特許第6560881号(P6560881)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6560881極低透磁率ステンレス鋼線材、ならびに耐久性に優れる鋼線、異形線
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6560881
(24)【登録日】2019年7月26日
(45)【発行日】2019年8月14日
(54)【発明の名称】極低透磁率ステンレス鋼線材、ならびに耐久性に優れる鋼線、異形線
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20190805BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20190805BHJP
   C21D 8/06 20060101ALI20190805BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/58
   C21D8/06 B
【請求項の数】17
【全頁数】26
(21)【出願番号】特願2015-65127(P2015-65127)
(22)【出願日】2015年3月26日
(65)【公開番号】特開2016-183396(P2016-183396A)
(43)【公開日】2016年10月20日
【審査請求日】2017年11月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(72)【発明者】
【氏名】山先 祥太
(72)【発明者】
【氏名】高野 光司
【審査官】 守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開平06−212358(JP,A)
【文献】 特開平05−295486(JP,A)
【文献】 特開昭62−096656(JP,A)
【文献】 特開2002−038244(JP,A)
【文献】 特開2009−001844(JP,A)
【文献】 特開平11−346831(JP,A)
【文献】 特開2007−002319(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.090〜0.350%、
Mn:9.0〜25.0%、
Ni:20.0%未満、
Cr:10.0〜25.0%、
N:0.50%以下、
Si:3.0%以下、
Mo:3.0%以下、
Cu:3.0%以下を含有し、
更に、
Ti:0.5%以下、V :0.5%以下、Nb:0.5%以下の内、1種類以上を含有し、かつTi+V+Nb>0.01%とするとともに、
残部Feおよび不可避的不純物からなる化学成分を有し、
金属組織がオーステナイト相を主体とし、オーステナイト平均粒径が20.0μm以下であり、
下記(a)式で示されるオーステナイト相中のNieqが25.0以上、下記(b)式で示されるTNが100以上、
下記(c)式で示されるSFEが110以下、
であることを特徴とする極低透磁率ステンレス鋼線材。
Nieq=Ni+Cu+15.9(C+N)+0.66Mn+0.32Si+0.47Cr+0.64Mo …(a)
TN=99.81−1.37Cr−3.14Ni+8.83Mn−12.68Si+4.48Mo−32.45C−33.86N …(b)
SFE=−53+6.2Ni+0.7Cr+3.2Mn+9.3Mo …(c)
但し、式中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有質量%を意味する
【請求項2】
質量%で、
C:0.090〜0.350%、
Mn:9.0〜25.0%、
Ni:20.0%未満、
Cr:10.0〜25.0%、
N:0.50%以下
Si:3.0%以下、
Mo:3.0%以下、
Cu:3.0%以下を含有し、
更に、
Ti:0.5%以下、V :0.5%以下、Nb:0.5%以下の内、1種類以上を含有し、かつTi+V+Nb>0.01%とするとともに、
残部Feおよび不可避的不純物からなる化学成分を有し、
金属組織がオーステナイト相を主体とし、オーステナイト平均粒径が20.0μm以下であり、
下記(a)式で示されるオーステナイト相中のNieqが25.0以上、下記(b)式で示されるTNが100以上、
下記(c)式で示されるSFEが110以下
である極低透磁率ステンレス鋼線材であって、
この極低透磁率ステンレス鋼線材に対し、伸線および光輝焼鈍を複数回施し、最終光輝焼鈍後の総伸線減面率の合計が75%である冷間加工を施した場合に、長手方向の残留応力が400MPa以下となる性能を有することを特徴とする極低透磁率ステンレス鋼線材。
Nieq=Ni+Cu+15.9(C+N)+0.66Mn+0.32Si+0.47Cr+0.64Mo …(a)
TN=99.81−1.37Cr−3.14Ni+8.83Mn−12.68Si+4.48Mo−32.45C−33.86N …(b)
SFE=−53+6.2Ni+0.7Cr+3.2Mn+9.3Mo …(c)
但し、式中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有質量%を意味する。
【請求項3】
更に質量%で、
Al:0.001〜2.0%、
B :0.012%以下、
