特許第6556780号(P6556780)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6556780圧粉磁心、磁心用粉末およびそれらの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6556780
(24)【登録日】2019年7月19日
(45)【発行日】2019年8月7日
(54)【発明の名称】圧粉磁心、磁心用粉末およびそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/34 20060101AFI20190729BHJP
   H01F 27/255 20060101ALI20190729BHJP
   H01F 41/02 20060101ALI20190729BHJP
   B22F 1/00 20060101ALI20190729BHJP
   B22F 1/02 20060101ALI20190729BHJP
   B22F 3/00 20060101ALI20190729BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20190729BHJP
【FI】
   H01F1/34 140
   H01F27/255
   H01F41/02 D
   B22F1/00 B
   B22F1/02 E
   B22F3/00 E
   B22F3/24 B
【請求項の数】14
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-73957(P2017-73957)
(22)【出願日】2017年4月3日
(65)【公開番号】特開2018-181888(P2018-181888A)
(43)【公開日】2018年11月15日
【審査請求日】2019年3月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宇都野 正史
(72)【発明者】
【氏名】ファン ジョンハン
(72)【発明者】
【氏名】松原 賢
【審査官】 齊田 寛史
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第03/015109(WO,A1)
【文献】 特開2017−54910(JP,A)
【文献】 特開2005−142514(JP,A)
【文献】 特開2005−85967(JP,A)
【文献】 特開2004−296967(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/34
H01F 27/255
H01F 41/02
B22F 1/00
B22F 1/02
B22F 3/00
B22F 3/24
JSTPlus(JDreamIII)
Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
純鉄または鉄合金からなる軟磁性粒子と該軟磁性粒子の隣接間にある粒界層とからなる圧粉磁心であって、
前記粒界層は、
2価の陽イオンとなる金属元素(M)とFeとOのスピネル型フェライト(MxFe3-x ,0<x≦1)からなる主相と、
Cu、SnまたはCoの1種以上からなるバリア相とし、
該バリア相は、該粒界層の中央に対して該軟磁性粒子寄りに偏在している圧粉磁心。
【請求項2】
前記バリア相は、厚さ5〜300nmの範囲内にある請求項1に記載の圧粉磁心。
【請求項3】
前記バリア相は、粒状または層状である請求項1または2に記載の圧粉磁心。
【請求項4】
前記Mは、Mnおよび/またはZnを含む請求項1〜3のいずれかに記載の圧粉磁心。
【請求項5】
前記主相は、成分組成の異なる複数種のスピネル型フェライトからなる請求項1〜4のいずれかに記載の圧粉磁心。
【請求項6】
比抵抗が50μΩm以上かつ保磁力が200A/m以下である請求項1〜5のいずれかに記載の圧粉磁心。
【請求項7】
純鉄または鉄合金からなる軟磁性粒子と該軟磁性粒子を被覆する被膜とを有する磁心用粒子からなり、
前記被膜は、
