【実施例】
【0068】
以下に,本発明で規定する処理条件を導き出すに際し行った試験,及び効果確認試験ついて説明する。
【0069】
〔離型性を向上させるディンプルの径(相当径)及び深さ特定のための試験〕
(1)試験目的
金型の離型性を大幅に向上させることのできるディンプルの形成条件(径と深さ)を求める。
【0070】
(2)試験方法
(2-1) 概要
母材の材質が異なる複数種類の金型に対し,使用する噴射粒体の材質及び粒径と,噴射方法(噴射装置,噴射圧力等)の組み合わせを変化させてディンプルを形成し,形成されたディンプルの径と深さを測定した。
【0071】
ディンプル形成後の金型をそれぞれ使用して成型を行って離型性を評価し,手磨きにより表面を平滑に仕上げた金型(以下,「研磨品」という。)の離型性と比較した。
【0072】
比較の結果,研磨品と同等以下の離型性を示したものと,研磨品に対し大幅な離型性の向上が見られたものとが区別できるよう,縦軸をディンプル径,横軸を金型の母材硬度としたグラフ(
図3),及び縦軸をディンプル深さ,横軸を金型の母材硬度としたグラフ(
図4)中にプロットを記入して
分散図を作成し,作成した
分散図中,離型性の向上が見られた試料群の上下限に近似曲線を当てはめ,この近似曲線の式を求めて,離型性の向上が得られるディンプルの径と深さの範囲を特定する関係式とした。
【0073】
(2-2) 金型の種類と処理条件
処理対象とした金型の材質と,各金型に対して行った表面処理の処理条件を下記の表1及び表2に示す。
【0074】
【表1】
【0075】
【表2】
【0076】
比較対象として各金型の研磨品を用意した。なお,研磨後の表面粗さは,「STAVAX」(キャビティ),SKD61(コアピン)でRa0.1μm以下,S50C(コアピン),GM241(ダイ),SKD61(パンチ),SKH51(パンチ),A7075(キャビティ),SKD11(プラスチック成型用)において,Ra0.2μm以下,NAK80(キャビティ)においてRa0.15μm以下である。
【0077】
(2-3) ディンプルの径(相当径)と深さの測定方法
ディンプルの径(相当径)と深さは,形状解析レーザー顕微鏡(キーエンス社製「VK−X250」)を使用して測定した。
【0078】
金型の表面を直接測定可能な場合には直接,直接測定できない場合には,アセチルセルロースフィルムに酢酸メチルを滴下して金型の表面に馴染ませた後,乾燥後剥離して,アセチルセルロースフィルムに反転転写させたディンプルに基づいて測定した。測定は,形状解析レーザー顕微鏡で撮影した表面画像のデータ(但し,アセチルセルロースフィルムを使用した測定では撮影した画像を反転処理した画像データ)を「マルチファイル解析アプリケーション(キーエンス社製 VK-H1XM)」を使用して解析することにより行った。
【0079】
ここで,「マルチファイル解析アプリケーション」とは,レーザー顕微鏡で測定したデータを用いて,表面粗さ,線粗さ,高さや幅などの計測,円相当径や深さなどの解析や基準面設定,高さ反転などの画像処理を行うことのできるアプリケーションである。
【0080】
測定は,先ず「画像処理」機能を使用して基準面設定を行い(但し,表面形状が曲面の場合には面形状補正を用いて曲面を平面に補正した後に基準面設定を行う),次いで,アプリケーションの「体積・面積計測」の機能から計測モードを凹部に設定して,設定された「基準面」に対する凹部を計測させ,凹部の計測結果から「平均深さ」,「円相当径」の結果の平均値をディンプルの深さ,及び相当径とした。
【0081】
なお,前述の基準面は,高さデータから最小二乗法を用いて算出した。
【0082】
また,前述の「円相当径」又は「相当径」は,凹部(ディンプル)として測定された投影面積を,円形の投影面積に換算して測定したときの前記円形の径として測定した。
【0083】
なお,前述の「基準面」とは,高さデータの中で,計測のゼロ点(基準)とする平面を指し,深さや高さなど主に垂直方向の計測に使用される。
【0084】
(3)測定結果
上記各試料におけるディンプル相当径とディンプル深さの測定結果,及び離型性の評価結果を表3及び表4に,各試料におけるディンプル相当径と金型の母材硬度の
