(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6556141
(24)【登録日】2019年7月19日
(45)【発行日】2019年8月7日
(54)【発明の名称】織物用器具およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20190729BHJP
C22C 38/18 20060101ALI20190729BHJP
C22C 38/42 20060101ALI20190729BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20190729BHJP
C21D 9/26 20060101ALI20190729BHJP
C23C 8/22 20060101ALI20190729BHJP
B21G 1/00 20060101ALI20190729BHJP
D05B 85/00 20060101ALI20190729BHJP
D04B 35/02 20060101ALI20190729BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/18
C22C38/42
C21D1/06 A
C21D9/26
C23C8/22
B21G1/00
D05B85/00
D04B35/02
【請求項の数】15
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-541565(P2016-541565)
(86)(22)【出願日】2014年12月9日
(65)【公表番号】特表2017-512248(P2017-512248A)
(43)【公表日】2017年5月18日
(86)【国際出願番号】EP2014077022
(87)【国際公開番号】WO2015091103
(87)【国際公開日】20150625
【審査請求日】2017年12月11日
(31)【優先権主張番号】13198583.0
(32)【優先日】2013年12月19日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】304012943
【氏名又は名称】グローツ−ベッカート コマンディトゲゼルシャフト
(74)【代理人】
【識別番号】100079049
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 淳
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 和詳
(72)【発明者】
【氏名】シュヴァルツ、 シモン
(72)【発明者】
【氏名】ダースト、 フランク‐マルティン
(72)【発明者】
【氏名】ツェラー、 リチャード
【審査官】
守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】
実公平06−038146(JP,Y2)
【文献】
特開2006−077313(JP,A)
【文献】
特開平05−171355(JP,A)
【文献】
特開平04−088149(JP,A)
【文献】
特開2011−190513(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
D05B 85/00
D04B 35/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
織物用器具(10)であって、
前記織物用器具は、クロム鋼からなる基体、および材料が異なる変形の程度を示す部分(14、15)を備え、
前記基体は、11重量%〜30重量%のクロム含有量、0.3重量%未満のアルミニウム含有量、0.4重量%以下の銅含有量を有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなり、且つ少なくとも1つの表面区域において0.8重量%超の総炭素含有量を有する、
織物用器具。
【請求項2】
前記基体は、表面から離れたコア区域が0.7重量%以下、0.5重量%以下、または0.3重量%以下の初期炭素含有量を有する浸炭クロム鋼からなることを特徴とする、請求項1に記載の織物用器具。
【請求項3】
前記基体は、12%以下のニッケル含有量を有するクロム鋼からなることを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の織物用器具。
【請求項4】
前記基体は、炭化クロムを含有することを特徴とする、請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の織物用器具。