2価の陽イオンとなる金属元素(M)とFeとOからなるスピネル型フェライト(MxFe3-x ,0<x≦1)からなる主相と、
Cu、SnまたはCoの1種以上からなるバリア相とし、
該バリア相は、該主相よりも該軟磁性粒子の表面近傍側にある磁心用粉末。
【請求項8】
純鉄または鉄合金からなる軟磁性粒子と該軟磁性粒子を被覆する被膜とを有する磁心用粒子からなり、
前記被膜は、
Cu、SnまたはCoの1種以上である第一金属元素(M1)とFeとOからなる第一スピネル型フェライト(M1yFe3-y ,0<y≦1)と、
該M1以外で2価の陽イオンとなる1種以上の第二金属元素(M2)とFeとOからなる第二スピネル型フェライト(M2zFe3-z ,0<z≦1)とし、
該第一スピネル型フェライトは、該第二スピネル型フェライトよりも該軟磁性粒子の表面近傍側にある磁心用粉末。
【請求項9】
前記バリア相は、厚さ5〜300nmの範囲内にある請求項に記載の磁心用粉末。
【請求項10】
純鉄または鉄合金からなる軟磁性粒子の表面にスピネル型フェライトを生成させるフェライト生成工程を備え、
前記フェライト生成工程は、
Cu、SnまたはCoの1種以上である第一金属元素(M1)とFeとOからなる第一スピネル型フェライト(M1yFe3-y ,0<y≦1)を前記軟磁性粒子の表面に生成する第一生成工程と、
該M1以外で2価の陽イオンとなる1種以上の第二金属元素(M2)とFeとOからなる第二スピネル型フェライト(M2zFe3-z ,0<z≦1)を生成する第二生成工程とし、
該第二生成工程は、該第一生成工程後に行われる磁心用粉末の製造方法。
【請求項11】
前記フェライト生成工程後に、非酸化雰囲気中で100〜700℃で加熱する粉末加熱工程を備える請求項10記載の磁心用粉末の製造方法。
【請求項12】
前記粉末加熱工程の加熱温度は、150〜480℃である請求項11に記載の磁心用粉末の製造方法。
【請求項13】
請求項7〜9のいずれかに記載の磁心用粉末を加圧成形する成形工程を備える圧粉磁心の製造方法。
【請求項14】
前記成形工程で得られた成形体を非酸化雰囲気中で400〜900℃で加熱する焼鈍工程を備える請求項13に記載の圧粉磁心の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピネル型フェライトで絶縁された軟磁性粒子からなる圧粉磁心等に関する。
【背景技術】
【0002】
変圧器(トランス)、電動機(モータ)、発電機、スピーカ、誘導加熱器、各種アクチュエータ等、電磁気を利用した製品が多い。これらは、交番磁界を利用したものが多く、局所的に大きな交番磁界を効率的に得るために、通常、磁心(軟磁石)をその交番磁界中に設けている。
【0003】
磁心には、交番磁界中における高磁気特性のみならず、交番磁界中で使用したときの高周波損失(以下、磁心の材質に拘らず単に「鉄損」という。)が少ないことが求められる。鉄損には、渦電流損失、ヒステリシス損失および残留損失があり、中でも交番磁界の周波数の2乗に比例して高くなる渦電流損失の低減が重要である。
【0004】
このような磁心として、絶縁被覆された軟磁性粒子(磁心用粉末の各粒子)からなる圧粉磁心が用いられている。圧粉磁心は、渦電流損失が小さく、形状自由度が高いため、種々の電磁機器に利用されている。但し、隣接する軟磁性粒子間(粒界)にある絶縁層が非磁性なシリコン粒子、樹脂、化合物等からなると、その非磁性な絶縁層の分だけ、圧粉磁心の磁気特性(飽和磁束密度や透磁率等)が低下し得る。そこで、磁性材であるスピネル型フェライト(単に「フェライト」ともいう。)を絶縁層とした圧粉磁心が提案されており、下記の特許文献に関連する記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−151813号公報
【特許文献2】特開2005−340368号公報
【特許文献3】特開2005−142241号公報
【特許文献4】特開2006−97097号公報
【特許文献5】特開2016−127042号公報