Co:2.5%以下、
W :2.5%以下、
Ta:2.5%以下、
Sn:2.5%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の極低透磁率ステンレス鋼線材。
【請求項4】
更に質量%で、
Ca:0.012%以下、
Mg:0.012%以下、
Zr:0.012%以下、
REM:0.05%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載の極低透磁率ステンレス鋼線材。
【請求項5】
衣類製品の部材として用いることを特徴とする請求項1〜4の何れか一項に記載の極低透磁率ステンレス鋼線材。
【請求項6】
質量%で、
C:0.090〜0.350%、
Mn:9.0〜25.0%、
Ni:20.0%未満、
Cr:10.0〜25.0%、
N:0.50%以下、
Si:3.0%以下、
Mo:3.0%以下、
Cu:3.0%以下を含有し、
更に、
Ti:0.5%以下、V :0.5%以下、Nb:0.5%以下の内、1種類以上を含有し、かつTi+V+Nb>0.01%とするとともに、
残部Feおよび不可避的不純物からなる化学成分を有し、
金属組織がオーステナイト相を主体とし、
下記(a)式で示されるオーステナイト相中のNieqが25.0以上、下記(b)式で示されるTNが100以上、
下記(c)式で示されるSFEが110以下であり、
冷間加工による長手方向の残留応力が400MPa以下であることを特徴とする耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼線。
Nieq=Ni+Cu+15.9(C+N)+0.66Mn+0.32Si+0.47Cr+0.64Mo …(a)
TN=99.81−1.37Cr−3.14Ni+8.83Mn−12.68Si+4.48Mo−32.45C−33.86N …(b)
SFE=−53+6.2Ni+0.7Cr+3.2Mn+9.3Mo …(c)
但し、式中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有質量%を意味する。
【請求項7】
更に質量%で、
Al:0.001〜2.0%、
B :0.012%以下、
Co:2.5%以下、
W :2.5%以下、
Ta:2.5%以下、
Sn:2.5%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする請求項6記載の極低透磁率ステンレス鋼線。
【請求項8】
更に質量%で、
Ca:0.012%以下、
Mg:0.012%以下、
Zr:0.012%以下、
REM:0.05%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする請求項6または7に記載の極低透磁率ステンレス鋼線。
【請求項9】
引張強さが1500〜2500MPaであることを特徴とする請求項6〜8の何れか一項に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼線。
【請求項10】
C断面の最大硬さと最小硬さの差ΔHvが80以下であることを特徴とする請求項6〜9の何れか一項に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼線。
【請求項11】
衣類製品の部材として用いることを特徴とする請求項6〜10の何れか一項に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼線。
【請求項12】
質量%で、
C:0.090〜0.350%、
Mn:9.0〜25.0%、
Ni:20.0%未満、
Cr:10.0〜25.0%、
N:0.50%以下、
Si:3.0%以下、
Mo:3.0%以下、
Cu:3.0%以下を含有し、
更に、
Ti:0.5%以下、V :0.5%以下、Nb:0.5%以下の内、1種類以上を含有し、かつTi+V+Nb>0.01%とするとともに、
残部Feおよび不可避的不純物からなる化学成分を有し、
金属組織がオーステナイト相を主体とし、
下記(a)式で示されるオーステナイト相中のNieqが25.0以上、下記(b)式で示されるTNが100以上、
下記(c)式で示されるSFEが110以下であり、
冷間加工による長手方向の残留応力が400MPa以下であることを特徴とする耐久性に優れる極低透磁率ステンレス異形線。
Nieq=Ni+Cu+15.9(C+N)+0.66Mn+0.32Si+0.47Cr+0.64Mo …(a)
TN=99.81−1.37Cr−3.14Ni+8.83Mn−12.68Si+4.48Mo−32.45C−33.86N …(b)
SFE=−53+6.2Ni+0.7Cr+3.2Mn+9.3Mo …(c)
但し、式中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有質量%を意味する。
【請求項13】
更に質量%で、
Al:0.001〜2.0%、
B :0.012%以下、
Co:2.5%以下、
W :2.5%以下、
Ta:2.5%以下、
Sn:2.5%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする請求項12に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス異形線。
