(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6557199
(24)【登録日】2019年7月19日
(45)【発行日】2019年8月7日
(54)【発明の名称】乳酸菌用選択培地
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20190729BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20190729BHJP
C12Q 1/06 20060101ALN20190729BHJP
C12R 1/23 20060101ALN20190729BHJP
C12R 1/24 20060101ALN20190729BHJP
【FI】
C12N1/20 A
C12Q1/04
!C12Q1/06
C12R1:23
C12R1:24
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-186175(P2016-186175)
(22)【出願日】2016年9月23日
(65)【公開番号】特開2018-46802(P2018-46802A)
(43)【公開日】2018年3月29日
【審査請求日】2018年7月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006884
【氏名又は名称】株式会社ヤクルト本社
(74)【代理人】
【識別番号】100086689
【弁理士】
【氏名又は名称】松井 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100157772
【弁理士】
【氏名又は名称】宮尾 武孝
(72)【発明者】
【氏名】清水 健介
(72)【発明者】
【氏名】高田 敏彦
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 美紀子
(72)【発明者】
【氏名】久代 明
【審査官】
清野 千秋
(56)【参考文献】
【文献】
ISO,Milk products-Enumeration of presumptive Lactobacillus acidophilus on a selective medium-Colony-count technique at 37℃,ES ISO,2012年,20128
【文献】
J.S. Zhou et al.,Antibiotic susceptibility profiles of new probiotic Lactobacillus and Bifidobacterium strains,International Journal of Food Microbiology,2005年,Vol.98,p.211-217
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/20
C12Q 1/04
C12Q 1/06
C12R 1/23
C12R 1/24
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトバチルス・アシドフィラス、ラクトバチルス・アミロボラス、及びラクトバチルス・ブレビスからなる群から選ばれた1種又は2種以上のラクトバチルス属細菌を選択的に生育させる選択培地であって、基礎培地中に、シプロフロキサシン、クリンダマイシン、及びセファロチンを含有することを特徴とする選択培地。
【請求項2】
ラクトバチルス・アシドフィラスの選択培地として用いられる請求項1記載の選択培地。
【請求項3】
前記セファロチンの含有量が、前記基礎培地1Lあたり0.25mg以上1mg以下である請求項1又は2記載の選択培地。
【請求項4】
前記シプロフロキサシン、前記クリンダマイシン、及び前記セファロチンの含有量が、前記基礎培地1Lあたり、それぞれ、5mg以上20mg以下、0.05mg以上0.2mg以下、0.25mg以上1mg以下である請求項1〜3のいずれか1項に記載の選択培地。
【請求項5】
前記基礎培地が、MRS培地、LBS培地、及びBCP培地よりなる群から選ばれた1種である請求項1〜4のいずれか1項に記載の選択培地。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載された選択培地に、試料を接種して、培養した後、生育した細菌をラクトバチルス・アシドフィラス、ラクトバチルス・アミロボラス、及びラクトバチルス・ブレビスからなる群から選ばれた1種又は2種以上のラクトバチルス属細菌として検出することを特徴とするラクトバチルス属細菌の検出方法。
【請求項7】
前記試料が、食品又は医薬品から調製されたものである請求項6記載のラクトバチルス属細菌の検出方法。
