(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記吸引部は、前記コンタクトチップから突き出された前記溶接ワイヤの周囲および当該溶接ワイヤの先端部近傍から、当該溶接ワイヤから放出された水素源を吸引し、溶接金属中の拡散性水素量を低減すること
を特徴とする請求項3に記載の溶接装置。
前記吸引手段には、溶接の開始を知らせる溶接開始信号を受信し、受信した当該溶接開始信号をもとに当該吸引手段による吸引の起動及び停止を行う吸引手段起動制御装置が具備されていること
を特徴とする請求項17乃至23のいずれか1項に記載の溶接装置。
【背景技術】
【0002】
溶接産業において、溶接金属中の拡散性水素(水素原子H)による溶接金属の水素脆化及び水素割れが問題となっている。溶接金属中の拡散性水素は、鋼組織の粒界や微小空間に集まり水素分子(H
2)となり、体積が膨張し、この膨張圧力によって割れを生じさせ、構造物の破壊に繋がる。このような水素割れについては、鋼の強度が増すに従って水素割れ感受性が高まるが、近年、溶接において強度の高い高張力鋼が使われる傾向にある。
【0003】
図20は、拡散性水素が溶接金属に吸収されるプロセスを説明するための図である。
図20において、ワイヤは、フラックス入りのワイヤであるフラックスコアードワイヤ(FCW(Flux Cored Wire))が用いられるものとして説明する。また、
図21は、フラックスコアードワイヤの断面を示す図である。
【0004】
フラックスコアードワイヤであるワイヤ201は、外周を構成する鋼製フープ202と中心部203とから構成されている。フラックスコアードワイヤの場合、中心部203には、金属または合金などの金属粉、及びフラックスが含まれる。そして、ワイヤ201がコンタクトチップ208を通して送られると同時に、溶接電流がコンタクトチップ208からワイヤ201に流れて、ワイヤ201先端のアーク209によってワイヤ201が溶けて溶接金属210となる。このとき、コンタクトチップ208から突き出されたワイヤ201のワイヤ突出し部211には溶接電流が流れるため、抵抗発熱が生じ、温度が上昇する。この上昇温度は、例えば、コンタクトチップ208の先端から5mm程度で100℃に達し、コンタクトチップ208の先端から20mmのワイヤ先端近傍では約600℃まで上昇する場合がある。
【0005】
ワイヤ突出し部211の温度が100℃を超えて上昇すると、まずワイヤ201表面の水素源205が気化しワイヤ201から放出される。続いて、加熱された鋼製フープ202からの熱伝導により中心部203が加熱され、フラックス内および金属粉内の水素源205も気化して、継ぎ目であるシーム204を通してワイヤ201外に放出される。ワイヤ201から放出された水素源205の一部は、アークプラズマ気流、及びガスシールドアーク溶接の場合にノズル206から溶接部に供給されるシールドガスの流れ(矢印207に示す方向)によって、矢印213に示す方向に流れて、アーク209に導かれる。アーク209は数千度の高温であるため、水素源205、例えばH
2Oは、解離して拡散性水素212となり、アーク柱内の溶滴および溶接金属210に吸収されて溶接金属210内に入り込む。
【0006】
このようにして、ワイヤ表面に存在する水素源や、ワイヤに使われるフラックス及び金属粉に含まれる水素源が、高温に加熱されたワイヤ突出し部において気化する。そして、気化した水素源は、アークプラズマ気流及びガスシールドアーク溶接の場合に供給されるシールドガスの流れによって、アーク柱内及びその近傍に運ばれ、解離して水素原子(即ち、拡散性水素)となり、溶接金属中に吸収される。
【0007】
拡散性水素により発生する水素脆化及び水素割れの対策としては、拡散性水素が溶接金属から外部に放出されることを促すために、予熱(溶接前に溶接鋼材を加熱すること)や後熱(溶接後、溶接部を加熱すること)が行われる場合がある。また、溶接においてフラックスコアードワイヤを使う場合には、フラックスにCaF
2やNa
3AlF
6などのフッ化物を添加することにより、拡散性水素を低減させる方法も用いられている。さらに、ガスシールドアーク溶接において供給されるシールドガスにCF
4を微量に混合する手法も提案されている。
【0008】
また、例えば、特許文献1には、溶接士にとって不都合な物質である溶接ヒュームを取り出すための装置として、電圧源に接続可能な溶接ワイヤを内部において案内できる中心部材と、溶接ヒュームを取り出すため中心部材の外側に配置された取出し部材と、ガスを供給するため取出し部材の外側に配置されたガス供給部材とを備える溶接作業を行うための装置が記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
溶接ワイヤにおける水素源は、溶接ワイヤ表面に付着している油や水分、フラックスコアードワイヤやメタルコアードワイヤ(MCW(Metal Cored Wire))に内包されるフラックス及び金属粉に付着している水分である。一般に、溶接ワイヤ表面に付着している水素源よりも、フラックスや金属粉に付着している水素源のほうが比較的多い。そのため、フラックス及び金属粉に付着する水素源を減らすために、ワイヤを製造する前に、フラックス及び金属粒子を高温で乾燥し、水素源を除去する手法が採られる場合がある。また、製造工程の中で吸湿するのを防止することも必要であるが、多大なコストがかかる。更には、製品化された後でも、保管中や湿度の高い溶接現場での作業中にも空気中から水分が吸着するので、水素源を減少させることには様々な障害が存在する。
【0011】
また、水素脆化及び水素割れの対策として、予熱や後熱を行う場合には、150〜250℃もの加熱を行うこととなり、多大なエネルギー費用及び労力がかかる。また、高温の作業であり溶接作業者に過酷な負担をかけるという問題がある。フラックスにフッ化物を添加する場合には、添加物の量を増加させるにつれてアークの安定性を劣化させるために、拡散性水素が十分に低減しない場合がある。さらに、シールドガスにCF
4を混合する手法においても、安全性の問題やアークの安定性が劣化する問題があり、普及するには障害があるといえる。
本発明は、溶接金属中の拡散性水素の量を低減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
かかる目的のもと、本発明は、溶接部にシールドガスを供給しながら溶接を行う溶接方法であって、コンタクトチップから突き出された溶接ワイヤの周囲および溶接ワイヤの先端部近傍から、溶接ワイヤから放出された水素源が含まれるガスを吸引ノズルを用いて吸引し、吸引したガスを新しいシールドガスと混合して溶接することを特徴とする溶接方法である。
また、溶接ワイヤは、フッ化物を含むフラックスコアードワイヤであることを特徴とすることができる。
【0013】
