(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ピストンリング基材の少なくとも外周摺動面上に形成された硬質炭素膜を有し、前記硬質炭素膜は、複数の層からなる積層膜であって、前記ピストンリング基材側から、積層ピッチが3nm以上50nm以下の範囲内の下層と、積層ピッチが前記下層よりも小さい中間層と、積層ピッチが前記下層と同じ範囲内であり且つ前記中間層よりも大きい上層とを有し、前記中間層の積層ピッチが、前記上層及び前記下層の積層ピッチよりも小さく且つ0.1nm以上5nm以下の範囲内である、ことを特徴とするピストンリング。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明に係るピストンリング及びその製造方法について、図面を参照しつつ説明する。本発明は、その技術的特徴を有する限り、以下の実施形態に限定されない。
【0020】
本発明に係るピストンリング10は、
図1〜
図3に示すように、ピストンリング基材1の少なくとも外周摺動面11の上に形成された硬質炭素膜50を有している。そして、その硬質炭素膜50が、複数の層からなる積層膜であり、ピストンリング基材1の側から、積層ピッチが3nm以上50nm以下の範囲内の下層3と、積層ピッチが前記下層よりも小さい中間層4と、積層ピッチが下層3と同じ範囲内であり且つ中間層4よりも大きい上層5とを有する。こうした硬質炭素膜50を備えることにより、高い密着性と高い耐摩耗性を有している。
【0021】
この硬質炭素膜50においては、TEM−EELSスペクトルで測定されたsp
2成分比が35%以上80%以下の範囲内であり、水素含有量が0.1原子%以上5原子%以下の範囲内であることが望ましい。さらには、表面に表れるマクロパーティクル量が面積割合で0.1%以上10%以下の範囲内であることが、耐摩耗性の観点から特に望ましい。
【0022】
以下、ピストンリング及びその製造方法の構成要素について詳しく説明する。
【0023】
<ピストンリング基材>
ピストンリング基材1としては、ピストンリング10の基材として用いられている各種のものを挙げることができ、特に限定されない。例えば、各種の鋼材、ステンレス鋼材、鋳物材、鋳鋼材等を適用することができる。これらのうち、マルテンサイト系ステンレス鋼、ばね鋼(SUP9材、SUP10材)、シリコンクロム鋼(SWOSC−V材)等を挙げることができる。
【0024】
ピストンリング基材1には、予め窒化処理を施して窒化層(図示しない)が形成されていてもよい。または、予めCr−N系、Cr−B−N系、Cr−B−V−N系、Cr−B−V−Ti−N系、Ti−N系等の耐摩耗性皮膜(図示しない)を形成してもよい。なかでも、Cr−N系、Cr−B−N系、Cr−B−V−N系、Ti−N系等の耐摩耗性皮膜を形成することが好ましい。なお、本発明に係るピストンリング10は、窒化処理やCr系又はTi系の耐摩耗性皮膜を設けなくても優れた耐摩耗性を示すので、窒化処理やCr系又はTi系の耐摩耗性皮膜の形成は必須の構成ではない。
【0025】
ピストンリング基材1には、必要に応じて前処理を行ってもよい。前処理としては、表面研磨して表面粗さを調整することが好ましい。表面粗さの調整は、例えばピストンリング基材1の表面をダイヤモンド砥粒でラッピング加工して表面研磨する方法等で行うことが好ましい。表面粗さの調整によって、ピストンリング基材1の表面粗さをJIS B 0601(2001)、ISO 4287:1997における算術平均粗さRaで0.02μm以上、0.07μm以下の好ましい範囲内に調整することができる。このように調整したピストンリング基材1は、後述する下層3を形成する前の前処理として、又は、下層3を形成する前に予め設ける下地膜2の前処理として、好ましく適用することができる。
【0026】
<下地膜>
ピストンリング基材1には、
図3に示すように、チタン又はクロム等の下地膜2が設けられていてもよい。下地膜2は、必ずしも設けられていなくてもよく、その形成は任意である。チタン又はクロム等の下地膜2は、各種の成膜手段で形成することができる。例えば、チタン又はクロム等の下地膜2は、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法等の成膜手段を適用することができる。下地膜2の厚さは特に限定されないが、0.05μm以上、2μm以下の範囲内であることが好ましい。なお、下地膜2は、ピストンリング10がシリンダライナー(図示しない)に接触して摺動する外周摺動面11に少なくとも形成されることが好ましい。しかし、その他の面、例えばピストンリング10の上面12、下面13及び内周面14のいずれかの1又は2以上の面に形成されていてもよいし、全ての面に形成されていてもよい。
【0027】
下地膜2の形成は、例えば、ピストンリング基材1をチャンバ内にセットし、チャンバ内を真空にした後、予熱やイオンクリーニング等を施して不活性ガスを導入し、真空蒸着法やイオンプレーティング法等の手段によって行うことができる。