【請求項8】
前記試料が、ヒト又は動物の糞便から調製されたものである請求項6記載のラクトバチルス属細菌の検出方法。
【請求項9】
前記ラクトバチルス属細菌の生菌数を測定する、請求項6〜8のいずれか1項に記載のラクトバチルス属細菌の検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸菌用の選択培地に関するものであり、より具体的には、特定の乳酸菌を選択的に生育させることができるようにした乳酸菌用の選択培地に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、健康志向の高まりのなか、乳酸菌飲料やヨーグルトなど、有用菌を生きたまま含みそれを日頃摂取するための、いわゆるプロバイオティクスに関わる商品が数多く出回っている。これらの商品においては、その品質の良し悪しをはかる1つの指標として、製品中に含まれる生菌数やその安定性、あるいは摂取したときにどれだけ生きたまま腸に届くかなどが重要視される場合がある。製品中に含まれる生菌数を測る方法としては、選択培地の技術が知られている。具体的には、選択培地からなる寒天平板培地上にサンプルを塗布して、生育可能な菌が形成するコロニーをカウントして生菌数を求める方法や、選択培地からなる液体培地に段階的に希釈したサンプルを添加し、所定条件で培養を行って、予め策定した最確数表に当てはめて生菌数を見積る方法(最確数法)などである。選択培地によると、比較的正確で且つ簡便に生菌数を測定することができるので、便利である。例えば、特許文献1には、ビフィドバクテリウム菌を検出するための選択培地が開示されている。また、特許文献2には、ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカスを検出するための選択培地が開示されている。
【0003】
一方、ラクトバチルス・アシドフィラスは、乳児の腸内に多くすみついている、ビフィズス菌とは別の通性嫌気性の乳酸菌として発見された。その後、乳児の腸内だけでなく、成人や動物の腸内や口腔、膣内にも幅広く存在していることが明らかとなっている。ラクトバチルス・アシドフィラスが整腸作用や感染予防などの有益な作用をもたらすという報告もあり、ラクトバチルス・アシドフィラスを含む乳酸菌飲料やヨーグルト、サプリメントなどの商品も数多い。
【0004】
従来、ラクトバチルス・アシドフィラスを検出するための選択培地としては、一般的な乳酸菌用の培地であるMRS培地に抗生剤であるシプロフロキサシンとクリンダマイシンとを添加して、その選択培地としている。例えば、乳製品中のラクトバチルス・アシドフィラスの生菌数を測定するIDF/ISO標準法として、10μg/mLシプロフロキサシン及び0.1μg/mLクリンダマイシンを添加したMRS寒天培地が知られている(非特許文献1)。この標準法によれば、乳酸菌以外の他種菌の生育を抑制することに加えて、更にラクトバチルス・ロイテリ(Lactobacillus reuteri)、ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)、ラクトバチルス・ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus)、ビフィドバクテリウム属細菌(Bifidobacterium)などの生育が抑制されることにより、ラクトバチルス・アシドフィラスを選択的に検出することが可能であると考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−28098号公報
【特許文献2】特開2007−28942号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「Milk products-Enumeration of presumptive Lactobacillus acidophilus -Colony count technique at 37℃」ISO (International Organization for Standardization)/DIS(Draft International Standard) 20128 | IDF (International Dairy Federation) 192. 2005.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、本発明者らの研究によると、ラクトバチルス・ジョンソニー(Lactobacillus johnsonii)、ラクトバチルス・ガセリ(Lactobacillus gasseri)、ラクトバチルス・クリスパータス(Lactobacillus crispatus)などの菌種については、従来の選択培地では、その生育を抑制できずに、これらは腸内細菌であるため、特に糞便由来の試料からラクトバチルス・アシドフィラスの生菌を検出しようとする場合に偽陽性の原因となるという問題があった。