【請求項5】
前記基体は、表面に近い区域において、前記表面から離れた区域よりも高い炭素含有量を有することを特徴とする、請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の織物用器具。
【請求項6】
前記基体は、完全にまたは部分的にマルテンサイトからなることを特徴とする、請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の織物用器具。
【請求項7】
前記基体は、細長く、その長さに沿って、異なる程度の変形および/または異なる表面積/体積比を示す部分(14、15)を有することを特徴とする、請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載の織物用器具。
【請求項8】
前記基体は、より高い程度の変形および/またはより大きな表面積/体積比を示す区域においては、より低い程度の変形および/またはより小さな表面積/体積比を示す区域と比較してより高い硬度を有することを特徴とする、請求項1〜請求項7のいずれか1項に記載の織物用器具。
【請求項9】
前記基体は、より低い程度の変形を示す部分においては、より高い程度の変形を示す部分と比較して深く硬化されないことを特徴とする、請求項1〜請求項8のいずれか1項に記載の織物用器具。
【請求項10】
織物用器具(10)を提供するための方法であって、
11重量%〜30重量%のクロム含有量、0.3重量%未満のアルミニウム含有量、および0.4重量%以下の銅含有量を有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなるクロム鋼の器具のブランクを提供するステップと、
少なくとも1つの作動部(14)および1つのシャンク部(15)の製造のために、前記ブランクの種々の部分を異なる程度の変形によって変形させるステップと、
前記器具のブランクを炭化クロム形成下で浸炭するステップと、
前記浸炭した器具のブランクに焼き入れ温度を適用するステップと、
マルテンサイトの形成のために前記器具のブランクを焼き入れするステップと、を含む、方法。
【請求項11】
前記作動部(14)における前記器具のブランクの前記変形は、前記器具の断面全体における材料の流れおよび/または材料のアブレーションを含むことを特徴とする、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
浸炭は、900℃〜1050℃の温度で行われることを特徴とする、請求項10および請求項11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
浸炭は、炭素含有担体ガスを用いて行われることを特徴とする、請求項10〜請求項12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
焼き入れ温度は、浸炭に用いられる温度よりも高いか、それと等しいか、またはそれよりも低い温度であることを特徴とする、請求項10〜請求項13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
焼き入れは、前記器具のブランクを凍結させることを含むことを特徴とする、請求項10〜請求項14のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、織物用器具に関し、特に、針、例えば、フェルト針、縫い針、タフティング針、経編針、編み針、ナイフ、ばね、シンカー、ループ受け等に関する。そのような織物用器具は、機械による織物の製造または加工に使用される。
【背景技術】
【0002】
織物用器具、特に針は、典型的には炭素鋼で作製され、必要に応じて硬化される。例えば、特許文献1は、各々が炭素鋼からなる縫い針および編み針を開示している。表面硬度を高めるために、ブランクを熱処理またはショットピーニング処理に供して針を製造する。その結果、織物用器具の表面硬化が得られる。
【0003】
特許文献2は、異なる硬度を示す縦方向区域が得られる、硬化した針を焼き戻すための方法を開示している。これは、針の個々の縦方向区域に異なる熱量を供給することによって達成される。この方法の場合、硬化される区域の大きさは、硬化プロセスの間に加熱される針上の区域の大きさによって決定的に確定される。
【0004】