【0028】
この下地膜2は、
図3に示すように、ピストンリング基材1の上に直接形成されていてもよい。下地膜2の上には、後述する下層3が形成されていることが望ましい。下地膜2は、ピストンリング基材1と、下層3(下層3、中間層4及び上層5からなる硬質炭素膜50)との密着性を向上させ、その下地膜2の上に下層3を形成することによって、その下層3を低速成膜する場合の核形成や核成長をより一層抑制することができる。その結果、その下層3の上に中間層4と上層5を成膜した後において、その上層5を表面凹凸の小さい平滑な膜として形成できる。
【0029】
<硬質炭素膜>
硬質炭素膜50は、
図1〜
図3に示すように、複数の層からなる積層膜である。硬質炭素膜50は、積層ピッチが3nm以上50nm以下の範囲内の下層3と、積層ピッチがその下層3よりも小さい中間層4と、積層ピッチがその下層3と同じ範囲内であり且つ中間層4よりも大きい上層5とを有している。なお、硬質炭素膜50及びそれを構成する下層3、中間層4、上層5は、アモルファス炭素膜と呼ばれることもある。以下、下層3、中間層4、上層5の順に説明する。
【0030】
(下層)
下層3は、ピストンリング基材1の上に設けられている。具体的には、下層3は、ピストンリング10がシリンダライナー(図示しない)に接触して摺動する側のピストンリング基材面(外周摺動面側)に少なくとも形成される。しかし、その他の面、例えばピストンリング10の上面12、下面13及び内周面14の1又は2以上の面又は全ての面に任意に形成できる。
【0031】
下層3は、
図1及び
図2に示すように、ピストンリング基材1の上に直接設けられていてもよいし、上述した窒化処理後の表面や耐摩耗性皮膜の上に設けられていてもよいし、
図3に示すように、上述したチタン膜等の下地膜2の上に設けられていてもよい。なお、その下層3の上には、後述する中間層4と上層5とがその順で、他の膜を介在させないで直接設けられていることが好ましい。
【0032】
下層3は積層膜であり、1層あたりの厚さは極めて薄く、後述する上層5と同様、積層ピッチで3nm以上、50nm以下の範囲内である。すなわち、1層あたりの厚さが3nm以上、50nm以下の範囲内である。極めて小さい積層ピッチで積層した下層3の上に、後述する中間層4と上層5とが成膜されることにより、優れた密着性と優れた耐摩耗性を実現することができる。積層ピッチ(1層あたり厚さ)は、透過型電子顕微鏡(TEM)で測定することができる。
【0033】
下層3の合計厚さは、0.1μm以上0.6μm以下の範囲内であることが好ましい。上記した積層ピッチ(3nm以上50nm以下)で積層された下層3をこの合計厚さの範囲内で成膜することにより、ピストンリング基材1に対する密着膜として好ましく作用させることができる。合計厚さが0.1μm未満では、薄すぎて密着膜として不十分である場合がある。合計厚さが0.6μmを超えても、密着膜としての作用が特段高まりにくく、いわゆる飽和状態となることがある。
【0034】
下層3のsp
2成分比は、詳しくは上層5の欄で説明するが、上層5のsp
2成分比よりも小さく、下層3のsp
3成分比は、上層5のsp
3成分比よりも大きいことが望ましい。下層3と上層5のsp
2成分比やsp
3成分比をこうした関係にすることにより、高い密着性と優れた耐摩耗性を実現することができる。
【0035】
下層3は、硬質炭素膜50を構成する他の中間層4や上層5の成分と同じ硬質炭素膜である。下層3は、カーボンターゲットを用いた真空アーク放電によるイオンプレーティング法等の成膜手段で形成することができる。例えば真空アーク放電によるイオンプレーティング法(以下、「アークイオンプレーティング法」という。)で下層3を成膜する場合、具体的には、ピストンリング基材1、又は予め耐摩耗性皮膜や下地膜2等が設けられたピストンリング基材1をチャンバ内にセットし、そのチャンバ内を真空にした後、カーボンターゲットからカーボンプラズマを放出させて成膜することができる。
【0036】
下層3は、上層5の成膜条件と比べて、成膜速度を低下させるように制御して形成することが望ましい。すなわち、下層3は、上層5に比べて、低速成膜条件で成膜することが望ましい。成膜条件を低下させる方法としては、アークイオンプレーティング法において、アーク電流やバイアス電圧を下げる手段を挙げることができる。例えば、アーク電流を40A〜100Aの範囲内で上層5のアーク電流よりも小さくしたり、パルスバイアス電圧を−2000V〜−100Vの範囲内で上層5のバイアス電圧よりも小さくしたりして成膜することが好ましい。こうした成膜条件で下層3を成膜することにより、下層3と上層5のsp
2成分比やsp
3成分比を上記関係にすることができ、高い密着性と優れた耐摩耗性を実現することができる。
【0037】
