(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
無歯顎症や多数歯欠損症等に対する義歯床治療やインプラント治療では、義歯や架工歯に理想的な咬合を付与することがきわめて重要である。従来は、この咬合付与を、口腔や口腔周囲の主として硬組織の解剖学的形態と、いくつかの仮想基準線や平面を合わせた下顎骨の普遍的な咀嚼運動とで捉えようとしてきた。そして、実際の治療では、このような普遍的咀嚼運動に基づいて、医師や技工士が各患者の咬合を再構築していた。
【0003】
上記医師や技工士による各患者の咬合の再構築は、医師や技工士の経験と感に頼って行われている。しかしながら、実際の咬合時における強力な噛み締め力の方向と大きさに対する基準となるものがない。そのため、患者固有の理想的な咬合を定量的に構築することはきわめて困難となっており、例えば、無歯顎症患者用の義歯床を製作する場合、かなりの長時間と手間を要する一方、製作された義歯床に対する患者の満足度は低いという課題があった。
【0004】
この課題を解決するため、本発明者は、実際の咬合によって生じる力の合力に着目し、各患者の特に総義歯床を簡単かつ短時間で能率よく製作できるようにする方法と、それに使用する咬合器やフェイスボウを開発し、先に特許出願している(下記の特許文献1〜3を参照)。
【0005】
本発明者が開発した上記咬合器やフェイスボウを使用すれば、従来の方法に比べて簡単かつ短時間で理想に近い咬合を構築することができ、実際の治療現場でも好評を博している。しかしながら、現在広く使われているフェイスボウについては、いまだ十分満足できるものではなく、理想的な咬合の構築には実用上煩雑な手間が必要であり、また、熟練を必要としている。
【0006】
そこで本発明者は、更なる改良を試み、理想的な咬合が得られる義歯床を能率的に製作するための歯科用フェイスボウを開発し、特許出願し、すでに特許権を得ている(下記特許文献4を参照)。この歯科用フェイスボウを使用すれば、従来のフェイスボウと比べて簡単かつ短時間で理想に近い咬合が得られる義歯床を能率的に製作することが可能となった。
【0007】
[発明が解決しようとする課題]
特許文献4記載の歯科用フェイスボウにより、従来の方法と比べて簡単かつ短時間で理想に近い咬合を再現することが可能となったものの、前記歯科用フェイスボウでは、回動枠に取り付けられた咬合基準片となるマウスピースを、前記回動枠を回動させながら患者固有の咬合曲面上に精度良く位置合わせすることが容易ではなく、依然として術者の熟練と手間を要するという課題があった。
【発明の概要】
【0009】
本発明は上記課題に鑑みなされたものであって、患者固有の咬合湾曲を極めて簡単かつ高精度に再現することができ、より使い勝手に優れたゼロモーメントアジャスターを提供することを目的としている。
【0010】
本発明者は、正常な人間の顎骨や歯牙と、それに付着する閉口筋群によって生じる合力は、頭蓋骨内の普遍的定位置にしか働かないことに着目し、永年の研究と多くの臨床例を重ね、噛み締めた力が上下顎にモーメントを生じさせない場合の合力は、左右下顎角間の中央点より前頭洞中央点へ向かうことを見出した。
咬合時に作用する筋肉は、
図6、
図7に示すように、咬筋(M.masseter)Mmと側頭筋(M.temporlis)Mtである。これらによって生じる力は、所定の方向と大きさを有するベクトルである。これらの合力は、個々の患者によって若干の差はあるものの、標準的には、
図6〜
図8に示すように、前頭洞の前縁部(ナジオンの直上部)付近の点(「N点」と呼ぶ)に向かうことが分かった。
【0011】
頭部側面を2次元的に表した
図6、
図8において、Paは前歯の咬合点、Pbは奥歯の咬合点、Pcは関節頭の点をそれぞれ表す。同図において、奥歯の咬合点Pbに作用する咬合力と関節頭の点Pcに作用する咬合力は図のLで示す方向を有するベクトルであり、これらの力とその合力Fとの関係は、次式に示すとおりである。図中のOは、前記N点を表す。咬合曲線は、この点Oを中心とする球面上にある。
【0012】
N1sinθ1=N2sinθ2
N1cosθ1+N2cosθ2=F
2N1cosφ1・sinθ1=2N2cosφ2・sinθ2
2N1cosφ1・cosθ1+2N2cosφ2・cosφ2=F
【0013】
なお、すべての患者の咬合時の合力が必ずしも点O(N点)に向かうわけではなく、加齢による骨の老化・吸収等により、咬合時の合力の向かう点は、前記N点と下顎角の点Pとを結ぶ線L(「咬合線」、「合力線」又は「ベクトル軸」とも呼ぶ)上を点P側へ徐々に近づくこともわかった。咬合時の合力の向う点が加齢等により変化しても、各患者の咬合曲線は、残留している歯、歯茎等を目視観察することによって、把握することが可能である。