【請求項14】
更に質量%で、
Ca:0.012%以下、
Mg:0.012%以下、
Zr:0.012%以下、
REM:0.05%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする請求項12または13に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス異形線。
【請求項15】
引張強さが1500〜2500MPaであることを特徴とする請求項12〜14の何れか一項に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス異形線。
【請求項16】
C断面の最大硬さと最小硬さの差ΔHvが80以下であることを特徴とする請求項12〜15の何れか一項に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス異形線。
【請求項17】
衣類製品の部材として用いることを特徴とする請求項12〜16の何れか一項に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス異形線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼線、異形線、ならびにそれらに用いられる線材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、非磁性が要求されるブラジャーワイヤーやブラジャーホック等の衣類用製品は、非磁性ステンレスSUS304、SUS316を代表とするオーステナイト系ステンレス鋼線材、鋼線を素材として加工・成型され製造されてきた。
しかしながら、上記のようなオーステナイト系ステンレス鋼線材、鋼線から加工・成型、製造されたステンレス製品には冷間加工時に加工誘起マルテンサイト(加工誘起α’)が生成されており、極低透磁率が望まれる上記衣類用製品等の用途には不向きという欠点があった。また、上記衣類用製品等の中でも高強度や繰り返し応力が付与される部位に用いるオーステナイト系ステンレス鋼線材、鋼線には、極低透磁率を保ちつつ優れた耐久性が要求されている。
【0003】
上記課題に対して、Mn及びN、Ni当量の増加を図ることで、強加工しても磁性の増加を抑え、かつ高強度特性を有する非磁性ばね材の技術が検討されている(例えば、特許文献1)。
【0004】
また特許文献2には、Nb,Vによる結晶粒微細化による高硬度非磁性ステンレス鋼が開示されている。
【0005】
さらに特許文献3には、高い強度を必要とするガスケット部材に用いられる鋼板に好適な技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−301244号公報
【特許文献2】特開2002−38244号公報
【特許文献3】特開2014−218687号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に挙げられるように、Mn及びN、Ni当量の増加を図ることで磁性の増加を抑え、強度を高める従来技術では、高N量であることから加工性に劣る。さらにこのような従来技術によって得られるステンレス鋼線は、結晶粒微細化による非磁性かつ高強度化を図っているが、具体的手法は記載されていない。また、このような従来技術のステンレス鋼はNb,V,Ti等を含有しないため、固溶化熱処理の際、局所的な粒成長によって、粗大オーステナイト粒(粗大γ粒)が冷間加工時に加工誘起α’を生成し、非磁性を損なうおそれがある。さらに、粗大γ粒によって結晶粒微細化強化量が小さくなると考えられる。
また、特許文献2に開示されているステンレス鋼はあくまでネジ用のステンレス鋼であり、耐久性については何ら言及されていない。
また、特許文献3は鋼板に関する技術であって、鋼線材に対する技術は開示されていない上、耐久性に関する記載はない。
【0008】
このように、近年では、衣類用製品等の中でも繰り返し応力が付与され、高強度を必要とされる部位に用いるオーステナイト系ステンレス鋼線材、鋼線には、極低透磁率を保ちつつ優れた耐久性が要求されているが、両者を兼ね備えた線材、鋼線は未だ開発されていないのが現状である。それ故、これまでの非磁性ステンレス鋼線材、鋼線、異形線は、耐久性を要する部品として幅広く使用されておらず、さらに従来の非磁性用素材では極低透磁率化と耐久性の向上が不充分であった。
【0009】
本発明は、上記問題に鑑みなされたものであって、耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼鋼線、異形線、ならびにそれらに用いられる線材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らが検討した結果、ステンレス鋼線材の成分組成において、高Mn、低Ni化によって反強磁性化を図るとともに、Nb,V,Ti添加によって結晶粒微細化を図りうることを見出した。また、ネール温度TNと、γ安定度の指標であるNieqの最適化によって低透磁率化、そして積層欠陥エネルギーの生成指標であるSFEの最適化によって長手方向の残留応力、ならびにC断面の最大硬さと最小硬さの差を低減でき、耐久性の向上、低透磁率化を図り得ることを見出した。