アーク電流を低下させる場合は、上層5の形成時のアーク電流値の80%以下のアーク電流値にすることが好ましい。このときのアーク電流値は、上層5の形成時のアーク電流値の50%を下限とすることが好ましい。また、バイアス電圧を低下させる場合は、上層5の形成時のバイアス電圧の10%以下のバイアス電圧にすることが好ましい。このときのバイアス電圧は、上層5の形成時のバイアス電圧の5%を下限とすることが好ましい。
【0038】
さらに、前記した成膜条件で下層3を形成することにより、ピストンリング基材1の上に下層3を成膜しないで上層5や中間層4を成膜する場合に起こり易い急激なアーク電流の増加による密着不良を抑制することができるという利点もある。また、低速成膜条件である小さいアーク電流や小さいバイアス電圧での下層3の成膜は、核形成を抑制できるとともに核成長も抑制でき、マクロパーティクルが増加するのを抑えることができるという利点もある。マクロパーティクルの増加の抑制は、後述する上層5を、下層3の影響を受けない表面凹凸の小さい平滑な膜として形成することができる。その結果、耐摩耗性を向上させることができる。
【0039】
下層3の硬度は、ビッカース硬度で2000HV0.05〜4000HV0.05程度の範囲内になっている。なお、下層3は極めて薄く、それ自体のビッカース硬度測定は困難であるので、同じ成膜条件で5μm程度に厚く形成した場合のビッカース硬度(JIS B 7725、ISO 6507)で評価した。その測定は、ビッカース硬さ試験機(株式会社フューチュアテック製)等を用いて測定することができる。「HV0.05」は、50gf荷重時のビッカース硬度を示すことを意味している。また、この下層3の硬さをナノインデンテーション法で測定したとき、そのインデンテーション硬さH
IT(15mN荷重)で、20GPa以上、45GPa以下の範囲内になっている。ナノインデンテーション法での測定は、例えば、株式会社エリオニクス製のナノインデンテーションを用いて測定することができる。
【0040】
(中間層)
中間層4は、
図1〜
図3に示すように、下層3と上層5との間に他の層を介さないで直接設けられている。中間層4も、下層3と同様の積層膜であり、1層あたりの厚さは下層3及び上層5よりもさらに薄く、積層ピッチが下層3よりも小さい0.1nm以上、5nm以下の範囲内である。すなわち、1層あたりの厚さが0.1nm以上、5nm以下の範囲内である。極めて小さい積層ピッチで積層した中間層4が、下層3と上層5との間に設けられていることにより、ピストンリング基材1の界面に成膜される下層3への応力集中を緩和することができ、上層5と下層3との密着性を格段に高めることができ、優れた耐摩耗性を実現することができる。積層ピッチ(1層あたり厚さ)は、透過型電子顕微鏡(TEM)で測定することができる。
【0041】
中間層4の合計厚さは、下層3の合計厚さよりも厚く且つ上層5の合計厚さよりも薄く設けられることが好ましい。中間層4の合計厚さは、0.2μm以上1.6μm以下の範囲内であることが好ましい。中間層4は、ピストンリング基材1の界面に成膜される下層3に集中する応力を緩和するように作用する。その中間層4を成膜するにあたって、積層ピッチは下層3及び上層5よりも小さくし、合計厚さは下層3よりも厚くし且つ上記合計厚さの範囲内(0.2μm以上1.6μm以下)とすることにより、ピストンリング基材1の界面に成膜される下層3への応力集中を緩和することができる。合計厚さが0.2μm未満では、薄すぎて、下層3への応力集中の緩和が十分でなく、十分な密着性とすることができない場合がある。合計厚さが1.6μmを超えても、下層3への応力集中の緩和効果が特段高まりにくく、いわゆる飽和状態となることがある。
【0042】
中間層4も、上記した下層3と同じ硬質炭素膜であり、前記した下層3の場合と同様のカーボンターゲットを用いた真空アーク放電によるイオンプレーティング法等の成膜手段で形成することができる。中間層4は、下層3と上層5の中間的な成膜条件で形成することが好ましい。中間的な条件の一例としては、下層3の成膜条件(例えばバイアス電圧等)と上層5の成膜条件(例えばバイアス電圧等)とを交互に適用して積層膜とすることが好ましい。例えば、下層3は、上層5よりもバイアス電圧を下げたりアーク電流値を下げたりして成膜速度を下げて成膜される。そのため、中間層4の成膜条件は、下層3の成膜する際の例えば低いバイアス電圧と、上層5を成膜する際の例えば高いバイアス電圧とを交互に印加して成膜することが好ましい。
【0043】
中間層4は、下層3の成膜条件と上層5の成膜条件との中間的な成膜条件であれば、成膜条件を徐々に変化させた傾斜性の成膜条件であってもよい。その結果、中間層4を、下層3と上層5との中間的な傾斜膜としてもよい。
【0044】
中間層4は、下層3及び上層5よりも積層ピッチがかなり小さいので、印加するパルスバイアス電圧印加時間は下層3及び上層5に比べて小さい。その結果、1層あたりの積層ピッチが上記範囲内の中間層4を成膜することができる。