【0014】
そこで、前記咬合線L上の点(患者によってその位置は多少異なる)を中心とする円弧(実際は球面である)を描けば、理想的な咬合における各咬合点は当該円弧上(曲面上)に並ぶはずである。本発明は、このような知見に基づいて完成されたものであり、理想的な咬合状態を極めて簡単に診断、再現することを可能とするものである。
【0015】
すなわち、本発明に係るゼロモーメントアジャスター(1)は、患者の頭部の両側部に沿って配置される左右一対の側部フレームと、該左右一対の側部フレームを連結する横フレームとを有する基枠と、前記側部フレームに装着されるフェイスボウ取付部と、該フェイスボウ取付部に着脱可能なフェイスボウと、該フェイスボウに装着され、患者の口腔内に挿入されるマウスピースと、前記フェイスボウ取付部に着脱可能で、前記フェイスボウを前記フェイスボウ取付部に所定の取付角度で固定するための固定手段と、前記側部フレームに装着されるイヤーピース取付部と、該イヤーピース取付部に装着されるイヤーピースと、前記横フレームの中央部に設けられ、患者の眉間付近にあてがわれて前記基枠を支持するパッド部と、前記横フレームの中央部に設けられ、患者のナジオン付近に設定される咬合力集中部を指示する基準点指示部とを備え、前記マウスピースが、前記咬合力集中部を通り、前記側部フレームと平行な咬合線上の点を中心とする咬合球面上に沿う湾曲面状に形成され、前記所定の取付角度が、前記マウスピースを口腔内の咬合湾曲面上に位置させるように設計された角度であることを特徴としている。
【0016】
上記ゼロモーメントアジャスター(1)によれば、前記フェイスボウ取付部に着脱可能な前記固定手段により、前記フェイスボウを前記フェイスボウ取付部に所定の取付角度、すなわち、前記マウスピースを口腔内の咬合湾曲面上に位置させるように設計された角度で簡単に固定することができる。
したがって、前記マウスピースを口腔内の咬合湾曲面上に簡単かつ精度良く位置させることができ、患者の咬合湾曲の計測を効率良く行うことができ、簡単かつ短時間で患者固有の理想的な咬合状態を再現することができ、咬合診断等の歯科治療の効率を高めることができる。
【0017】
また本発明に係るゼロモーメントアジャスター(2)は、上記ゼロモーメントアジャスター(1)において、前記フェイスボウ取付部が、前記側部フレームに固定される固定部と、前記フェイスボウの取付位置を調整する孔が複数形成された孔形成部とを備え、前記固定手段が、前記孔形成部に装着可能な装着部と、前記フェイスボウを前記所定の取付角度で保持する保持部とを備え、前記装着部の装着面に、前記孔形成部の複数の孔に装着可能な複数の突起部が形成されているとともに、前記フェイスボウの端部に設けられた突起部が配置されていることを特徴としている。
【0018】
上記ゼロモーメントアジャスター(2)によれば、前記固定手段の前記装着部に設けられた複数の突起部及び前記フェイスボウの端部に設けられた突起部を、前記フェイスボウ取付部の前記孔形成部に設けられた孔に装着することにより、前記フェイスボウを前記フェイスボウ取付部に前記所定の取付角度で、かつ患者固有の曲率半径(咬合高径)位置に簡単に装着することができ、患者固有の咬合湾曲と咬合高径をワンタッチ装着で極めて簡単かつ高い精度で再現することができる。
【0019】
また本発明に係るゼロモーメントアジャスター(3)は、上記ゼロモーメントアジャスター(1)又は(2)において、前記フェイスボウが、略コ字状に形成され、前記フェイスボウの一端部に、前記固定手段が固定され、前記フェイスボウの他端部に、該フェイスボウに対し回動可能で、該フェイスボウの取り付け高さを指示する高さ指示具が設けられていることを特徴としている。
【0020】
上記ゼロモーメントアジャスター(3)によれば、前記フェイスボウの一端部に固定された前記固定手段により前記フェイスボウを前記フェイスボウ取付部に前記所定の取付角度で固定することができる。また、前記フェイスボウの他端部に設けられた前記高さ指示具により、前記フェイスボウの取り付け高さを精度良く調整することができ、前記フェイスボウを前記フェイスボウ取付部に前記所定の取付角度で、かつ患者固有の曲率半径(咬合高径)位置に簡単に装着することができ、患者固有の咬合湾曲と咬合高径をワンタッチ装着で極めて簡単かつ高い精度で再現することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係るゼロモーメントアジャスターの実施の形態を図面に基づいて説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、以下の実施の形態において開示される各構成部品の形状や構造等は、望ましい一例を示すに過ぎず、その他の形状や構造等も同様の作用を有する限り、本発明の技術的範囲に属する。