【特許文献6】特開2016−86124号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1〜5で提案されているフェライトは、いずれも、Mn、Zn等の金属元素(M)とFeとOからなる。特許文献6で提案されている絶縁層は、シリコン粒子と、Feを含まないNi−Zn−Cuからなる特殊なフェライト粒子との混合層からなる。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、従来とは異なる新たな絶縁層を軟磁性粒子の粒界に設けた圧粉磁心等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、フェライトからなる絶縁層中にCu等を析出させることにより、熱処理(焼鈍)後でも、高い体積比抵抗(単に「比抵抗」という。)を発現する圧粉磁心を得ることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0009】
《圧粉磁心》
(1)本発明の圧粉磁心は、純鉄または鉄合金からなる軟磁性粒子と該軟磁性粒子の隣接間にある粒界層とからなる圧粉磁心であって、前記粒界層は、2価の陽イオンとなる金属元素(M)とFeとOのスピネル型フェライト(MxFe3-x ,0<x≦1)からなる主相と、Cu、SnまたはCoの1種以上からなるバリア相と、を有する。
【0010】
(2)本発明の圧粉磁心は、高温環境に曝されたり、長期使用されても、高比抵抗を安定的に発揮し得る。例えば、加圧成形時に軟磁性粒子へ導入された歪みを除去する目的で熱処理(焼鈍)が施されても、本発明に係る粒界層は絶縁性があまり低下せず、本発明の圧粉磁心は高比抵抗を安定的に維持し得る。この結果、本発明の圧粉磁心は、粒界層の高絶縁性による渦電流損失の低減と軟磁性粒子の低保磁力化によるヒステリシス損失の低減とを高次元で両立し得る。
【0011】
本発明の圧粉磁心が高比抵抗を安定的に維持し得る理由は、現状、次のように考えられる。本発明に係る粒界層は、従来の絶縁層とは異なり、高絶縁性の磁性材であるフェライトからなる主相に加えて、Cu、SnまたはCoの1種以上(単に「第一金属元素」または「M1」ともいう。)からなるバリア相を有する。バリア相を構成するCu等は、Feに対する固溶限が小さく(固溶域が狭く)、軟磁性粒子からフェライトへのFe拡散を阻止し得る。この結果、軟磁性粒子から拡散してくるFeにより主相中のFeが還元(Fe3++e-→Fe2+)されて、高絶縁性のフェライトが低絶縁性のFeO等へ変化する現象が抑止される。
【0012】
こうして本発明の圧粉磁心では、主相とバリア相が共存した粒界層を有することにより、絶縁性を担う主相がバリア相により保護され、高比抵抗が安定的に維持されるようになったと推察される。
【0013】
《磁心用粉末》
(1)本発明は、圧粉磁心の他、その原料となる磁心用粉末としても把握できる。すなわち本発明は、純鉄または鉄合金からなる軟磁性粒子と該軟磁性粒子を被覆する被膜とを有する磁心用粒子からなり、前記被膜は、2価の陽イオンとなる金属元素(M)とFeとOからなるスピネル型フェライト(MxFe3-x ,0<x≦1)からなる主相と、Cu、SnまたはCoの1種以上からなるバリア相と、を有する磁心用粉末でもよい。
【0014】
本発明の磁心用粉末では、上述したバリア相が軟磁性粒子の被膜中に予め形成されている。この磁心用粉末を用いることにより、上述した圧粉磁心を得ることができる。
【0015】
(2)また本発明は、純鉄または鉄合金からなる軟磁性粒子と該軟磁性粒子を被覆する被膜とを有する磁心用粒子からなり、前記被膜は、Cu、SnまたはCoの1種以上である第一金属元素(M1)とFeとOからなる第一スピネル型フェライト(M1yFe3-y ,0<y≦1)と、該M1以外で2価の陽イオンとなる1種以上の第二金属元素(M2)とFeとOからなる第二スピネル型フェライト(M2zFe3-z ,0<z≦1)と、を有する磁心用粉末としても把握できる。
【0016】
本発明の磁心用粉末またはそれを用いた圧粉磁心では、第一スピネル型フェライト(単に「第一フェライト」ともいう。)中の第一金属元素(Cu等)が、下地である軟磁性粒子から拡散してくるFeにより優先的に還元(Cu2++2e-→Cu)されて析出し、上述したバリア相を生成するようになる。こうして本発明の磁心用粉末を用いても、上述した圧粉磁心を得ることができる。