【0008】
よって、本発明の目的は、より選択性が向上した、乳酸菌用選択培地を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため本発明者らが鋭意研究したところ、従来の選択培地に、抗生剤であるセファロチンを添加することにより、ラクトバチルス・アシドフィラス等のための選択性がより高められることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明の第1は、ラクトバチルス・アシドフィラス、ラクトバチルス・アミロボラス、及びラクトバチルス・ブレビスからなる群から選ばれた1種又は2種以上のラクトバチルス属細菌を選択的に生育させる選択培地であって、基礎培地中に、シプロフロキサシン、クリンダマイシン、及びセファロチンを含有することを特徴とする選択培地を提供するものである。
【0011】
本発明による選択培地は、ラクトバチルス・アシドフィラスの選択培地として用いられることが好ましい。
【0012】
また、本発明による選択培地においては、前記セファロチンの含有量が、前記基礎培地1Lあたり0.25mg以上1mg以下であることが好ましい。
【0013】
また、本発明による選択培地においては、前記シプロフロキサシン、前記クリンダマイシン、及び前記セファロチンの含有量が、前記基礎培地1Lあたり、それぞれ、5mg以上20mg以下、0.05mg以上0.2mg以下、0.25mg以上1mg以下であることが好ましい。
【0014】
また、本発明による選択培地においては、前記基礎培地が、MRS培地、LBS培地、及びBCP培地よりなる群から選ばれた1種であることが好ましい。
【0015】
一方、本発明の第2は、上記選択培地に、試料を接種して、培養した後、生育した細菌をラクトバチルス・アシドフィラス、ラクトバチルス・アミロボラス、及びラクトバチルス・ブレビスからなる群から選ばれた1種又は2種以上のラクトバチルス属細菌として検出することを特徴とするラクトバチルス属細菌の検出方法を提供するものである。
【0016】
本発明によるラクトバチルス属細菌の検出方法においては、前記試料が、食品又は医薬品から調製されたものであることが好ましい。
【0017】
また、本発明によるラクトバチルス属細菌の検出方法においては、前記試料が、ヒト又は動物の糞便から調製されたものであることが好ましい。
【0018】
また、本発明によるラクトバチルス属細菌の検出方法においては、前記ラクトバチルス属細菌の生菌数を測定するものであることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、乳酸菌用の選択培地にシプロフロキサシンとクリンダマイシンに加えて、更にセファロチンを用いたので、ラクトバチルス・アシドフィラス、ラクトバチルス・アミロボラス、及びラクトバチルス・ブレビスからなる群から選ばれた1種又は2種以上のラクトバチルス属細菌を、それらに近縁な菌種の生育を抑えつつ、より選択的に生育させることができる。これにより従来の方法に比べて偽陽性の出現が低減し、例えば糞便に由来する試料からであっても、より正確且つ簡便に、該ラクトバチルス属細菌の生菌数を測定することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明による選択培地は、ラクトバチルス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)、ラクトバチルス・アミロボラス(Lactobacillus amylovorus)、及びラクトバチルス・ブレビス(Lactobacillus brevis)からなる群から選ばれた1種又は2種以上のラクトバチルス属細菌を選択的に生育させるための選択培地である。ここで、「選択的」とは、上記目的とする菌以外の他の属種の微生物が何らまったく生育し得ないことを意味するわけではなく、上記目的とする菌が生育して繁殖するのに比べて、他の属種の微生物の繁殖が起こらないか、遅いか、不十分であること等により、任意所望の目的に応じて上記目的とする菌を他の属種の微生物から区別して検出することができる程度の選択性があればよい。例えば、後述の実施例に示されるように、上記目的とする菌が全体菌叢中に優占的に含まれているはっ酵乳製品やそれを摂取した糞便試料などから、他の乳酸菌や大腸菌等による偽陽性の問題によって測定不能になるようなことなく、おおむね上記目的とする菌のみを検出できればよく、そのような選択性が有れば十分に利用価値が高い。
【0021】