さらに、他の観点から捉えると、本発明は、溶接ワイヤを案内するとともに溶接ワイヤに溶接電流を供給するコンタクトチップと、コンタクトチップから突き出された溶接ワイヤの周囲を囲み、かつ溶接ワイヤの先端部に向けて開口してガスを吸引する吸引部と、吸引部から吸引したガスと新しいシールドガスとを混合する混合部と、混合部にて混合されたガスを溶接部に供給するシールドガス供給ノズルとを有する溶接装置である。
また、吸引部は、コンタクトチップから突き出された溶接ワイヤの周囲および溶接ワイヤの先端部近傍から、溶接ワイヤから放出された水素源を吸引し、溶接金属中の拡散性水素量を低減することを特徴とすることができる。
さらに、吸引部及び混合部としてエジェクタが具備され、エジェクタは、新しいシールドガスの流れを利用してガスを吸引することを特徴とすることができる。
そして、吸引部には、真空ポンプが具備されていることを特徴とすることができる。
そしてまた、吸引部には、吸引流量を監視するための流量計が具備されていることを特徴とすることができる。
また、吸引部には、水素源とともに吸引されるヒュームを除去するフィルタが具備されていることを特徴とすることができる。
さらに、吸引部には、吸引量を一定に制御する吸引量制御装置が具備されていることを特徴とすることができる。
そして、吸引部には、吸引量の異常を検出すると、アラームの発生または溶接の停止を行う吸引量異常検出装置が具備されていることを特徴とすることができる。
また、この溶接装置は、溶接トーチとして捉えることができる。溶接トーチとして捉えた場合、吸引部は、新しいシールドガスが流れる経路であり、シールドガスを噴出する駆動ノズルを含み、混合部は、吸引部から吸引したガスと駆動ノズルから噴出されたシールドガスとを混合する混合管を含み、シールドガス供給ノズルは、混合管の出口に接続され、混合管にて混合されたガスを溶接部に供給することを特徴とすることができる。
【0014】
そして、他の観点から捉えると、本発明は、溶接ワイヤを案内するとともに溶接ワイヤに溶接電流を供給するコンタクトチップと、コンタクトチップから突き出された溶接ワイヤの周囲を囲み、かつ溶接ワイヤの先端部に向けた開口部を有し、外部から供給される新しいシールドガスの流れを利用してガスを吸引する吸引部と、吸引部から吸引したガスと新しいシールドガスとを混合する混合部と、混合部にて混合されたガスを溶接部に供給するシールドガス供給ノズルとを有する溶接装置である。
【0015】
また、他の観点から捉えると、本発明は、消耗電極式ガスシールドアーク溶接またはセルフシールドアーク溶接によって溶接を行う溶接方法において、コンタクトチップから突き出された溶接ワイヤの周囲及び溶接ワイヤの先端部近傍から、溶接ワイヤから放出された水素源を吸引ノズルを用いて吸引し、
吸引ノズルから吸引される水素源を含むガスの流量は、シールドガス供給ノズルから溶接部に供給されるガスの流量の80%以下であり、吸引した水素源を溶接部外に排出することにより溶接金属中の拡散性水素量を低減する溶接方法である。
また、溶接ワイヤは、フッ化物を含むフラックスコアードワイヤであることを特徴とすることができる
。
そして、吸引ノズルから吸引される水素源を含むガスの流速は、シールドガス供給ノズルから供給されるガスの流速の1倍以上であることを特徴とすることができる。
【0016】
さらに、他の観点から捉えると、本発明は、溶接ワイヤを案内するコンタクトチップと、溶接部にシールドガスを供給するシールドガス供給ノズルと、コンタクトチップから突き出された溶接ワイヤの周囲を囲み、かつ溶接ワイヤの先端部に向けて開口して
、溶接ワイヤから放出された水素源を吸引する吸引ノズルとを有
し、吸引ノズルから吸引される水素源を含むガスの流量は、シールドガス供給ノズルから溶接部に供給されるガスの流量の80%以下であることを特徴とする溶接装置である。
この溶接装置は、吸引ノズルから吸引された水素源を含むガスを吸引する吸引手段を更に備えることを特徴とすることができる。
また、吸引手段には、圧縮ガスの流れを利用してガスを吸引するエジェクタが具備されていることを特徴とすることができる。
さらに、吸引手段には、真空ポンプが具備されていることを特徴とすることができる。
そして、吸引手段には、吸引流量を監視するための流量計が具備されていることを特徴とすることができる。
そしてまた、吸引手段には、水素源とともに吸引されるヒュームを除去するフィルタが具備されていることを特徴とすることができる。
また、吸引手段には、吸引量を一定に制御する吸引量制御装置が具備されていることを特徴とすることができる。
さらに、吸引手段には、吸引量の異常を検出すると、アラームの発生または溶接の停止を行う吸引量異常検出装置が具備されていることを特徴とすることができる。
そして、吸引手段には、溶接の開始を知らせる溶接開始信号を受信し、受信した溶接開始信号をもとに吸引手段による吸引の起動及び停止を行う吸引手段起動制御装置が具備されていることを特徴とすることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、溶接金属中の拡散性水素の量を低減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
<溶接システムの構成>
本実施の形態に係る溶接システム100は、消耗電極式ガスシールドアーク溶接によって溶接を行う装置である。消耗電極とは、アーク溶接において、アーク熱により溶融する電極を表す。また、ガスシールドアーク溶接とは、噴射したシールドガスにより溶接部を外気から遮断して溶接を行う溶接法である。そして、溶接システム100は、溶接部に噴射したシールドガスのうちワイヤ突き出し長近傍の水素源を含むシールドガスを吸引し、吸引したシールドガスと新しいシールドガスとを混合して、混合したシールドガス(以下、混合シールドガスと称する)をさらに溶接部に噴射して溶接を行う。
【0021】
図1は、本実施の形態に係る溶接システム100の概略構成の一例を示す図である。
図1に示すように、本実施の形態に係る溶接システム100は、ワイヤ(溶接ワイヤ)1を用いてワークWを溶接する溶接トーチ10と、シールドガスを吸引し、吸引したシールドガスを新しいシールドガスと混合する吸引装置30と、吸引したシールドガスが流れる吸引シールドガス供給経路60と、混合シールドガスが流れる混合シールドガス供給経路70とを備える。
【0022】
溶接トーチ10は、溶接電源(不図示)から供給される溶接電流によりワイヤ1を給電してワークWを溶接する。ワイヤ1としては、例えば、中心部に金属粉及びフラックスが添加されたフラックスコアードワイヤ、中心部に主として金属粉が添加されたメタルコアードワイヤ、鋼などの合金で構成されるソリッドワイヤが用いられる。溶接トーチ10は、シールドガス供給ノズル11と、吸引ノズル12と、コンタクトチップ14と、吸引経路15と、チップボディ17とを備えている。
