特許第6558063号(P6558063)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6558063-中空糸膜モジュールおよびその製造方法 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6558063
(24)【登録日】2019年7月26日
(45)【発行日】2019年8月14日
(54)【発明の名称】中空糸膜モジュールおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01D 63/02 20060101AFI20190805BHJP
   B01D 67/00 20060101ALI20190805BHJP
   B01D 69/02 20060101ALI20190805BHJP
   B01D 69/08 20060101ALI20190805BHJP
   B01D 65/06 20060101ALI20190805BHJP
   B01D 71/44 20060101ALI20190805BHJP
   B01D 71/52 20060101ALI20190805BHJP
   B01D 71/38 20060101ALI20190805BHJP
   B01D 71/40 20060101ALI20190805BHJP
   B01D 71/68 20060101ALI20190805BHJP
   B01D 65/02 20060101ALI20190805BHJP
   A61L 2/08 20060101ALI20190805BHJP
   A61M 1/18 20060101ALI20190805BHJP
   C08L 39/06 20060101ALI20190805BHJP
   C08L 71/02 20060101ALI20190805BHJP
   C08L 29/04 20060101ALI20190805BHJP
   C08L 41/00 20060101ALI20190805BHJP
   D01F 6/04 20060101ALI20190805BHJP
   D01F 6/76 20060101ALI20190805BHJP
【FI】
   B01D63/02
   B01D67/00 500
   B01D69/02
   B01D69/08
   B01D65/06
   B01D71/44
   B01D71/52
   B01D71/38
   B01D71/40
   B01D71/68
   B01D65/02 500
   A61L2/08
   A61M1/18 500
   C08L39/06
   C08L71/02
   C08L29/04 D
   C08L41/00
   D01F6/04 C
   D01F6/76 D
【請求項の数】7
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2015-95355(P2015-95355)
(22)【出願日】2015年5月8日
(65)【公開番号】特開2015-226902(P2015-226902A)
(43)【公開日】2015年12月17日
【審査請求日】2018年2月1日
(31)【優先権主張番号】特願2014-96589(P2014-96589)
(32)【優先日】2014年5月8日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】林 昭浩
(72)【発明者】
【氏名】上野 良之
【審査官】 宮部 裕一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−092928(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/016573(WO,A1)
【文献】 特開2011−092931(JP,A)
【文献】 特開2003−245526(JP,A)
【文献】 特開2009−262147(JP,A)
【文献】 特開2011−173115(JP,A)
【文献】 特開2011−072987(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 53/22
B01D 61/00−71/82
C02F 1/44
A61M 1/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
中空糸膜を内蔵した中空糸膜モジュールを製造する方法であって、
前記中空糸膜が、疎水性高分子からなる基材に疎水性ユニットを有しない親水性高分子が配合されたものであり、
前記疎水性高分子は、ポリスルホン系高分子であり、
以下の(A)および(B)の条件を満たし
(A) X線電子分光法で測定したとき、前記中空糸膜の機能層表面におけるエステル基由来の炭素ピークの面積百分率が1〜10(原子数%)以下であり、前記エステル基由来の炭素ピークは、機能層表面に導入されたエステル基含有高分子中のエステル基に由来するものであること、
(B) 37℃の超純水を200mL/minで4時間循環したとき、前記中空糸膜から溶出する溶出物量が1.0mg/m以下であること、
さらに、
前記エステル基含有高分子を0.002質量%以上0.05質量%以下含む洗浄液で前記中空糸膜を洗浄する工程と、
前記中空糸膜をモジュールに内蔵させ、前記中空糸膜の周辺の雰囲気の酸素濃度が0.02〜1%となり、かつ、前記中空糸膜の質量に対する含水率が0〜25質量%となる条件下で、前記中空糸膜に放射線を照射する工程と、
を有する、中空糸膜モジュールの製造方法。
【請求項2】
前記雰囲気、不活性ガスである、請求項1に記載の中空糸膜モジュールの製造方法。
【請求項3】
前記疎水性ユニットを有しない親水性高分子が、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコールおよびポリビニルアルコールから選ばれる少なくとも一つである、請求項1または2に記載の中空糸膜モジュールの製造方法。
【請求項4】
前記エステル基含有高分子、疎水性ユニットと親水性ユニットとの共重合体である、請求項1〜のいずれか記載の中空糸膜モジュールの製造方法。
【請求項5】
前記エステル基含有高分子、カルボン酸ビニルエステル、アクリル酸エステルまたはメタクリル酸エステルを含む、請求項1〜のいずれか記載の中空糸膜モジュールの製造方法。
【請求項6】
前記エステル基含有高分子、酢酸ビニルとビニルピロリドンとの共重合体である、請求項1〜のいずれか記載の中空糸膜モジュールの製造方法。
【請求項7】
前記放射線、前記中空糸膜モジュールのすべての注入口を密栓した状態または前記中空糸膜モジュールを包装袋内に密封した状態で照射される、請求項1〜のいずれか記載の中空糸膜モジュールの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中空糸膜モジュールおよび中空糸膜モジュールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、中空糸膜を内蔵した中空糸膜モジュールによる物質の分離が盛んに行われている。特に、腎不全治療などの血液浄化療法においては、血液中の尿毒素や老廃物を除去する目的で、血液透析器、血液濾過器、血液透析濾過器等の血液浄化器として広く使用されている。
【0003】
中空糸膜モジュールには、容器に液体が充填され、中空糸膜が液体で完全に満たされたウェットタイプ、容器に液体は充填されていないが、中空糸膜のみが湿潤しているセミドライタイプ、中空糸膜がほとんど水分を含まないドライタイプがある。なかでも、ドライタイプは、水を含まないため重量が軽く、寒冷地でも凍結による性能劣化の懸念が低いという利点がある。
【0004】
血液浄化用途に使用される中空糸膜としては、孔径が大きな高性能タイプの中空糸膜が主流となっている。β−ミクログロブリンなどの中・高分子量の病因タンパク質を多く除去できるものには、疎水性高分子からなる膜素材が主に利用されている。
【0005】
しかし、疎水性高分子を用いた場合、膜表面の疎水性が強いため、血液と接触した際に、血液の活性化が起こり、血液凝固が進行する恐れがある。そのため、親水性高分子を添加することによって膜表面の親水性を向上させることが広く行われている。
【0006】
親水性高分子を添加する方法としては、中空糸膜の製膜原液に親水性高分子を添加する方法や、形成された中空糸膜を親水性高分子を含む溶液に浸漬して中空糸膜表面に親水性高分子を付与する方法が一般的である。
【0007】
また上記のように血液浄化用途に中空糸膜モジュールを使用する場合には、医療機器であるため滅菌することが不可欠である。滅菌方法としては、エチレンオキサイドガス滅菌、高圧蒸気滅菌などの手法がある。包装状態のままでも高い滅菌効果が得られる簡便な滅菌方法として、放射線による滅菌方法が近年広く利用されている。しかしながら、放射線の照射によって中空糸膜やポッティング剤などから分解物が生じ、臨床使用時に分解物が溶出することによって、副作用を招く懸念がある。
