特許第6556846号(P6556846)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6556846透明樹脂成型用金型の表面処理方法及び透明樹脂成型用金型,並びに透明樹脂成型品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6556846
(24)【登録日】2019年7月19日
(45)【発行日】2019年8月7日
(54)【発明の名称】透明樹脂成型用金型の表面処理方法及び透明樹脂成型用金型,並びに透明樹脂成型品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B29C 33/38 20060101AFI20190729BHJP
   B29C 33/42 20060101ALI20190729BHJP
   B24C 11/00 20060101ALI20190729BHJP
   B24C 1/04 20060101ALI20190729BHJP
   B24C 1/06 20060101ALI20190729BHJP
【FI】
   B29C33/38
   B29C33/42
   B24C11/00 Z
   B24C1/04 F
   B24C1/06
【請求項の数】7
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2017-534077(P2017-534077)
(86)(22)【出願日】2015年8月11日
(86)【国際出願番号】JP2015072794
(87)【国際公開番号】WO2017026057
(87)【国際公開日】20170216
【審査請求日】2018年1月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000154129
【氏名又は名称】株式会社不二製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110002398
【氏名又は名称】特許業務法人小倉特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】間瀬 恵二
(72)【発明者】
【氏名】石橋 正三
(72)【発明者】
【氏名】近藤 祐介
【審査官】 ▲来▼田 優来
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−014567(JP,A)
【文献】 特開2008−238610(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29C33/38,33/42
B24C1/04,1/06,11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明樹脂の成型に使用する金型の表面に略球状の噴射粒体を噴射すると共に衝突させて,次式,
1+3.3e-H/230 ≦ W ≦ 1.5+8.9e-H/630・・・(式1)
ここで,
Wは,ディンプルの相当径(μm)
Hは,金型の母材硬度(Hv)
で規定する条件を満たす範囲の相当径を有するディンプルを形成したことを特徴とする透明樹脂成型用金型の表面処理方法。
【請求項2】
前記ディンプルを,更に次式,
0.01+0.2e-H/230 ≦ D ≦ 0.05+0.4e-H/320 ・・・(式2)
ここで,
Dは,ディンプルの深さ(μm)
Hは,金型の母材硬度(Hv)
で規定する条件を満たす範囲の深さに形成したことを特徴とする,請求項1記載の透明樹脂成型用金型の表面処理方法。
【請求項3】
メディアン径が20μm以下の前記噴射粒体を,噴射圧力0.01MPa〜0.6MPaで噴射して,前記ディンプルの形成面積が金型表面の面積に対し50%以上となるよう前記ディンプルを形成することを特徴とする請求項1又は2記載の透明樹脂成型用金型の表面処理方法。
【請求項4】
前記噴射粒体の噴射を,Ra0.3μm以下の表面粗さに調整された金型の表面に対して行うことを特徴とする請求項1〜3いずれか1項記載の透明樹脂成型用金型の表面処理方法。
【請求項5】
表面に,次式で規定する相当径(W)のディンプルが形成されていることを特徴とする透明樹脂成型用金型。
1+3.3e-H/230 ≦ W ≦ 1.5+8.9e-H/630・・・(式1)
ここで,
Wは,ディンプルの相当径(μm)
Hは,金型の母材硬度(Hv)
【請求項6】
前記ディンプルが,更に次式で規定する深さDに形成されていることを特徴とする請求項5記載の透明樹脂成型用金型。
