【実施例】
【0028】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0029】
<材料>
飼育中に腫瘍を自然発症したSprague-Dawleyラット(以下、担腫瘍ラット)を日本チャールズリバー株式会社より購入し、実験に用いた。観察された腫瘍は全て乳腺腫瘍(腺癌及び腺腫)であった。また、これらは全て自然発症(spontaneous)の腫瘍であり、ヒトを含む哺乳動物の発がん要因を含む腫瘍発生の諸条件を踏まえた担がん動物である。
【0030】
<方法>
比較例1:無治療の担腫瘍ラットの腫瘍病変標本の観察(3症例)
エーテル麻酔下において担腫瘍ラットから腫瘍組織を摘出した。摘出腫瘍を固定後、光学顕微鏡(ヘマトキシリン・エオジン染色)標本及び電子顕微鏡(ウラン・鉛重染色)標本を作製し観察した。
【0031】
実施例1:モンテルカストナトリウムの担腫瘍ラットに対する治療効果(3症例)
担腫瘍ラットに対し、モンテルカストナトリウムを活性成分とするロイコトリエン阻害剤(ロイコトリエン受容体拮抗剤、商品名「シングレア錠」、MSD株式会社製)を、モンテルカストナトリウムとして1日当たり0.16mg/kg体重の投与量で最長7日間経口投与し、エーテル麻酔下において腫瘍組織を3日目および7日目に摘出した。比較例1と同様に、摘出腫瘍を固定後、光学顕微鏡(ヘマトキシリン・エオジン染色)標本及び電子顕微鏡(ウラン・鉛重染色)標本を作製し観察した。
【0032】
実施例2:ザフィルルカストの担腫瘍ラットに対する治療効果(3症例)
担腫瘍ラットに対し、ザフィルルカストを活性成分とするロイコトリエン阻害剤(ロイコトリエン受容体拮抗剤、商品名「アコレート」、アストラゼネカ株式会社製)を、ザフィルルカストとして1日当たり1.33mg/kg体重の投与量で最長7日間経口投与し、エーテル麻酔下において腫瘍組織を3日目および7日目に摘出した。比較例1と同様に、摘出腫瘍を固定後、光学顕微鏡(ヘマトキシリン・エオジン染色)標本及び電子顕微鏡(ウラン・鉛重染色)標本を作製し観察した。
【0033】
実施例3:プランルカスト水和物の担腫瘍ラットに対する治療効果(3症例)
担腫瘍ラットに対し、プランルカスト水和物を活性成分とするロイコトリエン阻害剤(ロイコトリエン受容体拮抗剤、商品名「オノン」、小野薬品工業株式会社製)を、プランルカスト水和物として1日当たり7.5mg/kg体重の投与量で最長7日間経口投与し、エーテル麻酔下において腫瘍組織を3日目および7日目に摘出した。比較例1と同様に、摘出腫瘍を固定後、光学顕微鏡(ヘマトキシリン・エオジン染色)標本及び電子顕微鏡(ウラン・鉛重染色)標本を作製し観察した。
【0034】
実施例4:ジロートンの担腫瘍ラットに対する治療効果(3症例)
担腫瘍ラットに対し、ジロートンを活性成分とするロイコトリエン阻害剤(ロイコトリエン生合成阻害剤、商品名「ZYFLO」、アボットラボラトリーズ製)を、ジロートンとして1日当たり34.3mg/kg体重の投与量で最長7日間経口投与し、エーテル麻酔下において腫瘍組織を3日目および7日目に摘出した。比較例1と同様に、摘出腫瘍を固定後、光学顕微鏡(ヘマトキシリン・エオジン染色)標本及び電子顕微鏡(ウラン・鉛重染色)標本を作製し観察した。
【0035】
<結果>
比較例1の無治療担腫瘍ラット腫瘍組織像と比較して、ロイコトリエン阻害剤である、モンテルカストナトリウム(ロイコトリエン受容体拮抗剤、実施例1)、ザフィルルカスト(ロイコトリエン受容体拮抗剤、実施例2)、プランルカスト水和物(ロイコトリエン受容体拮抗剤、実施例3)及びジロートン(ロイコトリエン生合成阻害剤、実施例4)による治療を施した全ての担腫瘍ラットの腫瘍細胞において、投与3日目には既に部分的にアポトーシスが誘導され、腫瘍細胞の進展・増殖の抑制効果が顕著に認められた。
【0036】
また、治療群全てにおいて、腫瘍組織の間質成分であり腫瘍細胞の酵素・栄養補給経路として必須である新生血管の内皮細胞に対しても、アポトーシスが誘導されており、腫瘍内の血流が阻止され、腫瘍細胞増殖・転移抑制効果につながったと考えられた。血管内皮細胞のほか、線維芽細胞及び平滑筋細胞のアポトーシス、並びに血管に併走する末梢神経細胞の変性も確認された。これらの間質細胞のアポトーシス及び変性は、治療群の腫瘍組織内のみに観察され、全ての治療群の正常部位及び無治療群の腫瘍組織内には認められなかった。
【0037】
また、治療群のラットには副作用は全く認められなかった。
【0038】
上記した病理所見を病理標本の顕微鏡像に基づきさらに詳細に説明する。
【0039】
図Aは、無治療群(比較例1)の腫瘍組織の電子顕微鏡像であり、正常な血管内皮細胞(図中のE)が認められる。
【0040】
図B及びCは、モンテルカストナトリウム投与群(実施例1、投与期間3日)の腫瘍組織の電子顕微鏡像である。腫瘍組織内の血管において内皮細胞のアポトーシス(図中のE−apo)が認められた。これらの内皮細胞は核の不整(イレギュラー)な濃縮や断片化(図中の*)がみられ、アポトーシスのステージII〜IIIに相当する(T. Ihara, et al. The process of ultrastructural changes from nuclei to apoptotic body. Virchow Arch (1998) 433: 443-447)。内皮細胞のアポトーシスにより腫瘍組織への血流阻害効果(新生血管阻害効果)が得られた。また、膠原線維を産生し腫瘍組織の間質を構成する、線維芽細胞のアポトーシス(図中のF−apo)も誘導されており、膠原線維の減少(図中のC)も観察され、間質増生阻害効果もみられた。