【0045】
中間層4の硬度は、ビッカース硬度で1500HV0.05〜2500HV0.05程度の範囲内になっている。なお、下層3の場合と同様、中間層4は薄すぎ、それ自体のビッカース硬度測定は困難であるので、同じ成膜条件で5μm程度に厚く形成した場合のビッカース硬度(JIS B 7725、ISO 6507)で評価した。この中間層4の硬さを上記同様のナノインデンテーション法で測定したとき、そのインデンテーション硬さH
IT(15mN荷重)で、15GPa以上、25GPa以下の範囲内になっている。
【0046】
(上層)
上層5は、
図1〜
図3に示すように、中間層4上に他の層を介さないで直接設けられている。上層5も、下層3や中間層4と同様の積層膜である。上層5の1層あたりの厚さは下層3の場合と同様、積層ピッチが下層3と同じ範囲内であり且つ中間層4よりも大きい。具体的には、上層5の層あたりの厚さは、3nm以上、50nm以下の範囲内である。極めて小さい積層ピッチで積層した上層5が、上述した下層3と中間層4の上に設けられることにより、この上層5を含む硬質炭素膜50(下層3、中間層4及び上層5)は優れた密着性と優れた耐摩耗性を実現することができる。積層ピッチ(1層あたり厚さ)は、透過型電子顕微鏡(TEM)で測定することができる。
【0047】
上層5の合計厚さは、0.4μm以上20μm以下の範囲内であることが好ましい。上層5は、下層3及び中間層4よりも表面側に設けられるので、合計厚さは下層3及び中間層4よりも厚く形成されることが望ましい。硬質炭素膜5の最表面である上層5が摩耗する際に、応力はピストンリング基材1の界面に成膜される下層3に応力が集中する。しかし、本発明では、上層5の下に、下層3への応力集中を緩和する中間層4が上記積層ピッチと上記合計厚さで形成されているので、ピストンリング基材1の界面に成膜される下層3への応力集中を緩和することができ、硬質炭素膜50の密着性を高めることができる。なお、上層5の合計厚さが0.4μm未満では、薄すぎて、耐摩耗性膜としては不十分な厚さである。一方、上層5の合計厚さが20μmを超えると、成膜時間が増してコストアップとなり、また、そこまで厚くすることは要請されない場合が多い。
【0048】
上層5のsp
2成分比は、下層3のsp
2成分比よりも大きく、上層5のsp
3成分比は、下層3のsp
3成分比よりも小さいことが望ましい。上層5をこうしたsp
2成分比やsp
3成分比とすることにより、高い密着性と優れた耐摩耗性を実現することができる。
【0049】
なお、硬質炭素膜は、グラファイトに代表される炭素結合sp
2結合と、ダイヤモンドに代表される炭素結合sp
3結合とが混在する膜である。sp
2成分比とは、硬質炭素膜のグラファイト成分(sp
2)及びダイヤモンド成分(sp
3)に対するグラファイト成分(sp
2)の成分比(sp
2/(sp
2+sp
3))を示すものである。硬質炭素膜は、透過型電子顕微鏡(TEM)に電子エネルギー損失分光法(EELS)を組み合わせたTEM−EELSにより測定することができる。こうした共有結合割合は、EELS分析装置(Gatan製、Model863GIF Tridiem)によって測定することができる。この測定は以下の手順で行うことができる。
【0050】
(1)EELS分析装置によってEELSスペクトルを測定する。測定されたEELSスペクトルに対し、ピーク前を一次関数でフィットさせ、ピーク後を三次関数でフィットさせ、ピーク強度を規格化する。(2)その後、ダイヤモンドのデータとグラファイトのデータと照らし合わせ、ピークの開始位置を揃えてエネルギー校正を行う。(3)校正済みのデータに対し、280eV〜310eVの範囲内の面積を求める。(4)280eV〜295eVの範囲で2つのピーク(一つはsp
2のピークであり、もう一つはCHやアモルファスのピークである。)に分離し、285eV付近のピーク面積を求める。(5)上記(3)の280eV〜310eVの範囲内の面積と、上記(4)の285eV付近のピーク面積をとる。この面積比について、グラファイトを100とし、ダイヤモンドを0とし、相対値からsp
2成分比を求める。こうして求められた値を、sp
2成分比としている。なお、硬質炭素膜のsp
2成分比については、膜の厚さ方向に等間隔で複数点を測定ポイントとして求め、評価する。その測定ポイントの数は特に限定されないが、後述の実施例に示すように10点であってもよい。本願において、複数の測定ポイントで得た「sp
2成分比」については、膜の平均値で表している。
【0051】
本発明においては、上層5、中間層4及び下層3のいずれも、sp
2成分比が35%以上80%以下の範囲内であることが好ましい。sp
2成分比が35%未満では、ダイヤモンド成分(sp
3)が主になるため、膜質は、緻密であるが靱性が低く、硬質炭素膜の形成としては好ましくない。sp
2成分比が80%を超えると、グラファイト成分(sp