【0023】
吸引装置30は、溶接トーチ10の吸引ノズル12からシールドガスを吸引し、吸引したシールドガスと新しいシールドガスとを混合する。ここで、新しいシールドガスは、シールドガスボンベ等の、図示していない外部のシールドガス供給装置から供給される。吸引装置30としては、例えば25リットル/min程度の吸引能力があれば良く、小型で大きなエネルギーを必要とするものではなく安価に供給されているものを採用することが可能である。吸引装置30は、流量制御バルブ31と、エジェクタ32とを備える。
【0024】
吸引シールドガス供給経路60は、例えばゴムチューブであり、溶接トーチ10の吸引経路15と吸引装置30とを接続し、吸引したシールドガスが流れる経路となる。
【0025】
混合シールドガス供給経路70は、後述する吸引装置30の排気ポート37と溶接トーチ10のチップボディ17とを接続し、混合シールドガスが流れる経路となる。
【0026】
そして、本実施の形態において、溶接システム100は、溶接装置の一例として用いられる。また、コンタクトチップ14、シールドガス供給ノズル11、吸引ノズル12を備える溶接トーチ10についても、溶接装置の一例として用いられる。
また、本実施の形態において、溶接システム100を溶接装置の一例として用いた場合、吸引手段の一例として、吸引装置30、及び吸引シールドガス供給経路60が用いられる。また、吸引部の一例として、吸引装置30、吸引シールドガス供給経路60、吸引ノズル12、及び吸引経路15が用いられる。さらに、混合部の一例として、吸引装置30が用いられる。
【0027】
次に、溶接トーチ10の構成について説明する。
【0028】
シールドガス供給ノズル11は、筒状の形状を有しており、筒状に形成されたチップボディ17のうち
図1の下側となる開口側にはめ込まれることで固定されている。このシールドガス供給ノズル11は、溶接部に対して混合シールドガスを供給する。また、シールドガス供給ノズル11は筒状に形成されているため、混合シールドガスは、溶接部を包囲して外気から遮断するように供給される。また、シールドガス供給ノズル11は、チップボディ17、混合シールドガス供給経路70を介して吸引装置30と接続される。
【0029】
吸引ノズル12は、シールドガス供給ノズル11の内部に配設され、筒状の形状を有しており、チップボディ17のうち
図1の下側となる開口側にはめ込まれることで固定されている。また、吸引ノズル12は、コンタクトチップ14から突き出されたワイヤ1のワイヤ突出し部2の周囲3を囲む構造をもち、かつワイヤ1の先端部に向けて開口部13を有する。
図2は、溶接システム100における
図1のA−A部の断面図である。
図2に示すように、ワイヤ突出し部2の周囲3を囲むように、吸引ノズル12が存在している。
【0030】
ここで、吸引ノズル12は、ワイヤ1の先端方向、即ち、アーク6がある方向に向けて開口しており、ワイヤ先端部の近傍で放出された水素源4を含むシールドガスを吸引するように構成されている。吸引ノズル12が吸引することにより、水素源4を含むシールドガスは、溶接部外に向かう方向である矢印5の方向に流れて吸引され、溶接部外に排出されることとなる。
【0031】
ワイヤ先端部の近傍で放出された水素源4を吸引するには、吸引ノズル12を長くしてワイヤ先端部まで囲むように構成すれば良いが、アーク熱により吸引ノズル12が溶融する可能性がある。そのため、吸引ノズル12は、アーク熱の影響を考慮した長さで、ワイヤ先端部に向けて開口して構成される。吸引ノズル12としては、例えば、熱伝導に優れた銅合金や、耐熱に優れたセラミックスが用いられる。さらに、スパッタの付着を防止するためにクロムメッキ等が施されたものを用いても良い。
【0032】
コンタクトチップ14は、吸引ノズル12の内部に配設され、筒状の形状を有しており、チップボディ17のうち
図1の下側となる開口側にはめ込まれることで固定されている。このコンタクトチップ14は、ワイヤ1を案内するとともにワイヤ1に溶接電流を供給する。コンタクトチップ14内部には、ワイヤ1に接触可能な径のワイヤ送給路が形成されており、ワイヤ1に給電される。また、コンタクトチップ14は、着脱自在に取り付けられており、長時間の使用で消耗した場合は交換される。
【0033】
吸引経路15は、吸引ノズル12により吸引されたシールドガスを吸引装置30に導く。この吸引経路15は、チップボディ17に、例えば直径1.5mm程の穴を4箇所ドリルで穿孔して形成された通路であり、4箇所の穴による通路を円周方向の合流溝16で合流させ、その後、吸引シールドガス供給経路60を介して吸引装置30に接続されている。ただし、吸引経路15としてはこのような構成に限られるものではなく、吸引ノズル12から吸引装置30にシールドガスや水素源4を導く経路を構成するものであれば、どのようなものでも良い。
【0034】
チップボディ17は、溶接トーチ10の本体部となるものであり、筒状の形状を有し、シールドガス供給ノズル11、吸引ノズル12、コンタクトチップ14を支持する。
【0035】
次に、吸引装置30の構成について説明する。
【0036】
流量制御バルブ31は、例えばニードル弁により構成されており、モータ等のアクチュエータを備え、吸引流量を制御する。流量制御バルブ31は、後述するエジェクタ32の吸引ポート35と吸引シールドガス供給経路60との間に設けられる。
【0037】
エジェクタ32は、T字管になっており、一般的なエジェクタの機能を有する。即ち、外部のシールドガス供給装置から水平方向にシールドガスを流すことにより管内の細くなった部分で流速が増し、T字の垂直線にあたる管が吸い込み口となり、吸引ノズル12を介してシールドガスの吸引が行われる。エジェクタ32は、駆動ノズル33、ガス供給ポート34、吸引ポート35、混合管36、排気ポート37を備えている。
【0038】
このエジェクタ32において、ガス供給ポート34は、外部のシールドガス供給装置に接続されており、シールドガス供給装置から新しいシールドガスが供給される。また、ガス供給ポート34から駆動ノズル33に導かれた新しいシールドガスは、混合管36に向けて噴出される。また、吸引ポート35は、吸引シールドガス供給経路60、吸引経路15を介して最終的に吸引ノズル12に接続される。即ち、吸引ノズル12から吸引された水素源4を含むシールドガスは、吸引ポート35に導かれる。
【0039】
そして、新しいシールドガスが混合管36に向けて噴出されることにより、吸引ポート35の水素源4を含むシールドガスと新しいシールドガスとが混合管36にて混合される。混合シールドガスは、排気ポート37に送られ、矢印8に示す方向に流れて、排気ポート37と接続された混合シールドガス供給経路70を介してシールドガス供給ノズル11に導かれる。そして、混合シールドガスが溶接部に供給されて、溶接が行われる。