特許文献3から、析出硬化によって得られるステンレスクロム‐ニッケル鋼の硬化が知られている。該鋼は、主にクロムーニッケルー銅‐アルミニウム構造からなっており、炭素の含有量は0.05%未満に制限される。所望の硬度をもたらすために、8.5%〜9.5%のニッケル含有量が提供される。フェライトの形成を回避するために、クロム含有量は11.75%に限定される。
【0005】
原則として、浸炭によってクロム含有鋼を硬化することも知られている。これに関して、特許文献4および特許文献5は、硬化される物体が、最初は、炭素の侵入を防ぐ酸化クロムの不動態層を含まず、次いで、540℃未満の比較的低い温度で炭素供与性の低圧雰囲気に曝露されることと規定している。特許文献4において、炭素供与ガスはアセチレンである。どちらの参考文献も、鋼における炭化物の形成を防止することを目的としている。
【0006】
織物用器具は、典型的には、動作中に種々の条件に供される比較的微細な構造を呈する。いわゆる作動部は、例えば、フェルト針の場合、1つ以上の鉤または返しを有する正面縦方向の先端部によって形成され、縫い針の場合、穴と、織物および糸と接触する他の部分とによって形成され、かぎ針の場合、かぎ、およびシャンクの直接隣接する部分によって形成され、タフティング用グリッパーの場合、ループ受けの下縁部によって形成され、そしてナイフの場合、切断刃によって形成される。これらの作動部は、耐摩耗性が高く、かつ硬度でありながら、なおも耐破壊性でなければならない。対照的に、織物用器具の残りのシャンクは、他の要件を満たすべきである場合が多い。このことから、織物用器具において、区域別の硬化に関する要望だけではなく、異なる硬化深さまたは硬化勾配に関する要望も生じる。例えば、縫い針の場合、穴領域を徹底的に硬化することが試みられてもよいが、その一方では、糸と接触しない隣接するシャンク部は、表面硬化のみされるべきである。その結果、織物用器具の表面の種々の箇所において種々の硬化深さが望ましい場合がある。また、織物用器具の深さ方向の硬化勾配が、この表面の種々の箇所において望ましい場合がある。
【0007】
さらに、織物用器具は、幅広い保管および使用条件に曝される。織物用器具は、その特性を失うことなく、かつ腐食することなく、種々の温度および湿度で長期間保存可能でなければならない。特許文献1によって提案されているような焼き入れおよび焼き戻し処理は、耐腐食性を高めるために提供される。そのような焼き入れおよび焼き戻し処理の1つは、例えば、ガルバニッククロムめっきであり得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】DE 199 36 082 A1
【特許文献2】DE PS 21 14 734
【特許文献3】US4,049,430
【特許文献4】WO2011/017495 A1
【特許文献5】US6,093,303
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
これら全ての要件を満たす概念を提示することが、本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この目的は、請求項1に記載される織物用器具、および請求項10に記載される方法によって、達成される。
【0011】
本発明による織物用器具は、クロム鋼からなる基体、すなわち器具本体を備える。これは、固有の耐腐食性を示す。そのクロム含有量は、11(好ましくは12)〜最大30重量パーセントの範囲である。好ましくは、それは鉄基合金である。少なくとも1つの表面区域における0.8パーセント超の総炭素含有量は、マルテンサイト形成による硬化を可能にする。その際、難腐食性の織物用器具であって、優れた硬度、したがって高い耐摩耗性を示す、織物用器具が提供され得る。
【0012】
ニッケル含有量は、好ましくは12パーセント未満、好ましくは11重量パーセント未満、またはさらに10重量パーセント未満の値に制限される。好ましくは、鋼は、アルミニウムおよび銅のいずれも含有しないが、好ましくは、アルミニウム含有量は0.3重量パーセント未満であり、銅含有量は、0.4重量パーセント未満である。好ましくは、鋼は、意識的にアルミニウムおよび銅と合金化されず、適切な限界値は、DIN EN 10020:2000から推定され得る。そのようにすることによって、望ましくない織物用器具全体の硬化を回避することができ、局所的に異なる炭素拡散によって硬化を制御することができる。
【0013】
本発明は、織物用の非裁断器具の場合に、特別な利点を提供する。しばしば、これらは、非裁断針である。縫い針、フェルト針、およびタフティング針の場合、そのような針は、織物材料に穿刺するために配置されてもよい。
【0014】