【0017】
《磁心用粉末の製造方法》
上述した磁心用粉末は、例えば、次のような本発明の製造方法により得られる。すなわち、純鉄または鉄合金からなる軟磁性粒子の表面にスピネル型フェライトを生成させるフェライト生成工程を備え、前記フェライト生成工程は、Cu、SnまたはCoの1種以上である第一金属元素(M1)とFeとOからなる第一スピネル型フェライト(M1yFe3-y ,0<y≦1)を前記軟磁性粒子の表面に生成する第一生成工程と、該M1以外で2価の陽イオンとなる1種以上の第二金属元素(M2)とFeとOからなる第二スピネル型フェライト(M2zFe3-z ,0<z≦1)を生成する第二生成工程と、を有する磁心用粉末の製造方法である。
【0018】
さらに、圧粉磁心へ成形する前に、フェライト生成工程後の粉末を予め熱処理してもよい(粉末加熱工程)。これにより軟磁性粒子を被覆する被膜の緻密化や上述したバリア相の生成(例えば、M1析出)をさせることが可能となる。
【0019】
被膜の緻密化とバリア相の生成は、個別になされてもよいし、並行してなされてもよい。例えば、加熱温度を低温域(例えば480℃以下さらには430℃以下)にすることにより、被膜を緻密化して、バリア相を生成(M1析出)させないことも可能となる。この場合、バリア相の生成は、例えば、圧粉磁心の熱処理(焼鈍)するときになされる。
【0020】
逆に、加熱温度を高温域(例えば520℃以上さらには570℃以上)にすることにより、被膜の緻密化とバリア相の生成との両方を並行して生じさせることもできる。
【0021】
緻密な被膜は、磁心用粉末を加圧成形する際に変形や割れ等が生じ難く、軟磁性粒子同士の直接接触を阻止して、圧粉磁心の高比抵抗化に寄与すると考えられる。また被膜の緻密化は、既にバリア相を有する被膜に対してなされてもよい。
【0022】
《圧粉磁心の製造方法》
上述した圧粉磁心は、例えば、上述したいずれかの磁心用粉末を加圧成形する成形工程を備える圧粉磁心の製造方法により得られる。
【0023】
《その他》
(1)本明細書では、金属元素が単種のみならず、複数種である場合も、便宜的に「M」、「M1」または「M2」と略記する。それらが複数種の金属元素からなる場合、組成割合(原子比率)を示す「x」、「y」、「z」は、各金属元素の合計を示す。例えば、MがMnとZnであるとき、「Mx」はMnx1Znx2、x=x1+x2、0<x1・x2を意味する。
【0024】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】各試料に係る圧粉磁心の比抵抗を示す棒グラフである。
図2A】試料2に係る圧粉磁心の粒界層の断面をTEM観察して得られた元素マッピング像である。
図2B】その粒界層を線分析して得られた各元素の分布を示すグラフである。
図3】磁心用粒子の被膜がバリア相を含む圧粉磁心の粒界層となって軟磁性粒子から主相へのFe拡散を阻止する様子を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、本発明の圧粉磁心や磁心用粉末のみならず、それらの製造方法にも適宜該当し得る。方法に関する内容も、物に関する構成要素となり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0027】
《軟磁性粒子(軟磁性粉末)》
本発明に係る軟磁性粒子は純鉄または鉄合金からなる。純鉄粉は、高い飽和磁束密度が得られ、圧粉磁心の磁気特性の向上を図る上で好ましい。鉄合金粉として、例えば、Si含有鉄合金(Fe−Si合金)粉を用いると、Siによりその電気抵抗率が高められるため、圧粉磁心の比抵抗の向上ひいては渦電流損失の低減も図れる。
【0028】
この他、軟磁性粉末は、Fe−49Co−2V(パーメンジュール)粉、センダスト(Fe−9Si−6Al)粉等でも良い。軟磁性粉末は、二種以上の粉末を混合したものでもよく、例えば、純鉄粉とFe−Si合金粉の混合粉末等でもよい。