なお、本発明による選択培地は、上記の選択性により、ラクトバチルス・アシドフィラス、ラクトバチルス・アミロボラス、及びラクトバチルス・ブレビスからなる群から選ばれた1種又は2種以上のラクトバチルス属細菌の検出に、特に好適に用いられるが、その用途に限られるものではなく、上記ラクトバチルス属細菌の維持や保存用の培地としても使用可能である。
【0022】
本発明による選択培地は、上記目的とする菌への選択性を与えるために、基礎培地中に、シプロフロキサシン(ciprofloxacin)、クリンダマイシン(clindamycin)、及びセファロチン(cefalotin)を含有せしめる。この3剤を基礎培地中に含有せしめて、その培地で任意所望の試料を所定期間培養すると、もしその試料中に上記目的とする菌が生きて存在していればそれが増殖する一方、それ以外の微生物の増殖は起こらないか、不十分であるので、その培養期間の後には、目視でさえ、上記目的とする菌の存在を確認できるようになる。例えば、選択培地からなる寒天平板培地での培養により、生育可能な菌がコロニーを形成することなどにより確認できる。また、選択培地からなる液体培地での培養により、その培養液が澄んだ状態から生育可能な菌の繁殖により懸濁した状態になることなどにより確認できる。
【0023】
本発明による選択培地において、シプロフロキサシンの含有量は、本発明が目的とする菌の生育や選択性に影響を与えない範囲であればよく、特に制限はないが、その基礎培地1Lあたり1mg以上20mg以下であることが好ましく、5mg以上20mg以下であることがより好ましい。また、クリンダマイシンの含有量は、本発明が目的とする菌の生育や選択性に影響を与えない範囲であればよく、特に制限はないが、その基礎培地1Lあたり0.01mg以上0.2mg以下であることが好ましく、0.05mg以上0.2mg以下であることがより好ましい。また、セファロチンの含有量は、本発明が目的とする菌の生育や選択性に影響を与えない範囲であればよく、特に制限はないが、その基礎培地1Lあたり0.05mg以上1mg以下であることが好ましく、0.25mg以上1mg以下であることがより好ましい。これらの抗生剤をどのように基礎培地中に含有せしめるか、その調製の態様に特に制限はない。例えば、常法に従い、抗生剤は予め適当な溶媒で比較的高濃度に溶解させて、フィルター滅菌等して冷蔵や冷凍保存しておき、これを、別途オートクレーブ等で滅菌した基礎培地に、それほど高温でない状態で、無菌的に所望の最終濃度となるように添加混合する態様などが挙げられる。このような調製によれば、抗生剤の劣化が防がれるとともに、抗生剤をより均一な濃度で培地中に存在させることができる。なお、これら抗生剤は、本発明が目的とする菌の生育や選択性に影響を与えない範囲で、その許容される塩もしくは溶媒和物の形態で用いてもよいことは勿論である。
【0024】
本発明による選択培地に使用することができる基礎培地としては、一般にラクトバチルス属細菌の生育に適した培地組成の培地であればよく、特に制限はない。例えば、いわゆる乳酸菌用培地であるMRS培地、LBS培地、BCP培地などが挙げられる。以下にはその典型的な培地組成を挙げる。なお、これら培地は、本発明が目的とする菌の生育や選択性に影響を与えない範囲で、その組成成分ごとに減量や増量をしたり、一部の組成成分を除去したり、他の成分の追加をしたりなど、許容される改変を施して用いてもよいことは勿論である。
【0025】
(MRS培地)
ペプトン加水分解物 10g
ビーフエキス 10g
酵母エキス 5g
ブドウ糖 20g
ポリソルベート80 1g
クエン酸アンモニウム 2g
酢酸ナトリウム 5g
硫酸マグネシウム 0.1g
硫酸マンガン 0.05g
リン酸二カリウム 2g
水 1000mL
(寒天培地の場合、アガー15gを更に添加する)
【0026】
(LBS培地)
カゼインパンクレアチン分解物 10g
酵母エキス 5g
リン酸一カリウム 6g
クエン酸アンモニウム 2g
ブドウ糖 20g
ポリソルベート80 1g
酢酸ナトリウム三水和物 25g
硫酸マグネシウム 0.575g
硫酸マンガン 0.12g
硫酸第一鉄 0.034g
酢酸 1.32mL
水 1000mL
(寒天培地の場合、アガー15gを更に添加する)
【0027】
(BCP培地)
酵母エキス 2.5g
ペプトン 5g
ブドウ糖 1g
ポリソルベート80 1g
L−システイン 0.1g
ブロムクレゾールパープル 0.06g
水 1000mL
(寒天培地の場合、アガー15gを更に添加する)
【0028】