そして、ステンレス鋼鋼線および異形線を製造するにあたり、上記の成分組成を有し、結晶粒の微細化が施された鋼線材を用いて製造することで、耐久性に優れかつ極低透磁率であるステンレス鋼鋼線および異形線を得ることができる。
本発明はこれら新たな知見によってなされたものであって、本発明の要旨は下記のとおりである。
【0011】
(1) 質量%で、
C:0.090〜0.350%、
Mn:9.0〜25.0%、
Ni:20.0%未満、
Cr:10.0〜25.0%、
N:0.50%以下、
Si:3.0%以下、
Mo:3.0%以下、
Cu:3.0%以下を含有し、
更に
Ti:0.5%以下、V:0.5%以下、Nb:0.5%以下の内、1種類以上を含有し、かつTi+V+Nb>0.01%とするとともに、
残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、
金属組織がオーステナイト相を主体とし、オーステナイト平均粒径が20.0μm以下であり、
下記(a)式で示されるオーステナイト相中のNieqが25.0以上、下記(b)式で示されるTNが100以上、
下記(c)式で示されるSFEが110以下、
であることを特徴とする極低透磁率ステンレス鋼線材。
Nieq=Ni+Cu+15.9(C+N)+0.66Mn+0.32Si+0.47Cr+0.64Mo …(a)
TN=99.81−1.37Cr−3.14Ni+8.83Mn−12.68Si+4.48Mo−32.45C−33.86N …(b)
SFE=−53+6.2Ni+0.7Cr+3.2Mn+9.3Mo …(c)
但し、式中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有質量%を意味する
) 質量%で、
C:0.090〜0.350%、
Mn:9.0〜25.0%、
Ni:20.0%未満、
Cr:10.0〜25.0%、
N:0.50%以下
Si:3.0%以下、
Mo:3.0%以下、
Cu:3.0%以下を含有し
更に
Ti:0.5%以下、V :0.5%以下、Nb:0.5%以下の内、1種類以上を含有し、かつTi+V+Nb>0.01%とするとともに、
残部Feおよび不可避的不純物からなる化学成分を有し、
金属組織がオーステナイト相を主体とし、オーステナイト平均粒径が20.0μm以下であり、
下記(a)式で示されるオーステナイト相中のNieqが25.0以上、下記(b)式で示されるTNが100以上、
下記(c)式で示されるSFEが110以下、
である極低透磁率ステンレス鋼線材であって、
この極低透磁率ステンレス鋼線材に対し伸線および光輝焼鈍を複数回施し、最終光輝焼鈍後の総伸線減面率の合計が75%である冷間加工を施した場合に、長手方向の残留応力が400MPa以下となる性能を有することを特徴とする極低透磁率ステンレス鋼線材。
Nieq=Ni+Cu+15.9(C+N)+0.66Mn+0.32Si+0.47Cr+0.64Mo …(a)
TN=99.81−1.37Cr−3.14Ni+8.83Mn−12.68Si+4.48Mo−32.45C−33.86N …(b)
SFE=−53+6.2Ni+0.7Cr+3.2Mn+9.3Mo …(c)
但し、式中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有質量%を意味する。
(3) 更に質量%で、
Al:0.001〜2.0%、
B :0.012%以下、
Co:2.5%以下、
W :2.5%以下、
Ta:2.5%以下、
Sn:2.5%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする上記(1)または(2)に記載の極低透磁率ステンレス鋼線材。
(4) 更に質量%で、
Ca:0.012%以下、
Mg:0.012%以下、
Zr:0.012%以下、
REM:0.05%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする上記(1)〜(3)の何れか一項に記載の極低透磁率ステンレス鋼線材。
(5)衣類製品の部材として用いることを特徴とする上記(1)〜(4)の何れか一項に記載の極低透磁率ステンレス鋼線材。
【0012】
(6) 質量%で、
C:0.090〜0.350%、
Mn:9.0〜25.0%、
Ni:20.0%未満、
Cr:10.0〜25.0%、
N:0.50%以下、
Si:3.0%以下、
Mo:3.0%以下、
Cu:3.0%以下を含有し、
更に、
Ti:0.5%以下、V :0.5%以下、Nb:0.5%以下の内、1種類以上を含有し、かつTi+V+Nb>0.01%とするとともに、
残部Feおよび不可避的不純物からなる化学成分を有し、
金属組織がオーステナイト相を主体とし、
下記(a)式で示されるオーステナイト相中のNieqが25.0以上、下記(b)式で示されるTNが100以上、
下記(c)式で示されるSFEが110以下であり、
冷間加工による長手方向の残留応力が400MPa以下であることを特徴とする耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼線。
