【実施例】
【0025】
本発明を以下の実施例により説明する。
【0026】
[実施例1]
摺動部材として、摩擦摩耗試験用のブロック試験片(
図2(a)参照)と、焼付試験用の平板試験片(
図2(b)参照)とを、作製した。まず、これらの試験片の基材として、アルミニウム合金鋳物(JIS規格:AC8A)を準備した。次に、これらの試験片の摺動面に対応する基材の表面に、フッ素樹脂としてPTFEの微粒子を水(分散溶媒)に分散させた液体を、基材の表面に吹き付けて、PTFEをスプレーコーティングした。その後、PTFEが付着した基材を340℃で加熱し、分散溶媒を揮発させることによりPTFEを焼成した。これにより、基材の表面に膜厚28μmの未架橋のPTFEの皮膜を成膜した。
【0027】
次に、酸素濃度を3.4ppmに維持した低酸素濃度の窒素ガス状態で、加速電圧1.16MeVの電子線を、照射量が300kGyとなるように照射し、未架橋のPTFEの皮膜のPTFEを架橋した。得られた摺動部材の皮膜の表面粗さは、中心線平均粗さRa1.0μmであった。なお、本明細書でいう、皮膜の表面粗さ(中心線平均粗さRa)は、JIS B0601−1994に準じて測定した結果である。
【0028】
[比較例1]
摺動部材として、実施例1と同様に、摩擦摩耗試験用のブロック試験片を作製した。実施例1と相違する点は、PTFEの架橋は行わず、未架橋のPTFEの皮膜を基材の表面に形成した点である。
【0029】
<摩擦摩耗試験>
図2(a)に示すように、実施例1および比較例1に係る摺動部材(ブロック試験片)を、ねずみ鋳鉄(JIS規格:FC250)からなる円筒試験片(相手材)の周面に押し付けて、摩擦特性を評価した。
【0030】
エンジン油中(80℃)において、ならし運転後、面圧30MPaで一定時間の試験を行った際の摩擦係数の変化を測定し、試験後の皮膜の摩耗深さを摩耗量として測定した。この結果を、
図3に示す。
図3は、実施例1および比較例1に係る摺動部材の摩擦係数の時間変化を示した図である。
【0031】
〔結果1〕
図3に示すように、比較例1に係る摺動部材では、試験開始から40分までは、低フリクションを維持している。しかしながら、その後、時間経過と共に摩擦係数が徐々に増加し、最終的には、摺動部材の皮膜が摩滅していた。
【0032】
一方、実施例1に係る摺動部材は、試験終了までの間、低フリクションを維持し、試験終了後も、基材の表面に皮膜が形成されていた。なお、実施例1に係る摺動部材の皮膜の摩耗量は、13μmであり、比較例1に係る摺動部材の皮膜の摩耗量は、28μm(摩滅)であった。
【0033】
<焼付試験1>
図2(b)に示すように、実施例1に係る摺動部材(平板試験片)を、ねずみ鋳鉄(JIS規格:FC250)からなる円筒試験片(相手材)の周面に押し付けて、両者を相対的に回転させることにより、焼付特性を評価した。
【0034】
具体的には、エンジン油中(80℃)において、ならし運転後、摺動部材(平板試験片)と円筒試験片とを押し付ける荷重をステップ的に増加させ、このときの摺動部材の摩擦係数を測定した。この結果を、
図4に示す。
図4は、実施例1に係る摺動部材の摺動面に作用する荷重と摩擦係数との関係を示した図である。
【0035】
〔結果2〕
通常、焼付試験では、摺動部材(平板試験片)の皮膜が摩滅または剥離したときに、円筒試験片と平板試験片の基材とが直接接触し、摩擦係数が急上昇するため、この時点で焼付試験を終了することにしている。しかしながら、実施例1に係る摺動部材では、試験を途中で終了することなく、最大試験面圧25MPaまで、このような現象は生じなかった。
【0036】
すなわち、実施例1に係る摺動部材は、
図4に示すように、摺動面に作用する荷重の増加に拘わらず、低フリクションを維持していた。ここで、最大試験面圧が25MPa、摺動速度(円筒試験片の周速度)が60m/minであることから、皮膜の耐摩耗性を示すPV値は、25×60=1500MPa・m/minである。同様の試験を10回繰り返したところ、PV値は、1200±150MPa・m/min程度であることがわかった。このことから、架橋された皮膜の耐摩耗特性を表現する限界PV値は、1000MPa・m/min以上であることが好ましい。
【0037】
[比較例2]
摺動部材として、実施例1と同様に、焼付試験用の平板試験片を作製した。実施例1と相違する点は、PTFEの代わりに、ポリアセタールの皮膜を基材の表面に形成した点である。
【0038】
[比較例3]
摺動部材として、実施例1と同様に、焼付試験用の平板試験片を作製した。実施例1と相違する点は、PTFEの代わりに、ポリエーテル・エーテル・ケトン樹脂(PEEK)の皮膜を基材の表面に形成した点である。
【0039】
[比較例4]
摺動部材として、実施例1と同様に、焼付試験用の平板試験片を作製した。実施例1と相違する点は、PTFEの代わりに、超高分子量ポリエチレンの皮膜を基材の表面に形成した点である。
【0040】
[比較例5]
摺動部材として、実施例1と同様に、焼付試験用の平板試験片を作製した。実施例1と相違する点は、PTFEの代わりに、ポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂の皮膜を基材の表面に形成した点である。