【0023】
図1は、本発明の実施の形態に係るゼロモーメントアジャスターの正面図であり、
図2は平面図、
図3は、
図1におけるIII−III線断面図である。また、
図4は、実施の形態に係るゼロモーメントアジャスターのフェイスボウ及び固定手段を示す斜視図である。
実施の形態に係るゼロモーメントアジャスター10は、患者の顔面に装着して咬合力の方向を調べる、すなわち咬合力の解析を行うためのベクトルアナライザー(ゼロモーメント決定器)として使用されるものである。
【0024】
ゼロモーメントアジャスター10は、患者の頭部2の両側部に沿って配置される左右一対の側部フレーム11a、11bと、左右一対の側部フレーム11a、11bの上部を連結する横フレーム11cとを有する基枠11と、側部フレーム11a、11bにそれぞれ装着される左右一対のフェイスボウ取付部12A、12Bとを備えている。
【0025】
また、ゼロモーメントアジャスター10は、フェイスボウ取付部12A、12Bに着脱可能なフェイスボウ13と、フェイスボウ13に装着され、患者の口腔内に挿入されるマウスピース14と、一方のフェイスボウ取付部12Aに着脱可能で、フェイスボウ13をフェイスボウ取付部12A、12Bに所定の取付角度及び任意の咬合高さで固定するための固定手段15とを備えている。
【0026】
さらに、ゼロモーメントアジャスター10は、側部フレーム11a、11bの下部に、前後方向に向けて装着されるイヤーピース取付部16と、イヤーピース取付部16の後方側端部に、左右方向に向けて装着されるイヤーピース17と、横フレーム11cの中央部に設けられ、患者の眉間付近にあてがわれて基枠11を支持するためのパッド部18と、横フレーム11cの中央部に設けられ、患者のナジオン付近に設定される咬合力集中部Nを指示する基準点指示具19とを備えている。
図1における符号3は、患者の上顎歯列を示している。
【0027】
基枠11は、金属、プラスチック等のある程度の剛性と強度を有する材料で、下向き略コ字状に形成されている。側部フレーム11a、11bは、咬合時の合力の方向を側面視で表す側面ベクトル軸として使用される。
【0028】
フェイスボウ取付部12A、12Bは、側部フレーム11a、11bの背面に固定される固定部12aと、フェイスボウ13の取付高さ位置を調整するための孔12bが内側面に所定間隔で形成された孔形成部12cとを備えている。孔形成部12cは、側部フレーム11a、11bの内側面に配置され、孔形成部12c正面には、各孔12bの形成位置に、高さレベルを示す数値が記載されている。
【0029】
フェイスボウ13は、左右の側部フレーム13a、13bと横フレーム13cとを備え、金属、プラスチック等のある程度の剛性と強度を有する細枠材で略コ字状に形成されている。フェイスボウ13の横フレーム13cの中央に、マウスピース14が装着され、フェイスボウ13の側部フレーム13a、13bの端部に、孔形成部12cの孔12bに装着可能な突起部13dが水平方向外向きに設けられている。
【0030】
フェイスボウ13の一方の側部フレーム13aの端部に固定手段15が固定され、他方の側部フレーム13bの端部に、フェイスボウ13に対し回動可能で、フェイスボウ13の取り付け高さ(患者の咬合高さ、すなわち、患者固有の曲率半径)を指示する高さ指示具20が設けられている。高さ指示具20の先端部には、指示ピン20aが設けられている。
【0031】
この高さ指示具20を回動させたときに指示ピン20aの移動軌跡が患者の側頭部の所定範囲内、具体的には、耳穴と関節頭の間に位置するように、フェイスボウ13がフェイスボウ取付部12A、12Bに取り付けられる。これにより適正な咬合(歯列)曲線が測定可能となっている。なお、固定手段15と高さ指示具20とをフェイスボウ13の両側の側部フレーム13a、13bに設けることもできる。この場合は、固定手段15の内側面に、高さ指示具20が回動可能な状態で取り付けられる。
なお、側部フレーム13a、13b及び高さ指示具20の長さが異なるフェイスボウ13を複数組用意して、患者の顔面骨格や老化程度等に応じて適宜選択できるようにすることが好ましい。
【0032】