Nieq=Ni+Cu+15.9(C+N)+0.66Mn+0.32Si+0.47Cr+0.64Mo …(a)
TN=99.81−1.37Cr−3.14Ni+8.83Mn−12.68Si+4.48Mo−32.45C−33.86N …(b)
SFE=−53+6.2Ni+0.7Cr+3.2Mn+9.3Mo …(c)
但し、式中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有質量%を意味する。
(7) 更に質量%で、
Al:0.001〜2.0%、
B :0.012%以下、
Co:2.5%以下、
W :2.5%以下、
Ta:2.5%以下、
Sn:2.5%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする上記(6)記載の極低透磁率ステンレス鋼線。
(8) 更に質量%で、
Ca:0.012%以下、
Mg:0.012%以下、
Zr:0.012%以下、
REM:0.05%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする上記(6)または(7)に記載の極低透磁率ステンレス鋼線。
)引張強さが1500〜2500MPaであることを特徴とする上記(6)〜(8)の何れか一項に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼線。
10)C断面の最大硬さと最小硬さの差ΔHvが80以下であることを特徴とする上記(6)〜(9)の何れか一項に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼線。
11)衣類製品の部材として用いることを特徴とする上記(6)〜(10)の何れか一項に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼線。
【0013】
12質量%で、
C:0.090〜0.350%、
Mn:9.0〜25.0%、
Ni:20.0%未満、
Cr:10.0〜25.0%、
N:0.50%以下、
Si:3.0%以下、
Mo:3.0%以下、
Cu:3.0%以下を含有し、
更に、
Ti:0.5%以下、V :0.5%以下、Nb:0.5%以下の内、1種類以上を含有し、かつTi+V+Nb>0.01%とするとともに、
残部Feおよび不可避的不純物からなる化学成分を有し、
金属組織がオーステナイト相を主体とし、
下記(a)式で示されるオーステナイト相中のNieqが25.0以上、下記(b)式で示されるTNが100以上、
下記(c)式で示されるSFEが110以下であり、
冷間加工による長手方向の残留応力が400MPa以下であることを特徴とする耐久性に優れる極低透磁率ステンレス異形線。
Nieq=Ni+Cu+15.9(C+N)+0.66Mn+0.32Si+0.47Cr+0.64Mo …(a)
TN=99.81−1.37Cr−3.14Ni+8.83Mn−12.68Si+4.48Mo−32.45C−33.86N …(b)
SFE=−53+6.2Ni+0.7Cr+3.2Mn+9.3Mo …(c)
但し、式中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有質量%を意味する。
(13) 更に質量%で、
Al:0.001〜2.0%、
B :0.012%以下、
Co:2.5%以下、
W :2.5%以下、
Ta:2.5%以下、
Sn:2.5%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする上記(12)に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス異形線。
(14) 更に質量%で、
Ca:0.012%以下、
Mg:0.012%以下、
Zr:0.012%以下、
REM:0.05%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする上記(12)または(13)に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス異形線。
15)引張強さが1500〜2500MPaであることを特徴とする上記(12)〜(14)の何れか一項に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス異形線。
16)C断面の最大硬さと最小硬さの差ΔHvが80以下であることを特徴とする上記(12)〜(15)の何れか一項に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス異形線。
17)衣類製品の部材として用いることを特徴とする上記(12)〜(16)の何れか一項に記載の耐久性に優れる極低透磁率ステンレス異形線。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼線、異形線、ならびにそれらに用いられる線材を提供できる。
また、本発明によるステンレス鋼線、異形線は、耐久性に優れ、かつ極低透磁率であるため、耐久性と極低透磁率が要求される衣類用製品等に好適に適用できる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<ステンレス鋼線材>
