マイナス電荷が大きくなると、前記活性化障壁が減少していくことが確認できる。ゆえに、活性化障壁エネルギーを計算せずとも、吸着酸素分子が持つマイナス電荷を評価することで、酸化還元触媒の触媒能を評価することができる。
【0041】
なお、活性化障壁の計算は、構造決定工程(3)で示した通り、遷移状態の構造を決定する必要があり、この計算時間は構造決定工程(2)などで得られる最適化された構造を決定するための計算時間と比較し非常に多くの時間が必要である。それに比べ、本発明の評価法ではより短い時間で酸素還元触媒の活性能を評価することができる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明は、燃料電池等の触媒の評価に好ましく利用することできる。

図1
図2
図3
図4