0.01+0.2e-H/230 ≦ D ≦ 0.05+0.4e-H/320 ・・・(式2)
ここで,
Dは,ディンプルの深さ(μm)
Hは,金型の母材硬度(Hv)
【請求項7】
請求項1〜4いずれか1項記載の透明樹脂成型用金型の表面処理方法によって表面処理が行われた金型によって成型することを特徴とする透明樹脂成型品の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は透明樹脂成型用金型の表面処理方法,及び前記方法で表面処理された透明樹脂成型用金型,並びに前記金型で成型された透明樹脂成型品に関し,より詳細には,透明樹脂成型品の製造用金型の表面処理に適用可能な金型の表面処理方法,前記方法で表面処理された金型,及び前記金型を使用して成型された透明樹脂成型品に関する。
【0002】
なお,本発明において処理対象とする金型の表面とは,金型のうち成型材料と接触する部分の表面をいう。
【背景技術】
【0003】
透明樹脂から成る成型材料を成型して得られる透明樹脂成型品は,光学製品,医療器具,電化製品,日用品,おもちゃ,その他の各種分野において広く使用されている。
【0004】
このような透明樹脂の成型では,透明度の高い成型材料を使用して成型を行ったとしても,成型品の表面に微細な凹凸が形成されて平滑性が失われると,成型品の表面で光が乱反射するため透明性を失う。
【0005】
そのため,透明樹脂成型品の表面に凹凸が形成されることがないよう,透明樹脂の成型に使用する金型に対しては,手作業による研磨等によってその表面は高い精度で鏡面に仕上げられており,これにより成型品の表面を平滑に仕上げることで,得られた樹脂成型品に対し透明性を付与することができるものとなっている。
【0006】
しかし,複雑な形状の金型が増加すると共に,金型の短納期化が求められる今日において,多大な労力と時間が費やされる手作業による金型表面の鏡面研磨は,前記要求に応えるための障害となっていると共に,金型の製作費を高める原因となっている。
【0007】
しかも,金型表面を鏡面に研磨すると,離型時に成型品の表面と金型表面間の接触抵抗が大きくなり,離型性が低下する場合もある。
【0008】
このようにして離型性が低下すると,形成された成型品を金型から外す際に大きな力を掛けることが必要で,変形や破損が生じる成型品が増加する結果,不良率が上昇する。
【0009】
なお,金型の離型性を向上させる方法としては,例えば金型のキャビティに設ける抜け勾配の角度を大きくし,また,金型表面に滑りを良くするための表面処理,例えばフッ素コーティングやDLC(Diamond Like Carbon)被膜の形成を行うことも提案されている。
【0010】
また,その他の離型性向上のための処理としては,金型表面を平滑面にするのとは反対に所定形状の凹凸を形成することも提案されており,一例として,良好な剥離性を維持しつつ湯流れ性を向上させることを目的として,鋳造用金型のキャビティ面に対し鋳造用金型の硬度以上の硬度を有する100〜1000μmの球状の噴射粒体を噴射して,金型のキャビティ面に半球状のディンプルを形成する「鋳造用金型のキャビティ面の加工方法」も提案されている(特許文献1の請求項1及び請求項2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】日本国特許第4655169号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
離型性を向上させるための前述した方法のうち,抜け勾配の角度を大きくする方法は,透明樹脂成型用の金型に対しても採用可能な構成であるが,この構成では,抜け勾配の角度が大きくなるよう成型品の形状を設計することが必要となり,成型品のデザインが制約を受ける。
【0013】
一方,フッ素コーティングやDLC被膜の形成等の表面コーティングによって離型性を向上させる方法では,抜け勾配を大きくする場合のようなデザインの制約という問題は生じないが,摩耗や剥離によってコーティング層が失われると離型性も失われてしまうため,金型の耐用年数が比較的短いという欠点がある。
【0014】
これに対し,前掲の特許文献1に記載の方法でディンプルを形成した金型では,ディンプルが形成されることにより成型品の表面と金型表面との接触面積が減少すると共に,ディンプル内に離型剤や空気が溜まることで離型性が向上するものであることから,金型表面にディンプルが存在する間は離型性を発揮し,摩耗や剥離によって効果を失う表面コーティングに比較して,より長期に亘り離型性を発揮し得る。
【0015】