分散図を
図3に,ディンプル深さと金型の母材硬度の
分散図を
図4にそれぞれ示す。
【0085】
【表3】
【0086】
【表4】
【0087】
(4)考察
図3及び
図4に示す
分散図において,丸数字の番号はそれぞれ試料番号を示し,白地の丸に数字を記載したものが研磨品に対し大幅な離型性の向上が確認された試料の試料番号であり,黒色の丸に白抜きで数字を記載したものが,研磨品と同等以下の離型性しか示さなかった試料の試料番号である。
【0088】
図3及び
図4として示した
分散図より明らかなように,ディンプルの相当径及び深さのいずれ共に,離型性の向上が得られた試料は
分散図の下側に,研磨品と同等以下の離型性しか示さなかった試料は
分散図の上側に集中していることが判り,形成するディンプルの相当径及び深さをいずれとも小さくした方が,離型性が向上することが確認された。
【0089】
このような結果から,比較的大きなディンプルの形成は,ワーク表面の凹凸と金型表面の凹凸が噛み合うことによる離型抵抗の増大や,ディンプルの塑性流動によってディンプルの周縁部に比較的大きな突起が生じることにより大幅な離型性の向上が得られないものと推察される。
【0090】
一方,形成するディンプルの相当径及び深さには下限があり,あまりに小さくし過ぎると,離型性の向上が確認できなくなった。このような現象は,形成するディンプルが小さくなるに従い,ディンプル形成後の金型の表面状態は,ディンプル形成前の状態である研磨面に近付くため,研磨面の持つ性質が支配的となるためであると考えられる。
【0091】
また,
図3及び
図4より,母材硬度が約194HvであるS50C製のコアピンに対し表面処理を行った試料(試料10)では,ディンプル相当径13.72μm,ディンプル深さ0.74μmで離型性の向上が得られているのに対し,母材硬度が750Hvである「SKD11」製の金型に対し表面処理を行った試料(試料
38)では,ディンプル相当径が12.30μm,ディンプル深さが0.30μmと,離型性の向上が確認された試料10よりも径及び深さ共に小さなディンプルが形成されているにも拘わらず,離型性の向上が得られていないことが確認された。
【0092】
この結果から,処理対象とする金型の母材硬度が変化すると,離型性の向上を得るために必要なディンプルの相当径及び深さが変化し,且つ,金型の母材硬度が高くなる程,ディンプルの相当径及び深さを小さくしなければ離型性の向上が得られなくなるものと合理的に推察される。
【0093】
ここで,
図3及び
図4の
分散図中に「境界(上限)」として表示した曲線は,離型性の向上が確認された試料群の上側の境界にあてはめた近似曲線であることから,この曲線は,金型の母材硬度の変化に対し,離型性の向上が得られるディンプルの相当径及び深さの上限値がどのように変化するかを近似的に表している。
【0094】
また,
図3及び
図4の
分散図中に「境界(下限)」として表示した曲線は,離型性の向上が確認された試料群の下側の境界にあてはめた近似曲線であることから,この曲線は,金型の母材硬度の変化に対し,離型性の向上が得られるディンプルの相当径及び深さの下限値がどのように変化するかを近似的に表している。
【0095】
従って,ディンプル相当径(W)と金型の母材硬度(H)の分散図である
図3中に記載した,上限値の近似曲線を表す数式〔W≦3+13.4e
-H/1060〕と,下限値の近似曲線を表す数式〔W≧1+3.3e
-H/230〕によって,離型性の向上が得られるディンプル相当径(W)の範囲は,次式,
1+3.3e
-H/230≦ W ≦ 3+13.4e
-H/1060・・・(式1)
によって特定することができ,形成されたディンプル相当径がこの範囲内に含まれるものは,いずれも離型性の大幅な向上が得られるものとなっている。
【0096】
また,ディンプルの深さ(D)と金型の母材硬度(H)の分散図である
図4中に記載した,上限値の近似曲線を表す数式〔D≦0.01+1.1e
-H/500〕と,下限値の近似曲線を表す数式〔D≧0.01+0.2e
-H/230〕によって,離型性の向上が得られるディンプル深さ(D)の範囲は,次式,