2)が主になるため、硬質炭素膜の形成が困難になり、好ましくない。
【0052】
さらに、本発明においては、上層5、中間層4及び下層3のいずれのsp
2成分比も上記範囲内であるが、その範囲内において、上層5のsp
2成分比は、下層3のsp
2成分比よりも大きい。その結果、相対的に、上層5のsp
3成分比は、下層3のsp
3成分比よりも小さくなる。本発明では、下記の成膜条件で上層5と下層3を成膜することにより、上層5と下層3をこうしたsp
2成分比やsp
3成分比の関係にすることができる。その結果、高い密着性と優れた耐摩耗性を実現することができる。
【0053】
上層5は、上記した下層3や中間層4と同じ硬質炭素膜であり、前記同様のカーボンターゲットを用いた真空アーク放電によるイオンプレーティング法等の成膜手段で形成することができる。上層5は、積層ピッチは下層と同程度であるが、上層5は、下層3の成膜条件と比べて、成膜速度を高くするように制御して形成することが望ましい。すなわち、上層5は、下層3に比べて、高い成膜速度条件で成膜することが望ましい。成膜条件を高くする方法としては、アークイオンプレーティング法において、アーク電流やバイアス電圧を上げる手段を挙げることができる。例えば、アーク電流を40A〜100Aの範囲内で下層3のアーク電流よりも大きくしたり、パルスバイアス電圧を−2000V〜−100Vの範囲内で下層3のバイアス電圧よりも大きくしたりして成膜することが好ましい。こうした成膜条件で上層5を成膜することにより、上層5と下層3とのsp
2成分比やsp
3成分比を上記関係にすることができ、高い密着性と優れた耐摩耗性を実現することができる。なお、上層5のアーク電流値と下層3のアーク電流値との関係は、前記した下層3の欄で説明したとおりであるのでここではその説明を省略する。
【0054】
一例としては、上層5は、2種以上の異なるバイアス電圧をパルス状に交互に加えて成膜することが好ましい。例えば、1)所定の高バイアス電圧をON/OFFしてパルス状に印加してもよいし、2)所定の低バイアス電圧と所定の高バイアス電圧とをパルス状に交互に印加してもよいし、3)所定の低バイアス電圧と漸増バイアス電圧とをパルス状に交互にパルスバイアス電圧として印加してもよいし、4)2種以上の異なるバイアス電圧をパルス状に交互に印加してもよい。なお、この1)〜4)に限定されず、他の例を適用してもよい。なお、積層膜の厚さは、パルスバイアス電圧の繰り返し数が設定される。
【0055】
この上層5を含む硬質炭素膜50(上記した下層3と中間層4も含む。)は、実質的に水素を含有させない成膜条件で成膜される。その結果、上層5、中間層4及び下層3のいずれも、水素を0.1原子%以上、5原子%以下の範囲内で含んでいる。したがって、この硬質炭素膜50は、炭素の他には、僅かな水素だけを含んでいる。硬質炭素膜50の形成は、カーボンターゲットを用い、成膜原料に水素原子を含まないアークイオンプレーティング法で好ましく成膜できる。その結果、硬質炭素膜50は、その中に水素成分を含まないか、実質的に含まない。実質的に含まないとは、下層3や硬質炭素膜50に含まれる水素含有量が5原子%以下であることを意味している。
【0056】
また、上層5は、前記した成膜条件で形成した下層3と中間層4の上に設けられることにより、上層5を、下層3の影響を受けない表面凹凸の小さい平滑な膜として形成することができる。上層5の表面に表れるマクロパーティクル量は、面積割合で0.1%以上10%以下の範囲内である。その結果、耐摩耗性と初期なじみ性を優れたものとすることができる。マクロパーティクル量が面積割合で10%を超えると、表面の凹凸が大きくなり、優れた耐摩耗性を実現することができないことがある。一方、マクロパーティクル量が面積割合で0.1%未満の場合は、優れた耐摩耗性を実現することができる。しかし、成膜自体が難しいことがあり、製造管理とコスト面でやや難点がある。なお、
図4は、マクロパーティクルを示す実施例1の上層の表面写真である。
【0057】
マクロパーティクル量の面積割合は、レーザーテック株式会社製の共焦点顕微鏡(OPTELICS H1200)を用いて画像解析を行って得ることができる。具体的には、ピストンリング外周を撮影し(対物レンズ100倍、モノクロコンフォーカル画像)、自動二値化を実施して行った。閾値決定法は、判別分析法で行い、研磨キズ等を除外するように調整を行った上で二値化された画像から面積率を抽出した。マクロパーティクルの面積割合は、皮膜の任意の箇所を5点測定し、その平均値とした。
【0058】
上層5の硬度は、ビッカース硬度で1000HV0.05〜2000HV0.05程度の範囲内になっている。なお、下層3や中間層4の場合と同様、上層5も薄く、それ自体のビッカース硬度測定は困難であるので、同じ成膜条件で5μm程度に厚く形成した場合のビッカース硬度(JIS B 7725、ISO 6507)で評価した。この上層5の硬さを上記同様のナノインデンテーション法で測定したとき、そのインデンテーション硬さH