本実施形態に係る極低透磁率ステンレス鋼線材(以下、単にステンレス鋼線材、線材ともいう。)は、質量%で、C:0.09〜0.35%、Mn:9.0〜25.0%、Ni:20.0%未満、Cr:10.0〜25.0%、N:0.50%以下、Si:3.0%以下、Mo:3.0%以下、Cu:3.0%以下、を含有し、更に質量%でTi:0.5%以下、V:0.5%以下、Nb:0.5%以下の内、1種類以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、結晶粒径が20.0μm以下であり、下記(a)式で示されるオーステナイト相中のNieqが25以上、下記(b)式で示されるTNが100以上、下記(c)式で示されるSFEが110以下、であることを特徴とする。
Nieq=Ni+Cu+15.9(C+N)+0.66Mn+0.32Si+0.47Cr+0.64Mo …(a)
TN=99.81−1.37Cr−3.14Ni+8.83Mn−12.68Si+4.48Mo−32.45C−33.86N …(b)
SFE=−53+6.2Ni+0.7Cr+3.2Mn+9.3Mo …(c)
但し、式中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有質量%を意味する。
【0016】
以下に、先ず、ステンレス鋼線材の成分組成の限定理由について説明する。なお、以下の説明における(%)は特に断りがない限り、質量(%)である。
【0017】
Cは、伸線加工後に高強度を得て、加工誘起α’を抑制するために、0.090%以上添加する。しかしながら、Cを0.350%を超えて添加すると、耐食性と靭性が低下傾向となるおそれがあるため、C量は0.350%以下とし、好ましくは0.150%以下とする。
【0018】
Mnは、後述するネール温度TNを高める元素であり、γを反強磁性化にする作用を有し、極低透磁率化に有効である。これらの効果を享受するためMn量は9.0%以上とする。好ましくは10.0%以上である。しかしながら、Mnを25.0%超えて添加すると鋳造時にデルタフェライト(δFe)を生成し、極低透磁率と耐久性を劣位にするため、上限を25.0%に限定する。好ましくは20.0%以下である。
【0019】
Niは、後述するNieqを高める元素であり、冷間加工による加工誘起α’の生成を抑制する元素であるが、ネール温度TNを下げる元素でもあるため、Ni量を20.0%以上添加すると透磁率を高める。そのため、Ni量は20.0%未満とし、好ましくは10.0%以下とする。Ni量の下限は特に限定しないが、Nieqを高める観点から、0.1%以上とすることが好ましい。
【0020】
Crは、耐食性を確保するため、10.0%以上添加する。好ましくはCr量を11.0%以上とする。しかしながら、Crを25.0%を超えて添加すると、鋳造時にδFeを生成し、極低透磁率と耐久性を劣位にするため、上限を25.0%にする。好ましくは、11.0〜20.0%である。
【0021】
Nは、Nieqを高める元素であり、冷間加工による加工誘起α’の生成を抑制する。しかしながら、Nを0.50%を超えて添加すると、冷間加工時に割れるおそれがあるため、N量は0.50%以下とし、好ましくは0.40%以下とする。N量の下限は特に限定しないが、Nieqを高める観点から、0.25%以上とすることが好ましい。
【0022】
Siは、脱酸を行い、脱酸生成物を少なくして耐久性を確保するため0.05%以上添加することが好ましい。しかしながら、Siを3.0%を超えて添加するとその効果は飽和するばかりか伸線加工性と耐久性が悪くなり、また、鋼線、異形線の透磁率を高めるおそれがあるため、上限を3.0%未満にすることが好ましい。より好ましくは1.0%以下である。
【0023】
Moは、耐食性を向上させる効果を有するため、0.05%以上含有させることが好ましい。しかしながら、Moを3.0%を超えて含有すると、その効果は飽和するばかりか、逆に耐久性が劣化し、透磁率を高めるおそれがある。そのため、必要に応じて3.0%以下の範囲で含有させることが好ましい。より好ましくは、1.0%以下である。
【0024】
Cuは、冷間加工時の割れを防止するため、0.05%以上含有させることが好ましい。しかしながら、Cuを3.0%超えて含有すると、耐久性が低下するおそれがあることに加え、熱間加工性が劣位になる。そのため、必要に応じて3.0%以下の範囲で含有させることが好ましい。より好ましくは、1.0%以下である。
【0025】
Ti,V,Nbは、炭窒化物を形成して結晶粒径を微細にして、線材、鋼線の強度、耐久性を改善するとともに、加工誘起α’の生成を抑制するため、Ti:0.5%以下,V:0.5%以下,Nb:0.5%以下の内、1種類以上を含有させ、かつTi、V、Nbの合計含有量を0.01%超とする。しかしながら、これら各元素を各規定上限を超えて含有させると粗大介在物が生成し、線材、鋼線の耐久性が低下するおそれがある。これらのことから、各元素の好ましい範囲は、Ti:0.1%以下、V:0.1%以下、Nb:0.1%以下である。
前述の効果をより発揮させるためには、好ましくは、Ti,V,Nbは、Ti:0.05%以上、V:0.05%以上、Nb:0.05%以上とする。
【0026】
