(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記身体駆動手段は、機械的に患者の身体を動かす機械的な身体駆動手段、または電気的に患者の身体を動かす電気的な身体駆動手段である、請求項1に記載のリハビリテーション用装置。
前記錯覚刺激は、前記リハビリ対象部位を模した仮想部位が所定の運動を行っている映像を、そのリハビリ対象部位に重なる位置に表示して患者に見せることによる視覚刺激である、請求項1または請求項2に記載のリハビリテーション用装置。
前記錯覚刺激は、前記リハビリ対象部位を振動させるか、または前記リハビリ対象部位の皮膚を刺激することによる感覚刺激である、請求項1または請求項2に記載のリハビリテーション用装置。
前記錯覚刺激によって前記自己運動錯覚を誘起させる前に、自己の身体が自己のものであるとの自己身体所有感を誘起させるための刺激を付与する自己身体所有感誘起手段を有している、請求項1から請求項4のいずれかに記載のリハビリテーション用装置。
前記制御信号出力部は、前記錯覚刺激が付与されてから所定の時間内に前記特徴的な生体信号が検出されたとき、前記制御信号を出力する、請求項1から請求項5のいずれかに記載のリハビリテーション用装置。
前記制御信号出力部は、前記特徴的生体信号検出部によって前記特徴的な生体信号が検出されたときに、前記身体駆動手段および/または前記脳刺激手段への前記制御信号の代わりに、または前記身体駆動手段および/または前記脳刺激手段への前記制御信号と合わせて、前記リハビリ対象部位を模した仮想部位を駆動する仮想部位駆動手段を制御するための制御信号を出力する、請求項1から請求項6のいずれかに記載のリハビリテーション用装置。
請求項1から請求項7のいずれかに記載のリハビリテーション用装置と、前記自己運動錯覚を誘起させる自己運動錯覚誘起手段と、前記身体駆動手段および/または前記脳刺激手段と、を有するリハビリテーションシステム。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本願発明者は、鋭意研究の結果、患者が実際には運動しておらず安静にしている状態であっても、所定の刺激を付与することによって、あたかも自己の身体(リハビリ対象部位)が運動しているかのような感覚を知覚させられることを見出した。本発明において、上記のような現実に反した運動感覚の知覚を自己運動錯覚という。
【0019】
また、本願発明者は、鋭意研究の結果、上記の自己運動錯覚を誘起させると、現実に運動を実施するときに必要とされる脳活動に近い活動が得られることを見出した。このため、自己運動錯覚を用いることで、脳の運動野が活性化し、上述した異常半球間抑制が改善されると予測した。また、当該異常半球間抑制の改善によって自発的な運動の発現が促され、片麻痺患者等の運動機能を回復するのに有効であると推測し、本発明を完成させるに至った。
【0020】
以下、本発明に係るリハビリテーション用装置、これを備えたリハビリテーションシステム、リハビリテーション用プログラムおよびリハビリテーション方法の一実施形態について図面を用いて説明する。
【0021】
図1に示すように、本実施形態のリハビリテーションシステム1は、主として、自己運動錯覚誘起手段2と、生体信号採取手段3と、身体駆動手段4と、脳刺激手段5と、仮想部位駆動手段8と、本実施形態のリハビリテーション用装置10とから構成されている。以下、各構成について説明する。
【0022】
自己運動錯覚誘起手段2は、患者に所定の錯覚刺激を付与することにより、自己の身体(リハビリ対象部位)が運動しているとの自己運動錯覚を誘起させるものである。本実施形態において、自己運動錯覚誘起手段2により付与される錯覚刺激としては、主として、視覚刺激と感覚刺激とがある。
【0023】
錯覚刺激として視覚刺激を付与する場合、自己運動錯覚誘起手段2は、
図2に示すように、液晶ディスプレイやヘッドマウントディスプレイ等の表示装置21や、この表示装置21に視覚刺激用映像を入力するパーソナルコンピュータ等の映像再生装置22等により構成される。また、表示装置21と映像再生装置22が一体的に構成されたタブレットタイプの携帯端末等を利用することも可能である。また、視覚刺激用映像としては、リハビリ対象部位を模した仮想部位が所定の運動を行っている映像が用いられる。
【0024】
そして、
図2に示すように、患者のリハビリ対象部位に仮想部位を重なる位置に表示して患者に見せることにより、あたかも自己の身体が正に自己のものであるという感覚(いわゆる自己身体所有感)が誘起され、かつ、当該重ねた状態で視覚刺激用映像を表示することにより患者に自己運動錯覚が誘起される。なお、視覚刺激用映像は、患者自身のリハビリ対象部位を映像化することが好ましいが、これに限定されるものではなく、その患者のリハビリ対象部位と同様の色彩や形状等を模したものであれば、他人の映像やコンピュータグラフィクス等の映像でもよい。また、映像再生装置22は、リハビリテーション用装置10によって兼用させてもよく、リハビリテーション用装置10とは別体でもよい。
【0025】
錯覚刺激として感覚刺激を付与する場合、自己運動錯覚誘起手段2は、バイブレータ等の振動装置23によって構成される。そして、リハビリ対象部位が例えば手首の場合、
図3に示すように、振動装置23を手首の腱に当てた状態で振動させることにより筋紡錘が発火し、自己運動錯覚が誘起される。
【0026】
また、自己運動錯覚誘起手段2は、リハビリ対象部位の皮膚を刺激することにより感覚刺激を付与し、自己運動錯覚を誘起してもよい。具体的には、リハビリ対象部位の近傍にテープでワイヤを貼り付け、当該ワイヤを引っ張って皮膚をストレッチさせることが考えられる。あるいは、回転可能な円盤上に掌を載置し、当該円盤を所定方向に回転させることによっても感覚刺激を付与しうる。
【0027】