固定手段(固定用部材)15は、フェイスボウ13の一方の側部フレーム13aの端部に固定され、孔形成部12cに装着(嵌合)可能な平面視略コ字状をした装着部15aと、フェイスボウ13を前記所定の取付角度で保持する保持部(溝部)15bとを備えている。装着部15aの装着面(孔形成部12cとの装着面)には、
図4に示すように、孔形成部12cの複数の孔12bに装着(嵌合)可能な複数の突起部15cが形成されているとともに、フェイスボウ13の側部フレーム13aの端部に設けられた突起部13dが配置されている。なお、固定手段15は、
図4に示した形状に限定されるものではなく、フェイスボウ取付部12A、12Bに装着可能であり、かつフェイスボウ13の端部を前記所定の取付角度で保持可能な形態であればよい。
【0033】
マウスピース14は、横フレーム11cに取り付けるための取付部14aと、略舌形状をしたマウスピース部14bと、マウスピース部14bを取付部14aに支持する支持部14cとを含んで構成されている。
マウスピース14は、咬合力集中部Nを通り、側部フレーム11a、11bと平行な咬合線L(
図6、8参照)上の点を中心とする咬合湾曲面C上に沿う湾曲面状に形成されている。前記所定の取付角度とは、マウスピース14を口腔内の咬合湾曲面C(咬合時の合力の向う点を中心とする球面)上に位置させるように設計された角度となっている。
【0034】
より具体的には、
図3に示すように、マウスピース14を口腔内の咬合湾曲面C上に位置させたときに、側面視において、マウスピース14の後端部と、フェイスボウ13の突起部13dと、前記側面ベクトル軸として機能する側部フレーム11aとのなす角度θ
1が、所定角度、好ましくは17°前後(
図8に示すθ
1に対応する)となるように、前記所定の取付角度θ
3が設計されている。なお、θ
1は、側面視における、患者の奥歯の咬合点Pbと、咬合力集中部O(N点)と、側部フレーム11aと重なる側面ベクトル軸とのなす角度と略同じである。このマウスピース14は、患者の体格・骨格等にあわせた大きさのものを選択的に取り付けることも可能である。
【0035】
図1は、フェイスボウ13が固定手段15に前記所定の取付角度で保持され、固定手段15がフェイスボウ取付部12Aに取り付けられ、フェイスボウ13に装着されたマウスピース14が患者口腔内の上顎の歯列に沿うように配設された状態を示している。
【0036】
基枠11の横フレーム11cの中央部には、基枠11を患者の頭部に正しく装着するために使用される基準点指示具19が設けられている。基準点指示具19は、患者の咬合時の合力軸が患者の前頭骨表面と交わる点(咬合力集中部N)を指示するためのものであり、横フレーム11cの中央部の内側面から側部フレーム11a、11bと平行する方向(横フレーム11cと直交する方向)に設けられている。
咬合力集中部Nは、
図6〜
図8に示す様に、左右の下顎角中間点Pより発し、人間の頭部のナジオン上部付近に位置することが判明しているので、実際的には患者の左右の眉毛の中間点を指示するように基枠11を患者に装着すればよい。
【0037】
また、基枠11の横フレーム11cに中央部正面側にパッド装着部21が設けられている。パッド装着部21には、患者の眉間付近にあてがわれて基枠11を支持するパッド部18が、上下位置の調整が可能であり、かつ鉛直軸に対して前後方向への角度調整が可能に取り付けられている。
パッド部18は、パッド装着部21に挿着される挿着軸18aと、挿着軸18aの下端に取り付けられたパッド取付板18bと、パッド取付板18bに取り付けられた左右一対のパッド支持具18cと、左右一対のパッド支持具18cに取り付けられた左右一対のパッド18dとを含んで構成されている。
パッド18dは、例えば、弾力性のあるシリコン樹脂等の半球面体部材で構成され、患者の顔面に装着した場合でも、患者に苦痛を与えたり、肌を傷付けたりする恐れがない構成になっている。
【0038】
また、基枠11の側部フレーム11a、11bの下部には、側部フレーム11a、11bに対して直角方向(前後方向)に突出するイヤーピース取付部16がそれぞれ取り付けられている。このイヤーピース取付部16はその突出長さ(位置)が調節可能であり、その後端部にイヤーピース17がイヤーピース取付部16に対して直角方向(左右方向)に取り付けられている。イヤーピース17は、弾力性のある滑らかな先端部を有するものであり、該先端部を患者の耳穴に挿入することにより、基枠11を患者の頭部2に支持することができる。
【0039】