【0040】
このように、エジェクタ32は、水素源4を含んだシールドガスを吸引する機能を持ち、かつ吸引したシールドガスと新しいシールドガスとを混合する機能を兼ね備えている。また、エジェクタ32は、従来より用いている、外部のシールドガス供給装置から供給される新しいシールドガスを駆動源として用いることができるため、駆動源となる圧縮ガス等を別系統から引き込まなくてもよいこと、構造がシンプルで故障が少ないこと、真空ポンプとは異なり電気的な駆動源を必要としないことなどの特徴も有する。このように、エジェクタ32は、設備が安価でかつメンテナンス性も良好な構成といえる。
【0041】
また、一般的に新しいシールドガスを供給する際の供給圧力は、約0.1〜0.3メガパスカル(圧力の単位:MPa)であり、通常使用する新しいシールドガスの流量は約20〜25リットル/minである。このような条件において、駆動ノズル33や混合管36のサイズを適正に選択すれば、シールドガスの吸引流量を20リットル/min程度確保することは容易である。さらに、流量制御バルブ31を用いることで、溶接作業者が所望の吸引流量に調整することができる。
【0042】
さらに、新しいシールドガスの供給は、溶接電源にて溶接開始時にシールドガス電磁弁(不図示)をオンして供給が開始され、溶接停止時にシールドガス電磁弁をオフして供給が停止する。そのため、エジェクタ32の駆動は溶接に同期して行われ、水素源4を含むシールドガスの吸引も、溶接に同期して、溶接作業者が操作を行うことなく自動的に行われる。そのため、エジェクタ32を用いることにより、吸引装置30に対して、吸引開始及び吸引停止の機能を新たに具備させなくて済む。
【0043】
また、エジェクタ32を用いる場合、排気ポート37の圧力は、ガス供給ポート34の圧力より低いことが求められる。そのため、排気ポート37に接続される混合シールドガス供給経路70の断面積を小さくし過ぎたり、あるいは経路長を長くし過ぎたりすると、吸引流量の確保が難しくなる。実験により、混合シールドガス供給経路70の断面積が28mm
2で経路長が6mの場合に十分な吸引量が確保可能であることが確認されており、実用的には問題がないといえる。
【0044】
このようにして、本実施の形態に係る溶接システム100において、吸引装置30は、吸引ノズル12によりワイヤ突出し部2の周囲3及びワイヤ1の先端部近傍から吸引を行う。そして、加熱されたワイヤ1から放出された水素源4を含むシールドガスが、溶接部外に向かう方向である矢印5の方向に流れて吸引される。吸引装置30を用いて吸引を行わない場合には、水素源4は、アーク6の直上にあるので、そのほとんどがアーク6へ導かれて溶接金属中に吸収される。一方、本実施の形態に係る溶接システム100を用いることにより、水素源4がアーク6へ流れてアーク6内で拡散性水素となり溶接金属中に吸収されることが抑制され、溶接金属中の拡散性水素の量が低減する。そして、溶接金属中の拡散性水素量が低減することで、溶接金属における水素脆化及び水素割れが防止される。
【0045】
また、本実施の形態に係る溶接システム100では、吸引装置30がシールドガスを吸引することにより、水素源4を含むシールドガスが吸引装置30内で新しいシールドガスと混合される。吸引されたシールドガスでは、水素源4がシールドガスの中心部に集中しているが、新しいシールドガスと混合することにより、中心部の水素源濃度は数分の一になる。さらに、アーク6内へ導かれる混合シールドガスの割合は、シールドガス供給ノズル11から供給される混合シールドガスのうちの数分の一である。そのため、最終的に水素源4がアーク6内へ導かれる割合は、約10分の一以下になるといえる。
【0046】
そのため、吸引したシールドガスを新しいシールドガスと混合することにより、ワイヤ突出し部2から放出される水素源4がシールドガス全体に拡散することとなり、シールドガスを混合させたとしても拡散性水素の低減効果は得られる。また、一度供給したシールドガスを再度利用することにより、溶接部を外気から遮断するために外部から供給するシールドガスの量が少なくて済むこととなる。
【0047】
また、一般に、溶接金属中の拡散性水素を1ミリリットル/100g減らすことにより、必要な予熱温度を約25℃下げることができるとされている。例えば、拡散性水素が4ミリリットル/100g減った場合、予熱温度が125℃必要な溶接において、予熱温度を100℃下げることができ、予熱温度が25℃となって結果的に予熱する必要がなくなる。また、例えば予熱温度が200℃必要な溶接においても、100℃までの予熱で済む。このような予熱温度の低下は、予備用エネルギーの節約、予熱に必要な労力及び時間削減などの経済効果が得られる。また、200℃の予熱作業の厳しい労働環境が改善される。
【0048】
さらに、ワイヤ1は保管環境により吸湿するが、目視では吸湿しているかわからないため、徹底した保管環境の管理が求められる。本実施の形態に係る溶接システム100を用いることにより、溶接金属中の拡散性水素量が減少するため、保管環境の管理レベルが軽減され、仮に人為的ミスによる吸湿があったとしてもそのようなミスの影響が緩和される。
【0049】
<吸引装置の他の構成例>
次に、吸引装置30の他の構成例について説明する。
図3〜7は、吸引装置30の他の構成例を示す図である。
【0050】
まず、
図3に示すように、吸引装置30は、吸引流量を監視するための流量計38を備えることとしても良い。流量計38は、吸引ポート35と吸引シールドガス供給経路60との間に配置される。この流量計38は、例えば、フロート式(面積式)のものや、吸引流量に比例したアナログ信号またはデジタル信号を出力するものが用いられ、公知の市販のもので良い。
【0051】
そして、溶接作業者は、流量計38の指示値を元に、流量制御バルブ31等を調整し、所望の流量を確保すれば良い。また、溶接作業者は、流量計38の指示値を元に、吸引流量が適正であることを監視すれば良い。このように、流量計38を用いることで、水素源4が吸引されていることを保証することができる。
【0052】
また、
図4に示すように、吸引装置30は、フィルタ39を備えることとしても良い。フィルタ39は、吸引ポート35と吸引シールドガス供給経路60との間に配置され、水素源4とともに吸引されるヒューム7を除去するために用いられる。フィルタ39の素材は、例えば、化学繊維の不織布、多孔質のセラミックス、金属繊維等のものが使用される。また、ヒューム7は1μm程度の微粒子であることから、フィルタ39はメッシュの小さいものが好ましい。
【0053】
溶接においては、高温のアーク6によって金属及び酸化物が蒸発し、ヒューム7が発生する。発生するヒューム7は微量ではあるが、水素源4とともに吸引装置30により吸引される。後述するように、吸引されるヒューム7の量は、実験により、吸引装置30の吸引量5リットル/minの場合でヒューム7の全発生量の3パーセント程度と少ないことが確認されている。