IT(15mN荷重)で、10GPa以上、20GPa以下の範囲内になっている。
【0059】
硬質炭素膜50を設けたピストンリング10では、温度が加わって当たりが強くなる合い口部の皮膜剥離を無くすことができる点で特に好ましい。
【0060】
以上説明したように、本発明に係るピストンリング10は、硬質炭素膜50が下層3、中間層4及び上層5で構成されているので、高い密着性と高い耐摩耗性を実現できる。なお、下層3、中間層4及び上層5からなる硬質炭素膜50全体の合計厚さは、0.7μm以上、22.2μm以下の範囲内であることが好ましい。硬質炭素膜50の合計厚さは、0.7μm以上、1.3μm未満の範囲内の比較的薄い範囲としてもよいし、1.3μm以上、22.2μm以下の範囲内の比較的厚い範囲としてもよい。硬質炭素膜50の合計厚さが薄くても密着性と耐摩耗性を向上させることができるが、その厚さが厚いと、その効果がさらに持続するという利点がある。
【実施例】
【0061】
以下に、本発明に係るピストンリングについて、実施例と比較例と従来例を挙げてさらに詳しく説明する。
【0062】
[実施例1]
C:0.55質量%、Si:1.35質量%、Mn:0.65質量%、Cr:0.70質量%、Cu:0.03質量%、P:0.02質量%、S:0.02質量%、残部:鉄及び不可避不純物からなるJIS規格でSWOSC−V材相当のピストンリング基材1を使用した。このピストンリング基材1上に、30μmのCr−N皮膜(耐摩耗性皮膜)をイオンプレーティング法にて成膜した。ラッピング研磨により表面粗さを調整し、その後、下地膜2として厚さ0.08μmのチタン膜をイオンプレーティング法にて不活性ガス(Ar)を導入して形成した。
【0063】
下地膜2の上に、アモルファス炭素膜からなる下層3を成膜した。成膜は、カーボンターゲットを設置したアークイオンプレーティング装置を用い、1.0×10
−3Pa以下の高真空チャンバ内で、アーク電流90A、パルスバイアス電圧−130V(ONタイム:50秒)と0V(OFFタイム:0.5秒以下)とを繰り返し、積層ピッチ(1層あたりの厚さ)が10nmで、合計厚さが0.4μmになるまで形成した。
図5(C)は、下層3の断面TEM像であり、約10nmの積層ピッチで1層あたりが成膜されていることが確認できる。
【0064】
その下層3の上に、アモルファス炭素膜からなる中間層4を成膜した。成膜は、前記同様のアークイオンプレーティング装置を用い、カーボンターゲットを使用し、1.0×10
−3Pa以下の高真空チャンバ内で、アーク電流120A、パルスバイアス電圧を−130Vと−1800Vとを1秒毎に交互に切り換えて、積層ピッチ(1層あたりの厚さ)が0.2nmで、合計厚さが1.2μmになるまで形成した。
図5(B)は、中間層4の断面TEM像であり、他の層よりも細かい積層ピッチで1層あたりが成膜されていることが確認できる。
【0065】
その中間層4の上に、アモルファス炭素膜からなる上層5を成膜した。成膜は、前記同様のアークイオンプレーティング装置を用い、1.0×10
−3Pa以下の高真空チャンバ内で、アーク電流120A、パルスバイアス電圧−1800V(ONタイム:50秒)と0V(OFFタイム:0.5秒以下)とを繰り返し、積層ピッチ(1層あたりの厚さ)が30nmで、合計厚さが3.2μmになるまで形成した。
図5(A)は、上層5の断面TEM像であり、約30nmの積層ピッチで1層あたりが成膜されていることが確認できる。
【0066】
下層3、中間層4及び上層5からなる硬質炭素膜50の合計厚さは4.8μmであった。硬質炭素膜50の水素含有量は、RBS/HFS法での測定結果で0.5原子%であった。このRBS/HFS法は、ラザフォード後方散乱分光法(Rutherford Backscattering Spectrometry:RBS)、水素前方散乱分析法(Hydrogen Forward scattering Spectrometry:HFS)の略である。sp
2成分比を、上層5(分析点1〜8)と中間層4(分析点9〜11)の膜の厚さ方向について測定し、その平均値を求めた。その結果、上層5のsp
2成分比は59.7%であり、中間層4のsp
2成分比は52.7%であった。下層3(分析点12)のsp
2成分比は39%であり、上層5のsp
2成分比は下層3のsp
2成分比よりも大きかった。また、上層5の表面に表れるマクロパーティクル面積率は1.7%であった。
図4は、マクロパーティクルを示す上層5の表面写真である。上層5のビッカース硬度は、5μmの厚さに成膜して評価し、その結果、1294HV0.05であった。測定は、ビッカース硬さ試験機(株式会社フューチュアテック製)を用いた。株式会社エリオニクス製のナノインデンテーションを用いて測定したときの上層5のインデンテーション硬さH
IT(15mN荷重)は、14GPaであった。