一方、本発明によるラクトバチルス属細菌の検出方法は、上記に説明した選択培地を用いて、試料中に含まれているラクトバチルス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)、ラクトバチルス・アミロボラス(Lactobacillus amylovorus)、及びラクトバチルス・ブレビス(Lactobacillus brevis)からなる群から選ばれた1種又は2種以上のラクトバチルス属細菌を検出するための検出方法である。一般に、ラクトバチルス属細菌等の微生物が試料中に存在していても、その存在量が他の成分より圧倒的に少ないか、あるいは他の成分が検知のじゃまをして、その存在をにわかには認識し得ない。そこで、上記に説明した選択培地の選択性を利用する。すなわち、上述したように、試料を選択培地に接種して、所定期間培養すると、もしその試料中に上記目的とする菌が生きて存在していればそれが増殖する一方、それ以外の微生物の増殖は起こらないか、不十分であるので、その培養期間の後には、目視でさえ、上記目的とする菌の存在を確認できるようになる。なお、本発明において「検出」とは、試料中の上記ラクトバチルス属細菌の存在を確認したり、菌数を測定したりする意味だけでなく、試料中に上記ラクトバチルス属細菌が存在しないことを確認したり、存在しても微量であることを確認したりすることをも含む意味である。
【0029】
培養は、一般的な微生物の培養方法に準じて行うことができる。すなわち、選択培地の形態としては、例えば、寒天平板培地や液体培地などが挙げられる。選択培地への試料の接種や培養条件についても、特にその態様に制限はなく、試料を必要に応じて適宜希釈したうえ、寒天平板培地であれば、寒天培地の100質量部に対して、およそ0.25〜0.5質量部の試料液として寒天平板培地上に塗布したり、液体培地であれば、液体培地の100質量部に対して、およそ0.1〜1質量部の試料液として液体培地中に添加して混合したりすればよい。培養は、好気条件で行ってもよく、嫌気条件で行ってもよい。培養時の温度も任意に設定すればよいが、乳酸菌の生育に適した温度、例えば、36〜38℃であることが好ましい。
【0030】
本発明によるラクトバチルス属細菌の検出方法は、食品や医薬品に含まれている上記ラクトバチルス属細菌を検出する方法として、特に好適である。すなわち、その検出により、有用菌を生きたまま含む製品としての品質を直接確認することができる。ここで、食品とはヒトの食事のためのものだけでなく、栄養補助を目的としたサプリメントや健康食品、特定の保健的機能を目的とした特定保健用食品や機能性表示食品なども含む意味である。あるいは動物の食餌や健康維持のための飼料、ペットフードなども含む意味である。あるいは、それら食品に添加することが目的とされた添加物素材なども含む意味である。一方、医薬品とはヒトの疾患や疾病の診断、治療、予防のためのものだけでなく、動物用のものも含む意味である。また、それら医薬品に添加することが目的とされた添加物素材なども含む意味である。この場合、選択培地に接種するための試料の形態としては、食品又は医薬品の一部を採取してそのまま試料としたり、食品又は医薬品の形状が液体状やペースト状等である場合には、その一部を採取してそれを水等の溶媒で希釈して更にその一部を試料としたり、食品又は医薬品の形状が固形状や粉末状等である場合には、その一部を採取してそれを水等の溶媒に懸濁して更にその一部を試料とする方法等が挙げられるが、その他の形態でもよく、特に制限はない。
【0031】
本発明によるラクトバチルス属細菌の検出方法は、ヒト又は動物の糞便に含まれている上記ラクトバチルス属細菌を検出する方法として、特に好適である。すなわち、その検出により、有用菌を生きたまま含む製品をヒト又は動物が摂取したとき、どれだけその有用菌が生きたまま腸に届いているかを直接確認することができる。この場合、選択培地に接種するための試料の形態としては、ヒト又は動物の糞便の一部を採取してそのまま試料としたり、それを水等の溶媒に懸濁して更にその一部を試料とする方法等が挙げられるが、その他の形態でもよく、特に制限はない。
【0032】
本発明によるラクトバチルス属細菌の検出方法は、試料中に含まれている上記ラクトバチルス属細菌の生菌数を測定する方法として、特に好適である。具体的には、例えば、上述したように、選択培地からなる寒天平板培地上に、試料を適宜希釈したうえで、塗布して、所定期間培養すると、生育可能な菌がその寒天平板培地の表面にコロニーを形成するので、そのコロニーをカウントし、コロニー数、塗布液量および希釈倍率から換算して、もとの試料に含まれている生菌数を求めることができる。あるいは、選択培地からなる液体培地に、段階的に希釈した試料を添加し、所定条件で培養を行って、予め策定した最確数表に当てはめて生菌数を見積る方法(最確数法)などを利用して、生菌数を求めることができる。
【実施例】
【0033】
以下実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0034】