しかも,この方法では,ブラスト加工装置を使用して球状の噴射粒体を金型の表面に噴射,衝突させるという比較的簡単な作業によって金型の表面処理を行うことが可能であることから,金型表面を研磨等によって平滑な面に仕上げ,あるいは,その後,更に表面コーティング等を行う場合に比較して低コストかつ短納期での金型制作が可能となる。
【0016】
しかしながら,特許文献1の方法で表面にディンプルを形成した金型によって透明樹脂を成型しても,得られた樹脂成型品の表面には金型に形成したディンプルが転写されることにより凹凸が形成されてしまい,透明な樹脂成形品を得ることができない。
【0017】
その結果,前述したように球状の噴射粒体の噴射によって金型の表面にディンプルを形成する前述の表面処理方法は,離型性を発揮する金型表面を,比較的簡単な方法によって得ることができる表面処理方法でありながら,透明樹脂成型用の金型に対する表面処理としては適用することができないものとなっていた。
【0018】
しかし,このような表面処理が行われた金型によって透明な樹脂成型品を得ることができれば,透明樹脂成型用金型の製造に必須であった鏡面研磨を工程中より外すことができ,透明樹脂成型用金型を短納期かつ低コストで製造することが可能となる。
【0019】
そこで,本発明の発明者らは,金型表面にディンプルを形成する前述した表面処理方法によって透明な樹脂成型品を得ることができない理由を再度詳細に検討した結果,金型表面にディンプルを形成する表面処理を行う場合であっても,形成するディンプルの径と深さを所定の範囲に限定して,比較的小さく,且つ,浅いディンプルを形成するようにすれば,透明な樹脂成型品を製造することができるのではないかと考えるに至った。
【0020】
すなわち,前述した特許文献1に記載の方法では,100〜1000μmという比較的粒径の大きな噴射粒体を噴射することで,形成されるディンプルの径及び深さも大きくなり,その結果,ディンプルの転写によって樹脂成型品の表面に形成される凹凸も大きなものとなる。
【0021】
しかも,ディンプルの形成時,噴射粒体の衝突位置の金型表面では,図1に示すように形成されるディンプルの径と深さに応じた量の金型母材が塑性流動によって押し出され,この押し出された金型母材がディンプルの周縁部に盛り上がった形状の突起を形成する。
【0022】
そのため,成型時,この突起が成型生地内に食い込んで,成型品の表面に転写されると共に,成型品の引き抜き時にこの突起が成型品の表面に無数の引っ掻き傷を形成することで,成型品の表面には更なる凹凸が形成され,その結果,透明性が失われる。
【0023】
従って,金型表面に形成するディンプルの径と深さを小さくすることは,ディンプルの転写によって成型品の表面に形成される凹凸を小さなものとすることができるだけでなく,噴射粒体の衝突時に塑性流動によって押し出される金型母材の量を少なくすることができ,その結果,前述した盛り上がった突起の発生を抑制し,前記突起が転写されることに伴う凹凸の発生や,突起による引っ掻き傷の発生を防止して,得られる成型品の透明性を向上させることができるのではないかと予想した。
【0024】
そして,上記予測の下,処理対象とする金型の材質,使用する噴射粒体の材質,粒径,並びに使用するブラスト加工装置の種類及び噴射圧力等の組み合わせを変化させ,異なる径と深さのディンプルが表面に形成された金型を多数製造すると共に,これらの金型を使用して透明樹脂の成型を行った結果,形成されるディンプルを所定径,所定深さ以下の比較的小さく且つ浅いものとする場合,得られた樹脂成型品に,研磨によって平滑に調整された金型と同等の透明性を付与することができることを確認した。
【0025】
しかも,前述の実験結果は,このような透明性を付与することができるディンプルの径と深さは,金型の母材硬度の変化に伴って変化するという,予想していなかった関係の存在を示しており,その結果,ディンプルの径と深さを単に小さくしたというだけでは透明性を付与することができず,金型の母材硬度との関係に基づいて適切な径と深さでディンプルを形成しなければならないことが確認されている。
【0026】
本発明は,本発明の発明者らによる上記実験の結果得られた知見に基づき為されたものであり,球状の噴射粒体の噴射によって金型の表面にディンプルを形成する表面処理方法において,該表面処理後の金型を使用して成型された樹脂成形品に対し透明性を付与することができる前記ディンプルの形成条件を明らかにすることで,従来,透明樹脂成型用金型に対する必須の処理であった鏡面研磨を不要とし,短納期かつ低コストで透明樹脂成型用金型を提供することができると共に,透明樹脂成形用金型の離型性を向上させることのできる表面処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0027】