ゼロモーメントアジャスター10は、パッド部18とイヤーピース17によって患者の頭部2に装着(支持)されるが、この装着状態では、基枠11の側部フレーム11a、11bが咬合力を示すベクトル軸Lを側部から見た投影線と重なる状態となる。すなわち、側部フレーム11a、11bによって決定される面と前記合力の方向とが重なるように患者の頭部2に取り付ける。
【0040】
また、フェイスボウ13に取り付けられたマウスピース14を患者の口腔内(上顎部分)に挿入し、フェイスボウ13を固定手段15でフェイスボウ取付部12A、12Bに前記所定の取付角度、かつ患者に適合した高さ位置で取り付ける。これにより、基準片となるマウスピース部14bで患者の歯列の状態を診断することができる。
なお、フェイスボウ13とマウスピース14の選択方法は、例えば、患者の正中口唇裂溝から、額の前頭洞点までの患者固有の最大曲率半径を計測し、最大曲率半径より、20mm程度小さな数値(曲率半径)のフェイスボウ13とマウスピース14を選択する。
また、患者がくわえているワックスリム(図示せず)をフェイスボウ13に固定保持することもできる。この場合、フェイスボウ13の基枠11に対する角度が固定手段15で固定されていることにより、最適な咬合状態を簡単に再現することが可能となっている。
【0041】
図5は、マウスピース14が挿着された患者口腔内の上顎の歯列を示す図であり、(a)が下面図、(b)が背面図である。具体的には、基準片となるマウスピース部14bを口腔内に挿入し、フェイスボウ13を固定手段15でフェイスボウ取付部12A、12Bに前記所定の取付角度、かつ患者に適合した高さに取り付けて、マウスピース部14bが上顎の歯列3に沿うように配置された状態であり、患者の歯列カーブを診断するときの状態を示している。
【0042】
図5に示すように、マウスピース部14bは、前方側端部が支持部14cで支持され、前方側端部が丸みをおびた凸状曲面に形成され、左右両側は若干奥側(
図5(a)の下側)が若干広くなるような概略釣鐘状に形成されている。
【0043】
また、
図5(b)に示すように、マウスピース14は、左右方向の線に沿う断面及び前後方向(長手方向)に沿う断面が湾曲形状に形成されている。この湾曲面は理想的な咬合球面上に沿う曲面であり、湾曲面の曲率半径は、不良咬合になった患者で10歳から成人では65mmから75mm程度であるが、高齢者や総義歯患者の場合、顎骨の吸収が大きくなるため、人種を問わずほぼ65mmである。患者の年齢、体格等に応じて適切なものを選択すればよい。マウスピース14は、患者の歯列3の内側に僅かな隙間tをおいて配置されるが、患者の歯列に偏差がある場合は、
図5(b)のTで示すような大きな隙間が形成され、上下方向にもHの偏差が生じることとなる。
【0044】
なお、マウスピース14の代わりに尖った先端部を有するワックスリム固定保持具(図示せず)を取り付けたフェイスボウ13を基枠11にセットし、患者のくわえているワックスリム(図示せず)を固定することもできる。
【0045】
次に本発明に係るゼロモーメントアジャスター10とともに義歯床の製作に使用するに適した咬合器の1例を
図9〜
図11に示す。この咬合器101は、平面上に設置されるベース102を備え、ベース102の後端部には支柱103が立設され、前端部には下顎支持部材104が設けられている。下顎支持部材104は、ベース102に前後位置調節可能に取り付けられており、軸106の操作によってその前後位置及び咬合器101の前後方向の中心軸に対する傾きを調節することが可能になっている。図中の105は従来のフェイスボウ150を支持するためのフェイスボウ支持具であるが、本発明のゼロモーメントアジャスター10を使用する場合は不要である。
【0046】
支柱103は、間隔をおいて並設した左右1対のフレームからなり、支柱103の間隔部に回動部材(移動支柱)107が軸110によって回動可能に支持されている。軸110のつまみ110aは顎関節に相当するもので、回動部材107の左右にそれぞれ固定して設けられており、支柱103に設けた横方向の長穴108に前後移動自在に嵌合している。
【0047】
つまみ110aの端部には、ゼロモーメントアジャスター10のイヤーピース17の耳に係合させる部分が取り付け可能となっている。ボルト111は、この軸110の前後位置を決める前後位置調節手段であり、支柱103の左右に設けられ、それぞれが長穴108内に設けたスプリングを介して弾力的に軸110を押圧している。回動部材107の上部は前向きに屈曲しており、下部には脚部107bが設けられている。この回動部材107の脚部107bは、軸115によって後方移動が規制されていて、この軸によって回動部材107の回転が拘束され、回動部材107の上下方向の角度が所定の角度に保持されるようになっている。