総炭素含有量は、炭化物中および金属格子内で結合した炭素、すなわち、存在する全炭素を含む。とりわけ、総炭素含有量は、金属を蒸発させ(プラズマ形成)、合金成分を分光器に投入し、そこで検査することで決定することができる。本明細書において後により詳細に説明されるように、総炭素濃度が少なくとも0.8重量パーセントである少なくとも1つの表面区域が、好ましくは作動部および/または高度の変形を示す部分に存在する。
【0015】
硬化は、特定の一部分(作動部、シャンク部)に限定されてもよく、異なる一部分において異なって設計されてもよい。具体的には、織物用器具の異なる一部分において、異なる炭素含有量または異なる炭素分布をもたらすことが可能である。例えば、本質的に表面に近い区域内のシャンク部に炭素を集中させる一方で、作動部は、表面から離れた、コアに近い区域により高い炭素含有量を有することが可能である。その際、シャンク部と作動部とで異なる金属特性をもたらすことが可能である。シャンク部と作動部とで炭素含有量および/または炭素分布が異なることに起因して、これらは同じ熱処理に供されても、なおも異なる特性を発現し得る。
【0016】
基体を形成するために使用された材料は、好ましくは、X10Cr13、X20Cr13、X46Cr13、X65Cr13、X6Cr17、X6CrNi18‐10、またはX10CrNi18−8である。その出発濃度において炭素元素をなおも含有する材料が基体中になおも存在すれば有利である。一般的に、基体中の炭素の濃度は、0.1〜0.8重量パーセントであるが、基体の炭素が最も少ない区域では、好ましくは0.2〜0.6重量パーセントであり、基体の炭素が最も豊富な区域では、0.8〜1.2重量パーセントであり、しかしながら、好ましくは0.9〜1.1重量パーセントである。
【0017】
好ましくは、基体は、炭化クロムの介在物を含有する。それらは、浸炭プロセスにおいて形成された可能性がある。したがって、完全に製造された織物用器具の基材は、出発材料として使用されたクロム鋼よりも多くの炭化クロムを含有する。浸炭プロセスに起因して生成された炭化クロムは、織物用器具の表面上に少なくとも部分的に集中され得る。好ましくは、炭化クロムは、そこで表面から突出する丸みを帯びた結晶の層を形成し、前記結晶は、最短距離で互いに離間している。好ましくは、隣接する結晶は、互いに結合していないか、または融着性結合部によって極めてまれに結合する。
【0018】
存在する炭化クロムは、相当な硬度をもたらし、したがって表面の摩耗を抑える。基体中に付加的に存在する炭素は、基体の硬化を可能にする。具体的には、基体は、好ましくは、表面から離れる(より深い)よりも表面の近くの方がより高い総炭素含有量を有する少なくとも1つの部分を有する。この場合、織物用器具の中心に、前述のように、好ましくは最大0.3重量パーセントの出発材料の総炭素含有濃度を有する区域が存在し得る。
【0019】
一般的に、炭素の拡散の深さは、区域ごとに異なり得る。このようにして、1つの同じワークピース上に、完全に硬化した区域と、表面的にのみ硬化した区域を形成することが可能である。これは、先に述べたように、硬化プロセスの間に、織物用器具全体を、区域別の熱処理だけではなく、均一な熱処理にも供することでも可能である。このようにして、安全かつ再現可能な様式で区域別の硬化を達成することができる。基体は、完全にまたは部分的に、完全硬度のマルテンサイトからなってもよい。
【0020】
これに関連して、「完全硬度」という用語は、マルテンサイトによって最大限に達成され得る硬度を意味すると理解されたく、すなわち、約67HRCであり、これはまた「ガラス硬度」とも称される。ガラス硬度は、炭素の介在物に起因するマルテンサイト結晶格子のひずみによって達成されるが、総炭素含有量は、表面からコアに向かって減少する場合があり、完全硬度を示すマルテンサイトは、織物用器具の選択的な区域においてのみ存在し得る。さらに、完全硬度のマルテンサイトは、熱後処理(焼き戻し)によって緩和させることもでき、よって、その硬度を(局所的に)最小限に抑えることができる。
【0021】
基体は、全体が完全硬度マルテンサイトからなる完全に硬化した一部分と、いくつかの区域においてのみ、例えば、表面に近い区域において、完全硬度を示すマルテンサイトを含有するかまたはそれから構成される他の一部分とを含有し得る。好ましくは、基体は、その表面上に特に酸化物を含まない。
【0022】