上記目的を達成するための,本発明の透明樹脂成型用金型の表面処理方法は,
透明樹脂の成型に使用する金型の表面に略球状の噴射粒体を噴射すると共に衝突させて,
次式,
1+3.3e-H/230 ≦ W ≦ 1.5+8.9e-H/630・・・(式1)
ここで,
Wは,ディンプルの相当径(μm)
Hは,金型の母材硬度(Hv)
で規定する条件を満たす範囲の径(相当径W)を有するディンプルを形成することを特徴とする(請求項1)。
【0028】
ここで,「相当径」とは,金型表面に形成されたディンプルの投影面積を,円形の投影面積に換算して測定したときの前記円形の径をいう。
【0029】
前記ディンプルは,更に次式,
0.01+0.2e-H/230≦ D ≦ 0.05+0.4e-H/320・・・(式2)
ここで,
Dは,ディンプルの深さ(μm)
Hは,金型の母材硬度(Hv)
で規定する条件を満たす範囲の深さ(D)で形成することが好ましい(請求項2)。
【0030】
前述した透明樹脂成型用金型の表面処理方法は,メディアン径が20μm以下の前記噴射粒体を,噴射圧力0.01MPa〜0.6MPaで噴射して,前記ディンプルの形成面積が金型表面の面積に対し50%以上となるよう前記ディンプルを形成することにより行うことができる(請求項3)。
【0031】
なお,「メディアン径」とは,粒子群をある粒子径から2つに分けたとき,大きい側の粒子群の積算粒子量と,小さい側の粒子群の積算粒子量が等量となる径をいう。
【0032】
好ましくは,前記噴射粒体の噴射を,Ra0.3μm以下の表面粗さに調整された金型の表面に対して行う(請求項4)。
【0033】
なお,本発明の透明樹脂成型用金型は,前述したいずれかの方法で表面処理が行われた,表面に,次式で規定する径(W)及び/又は深さ(D)のディンプルが形成されている透明樹脂成型用金型を対象とする(請求項5,請求項6)。
1+3.3e-H/230 ≦ W ≦ 1.5+8.9e-H/630・・・(式1)
0.01+0.2e-H/230 ≦ D ≦ 0.05+0.4e-H/320 ・・・(式2)
ここで,
Wは,ディンプルの相当径(μm)
Dは,ディンプルの深さ(μm)
Hは,金型の母材硬度(Hv)
【0034】
また,本発明の透明樹脂成型品の製造方法は,前述したいずれかの方法で表面処理が行われた透明樹脂成型用金型によって成型することを特徴とする(請求項)。
【発明の効果】
【0035】
以上で説明した本発明の構成により,本発明の表面処理方法で表面処理が行われた透明樹脂成型用金型では,以下の顕著な効果を得ることができた。
【0036】
透明樹脂の成型に使用する金型の表面に対し略球状の噴射粒体を噴射すると共に衝突させて,所定径のディンプルを形成し,又は,所定径,且つ,所定深さのディンプルを形成する,という比較的簡単な構成により,このような表面処理が行われた金型を使用して得られた樹脂成型品に透明性を付与することができた。
【0037】
すなわち,このように径及び深さ共に比較的小さいディンプルを形成することで,成型時に透明樹脂成型品の表面にディンプルの転写によって形成される凹凸が小さくなるだけでなく,比較的小さなディンプルの形成は,塑性流動によって噴射粒体の衝突位置より押し出される金型母材の量を少なくする結果,ディンプルの周縁部に盛り上がった突起が形成されることを防止でき,これにより,金型表面にディンプルを形成する構成でありながら,製造される樹脂成型品に透明性を付与することができるものとなったものと考えられる。
【0038】
このように,噴射粒体を噴射するという比較的簡単な処理によって透明樹脂成型用の金型の表面仕上げを行うことが可能となったことで,透明樹脂の成型用金型に対する処理として従来必須であった鏡面研磨が不要となり,その結果,透明樹脂成型用金型の製造に要する時間と製造コストの大幅な低減を図ることができた。
【0039】
しかも,前述のディンプルが形成された金型は,鏡面研磨された金型に比較して優れた離型性を発揮することから,離型時に成型品に大きな力を掛ける必要がなく成型品の変形や破損が防止され,不良率を低減することもできた。
【0040】
前記ディンプルの形成は,メディアン径が20μm以下の噴射粒体を噴射圧力0.01MPa〜0.6MPaで噴射して,前記ディンプルの形成面積が金型表面の面積に対し50%以上となるよう前記ディンプルを形成することにより行うことで,金型の表面に対する前述した突起の形成が好適に抑制できると共に,ディンプル形成後の金型の表面硬度を比較的大径の噴射粒体を使用してディンプルを形成する場合に比較して上昇させることができた(図2参照)。
【0041】