【0008】
中空糸膜モジュールに水を充填した状態で放射線を照射することで、親水性高分子の溶出を抑制する方法が広く知られている。水中で放射線を照射することで、親水性高分子が膜を構成する疎水性高分子と架橋をすることにより、溶出物の低減を達成している。しかし、この方法では、中空糸膜モジュールに水を充填しなければならず、モジュールの重量が重くなり、取り扱い性が悪いなどの問題があった。そのため、水を充填せずに放射線滅菌を行う方法が提案されている。
【0009】
中空糸膜モジュールの取り扱い性を高くすることや、保管時の凍結のリスクを低減できることから、充填水を含まないドライ型の中空糸膜モジュールは非常に有用である。しかし、充填水を含まない状態で放射線による滅菌を行う場合、放射線照射時の中空糸周辺雰囲気の状態によっては、中空糸膜の劣化による性能の低下や、中空糸膜を構成する成分が溶出してくる恐れがある。
【0010】
特許文献1では、酸素濃度を0.1%以上、3.6%以下、中空糸膜の含水率を4〜300%未満とした状態で放射線を照射することで溶出物の低減を達成している。
【0011】
特許文献2では、含水率3%以下、かつ中空糸膜周辺雰囲気の相対湿度を40%以下の状態で放射線を照射することで溶出物の低減を達成している。
【0012】
特許文献3では、酸素濃度を0.001%以上、0.1%以下、中空糸膜の自重に対する含水率を0.2〜7重量%以下とした状態で、かつ、25℃における相対湿度が40%Rhより大きい包装袋内雰囲気下で放射線を照射する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2003−245526号公報
【特許文献2】特開2000−288085号公報
【特許文献3】特許第4846587号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
特許文献1に記載の方法では、酸素濃度が極端に低い状態では、生体適合性が低下するとされている。また、本発明者らによる検討では、含水率をさらに低くすると、溶出物が増加する傾向があることがわかっており、より高いレベルでの溶出物の低減が求められている。
【0015】
特許文献2に記載の方法では、放射線照射時の酸素濃度に関する記載がなく、特許文献1の方法と同様に、酸素ラジカルの発生による中空糸膜素材の劣化や溶出物の増加の恐れがある。
【0016】
特許文献3に記載の方法では、相対湿度が40%Rhより大きい状態にするため、水分を放出する脱酸素剤などの使用を必要としている。そのため、酸素透過度の低く、かつ、水蒸気透過性の低い包装容器の使用が必要となるという制限があった。また、低酸素濃度とした場合の生体適合性の低下の問題の解決について何ら言及していないものであった。
【0017】
また、本発明に係る検討において、放射線照射時の含水率が低い場合に、単に中空糸膜に放射線を照射する時の酸素濃度を低減するのみでは、上記溶出の問題を解決し得ないことがわかった。
【0018】
本発明の目的は、かかる従来技術の欠点を改良し、放射線滅菌後においても溶出物が少なく、血液適合性に優れた中空糸膜モジュールを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を進めた結果、放射線滅菌後においても溶出物が少なく、血液適合性の高い中空糸膜モジュールは、下記の構成によって達成されることを見出した。
(1) 疎水性高分子からなる基材に疎水性ユニットを有しない親水性高分子が配合されている以下の(A)および(B)の条件を満たす中空糸膜を内蔵し、
前記中空糸膜の質量に対する含水率が0%〜25質量%となる条件下で、該中空糸膜に放射線を照射して得られる、中空糸膜モジュール。
(A) X線電子分光法で測定したとき、中空糸膜の機能層表面におけるエステル基由来の炭素ピークの面積百分率が1〜10(原子数%)以下であること
(B) 37℃の超純水を200mL/minで4時間循環したとき、中空糸膜から溶出する溶出物量が1.0mg/m以下であること
(2)疎水性高分子からなる基材に疎水性ユニットを有しない親水性高分子を配合した製膜原液から中空糸膜を製造する工程と
エステル基を含有する高分子を0.002質量%以上0.05質量%以下含む洗浄液で前記中空糸膜を洗浄する工程と、
前記中空糸膜をモジュールに内蔵させ、前記中空糸膜の周辺の雰囲気の酸素濃度が0〜1%となり、かつ、前記中空糸膜の質量に対する含水率が0〜25質量%となる条件下で、該中空糸膜に放射線を照射する、中空糸膜モジュールの製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明において、中空糸膜の機能層表面にエステル基含有高分子を付与することにより、放射線滅菌後においても溶出物が少なく、血液適合性に優れた中空糸膜モジュールを提供することができる。
【0021】
なお、本発明でいうところの機能層表面とは、中空糸膜の外側表面および内側表面のうち、被処理物質と接触する側の表面のことである。人工腎臓用中空糸膜を例に挙げると、被処理液である血液が流れる中空糸内側の表面が機能層表面となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明に係る中空糸膜モジュールの一例を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の中空糸膜モジュールは、混合溶液から回収したい目的物質と廃棄物質とを分離することが可能である。図1は、本発明の中空糸膜モジュールの一態様を示す模式図である。中空糸膜モジュールは、ケース11と中空糸膜13を備え、該ケース11に該中空糸膜13が内蔵されていることが好ましい。具体的には、必要な長さに切断された中空糸膜13の束が、筒状のケース11に収められていることが好ましい。中空糸膜の両端部は、ポッティング材17などによって、筒状のケース11の両端部に固定化されていることが好ましい。このとき、中空糸膜の両端が開口していることが好ましい。
【0024】
また、中空糸膜モジュールは、ケース11の両端にヘッダー14Aおよび14Bを備えることが好ましい。ヘッダー14Aは被処理液注入口15Aを備えることが好ましい。また、ヘッダー14Bは被処理液排出口15Bを備えることが好ましい。さらに、中空糸膜モジュールは、図1のように、ケースの側面部であって、ケースの両端部の近傍に、ノズル16Aと16Bを備えることが好ましい。
【0025】
通常、被処理液は、被処理液注入口15Aから導入され、中空糸膜の内側を通って、被処理液排出口15Bから排出される。一方、処理液は、通常、ノズル16A(処理液注入口)から導入され、中空糸膜の外側を通って、ノズル16B(処理液排出口)から排出される。つまり、通常、被処理液の流れ方向と、処理液の流れ方向は対向する。
【0026】
本発明の中空糸膜モジュールが、人工腎臓用途(血液浄化用途)に供される場合は、通常、被処理液となる血液は、被処理液注入口15Aから導入され、中空糸膜の内側を通ることによって、人工的に透析され、被処理液排出口15Bから、回収目的物質である、浄化後の血液が排出される。つまり、被処理液注入口15Aから、中空糸膜の内側を通じて、被処理液排出口15Bまでの流路が、被処理液の流路(血液側流路)となる。以下、この流路を単に「血液側流路」と称することがある。
【0027】
一方、処理液となる透析液は、ノズル16A(処理液注入口)から導入され、中空糸膜の外側を通ることによって、被処理液(血液)を浄化(透析)せしめ、ノズル16B(処理液排出口)から、血液中の有毒成分(廃棄物質)を含んだ透析液が排出される。つまり、ノズル16Aから、中空糸膜の外側を通じて、ノズル16Bまでの流路が、処理液の流路(透析液流路)となる。以下、この流路を単に「透析液流路」と称することがある。
【0028】
モジュールに内蔵されている中空糸膜は、疎水性高分子を基材として、これに疎水性ユニットを有しない親水性高分子が配合されたものである。ここで、「基材」とは、中空糸膜を構成する成分のうち、もっとも含有量が高いものを言う。
【0029】
本発明において、疎水性高分子とは、20℃の水100gに対する溶解度が0.001g未満である高分子を指す。また、親水性高分子とは20℃の水100gに対する溶解度が1g以上である高分子を指す。また、以下の記載において、疎水性ユニットとは、高分子を構成する単量体単位のうち、該単量体単位のみからなる重合体を作成した際に、得られる重合体の20℃の水100gに対する溶解度が1g未満、好ましくは0.1g以下であるものを指す。親水性ユニットとは、高分子を構成する単量体単位のうち、該単量体単位のみからなる重合体を作成した際に、得られる重合体の20℃の水100gに対する溶解度が1g以上あるものを指す。