【0029】
軟磁性粒子の粒度は、圧粉磁心の仕様に応じて調整され得るが、軟磁性粉末の粒度は50〜250μmさらには106〜212μmであると好適である。粒度が過大では圧粉磁心の低密度化や渦電流損失の増大を招き易く、粒度が過小では圧粉磁心の磁束密度の低下やヒステリシス損失の増大を招き易い。
【0030】
なお、本明細書でいう「粒度」は、軟磁性粒子のサイズを指標し、篩い分けにより特定される。具体的には、篩い分けに用いたメッシュサイズの上限値(d1)と下限値(d2)の中央値[(d1+d2)/2]を、粒度(D)とする。なお、μm単位で表示して、小数点以下は四捨五入して表示する。
【0031】
軟磁性粉末の製造方法は問わず、例えば、アトマイズ法、機械的粉砕法、還元法等がある。アトマイズ粉は、水アトマイズ粉、ガスアトマイズ粉、ガス水アトマイズ粉のいずれでもよい。粒子が略球状であるアトマイズ粉は、圧粉磁心の成形時に被膜が破壊等され難く、圧粉磁心の高比抵抗化に寄与する。
【0032】
《スピネル型フェライト》
(1)本発明に係るフェライトは、2価の陽イオンとなる金属元素(M)とFeとOにより、MxFe3-x(0<x≦1好ましくx=1)で表される酸化鉄(セラミックス)の一種であり、高絶縁性の磁性材である。
【0033】
スピネル型フェライトが形成される限り、Mに含まれる金属元素の種類や数は問わない。Mは、例えば、Mn、Zn、Mg、Fe、Ni、Co、Cu、SnまたはSrである。第一金属元素(M1)と第二金属元素(M2)は、Mに包含され、Mの一部である。
【0034】
バリア相やその前駆体である第一フェライトに限らず、主相もM1(M1:Cu、SnまたはCoの1種以上)を含んでもよい。もっとも、前述したように、M1Fe中のM1は下地である軟磁性粒子から拡散してくるFeによって還元されて、M1(金属)として析出し易い。このため、主相となるフェライトは、M1以外で2価の陽イオンとなる1種以上のM2とFeとOからなる第二フェライト(M2zFe3-z ,0<z≦1好ましくz=1)であると好ましい。
【0035】
M2は、Mn、Zn、MgまたはNiの1種以上、Mn、ZnまたはMgの1種以上、さらにいえば、MnまたはZnの1種以上であると好ましい。これらの金属元素(特にMn)を含むフェライトは、他のMを含むフェライトよりも、比抵抗や磁気モーメント(飽和磁化)が大きくなり易く、圧粉磁心の電気特性(比抵抗等)と磁気特性(磁束密度等)を高次元で両立させ得る。
【0036】
主相を構成するフェライトは、単一組成からなる場合に限らず、複数組成のフェライトが重畳または混在して構成されてもよい。例えば、軟磁性粒子の最表面側にあるバリア相を含む第一フェライトと、第一フェライト上にあり第一フェライトと成分組成の異なる第二フェライトとによって、主相が構成されてもよい。また、成分組成の異なる3種以上のフェライトで主相が構成されてもよい。さらに、主相または粒界層は、軟磁性粒子の最表面から被膜の最表面にかけて成分組成が変化する傾斜相(傾斜層)でもよい。なお、各フェライト中には、M、Fe、O以外に、改質元素や不可避不純物が含まれてもよい。
【0037】
(2)バリア相は、粒界層の中央に対して軟磁性粒子寄りに偏在していると好ましい。バリア相が軟磁性粒子の最表面近傍に存在するほど、粒界層の絶縁性を担う主相が、軟磁性粒子からの拡散Feに対して保護され易くなる。
【0038】
同様な観点から、軟磁性粒子の表面に第一フェライトと第二フェライトを有する磁心用粒子を用いる場合、バリア相の前駆体となる第一フェライト(層)は、第二フェライト(層)よりも軟磁性粒子の表面近傍側にあると好ましい。
【0039】
バリア相は、軟磁性粒子の表面近傍を層状に被覆していても、軟磁性粒子の表面近傍で粒状に分散していてもよい。例えば、バリア相は、M1が析出した粒状金属(金属粒)でも、層状金属(金属層)でもよい。バリア相の形態に拘わらず、バリア相が粒界層に存在することにより、主相へのFe拡散が阻止され、圧粉磁心の高比抵抗が安定的に維持される(図3参照)。
【0040】