その結果,前記突起が生じた場合に起こり得る応力集中が生じないこと,及び,金型の表面硬度が向上することで,得られた透明樹脂成型品の透明性や離型性が向上するだけでなく,金型の耐久性や耐摩耗性も向上する結果,金型の表面に形成されたディンプルを長期に亘り理想的な径及び深さに維持できることで,透明性や離型性を発揮する表面処理の効果を,より長期に亘って発揮させることが可能である。
【0042】
更に,前述した表面処理を,Ra0.3μm以下の表面粗さに調整された金型の表面に対し行うことで,金型に対しより好ましい表面状態を付与することができた。
【図面の簡単な説明】
【0043】
図1】ディンプルの形成に伴い金型表面に生じる突起の説明図。
図2】ダイナミック硬さと噴射圧力の相関図。
図3】試料1〜22のディンプル相当径と金型の母材硬度の分散図。
図4】試料1〜22のディンプルの深さと金型の母材硬度の分散図。
【発明を実施するための形態】
【0044】
次に,本発明の実施形態につき添付図面を参照しながら以下説明する。
【0045】
〔処理対象〕
本発明の表面処理方法は,透明樹脂成型用の金型を対象とし,このような金型であれば,射出成型用金型,押出成型用金型,ブロー成型用金型等,その成型方式の別を問わず各種の金型に対し適用可能であり,また,これらの金型によって成型対象とする透明樹脂成型材の材質についても透明な樹脂であれば,アクリル,ナイロン,塩化ビニル,ポリカーボネイト,PET,POM等,各種の成型材の成型を行う金型を対象とすることができる。
【0046】
このような金型のうち,本発明の表面処理方法では,成型材料と接触する部分の表面を処理対象とする処理面とし,金型がキャビティ(凹型)とコア(凸型)の組み合わせによって構成されている場合,キャビティ(凹型)側の表面,コア(凸型)側の表面のいずれとも本発明の方法による処理対象とすることができる。
【0047】
金型の材質は特に限定されず,金型の材質として使用され得る各種の材質のものを対象とすることが可能であり,鉄系金属の他,アルミニウム合金等の非鉄系金属の金型を対象とすることもできる。
【0048】
なお,金型の表面は,後述する球状の噴射粒体の噴射を行う前に予め算術平均粗さ(Ra)で0.3μm以下の表面粗さに調整しておくことが好ましい。
【0049】
〔ディンプルの形成〕
前述した金型の表面に対するディンプルの形成は,金型の表面に略球状の噴射粒体を噴射して衝突させることにより行う。
【0050】
このようなディンプルの形成に使用する噴射粒体,噴射装置,噴射条件を一例として以下に示す。
【0051】
(1)噴射粒体
本発明の方法で使用する略球状の噴射粒体における「略球状」とは,厳密に「球」である必要はなく,一般に「ショット」として使用される,角のない形状の粒体であれば,例えば楕円形や俵型等の形状のものであっても本発明で使用する「略球状の噴射粒体」に含まれる。
【0052】
噴射粒体の材質としては,金属系,セラミックス系のいずれのものも使用可能であり,一例として,金属系の噴射粒体の材質としては,合金鋼、鋳鉄、高速度工具鋼(ハイス鋼(SKH)),タングステン(W)、ステンレス鋼(SUS)等を挙げることができ,また,セラミックス系の噴射粒体の材質としては,アルミナ(Al),ジルコニア(ZrO),ジルコン(ZrSiO),硬質ガラス、ガラス、炭化ケイ素(SiC)等を挙げることができる。これらの噴射粒体は,処理対象とする金型の母材に対し同等以上の硬度を有する材質の噴射粒体を使用することが好ましい。
【0053】
使用する噴射粒体の粒径は,メディアン径(D50)で1〜20μmの範囲のものが使用可能で,これらの粒径の噴射粒体の中から,処理対象とする金型の材質等に応じて後述する径及び深さでディンプルを形成し得るものを選択して使用する。
【0054】
(2)噴射装置
前述した噴射粒体を金型の表面に向けて噴射する噴射装置としては,圧縮気体と共に研磨材の噴射を行う既知のブラスト加工装置を使用することができる。
【0055】
このようなブラスト加工装置としては,圧縮気体の噴射により生じた負圧を利用して研磨材を噴射するサクション式のブラスト加工装置,研磨材タンクから落下した研磨材を圧縮気体に乗せて噴射する重力式のブラスト加工装置,研磨材が投入されたタンク内に圧縮気体を導入し,別途与えられた圧縮気体供給源からの圧縮気体流に研磨材タンクからの研磨材流を合流させて噴射する直圧式のブラスト加工装置,及び,上記直圧式の圧縮気体流を,ブロワーユニットで発生させた気体流に乗せて噴射するブロワー式ブラスト加工装置等が市販されているが,これらはいずれも前述した噴射粒体の噴射に使用可能である。
【0056】
(3)処理条件