[試験例1]
ラクトバチルス・アシドフィラスとしてL. acidophilus YIT 0198株を準備し、抗生剤(シプロフロキサシン、クリンダマイシン、及びセファロチンの3剤併用)に対する耐性を調べた。
【0035】
そのための基礎培地としてはMRS培地を使用し、IDF/ISO標準法(非特許文献1参照)に準じて、抗生剤としてシプロフロキサシンとクリンダマイシンを所定濃度で添加し、これに更に抗生剤としてセファロチンを添加して寒天平板培地を作製した。具体的には、MRS培地原料(「Lactobacilli MRS broth」 、日本ベクトン・ディッキンソン社製)55gに、寒天(「Bacto agar」 、日本ベクトン・ディッキンソン社製)15gと純水(ミリQ水)992mLを加えて、121℃15分間のオートクレーブ滅菌し、恒温槽で45℃まで冷却後、これにシプロフロキサシン(シグマ アルドリッチ ジャパン社製)を10μg/mLの濃度となるように添加し、クリンダマイシン(シグマ アルドリッチ ジャパン社製)を0.1μg/mLの濃度になるように添加し、さらに0、0.25、0.5、1、2、又は4μg/mLの濃度になるようにセファロチン(シグマ アルドリッチ ジャパン社製)を添加して、抗生剤を各濃度で含有するMRS寒天平板培地を作製した。このMRS寒天平板培地に、上記菌株をMRS液体培地を用いて好気条件下で1〜2日間事前に培養した菌液(事前培養液)を、PBSで適宜希釈後、それぞれの希釈液を50μlずつ塗布し、好気条件下で3〜4日間の培養を行った。寒天培地上に出現したコロニー数を30〜300の範囲で計数し、コロニー数、塗布液量および希釈倍率から前記事前培養液1mLあたりの菌数を算出した。試験は各抗生剤濃度について寒天平板培地を3枚ずつ用いて行い、その測定菌数の平均値を求めた。なお、菌数は対数値で表した。結果を表1に示す。
【0036】
【表1】
【0037】
その結果、抗生剤としてシプロフロキサシンを10μg/mLの濃度で添加し、クリンダマイシンを0.1μg/mLの濃度で添加しただけでは、ラクトバチルス・アシドフィラス(L. acidophilus YIT 0198株)の生育を抑制する効果はみられなかった。更に、抗生剤としてセファロチンを追加した場合も、その濃度が0.25又は0.5μg/mLである場合には、生育を抑制する効果がみられなかった。これに対して、抗生剤として上記濃度のシプロフロキサシン及びクリンダマイシンに加えて、更にセファロチンを2μg/mL以上の濃度でMRS培地に添加すると、顕著に生育を抑制した。この結果から、MRS培地にシプロフロキサシンを10μg/mLの濃度で、クリンダマイシンを0.1μg/mLの濃度で、セファロチンを0.5μg/mLの濃度で、これら3剤を併用することで、ラクトバチルス・アシドフィラスに近縁の菌種については、その生育が抑えられることが予測される一方で、ラクトバチルス・アシドフィラスの生育は阻害されずに、ラクトバチルス・アシドフィラスの選択培地として、より選択性が向上することが示唆された。
【0038】
[試験例2]
シプロフロキサシン、クリンダマイシン、及びセファロチンの3剤を併用することで、ラクトバチルス・アシドフィラスの選択培地として、より選択性が向上するかを検証した。なお、以下、これら3剤を併用した抗生剤含有MRS培地のことを「MRS−CCC」で表す場合がある。
【0039】
具体的には、ラクトバチルス・アシドフィラスを含めL. gasseri サブグループに分類される12菌種、それ以外のLactobacillus属9菌種、及びStreptococcus属1菌種の、合計22菌種、43株を準備し、試験例1と同様にして、抗生剤(シプロフロキサシン、クリンダマイシン、及びセファロチンの3剤併用)に対する耐性を調べた。抗生剤の濃度は、試験例1の結果から、シプロフロキサシン10μg/mL、クリンダマイシン0.1μg/mL、セファロチン0.5μg/mLを採用し、これら3剤を併用して抗生剤含有MRS寒天平板培地を作製し、試験に用いた。一方、抗生剤を添加しないMRS寒天平板培地を用いて対照とし、対照の培地を使用したときの菌数に対する、MRS−CCC培地を使用したときの菌数の割合を生育率とした。そして、生育率が1/1000以下の場合は、抗生剤に対して耐性なしと評価し(表中「×」で示す。)、それ以外を耐性有りと評価した(表中「○」で示す。)。結果を表2に示す。
【0040】
【表2】
【0041】
その結果、L. acidophilus YIT 0198株では、対照の培地を使用したときの菌数と、MRS−CCC培地を使用したときの菌数とに差異がなく、試験例1の結果同様、抗生剤が生育を阻害していないことが確認された。ラクトバチルス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)の他の菌株については、対照培地に対する生育率が1/10以上であるものが3菌株あり、1/10〜1/100の範囲内であるのが2菌株あった。