【0041】
<焼付試験2>
図2(b)に示すように、実施例1および比較例2〜5に係る摺動部材(平板試験片)を、機械構造用炭素鋼材(JIS規格:S45C)からなる円筒試験片(相手材)の端面に押し付けて、両者を相対的に回転させることにより、焼付特性を評価した。
【0042】
具体的には、エンジン油中(80℃)において、ならし運転後、摺動部材(平板試験片)と円筒試験片とを押し付ける面圧を0.05MPa(低面圧)にした状態で、回転数(駆動速度)を100〜10000rpmまで増加させた。この回転数の増加に合わせて、その時の摩擦係数を測定した。この結果を、
図5に示す。
図5は、低面圧下で回転数を増加させたときの実施例1および比較例2〜5に係る摺動部材の摩擦係数の変化を示した図である。
【0043】
さらに、同様に、実施例1および比較例2〜5に係る摺動部材と円筒試験片とを押し付ける面圧を1MPa(高面圧)にして、回転数(駆動速度)を100〜10000rpmまで増加させて、その時の摩擦係数を測定した。なお、各試験において、試験中に皮膜が摩滅または剥離することにより回転トルクが増加した場合には、その時点で試験を終了した。この結果を、
図6に示す。
図6は、高面圧下で回転数を増加させたときの実施例1および比較例2〜5に係る摺動部材の摩擦係数の変化を示した図である。
【0044】
〔結果3〕
図5に示すように、実施例1に係る摺動部材は、低面圧下では、回転数が増加しても、比較例2〜5のものに比べて、低フリクションを安定的に持続していることがわかる。さらに、
図6に示すように、高面圧下では、比較例2〜5に係る摺動部材は、回転数の増加途中で、焼き付いた。しかしながら、実施例1に係る摺動部材は、全回転数域で焼き付くことなく、比較例2〜5に係る摺動部材よりも低フリクションを維持していることがわかる。
【0045】
[実施例2]
摺動部材として、実施例1と同様に、焼付試験用の平板試験片を作製した。実施例1と相違する点は、架橋したPTFEからなる皮膜の表面粗さが、中心線平均粗さRa0.05〜2.0μmの範囲となるように、
図7に示す、表面粗さの範囲の摺動部材を作製した点である。
【0046】
[比較例6]
摺動部材として、実施例1と同様に、焼付試験用の平板試験片を作製した。実施例1と相違する点は、架橋したPTFEからなる皮膜の表面粗さが、中心線平均粗さRa2.0μmを超えるように、
図7に示す、表面粗さの範囲の摺動部材を作製した点である。
【0047】
<焼付試験3>
実施例2および比較例6の摺動部材(平板試験片)に対して、実施例1と同じように、
図2(b)に示す焼付試験を行った。具体的には、エンジン油中(80℃)において、ならし運転後、摺動部材(平板試験片)と円筒試験片とを押し付ける面圧を1MPa(○:流体潤滑条件下)、10MPa(●:境界潤滑条件下)とに分けて、回転数(駆動速度)を1000rpm時の摩擦係数を測定した。この結果を
図7に示す。
図7は、実施例2および比較例6に係る摺動部材の皮膜(架橋PTFE)の表面粗さと摩擦係数の関係を示した図である。
【0048】
〔結果4〕
図7に示すように、10MPaの高面圧の条件(●)では、皮膜の表面粗さに依存せず、実施例2および比較例6に係る摺動部材の摩擦係数は、ほぼ一定値(0.05程度)である。従って、境界潤滑条件下では、皮膜の表面粗さが摺動部材の摩擦係数に及ぼす影響は小さいことがわかる。
【0049】
一方、1MPaの低面圧の条件(○)では、実施例2に係る摺動部材は、皮膜の表面粗さに拘わらず、低フリクションを維持している。しかしながら、比較例6に係る摺動部材の摩擦係数は、皮膜の表面粗さの増加に伴って、摩擦係数が高面圧の条件での摩擦係数に近づいていた。
【0050】
このような結果、境界潤滑条件および流体潤滑条件のいずれの条件下であっても、摺動部材の皮膜の表面粗さが、中心線平均粗さRa0.05〜2.0μmの範囲で低フリクションを維持することができる。なお、下限値である中心線平均粗さRa0.05μmは、皮膜に架橋されたPTFEシートを用いた場合の表面粗さの製造限界でもある。
【0051】
<流体潤滑条件下でのフリクション低減のメカニズム>
図8は、流体潤滑条件下でのフリクション低減のメカニズムを説明するための図である。
図8に示すように、上壁面(摺動面)が一定速度Vで摺動している条件で、上壁面の素材が鉄系材料であれば、上壁面に接する流体(潤滑油)も、上壁面の摺動(移動)とともに速度Vで引きずられる。
【0052】
しかしながら、上壁面の素材がPTFE樹脂であれば、PTFE自体の表面自由エネルギが小さい。これにより、たとえ上壁面が一定速度Vで摺動していても、上壁面と流体との間にすべりが生じる。このすべり量αに応じて、速度U(=V−α)は低減する。したがって、同じ二面間距離hであるにも拘わらず、PTFE樹脂の場合には、流体の速度勾配(=速度/二面間距離)が小さくなり、結果として流体である潤滑油のせん断力も低下する。これにより、本発明に係る摺動部材は、流体潤滑条件下で摺動部材のフリクションが低減される。
【0053】
以上、本発明の実施形態について詳述したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。