【0041】
図D〜Fは、プランルカスト水和物投与群(実施例3、投与期間3日)の腫瘍組織の電子顕微鏡像である。腫瘍組織内の血管において内皮細胞のアポトーシス(図中のE−apo)が認められた。これらの内皮細胞は核の不整(イレギュラー)な濃縮や断片化(図中の*)がみられ、アポトーシスのステージII〜IIIに相当する(Ihara, et al. 1998、上掲)。ジロートン投与群と同様に、内皮細胞のアポトーシスにより腫瘍組織への血流阻害効果(新生血管阻害効果)が得られた。
【0042】
図G〜Iは、ザフィルルカスト投与群(実施例2、投与期間3日)の腫瘍組織の電子顕微鏡像である。腫瘍組織内の血管において内皮細胞のアポトーシス(図中のE−apo)が認められた。これらの内皮細胞は核の不整(イレギュラー)な濃縮や断片化(図中の*)がみられ、アポトーシスのステージII〜IIIに相当する(Ihara, et al. 1998、上掲)。加えて血管内皮細胞(E)の変性像(→)が認められた(
図I)。内皮細胞のアポトーシスおよび変性により腫瘍組織への血流阻害効果(新生血管阻害効果)が得られた。
【0043】
図J及びKは、ジロートン投与群(実施例4、投与期間3日)の腫瘍組織の電子顕微鏡像である。腫瘍組織内の血管において内皮細胞のアポトーシス(図中のE−apo)が認められた。これらの内皮細胞は核の不整(イレギュラー)な濃縮や断片化(図中の*)がみられ、アポトーシスのステージII〜IIIに相当する(Ihara, et al. 1998、上掲)。内皮細胞のアポトーシスにより腫瘍組織への血流阻害効果(新生血管阻害効果)が得られた。また、膠原線維を産生し腫瘍組織の間質を構成する、線維芽細胞のアポトーシス(図中のF−apo)も誘導されており、間質増生阻害効果もみられた。
【0044】
図L〜Oは、各ロイコトリエン阻害剤投与群における平滑筋細胞の電子顕微鏡像である。いずれの投与群でも、腫瘍組織内にある平滑筋細胞のアポトーシス(SMC-Apo)が認められた。これらの平滑筋細胞は
核の不整(イレギュラー)な濃縮や断片化(*)がみられアポトーシスのステージII〜IIIに相当する(Ihara, et al. 1998、上掲)。腫瘍組織内の平滑筋細胞のアポトーシスにより、新生血管阻害効果(血管周囲の平滑筋細胞にもアポトーシスが確認されたため)、および間質増生阻害効果(平滑筋細胞は線維芽細胞と共に間質構成成分である膠原線維を産生するため)が認められた。これらの所見はロイコトリエン阻害剤投与群のみに認められ、無治療群にはみられなかった。
【0045】
図P〜Sは、各ロイコトリエン阻害剤投与群における末梢神経の電子顕微鏡像である。腫瘍組織内の末梢神経において軸索(a)およびミエリン鞘(m)の変性像が認められた。これらの所見は末梢神経細胞の障害を示しており、ロイコトリエン阻害剤投与により血管に併走している神経の増生抑制効果が得られた。また、腫瘍組織内の神経細胞増生が抑制されることにより、腫瘍による疼痛に対して抑制効果も得られる。これらの所見はロイコトリエン阻害剤投与群のみに認められ、無治療群にはみられなかった。またこれらの変性は、ロイコトリエン阻害剤投与群担腫瘍ラットの腫瘍部位対側(非腫瘍部位)の末梢神経細胞には全く認められず、副作用もないと考えられた。
【0046】
実施例5:ロイコトリエン受容体抗体を用いた免疫染色によるロイコトリエン受容体の確認
パラフィン切片を用いて、各種腫瘍組織内にロイコトリエン受容体が存在するかどうかを、ロイコトリエン受容体抗体(Polyclonal Antibody to CysLT1およびPolyclonal Antibody to CysLT2:Acris Antibodies社)を用いた、免疫染色法(シンプルステインMAX-PO法:ニチレイ社)により確認した。確認を行った腫瘍組織を表1に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
今回確認した腫瘍組織全てにおいて、ロイコトリエン受容体抗体陽性細胞が確認された。免疫染色像の代表例を
図T〜Xに示す。
【0049】
上記で用いた4種のロイコトリエン阻害剤は、ロイコトリエン受容体に対して拮抗的に作用する、ないしはロイコトリエン産生を阻害する薬剤であるが、腫瘍組織内の各種細胞にロイコトリエン受容体が多数発現していることから、ロイコトリエン受容体を介したシグナル伝達を阻害することによって腫瘍に対する治療効果が得られると考えられる。上皮性及び非上皮性腫瘍組織の両方にロイコトリエン受容体の発現が認められており、ロイコトリエン阻害剤は両腫瘍群に治療効果を発揮すると考えられる。さらに、良性腫瘍組織においてもロイコトリエン受容体の発現が確認されたことから、ロイコトリエン阻害剤は悪性腫瘍のみならず良性腫瘍に対しても治療効果を発揮すると考えられる。