【0030】
具体的な疎水性高分子としては、ポリスルホン系高分子、ポリスチレン、ポリウレタン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアクリロニトリルなどが挙げられるがこれに限定されるものではない。中でも、ポリスルホン系高分子は中空糸膜を形成することが容易であるため、好適に使用される。さらに、ポリスルホン系高分子は、後述のエステル基含有高分子のコーティングをしやすい点でも好ましい。ここでいう、ポリスルホン系高分子とは、主鎖に芳香環、スルフォニル基およびエーテル基を有する高分子であり、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアリルエーテルスルホンなどが挙げられる。例えば、次式(1)または(2)の化学式で示されるポリスルホン系高分子が好適に用いられるが、本発明ではこれらに限定されるものではない。式中のnは、例えば50〜80が好ましい。
【0031】
【化1】
【0032】
ポリスルホンの具体例としては、ユーデル(登録商標)ポリスルホンP−1700、P−3500(ソルベイ社製)、ウルトラソン(登録商標)S3010、S6010(BASF社製)、ビクトレックス(登録商標)(住友化学)、レーデル(登録商標)A(ソルベイ社製)、ウルトラソン(登録商標)E(BASF社製)等のポリスルホンが挙げられる。また、ポリスルホンとしては、上記式(1)および/または(2)で表される繰り返し単位のみからなる高分子が好適ではあるが、本発明の効果を妨げない範囲で他のモノマーとの共重合体や、変性体であっても良い。特に限定するものではないが、他の共重合モノマーは10質量%以下であることが好ましい。
【0033】
中空糸膜を製膜する際には、造孔剤としておよび製膜原液の粘度調整のために、親水性高分子を配合することが必要である。かかる親水性高分子は、疎水性ユニットを有しないものである。具体例として、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボシキメチルセルロース、ポリプロピレングリコールなどが挙げられる。好ましくは、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコールおよびポリビニルアルコールから選ばれた少なくとも一つの親水性高分子である。中でも、疎水性高分子としてポリスルホン系高分子を使用する場合には、相溶性や安全性の観点からポリビニルピロリドンが好適に使用される。
【0034】
しかし、このように配合された親水性高分子が、放射線照射後の溶出物の原因となる場合が多い。その原因としては、疎水性高分子と親水性高分子の相互作用が弱いため、親水性高分子が溶出してくるものと考えられる。特に、中空糸膜の含水率が少ないドライ型のモジュールの場合では、疎水性高分子と親水性高分子間での放射線による架橋反応も起こりにくくなるため、より溶出しやすいと考えられる。親水性高分子を含有しているかどうかついては、後述のX線電子分光法を用いて測定することができる。例えば、疎水性高分子がポリスルホンであり、親水性基含有高分子がポリビニルピロリドンである場合、窒素量(c(原子数%))と硫黄量の測定値(d(原子数%))から、次の式によりポリビニルピロリドンの含有率(重量%)を算出することができる。ここで、111はビニルピロリドン基の分子量であり、442はポリスルホンを構成する繰り返し単位の分子量である。
ポリビニルピロリドン含有率(f)=100×(c×111)/(c×111+d×442)。
【0035】
他にも、水と混和しない疎水性高分子の良溶媒に中空糸膜を溶解した後、水を加えることで中空糸膜中の親水性高分子を抽出することが可能である。このように水により抽出された高分子のNMRやIRを測定することで、親水性基含有高分子が含有しているかを確認することができる。例えば、疎水性高分子がポリスルホンであり、親水性基含有高分子がポリビニルピロリドンである場合、水と混和しない疎水性高分子の良溶媒としては、ジクロロメタンが挙げられる。
【0036】
本発明は、中空糸膜の機能層表面にエステル基が存在することを特徴とする。中空糸膜の機能層表面にエステル基が存在することにより、タンパク質や血小板の付着が抑制される。詳細な機構については不明であるが、エステル基の親水性が適度であり、機能層表面の水の状態とタンパク質周囲の水の状態がほぼ同じになることにより、タンパク質の非特異的な吸着を抑制することができると考えられる。
【0037】
以上のことから、エステル基が中空糸膜の機能層表面に存在していることが重要である。中空糸膜表面のエステル基の量は、X線電子分光法(XPS)を用いて中空糸膜表面のエステル基由来の炭素量を測定することによって求めることができる。タンパク質や血小板の付着を抑制する効果を発揮するために、X線電子分光法(XPS)で測定したとき、当該機能層表面における炭素由来の全ピーク面積を100(原子数%)としたときに、エステル基由来の炭素ピーク面積百分率が、1(原子数%)以上、好ましくは1.2(原子数%)以上、さらには1.5(原子数%)以上が好ましい。一方でエステル基の量が多すぎると、膜の性能低下が見られることがあるので、エステル基由来の炭素ピーク面積百分率は、10(原子数%)以下であり、5(原子数%)以下が好ましい。
【0038】
中空糸膜表面のエステル基由来の炭素量を、X線電子分光法(XPS)によって求めるに際して、測定角としては90°で測った値を用いる。測定角90°で測定した場合、表面からの深さが約10nmまでの領域が検出される。また、中空糸膜の異なる3箇所について測定を行い、該3箇所の値の平均値を用いる。エステル基(COO)由来の炭素のピークは、C1sのCHやC−C由来のメインピークから+4.0〜4.2eVに現れるピークをピーク分割することによって求めることができる。炭素由来の全ピーク面積に対するエステル基由来のピーク面積の割合を算出することで、エステル基由来の炭素量(原子数%)が求まる。より具体的には、C1sのピークは、主にCHx,C−C,C=C,C−S由来の成分、主にC−O,C−N由来の成分、π−π*サテライト由来の成分、C=O由来の成分、COO由来の成分の5つの成分から構成される。以上の5つの成分にピーク分割を行う。COO由来の成分は、CHxやC−Cのメインピーク(285eV付近)から+4.0〜4.2eVに現れるピークである。この各成分のピーク面積比は、小数点第2桁目を四捨五入し、算出する。ピーク分割の結果、ピーク面積百分率が0.4%以下であれば、検出限界以下とした。
【0039】
エステル基を機能層表面に導入する方法としては、エステル基を含有する化合物を使用すると比較的簡便に行うことができる。エステル基を含有する化合物は、高分子であることが好ましい。膜への導入効率の観点から、エステル基を含有する部分が疎水性ユニットであることが好ましい。このような高分子の具体例としては、特に限定はしないが、酢酸ビニルなどのカルボン酸ビニルエステル;メチルアクリレート、メトキシエチルアクリレートなどのアクリル酸エステル;メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、ヒドロキシエチルメタクリレートなどのメタクリル酸エステルなどが挙げられる。さらには、エステル基含有高分子が、疎水性ユニットと親水性ユニットの共重合体からなり、疎水性ユニットにエステル基を含有することが好ましい。特に、膜への導入効率および血液適合性の観点から、酢酸ビニルとビニルピロリドンからなる共重合体を用いることが好ましいが、これに限定されるものではない。疎水性ユニットと親水性ユニットの共重合体において、疎水性ユニットの比率が小さいと膜を構成する疎水性高分子との相互作用が弱まり、導入効率が上がりにくい。一方で、疎水性ユニットの比率が大きいと中空糸膜内表面の親水性が低下し、血液適合性が低下する。そのため、疎水性ユニットの比率は20モル%以上が好ましく、30%以上がより好ましい。また、疎水性ユニットの比率は、80モル%以下が好ましく、70モル%以下がさらに好ましい。
【0040】
エステル基含有高分子を、機能層表面に導入する方法としては、以下の様な方法が挙げられる。製膜原液にエステル基含有高分子を添加する方法、中空糸膜を製膜する際の二重環口金から吐出する内側に流す芯液にエステル基含有高分子を添加する方法、中空糸製膜後にエステル基含有高分子を添加した溶液を用いて中空糸膜表面をコーティングする方法などが挙げられる。中でも、製膜後にエステル基含有高分子を添加した溶液を用いて、中空糸膜表面をコーティングする方法が好適に用いられる。後述するが、製膜後にエステル基含有高分子を中空糸膜表面にコーティングすることによって、放射線照射後における溶出物を低減することができる。
【0041】