生体信号採取手段3は、脳波信号や脳血流等の脳活動、または筋肉の活動電位や関節の動き等の筋活動等を示す生体信号を採取するものである。本実施形態において、脳波信号を採取する生体信号採取手段3としては、頭皮上に配置されて脳活動に伴って生じた電位変化を捉える電極や、この電極で採取された脳波信号を周波数解析し周波数成分ごとの信号強度データとして出力する脳波計等により構成される。また、脳血流を採取する生体信号採取手段3としては、近赤外分光血流計等が用いられる。
【0028】
また、筋肉の活動電位を採取する生体信号採取手段3としては、筋電計等が用いられる。この筋電計は、リハビリ対象部位の運動に関わる筋肉の活動電位を計測するとともに、当該活動電位信号を周波数解析し、周波数成分ごとの信号強度データとして出力するようになっている。さらに、関節の動きを採取する生体信号採取手段3としては、加速度センサや角度センサの他、モーションキャプチャから画像処理によって、関節が動いた際の加速度や角度を算出するようにしてもよい。
【0029】
身体駆動手段4は、患者の身体(リハビリ対象部位)を強制的に動かして運動させるものである。本実施形態において、身体駆動手段4は、機械的に患者の身体を動かす場合と、電気的に患者の身体を動かす場合とが例示される。機械的な身体駆動手段4としては、リハビリ対象部位に装着されてアクチュエータ等によって駆動され、身体を強制的に動かすパワーアシスト装置等が挙げられる。一方、電気的な身体駆動手段4としては、リハビリ対象部位に貼付された電極に低周波のパルス電流を流して筋肉を収縮させ、身体を強制的に動かす電気刺激装置等が挙げられる。
【0030】
脳刺激手段5は、非侵襲的に患者の脳に刺激を与えて脳の可塑性を誘起するものである。本実施形態において、脳刺激手段5が脳に刺激を与える方法としては、経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation:TMS)と、経頭蓋直流電気刺激(transcranial Direct Current Stimulation:tDCS)とが例示される。
【0031】
経頭蓋磁気刺激は、刺激コイルに素早いパルス電流を流すことで、刺激コイルの直下に磁場を誘起し、電磁誘導を通じて脳内に渦電流を誘起する方法である。刺激コイルを一次運動野(M1)上に設置することにより、平行に走行する皮質細胞を刺激し、いくつかのシナプスを介して錐体路細胞を興奮させる。このように経頭蓋磁気刺激は、非侵襲的に大脳皮質や半球間回路に対して刺激を与えられるため、治療的介入効果が期待されている。
【0032】
また、経頭蓋直流電気刺激は、経頭蓋磁気刺激と同様、非侵襲的かつ痛みが少ない刺激方法である。具体的には、一次運動野を刺激する場合、一対の刺激電極の一方を一次運動野の直上に配置するとともに、他方を反対側の眼窩上に配置し、刺激時間と極性によって、刺激部位の興奮性を高めたり低下させたりする。経頭蓋磁気刺激および経頭蓋直流電気刺激は、いずれも損傷された半球側の一次運動野において興奮性を高めるか、正常半球側の一次運動野における興奮性が低下する方へ調整する。このため、脳卒中患者等の運動機能を改善することにつながると考えられる。
【0033】
なお、上記のように、脳の一次運動野を刺激して目的の筋肉から記録される複合筋活動電位を運動誘発電位(Motor Evoked Potential:MEP)という。また、本実施形態では、患者に強い自己運動錯覚を誘起させるため、自己運動錯覚誘起手段2は、視覚刺激および感覚刺激の双方を同じタイミングで付与している。しかしながら、この構成に限定されるものではなく、視覚刺激または感覚刺激のいずれか一方だけでも、十分な自己運動錯覚を誘起させることができる。
【0034】
仮想部位駆動手段8は、自発的に身体を動かそうという意思をわずかにでも発現できる患者のリハビリ対象部位を模した仮想部位を駆動するものである。本実施形態において、仮想部位駆動手段8は、視覚刺激を付与する場合の自己運動錯覚誘起手段2と同等の構成を備えており、液晶ディスプレイやヘッドマウントディスプレイ等の表示装置21と、この表示装置21に仮想部位を表示させるパーソナルコンピュータ等の映像再生装置22により構成される。
【0035】
ただし、自己運動錯覚誘起手段2では、上述したとおり、仮想部位が患者の意思によらず所定の運動を行っている視覚刺激用映像を使用する。これに対し、仮想部位駆動手段8では、後述するとおり、患者が自発的に身体を動かそうという意思を発したタイミングに合わせて、仮想部位が動くようにフィードバック制御しうるようになっている。この場合、自己運動錯覚を誘起させる場合と同様、仮想部位を患者のリハビリ対象部位に重なる位置に表示して患者に見せる必要がある。
【0036】
なお、仮想部位の動作を制御する方法としては、患者の静止画像からリハビリ対象部位をトリミングし、当該トリミング領域を仮想部位として移動させる画像処理プログラムが考えられる。または、患者のリハビリ対象部位を模したコンピュータグラフィックスを製作し、当該コンピュータグラフィックスによる仮想部位を移動させる画像処理プログラムを用いてもよい。
【0037】
リハビリテーション用装置10は、上述した各手段とともに、身体のリハビリテーションに用いる装置である。本実施形態において、リハビリテーション用装置10は、パーソナルコンピュータ等のコンピュータにより構成されており、
図1に示すように、主として、記憶手段6と、演算処理手段7とを有している。
【0038】
記憶手段6は、各種のデータを記憶するとともに、演算処理手段7が演算処理を行う際のワーキングエリアとして機能するものである。本実施形態において、記憶手段6は、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)およびフラッシュメモリ等によって構成されており、
図1に示すように、プログラム記憶部61と、検出対象周波数記憶部62と、判定用閾値記憶部63と、刺激タイミング記憶部64とを有している。以下、各構成部についてより詳細に説明する。