前述したブラスト加工装置を使用して行う噴射粒体の噴射は,一例として噴射圧力0.01MPa〜0.6MPa,好ましくは0.05〜0.2MPaの範囲で行うことができ,処理を行う部分の金型表面の面積に対し,ディンプルの形成面積(投影面積)が50%以上となるように行う。
【0057】
噴射粒体の噴射は,処理対象とする金型の材質等との関係で,後掲の式1によって求められる相当径(W)のディンプルを形成することができるよう,噴射粒体の材質や粒径と,使用するブラスト加工装置の種類や噴射圧力等の組み合わせを選択して行う。
1+3.3e-H/230 ≦ W ≦ 1.5+8.9e-H/630・・・(式1)
なお,上記の式1において,
Wは,ディンプルの相当径(μm)
Hは,金型の母材硬度(Hv) である。
【0058】
噴射粒体の噴射は,好ましくは更に後掲の式2によって求められる深さ(D)でディンプルを形成可能な条件の組み合わせとして行う。
0.01+0.2e-H/230≦ D ≦ 0.05+0.4e-H/320 ・・・(式2)
なお,上記の式2において,
Dは,ディンプルの深さ(μm)
Hは,金型の母材硬度(Hv) である。
【0059】
(4)作用等
以上で説明した本発明の表面処理方法で表面処理が行われた金型では,得られた透明樹脂成型品に透明性を付与することができることが確認されており,後述する実施例において,一例として研磨によって平坦に仕上げた金型(研磨品)と同等程度の透明性を付与することができることが確認されている。
【0060】
このような透明性の向上は,本発明の方法で形成するディンプルは相当径及び深さ共に,金型表面にディンプルを形成する従来の表面処理方法で形成されるディンプルに比較して小型のものとなることで,ディンプルの転写によって透明樹脂成型品の表面に形成される凹凸が小さく浅いものになると共に,このような小さく浅いディンプルの形成では,噴射粒体の衝突時に生じる塑性流動によって押し出される金型の母材量も少なく,ディンプルの周縁部に突起が形成されず,又は形成されたとしても盛り上がった形状とはならないことで,このような突起の転写によって形成される凹凸や,突起の擦過によって形成される擦り傷が透明樹脂成型品の表面に形成されなくなることにより,金型の表面に対するディンプルの形成によっても,得られた透明樹脂成型品に透明性を付与することができたものと考えられる。
【0061】
また,本発明の方法で表面処理を行った金型では,研磨品との比較において大幅な離型性の向上と耐久性の向上が得られることも確認されている。
【0062】
このような離型性の向上は,金型表面にディンプルを形成する従来の表面処理方法と同様,ディンプル内に離型剤が保持され,または,空気が保持されることで成型材料と金型表面との接触面積が減少して離型性の向上が得られるだけでなく,形成されるディンプルが小さく浅いことで,ディンプルにかかる面圧が大きくなる結果,反力も大きくなることで,ディンプル内に離型剤や空気を保持する能力が向上して,離型性が向上すること,及び盛り上がった形状の突起が形成されないことで,離型時における引き抜き抵抗が減少したことも離型性が向上した要因の一つであると考えられる。
【0063】
しかも,前述したように比較的小さなディンプルを形成するために,使用する球状の噴射粒体としてメディアン径で1〜20μmという比較的小さな粒径のものを使用することで,これよりも大きな粒径の噴射粒体を使用する従来の表面処理方法に比較して,処理後の表面硬度が上昇していることも大幅な離型性と耐久性の向上が得られた一因となっているものと考えられる。
【0064】
ここで,処理対象とする金属製品の表面にショットを噴射して衝突させるショットピーニングを行うと,ワークの表面組織が微細化して硬度が上昇することは公知であり,この原理による金型の表面硬度の上昇は,本発明の表面処理方法のみならず,同様に球状の噴射粒体を金型表面に噴射する処理を行っている従来の金型の表面処理方法においても得られているものと考えられる。
【0065】
しかし,金型の表面に粒径の異なる噴射粒体を噴射する処理を行った後の被加工物の表面硬度を測定する試験を行ったところ,比較的低い噴射圧力の範囲では,粒径の小さな噴射粒体を使用した方がより高い硬度上昇が得られることが確認されている。
【0066】
図2は,NAK80製の金型(Hv430)に対する上記試験を行った結果を示したもので,噴射圧力0.5MPa以下の範囲では,メディアン径40μmの噴射粒体(材質:ハイス鋼)を噴射した場合(図2中の破線参照)に比較して,メディアン径20μmの噴射粒体(材質:合金鋼)を噴射した場合(図2中の実線参照)の方が,金型表面のダイナミック硬さがより高められていることが判る。