本発明のステンレス線材は、上述してきた必須元素以外は、Fe及び不可避的不純物からなるが、後述する任意添加元素についても含有させることができる。
また、代表的な不可避的不純物としては、O,S,Pなどが挙げられ、通常、鉄鋼の製造プロセスで不可避的不純物として0.0001〜0.1%の範囲で混入する。
【0027】
任意添加元素について、代表的なものを上記[2]〜[5]にて説明したが、詳細を以下で説明する。なお、本明細書中に記載されていない元素であっても、本発明の効果を損なわない範囲で含有させることが出来る。
【0028】
上記[2]にて記載した成分組成の限定理由について説明する。
【0029】
Alは、脱酸を促進して介在物清浄度レベルを向上させ、線材、鋼線の耐久性を向上させるのに有効な元素であるため0.001%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.003%以上であり、さらに好ましくは0.005%以上である。しかしながら、Alを2.0%を超えて含有すると、その効果は飽和するばかりか、材料自体の耐久性が劣化することに加え、透磁率を高めるおそれがある。そのため、必要に応じて2.0%以下の範囲で含有させることが好ましい。より好ましくは、1.0%以下であり、更に好ましくは0.1%以下である。
【0030】
Bは、粒界強度を向上させて、線材、鋼線の耐久性を向上させるのに有効な元素である。そのため、Bを0.0004%以上含有させることが好ましく、0.001%以上含有させることがより好ましい。しかしながら、Bを0.012%を超えて含有すると、粗大なボライド生成により、逆に耐久性が劣化し、透磁率を高めるおそれがある。そのため、必要に応じてBを0.012%以下の範囲で含有させることが好ましい。より好ましくは、0.010%以下であり、更に好ましくは0.005%以下である。
【0031】
Coは、耐久性を向上させるのに有効な元素であるため、0.01%以上含有させることが好ましい。より好ましくは、0.05%以上である。しかしながら、Coを2.5%を超えて含有すると、その効果は飽和するばかりか、逆に耐久性が劣化し、透磁率を高めるおそれがある。そのため、必要に応じて2.5%以下の範囲で含有させることが好ましい。より好ましくは、1.0%以下であり、更に好ましくは0.2%以下である。
【0032】
Wは、耐食性を向上させるのに有効な元素であるため、0.05%以上含有させることが好ましい。より好ましくは、0.1%以上である。しかしながら、Wを2.5%を超えて含有すると、その効果は飽和するばかりか、逆に耐久性が劣化し、透磁率を高めるおそれがある。そのため、必要に応じて2.5%以下の範囲で含有させることが好ましい。より好ましくは、2.0%以下であり、更に好ましくは1.5%以下である。
【0033】
Taは、耐久性を向上させるのに有効な元素であるため、0.01%以上含有させることが好ましい。より好ましくは、0.05%以上である。しかしながら、Taを2.5%を超えて含有すると、その効果は飽和するばかりか、逆に耐久性が劣化し、透磁率を高めるおそれがある。そのため、必要に応じて2.5%以下の範囲で含有させることが好ましい。より好ましくは、1.0%以下であり、更に好ましくは0.2%以下である。
【0034】
Snは、耐食性を向上させるのに有効な元素であるため、0.01%以上含有させることが好ましい。より好ましくは、0.05%以上である。しかしながら、Snを2.5%を超えて含有すると、その効果は飽和するばかりか、逆に耐久性が劣化し、透磁率を高めるおそれがある。そのため、必要に応じて2.5%以下の範囲で含有させることが好ましい。より好ましくは、1.0%以下であり、更に好ましくは0.2%以下である。
【0035】
次に、上記[4]にて記載した成分組成の限定理由について説明する。
【0036】
Ca,Mg,Zr,REMは、脱酸のため、必要に応じて、Ca:0.012%以下,Mg:0.012%以下,Zr:0.012%以下,REM:0.05%以下の1種以上を含有させてもよい。しかしながら、これら各元素を各規定上限を超えて含有すると粗大介在物が生成して鋼線の耐久性が劣化し、透磁率を高めるおそれがある。これらのことから、各元素の好ましい範囲は、Ca:0.0004〜0.010%、Mg:0.0004〜0.010%、Zr:0.0004〜0.010%、REM:0.0004〜0.05%であり、更に好ましくはCa:0.001〜0.005%,Mg:0.001〜0.005%,Zr:0.001〜0.005%,REM:0.001〜0.05%である。
【0037】
以上説明した各元素の他にも、本発明の効果を損なわない範囲で含有させることが出来る。その他の成分について本発明では特に規定するものではないが、一般的な不純物元素でありP、S、Zn、Bi、Pb、Se、Sb、H、Ga等は可能な限り低減することが好ましい。これらの元素は、本発明の課題を解決する限度、すなわち本発明の効果を損なわない範囲内において、その含有割合が制御され、必要に応じて、P≦400ppm、S≦100ppm、Zn≦100ppm、Bi≦100ppm、Pb≦100ppm、Se≦100ppm、Sb≦500ppm、H≦100ppm、Ga≦500ppmの1種以上を含有されてもよい。
【0038】
次に、本実施形態に係る線材の金属組織について説明する。