【0039】
プログラム記憶部61には、本実施形態のリハビリテーション用プログラム1aがインストールされている。そして、演算処理手段7が、リハビリテーション用プログラム1aを実行することにより、リハビリテーション用装置10としてのコンピュータを後述する各構成部として機能させるようになっている。
【0040】
なお、リハビリテーション用プログラム1aの利用形態は、上記構成に限られるものではない。例えば、CD−ROMやDVD−ROM等のように、コンピュータで読み取り可能な記録媒体にリハビリテーション用プログラム1aを記憶させておき、当該記録媒体から直接読み出して実行してもよい。また、リハビリテーション用装置10とは別に設置されたデータサーバ等に記憶手段6を設け、当該データサーバ等からASP(Application Service Provider)方式やクラウドコンピューティング方式で利用してもよい。
【0041】
検出対象周波数記憶部62は、後述する特徴的生体信号検出部72が、特徴的な生体信号を検出する際に用いる周波数成分である検出対象周波数を記憶するものである。本発明において、特徴的な生体信号とは、自己運動錯覚が誘起された状態を示す全ての脳活動(脳波や脳血流)や筋活動(筋肉の活動電位や関節の加速度や角度)を含む概念である。
【0042】
上述したとおり、本実施形態において、生体信号採取手段3は、生体信号として脳活動を採取する場合、脳波信号を周波数成分ごとの信号強度として出力するようになっている。一方、実施例2で後述するとおり、本願発明者は、自己運動錯覚が誘起されたとき、所定の周波数成分における信号強度が大きく変化することを見出した。そこで、本実施形態では、適切な検出対象周波数を設定し、当該周波数成分の信号強度における大きな変化を特徴的な脳活動として検出することとしている。
【0043】
なお、本実施形態では、アルファ波に相当する8〜13Hzを検出対象周波数として記憶しているが、特徴的な脳活動を検出しうる周波数帯域であれば適宜設定してもよい。例えば、単一の周波数成分(例:10Hz)でもよく、複数の周波数成分(例:5Hzおよび10Hz)でもよく、あるいは複数の周波数帯域(例:3〜5Hzおよび8〜13Hz)でもよい。
【0044】
また、上述したとおり、生体信号採取手段3は、生体信号として筋肉の活動電位を採取する場合、当該活動電位を周波数成分ごとの信号強度として出力するようになっている。このため、検出対象周波数記憶部62には、特徴的な筋肉の活動電位を検出する際に用いる周波数成分である検出対象周波数が記憶されている。
【0045】
判定用閾値記憶部63は、後述する特徴的生体信号検出部72が、特徴的な生体信号か否かを判定するための判定用閾値を記憶するものである。本実施形態では、生体信号として脳活動を採取した場合、脳波信号の検出対象周波数の信号強度における大きな変化、または脳血流における大きな変化を特徴的な脳活動(生体信号)として検出する。このため、前記脳波信号の信号強度における大きな変化または前記脳血流における大きな変化がどの程度であれば、特徴的な脳活動として判定すべきかを判定用閾値で定めている。
【0046】
また、本実施形態において、生体信号として筋活動を採取した場合、筋肉の活動電位の検出対象周波数の信号強度における大きな変化、または関節の加速度や角度における大きな変化を特徴的な筋活動(生体信号)として検出する。このため、前記活動電位の信号強度における大きな変化または関節の動きにおける大きな変化がどの程度であれば、特徴的な筋活動として判定すべきかを判定用閾値で定めている。
【0047】
なお、本実施形態では、患者ごとに適切な判定用閾値を設定するため、錯覚刺激を付与する前の安静時における信号強度の平均値に、標準偏差の2倍(2SD)を足し合わせた値を判定用閾値に設定している。しかしながら、当該値に限定されるものではなく、判定用閾値を一定値に固定してもよい。
【0048】
刺激タイミング記憶部64は、自己運動錯覚を誘起させるための錯覚刺激を付与する刺激タイミングを記憶するものである。この刺激タイミングは、後述するとおり、特徴的生体信号検出部72により検出された特徴的な生体信号が、自己運動錯覚が誘起されたことに起因するものであることを担保するためのデータである。
【0049】
具体的には、刺激タイミングは、自己運動錯覚誘起手段2が視覚刺激を付与する場合に利用可能なデータである。すなわち、視覚刺激用映像において、リハビリ対象部位を模した仮想部位が所定の運動を行うタイミングを時間軸に表したタイミングチャートが、刺激タイミングとして刺激タイミング記憶部64に記憶される。
【0050】
つぎに、演算処理手段7は、上記各手段との間で各種の信号をやりとりし、各種の演算処理を実行するものである。本実施形態において、演算処理手段7は、CPU(Central Processing Unit)等によって構成されており、記憶手段6にインストールされたリハビリテーション用プログラム1aを実行することにより、
図1に示すように、生体信号取得部71と、特徴的生体信号検出部72と、制御信号出力部73として機能するようになっている。以下、各構成部についてより詳細に説明する。
【0051】
生体信号取得部71は、自己運動錯覚を誘起させるための所定の錯覚刺激が付与されている患者から生体信号を取得するものである。本実施形態では、患者から生体信号を採取するに際して、自己の身体が運動しているような自己運動錯覚を誘起させる。具体的には、生体信号取得部71は、自己運動錯覚誘起手段2により所定の錯覚刺激を付与しながら、生体信号採取手段3から生体信号を取得する。
【0052】
なお、本実施形態において、生体信号採取手段3が脳波計の場合、生体信号取得部71は、脳波信号から得られた周波数成分ごとの信号強度データを生体信号として取得する。また、生体信号採取手段3が近赤外分光血流計の場合、生体信号取得部71は、脳血流のデータを生体信号として取得する。さらに、生体信号採取手段3が筋電計の場合、生体信号取得部71は、筋肉の活動電位信号から得られた周波数成分ごとの信号強度データを生体信号として取得する。また、生体信号採取手段3が加速度センサや角度センサの場合、生体信号取得部71は、関節の加速度データや角度データを生体信号として取得する。