【0067】
[参考例1]
実施例1と同様に、ピストンリング基材1上にCr−N皮膜(耐摩耗性皮膜)とチタン膜(下地膜)とを成膜した。その上に、アモルファス炭素膜からなる下層3を成膜した。その成膜は、実施例1と同様のアークイオンプレーティング装置を用い、1.0×10
−3Pa以下の高真空チャンバ内で、アーク電流90A、パルスバイアス電圧−130V(ONタイム:50秒)と0V(OFFタイム:0.5秒以下)とを繰り返し、積層ピッチ(1層あたりの厚さ)が10nmで、合計厚さが0.1μmになるまで形成した。
【0068】
その下層3の上に、中間層4を設けないで、アモルファス炭素膜からなる上層5を成膜した。成膜は、前記同様のアークイオンプレーティング装置を用い、1.0×10
−3Pa以下の高真空チャンバ内で、アーク電流120A、パルスバイアス電圧−1800V(ONタイム:1秒)と0V(OFFタイム:0.5秒以下)とを繰り返し、積層ピッチ(1層あたりの厚さ)が0.2nmで、合計厚さが1.4μmになるまで形成した。
【0069】
下層3及び上層5からなる硬質炭素膜の合計厚さは1.5μmであった。硬質炭素膜の水素含有量は、RBS/HFS法での測定結果で0.3原子%であった。また、sp
2成分比を、上層5と下層3について、膜の厚さ方向に等間隔の10箇所についての測定し、その平均値を求めた。その結果、上層5のsp
2成分比は64%であり、下層3のsp
2成分比は41%であり、上層5のsp
2成分比は下層3のsp
2成分比よりも大きかった。また、上層5のビッカース硬度HVは、5μmの厚さに成膜して実施例1と同様にして評価し、その結果、1497HV0.05であった。上層5のインデンテーション硬さH
IT(15mN荷重)も実施例1と同様にして評価し、16GPaであった。なお、この参考例1では、平均粒径0.25μmのダイヤモンド粒子を含むスラリーでの強制摩耗用の試験試料も準備した。その試験試料として、硬質炭素膜を構成する下層3を0.4μmとし、上層5を4.0μmとして、合計厚さ4.4μmの硬質炭素膜を形成した。
【0070】
[参考例2]
実施例1と同様に、ピストンリング基材1上にCr−N皮膜(耐摩耗性皮膜)とチタン膜(下地膜)とを成膜した。その上に、アモルファス炭素膜からなる硬質炭素下地膜を成膜した。その成膜は、実施例1と同様のアークイオンプレーティング装置を用い、1.0×10
−3Pa以下の高真空チャンバ内で、アーク電流90A、パルスバイアス電圧−130Vにて12分の条件で厚さ0.2μmになるように形成した。
【0071】
その硬質炭素下地膜上に、同じアークイオンプレーティング装置を用い、積層ピッチが0.2nmの積層膜からなる単一の硬質炭素膜を成膜した。この成膜は、アーク電流120Aとし、所定の低バイアス電圧と所定の高バイアス電圧とをパルス状に交互に印加して行った。具体的には、条件A:−140Vの低バイアス電圧と−220Vの高バイアス電圧を各1秒ずつ(計1000秒)と条件B:−150Vの低バイアス電圧と−1800Vの高バイアス電圧を各1秒ずつ(計350秒)とをAとBの順で1サイクルとしてのパルス状に加えて成膜した。なお、最終的には、条件Aと条件Bを14サイクル成膜した。
【0072】
硬質炭素下地膜及び硬質炭素膜の合計厚さは3.5μmであった。硬質炭素膜の水素含有量は、RBS/HFS法での測定結果で0.3原子%であった。また、実施例1と同様、硬質炭素膜のビッカース硬度HVは、5μmの厚さに成膜して評価し、1710HV0.05であり、また、硬質炭素膜のインデンテーション硬さH
IT(15mN荷重)は、18.5GPaであった。
【0073】
[sp
2成分比の測定]
sp
2成分比は以下の(1)〜(5)の手順で算出した。(1)EELS分析装置(Gatan製、Model863GIF Tridiem)によってEELSスペクトルを測定する。測定されたEELSスペクトルに対し、ピーク前を一次関数でフィットさせ、ピーク後を三次関数でフィットさせ、ピーク強度を規格化する。(2)その後、ダイヤモンドのデータとグラファイトのデータと照らし合わせ、ピークの開始位置を揃えてエネルギー校正を行う。(3)校正済みのデータに対し、280eV〜310eVの範囲内の面積を求める。(4)280eV〜295eVの範囲で2つのピーク(一つはsp
2のピークであり、もう一つはCHやアモルファスのピークである。)に分離し、285eV付近のピーク面積を求める。(5)上記(3)の280eV〜310eVの範囲内の面積と、上記(4)の285eV付近のピーク面積との面積比をとる。この面積比について、グラファイトを100とし、ダイヤモンドを0とし、相対値からsp
2成分比を求める。こうして求められた値を、sp
2成分比とした。実施例1で得られた硬質炭素膜50について、の厚さ方向に等間隔で10箇所分析した。その結果を表1に示した。なお、表1には、グラファイトとダイヤモンドのsp
2成分比についても併記した。
【0074】