【0042】
また、ラクトバチルス・アミロボラス(Lactobacillus amylovorus)については、対照培地に対する生育率が1/10以上であるものが2菌株あり、ラクトバチルス・ブレビス(Lactobacillus brevis)については、対照培地に対する生育率が1/10以上であるものが4菌株あった。
【0043】
一方、ラクトバチルス・クリスパータス(Lactobacillus crispatus)については、2菌株がいずれも検出下限値未満であり、ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii ss bulgaricus)については、2菌株がいずれも検出下限値未満であり、ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・デルブルッキー(Lactobacillus delbrueckii ss delbrueckii)については、2菌株がいずれも検出下限値未満であり、ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ラクティス(Lactobacillus delbrueckii ss lactis)については、2菌株がいずれも検出下限値未満であり、ラクトバチルス・ガセリ(Lactobacillus gasseri)については、3菌株がいずれも対照培地に対する生育率が1/1000未満であり、ラクトバチルス・ハムステリ(Lactobacillus hamsteri)については、1菌株で検出下限値未満であり、ラクトバチルス・ヘルベティカス(Lactobacillus helveticus)については、2菌株のうち1つが検出下限値未満であり、1つが対照培地に対する生育率が1/1000未満であり、ラクトバチルス・インテスティナリス(Lactobacillus intestinalis)については、1菌株で検出下限値未満であり、ラクトバチルス・ジェンセニー(Lactobacillus jensenii)については、2菌株がいずれも検出下限値未満であり、ラクトバチルス・ジョンソニー(Lactobacillus johnsonii)については、2菌株がいずれも検出下限値未満であり、ラクトバチルス・ロイテリ(Lactobacillus reuteri)については、2菌株がいずれも検出下限値未満であり、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)については、1菌株で検出下限値未満であり、ラクトバチルス・ラムノーサス(Lactobacillus rhamnosus)については、2菌株がいずれも検出下限値未満であり、ラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)については、1菌株で検出下限値未満であり、ラクトバチルス・フルクティボランス(Lactobacillus fructivorans)については、1菌株で検出下限値未満であり、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)については、1菌株で検出下限値未満であり、ラクトバチルス・ルミニス(Lactobacillus ruminis)については、1菌株で検出下限値未満であり、ラクトバチルス・サケイ・サブスピーシーズ・サケイ(Lactobacillus sakei ss sakei)については、1菌株で検出下限値未満であり、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)については、2菌株がいずれも検出下限値未満であった。
【0044】
以上から、このMRS−CCC培地によれば、ラクトバチルス・アシドフィラスに近縁な菌種についてその生育が抑えられることにより、ラクトバチルス・アシドフィラスのより選択的な検出が可能であることが明らかとなった。特に、腸内細菌として知られている、ラクトバチルス・ジョンソニー(Lactobacillus johnsonii)、ラクトバチルス・ガセリ(Lactobacillus gasseri)、及びラクトバチルス・クリスパータス(Lactobacillus crispatus)などの菌種について生育が抑えられるので、例えば、糞便由来の試料からラクトバチルス・アシドフィラスを検出しようとする場合に、偽陽性の問題が少なくなり、好適に使用可能であることが明らかとなった。
【0045】