【0067】
このように,使用する噴射粒体の粒径の相違に伴う効果の相違は,噴射粒体として粒径の小さなものを使用すると,噴射粒体の飛翔速度が上昇し,金型表面に衝突した際の衝突エネルギーが上昇すると共に,衝突位置における単位面積あたりの衝突エネルギーの上昇をもたらすことで,低圧の圧縮気体で噴射した場合であっても,より高い鍛造効果が得られたものと考えられ,このような硬度上昇が得られることで,金型表面に形成されたディンプルの摩耗や変形が生じ難く,理想的な径及び深さを長期に亘り維持する結果,本発明の表面処理方法によって得られた透明性の付与や離型性の向上等の効果を長期に亘り維持できるものとなっている。
【0068】
なお,「ダイナミック硬さ」とは,三角錐の圧子を押し込んでいく過程の試験力と押し込み深さから得られる硬さのことで,試験力P[mN],圧子の押し込み深さD[μm]に対するダイナミック硬さは,次式
DH=α×P÷(D
によって求めることができる。
【0069】
ここで,αは圧子形状係数で,上記の測定では,「島津ダイナミック超微小硬度計DUH-W201」(島津製作所製)を使用し,115°三角錐圧子を使用してα=3.8584として測定した。
【実施例】
【0070】
以下に,樹脂成型品に透明性を付与すると共に,金型の離型性を向上させるために必要なディンプルの形成条件(径と深さ)を導き出すために行った試験の内容について説明する。
【0071】
(1)試験目的
樹脂成型品に透明性を付与すると共に,金型の離型性を向上させることのできるディンプルの形成条件(径と深さ)を求める。
【0072】
(2)試験方法
(2-1) 概要
母材の材質が異なる複数種類の金型に対し,使用する噴射粒体の材質及び粒径と,噴射方法(噴射装置,噴射圧力等)の組み合わせを変化させてディンプルを形成し,形成されたディンプルの径と深さを測定した。
【0073】
ディンプル形成後の金型をそれぞれ使用して透明樹脂の成型を行い,研磨により表面を平滑に仕上げた金型(以下,「研磨品」という。)で成型した透明樹脂成型品の透明度を目視により比較し,研磨品に対し透明性が劣るものを「×」,研磨品と同等の透明性を示したものを「○」と,それぞれ評価した。
【0074】
また,離型性の比較を行い,研磨品と同等以下の離型性のものを「×」,研磨品を超える離型性を示したものを「○」と,それぞれ評価した。
【0075】
上記の試験結果から,得られた樹脂成型品に透明性を付与することができるディンプルの径と深さの範囲を求めた。
【0076】
(2-2) 金型の種類と処理条件
処理対象とした金型の材質と,各金型に対して行った表面処理の処理条件を下記の表1及び表2に示す。
【0077】
【表1】
【0078】
【表2】
【0079】
比較対象として各金型の研磨品を用意した。なお,研磨後の表面粗さは,「STAVAX」(キャビティ)及びNAK80でRa0.1μm以下,S50C(コアピン),S55C(ゴム用金型)においてRa0.2μm以下,A7075(プラスチック用金型)においてRa0.2μm以下である。
【0080】
(2-3) ディンプルの径と深さの測定方法
ディンプルの径と深さは,形状解析レーザー顕微鏡(キーエンス社製「VK−X250」)を使用して測定した。
【0081】
金型の表面を直接測定可能な場合には直接,直接測定できない場合には,アセチルセルロースフィルムに酢酸メチルを滴下して金型の表面に馴染ませた後,乾燥後剥離して,アセチルセルロースフィルムに反転転写させたディンプルに基づいて測定した。
【0082】
測定は,形状解析レーザー顕微鏡で撮影した表面画像のデータ(但し,アセチルセルロースフィルムを使用した測定では撮影した画像を反転処理した画像データ)を「マルチファイル解析アプリケーション(キーエンス社製 VK-H1XM)」を使用して解析することにより行った。
【0083】
ここで,「マルチファイル解析アプリケーション」とは,レーザー顕微鏡で測定したデータを用いて、表面粗さ、線粗さ、高さや幅、円相当径や深さなどの計測・解析や基準面設定、高さ反転処理などの画像処理を行うことのできるアプリケーションである。
【0084】
測定は,先ず「画像処理」機能を使用して基準面設定を行い(但し,表面形状が曲面の場合には面形状補正を用いて曲面を平面に補正した後に基準面設定を行う),次いで,アプリケーションの「体積・面積計測」の機能から計測モードを凹部に設定して,設定された「基準面」に対する凹部を計測させ,凹部の計測結果から「平均深さ」,「円相当径」の結果の平均値をディンプルの深さ,及び径とした。
なお,前述の基準面は,高さデータから最小二乗法を用いて算出した。
【0085】