【0053】
特徴的生体信号検出部72は、患者から採取された生体信号をリアルタイムで解析し、特徴的な生体信号を検出するものである。本実施形態において、脳波信号から特徴的な脳活動を検出する場合、特徴的生体信号検出部72は、生体信号取得部71により取得された脳波信号に関する周波数成分ごとの信号強度データを解析する。
【0054】
具体的には、特徴的生体信号検出部72は、検出対象周波数記憶部62に記憶されている検出対象周波数を参照し、当該検出対象周波数の信号強度を時系列に抽出する。そして、特徴的生体信号検出部72は、抽出した信号強度と、判定用閾値記憶部63に記憶されている判定用閾値とを比較し、大きな変化がないか否かを監視する。その結果、信号強度が判定用閾値を超えたとき、または信号強度が判定用閾値以下となったとき、特徴的な脳活動(生体信号)として検出するようになっている。
【0055】
また、本実施形態において、脳血流から特徴的な脳活動を検出する場合、特徴的生体信号検出部72は、生体信号取得部71により取得された脳血流を解析する。具体的には、特徴的生体信号検出部72は、脳血流と判定用閾値記憶部63に記憶されている判定用閾値とを比較し、大きな変化がないか否かを監視する。その結果、脳血流が判定用閾値を超えたとき、または脳血流が判定用閾値以下となったとき、特徴的な脳活動(生体信号)として検出する。
【0056】
さらに、本実施形態において、筋肉の活動電位から特徴的な筋活動を検出する場合、特徴的生体信号検出部72は、生体信号取得部71により取得された活動電位信号に関する周波数成分ごとの信号強度データを解析する。具体的には、特徴的生体信号検出部72は、検出対象周波数記憶部62に記憶されている検出対象周波数を参照し、当該検出対象周波数の信号強度を時系列に抽出する。そして、特徴的生体信号検出部72は、抽出した信号強度と、判定用閾値記憶部63に記憶されている判定用閾値とを比較し、大きな変化がないか否かを監視する。その結果、信号強度が判定用閾値を超えたとき、または信号強度が判定用閾値以下となったとき、特徴的な筋活動(生体信号)として検出する。
【0057】
また、本実施形態において、関節の動きから特徴的な筋活動を検出する場合、特徴的生体信号検出部72は、生体信号取得部71により取得された加速度データや角度データを解析する。具体的には、特徴的生体信号検出部72は、加速度データや角度データと判定用閾値記憶部63に記憶されている判定用閾値とを比較し、大きな変化がないか否かを監視する。その結果、加速度データや角度データが判定用閾値を超えたとき、または加速度データや角度データが判定用閾値以下となったとき、特徴的な筋活動(生体信号)として検出する。
【0058】
制御信号出力部73は、特徴的な生体信号が検出されたとき、身体駆動手段4および/または脳刺激手段5を制御するための制御信号を出力するものである。本実施形態において、制御信号出力部73は、特徴的生体信号検出部72が特徴的な生体信号を検出したか否かを常時監視する。そして、特徴的な生体信号が検出されたタイミングで、身体駆動手段4を制御する制御信号および/または脳刺激手段5を制御する制御信号を出力するようになっている。
【0059】
具体的には、身体駆動手段4を制御する制御信号としては、パワーアシスト装置を駆動させる制御信号や、電気刺激装置にパルス電流を出力させる制御信号が挙げられる。また、脳刺激手段5を制御する制御信号としては、経頭蓋磁気刺激や経頭蓋直流電気刺激に係る装置を駆動させる制御信号が挙げられる。
【0060】
また、本実施形態において、制御信号出力部73は、特徴的生体信号検出部72により検出された特徴的な生体信号が、自己運動錯覚が誘起されたことに起因するものであることを担保するためのオプション機能を有している。すなわち、制御信号出力部73は、自己運動錯覚誘起手段2により錯覚刺激が付与されてから、所定の時間内に特徴的な生体信号が検出されたとき、制御信号を出力するようになっている。
【0061】
具体的には、視覚刺激を付与する自己運動錯覚誘起手段2は、上述したとおり、表示装置21および映像再生装置22から構成される。このため、制御信号出力部73は、当該映像再生装置22から視覚刺激用映像の再生が開始された時刻を取得するとともに、刺激タイミング記憶部64に記憶されている刺激タイミングを参照し、患者に視覚刺激が付与される刺激付与時刻を把握する。
【0062】
そして、制御信号出力部73は、特徴的生体信号検出部72が特徴的な生体信号を検出する度に、当該検出時刻が刺激付与時刻から所定の時間内であるか否かを判定する。その結果、所定の時間内である場合のみ制御信号を出力するようになっている。なお、所定の時間としては、1〜2秒以内に設定することが望ましい。
【0063】
なお、本実施形態では、リハビリテーション効果を最大限に高めるため、制御信号出力部73は、身体駆動手段4および脳刺激手段5の双方に制御信号を同期させて出力している。しかしながら、この構成に限定されるものではなく、身体駆動手段4または脳刺激手段5のいずれか一方にのみ制御信号を出力してもよい。
【0064】
また、本実施形態において、自発的に身体を動かそうという意思をわずかにでも発現できる患者を対象とする場合、特徴的生体信号検出部72が当該意思を特徴的な生体信号として検出する。そして、当該検出したタイミングに合わせて、制御信号出力部73が身体駆動手段4および/または脳刺激手段5への制御信号の代わりに、または身体駆動手段4および/または脳刺激手段5への制御信号と合わせて、仮想部位駆動手段8を制御するための制御信号を出力する。具体的には、仮想部位駆動手段8を制御する制御信号としては、特徴的な生体信号の特徴量に応じた移動量で、静止画像やコンピュータグラフィックス中の仮想部位が動く画像処理を実行させる命令信号が挙げられる。