次に、製膜後にエステル基含有高分子を中空糸膜表面にコーティングする方法のうち、最も好ましい態様を説明する。本態様では、上記エステル基含有高分子を含む洗浄液を用いて中空糸膜の洗浄を行う。製膜原液に配合された親水性高分子は、製膜後には、膜を構成する疎水性高分子とうまく絡み合っている状態のものと、膜表面に吸着しているだけの状態のものがあると考えられる。使用時に溶出しやすいのは、後者、すなわち膜表面に吸着しているだけの状態の親水性高分子であると考えられる。そのため、この状態の親水性高分子を洗浄により除去することにより、溶出物を低減することができると考えられる。その方法としては、熱水や有機溶剤などで洗浄する方法がある。しかし、熱水や有機溶剤などで洗浄した場合、膜表面に存在する親水性高分子量が低下することにより、膜の血液適合性などが低下する恐れがある。そこで、本態様では、洗浄液中に、上記エステル基含有高分子を添加することで、溶出物の原因となる上記親水性高分子の洗浄を行い、かつ、膜の表面を血液適合性の高い上記高分子によりコーティングすることができ、結果として溶出物の低減と生体適合性を高めることを同時に達成できることを見出した。
【0042】
エステル基含有高分子は、膜を構成する疎水性高分子との親和性が高いので、洗浄液中にエステル基含有高分子を添加することで、膜との親和性が低い親水性高分子との置換が起こることによって、洗浄効率がより高まる。また、洗浄によって親水性高分子が洗い流された部分に、添加したエステル基含有高分子がコーティングされるため、膜の血液適合性をより高めることが同時に可能となる。
【0043】
中空糸膜の素材は疎水性高分子であるため、主な相互作用は疎水性相互作用である。そのため、疎水性ユニットを有するエステル基含有高分子を使用することで疎水性高分子への親和性が向上し、洗浄と膜表面のコーティングの効率が向上する。
【0044】
洗浄液中に添加するエステル基含有高分子としては、特に限定はしないが、上述したように疎水性高分子との相互作用の観点、および血液適合性の観点から疎水性ユニットと親水性ユニットの共重合体からなる高分子が好適である。疎水性が強すぎる場合、コーティング後の膜表面の血液適合性が低下する恐れがある。一方で疎水性が弱すぎる場合、十分な洗浄効果が得られない恐れがある。また、洗浄液としては、水や有機溶媒等が挙げられるが、膜素材とエステル基含有高分子の疎水性相互作用の観点から水が好適に用いられる。そのため、エステル基含有高分子としては水溶性の親水性高分子が好適に用いられる。親水性高分子の側鎖にエステル基を含有する高分子や、エステル基を含有する疎水性ユニットと親水性ユニットの共重合体からなる高分子が有用である。例えば、膜素材の疎水性高分子がポリスルホン系樹脂、親水性高分子がポリビニルピロリドンである場合、洗浄液に添加するエステル基含有高分子は、酢酸ビニルとビニルピロリドンの共重合体からなる高分子が好適に用いられる。
【0045】
また、洗浄液として水を用いる場合、エステル基含有高分子と膜素材の疎水性相互作用を向上させる方法として、エステル基含有高分子の親水性ユニットと水との水素結合性水和をイオンによって不安定化することが有用である。例えば、エステル基含有高分子の親水性ユニットがビニルピロリドンである場合は、カチオンによって水和が安定化されるが、アニオンによって水和は不安定化される。すなわち水溶液をアニオン性にすることによって、エステル基含有高分子と水との相互作用が低下し、相対的にエステル基含有高分子と膜素材との疎水性相互作用が強くなる。それによって、エステル基含有高分子による洗浄効果と膜表面への導入効率が向上する。ここで、カチオンとしてはリチウムイオンなど、アニオンとしてはフッ素イオンなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0046】
また、酢酸ビニルなどのエステル基は放射線を照射した際にラジカルを発生しやすいことが知られている。そのため、エステル基含有高分子は、含水率が低く、水によるラジカルの発生が少ない条件でも中空糸膜の素材との架橋反応を起こしやすいというメリットがあると考えられる。
【0047】
洗浄液に添加するエステル基含有高分子の量は、少なすぎる場合、洗浄効果が十分に得られないことや、血液適合性を十分に付与することができないため、20ppm以上が好ましく、より好ましくは50ppm以上、さらには75ppm以上が好ましい。一方で、添加するエステル基含有高分子の量が多すぎると、添加したエステル基含有高分子自体が中空糸膜から溶出する恐れがあるため、500ppm以下が好ましく、より好ましくは300ppm以下、さらには200ppm以下が好ましい。
【0048】
洗浄液の流し方は、中空糸膜の機能層表面にのみ洗浄液を接触させる方法と、中空糸膜の機能層表面から膜厚方向に向かって洗浄液を流す方法が挙げられる。洗浄効率の向上および、機能層表面へのエステル基含有高分子の導入の観点から機能層表面から膜厚方向に洗浄液を流す方法が好適に用いられる。洗浄時間は10秒以上が好ましく、洗浄液の流量は200〜1000mL/minが好適な範囲である。
【0049】
洗浄液の温度は、温度が高すぎると中空糸膜の性能の低下を招く恐れがあることから、100℃以下が好ましく、より好ましくは90℃以下である。洗浄液の温度を高くすることは、加温のための設備が必要であることから、生産効率の上からは好ましくない。一方、洗浄液の温度が高い場合、水和が不安定となるため、エステル基含有高分子の疎水性が相対的に強まり、洗浄効率が高まる。そのため、洗浄液の温度は25℃以上が好ましく、より好ましくは50℃以上、さらには70℃以上が好ましい。特に曇点を有するエステル基含有高分子を使用する場合は、曇点以上の温度で洗浄することが好適である。
【0050】
また、中空糸膜の機能層表面には均一にエステル基含有高分子がコーティングされていることが血液適合性の観点から望ましい。機能層表面におけるエステル基含有高分子の分布は、全反射赤外分光法(ATR)で測定することができる。ATRの測定方法としては、測定範囲を3μm×3μm、積算回数は30回以上として赤外吸収スペクトルを25点測定する。この25点測定を、1本の中空糸膜について異なる3箇所で、モジュール1本当たり3本の中空糸膜について測定する。得られた赤外吸収スペクトルにおいて、1711〜1759cm−1で基準線を引き、その基準線とスペクトルの正部分で囲まれた部分をポリビニルピロリドン由来のピーク面積を(ACCO)とする。同様に1549〜1620cm−1で基準線を引き、その基準線とスペクトルの正の部分で囲まれた部分をポリスルホン由来ベンゼン環C=C由来のピーク面積を(ACC)として、両者の比(ACCO)/(ACC)を算出する。この(ACCO)/(ACC)が、平均値0.01以上が好ましく、より好ましくは0.03以上であり、さらに好ましくは0.05以上である。一方で、エステル基の割合が多すぎると表面の疎水性が強くなり、血液適合性が低下する恐れがあることから、平均値は0.3以下が好ましく、より好ましくは0.2以下、さらには0.15以下が好ましい。
【0051】
中空糸膜モジュールに充填された中空糸膜の含水率は、多すぎると保管時の菌の増殖の懸念や、中空糸膜が凍結した場合、性能の低下が起こることがある。一方、含水率が少ないドライタイプであれば、中空糸膜モジュールの軽量化が可能であり、運送のコスト、安全性が向上する。また、中空糸膜が実質的に乾いている中空糸膜モジュールでは、使用時の泡抜け性が向上する。以上のことから、本中空糸膜の含水率は25質量%以下が好ましく、より好ましくは10質量%以下、さらには4質量%以下が好ましい。
【0052】
ここで、本発明における含水率とは、中空糸膜モジュールの質量(a)、中空糸膜を絶乾状態まで乾燥した後の中空糸膜モジュールの質量(b)、絶乾状態における中空糸膜の質量(c)を測定し、含水率(質量%)=100×(a−b)/cで算出される。
【0053】
また、中空糸膜束の状態で測定する場合は、乾燥する前の中空糸束の質量(d)、絶乾状態の中空糸膜束の質量(e)を測定し、含水率(質量%)=100×(d−e)/eで算出される。いずれの場合も測定値は小数点第2位を四捨五入した値を用いる。
【0054】
中空糸膜を乾燥させる方法としては、中空糸膜モジュール内に圧空や窒素などの気体を流入させて乾燥させる方法、マイクロ波を照射して乾燥させる方法や、減圧乾燥などの方法が挙げられる。
【0055】
次に、中空糸膜の製造方法について説明する。中空糸膜は、分離性能に寄与する機能層と膜の機械的強度に寄与する支持層からなる非対称構造の膜が、透水性および分離性能の面から好ましい。
【0056】
このような中空糸膜は、二重管口金のスリット部から疎水性高分子およびその良溶媒、貧溶媒および疎水性ユニットを含有しない親水性高分子を含む製膜原液を、円管部から芯液を吐出し、乾式部を通過させた後に凝固浴で凝固させることによって製造することが好ましい。
【0057】