好ましくは、基体は、異なる幾何学形状および異なる程度の変形を有する一部分を有する。典型的には、特に高度の変形が、織物用器具の作動部に見られる。典型的には、これらの一部分は、オフセットの増加、およびさらには、大部分が高い表面積/体積比を示す。これらの一部分は、好ましくは完全に硬化される。この場合、炭化クロム中で結合していない炭素が、マルテンサイトの断面全体にわたって比較的均一に分布することができる。対照的に、低度の変形(および/または表面積/体積比の増加)を示す一部分は、好ましくは明瞭な炭素勾配、すなわち、表面から基体内部への炭素の減少を有する。好ましくは、基体は、最高度の変形および/または表面積/体積比の増加を示す一部分において硬度がより高い。最高の硬度および最高の硬度深さを付与される一部分が提供され、原則として、高度および最高度の変形ならびに/または表面積/体積比の増加を伴う。その際、好ましくは、硬化前に器具のブランクの塑性変形が起こり、前記変形は、材料の断面全体を塑性的に変形させる。材料の流れに断面全体が関与することにより、炭素のための付加的な拡散経路を形成する多数のオフセットが生じ、したがって非常に深い拡散を達成する。付加的にまたは代替的に存在する表面積/体積比の増加は、炭素吸収の増加の必須条件を提供する。
【0023】
本発明による方法は、少なくとも11パーセント、好ましくは12パーセント以上のクロム含有量を有するクロム鋼の器具のブランクを提供するステップを含む。好ましくは、鋼はニッケルをほとんどまたは全く含有しないが、無制御なオーステナイト形成を回避するために、ニッケル含有量は12重量パーセント未満である。析出硬化を促進する銅、アルミニウム、および他の金属成分の含有量は、好ましくは合計2重量パーセント未満に達する。後続ステップの間に、ブランクの異なる一部分が様々な程度まで変形され、少なくとも1つの作動部および少なくとも1つのシャンク部が形成される。その際、作動部が、好ましくは、シャンク部よりも大きく変形される。付加的にまたは代替的に、作動部の幾何学形状は、表面積/体積比の増加が得られるような形状とされる。このステップの後に、炭化クロム形成下で器具のブランクの浸炭が続く。さらなる処理ステップの間に、浸炭された器具のブランクは、効果に適した温度にされる。硬化のために、器具のブランクを冷却または加熱することが必要であるかもしれない。高温が加えられている間に、炭化物中で結合していない過剰炭素が、表面に近い区域から表面から離れたより深い区域内に拡散し得る。
【0024】
好ましくは、ニッケルを全く含有しないか、または少量のみ含有する鋼が使用される。しかしながら、いずれの場合も、ニッケル含有量は12%未満である。さらに、好ましくは、析出硬化メカニズムを促進する金属合金成分、例えば、アルミニウム(最大0.3重量パーセント)、銅(最大0.4重量パーセント)、ニオブ(最大0.1重量パーセント)等が配合される。
【0025】
器具のブランクを硬化させるために、それは硬化温度に曝露され、後に焼き入れされ、その場合、局所的に異なる硬度を示すマルテンサイトが形成される。
【0026】
本発明の方法を参照すると、器具のブランクは均一な温度にされる(すなわち、浸炭中および硬化中)。具体的には、作動部およびシャンク部は、本質液に同じ温度に曝露される。これにより、浸炭されるブランク上で拡散プロセスが長時間(数分)起こり得る可能性が開ける。ブランク上で温度差を維持することは必要ではない。この結果として、硬化される区域の大きさ、ひずみ、または器具のブランクが焼き入れされるときの他の望ましくない影響に関する不正確性が低減される。
【0027】
器具のブランクの変形は、少なくとも作動部において、器具の断面全体の材料に影響を与える。したがって、変形の程度は、シャンク部におけるよりも大きい。さらに、表面積/体積比は、好ましくはシャンク部においてより大きい。この結果として、後続の浸炭および焼き入れの間に、これらのより変形した区域において硬度がより高くなる。
【0028】
不動態層の除去のための活性化ステップは、絶対に必要というわけではない。浸炭は、好ましくは900℃〜1050℃の温度で起こり、その場合、炭素が器具のブランク内に拡散するだけではなく、炭化物、具体的には炭化クロム、例えば、Cr23C6、または混合炭化物ME23C6等も形成される。
【0029】
好ましくは、浸炭は、低圧(数ミリバール)で、炭素担持ガス、例えば、炭化水素、好ましくは、エタン、エテン、またはエチンの存在下で行われる。ガスは、反応容器内で永久的にまたは周期的に(数回に分けて)織物用器具に供給されてもよい。全体として、本方法は、例えば、EP 882811 B1によって開示されているような、低圧浸炭プロセスとして行うことができる。この方法は、表面酸化を伴わずに器具の製造を可能にする。
【0030】