【0065】
つぎに、本実施形態のリハビリテーション用装置10、これを備えたリハビリテーションシステム1、リハビリテーション用プログラム1aおよびリハビリテーション方法による作用について、
図4を用いて説明する。
【0066】
まず、脳卒中後の片麻痺患者等に対して、身体(リハビリ対象部位)のリハビリテーションを行う場合、自己運動錯覚誘起手段2、生体信号採取手段3、身体駆動手段4および脳刺激手段5を装着ないしセッティングする。
【0067】
つぎに、自己運動錯覚誘起手段2を用いて、患者に所定の錯覚刺激を付与し、自己運動錯覚を誘起させる(ステップS1)。これにより、患者が安静にしている状態であっても、あたかも自己の身体が正に自己のものであるという感覚(いわゆる自己身体所有感)、および自己の身体が運動しているかのような感覚(自己運動錯覚)を誘起させる。また、錯覚刺激として視覚刺激を付与する場合には、リハビリ対象部位および仮想部位の色彩や形状をできるだけ一致させ、患者自身のリハビリ対象部位と違和感がないように配置および表示することで、より強い自己身体所有感および自己運動錯覚が誘起される。
【0068】
つづいて、生体信号取得部71が、自己運動錯覚が誘起されている患者から採取された生体信号を取得する(ステップS2)。これにより、脳波信号や筋肉の活動電位信号からは周波数成分ごとの信号強度がリアルタイムかつ時系列で取得される。また、脳血流や関節の加速度・角度のデータも使用する場合には、別途取得される。
【0069】
つぎに、特徴的生体信号検出部72が、患者から採取された生体信号をリアルタイムで解析し、特徴的な生体信号を検出する(ステップS3)。このとき、本実施形態では、生体信号として脳波や筋肉の活動電位を用いる場合、特徴的な生体信号を検出するための検出対象周波数と、特徴的な生体信号か否かを判定するための判定用閾値とが適切に設定されている。このため、自己運動錯覚に相当する特徴的な脳活動や筋活動が高精度に検出される。
【0070】
特徴的な生体信号が検出されない限り(ステップS3:NO)、ステップS1〜S2の処理が繰り返される。一方、特徴的な生体信号が検出される度に(ステップS3:YES)、制御信号出力部73が、当該検出時刻が刺激付与時刻から所定の時間内であるか否かを判定する(ステップS4)。
【0071】
その結果、所定の時間内でなければ(ステップS4:NO)、制御信号出力部73は制御信号を出力せず、処理をステップS1へと戻す。これにより、特徴的な生体信号が検出された場合であっても、明らかに自己運動錯覚が誘起されたことに起因しない脳活動または筋活動であれば、制御信号が出力されない。このため、自己運動錯覚が誘起されていない状態、すなわちリハビリテーション効果があまり見込まれない状態で、身体駆動手段4や脳刺激手段5を作動させずに済み、患者への負担を軽減する。
【0072】
一方、所定の時間内である場合(ステップS4:YES)、制御信号出力部73が制御信号を出力する(ステップS5)。これにより、身体駆動手段4および脳刺激手段5が、自己運動錯覚が誘起されたタイミングに同期されて正確に駆動される。このため、運動野の活動性が向上し、上述の異常半球間抑制が改善される。また、当該異常半球間抑制の改善によって自発的な運動の発現が促され、片麻痺患者等の運動機能を回復する。
【0073】
なお、制御信号が出力された後は、リハビリテーションが終了するまでステップS1からの処理が繰り返される(ステップS6)。
【0074】
なお、上述した本実施形態では、脳卒中後の片麻痺患者等のように、自発的に身体を動かそうという意思を発現できない患者に対するリハビリテーションについて説明した。しかしながら、本発明に係るリハビリテーション用装置10、リハビリテーション用プログラム1aおよびリハビリテーション方法は、自発的に身体を動かそうという意思をわずかにでも発現できる患者を対象とすることも可能である。
【0075】
この場合、自己運動錯覚誘起手段2によって患者にある程度の自己運動錯覚を誘起させた後、当該患者に自らの意思で身体を動かそうと考えさせる。すると、生体信号取得部71が特徴的な生体信号を検出し、当該検出タイミングに合わせて制御信号出力部73が仮想部位駆動手段8に制御信号を出力する。これにより、患者のリハビリ対象部位を模した仮想部位が、患者の意思にシンクロナイズされた状態で動作する。このため、当該仮想部位の動作を目視することによって、当該患者の自己運動錯覚がさらに増大される。すなわち、仮想部位駆動手段8による仮想部位の動作が視覚刺激となり、自己運動錯覚誘起手段2としての役割を果たすこととなる。なお、制御信号出力部73は、仮想部位駆動手段8へ制御信号を出力するのと同時に、身体駆動手段4および/または脳刺激手段5に対しても制御信号を出力してもよい。
【0076】
また、制御信号出力部73は、特徴的な生体信号の特徴量に応じて、仮想部位駆動手段8による仮想部位の移動量を制御することも可能である。これにより、仮想部位の移動量が少なければ、身体を動かそうとする意思をもっと強くするよう患者に努力を促す等、患者に視覚的なフィードバックを提供でき、リハビリ効果が向上される。
【0077】
さらに、本発明に係るリハビリテーション用装置10、リハビリテーション用プログラム1aおよびリハビリテーション方法の対象患者は、上記の片麻痺患者等に限定されるものではない。例えば、怪我や病気によって四肢を切断した後に、当該切断した四肢に痛みを感じる幻肢痛や、骨折等の怪我により局所的な部位(四肢等)の安静を強いられた後、当該部位に慢性的に残る疼痛のように、創傷部位が治癒した後に残存する痛みを有する患者を対象としてもよい。
【0078】
この場合、当該患者の創傷部位をリハビリ対象部位として、本発明に係るリハビリテーション用装置10、リハビリテーション用プログラム1aおよびリハビリテーション方法を用いてリハビリテーションを実施することにより、当該部位に残存する疼痛が低減し、または消失するという作用が期待される。