バリア相は、M1金属(単体)の他、その合金またはその化合物でもよい。通常、そのようなバリア相は、非磁性材または低絶縁材であることが多い。このため、粒界層または被膜中におけるバリア相は、主相へのFe拡散を阻止できる限り、少ないほど好ましい。例えば、バリア相が分布する厚さ(軟磁性粒子の法線方向の厚さ)は、5〜300nmさらには50〜150nmであると好ましい。ちなみに、軟磁性粒子の粒度が数十〜数百μmであるとき、粒界層または被膜の厚さは0.1〜10μmさらには1〜5μm程度である。なお、本明細書でいう厚さ(膜厚、層厚)は、粒界層または被膜中に存在する元素の分布を測定し、対象とする元素のピーク幅(立上がり〜立下がり)とする。
【0041】
《製造方法》
(1)フェライト生成工程(フェライトめっき工程)
軟磁性粒子の表面にフェライトを生成する方法は種々あり、被処理粉末(軟磁性粉末)を反応液(生成液)に浸漬する水溶液法(参照文献:特開2013−191839号公報)、被処理粉末に反応液を噴霧する噴霧法(参照文献:特開2014−183199号公報)、尿素を含む反応液を用いる一液法(参照文献:特開2016−127042号公報)等がある。いずれの方法によっても、本発明に係るフェライトを生成することが可能である。
【0042】
フェライト生成工程は、フェライトの膜厚等に応じて繰り返してなされてもよい。また、フェライト生成工程後、不要物を除去する洗浄工程を行うと好ましい。洗浄工程は、アルカリ性水溶液、水、エタノール等を用いてなされる。洗浄される不要物は、被膜形成に寄与しなかったフェライト粒子、処理液(反応液、pH調整液)に含まれていた塩素やナトリウム等である。さらに、洗浄工程後に粉末を乾燥させると好ましい。乾燥工程は、自然乾燥よりも加熱乾燥することにより、磁心用粉末を効率的に製造できる。
【0043】
主相となる第二フェライトを生成する第二生成工程は、バリア相の前駆体となる第一フェライトを生成する第一生成工程後に行われると好ましい。これによりバリア相が軟磁性粒子の最表面側に形成されて、拡散Feによる主相の変質が阻止され易くなる。
【0044】
(2)粉末加熱工程
磁心用粉末は、フェライト生成工程後に、非酸化雰囲気中で100〜700℃さらには150〜650℃で加熱する粉末加熱工程が施されると好ましい。これにより軟磁性粒子の被膜を緻密化したり、被膜中でバリア相の生成を促進できる。熱処理された磁心用粉末からなる圧粉磁心は、熱履歴に対する比抵抗変化率が小さくなり、高比抵抗が安定的に維持され易い。
【0045】
被膜を緻密化させる場合、加熱温度は、例えば、150〜480℃さらには350℃〜430℃とすると好ましい。被膜中にバリア相を生成させる場合、加熱温度は、例えば、520〜700℃さらには570〜650℃とすると好ましい。
【0046】
(3)焼鈍工程
圧粉磁心は、成形工程で得られた成形体を非酸化雰囲気中で400〜900℃さらには500〜700℃で加熱する焼鈍工程が施されていると好ましい。これにより、成形工程で軟磁性粒子へ導入される歪みが除去され、その歪みに起因したヒステリシス損失が低減される。焼鈍工程で、磁心用粒子の被膜中からバリア相が生成されるようにしてもよい。なお、本明細書でいう非酸化雰囲気は、不活性ガス雰囲気、窒素ガス雰囲気、真空雰囲気等である。
【0047】
《圧粉磁心》
圧粉磁心は、比抵抗が50μΩm以上、100μΩm以上さらには200μΩm以上であり、保磁力が200A/m以下、185A/m以下さらには175A/m以下であると好ましい。
【0048】
圧粉磁心は、例えば、モータ、アクチュエータ、トランス、誘導加熱器(IH)、スピーカ、リアクトル等の電磁機器に利用され得る。特に電動機または発電機の電機子(回転子または固定子)を構成する鉄心に用いられると好ましい。
【実施例】
【0049】
粒界層の異なる複数の圧粉磁心を製造し、各圧粉磁心の特性を測定すると共に粒界層の組織を観察した。このような実施例に基づいて、本発明をより具体的に説明する。
【0050】
《磁心用粉末の製造》
(1)軟磁性粉末(原料粉末)
純鉄からなるガスアトマイズ粉を軟磁性粉末として用いた。その粒度は、212〜106μm→159μmとした。粒度の特定は前述した通りである。