しかしながら、器具を浸炭するための大気中処理は、より費用効率が高い。特に、これに関連して知られているのが、中でも、文献DE 10 2006 026 883 B3に記載されているような塩浴中の浸炭である。
【0031】
後続の硬化中に、適切な硬化温度が調節されるが、それは、浸炭に用いられるのと同じ温度であってもよい。しかしながら、硬化温度はまた、この温度よりも最大100ケルビン高くてもまたは低くてもよい。これらの手段は全て、特定の利点をもたらす。
【0032】
焼き入れは、1つ以上の冷却ステップを含んでもよく、織物用器具の部分に対して行われてもよく、また織物用器具全体に対して均一に行われてもよい。好ましくは、焼き入れは凍結を含む。これは、液体窒素を用いて達成され得る。
【0033】
本明細書に記載される濃度限界は、以下の様式で測定することができる。鋼中のCrの濃度は、閃光分光器または任意選択的に発光分光器の使用により決定することができる。鋼中の炭素濃度は、炭素硫黄分析計(CSA)を用いて決定することができる。測定のために、材料試料を高温(約2000℃)で融解させ、純酸素ですすぎ、赤外線測定用セルを用いて流出するCO2ガスを測定する。その代わりに、あまり有利ではないが、波長分散型分光器を使用して測定を行うことも可能であり、この場合、電子ビームによって試料を励起し、X線スペクトルを分光的に測定する。
【0034】
マルテンサイトまたは炭化物の存在は、切断面の構造を分析することによって証明することができる。
【0035】
本発明の有利な実施形態のさらなる詳細は、本明細書、特許請求の範囲、および図面から推定され得る。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図4】
図2の縫い針の概略側面図および横断面を示す部分断面図である。
【
図5】織物用器具を硬化するための温度/時間図である。
【
図6】
図1の織物用器具の作動部を大きく拡大した部分を示した図である。
【
図7】
図6の作動部の、その切り欠き部の領域内の大きく拡大した表面図である。
【
図8】
図6の作動部の、その先端部の領域内の大きく拡大した表面図である。
【
図9】不十分な表面品質を示す、
図6の作動部の、その先端部の領域内の大きく拡大した表面図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
図1〜3は、織物用器具10の種々の実施形態を示す。
図1は、フェルト針11として織物用器具10を示す。
図2は、縫い針12として織物用器具10を示す。
図3は、編み針13として織物用器具10を示す。さらに、織物用器具10は、経編針、タフティング針、編み針、ループ受け、シンカー等であってもよい。
【0038】
典型的には、織物用器具は、設計の種類に関係なく、縒り糸、紡ぎ糸、または繊維と接触することができる作動部14を備える。さらに、織物用器具10は、レセプタクル内で織物用器具を支持するため、また作動部14を誘導および保持するために配置されるシャンク部15を備える。
【0039】
好ましくは、織物用器具10は、縦方向に延びる切断された材料、例えば、ワイヤ片、シートメタルのストリップ等から製造される。そのようなブランクが提供された後、作動部14およびシャンク部15上に所望の構造を形成するために、変形プロセスによってそれを塑性的に変形させる。作動部14に関して、これらは、典型的には、シャンク部15の場合よりも元の形状から実質的にさらに離れている。フェルト針11の例を用いると、作動部14の直径が、シャンク部15の直径よりも著しく縮小されていることが見て取れる。同様に、断面も、明らかに円形から逸脱し得る。後により高い硬度を示す区域における形状の変化は、主として塑性変形によってもたらされる。多数のオフセットを形成する変形技術が用いられる。具体的には、強い塑性変形に供される区域が、後に高い硬度を示す区域となるように、プロセスが誘導される。また、所望の幾何学形状の表面を生成または製造するために、機械加工プロセスが代わりに用いられるかまたは加えられることも可能である。その際、作動部は、他の区域よりも大きな表面積/体積比を有する区域を付与され得る。
【0040】
通常、作動部14内に存在する材料は、シャンク部15よりも塑性的に変形されている。さらに、表面積/体積比が、他の区域よりも大きくてもよい。このことは、直径の縮小だけでなく、作動部15上に提供される、具体的には示されていない鉤および/または返しにも適用される。縫い針12の例は、具体的に、その穴16の領域だけでなく、隣接する糸溝17、およびその先端部18も、所望の構造をもたらすために、強い塑性変形に、また任意選択的に材料のアブレーションにも供されたことを示す。編み針13の場合、作動部14もまたシャンク部15より著しく強く変形されている。具体的には、塑性変形によって生成されたその鉤19は、シャンク部15上で観察されるよりも実質的に大きな製造中の材料の流れによって区別される。