また、ラクトバチルス・アシドフィラス以外にも、ラクトバチルス・アミロボラスやラクトバチルス・ブレビスの選択培地としても使用可能であることが明らかとなった。
【0046】
[試験例3]
ヒト糞便に混在させたラクトバチルス・アシドフィラスをMRS−CCC培地により有効に検出可能かどうか、以下のようにして検証した。
【0047】
糞便試料として、健康成人3名(A、B、及びC)の新鮮排泄便を嫌気輸送培地(以下に培地組成を示す)が6mL入ったガラスチューブに採取し、十分にホモジナイズした後、10倍希釈になるように嫌気輸送培地を加えた。この糞便希釈液9容に対して、L. acidophilus YIT 0198株の最終菌数がそれぞれおよそ10
7、10
6、10
5、10
4、10
3個/mLになるように1容ずつ添加した。PBSで適宜希釈後、50μLの希釈液をMRS−CCC培地の寒天平板培地の3枚ずつ(培地1、培地2、培地3)に塗布し、好気あるいは嫌気条件下で3日間培養を行った。寒天培地上に出現するコロニーの数、塗布液量および希釈倍率から、前記糞便希釈液1mLあたりの菌数を算出した。なお、測定の対照として、糞便を含まない嫌気輸送培地9容に対して、L. acidophilus YIT 0198株の最終菌数がそれぞれおよそ10
7、10
6、10
5、10
4、10
3個/mLになるように1容ずつ添加し、PBSで適宜希釈後、その50μLの希釈液をMRS寒天平板培地の3枚ずつに塗布し、好気条件下で3日間培養を行った。そして、これにより出現したコロニーの数、塗布液量および希釈倍率から算出された菌数を対照とした。結果を表3に示す。
【0048】
(嫌気輸送培地)
Salt Solution I* 18.8mL
Salt Solution II** 18.8mL
0.1% レサズリン 0.25mL
Lab lemco powder 2.5g
L-システイン 0.125g
グリセロール 25mL
(全量を水で250mLにする。)
*Salt Solution I : KH
2PO
4 0.3%、NaCl 0.6%、(NH
4)
2SO
4 0.3%、CaCl
2 0.03%、MgSO
4 0.03%
**Salt Solution II: K
2HPO
4 0.3%
【0049】
【表3】
【0050】
その結果、MRS−CCC培地での測定によるいずれの菌数も、糞便を混在させない菌希釈液をMRS寒天平板培地に塗布して、L. acidophilus YIT 0198株の菌数を測定した対照の菌数と同等であり、ヒト糞便に混在させたラクトバチルス・アシドフィラスをMRS−CCC培地により有効に検出できることが明らかとなった。なお、測定後に回収されたコロニーのいくつかをランダムに採取し、RAPD法による菌株識別を行ったところ、いずれもL. acidophilus YIT 0198株であることが確認された。
【0051】
[試験例4]
ラクトバチルス・アシドフィラスを含有する製品を摂取したヒトの糞便からラクトバチルス・アシドフィラスをMRS−CCC培地により有効に検出可能かどうか、以下のようにして検証した。
【0052】
ラクトバチルス・アシドフィラスを含有する製品としては、L. acidophilus YIT 0198株を生菌として10
7個/mL以上の濃度で含有するはっ酵乳製品(「ミルミル」、ヤクルト本社製)を用いた。被試験期間は、2週間の飲用前観察期、2週間の飲用期、そして1週間の飲用後観察期の合計5週間とし、被験者には1日に1本(100mL)ずつを原則として朝食後に飲用してもらい、1週間ごとに1回ずつの合計5回の採便を依頼した。
【0053】
糞便試料の調製と、MRS−CCC培地を用いた菌数測定は、試験例3と同様にして行い、好気条件下で3日間培養後に寒天培地上に出現するコロニーの数、塗布液量、希釈倍率および採取した糞便重量から、前記糞便試料1gあたりの菌数を算出した。結果を表4に示す。
【0054】
【表4】
【0055】
その結果、飲用前観察期と飲用後観察期の糞便試料からは、いずれも菌が有意に検出されなかった一方、飲用期1週目(試験開始から3週目)の糞便試料からは、平均6.49±0.92(Log
10cfu/g糞便)の濃度で、飲用期2週目(試験開始から4週目)の糞便試料からは、平均6.32±1.00(Log
10cfu/g糞便)の濃度でラクトバチルス・アシドフィラスの生菌を検出することができた。よって、L. acidophilus YIT 0198株を含有するはっ酵乳製品を摂取したヒトの糞便からラクトバチルス・アシドフィラスをMRS−CCC培地により有効に検出できると考えられた。なお、測定後に回収されたコロニーのいくつかをランダムに採取し、RAPD法による菌株識別を行ったところ、いずれもL. acidophilus YIT 0198株であることが確認された。