【0048】
なお、軸115は、支柱103に設けた前後方向の長穴116内に設けたバネによって常時後向きに押圧付勢されている。軸115は左右に設けられていて、これにより回動部材107の向きを調節することができる。回動部材107の上部前側には上顎模型が取り付けられるので、その重量により
図9の反時計方向に回転する力が作用するが、軸115によってその回転が拘束され、上下傾斜角度が所定の角度に保たれる。一方、回動部材107には上下方向のロッド125が挿通されている。このロッド125は、外筒126と中軸127の二重構造となっており、中軸127は上下位置調節可能かつ軸回りに回転可能に支持されていて、その上部にはアーム130が軸131によって上下回動自在に取り付けられている。128は外筒126と中軸127を固定する螺子である。
【0049】
アーム130は長さ調節可能で、その自由端部には、円弧状の爪(オクルーザルカーブライナー)135が設けられている。爪135にはそれぞれ所定長さのアームがついていて、咬合器101のアーム130に取り付けると、その円弧に適した半径となるように設計されている。
【0050】
なお、長さの異なるアーム130(爪135付き)を複数組用意しておき、患者の体格や老化程度等に応じて適宜交換可能にするのが好ましい。
回動部材107の前方への張出部の前端部には、上顎支持部材140が設けられている。なお、上顎支持部材140の下面と下顎支持部材104の上面には、鉄片を埋め込んだ模型を吸着固定するためのマグネット145が取り付けられている。
【0051】
つぎに、この咬合器101とゼロモーメントアジャスター10を用いて、患者に義歯床を製作する方法を具体的に説明すると、概略つぎのようになる。
まず、公知の方法で床を製作する。床の製作方法は、まず、所定のトレイに印象剤を載せて患者の上下の歯茎の形状の印象をとる。この印象の上から石膏を流し込み、石膏模型を作製する。この石膏模型の上にレジン床を作り、ワックスでおおよその上下のワックスリム(歯槽堤またはロウ堤)を製作する。
【0052】
このワックスリム(ロウ堤)(図示せず)を患者の口腔内に入れて、実際に咬み合わせてもらい、上下顎のセントリックポジションを確定する。ワックスリムを咬んだ状態で上下のワックスリム(ロウ堤)をワックスで互いに接合一体化する。この状態で、頬粘膜とのなじみ具合や美観等を調製し、該ロウ堤をゼロモーメントアジャスター10に取り付ける。この取付けは、患者の口腔内にあるロウ堤の前面にワックスリム固定保持具(バイトフォーク)を押し当て、尖った先端部をワックスリムに挿入して固定し、固定手段15によって側部フレーム11a、11bとの角度を咬合トランスファのために一定に保つ。
【0053】
つぎに、ゼロモーメントアジャスター10を患者から取り外し、図示しないフェイスボウベース(台座)によって保持する。この台座には基枠11の側部フレーム11a、11bの下端部が嵌合する凹部(図示せず)が設けられているので、これら凹部に側部フレーム11a、11bの下端部を嵌合することにより、ゼロモーメントアジャスター10を起立状態で支持することができる。台座をテーブル面等の水平面上に載置しておくことにより、側部ベクトル軸を表す側部フレーム11a、11bが垂直状態に支持される。
【0054】
咬合器101に対するゼロモーメントアジャスター10のセットは、上記垂直状態に支持されているゼロモーメントアジャスター10の側部フレーム11a、11bの間に咬合器101を配置しゼロモーメントアジャスター10に支持されている上顎用ワックスリムを咬合器101の上顎支持部材140に接近させる。この場合、咬合器101のベクトル軸を表すロッド125は垂直であるから、基枠11の側部フレーム11a、11bを垂直に支持したゼロモーメントアジャスター10に示された基準点指示具19(ベクトル軸ポイント)と垂直線上に一致し、うまく適合する。そして、ワックスリムの上側に石膏を流し込んで固化させ、石膏模型とする。
【0055】
図11は、咬合器101に石膏模型100が取り付けられた状態を表す。この咬合器101は本発明のゼロモーメントアジャスター10に適応するように設計されているもので、咬合器101の形状は上記と若干異なっているが、基本的構造は上記と同じであり、同じ部分には同じ記号を付記している。
【0056】