0.01+0.2e
-H/230 ≦D≦0.01+1.1e
-H/500・・・(式2)
によって特定することができ,形成されたディンプルの深さがこの範囲内に含まれるものは,いずれも離型性の大幅な向上が得られるものとなっている。
【0097】
〔離型抵抗力の測定試験〕
(1)試験の目的
本発明の表面処理方法による離型性向上の程度を数値的に明らかにする。
【0098】
(2)試験方法
略球状の噴射粒体を噴射して表面処理を行った試料5〜8のSKD61製コアピン,及び表面粗さRa0.1μm未満に研磨したSKD61製コアピン(研磨品)をそれぞれ備えたプラスチック成型金型を使用して,ポリアセタール(POM
:ポリオキシメチレン)
樹脂を成型した際の離型抵抗力を測定して比較した。
【0099】
コアピンは,径30mm,長さ70mmの円柱形〔抜き勾配0(ゼロ)〕であり,このコアピン(凸型)とキャビティ(凹型)を組み合わせて,内径30mm,外径34mm,長さ28mmの円筒状のポリアセタール樹脂成型品を成型した。
【0100】
なお,本試験例において離型抵抗力とは,金型に設けたストリッパープレートの押し出しに要した力(N)を水晶式圧電センサによって測定した値であり,比較は,研磨品の離型抵抗力を100%とした場合の,試料番号5〜8の離型抵抗力のパーセンテージを求めて比較した。
【0101】
(3)試験結果
離型抵抗力の比較結果を表5に示す。
【表5】
【0102】
(4)試験結果の考察
形成されたディンプルの相当径及び深さが,前掲の式1及び式2の範囲内にある試料5〜7のコアピン(実施例)では,研磨品の離型抵抗100%に対し,離型抵抗が20〜30%まで低下するという優れた効果が得られることが確認された。
【0103】
一方,形成されたディンプルの相当径及び深さが,前掲の式1
及び式2の範囲を超えている試料8のコアピン(比較例)では,離型抵抗は20%しか低下しておらず,実施例に比較して効果は限定的である。
【0104】
このように,本発明の表面処理方法によれば,離型性の大幅な改善が得られるものであることが数値においても明らかとなっている。
【0105】
〔金型の耐久試験1〕
(1)試験の目的
本発明の表面処理方法で処理を行った金型の耐久性を確認する。
【0106】
(2)試験方法
略球状の噴射粒体を噴射して表面処理を行った試料15〜18のGM241製ダイと,試料19〜22のSKD61製パンチとの組み合わせから成るプレス金型と,表面粗さRa0.2μm以下に仕上げたGM241製ダイとSKD61製パンチの組み合わせから成るプレス金型を使用してプレス成形を継続して行い,プレス金型のダイに凝着が生じ,成型品(ワーク)の表面に傷が生じた時点の成型品の製造個数をカウントし,この製造個数によって各金型の耐久性を評価した。
評価は,研磨品のプレス金型の製造個数100%に対する比として評価した。
【0107】
(3)試験結果
金型の耐久性の試験結果を,下記の表6に示す。
【表6】
【0108】
(4)試験結果の考察
以上の結果,形成されたディンプルの相当径及び深さが,前掲の式1及び式2の範囲内にある試料15〜17のダイと,試料19〜21のピンチとの組み合わせから成るプレス金型(実施例)を使用した場合には,研磨品のプレス金型を使用した場合に比較して耐久性が最も低いものでも5.3倍向上し,最大6.5倍の向上が確認された。
【0109】
これに対し,形成されたディンプルの相当径及び深さが,前掲の式1
及び式2の範囲から外れている試料18のダイと試料22のパンチの組み合わせから成るプレス金型(比較例)では,研磨品のプレス金型を使用した場合に比較して2.6倍の耐久性の向上が得られるものの,実施例における耐久性程,高い向上を示すものではなかった。
【0110】
以上の結果から,本発明の表面処理方法によれば,より長期に亘り,離型性能の持続が得られる加工を行うことができることが確認された。
【0111】