ここで、良溶媒とは、製膜原液において疎水性高分子を溶解する溶媒のことである。特に限定はしないが、ポリスルホン系高分子を用いる場合は、その溶解性から、N,N−ジメチルアセトアミドが好適に用いられる。一方、貧溶媒とは、製膜温度において、疎水性高分子を溶解しない溶媒のことである。特に限定はしないが、水が好適に用いられる。
【0058】
製膜原液中の疎水性高分子の濃度を高くすることで、中空糸膜の機械的強度を高めることができる。一方で、疎水性高分子の濃度が高すぎると、溶解性の低下や製膜原液の粘度増加による吐出不良などが生じる。また、製膜原液中の疎水性高分子の濃度によって、得られる中空糸膜の透水性および分画分子量を調整することができる。疎水性高分子の濃度を高くすると、中空糸膜内表面の密度が上がるため、透水性および分画分子量は低下する。以上のことから、製膜原液中の疎水性高分子の濃度は14質量%以上が好ましく、一方で24質量%以下が好ましい。
【0059】
製膜原液中に配合された疎水性ユニットを有しない親水性高分子は、造孔剤として働き、得られる中空糸膜の透水性の向上や親水性の向上が期待できる。また、親水性高分子の配合により製膜原液の粘度の調整を行うことが可能であり、中空糸膜の強度低下の要因となるマクロボイドの生成を抑制することが可能である。ただし、製膜原液中の親水性高分子の配合量が多すぎると、製膜原液の粘度増加による溶解性の低下や吐出不良が起こる場合がある。また、中空糸膜中に多量の親水性高分子が残存することで、透過抵抗の増大による透水性の低下などが起こる恐れがある。上記親水性高分子の製膜原液への最適な添加量は、その種類や目的の性能によって異なるが、1質量%以上が好ましく、一方で15質量%以下が好ましい。かかる製膜原液に添加される親水性高分子としては、特に限定はしないが、疎水性高分子としてポリスルホン系樹脂を用いる場合、相溶性が高いことからポリビニルピロリドンが好適に用いられる。また、親水性高分子は1種を単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
【0060】
さらに、中空糸膜の透水性を向上させるためには、比較的低分子量の親水性高分子を用いることで造孔作用が強まるため好適である。一方で、低分子量の親水性高分子を用いた場合、中空糸膜からの溶出が起こりやすくなる。
【0061】
製膜原液を得るために高分子を溶解する際は、高温で溶解することが溶解性向上のために好ましいが、熱による高分子の変性や溶媒の蒸発による組成変化の懸念がある。そのため、溶解温度は、30℃以上、120℃以下が好ましい。ただし、疎水性高分子および添加剤の種類によってこれらの最適範囲は異なることがある。
【0062】
中空糸製膜時に用いる芯液は良溶媒と貧溶媒の混合液が好ましく、その比率によって中空糸膜の透水性および分画分子量を調整することができる。貧溶媒としては、特に限定しないが、水が好適に用いられる。良溶媒としては、特に限定しないが、N,N−ジメチルアセトアミドが好適に用いられる。
【0063】
製膜原液と芯液が接触することで、貧溶媒の作用によって製膜原液の相分離が誘起され、凝固が進行する。芯液における貧溶媒比率を高くし過ぎると、膜の透水性および分画分子量が低下する。一方で、貧溶媒比率が低すぎると、液体のまま滴下されることになるため、中空糸膜を得ることができない。芯液における適正な両者の比率は、良溶媒と貧溶媒の種類によって異なるが、貧溶媒が芯液中10質量%以上であることが好ましく、一方で80質量%以下であることが好ましい。
【0064】
また、芯液における良溶媒の濃度が低いと、内表面の凝固が促進され、中空糸膜の性能が低下する恐れがある。一方、芯液における良溶媒の濃度が高いと、内表面の凝固が抑制され、紡糸性が低下しかねない。そのため、芯液中の良溶媒の濃度は40質量%以上が好ましく、さらに好ましくは50質量%以上であり、一方、良溶媒の濃度は90質量%以下が好ましく、より好ましくは80質量%以下、さらに好ましくは70%以下である。
【0065】
吐出時の二重管口金の温度は、製膜原液の粘度および相分離挙動ならびに芯液の製膜原液への拡散速度に影響を与え得る。一般的に、二重管口金の温度が高い程、得られる中空糸膜の透水性と分画分子量は大きくなる。ただし、二重管口金の温度が高過ぎると製膜原液の粘度の低下や凝固性の低下によって、吐出が不安定となるため紡糸性が低下する。一方で、二重管口金の温度が低いと、結露によって二重管口金に水分が付着することがある。そのため、二重管口金の温度は20℃以上が好ましく、一方で90℃以下が好ましい。
【0066】
製膜原液は、二重管口金から吐出された後、乾式部を通過して、凝固浴に浸漬され、凝固される。乾式部では、製膜原液の外表面が空気と接触することで、空気中の水分を取り込み、これが貧溶媒となるため、製膜原液の相分離が進行する。そのため、乾式部の露点を制御することで、得られる中空糸膜外表面の開孔率を調整することができる。乾式部の露点が低いと相分離が充分に進行しないことがあり、外表面の開孔率が低下し、中空糸膜の摩擦が大きくなって紡糸性が悪化し得る。一方で、乾式部の露点が高過ぎると、外表面が凝固するため開孔率が低下することがある。乾式部の露点は60℃以下が好ましく、一方で10℃以上が好ましい。
【0067】
乾式長が短すぎると製膜原液の相分離が十分に進行する前に凝固してしまい、透水性能や分画性能が低下する。乾式長は50mm以上が好ましく、さらに好ましくは100mm以上である。一方、乾式長が長すぎると糸揺れなどによって紡糸安定性が低下しかねないため、600mm以下が好ましい。
【0068】
凝固浴は貧溶媒を主成分としており、必要に応じて良溶媒が添加される。貧溶媒としては水が好適に用いられる。製膜原液が凝固浴に入ることで、凝固浴中の多量の貧溶媒によって製膜原液は凝固し、膜構造が固定化される。凝固浴の温度を高くする程、凝固が抑制されるため、透水性と分画分子量は大きくなる。
【0069】
凝固浴で凝固させることによって得られた中空糸膜は、溶媒や原液に由来する余剰の親水性高分子を含んでいるため、水洗が必要である。
【0070】
製膜時の水洗が不充分だと、中空糸膜モジュールを使用する前の洗浄が煩雑になり、また溶出物の処理液への流入が問題になり得る。水洗温度を上げることで水洗効率が上がることから、水洗の温度は、50℃以上が好ましい。
【0071】
中空糸膜の膜厚は、薄くなるほど境膜物質移動係数を低減できるために中空糸膜の物質除去性能は向上する。一方で、膜厚が薄すぎると糸切れや乾燥つぶれが発生しやすく、製造上問題となる可能性がある。中空糸膜のつぶれ易さは、中空糸膜の膜厚と内径に相関がある。そのため、中空糸膜の膜厚は20μm以上が好ましく、さらには25μm以上が好ましい。一方、50μm以下、さらには45μm以下が好ましい。中空糸膜の内径は80μm以上が好ましく、より好ましくは100μm以上、さらに好ましくは120μm以上であり、一方、250μm以下が好ましく、より好ましくは200μm以下、さらに好ましくは160μmである。
【0072】
上記中空糸膜内径とは、ランダムに選別した16本の中空糸膜の膜厚をマイクロウォッチャーの1000倍レンズ(VH−Z100;株式会社KEYENCE)でそれぞれ測定して平均値aを求め、以下の式より算出した値をいう。なお、中空糸膜外径とは、ランダムに選別した16本の中空糸膜の外径をレーザー変位計(例えば、LS5040T;株式会社KEYENCE)でそれぞれ測定して求めた平均値をいう。
中空糸膜内径(μm)=中空糸膜外径−2×膜厚
このようにして得られた中空糸膜をケースに内蔵して中空糸膜モジュールを得る。中空糸膜をケースに内蔵する方法としては、特に限定されないが、一例を示すと次の通りである。まず、中空糸膜を必要な長さに切断し、必要本数を束ねた後、筒状のケースに入れる。その後、両端に仮のキャップをし、中空糸膜両端部にポッティング剤を入れる。このとき遠心機でモジュールを回転させながらポッティング剤を入れる方法は、ポッティング剤が均一に充填できるため好ましい方法である。ポッティング剤が固化した後、中空糸膜の両端が開口するように両端部を切断する。ケースの両端にヘッダーを取り付け、ヘッダーおよびケースのノズル部分に栓をすることで中空糸膜モジュールを得る。
【0073】
中空糸膜の透水性としては、100ml/hr/mmHg/m以上が好ましく、より好ましくは200ml/hr/mmHg/m以上、さらに好ましくは300ml/hr/mmHg/m以上である。また、人工腎臓用途の場合、透水性が高すぎると残血などの現象が見られることがあるので、2000ml/hr/mmHg/m以下が好ましく、さらに好ましくは1500ml/hr/mmHg/m以下である。
【0074】