一方、患者の下顎中切歯の切端が上顎中切歯の下側に接する点とN点との距離(患者の最大曲率半径)は、ゼロモーメントアジャスター10によって既に確定されているので、この距離に基づいて、咬合器101にセットされている上顎と下顎が一体化したワックスリム(ロウ堤)にアーム130の先端部の爪135で曲線を描く。この時、アーム130を支持するロッド125はその軸心回りに回転可能であり、かつアーム130は、軸131を中心に回動自在に支持されているので、軸131を中心として回動させることにより、ロウ堤に3次元の円弧を描くことができる。アーム130を支持する軸131の位置はN点に相当し、描かれた円弧は患者の咬合曲線(オクルーザルカーブ)を表す。アーム130は、自在継手を用いて3次元的に回動自在にロッド125に取り付けておくこともできる。
【0057】
なお、患者の頭蓋骨には個人差があるので、咬合器101におけるアーム130の長さ、爪135の形状・寸法(爪は複数種用意しておき、適宜交換するようにすれば便利である)、回動部材107の前後位置と上下傾斜角度、下顎支持部材104の前後位置、上顎支持部材140の前後位置等を適宜調節して、理想的な咬合を得る。
【0058】
描かれたオクルーザルカーブに沿って上下のロウ堤を正確に上下分割する。その後、当該ロウ堤に円弧に沿って義歯を取り付けて行く。具体的には、まず下顎のロウ堤上に上顎側の義歯列を載せて仮止めする。一方、上顎のロウ堤は湯で洗い流してレジン床を露出させておく。歯列とレジン床との隙間を咬合器101上でレジンを用いて仮止めする。その後、上顎だけを咬合器101から取り外し、そのまま隙間にレジンを流し込んで歯列を一体化する。
【0059】
つぎに、下顎の歯列を固定する。この固定は、上記上顎に合わせて歯列を配置し、固定すればよい。その手順は上記上顎の場合とほぼ同様である。このようにして床と義歯列とが一体化した義歯床が得られる。この義歯床に必要な研磨等の仕上げ処理を施して製品とする。
【0060】
ところで、本発明のゼロモーメントアジャスター10を使用すれば、従来のように、患者の側頭部セファロ規格写真を撮る必要はないが、場合によっては、セファロ規格写真を撮って参照してもよい。また、より簡便な方法としては、このようなセファロ規格写真を用いず、患者の口腔内から転写した上下の歯槽堤(ロウ堤)中切歯部位に上下左右4本の義歯を仮止めし、実際に患者に噛み締めてもらって、最も患者に適した状態に義歯の高さや角度を調節してもよい。
理想的な咬み合わせが得られたら、これら数本の義歯のコンタクトポイントと両顎関節頭前縁を通る患者に適したオクルーザルカーブを求めることができる。
【0061】
すなわち、患者の口腔内から転写した顎模型に基づいて、患者の顎に装着する義歯床の床部分を製作し、当該患者に適した複数の義歯を前記床部分上に作られた上顎堤体前歯部における当該患者の口腔内での審美的位置に固定することにより、これら複数の義歯に基づいて固有の曲率半径を決定する。そして、この曲率半径によって描かれた堤体面上の円弧のサイズに従い、義歯列を固定一体化することにより所望の義歯床を得ることができる。上記円弧の計測や曲率半径の決定には、上記咬合器101のアーム130と爪135を使用することができる。
【0062】
つぎに、上記義歯床の製作方法では、ロウ堤にオクルーザルカーブに沿って多数の義歯を取り付けなければならない。そのため、かなりの時間と熟練を要する煩雑な作業が必要である。この作業を簡略化することができれば、義歯床の製作ははるかに簡単となり、製作時間を大幅に短縮することができる。そこで、この簡略化を実現できる改良された製作方法について以下に説明する。
【0063】
この改良された方法は、種々の咬合曲線(オクルーザルカーブ)に沿って配列し床材の堤体に固定した義歯床用部品(歯列ユニット)170をあらかじめ製作しておく。
図12はこの義歯床用部品である歯列ユニット170を例示するもので、義歯Rをオクルーザルカーブに沿って堤体Sに固定したものである。この歯列ユニット170の義歯配列に使用されるオクルーザルカーブは患者の年齢や体格等により種々異なり、義歯自体の種類も多いので、患者が最適なものを選択できるためには、歯列ユニットの種類はできるだけ多い方がよい。しかしながら、種類をあまり多くすると、在庫が増えるとともに、管理の手間等が増えて不経済であるので、患者の咬合の変化に対応できる範囲でできるだけ少ない方が好ましい。用意しておく義歯床用部品としての歯列ユニットの種類は、数十種程度が好ましく、現実的には30〜50種類程度とするのが適当である。
【0064】
上記用意されている義歯床用部品(歯列ユニット)の中から、患者の好みを考慮して最適なものを選択する。そして、選択した歯列ユニットを前記患者の口腔から採取した模型に基づいて製作したプラツチック床180(