【0054】
しかし、ヒューム7は、例えば、流量計38のフロートに付着して動作不良を引き起こしたり、流量制御バルブ31の狭隘箇所に堆積して調整不良を引き起こしたりする場合がある。また、ヒューム7は、例えば、エジェクタ32に堆積して吸引力の低下を引き起こしたりする場合もある。このようなヒューム7により引き起こされる事象は、それぞれが水素源4の吸引を阻害する要因となる。これらの問題を解消するためにフィルタ39は機能し、フィルタ39を用いることで、エジェクタ32、流量計38、流量制御バルブ31などが保護される。
【0055】
また、
図5に示すように、吸引装置30は、シールドガスの吸引量を一定に制御するための吸引量制御装置40を備えることとしても良い。吸引量制御装置40は、流量制御バルブ31と、アナログまたはデジタルの信号であって流量に比例した信号を出力できる流量計38と、流量基準信号を出力する流量設定器41とを備える。また、吸引量制御装置40は、流量設定器41からの流量基準信号と流量計38からの信号とを比較して、誤差を増幅する誤差増幅器42と、誤差増幅器42の信号に基づいて流量制御バルブ31を駆動するバルブ駆動装置43とを備える。
【0056】
この吸引量制御装置40は、流量設定器41の指示流量となるように流量制御バルブ31を制御する。そして、吸引量制御装置40は、ガス供給ポート34に供給されるシールドガス圧力の変動、あるいはフィルタ39の目詰まりによる圧力損失の増加などの、吸引流量の変動をもたらす要因が生じた場合でも、吸引流量を一定にして、水素源4の吸引を保証することができる。
【0057】
また、
図6に示すように、吸引装置30は、シールドガスの吸引量について異常を検出するための吸引量異常検出装置44を備えることとしても良い。吸引量異常検出装置44は、吸引流量に比例したアナログ信号またはデジタル信号を出力する流量計38と、アナログ信号またはデジタル信号で吸引流量の異常値の基準となる閾値を出力する基準閾値設定器45と、流量計38の信号と基準閾値設定器45の信号とを受けて異常を判定する異常判定器46とを備える。また、吸引量異常検出装置44は、異常判定器46が異常と判断した信号を受けてアラームを発生するブザーあるいはパトランプ等の異常表示器47を備える。さらに、吸引量異常検出装置44は、異常判定器46が異常と判断した信号を受けて、溶接トーチ10でのアーク出力を指示するトーチスイッチ信号に割り込んで溶接を停止させる機能を持つ溶接停止制御部48とを備える。
【0058】
吸引量異常検出装置44の流量計38はフロート式のものでも良く、流量計38がフロート式の場合、基準閾値設定器45は、フロートの位置の上限及び下限の少なくともいずれか一方に設置されたフォトセンサである。また、異常表示器47及び溶接停止制御部48は、いずれか一方だけ設けられた構成としても良い。このような吸引量異常検出装置44を用いることで、溶接作業者が吸引量の異常に気付かず溶接を続行することが抑制される。なお、
図6に示す吸引装置30は、吸引量制御装置40を備えていないが、さらに吸引量制御装置40を備えることとしても良い。
【0059】
また、
図7に示すように、吸引装置30としては、エジェクタ32の代わりに機械式の真空ポンプ49を用いることとしても良い。この場合、真空ポンプ49により、ワイヤ突出し部2の近傍からのシールドガスの吸引が行われる。真空ポンプ49は、市販の公知のもので良く、ロータリー式、ピストン式、ダイヤフラム式など様々な方式のものが適用される。また、吸引流量の制御が容易なモータを駆動源としたものが好ましい。このモータの回転速度を制御して吸引流量を調整することができる。
【0060】
また、吸引装置30に真空ポンプ49を用いた場合には、吸引されたシールドガスを新しいシールドガスと混合させるための混合器55が設けられる。混合器55にて混合された混合シールドガスは、矢印9に示す方向に流れて、混合シールドガス供給経路70を介してシールドガス供給ノズル11に導かれる。さらに、エジェクタ32の代わりに真空ポンプ49を用いた構成においても、
図3〜
図6と同様に、吸引装置30は、流量計38、フィルタ39、吸引量制御装置40、吸引量異常検出装置44を備えることとしても良い。
【0061】
<エジェクタの機能を備えた溶接トーチの構成例>
次に、溶接システム100の他の構成例について説明する。溶接システム100は、エジェクタ32の機能を、溶接トーチ10の内部で実現することとしても良い。
図8は、エジェクタ32の機能を備えた溶接トーチ10の構成例を示す図である。また、
図9は、溶接システム100における
図8のB−B部の断面図である。
【0062】
図8に示す溶接トーチ10は、溶接電流によりワイヤ1を給電するコンタクトチップ14と、ワイヤ突出し部2の周囲3を囲む構造をもち、かつワイヤ1の先端部に向けて開口部13を有する吸引ノズル12と、溶接トーチ10の本体部となるチップボディ17とを備える。
【0063】
また、
図8及び
図9に示すように、溶接トーチ10は、外部のシールドガス供給装置(不図示)から送られる新しいシールドガスを駆動ノズル33に供給するガス供給ポート34と、新しいシールドガスが流れる経路でありシールドガスを混合管36の入り口に向けて噴出する駆動ノズル33とを備える。そして、駆動ノズル33にて噴出されるシールドガスの流れを利用して、吸引ノズル12にて吸引が行われる。
【0064】
さらに、溶接トーチ10は、吸引ノズル12から吸引された水素源4を含むシールドガスを吸引ポート35に導く吸引経路15と、吸引ポート35に導かれた水素源4を含むシールドガスと駆動ノズル33から噴出された新しいシールドガスとを混合する混合管36と、混合管36の出口に接続され、混合シールドガスを溶接部に供給するシールドガス供給ノズル11とを備えている。
【0065】
ここで、本実施の形態において、エジェクタ32の機能を溶接トーチ10の内部で実現する場合、吸引部の一例として、
図8に示す吸引ノズル12、吸引経路15、ガス供給ポート34、駆動ノズル33、及び吸引ポート35が用いられる。また、混合部の一例として、
図8に示す混合管36が用いられる。
【0066】
このように、駆動ノズル33及び混合管36を含む吸引混合機能が溶接トーチ10の中に組み込まれた構成により、溶接金属中の拡散性水素が低減される。また、このような溶接トーチ10を用いても、通常の溶接に必要なシールドガス流量で十分な吸引が可能であり、エジェクタ32を溶接トーチ10の外部に設ける構成と比較して、コンパクトで取り扱いに優れ、コストも安価になるといえる。
【0067】
なお、
図8および