人工腎臓などの血液浄化用途の中空糸膜モジュールは滅菌することが必要であり、残留毒性の少なさや簡便さの点から、放射線滅菌法が多用されている。本発明においては、ドライタイプの中空糸膜モジュールを得ることを目的としているため、モジュールに内蔵された中空糸膜の質量に対する含水率を25質量%以下、好ましくは10質量%以下、より好ましくは4質量%以下とした状態で放射線照射を行う。使用する放射線としては、α線、β線、γ線、X線、紫外線、電子線などが用いられる。中でも残留毒性の少なさや簡便さの点から、γ線や電子線が好適に用いられる。また、中空糸内表面に取り込まれたエステル基含有高分子は放射線の照射によって膜素材と架橋を起こすことで固定化でき、溶出物の低減にも繋がるため、放射線を照射することが好ましい。放射線の照射線量が低いと滅菌効果が低くなる、一方、照射線量が高いとエステル基含有高分子や膜素材などの分解が起き、血液適合性が低下する。そのため、照射線量は15kGy以上が好ましく、100kGy以下が好ましい。
【0075】
放射線を照射する際に、中空糸膜周辺の酸素濃度が高い場合、放射線の照射によって酸素ラジカルが生じやすく、中空糸膜の含水率が低い状態では、膜の劣化や溶出物の増加を招く恐れがある。放射線は、中空糸膜周辺の雰囲気の酸素濃度が1%以下の条件で照射されることが好ましく、より好ましくは0.5%以下、さらには0.2%以下、特に好ましくは0.1%以下である。酸素濃度の測定方法は実施例にて後述する。
【0076】
特許文献1では、生体適合性の観点から、γ線照射時にある程度の酸素濃度があることが好ましいとしているが、本発明では、機能層表面にエステル基を有するため、γ線照射時の酸素濃度が低い状態でも高い生体適合性を維持することが可能となることを見出した。
【0077】
中空糸膜モジュール内の酸素濃度を低下させる方法としては、中空糸膜モジュール内に不活性ガスを流入させる方法や、脱酸素剤を用いる方法が挙げられる。しかし、脱酸素剤を用いる方法では、脱酸素剤のコストがかかり、かつ、中空糸膜の包装容器として酸素透過性の低いものを使用しなければならない。そのため、不活性ガスを充填する方法が好適である。不活性ガスを流入した後、中空糸膜モジュールのすべての注入口を密栓する、もしくは不活性ガスを流入した酸素透過性の低い包装容器に中空糸膜モジュールを入れて密封することで、中空糸膜周辺の雰囲気を不活性ガスとして、低酸素濃度状態にすることができる。
【0078】
また、中空糸膜周辺および包装容器内の湿度が高すぎる場合、結露や、低温下での凍結の原因となり、性能の低下などに繋がる恐れがある。そのため、中空糸膜周辺および包装容器内の25℃における相対湿度は、80%Rh未満が好ましく、より好ましくは60%Rh、さらには40Rh%未満であることが好ましい。ここでいう相対湿度とは室温における水蒸気分圧(p)と室温における飽和水蒸気圧(P)を用いて、相対湿度(%Rh)=100×p/Pの式で表される。
【0079】
本発明では、中空糸膜機能層表面にエステル基を有するため、相対湿度が低い条件下においても放射線照射時に膜素材との架橋反応が起こりやすいと考えられ、結果として溶出物量の溶出が抑制されると考えられる。
【0080】
中空糸膜モジュールから溶出する高分子量体の量が多いと、透析などの血液浄化用途に用いる際、血液中へ溶出物が混入し、副作用や合併症の原因となる恐れがある。そのため、溶出する高分子量体の量は、1.0mg/m以下が好ましく、より好ましくは0.75mg/m、さらには0.5mg/m以下が好ましく、最も好ましくは0mg/mである。しかし、0.1mg/m未満を達成できない場合もある。
【0081】
本発明において、中空糸膜モジュール内部を4時間循環した水中に含まれる溶出物の量を中空糸膜モジュールの溶出物量とする。ここで、4時間循環した水とは、中空糸膜モジュールの中空糸膜内表面側の流路に37℃に加温した超純水を100mL/minで7分間通液し、ついで同様に中空糸膜外表面側の流路に500mL/minで5分間通液し、再度、中空糸膜内表面流路に100mL/minで3分通液し洗浄を行ったあと、中空糸膜内表面側に37℃に加温した4Lの超純水を200mL/minで4時間循環させながら通液し、4時間循環後の水を採取したもののことである。この4時間循環した水を100倍に濃縮した液体を測定サンプルとして、ゲルろ過クロマトグラフィーなどを用いて、水中に溶出した溶出物を測定することができる。本発明における溶出物量(mg/m)は下記によって算出される。
測定方法の詳細は実施例にて後述するとおりである。このようにして求めた4時間循環後の水4L中の親水性高分子量(mg)を、測定した中空糸膜モジュールに充填された中空糸膜の内表面面積の合計値(m)で割った値を、本発明における溶出物量(mg/m)とした。計算値は小数点第3位を四捨五入した値を用いる。
溶出物量(mg/m)=4L中の親水性高分子量(mg)/中空糸膜の内表面面積の合計値(m
中空糸膜の内表面面積の合計値は下記式で求められる。
中空糸膜の内表面面積の合計値(m)=π×中空糸膜内径(m)×有効長(m)×糸本数(本)
ここで、有効長とは、中空糸膜モジュールに充填された中空糸膜においてポッティング材が付着していない部分を言う。
【0082】
また、中空糸膜からの有機物の溶出物量の別の指標として、中空糸膜モジュールの初期洗浄液の過マンガン酸カリウムの消費量を用いることができる。ここでいう初期洗浄液とは中空糸膜の内側に流量100mL/minで超純水を流したときに、中空糸膜モジュールが水で満たされて、流出した最初の25mLの洗浄液からサンプリングされた水のことをいう。この初期洗浄液中に含まれる溶出物の測定は、初期洗浄液10mLに2.0×10−3mol/Lの過マンガン酸カリウム水溶液を20mL、10体積%の硫酸を1mLおよび沸騰石を加え3分間煮沸する。その後、混合物を室温まで冷却する。そこに10質量%ヨウ化カリウム水溶液1mLを加え、室温でよく攪拌した後10分間放置し、1.0×10−2mol/Lチオ硫酸ナトリウム水溶液で滴定を行う。溶液の色が淡黄色となった時点で1質量%デンプン水溶液を0.5mL加え、室温でよく撹拌する。その後、溶液の色が透明になるまでさらにチオ硫酸ナトリウム水溶液で滴定を行う。中空糸膜モジュールを通していない超純水の滴定に要した1.0×10−2mol/Lチオ硫酸ナトリウム水溶液量と初期洗浄液の滴定に要した1.0×10−2mol/Lチオ硫酸ナトリウム水溶液量の差を溶出物量の指標とした。上記の4時間循環液の測定による溶出物量の指標が、中空糸膜モジュールの使用時における溶出物の量を表しているのに対して、初期洗浄液の測定による溶出物量の指標は、中空糸膜モジュールの初期状態の溶出物の量を表している。
【0083】
例えば、中空糸膜モジュールが人工腎臓として血液透析で使用される場合、過マンガン酸カリウムの消費量は少ないことが好ましい。透析型人工腎臓承認基準における回路の溶出物試験は、初期洗浄液10mlを用いて2.0x10−3mol/L過マンガン酸カリウム水溶液で滴定を実施することとなっており、滴定時の過マンガン酸カリウム水溶液の消費量が1ml以下となることが同基準により定められている。同基準は回路の溶出物試験であり、透析器の承認基準より厳しい基準であるため、中空糸膜モジュールが同基準をクリアすることは本発明において必要ではないが、初期洗浄液の過マンガン酸カリウムの消費量は膜面積1m当たり3mL以下、より好ましくは2mL以下、さらには1mL以下であることが好ましい。
【実施例】
【0084】
(1)X線電子分光法(XPS)測定
中空糸膜を片刃で半円筒状にそぎ切り、中空糸膜の機能層表面(内側表面)の異なる箇所を3点測定した。測定サンプルは、超純水でリンスした後、室温、0.5Torrにて10時間乾燥させた後、測定に供した。測定装置、条件としては、以下の通り。
【0085】
測定装置: ESCALAB220iXL
励起X線: monochromatic Al Kα1,2 線(1486.6eV)
X線径: 0.15mm
光電子脱出角度: 90 °(試料表面に対する検出器の傾き)
C1sのピークは、主にCHx,C−C,C=C,C−S由来の成分、主にC−O,C−N由来の成分、π−π*サテライト由来の成分、C=O由来の成分、COO由来の成分の5つの成分から構成される。以上の5つ成分にピーク分割を行う。COO由来の成分は、CHxやC−Cのメインピーク(285eV付近)から+4.0〜4.2eVに現れるピークである。この各成分のピーク面積比を、小数点第2位を四捨五入し、算出した。なお、ピーク分割の結果、ピーク面積百分率が0.4%以下であれば、検出限界以下とした。
【0086】
(2)含水率の測定