【0079】
以上のような本実施形態によれば、以下のような効果を奏する
1.自発的に身体を動かそうという意思を発現できない患者に対しても、自己運動錯覚を誘起させ、高いリハビリテーション効果を得ることができる。
2.脳卒中後の片麻痺患者等の運動機能を効果的に回復させるためのトレーニングを実施することができる。
3.患者は安静にしているだけでよく、患者への負担が少ない非侵襲でリハビリテーションを行うことができる。
4.自己運動錯覚が誘起されたタイミングと、身体駆動手段4や脳刺激手段5を駆動するタイミングとを高精度に同期することができる。
5.自己運動錯覚を効果的に誘起することができ、その誘起を高精度に検出することができる。
6.自己運動錯覚が誘起されていない状態で、身体駆動手段4や脳刺激手段5が駆動されるのを抑制し、患者への負担を軽減することができる。
7.幻肢痛等のように、創傷部位が治癒した後に残存する疼痛を低減または消失させることができる。
8.自発的に身体を動かそうという意思をわずかに発現できる患者に対しては、仮想部位の動作をフィードバック制御し、自己運動錯覚の誘起と仮想部位の駆動とを繰り返しループさせることにより、高いリハビリテーション効果を得ることができる。
【0080】
つぎに、本発明に係るリハビリテーション用装置10、これを備えたリハビリテーションシステム1、リハビリテーション用プログラム1aおよびリハビリテーション方法の具体的な実施例について説明する。
【実施例1】
【0081】
本実施例1では、自己運動錯覚が誘起されている状態で脳刺激を付与した場合と、自己運動錯覚が誘起されていない状態で脳刺激を付与した場合とで、脳活動にどのような変化があるのかを確認する実験を行った。
【0082】
まず、自己運動錯覚を誘起させる条件(錯覚条件)として、
図5(a)に示すように、完全に安静にしている被験者の左前腕部分に、液晶モニタを触れないように設置した。当該液晶モニタには、他者の左前腕の示指(人指し指)が外転・内転運動を反復する視覚刺激用映像を映し出した。そして、当該視覚刺激用映像内の左前腕(仮想部位)と被験者の左前腕(リハビリ対象部位)とが重なって見えるように液晶モニタの設置位置を調節した。
【0083】
一方、自己運動錯覚を誘起させない条件(非錯覚条件)として、
図5(b)に示すように、被験者自身の左前腕が見えるように、仮想部位を表示している液晶モニタを離して設置した。そして、自身の示指が動いていないことを認識しながら、上記と同じ視覚刺激用映像を映し出した。
【0084】
上記二つの条件および安静時の各条件下において、筋電図・誘発電位検査装置(日本光電工業株式会社,Neuropack)を用いて、脳の興奮性の指標となる運動誘発電位(Motor Evoked Potential:MEP)を被験者について記録した。
【0085】
具体的には、左手指から運動誘発電位を記録するために適した位置において、円形コイルを用いて経頭蓋磁気刺激(TMS)を行った。経頭蓋磁気刺激の刺激強度は、被験者毎に適切な試験刺激強度を探索した結果として、安静時運動閾値の114.61±7.91%となった。また、視覚刺激用映像において、左示指が外転運動を行ったタイミングに合わせて経頭蓋磁気刺激を実施した。なお、運動誘発電位は、示指の外転運動に関わる筋肉である第一背側骨間筋(FDI)の他、小指外転筋(ADM)からも記録した。
【0086】
以上の各条件下で記録された運動誘発電位の重畳波形を
図6に示す。
図6で示されるように、自己運動錯覚が誘起されている錯覚条件下では、安静時や非錯覚条件下の運動誘発電位よりも明らかに運動誘発電位の振幅が大きかった。すなわち、錯覚条件下では、皮質脊髄路の興奮性が高まることが明示された。
【0087】
以上のような本実施例1によれば、自己運動錯覚が誘起されている状態で脳刺激を与えると脳活動が活性化し、自己運動錯覚が誘起されていない状態で脳刺激を与えても脳活動が活性化しないことが示された。また、脳活動が低い状態では運動を学習しないため、やみくもに身体駆動手段4で身体を動かしたり、脳刺激手段5で脳を刺激しても、高いリハビリテーション効果は得られないことが示された。すなわち、本発明のように、まずは自己運動錯覚を誘起させ、そのタイミングに合わせて身体駆動や脳刺激を行うという順番が極めて重要であることが明らかになった。
【0088】
なお、本実施例1において、第一背側骨間筋の支配領域における運動誘発電位の促通は、内転運動中には起こらず、小指外転筋の支配領域から誘発される運動誘発電位でも起こらなかった。さらに、同じ動画を見ているものの、モニタの設置位置がずれており、かつ自分の指が動いていないことが見えている非錯覚条件下では、運動誘発電位に変化がなかった。したがって、錯覚条件は現実の運動のように運動方向依存性、および体部位選択性をもって誘起される促通現象であると理解できる。
【実施例2】
【0089】
本実施例2では、自己運動錯覚の誘起に起因する特徴的な脳活動が、脳波の周波数成分のうち、どのあたりの帯域に現れるのかを確認する実験を行った。
【0090】
まず、特徴的な脳活動を検出する条件(錯覚条件)としては、実施例1と同様の実験条件とした。ただし、視覚刺激用映像としては、被験者(24歳,男性)のリハビリ対象部位である手関節が掌屈を繰り返す動画を使用した。また、被験者には、視覚刺激用映像と合わせて、手関節が掌屈を繰り返すイメージを頭の中に浮かばせた。
【0091】
一方、特徴的な脳活動を検出させない条件(非錯覚条件)としては、液晶モニタの位置は錯覚条件における位置と変えずに、動画自体を上下反転表示し、視覚刺激用映像内の仮想部位と被験者のリハビリ対象部位とが重ならないように表示した。
【0092】
上記二つの各条件下において、視覚刺激用映像の再生を開始する1秒前の時点から、筋電図・誘発電位検査装置(日本光電工業株式会社,Neuropack)を用いて、各周波数成分における信号強度を測定した。その結果を