【0041】
この状況は、縫い針12の例が用いられた
図4によってより詳細に示される。丸シャンクの領域において、断面は本質的に円形である。針12がワイヤでできている場合、直径20は最小限に変更されるのみである。この場合の材料は、最小限の圧縮および流れを示す。対照的に、糸溝17の領域において、断面21は、著しくより変形している。塑性変形の間に、断面21全体が変形された。変形の程度は、穴16の領域においてより大きい。この場合、断面22は、分割され、全体的に極端に変形している。断面23によって示されるように、変形の程度は、先端部18に向かって再びやや小さくなる。
【0042】
縫い針12は、そのシャンク部15とその作動部14とで異なる厚さを有する。これらは、均一な硬化処理によってもたらされる。その際、本発明による方法を用いて、針12、および任意の他の織物用器具10の作動部14およびそのシャンク部15を、同じ加熱および冷却媒体に曝露することが可能である。それでもなお、織物材料用器具の繊細な構造、ならびにその結果得られるシャンク部15と作動部14のほぼ同様の冷却速度にもかかわらず、異なる硬度プロファイルを形成することが可能である。例えば、シャンク部15において、断面20は、表面に近い外側区域24に比較的高い炭素の割合および高い硬度を有し得る一方で、表面から離れたコア区域25は、より低い炭素含有量、したがってより低い硬度を示す。同様に、断面22もまた、表面に近い区域24およびコア区域25を有し得る。しかしながら、この場合、好ましくは、表面に近い区域24がより厚みがある。表面から離れたコア区域25は、実質的により小さい。これは、完全に消滅する場合もある。シャンク部15の表面に近い区域24の炭素の割合は、例えば、穴16上で、作動部14の表面に近い区域24の炭素含有量と同じくらい高くてもよいか、またはそれより低くてもよい。シャンク部15の炭素含有量は、表面からコアにかけて減少するが、作動部14の炭素含有量は、表面からコアにかけてごくわずかに減少し得る。さらに、作動部14の炭素含有量は、全体としてシャンク部15よりも高くてもよい。また、作動部14の断面22(21または23)全体における炭素含有量が一定であることも可能である。
【0043】
好ましくは、織物用器具10は、熱処理前に、クロム鋼、例えば、X10Cr13、X20Cr13、X46Cr13、X65Cr13、X6Cr17、X6CrNi18−10、またはX10CrNi18−8からなる。熱処理後、これらは、さらなる炭素および炭化クロムを含有し得る。
【0044】
図6は、
図1によるフェルト針の作動部124[sic.]の、切り欠き部26の領域内の大きく拡大した詳細を示す。4000倍に拡大した場合、表面は、
図7の切り欠き部26の領域内の外観を有する。当然のことながら、外観は、多数の丸みを帯び、または細長い炭化物結晶、具体的には、ほぼ豆もしくはエンドウ豆の形状を有し、またさもなければ表面によって確定される平面28から突出した、炭化クロム結晶27によって定義される。しかしながら、好ましくは、それらは凝集層を形成せず、ほとんど融合しないか、または全く融合しない。個々の丸みを帯びた炭化物結晶は、好ましくは0.2〜1μmの直径を有する。それらは細長く、2〜3μmの縦方向寸法および0.5〜2μmの横方向寸法を有することができる。
【0045】
切り欠き部26の外側、具体的には、作動部の先端部の領域内において、表面は、例えば、
図8から明らかであるように好ましく構成される。炭化物結晶27は、表面28にわたって確率的に分布され、主として丸みを帯びた豆またはエンドウ豆の形状を有する。この場合も同様に、炭化物結晶の層が表面に埋め込まれて、そこから部分的に突出している、全体として小突起だらけの外観の表面が形成される。個々の炭化物結晶27は、互いに離間しており、極めてまれに融合するか、または全く融合しない。融着性結合部29は、ごく少数の個々の炭化物結晶中にのみ、すなわち、その20パーセント未満に見出すことができる。個々の炭化物結晶27の大きさは、0.3μm〜1.5μmで変動する。複数の炭化物結晶が、0.3〜1.5μmの直径のほぼ丸みを帯びた形状を有する。細長い種類は、最大1.5μmの横方向寸法および最大4μmの縦方向寸法を有する。
【0046】
よりよく例示するために、