洗浄前の中空糸膜モジュールを50℃に設定した減圧乾燥機に入れ、0.5Torrで12時間乾燥させた後、測定した質量を絶乾後中空糸膜モジュール質量(b)とした。また、洗浄工程として、25℃の洗浄液を中空糸膜モジュールの中空糸膜内表面側入口15Aから出口15Bへ500mL/minで1分間通液し、さらに中空糸膜内表面側入口15Aから中空糸膜外表面側ノズル16Aへ膜厚方向に500mL/minで1分間通水した。次に100kPaの圧縮空気で中空糸膜外表面側ノズル16Aから内表面側入口15Aへ充填した液を押し出し、その後中空糸膜内表面側の充填液を15Bから15Aの方向にブローし、中空糸膜のみが湿潤した状態にした後、圧空またはマイクロ波を用いて中空糸膜モジュールを乾燥させた。この状態の中空糸膜モジュールの質量を測定し、絶乾前中空糸膜モジュール質量(a)とした。さらに同様に作成した、別のモジュールを解体して中空糸膜を取り出し、50℃、0.5Torrで12時間減圧乾燥させた後、測定した質量を絶乾時の中空糸膜の質量(c)とした。中空糸膜の含水率は下記の式より算出し、測定値は小数点第2位を四捨五入した値を用いる。
含水率(質量%)=100×(a−b)/c
ここで、a:絶乾前中空糸膜モジュール質量(g)、b:絶乾後中空糸膜モジュール質量(g)、c:絶乾時の中空糸膜質量。
【0087】
(3)酸素濃度測定
中空糸膜モジュール内に、窒素または所定の酸素濃度に調整した気体を中空糸膜内側と中空糸膜外側から同時に流入し、中空糸膜モジュール内の気体を十分に置換した後、酸素透過性の低い素材で作られたゴム製キャップで中空糸膜モジュールを密閉した。その後、飯島電子工業株式会社製IS−300を用いて、中空糸膜モジュール内の酸素濃度を測定した。中空糸膜モジュールを密栓しない場合は、酸素透過性の低い包装袋を用い、包装袋内を窒素または所定の酸素濃度に調整した気体で置換した後、前記のようにして気体を置換した中空糸膜モジュールを入れ、包装袋を密閉した。その後、包装袋内の酸素濃度を同様に測定した。値は小数点第3位を四捨五入した値を用いた。
【0088】
(4)溶出物試験
中空糸膜モジュールの中空糸膜内表面側の流路に37℃に加温した超純水を100mL/minで7分間通液し、ついで同様に中空糸膜外表面側の流路に500mL/minで5分間通液し、再度、中空糸膜内表面流路に100mL/minで3分通液を行い、洗浄を実施した。その後、中空糸膜内表面側に37℃に加温した4Lの超純水を200mL/minで4時間循環させながら通液した。4時間循環後の水を採取し、サンプル溶液を得た。得られたサンプル溶液は希薄であるため、凍結乾燥を行い、100倍に濃縮した後、ゲルろ過クロマトグラフィー測定に供した。ゲルろ過クロマトグラフィーは下記の条件で測定を実施した。まず、ポリビニルピロリドン(ISP社製 K90)を濃度を変更して溶解した数種類の水溶液を標準試料として、ゲルろ過クロマトグラフィーを用いて測定した。標準試料のポリビニルピロリドンのピーク面積と調製した濃度の関係の検量線を作成した。次に、前記サンプル溶液を測定して得られた全てのピーク面積を合計値と前記検量線から、サンプル溶液中の溶出物の濃度を算出した。
【0089】
続いて、4時間循環後の4Lの超純水中に含有する親水性高分子量を下記式にて算出した。このとき、純水1Lを1kgと近似して計算を行った。計算値は小数点第3位を四捨五入した値を用いた。
4L中の親水性高分子量(mg)=測定サンプル中の親水性高分子濃度(ppm)×4(kg)/100
中空糸膜内表面側面積(m)=π×中空糸膜内径(m)×有効長(m)×糸本数(本)
本発明における有効長とは、中空糸膜モジュールに充填された中空糸膜においてポッティング材が付着していない部分を言う。
溶出物量(mg/m)=4L中の親水性高分子量(mg)/中空糸膜内表面側面積(m
カラム:TSKgel GMPWXL(東ソー社製)
溶媒:0.1mol/L 硝酸リチウム、水/メタノール:50vol/50vol
流速:0.5mL/min
カラム温度:40℃
検出器:示差屈折計 RI−8010(東ソー社製)。
【0090】
(5)顕微ATR法
中空糸膜を片刃で半円筒状にそぎ切り、超純水でリンスした後、室温、0.5Torrにて10時間乾燥させ、表面測定用の試料とした。この乾燥中空糸膜の各表面をJASCO社製IRT−3000を用いて顕微ATR法により測定した。測定は視野(アパーチャ)を100μm×100μmとし、測定範囲は3μm×3μmで積算回数を30回、縦横各5点の計25点測定した。得られたスペクトルの波長1549〜1620cm−1で基準線を引き、その基準線とスペクトルの正の部分で囲まれた部分をポリスルホン由来ベンゼン環C=C由来のピーク面積を(ACC)とした。同様に1711〜1759cm−1で基準線を引き、その基準線とスペクトルの正部分で囲まれた部分をエステル基由来のピーク面積を(ACOO)とした。
【0091】
上記操作を同一中空糸の異なる3箇所を測定し、(ACOO)/(ACC)の平均を算出し、小数点第3位を四捨五入した値を用いた。
【0092】
(6)ヒト血小板付着試験方法
18mmφのポリスチレン製の円形板に両面テープを貼り付け、そこに中空糸膜を固定した。貼り付けた中空糸膜を片刃で半円筒状にそぎ切り、中空糸膜の内表面を露出させた。中空糸膜内表面に汚れ、キズ、折り目等が存在すると、その部分に血小板が付着するため正しい評価ができないことがあるので注意を要する。筒状に切ったFalcon(登録商標)チューブ(18mmφ、No.2051)に前記円形板を、中空糸膜を貼り付けた面が、円筒の内部にくるように取り付け、パラフィルムで隙間を埋めた。この円筒管内を生理食塩水で洗浄後、生理食塩水で満たした。ヒトの静脈血を採血後、直ちにヘパリンを濃度50U/mLになるように添加した。前記円筒管内の生理食塩水を廃棄後、前記血液を採血後30分以内に前記円筒管内に1.0mL加え、37℃にて1時間振とうさせた。その後、中空糸膜を10mLの生理食塩水で洗浄し、2.5%グルタルアルデヒド生理食塩水を加え、静置し、中空糸膜に付着した血液成分を中空糸膜に固定化させた。1時間以上経過後、20mLの蒸留水にて洗浄した。洗浄した中空糸膜を常温、0.5Torrにて10時間減圧乾燥した。この中空糸膜を走査型電子顕微鏡の試料台に両面テープで貼り付けた。その後、スパッタリングにより、Pt−Pdの薄膜を中空糸表面に形成させて、測定試料とした。この中空糸膜内表面をフィールドエミッション型走査型電子顕微鏡(日立社製S−800)を用いて、倍率1500倍で観察し、1視野中(4.3×10μm)の付着した血小板数を数えた。中空糸長手方向における中央付近で、異なる10視野での付着した血小板数の平均値を血小板付着数(個/4.3×10μm)とした。1視野で50個/4.3×10μmを超えた場合は、50個としてカウントした。中空糸の長手方向における端の部分は、血液溜まりができやすいため、血小板付着数の計測対象からはずした。
【0093】
(7)過マンガン酸カリウム水溶液による溶出物量の測定
測定中空糸膜モジュールの中空糸内側に初期洗浄液として超純水を流量100mL/minで流し、中空糸膜モジュールが水で満たされて流出した最初の25mLの水をサンプリングした。このサンプルから10mLを取り出し、2.0×10−3mol/Lの過マンガン酸カリウム水溶液を20mL、10体積%の硫酸を1mLおよび沸騰石を加え3分間煮沸した。その後、室温まで冷却し、10質量%ヨウ化カリウム水溶液1mLを加え、室温でよく攪拌した後10分間放置し、1.0×10−2mol/Lチオ硫酸ナトリウム水溶液で滴定した。溶液の色が淡黄色となった時点で1質量%デンプン水溶液を0.5mL加え、室温でよく撹拌した。その後、溶液の色が透明になるまで続けてチオ硫酸ナトリウム水溶液で滴定を行った。中空糸膜モジュールを通していない超純水についても、測定サンプルと同様の滴定を行った。中空糸膜モジュールを通していない超純水の滴定に要した1.0×10−2mol/Lチオ硫酸ナトリウム水溶液量と初期洗浄液の滴定に要した1.0×10−2mol/Lチオ硫酸ナトリウム水溶液量の差を溶出物量の指標とした。2回の測定の平均値を算出し、小数点第3位を四捨五入した値を用いた。
【0094】
(8)相対湿度の測定
密栓した中空糸膜モジュール内に温湿度計(ヴェイサラ社製、指示計HM141、プローブHMP42)を挿入し、測定を実施した。
【0095】
[実施例1]
ポリスルホン(ソルベイ社製“ユーデル(登録商標)”P−3500)16質量%、ポリビニルピロリドン(インターナショナルスペシャルプロダクツ社製;以下ISP社と略す K30)4質量%およびポリビニルピロリドン(ISP社製 K90)を2質量%、N,N−ジメチルアセトアミド77質量%、水1質量%を加熱溶解し、製膜原液とした。N,N−ジメチルアセトアミド63質量%、水37質量%の溶液を芯液とした。
【0096】
製膜原液および芯液をそれぞれ温度50℃の紡糸口金部へ送り、環状スリット部の外径0.35mm、内径0.25mmのオリフィス型二重管口金の外側の管より吐出し、芯液を内側の管より吐出した。吐出された製膜原液を、乾式長350mm、温度30℃、露点28℃のドライゾーン雰囲気を通過させた後、水100%、温度40℃の凝固浴に導いて凝固し、さらに60〜75℃で90秒の水洗工程、130℃で2分の乾燥工程、160℃のクリンプ工程を経て中空糸膜を得た。得られた中空糸膜を巻き取り、中空糸膜束とした。中空糸膜の内径は200μm、外径は280μmであった。