【表1】
【0075】
[摩擦摩耗試験(SRV試験)]
リング直径φ80mmのピストンリング基材1(JIS規格のSWOSC−V材相当材、実施例1材料)の表面(外周摺動面11)に、実施例1と参考例1,2と同様にして、Cr−N皮膜(耐摩耗性皮膜)、チタン膜(下地膜2)、下層3、硬質炭素膜50を順に成膜した。得られた試料を、
図6に示す態様で摩擦摩耗試験(SRV試験/Schwingungs Reihungund und Verschleiss)を行い、摩滅の有無を観察した。
【0076】
試験条件は以下のとおりである。ピストンリングを長さ20mmに切り出して摺動側試験片(ピン型試験片)20として使用した。相手側試験片(ディスク型試験片)21としては、JIS G4805に高炭素クロム軸受鋼鋼材として規定されるSUJ2鋼から、直径24mmで長さ7.9mm(硬さHRC62以上)の試験片を切り出して使用し、下記条件によるSRV試験を実施した。なお、
図6中の符号Yは摺動方向を示し、その摺動方向の摺動幅を3mmとした。
【0077】
・試験装置:SRV試験装置(
図6参照)
・荷重:500N
・周波数:50Hz
・試験温度:80℃
・摺動幅:3mm
・潤滑油:5W−30,125mL/hr
・試験時間:10分、60分、120分
【0078】
図7は、SRV試験結果を示す写真である。
図7(A)は、実施例1の試料を用いた500Nで10分の試験結果である。
図7(B)は、実施例1の試料を用いた500Nで60分の試験結果である。
図7(C)は、実施例1の試料を用いた500Nで600分の試験結果である。
図7(D)は、参考例1の試料を用いた500Nで10分の試験結果である。
図7(E)は、参考例2の試料を用いた500Nで10分の試験結果である。
図7(F)は、参考例2の試料を用いた500Nで60分の試験結果である。
図7(G)は、後述する比較例1の試料を用いた500Nで110分の試験結果である。実施例1の試料では、500Nで600分の試験でも摩滅が進行せず、格段に優れた耐摩耗性を示した。一方、参考例1の試料では、500Nで10分の試験で剥離が生じた。また、参考例2の試料では、500Nで10分の試験で摩滅が生じていなかったが、500Nで60分の試験では剥離がなかったが摩滅が生じた。また、比較例1の試料では、500Nで110分の試験で摩滅が生じていた。
【0079】
図8は、
図6に示すSRV試験において、平均粒径0.25μmのダイヤモンド粒子を含むスラリーで強制摩耗させたときの結果を示す写真である。
図8(A)は、実施例1の試料を用いた20Nで3分の試験結果である。
図8(B)は、参考例1の試料を用いた20Nで3分の試験結果である。実施例1の試料では、膨れも剥離もなく、優れた耐摩耗性を示した。参考例1は、
図8(B)の写真に示すとおり、中央白色部(耐摩耗性皮膜)と灰色部(下層3と上層5からなる硬質炭素膜)との境目近傍には、硬質炭素膜の剥離が見られた。
【0080】
なお、実施例1での硬質炭素膜のビッカース硬度が1294HV0.05であったのに対し、参考例1での硬質炭素膜のビッカース硬度は1497HV0.05であった。参考例2での硬質炭素膜のビッカース硬度は1710HV0.05であった。実施例1での硬質炭素膜は、参考例1,2に比べて硬さが低下しているが、密着性と耐摩耗性は優れていたことから、靱性が向上しているものと考えられる。
【0081】
[実施例2〜8及び比較例1〜3]
実施例1において、硬質炭素膜50を構成する下層3、中間層4及び上層5の積層ピッチと合計厚さを表2及び表3に示すように変更した。積層ピッチと合計厚さ以外は、実施例1と同様にした。なお、下層3と上層5の積層ピッチの変更は、パルスバイアス電圧のONタイムの増減により調整し、下層3と上層5の合計厚さの変更は、印加するパルスバイアス電圧の繰り返し回数により調整した。また、中間層4の積層ピッチの変更は、バイアス電圧の値とパルスバイアス電圧のONタイム時間の増減により調整し、中間層4の合計厚さの変更は、印加するパルスバイアス電圧の繰り返し回数により調整した。なお、表2には、実施例1の積層ピッチと合計厚さも併せて示した。
【0082】
摩擦摩耗試験(SRV試験)についても、実施例1と同様に、500Nでの摩耗試験と、平均粒径0.25μmのダイヤモンド粒子を含むスラリーで強制摩耗試験を行い、それぞれの結果を表2及び表3に併せて示した。表中のSRV試験結果において、表2中の500Nでの時間は摩滅しない時間であり、表3中の括弧内は摩滅した時間である。また、強制摩耗結果において、Aは剥離なしの場合であり、Bは剥離ありの場合である。なお、実施例2〜8及び比較例1〜3で成膜した硬質炭素膜50(下層3、中間層4、上層5)は、基本的な成膜条件は実施例1と同じにしたので、水素含有量、sp
2成分比、ビッカース硬度、インデンテーション硬さは、実施例1と同じ又はほぼ同じであったことを申し添える。
【0083】
【表2】
【0084】
【表3】