このような高い耐久性は,ディンプルの形成により成型材料との接触面積が減少するだけでなく,先に規定した径と深さの範囲内となる比較的小さなディンプルを形成することで,球状の噴射粒体との衝突時に塑性流動によって押し出される母材が少なく,ディンプルの周縁部に盛り上がった突起の形成が抑制されたことで,滑り性が向上されたことによってもダイ及びパンチの耐久性が向上されたものと考えられる。
【0112】
従って,前掲の式1及び式2で示した相当径及び深さの範囲外となる大きなディンプルが形成された比較例のプレス金型では,球状の噴射粒体と衝突した際の塑性流動によって押し出される金型の母材量が多く,この押し出された母材がディンプルの周縁部に盛り上がった突起を形成することで,この突起の存在により耐久性が劣ったものと考えられる。
【0113】
事実,比較例のプレス金型のエッジ部を観察した結果,プレス加工に使用した後の比較例の金型ではエッジ部の形状が大きく変化していることが確認されており,球状の噴射粒体との衝突によってエッジ部に形成された比較的大きなディンプルが,エッジ部に「欠け」が生じた状態と同様の状態を作ってしまい,この部分を起点してエッジ部に変形が広がったことも耐久性の差を生じた一因であると考えられる。
【0114】
〔金型の耐久試験2〕
(1)試験の目的
前掲の「金型の耐久試験1」で処理対象とした金型〔GM241(Hv280)製ダイ,SKD61(Hv450)製パンチ〕よりも高硬度の金型〔SKH51(Hv870)製パンチ〕に対し本発明の表面処理方法で処理を行った場合においても,耐久性の向上が得られることを確認する。
【0115】
(2)試験方法
略球状の噴射粒体を噴射して表面処理を行った試料23〜26のSKH51製プレス金型(パンチ)と,表面粗さRa0.2μm以下に仕上げたSKH51製プレス金型(パンチ)(研磨品)を使用してプレス成形を継続して行い,ワークのかじり発生を目視で観察し,かじりが発生したショット数によって各金型の耐久性を評価した。
評価は,研磨品のプレス金型のショット数100%に対する比として評価した。
【0116】
(3)試験結果
金型の耐久性の試験結果を,下記の表7に示す。
【表7】
【0117】
(4)試験結果の考察
以上の結果,形成されたディンプルの相当径及び深さが,前掲の式1及び式2の範囲内にある試料23〜25のプレス金型(パンチ)を使用した場合(実施例)では,研磨品のプレス金型を使用した場合に比較して耐久性が最も低いものでも2.7倍向上し,最大3.2倍の向上が確認された。
【0118】
これに対し,形成されたディンプルの相当径及び深さが,前掲の式1
及び式2の範囲から外れている試料26のプレス金型(比較例)では,研磨品のプレス金型を使用した場合に比較して1.8倍の耐久性の向上が得られるものの,実施例における耐久性程,高い向上を示すものではなかった。
【0119】
このように,本発明の表面処理を行った金型では,かじりが発生し難くなっており,離型性が大幅に向上していることが確認されると共に,このような離型性の向上や耐久性の向上という効果は,母材の異なる金型に対し本発明の表面処理を適用した場合であっても同様に得られるものであることが確認された。
【0120】
〔金型の耐久試験3〕
(1)試験の目的
超硬合金(Hv1400)製のパンチに対し本発明の表面処理方法で処理が有効であることを確認する。
【0121】
(2)試験方法
球状の噴射粒体を噴射して表面処理を行った超硬合金製のプレス金型(パンチ)と,表面粗さRa0.2μm以下に仕上げた超硬合金製プレス金型(パンチ)(研磨品)を使用してプレス成形を継続して行い,ワークに対するスジの発生を目視で観察し,スジが顕著に発生したショット数によって金型の耐久性を評価した。
評価は,研磨品のプレス金型のショット数100%に対する比として評価した。
【0122】
(3)試験結果
金型の耐久性の試験結果を,下記の表8に示す。
【表8】
【0123】
(4)試験結果の考察
以上の結果,試料27の超硬合金製のプレス金型(パンチ)においても,286%の耐久性の向上が得られることが確認された。
【0124】
この試料27の金型の母材である超硬合金の硬度(Hv1400)は,金型に使用する母材の硬度としては略上限にあたる硬度であり,上記の結果より,本発明の表面処理方法が,略全ての材質の金型に対し有効であることが確認された。