図7に示す。
【0093】
図7に示すように、錯覚条件と非錯覚条件とを比較すると、視覚刺激用映像が開始された直後で、10Hz付近における信号強度の変化に大きな違いが見られた。そこで、各条件下において、運動に関わる周波数成分として一般的に用いられる、8〜13Hzの周波数帯域における信号強度を抽出し、その平均値の時間変化をグラフ化したものを
図8に示す。
【0094】
図8に示すように、錯覚条件では、視覚刺激用映像が開始されると、信号強度が急激に増加し、その後、急激に低下していた。一方、非錯覚条件では、視覚刺激用映像の開始後に錯覚条件とやや類似した傾向が見られるものの、極端な変化ではなかった。
【0095】
以上のような本実施例2によれば、脳波における所定の周波数帯域において、自己運動錯覚が誘起されたことに起因する特徴的な脳活動が現れることが示された。
【実施例3】
【0096】
本実施例3では、様々な刺激を付与した前後において、脳の興奮性の指標となる運動誘発電位がどのように変化するかを確認する実験を行った。
【0097】
具体的には、健常な被験者に対する刺激として、以下の三種類を設定した。
刺激1:経頭蓋に直流電気による刺激を付与する(経頭蓋直流電気刺激)
刺激2:頭の中で自己の身体が運動しているイメージを想像させる
刺激3:視覚刺激を付与するための視覚刺激用映像を見せる
【0098】
そして、上記三種類の刺激を組み合わせて、以下の五つの刺激条件を設定した。
刺激条件1:刺激1+刺激2+刺激3
刺激条件2:刺激1のみ
刺激条件3:刺激1+刺激2
刺激条件4:刺激1+刺激3
刺激条件5:刺激2+刺激3
【0099】
上記の各刺激条件下において10〜15分間刺激を与え、刺激開始から刺激終了後60分後までの間、筋電図・誘発電位検査装置(日本光電工業株式会社,Neuropack)を用いて、運動誘発電位の変化率を測定した。当該変化率の平均値の時間変化を
図9に示す。
【0100】
図9に示すように、測定時期における主効果のF値およびP値はそれぞれ、F=14.70,P<0.005であり、交互作用のF値およびP値はそれぞれ、F=1.964,P=0.027であった。したがって、本実施例3によれば、上記各刺激を付与した後は、統計学的に有意に運動誘発電位が向上することが示された。
【0101】
また、単独で電気刺激を付与した場合(刺激条件2)、
図9に示すように、刺激を開始した時点と刺激を終了した直後とで、運動誘発電位の変化率に有意差は見られなかった。これに対し、視覚刺激用映像により自己運動錯覚を誘起させたタイミングで電気刺激を付与した場合(刺激条件4)、刺激を終了した直後、運動誘発電位の変化率が最も高い値を示し、皮質運動野の興奮性が有意に高まっていた。よって、本実施例3によれば、本発明に係るリハビリテーションは、急性効果がより高いことが示された。
【0102】
さらに、視覚刺激用映像により自己運動錯覚を誘起させたタイミングで、自らも運動するイメージをさせて電気刺激を付与した場合(刺激条件1)、
図9に示すように、刺激を終了してから少なくとも30分間は、皮質運動野において高い興奮性が持続された。この持続性が長いほど、リハビリテーションに係る運動を学習しやすいと考えられている。よって、本実施例3によれば、自発的に身体を動かそうという意思を少しでも発現できる患者であれば、自己運動錯覚が誘起されたタイミングに当該意思を同期させることで、より高いリハビリテーション効果を得られることが示された。
【実施例4】
【0103】
本実施例4では、視覚刺激によって自己運動錯覚が誘起されている間の脳活動を確認する実験を行った。
【0104】
被験者としては、神経的または精神疾患の病歴がない右利きの健常者14名とした。各被験者は、
図10に示すように、仰向けの状態となった状態で、右手首の位置が動かないように緩やかに固定された。また、各被験者の眼前には鏡を固定するとともに、右手を撮影しうる位置にウェブカメラを固定した。そして、当該ウェブカメラによって頭上側のスクリーンに投影された自分の右手を眼前の鏡によって見える状態とした。
【0105】
つぎに、各被験者は、自分の右手が見えていることを確認した後、手関節の掌屈運動を所定速度でゆっくり繰り返し、ウェブカメラにより視覚刺激用映像として記録した。つづいて、各被験者は、同じ位置かつ同じ速度で運動している自分または他人の視覚刺激用映像を見ている間、右手を動かさないように指示された。
【0106】
その結果、各被験者は、自分の視覚刺激用映像を見たときだけ自己運動錯覚を経験し、他人の視覚刺激用映像では自己運動錯覚を知覚しなかった。また、視覚刺激を付与している間、各被験者の脳活動を確認するため、3T全身イメージャ(MEDSPEC 30/80 AVANCE;ブルカー社)を用いてfMRI(磁気共鳴機能画像法)により脳の活動に関連した血流動態反応を視覚化した。自己運動錯覚を知覚していない条件を比較対照として、自己運動錯覚を知覚しているときの結果を
図11に示す。
【0107】
図11に示すように、両側島皮質および被殻と同様に、左運動前野の背側・腹側、上下の頭頂小葉、および右後頭側頭骨接合部において有意な活性化が見られた。一方、被験者は自己運動錯覚を知覚しているにも関わらず、一次運動野と体性感覚野には活性化が見られなかった。
【0108】
以上のような本実施例4によれば、視覚刺激による自己運動錯覚は、一次運動野および感覚野を活性化することなく誘起されることが示された。
【実施例5】
【0109】
本実施例5では、視覚刺激による自己運動錯覚の強さを確認する実験を行った。
【0110】
具体的には、表示装置21としてヘッドマウントディスプレイを被験者に装着し、被験者の右手の手関節が掌屈を繰り返す動画を視覚刺激用映像として再生した。この視覚刺激用映像を見ている間、被験者は自身の右手を動かさないように指示されていた。また、被験者の頭は、自己身体所有感を誘起させるため、自身の右手の方向を向くように指示されていた。このときの背屈筋および掌屈筋の筋電図を