図9は、融着性結合部29によって個々の炭化物結晶27が頻繁に互いに結合している、あまり望ましくない表面構成を示している。この結果として、不規則に形成される凝集性の炭化物結晶が形成され、これらは1μmを超える長さおよび幅を有し、いくつかの融合した炭化物結晶帯は、2μmより大きい場合もある。
【0047】
フェルト針11、および一般に、作動部14上に
図7および8による硬化された表面構造を有する織物用器具10は、折れ難さ、高い硬度、および低い糸摺動抵抗によって区別される。
【0048】
図7および8と
図9の比較は、有利であることが証明された表面が、
図9によって示される表面と品質においていかに異なるかを示す。
【0049】
図7および8の炭化物は、主として凸型形状を有し、凹型区域をほとんど含まないのに対し、
図9の炭化物は、主として凹型形状を有する。
図7および8の炭化物は、融着性結合部をほとんど含まない。
【0050】
器具の浸炭は、以下の通りに行うことができる。
【0051】
第一のステップにおいて、器具のブランクが提供され、前記ブランクは、例えば、少なくとも11重量パーセントのクロム含有量を有する鋼のシートメタル片、ワイヤ片等からなる。この場合、鋼とは、鉄基合金を意味すると理解されたい。好ましくは、器具のブランクは、X10Cr13、X20Cr13、X46Cr13、X65Cr13、X6Cr17、X6CrNi18‐10、またはX10CrNi18−8からなる。この器具のブランクは、次に、非切断および/または切断変形プロセスに供される。これらの変形プロセスは、少なくとも作動部14において、塑性変形プロセスを含む。塑性変形プロセスに関して、作動部14内の材料がシャンク部15よりも実質的に多く流れる。変形プロセスは、スタンピング、圧延、混錬、および類似する変形方法を含み得る。完全に硬化される作動部14の箇所では、塑性変形が材料の断面全体に及ぶ。その際、より強く変形された材料が、より弱く変形された材料よりも多くのオフセットを示す。さらに、塑性変形の枠組み内で、または切断処理の枠組み内でも、表面積/体積比の増加をもたらすことが可能である。
【0052】
次の作業ステップにおいて、器具のブランクは、浸炭温度T
Cにされる。それは、好ましくは900℃〜1050℃である。浸炭は、真空炉内で行われる。炭素担体ガス、例えば、アセチレンが、数ミリバールの低圧で該炉に供給される。これは、連続的なガス流を用いて行われてもよいか、または断続的に(パルス状で)行われてもよい。この場合、炭素は表面層に堆積する。炭素の一部が、クロム鋼に含有されるクロムと反応して炭化クロムを形成する。拡大された表面は、浸炭の間に影響を受けた区域においてより強力な炭素吸収を引き起こし得る。
【0053】
これ以降の硬化プロセスにおいて、好ましくは、織物用器具10全体が硬化温度にされる。
【0054】
後続ステップにおいて、織物用器具10は、硬化温度T
Hから出発して焼き入れされる。その際、1つ以上の冷却ステップが用いられる。例えば、織物用器具10は、最初に、焼き入れ温度T
Q、すなわち、例えば、周囲温度、またはそれをわずかに上回る温度まで、冷却されてもよい。数秒から数分の期間後、織物用器具10は、次いで、長時間(1分〜数分)凍結温度T
Kを維持するように該温度まで冷却されてもよい。次いで、織物用器具10を周囲温度T
Zまで再加熱することで製造プロセスが終了する。
【0055】
本発明による概念を用いると、外側から内側にかけて縦方向および横方向に、ならびに作動部14からシャンク部15まで、硬度勾配を有する、織物用器具を実現することが可能である。高い炭素含有量にもかかわらず、高い耐摩耗性および高い耐錆性が達成される。結果として、より長期の有用寿命が得られる。本方法は、表面活性化を必要としない。高温での浸炭に起因して、織物用器具の表面上の不動態層は、炭素吸収を妨げない。
【0056】
本発明による織物用器具10は、浸炭プロセスの間に局所的に異なる量で炭素が埋め込まれたクロム鋼からなる。熱処理によって、特に、より多くの炭素成分が導入された区域において、達成可能な最大硬度を有するマルテンサイトの形成を実現する。このように、製造プロセスの間に、異なる硬度を有する個々の区域を異なるプロセス条件に供する必要なく、異なる硬度の区域を有する織物用器具を製造することができる。硬度は、織物用器具の変形の程度に基づいて制御される。
【符号の説明】
【0057】
10 織物用器具
11 フェルト針
12 縫い針
13 編み針
14 作動部
15 シャンク部
16 穴
17 糸領域
18 先端部
19 鉤
20〜23 断面
24 シャンク部15の表面に近い区域
25 シャンク部15の表面から離れたコア区域
26 切り欠き部
27 炭化物結晶
28 平面
29 融着性結合部