【0051】
(2)フェライト生成工程
マントルヒーターにより大気中で130℃に加熱された軟磁性粉末を撹拌しつつ、その軟磁性粉末へ第一生成液(反応液)を噴霧した(第一生成工程)。第一生成液は、モル比で1:2に秤量した塩化銅(CuCl)と塩化鉄(FeCl)をイオン交換水に溶解させて調製した。噴霧処理後の軟磁性粉末を純水で洗浄し(洗浄工程)、100℃に加熱して乾燥させた(乾燥工程)。こうして表面がCuFe(第一フェライト)で被覆された軟磁性粒子からなる第一処理粉末を得た。
【0052】
第一処理粉末を再び大気中で130℃に加熱し、撹拌しながら第一処理粉末へ第二フェライト生成液(反応液)を噴霧した(第二生成工程)。第二生成液は、モル比で0.5:0.5:2に秤量した塩化マンガン(MnCl)、塩化亜鉛(ZnCl)および塩化鉄(FeCl)をイオン交換水に溶解させて調製した。この第二生成液をpH8とした。噴霧処理後の第一処理粉末も純水で洗浄し(洗浄工程)、100℃に加熱して乾燥させた(乾燥工程)。こうして表面がMn0.5Zn0.5Fe(第二フェライト)で被覆された軟磁性粒子からなる第二処理粉末(磁心用粉末)を得た(試料1)。なお、フェライト生成工程は、特開2014−183199号公報の記載も参照して行った。
【0053】
(3)粉末加熱工程
第二処理粉末を加熱炉に入れて、窒素雰囲気(非酸化雰囲気)中で400℃×1時間加熱した磁心用粉末も製造した(試料2)。
【0054】
(4)比較試料
比較試料として、上述した第一生成工程を施さずに、第二生成工程のみを行った磁心用粉末も製造した(試料C1)。
【0055】
《圧粉磁心の製造》
(1)成形工程
各試料に係る磁心用粉末を金型潤滑温間高圧成形法(参照文献:特許3309970号公報、特許4024705号公報)により、1200MPaで成形した。こうしてリング形状(40×30×4mm)の成形体を得た。
【0056】
(2)焼鈍工程
各試料に係る成形体を加熱炉に入れて、窒素雰囲気(非酸化雰囲気)中で600℃×1時間加熱した。こうして各試料に係る圧粉磁心を得た。
【0057】
《測定》
(1)比抵抗
各圧粉磁心の比抵抗をデジタルマルチメータ(株式会社エーディーシー製R6581)を用いて4端子法(JIS K7194)により測定した。この測定結果を図1に示した。
【0058】
(2)保磁力
各圧粉磁心の保磁力を直流自記磁束計(東英工業株式会社製 TRF−5A)により測定した。この測定結果を図1に併せて示した。
【0059】
《観察》
試料1に係る圧粉磁心の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)およびエネルギー分散型X線分光法(EDX)により観察した。こうして得られた元素マッピング像と線分析結果を図2A図2B(両者を併せて単に「図2」という。)にそれぞれ示した。
【0060】
《評価》
(1)比抵抗と保磁力
図1から明らかなように、試料1、2は試料C1と異なり、焼鈍工程後でも十分に高い比抵抗が維持されていることがわかる。特に試料2は、試料C1のみならず試料1に対しても、比抵抗が桁違いに大きくなることもわかった。しかも、試料1、2は、試料C1よりも保磁力も小さくなった。
【0061】
従って、第一フェライト(CuFe)で表面が被覆された軟磁性粒子からなる磁心用粉末、さらには、その粉末を予め加熱処理した磁心用粉末を用いることにより、渦電流損失とヒステリシス損失を共に低減できる圧粉磁心が得られることがわかった。
【0062】
(2)粒界層の組織
図2から明らかなように、試料1の粒界層は、スピネル型フェライトからなる主相中に、Cuの析出物からなるバリア相が分散した複合組織となっていることが確認された。また、そのバリア相は、軟磁性粒子の最表面側に偏在しており、その存在領域は50〜150nm程度であることもわかった。
【0063】
以上から、第一フェライトと第二フェライトで被覆された軟磁性粒子からなる磁心用粉末を成形および焼鈍して得られた圧粉磁心は、主相とバリア相が共存した粒界層を有し、高比抵抗と低保磁力を高次元で両立し得ることが明らかとなった。
図1
図2A
図2B
図3