図9では、溶接トーチ10内に吸引混合機能を4個設けている例を示している。吸引混合機能は混合シールドガスがシールドガス供給ノズル11内で均一な流速となるように設けられていればよく、例えば3個設けてもよいし、8個設けても良い。また、シールドガス供給ノズル11を長くするなどの対応により混合シールドガスの流速の均一化は可能であり、このような吸引混合機能の数は制限されるものではなく、少なくとも1個以上あれば良い。
【0068】
さらに、
図8に示す溶接トーチ10を用いた場合、溶接作業者は、溶接中にシールドガスの吸引量の確認ができないが、実験により、シールドガス流量、シールドガス供給圧力の変化があっても大きな吸引量の変動はなく、吸引量が3リットル/min以上であれば拡散性水素の低減効果が得られることが確認されている。また、吸引量が10リットル/min以上になったとしても、吸引されたシールドガスは再利用されることから、シールドガス流量不足になることはなく、実用的な構成であるといえる。また、溶接作業者は、溶接中にシールドガスの吸引量の確認ができなくとも、溶接前にシールドガスを流し、吸引ノズル12の先端に流量計を接続して吸引流量の確認ができるので、溶接品質の低下は抑制される。
【0069】
<シールドガスを混合しない場合の構成例>
溶接システム100がシールドガスを吸引して新しいシールドガスと混合する構成について説明したが、吸引したシールドガスを新しいシールドガスと混合せずに、外部に排出することとしても良い。吸引したシールドガスを排出する構成であっても、加熱されたワイヤ1から放出された水素源4を含むシールドガスを吸引することにより、拡散性水素の溶接金属への侵入が抑制されて、溶接金属中の拡散性水素の量が低減する。
【0070】
図10は、溶接システム100が吸引したシールドガスを排出する場合の構成例を示した図である。
図10に示すように、吸引装置30は、吸引経路15を介して吸引ノズル12からシールドガスを吸引し、吸引したシールドガスを外部に排出する。また、
図1に示す吸引装置30は、エジェクタ32において、新しいシールドガスを駆動源としてシールドガスの吸引を行っていた。一方、
図10に示す吸引装置30は、吸引において新しいシールドガスを駆動源とするのではなく、圧縮ガスの一例である圧縮エアの流れを利用する。
【0071】
吸引装置30のエジェクタ32は、ガス供給ポート34、吸引ポート35、混合管36、排気ポート37を備えている。そして、水平方向に圧縮エアを流すことにより管内の細くなった部分で流速が増し、T字の垂直線にあたる管が吸い込み口となり、吸引ノズル12を介して吸引ポート35からシールドガスの吸引が行われる。そして、吸引したシールドガスは、排気ポート37にて排気される。
【0072】
また、ガス供給ポート34は、不図示の工場エア配管あるいはコンプレッサーの出力口に接続されており、圧縮エアが供給される。供給される圧縮エアは、通常工場で用いられている0.5MPaで十分であるが、実験により、この圧力が0.3MPaに変化したとしても、吸引流量が5リットル/minの場合にその94パーセント程度に低下するだけであり、安定した吸引流量が確保されることが確認されている。また、エジェクタ32は小型のものを用いれば良く、圧縮エアの消費流量は、例えば35リットル/min程度で良い。
【0073】
また、
図10に示す溶接システム100は、外部のシールドガス供給装置(不図示)から送られる新しいシールドガスを溶接部に供給し、
図1に示す溶接システム100と異なり、混合シールドガス供給経路70が設けられていない。さらに、シールドガス供給装置から送られるシールドガスを均一にするための絞りであるオリフィス18が、溶接トーチ10内に配置されている。
【0074】
さらに、吸引したシールドガスを排出する溶接システム100の構成においても、
図3に示す吸引装置30と同様に、吸引ポート35と吸引シールドガス供給経路60との間に流量計38を設けることとしても良い。また、
図4に示す吸引装置30と同様に、吸引ポート35と吸引シールドガス供給経路60との間にフィルタ39を設けることとしても良い。さらに、
図5に示す吸引装置30と同様に、吸引量制御装置40を設けることとしても良い。そして、
図6に示す吸引装置30と同様に、吸引量異常検出装置44を設けることとしても良い。また、
図7に示す吸引装置30と同様に、エジェクタ32の代わりに真空ポンプ49を用いることとしても良い。
【0075】
また、シールドガスを混合しない場合、
図1に示す構成とは異なり、シールドガスの吸引が自動的に行われないため、
図11に示すように、吸引装置30は、吸引装置30による吸引の起動及び停止を制御する吸引装置起動制御装置50を備えることとしても良い。
図11は、吸引装置30が吸引装置起動制御装置50を備えた構成の一例を示す図である。吸引装置起動制御装置50は、溶接の開始または停止を知らせる信号を受信する受信器51と、受信器51が受信した信号に基づいて吸引装置30の起動停止信号を生成する判定器52と、圧縮エアの供給を制御するエア供給電磁弁53と、判定器52が生成した起動停止信号に基づいて、エア供給電磁弁53を駆動する電磁弁駆動装置54とを備える。エア供給電磁弁53の上流側は、圧縮エアの供給源に接続される。
【0076】
ここで、溶接の開始または停止を知らせる信号としては、例えば、トーチスイッチ信号、外部のシールドガス供給装置における電磁弁の開閉を制御するシールドガス電磁弁信号、溶接トーチ10の内部にシールドガスが流れたことを検出することで生成されるシールドガス検出信号などが該当する。また、吸引装置30として真空ポンプ49を用いる場合には、電磁弁駆動装置54の代わりにモータ駆動装置(不図示)を、エア供給電磁弁53の代わりにモータ(不図示)を使うことで、吸引装置起動制御装置50の構成となる。
【0077】
そして、吸引装置起動制御装置50は、溶接が開始されたときに圧縮エアを供給してシールドガスの吸引が開始されるように制御する。また、吸引装置起動制御装置50は、溶接が停止したとき、または停止から少し遅れて、圧縮エアの供給を止めてシールドガスの吸引が停止されるように制御する。そのため、圧縮エアは必要なときだけ消費されることとなり、圧縮エアの消費量が抑制される。
【0078】
<溶接トーチのノズル部分の他の構成例>
次に、溶接トーチ10のノズル部分の他の構成例について説明する。
図12〜15は、溶接トーチ10のノズル部分の他の構成例を示す図である。
【0079】
図12に示す吸引ノズル12は、
図1に示す吸引ノズル12において、ワイヤ突出し部2の周囲3を囲む部分の肉厚を、吸引ノズル12の他の部分と同じ大きさにしたものである。また、ワイヤ突出し部2の周囲3を囲む部分の肉厚を変えたことにより、開口部13の断面積も
図1の吸引ノズル12の場合よりも大きく構成されている。
【0080】
また、
図13に示す例では、