【0097】
中空糸膜の内表面積が1.5mになるように、中空糸膜13をケース11に充填し、かつ中空糸の両端をポッティング材17によりケース端部に固定した。さらに、ポッティング材の端部の一部をカッティングすることで両端の中空糸膜を両面開口させ、ケース両側にヘッダー14A、14Bを取り付け、中空糸膜モジュールを得た。
【0098】
次に洗浄工程として、部分ケン化ポリビニルアルコール(クラレ社製PVA417)0.01質量%の25℃の水溶液を中空糸膜モジュールの被処理液注入口(中空糸膜内表面側入口)15Aから被処理液排出口(中空糸膜内表面側出口)15Bへ500mL/minで1分間通液し、さらに被処理液注入口15Aからノズル(処理液注入口)16Aへ膜厚方向に500mL/minで1分間通水した。次に100kPaの圧縮空気でノズル16Aから被処理液注入口15Aへ充填した液を押し出し、その後中空糸膜内表面側の充填液を15Bから15Aの方向に圧縮空気でブローし、中空糸膜のみが湿潤した状態にした。さらに、中空糸膜内表面側と外表面側を同時に圧縮空気でブローし、中空糸膜を乾燥させた。ここで、洗浄前の中空糸膜モジュールの質量と乾燥後の質量から、前記のように中空糸膜モジュールの含水率を測定した。
【0099】
中空糸膜モジュール内部を窒素で置換した後、酸素を透過しないゴム栓でキャップをし、照射線量25kGyのγ線を照射し、中空糸膜モジュール1を得た。得られた中空糸膜モジュールにおける溶出物量、および中空糸膜内表面におけるXPS、顕微ATR、血小板付着数、初期洗浄液の過マンガン酸カリウム消費量を測定した。結果を表1に示す。エステル基は中空糸内表面に均一に存在しており、血小板付着数が少なく、溶出物が少ない中空糸膜モジュールが得られた。
【0100】
[実施例2]
洗浄工程に用いる洗浄液としてビニルピロリドン/酢酸ビニル(5/5)ランダム共重合体(BASF社製“Luviskol”(登録商標) VA55I)0.01質量%の25℃の水溶液とした以外は実施例1と同様の実験を行い、中空糸膜モジュール2を得た。得られた中空糸膜モジュールにおいて、中空糸膜からの溶出物量、および中空糸膜内表面におけるXPS、顕微ATR、血小板付着数、初期洗浄液の過マンガン酸カリウム消費量を測定した。結果を表1に示す。実施例1と同様に、血小板付着数が少なく、溶出物が少ない中空糸膜モジュールが得られた。
【0101】
[実施例3]
洗浄液の温度を50℃にした以外は、実施例2と同様の実験を行い、中空糸膜モジュール2を得た。得られた中空糸膜モジュールにおいて、中空糸膜からの溶出物量、および中空糸膜内表面におけるXPS、顕微ATR、血小板付着数、初期洗浄液の過マンガン酸カリウム消費量を測定した。結果を表1に示す。実施例2と同様に、血小板付着数が少なく、溶出物がさらに少ない中空糸膜モジュールが得られた。
【0102】
[実施例4]
洗浄工程に用いる洗浄液としてビニルピロリドン/酢酸ビニル(7/3)ランダム共重合体(BASF社製“Luviskol”(登録商標) VA73)0.01質量%の50℃の水溶液とした以外は実施例1と同様の実験を行い、中空糸膜モジュール4を得た。得られた中空糸膜モジュールにおいて、中空糸膜からの溶出物量、および中空糸膜内表面におけるXPS、顕微ATR、血小板付着数、初期洗浄液の過マンガン酸カリウム消費量を測定した。結果を表1に示す。実施例1と同様に、血小板付着数が少なく、溶出物が少ない中空糸膜モジュールが得られた。
【0103】
[実施例5]
洗浄工程に用いる洗浄液としてビニルピロリドン/酢酸ビニル(6/4)ランダム共重合体(BASF社製“KOLLIDON”(登録商標) VA64)0.01質量%の25℃の水溶液を使用した以外は実施例1と同様の実験を行い、中空糸膜モジュール5を得た。得られた中空糸膜モジュールにおける溶出物量、および中空糸膜内表面におけるXPS、顕微ATR、血小板付着数、初期洗浄液の過マンガン酸カリウム消費量を測定した。結果を表1に示す。エステル基は中空糸内表面に均一に存在しており、血小板付着数が少なく、溶出物が少ない中空糸膜モジュールが得られた。
【0104】
[実施例6]
洗浄工程に用いる洗浄液としてビニルピロリドン/酢酸ビニル(6/4)ランダム共重合体(BASF社製“KOLLIDON”(登録商標) VA64)0.02質量%の25℃の水溶液を使用した以外は、実施例1と同様の実験を行い、中空糸膜モジュール6を得た。得られた中空糸膜モジュールにおいて、中空糸膜からの溶出物量、および中空糸膜内表面におけるXPS、顕微ATR、血小板付着数、初期洗浄液の過マンガン酸カリウム消費量を測定した。結果を表1に示す。実施例1と同様に、血小板付着数が少なく、溶出物が少ない中空糸膜モジュールが得られた。
【0105】
[実施例7]
洗浄工程に用いる洗浄液としてビニルピロリドン/酢酸ビニル(6/4)ランダム共重合体(BASF社製“KOLLIDON”(登録商標) VA64)0.01質量%の80℃の水溶液を使用し、中空糸膜モジュール内の酸素濃度を1%に調整してγ線を照射した以外は実施例1と同様の実験を行い、中空糸膜モジュール7を得た。得られた中空糸膜モジュールにおいて、中空糸膜からの溶出物量、および中空糸膜内表面におけるXPS、顕微ATR、血小板付着数、初期洗浄液の過マンガン酸カリウム消費量を測定した。結果を表1に示す。実施例1と同様に血小板付着数が少なく、溶出物が少ない中空糸膜モジュールが得られた。
【0106】
[実施例8]
γ線照射時の中空糸膜の含水率を20質量%とした以外は、実施例1と同様の実験を行い、中空糸膜モジュール8を得た。得られた中空糸膜モジュールにおいて、中空糸膜からの溶出物量、および中空糸膜内表面におけるXPS、顕微ATR、血小板付着数、初期洗浄液の過マンガン酸カリウム消費量を測定した。結果を表1に示す。実施例1と同様に血小板付着数が少なく、溶出物が少ない中空糸膜モジュールが得られた。また、洗浄時の泡抜け性にも問題は無かった。
【0107】
[実施例9]
洗浄工程に用いる洗浄液としてビニルピロリドン/酢酸ビニル(6/4)ランダム共重合体(BASF社製“KOLLIDON”(登録商標) VA64)0.01質量%の60℃の水溶液を使用した以外は実施例1と同様の実験を行い、中空糸膜モジュール9を得た。得られた中空糸膜モジュールにおいて、中空糸膜からの溶出において、中空糸膜からの量、および中空糸膜内表面におけるXPS、顕微ATR、血小板付着数、初期洗浄液の過マンガン酸カリウム消費量を測定した。結果を表1に示す。実施例1と同様に血小板付着数が少なく、溶出物が少ない中空糸膜モジュールが得られた。
【0108】
[比較例1]
中空糸膜モジュール内の酸素濃度を2.5%に調整してγ線を照射した以外は、実施例1と同様の実験を行い、中空糸膜モジュール10を得た。得られた中空糸膜モジュールにおいて、中空糸膜からの溶出物量、および中空糸膜内表面におけるXPS、顕微ATR、血小板付着数を測定した。結果を表1に示す。実施例1と同様に血小板付着数は少なかったが、酸素濃度が高いため、溶出した高分子量体量が増加していた。
【0109】
[比較例2]
洗浄工程に用いる洗浄液として80℃の水を使用した以外は、実施例1と同様の実験を行い、中空糸膜モジュール11を得た。得られた中空糸膜モジュールにおいて、中空糸膜からの溶出物量、および中空糸膜内表面におけるXPS、顕微ATR、血小板付着数を測定した。結果を表1に示す。機能層表面にエステル基が存在しないため、血小板付着数が多く、また、溶出物の量も多かった。
【0110】
[比較例3]
洗浄工程に用いる洗浄液としてビニルピロリドン/酢酸ビニル(6/4)ランダム共重合体(BASF社製“KOLLIDON”(登録商標) VA64)0.001質量%の25℃の水溶液を使用した以外は、実施例1と同様の実験を行い、中空糸膜モジュール12を得た。得られた中空糸膜モジュールにおいて、中空糸膜からの溶出物量、および中空糸膜内表面におけるXPS、顕微ATR、血小板付着数を測定した。結果を表1に示す。実施例1と同様に、血小板付着数が少なかった。しかし、表面に存在するエステル基量が少ないことに関連してか、溶出物の量は多かった。
【0111】
[参考例]
特開2011−78974の実施例3に記載の方法で、中空糸膜モジュール13を得た。得られた中空糸膜モジュールにおいて、中空糸膜からの溶出物量、および中空糸膜内表面におけるXPS、顕微ATR、血小板付着数を測定した。結果を表1に示す。表面のエステル基量は少ないが、γ線照射時の中空糸膜の含水率が高いため、溶出物量を抑制することができている。
【0112】
【表1】
【符号の説明】
【0113】
11 筒状のケース
13 中空糸膜
14A ヘッダー
14B ヘッダー
15A 被処理液注入口(中空糸膜内側入口)
15B 被処理液排出口(中空糸膜内側出口)
16A ノズル(処理液注入口)
16B ノズル(処理液排出口)
17 ポッティング材
図1