図12に示す)に取り付ける。この場合、上記複数種の歯列ユニットの中から選択した患者の咬合曲線に適した曲線を有する歯列ユニットを、その患者の側頭部レントゲン写真上における関節頭中央部の一点ないしそれより外耳道寄り2〜3mmの一点を通過する曲線と、患者の口腔内で決定された固有の歯弓面上に3次元的に交叉する線上に配置して、前記床部分に固定する。具体的な固定の手順は次のとおりである。まず、オクルーザルカーブに沿って上下に分割したロウ堤付きの模型を前記咬合器101にセットし、その下側の歯に合わせて上側の歯列ユニット170をセットする。
【0065】
つぎに、上顎のロウ堤のワックスを除去し、上側のプラスチック床180のみを残して、当該プラスチック床180と下顎側に載置している歯列ユニット170との間に歯科用の高品質即時重合樹脂を流し込んで重合させる。これにより、プラスチック床180と義歯列が一体化した
図13に示すような義歯床190が得られるのである。
【0066】
この簡略化された義歯床調製方法によれば、患者の口腔内の形状に基づいて製作したプラスチック床180にその都度義歯を植え付けてゆく作業が不要であるから、義歯床をきわめて能率的に製作することができる。また、用意されている歯列は、患者の咬合力のベクトルを考慮した咬合曲線に沿って義歯を植え付けたものであるから、ほぼ理想的な咬合が得られるのである。
【0067】
上記実施の形態に係るゼロモーメントアジャスター(咬合曲面測定器)10によれば、一方のフェイスボウ取付部12Aに着脱可能な固定手段15により、フェイスボウ13をフェイスボウ取付部12A、12Bに所定の取付角度、すなわち、マウスピース14を口腔内の咬合湾曲面上に位置させるように設計された角度、かつ患者固有の咬合高さ位置で固定することができる。したがって、マウスピース14を口腔内の咬合湾曲面上に簡単かつ精度良く位置させることができ、患者の咬合湾曲の計測を効率良く行うことができ、簡単かつ短時間で患者固有の理想的な咬合状態を再現することができ、咬合診断等の歯科治療の効率を高めることができる。
【0068】
また、ゼロモーメントアジャスター10によれば、固定手段15の装着部15aに設けられた複数の突起部15c及びフェイスボウ13の端部に設けられた突起部13dを、フェイスボウ取付部12Aの孔形成部12cに設けられた孔12bに装着することにより、フェイスボウ13をフェイスボウ取付部12A、12Bに所定の取付角度で、かつ患者固有の曲率半径(咬合高径)位置に簡単に装着することができ、患者固有の咬合湾曲と咬合高径をワンタッチ装着で簡単かつ高い精度で再現することができる。
【0069】
また、ゼロモーメントアジャスター10によれば、フェイスボウ13の一端部に固定された固定手段15によりフェイスボウ13をフェイスボウ取付部12Aに所定の取付角度で固定することができる。また、フェイスボウ13の側部フレーム13bに設けられた高さ指示具20により、フェイスボウ13の取り付け高さを精度良く調整することができ、フェイスボウ13をフェイスボウ取付部12A、12Bに所定の取付角度θ
3で、かつ患者固有の曲率半径(咬合高径)位置に簡単に装着することができ、患者固有の咬合湾曲と咬合高径をワンタッチ装着で簡単かつ高い精度で再現することができる。
【0070】
また、実施の形態に係るゼロモーメントアジャスター10を用いれば、各患者にとって最も好ましいと考えられる咬合が得られる義歯床をきわめて能率的に製作することができる。ゼロモーメントアジャスター10によれば、咬合状態を計測する時間の短時間化を図ることができ、診断や治療を短時間で終えることができ、また、一度の診断で、口腔内の問題点を正確に把握できるので、治療期間の短縮や通院回数の削減が可能となり、患者の負担を軽減することができる。また、同時に上顎歯弓の位置、サイズ、異型まで精査可能となり、咬合異常を視覚的に把握することができるため、「インレー」、「クラウンブリッジ」「デンチャー」、「インプラント」、「矯正」、「顎関節症」、及び「顎切断手術」などの様々な臨床ステージで高い治療効果を発揮することができる。
【0071】
また、咬合器101と合わせれば、患者固有の咬合湾曲を持った、理想的な補綴を製作することができる。また、寝た姿勢のままでの補綴処理が可能となり、寝たきり老人の入歯や障害者の治療に最適であり、QOLを劇的に向上させることが可能となる。
なお、以上の説明では主に樹脂製の義歯床について説明したが、金属製の義歯床の場合も同様の原理で製作することができることは言うまでもない。