図12に示す例と比較して、シールドガス供給ノズル11を長くし、吸引ノズル12を短くして、吸引ノズル先端部19の高さ(吸引ノズル先端部19からワークWまでの距離)を、シールドガス供給ノズル先端部21の高さ(シールドガス供給ノズル先端部21からワークWまでの距離)と同じにしたものである。
さらに、
図14に示す例では、吸引ノズル先端部19の高さ、シールドガス供給ノズル先端部21の高さを、コンタクトチップ先端部20の高さ(コンタクトチップ先端部20からワークWまでの距離)と同じにしたものであり、吸引ノズル12がワイヤ突出し部2の周囲を囲まない構成としたものである。
【0081】
また、
図1などはノズル径が一定であるシールドガス供給ノズル11が、
図15に示すようにシールドガス供給ノズル先端部21が先端に行くほど狭まる形状としてもよい。逆に、シールドガス供給ノズル先端部21が先端に行くほど拡がる形状としてもよい。
【0082】
一般に、ワイヤ1から放出される水素源4については、コンタクトチップ14から突き出たワイヤ1の長さである突き出し長が短いと、水素源4が気化しづらくなる。一方で、突き出し長が長いと、アーク6の安定性が失われる。そのため、水素源4を吸引するための突き出し長としては、水素源4が気化するのに足りる長さであり、アーク6の安定性のために長くし過ぎないように調整される。
【0083】
そして、一般に、シールドガス供給ノズル先端部21からアーク6までの距離を短くすれば、シールドガスにより溶接部を遮断する効果が高まる。そのため、シールドガス供給ノズル先端部21の高さは、シールドガスによる遮断効果を考慮して調整される。本実施の形態では、吸引ノズル12によるシールドガスの吸引ができる構成であれば拡散性水素の低減効果は得られるため、シールドガス供給ノズル先端部21の高さは限定されるものではない。
【0084】
また、本実施の形態に係る吸引ノズル12では、アーク熱による影響を考慮した上で吸引ノズル先端部19からアーク6までの距離を短くするほど、ワイヤ先端部の近傍で放出された水素源4を吸引し易くなる。さらに、
図1、
図12、
図13、
図15に示す吸引ノズル12のように、ワイヤ突出し部2の周囲3を囲んで吸引することにより、水素濃度が高いシールドガスを吸引し易くなる。ただし、
図14に示すように、吸引ノズル12がワイヤ突出し部2の周囲を囲まない構成を用いても、シールドガスを吸引することにより拡散性水素の低減効果は得られる。
【0085】
<実施例>
次に、実験結果を示し、本実施の形態における実施例について説明する。
【0086】
図1に示す溶接システム100において、シールドガス供給ノズル11から供給されるシールドガス流量が25リットル/min、ワイヤ突き出し長が25mm、溶接電流が270アンペア(電流の単位:A)という溶接条件のもとで、フッ化物を含まない直径1.2mmのフラックスコアードワイヤを用いて溶接を行った。そして、吸引装置30により吸引しない場合の溶接金属中の拡散性水素量と、吸引装置30により吸引した場合の溶接金属中の拡散性水素量とを測定した。また、吸引装置30により吸引する場合には、吸引ノズル12にてワイヤ突出し部2の近傍から吸引する吸引流量を5リットル/minとし、新しいシールドガス25リットル/minとの混合により、合計30リットル/minの混合シールドガスが溶接部に供給されて溶接が行われた。
なお、溶接金属中の拡散性水素量は、JIS Z 3118に規定されるガスクロマトグラフ法に基づいて測定した。
【0087】
その結果、吸引装置30により吸引しない場合の拡散性水素量は、6ミリリットル/100g(溶接金属100gに含まれる拡散性水素量が6ミリリットル)であった。一方、吸引装置30により吸引した場合の拡散性水素量は、3ミリリットル/100gとなり、吸引しない場合に比較して溶接金属中の拡散性水素量が減少した。
【0088】
溶接金属中の拡散性水素量がゼロにならないのは、ワイヤ1以外から水素源4が供給されていることが原因として考えられるが、ワイヤ1表面並びにフラックス内部の拡散性水素が全て放出されないことも原因の一つとして考えられる。上述したように、ワイヤ突き出し長を長くすればするほど拡散性水素の放出が促進されるが、溶接のアーク安定性が劣化する傾向がある。そのため、ワイヤ突き出し長は、溶接の用途や状況に応じて選択することが好ましい。
【0089】
次に、同じ溶接条件のもとで、吸引流量を3リットル/min、10リットル/min、即ち、混合シールドガスの流量をそれぞれ28リットル/min、35リットル/minと変化させて、溶接金属中の拡散性水素量を測定した。その結果、吸引流量が3リットル/min、10リットル/minの場合の拡散水素量はそれぞれ、3.5ミリリットル/100g、2.5ミリリットル/100gであった。吸引流量が多い方が拡散性水素量の低減効果は高く、吸引流量が多いためにシールド性能に影響を及ぼすということはなかったため、吸引流量は10リットル/min程度が推奨される。ただし、シールド性能の効果を高めるためには吸引流量を減らすことも考えられるため、吸引流量は、溶接の用途や状況に応じて選択することが好ましい。
【0090】
次に、同じ溶接条件のもとで、ワイヤとして、フラックスコアードワイヤの代わりにソリッドワイヤを用いて溶接金属中の拡散性水素量を測定した。ここで、吸引装置30により吸引する場合には、吸引流量を10リットル/minとし、混合シールドガスの流量を30リットル/minとした。その結果、吸引装置30により吸引しない場合の拡散性水素量は、2.5ミリリットル/100gであった。一方、吸引装置30により吸引流量を10リットル/minとして吸引した場合の拡散性水素量は、1ミリリットル/100gとなり、吸引しない場合に比較して溶接金属中の拡散性水素量が減少した。
【0091】
ソリッドワイヤはフラックスを含まないため、ワイヤ表面の潤滑剤や付着水分等が水素源となるだけであり、フラックスコアードワイヤを用いる場合よりも発生する拡散性水素は少ない。そして、このようなソリッドワイヤを用いた場合でも、吸引装置30により吸引することで溶接金属中の拡散性水素量が減少することが確認された。
【0092】
次に、同じ溶接条件のもとで、フラックスにフッ化物を入れたフラックスコアードワイヤを用いて溶接金属中の拡散性水素量を測定した。ただし、フラックスに入れるフッ化物の量は、アーク安定性を大きく阻害しない程度の量であるものとする。また、吸引装置30により吸引する場合には、吸引流量を5リットル/minとし、混合シールドガスの流量を30リットル/minとした。その結果、吸引装置30により吸引しない場合の拡散性水素量は、3ミリリットル/100gであった。一方、吸引装置30により吸引流量を5リットル/minとして吸引した場合の拡散性水素量は、1ミリリットル/100gとなり、吸引しない場合に比較して溶接金属中の拡散性水素量が減少した。
【0093】