また,前述の「円相当径」又は「相当径」は,凹部(ディンプル)として測定された投影面積を,円形の投影面積に換算して測定したときの前記円形の径として測定した。
なお,前述の「基準面」とは,高さデータの中で、計測のゼロ点(基準)とする平面を指し,深さや高さなど主に垂直方向の計測に使用される。
【0086】
(3)測定結果
上記各試料におけるディンプル径とディンプル深さの測定結果,及び透明性と離型性の評価結果を表3及び表4に,各試料におけるディンプル径と金型の母材硬度の分散図図3に,ディンプル深さと金型の母材硬度の分散図図4にそれぞれ示す。
【0087】
【表3】
【0088】
【表4】
【0089】
(4)考察
図3及び図4に示す分散図において,プロットに添えた数字はそれぞれ試料番号を示し,プロット中,「◎」は,透明性と離型性向上の双方共得られたもの,「○」は,透明性は得られたが離型性の向上は得られなかったもの,「□」は,離型性は向上したが透明性が得られなかったもの,「●」は,透明性,離型性の向上のいずれ共に得られなかったものをそれぞれ示す。
【0090】
図3及び図4に示した分散図より明らかなように,ディンプルの径及び深さのいずれ共に,透明性を付与することができた試料は分散図の下側に,透明性を付与できなかった試料は分散図の上側に集中していることが判り,形成するディンプルの径及び深さを小さくすることにより,透明性が得られることが確認された。
【0091】
ここで,図3及び図4分散図中に「境界(上限)」と表示した曲線は,透明性が得られた試料群の上限に当てはめた近似曲線であることから,この曲線は,金型の母材硬度の変化に対し,透明性の向上が得られるディンプルの相当径及び深さの上限値がどのように変化するかを近似的に表している。
【0092】
従って,ディンプル相当径(W)と金型の母材硬度(H)の分散図である図3中に記載した,「境界(上限)」の曲線を表す数式〔W=1.5+8.9e-H/630〕によって求められる相当径(W)以下の径でディンプルを形成することにより,より好適には,更に,ディンプルの深さ(D)と金型の母材硬度(H)の分散図である図4中に記載した,「境界(上限)」の曲線を表す数式〔D=0.05+0.4e-H/320〕によって求められる深さ()以下の深さでディンプルを形成することにより,このようなディンプルが形成された金型を使用することで,得られた樹脂成型品に透明性を付与することが可能である。
【0093】
一方,鏡面に研磨された金型によっても透明樹脂成型品を製造することができることから,透明性という観点のみに着目すると,透明性を付与するためのディンプルの径と深さに下限値は存在しない。
【0094】
しかし,ディンプルの形成が,離型性の向上に貢献するものであることは前述した通りであるところ,試料21,試料13,試料17のように,形成するディンプルの径及び深さが小さなものでは,樹脂成型品に対する透明性の付与は行い得るものの,離型性の向上が確認できなくなった。
【0095】
このような現象は,形成するディンプルが小さくなるに従い,ディンプル形成後の金型の表面状態は,鏡面に近付くためであると考えられる。
【0096】
ここで,図3及び図4分散図中に「境界(下限)」として表示した曲線は,離型性の向上が確認された試料群と,離型性の向上が確認できなかった試料群との境界に引いた曲線であるから,この曲線は,金型の母材硬度の変化に対し,離型性の向上が得られるディンプルの径及び深さの下限値がどのように変化するかを近似的に表している。
【0097】
従って,相当径(W)と金型の母材硬度(H)の分散図である図3中に記載した,下限値の近似曲線を表す数式〔W ≧ 1+3.3e-H/230〕によって求められる径(W)以上の径でディンプルを形成することで,より好適には,更に,ディンプルの深さ(D)と金型の母材硬度(H)の分散図である図4中に記載した,下限値の近似曲線を表す数式〔D≧ 0.01+0.2e-H/230〕によって求められる深さ()以上の深さでディンプルを形成することにより,このようなディンプルが形成された金型では,離型性の向上を得ることが可能となる。
【0098】
従って,ディンプル相当径(W)を,次式
1+3.3e-H/230 ≦ W ≦ 1.5+8.9e(-H/630)・・・(式1)
で規定される範囲内のものとし,
より好ましくは,更に,ディンプルの深さ(D)を,次式
0.01+0.2e-H/230 ≦ D ≦ 0.05+0.4e(-H/320) ・・・(式2)
で規定される範囲内のものとすることで,鏡面研磨された金型では低下することがある離型性を向上させながら,更に,透明性と同時に得ることが可能となる。

図1
図2
図3
図4