図12に示す。
【0111】
図12に示すように、視覚刺激用映像が再生されている間、特に背屈筋において強い筋収縮がみられた。また、被験者は自身の右手を動かしているつもりは全くなかったにも関わらず、実際には、右手がわずかに掌屈する様子が観察された。
【0112】
以上のような本実施例5によれば、視覚刺激によって誘起される自己運動錯覚が極めて強い錯覚であることが示された。
【実施例6】
【0113】
本実施例6では、視覚刺激によって誘起される自己運動錯覚をより強化するための実験を行った。
【0114】
具体的には、
図13に示すように、患者の両手を内部に挿入可能な箱状の装置本体と、この装置本体に対して傾斜角度を調節可能なディスプレイとから構成される装置(自己身体所有感誘起手段兼自己運動錯覚誘起手段)を用意した。
【0115】
まず、被験者には、
図13(a)に示すように、被験者の左手の甲にスティックがゆっくり近づき、軽くタッチする動作を所定周期で繰り返す映像を見せる。一方、当該映像内でタッチするタイミングに同期させて、
図13(b)に示すように、装置本体内に挿入されている被験者の実際の左手の甲に対しても、同様のスティックを接触させる。
【0116】
この動作を繰り返すことにより、所定時間経過後、被験者は映像内のスティックが映像内の左手に近づくだけで、実際の自分の左手にスティックが近づいた時に感じるようなゾクゾク・ムズムズする感覚を知覚し、映像内の左手があたかも自己の左手であるかのような自己身体所有感が誘起されていることが確認された。
【0117】
つぎに、被験者には、
図13(a)に示すように、被験者の左手に白熊のアニメキャラクターがなついてくるような仕草をする映像を見せる。一方、当該映像内で白熊が映像内の左手の掌に接触するタイミングに同期させて、
図13(b)に示すように、装置本体内に挿入されている被験者の実際の左手の掌に対しても、ぬいぐるみのような生地を接触させる。
【0118】
この動作を繰り返すことにより、所定時間経過後、被験者は映像内のキャラクターが映像内の左手に近づくだけで、実際の自分の左手に白熊のアニメキャラクターが近づいたようなリアルな感覚をより強く知覚した。このため、映像内の左手があたかも自己の左手であるかのような自己身体所有感が、スティック映像によって誘起された自己身体所有感よりも一層強化されていることが確認された。
【0119】
上記のような自己身体所有感の誘起プロセスおよび強化プロセスの後、被験者の左手の手関節が掌屈を繰り返す動画を視覚刺激用映像として表示し、自己運動錯覚を誘起させた。これにより、被験者には、極めて強い自己運動錯覚が誘起されることが確認された。また、上記の自己身体所有感の誘起プロセスおよび強化プロセスの後、視覚刺激に代えて感覚刺激を付与しても、同様に強い自己運動錯覚が誘起されることが確認された。
【0120】
以上のような本実施例6によれば、自己運動錯覚を誘起させる前に、別途、自己身体所有感を誘起させて強化することにより、より強い自己運動錯覚を誘起できることが示された。また、患者は、装置本体内に手を挿入するだけで、映像内の手が重なった位置に表示される。このため、映像とリハビリ対象部位とを重ねるためのセッティングの煩わしさがなく、セッティング時間もかからないため、患者への負担が軽減されることが示された。さらに、上記装置は、自己身体所有感を誘起させるための刺激を付与する自己身体所有感誘起手段、および自己運動錯覚を誘起させるための刺激を付与する自己運動錯覚誘起手段として機能することが示された。
【0121】
なお、本実施例6では、自己身体所有感の誘起プロセスと、自己身体所有感の強化プロセスを両方実行しているが、いずれか一方でもよい。例えば、自己身体所有感の強化プロセスのみを実行した場合、当該プロセスが自己身体所有感の誘起プロセスとして機能することとなる。
【0122】
また、上述した本実施例6では、強い自己運動錯覚を誘起させるために、自己身体所有感を誘起させているが、必ずしも自己運動錯覚が誘起されている必要はない。すなわち、自己運動錯覚は誘起されていないものの、自己身体所有感のみが誘起されている状態であれば、一定のリハビリ効果が得られるものと思われる。
【0123】
なお、本発明に係るリハビリテーション用装置10、これを備えたリハビリテーションシステム1、リハビリテーション用プログラム1aおよびリハビリテーション方法は、前述した実施形態に限定されるものではなく、適宜変更することができる。
【0124】
例えば、上述した本実施形態では、自己運動錯覚誘起手段2が視覚刺激を付与する場合、液晶ディスプレイをリハビリ対象部位に重ねて身体の一部として連続的に見せていたが、この構成に限定されるものではない。例えば、実施例5のように、ヘッドマウントディスプレイを使用してもよい。ただし、この場合、上記のとおり、自己身体所有感および自己運動錯覚誘起を誘起させるため、患者の頭部(視線方向)が、自身のリハビリ対象部位の方向を向いている必要がある。
【0125】
そこで、例えば、予めリハビリ対象部位を載置する載置位置を定めるとともに、当該載置位置と患者の頭部との位置関係を算出しておく。そして、患者の頭部の位置や傾きをジャイロセンサや加速度計で検出し、当該検出値に基づいて適切な頭部の位置や向きを指示して調整するようにしてもよい。あるいは、頭部の位置や傾きに基づいて、視覚刺激用映像の大きさや位置を自動的に調整してもよい。
【0126】
また、視覚刺激を付与するその他の例として、身体の一部を切断してしまった患者等に対しては、当該切断部分の空間を湯気やドライアイス等で白色化する。そして、当該白色化された空間をスクリーンとして利用し、当該スクリーンに視覚刺激用映像をプロジェクタで投影させるようにしてもよい。これにより、自己の身体である感覚が一層強くなり、自己運動錯覚が誘起されやすくなるものと考えられる。