フッ化物は、アーク6近傍の水素分圧を下げる効果があるため、吸引しない場合であっても、溶接金属中の拡散性水素量を減少させることができ、フラックスにフッ化物を入れることで、フラックスにフッ化物を入れない場合よりも低い拡散性水素量が期待される。付言すると、同じ溶接条件のもとで、フッ化物を含まないフラックスコアードワイヤを用いて吸引装置30により吸引しない場合、上述したように、拡散性水素量は6ミリリットル/100gであった。一方、フッ化物を入れることで3ミリリットル/100gに減少した。そして、吸引装置30により吸引することでさらに拡散性水素量が減少し、上述したソリッドワイヤを用いた場合の拡散性水素量(1ミリリットル/100g)と同等の量となった。
【0094】
フラックスコアードワイヤは、フラックスの吸湿のために、ソリッドワイヤと比べて水素源が多い。一方、フラックスコアードワイヤは、アークの安定性・能率に優れ、また、特殊な高合金ワイヤの生産性にも優れており、特殊な小ロット生産にも適している。フッ化物を入れることで、フラックスコアードワイヤを用いた場合の拡散性水素量がソリッドワイヤを用いた場合と同等になれば、水素源が多いという問題点が軽減される。そのため、溶接において、種々の利点を有するフラックスコアードワイヤを使用し易くなる。
【0095】
次に、同じ溶接条件のもとで、吸引ノズル12から吸引する吸引量を5リットル/minから25リットル/minまで変化させて、溶接金属中の拡散性水素量、溶接金属中の窒素量、付随的に吸引されるヒューム量(ヒュームの全発生量に対して吸引されるヒューム量の割合)を測定した。
図16は、吸引量を変化させた場合の測定結果の一例を示す図である。
【0096】
図16に示すように、吸引ノズル12からの吸引量を多くすることにより溶接金属中の拡散性水素量は低下したが、シールド性能が劣化するために溶接金属中の窒素量が増加した。ここで、溶接金属中の窒素量が100ppmを超えると、溶接金属の靭性が劣化し、さらに150ppmを超えると、溶接部の欠陥の一種であるブローホールが生じる。また、付随的に吸引されるヒューム量が増加すると、吸引装置30や流量計38等の機器を保護するために設けられるフィルタ39の交換頻度が増加する。また、
図16に示すように、吸引量20リットル/minを境にして拡散性水素量の低下効果は飽和しており、かつ窒素量が増加し始めている。
【0097】
そのため、
図16に示す例より、吸引ノズル12から吸引される吸引量の好ましい上限は、20リットル/minであるといえる。ここで、シールドガス供給ノズル11から供給されるシールドガス流量は25リットル/minであるため、吸引ノズル12から吸引される吸引量は、シールドガス流量の80パーセント以下であることが好ましい。吸引量をシールドガス流量の80パーセント以下とすることにより、溶接金属の劣化を防止し、ヒュームの吸引量を抑制しつつ、溶接金属中の拡散性水素量を減少させることができる。
【0098】
次に、同じ溶接条件のもとで、シールドガス供給ノズル11から供給されるシールドガス流速を2.8m/secと固定し、吸引ノズル12の先端にある開口部13の開口断面積と吸引流量とを変化させることで吸引流速を変えて、溶接金属中の拡散性水素量を測定した。
図17は、吸引ノズル12の開口部13の断面積、吸引流量を変化させた場合の吸引流速を示す図である。吸引流速の単位はm/secであり、例えば、開口部13の断面積が11.4mm
2、吸引流量が3リットル/minの場合、吸引流速は4.4m/secである。また、
図18は、吸引ノズル12の開口部13の断面積、吸引流量を変化させた場合に測定された拡散性水素量を示す図である。拡散性水素量の単位はミリリットル/100gであり、例えば、開口部13の断面積が11.4mm
2、吸引流量が3リットル/minの場合、拡散性水素量は3.2ミリリットル/100gである。
【0099】
ここで、同じ溶接条件のもとでシールドガスを吸引しない場合の溶接金属中の拡散水素量は、上述したように、6ミリリットル/100gであった。そのため、例えば吸引流速が1.8m/secの場合には、拡散性水素量が4.4ミリリットル/100gであり、拡散性水素の低減効果は低い。一方、吸引流速がシールドガス流速と同じである約2.8m/secの付近から拡散性水素の低減効果が大きく現れ始め、吸引流速が5m/sec以上では低減効果が飽和していることが確認された。即ち、供給されるシールドガスの流れとアークプラズマ気流により、水素源4はアーク6に導かれるが、吸引によりこれを防止して溶接部の外部に水素源4を排出するためには、吸引流速が、供給されるシールドガスの流速の1倍以上であることが好ましい。
【0100】
<セルフシールドアーク溶接の構成例>
また、本実施の形態において、溶接システム100はガスシールドアーク溶接を行うものとして説明したが、シールドガスを供給しないセルフシールドアーク溶接を行うものとして構成することとしても良い。
図19は、セルフシールドアーク溶接を行う溶接システム100の構成例を示した図である。
【0101】
セルフシールドアーク溶接では、ワイヤ1として、セルフシールドワイヤが使用される。セルフシールドワイヤとは、シールドガスを使わずに自身でシールドするためのワイヤであり、シールド補助成分やブローホールとなる窒素を固定してフローホールの発生を防止するアルミニウムなどの粒状物質が添加されたワイヤである。また、溶接システム100は溶接部にシールドガスを供給しないため、
図1及び
図10に示す構成とは異なり、シールドガス供給ノズル11を備えていない。一方、溶接システム100は、
図1及び
図10に示す構成と同様に、吸引ノズル12を備えている。また、溶接システム100は、
図10に示す吸引装置30を備えており、シールドガスの吸引を行う。このような構成により、拡散性水素が溶接金属中に吸収されることが抑制され、溶接金属中の拡散性水素量が減少する。
【0102】
図19に示す溶接システム100において、ワイヤ突き出し長が25mm、溶接電流が270Aという溶接条件のもとで、フッ化物を含まない直径1.2mmのフラックスコアードワイヤを用いて溶接を行った。その結果、吸引装置30により吸引しない場合の溶接金属中の拡散性水素量は、7ミリリットル/100gであった。一方、吸引装置30により吸引流量を5リットル/minとして吸引した場合の溶接金属中の拡散性水素量は、3ミリリットル/100gとなり、セルフシールドアーク溶接においても、溶接金属中の拡散性水素量の低減が図れることが確認された。
【0103】
以上、本発明を実施の形態を用いて説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施の形態には限定されない。本発明の精神及び範囲から逸脱することなく様々に変更したり代替態様を採用したりすることが可能なことは、当業者に明らかである。