本実施形態に係る線材の金属組織は、その大部分がオーステナイト相であり、残部は不可避的相からなる。このような線材の金属組織において、線材のγ粒径が20.0μm超えでは、耐久性が劣化することに加え、冷間加工時に加工誘起α’が生成し、透磁率を高めるおそれがある。そのため、線材のγ粒径の上限を20.0μmとする。好ましくは、10.0μm以下である。線材のγ粒径の下限値は特に限定せず、耐久性、低透磁率の観点からは小さければ小さいほど好ましいが、測定可能なサイズがおおよそ0.01μm程度であることから、0.01μm以上とする。
【0039】
γ粒径の測定にあたっては、線材の横断面を、例えばFE−SEM/EBSDで観察し、線材長手方向に直角となる直線L(μm)を引き、その直線L上に存在する大傾角粒の数Nを測定してγ粒の平均粒径を算出できる。本明細書では、この平均粒径を「γ粒径」と定義する。
【0040】
次に、Nieqについて説明する。
Nieqは、伸線後の加工誘起マルテンサイト量と成分の関係をそれぞれ調査して得られた指標であり、極低透磁率を安定的に確保するために制御する必要がある。
Nieqは、下記式(a)より求められる値であり、この値が25.0未満の場合、加工誘起α’量が生成しやすくなり、透磁率を高めてしまう。そのため、Nieqの下限を25.0に限定する。好ましくは、Nieqを30.0以上とする。
Nieq==Ni+Cu+15.9*(C+N)+0.66*Mn+0.32*Si+0.47*Cr+0.64*Mo … (a)
【0041】
次に、ネール温度TNについて説明する。
TNは、γの常磁性が反強磁性に遷移する温度であり、極低透磁率を安定的に確保するために制御する必要がある。
TNは、下記式(b)より求められる値であり、この値が100未満の場合、反強磁性γの比率が低くなり、透磁率を高めてしまう。そのため、TNの下限を100に限定する。好ましくは、TNを180以上とする。
TN=99.81-1.37*Cr-3.14*Ni+8.83*Mn-12.68*Si+4.48*Mo-32.45*C-33.86*N …(b)
【0042】
次に、SFEについて説明する。
SFEは、積層欠陥エネルギーの生成指標を示すものであり、耐久性を安定的に確保するために制御する必要がある。
SFEは、下記式(c)により求められる値である。SFE値が110を超えると、軟質化するため、必要な耐久性が得られないばかりか、冷間加工後のΔHvを大きくし、残留応力を高める。そのため、SFE値の上限を110に限定する。好ましくは、SFEを70以下とし、更に好ましくは50以下とする。
SFE=−53+6.2Ni+0.7Cr+3.2Mn+9.3Mo … (c)
【0043】
なお、上記式(a)〜式(c)における元素記号は、当該元素の鋼中における含有質量%を意味し、式中の元素の含有量が0%である場合は、該当記号箇所には「0」を代入して算出することとする。
【0044】
なお、本実施形態に係る鋼線材は、当該線材に対し伸線および光輝焼鈍を複数回施し、最終光輝焼鈍後の総伸線減面率の合計が75%である冷間加工を施し、ステンレス鋼鋼線、あるいは異形線とした場合、冷間加工による長手方向の残留応力が400MPa以下となる性能を有する。
【0045】
<ステンレス鋼鋼線、異形線>
次に、本実施形態に係る鋼線、異形線について説明する。
本実施形態に係る鋼線、異形線の化学組成は、線材と同様に上述してきた組成を有し、かつ上記Nieq値、上記TN値、上記SFE値を満足する。
【0046】
次に、本実施形態に係る鋼線、異形線の冷間加工による長手方向の残留応力について説明する。
残留応力が400MPaを超えると、耐久性を低下させることに加え、鋼線・異形線内に局所的な高応力が付与されるため、加工誘起α’変態によって透磁率を高めるおそれがある。そのため、鋼線、異形線の冷間加工による長手方向の残留応力を400MPa以下に限定する。好ましくは0MPa以下である。
残留応力を抑制するための制御方法としては特に限定せず、各工程において適宜調整すればよいが、例えば、スキンパスやダイス角度制御、ベアリング長さ制御、矯直制御、ショットピーニングが挙げられるが、本発明の鋼線、異形線の製造方法は、これに限るものではないことはもちろんである。
【0047】
次に、鋼線または異形線の引張強さについて説明する。
引張強さは1500〜2500MPaに限定する。引張強さが低いと、耐久性に劣るため、下限を1500MPaにする。また、引張強さが高すぎると、伸線時の割れによる耐久性の劣化や、局所的な高応力場における加工誘起α’の生成によって透磁率を高めるおそれがある。そのため、引張強さの上限を2500MPaにする。好ましくは1600〜2500MPaである。
【0048】
次に、C断面(伸線方向に垂直な断面)の最大硬さと最小硬さの差ΔHvについて説明する。
ΔHvは鋼線および異形線の断面内における硬さ分布の不均一性を示す指標である。ΔHvが大きいと、鋼線および異形線に局所的な高応力場が形成され、加工誘起α’の生成によって透磁率を高める恐れがある。そのため、ΔHvの上限を80にする。好ましくは45以下である。
ΔHvを抑制するための制御方法としては特に限定せず、各工程において適宜調整すればよいが、例えば、スキンパスや伸線温度制御、ダイス角度制御、ベアリング長さ制御、矯直制御、ショットピーニングが挙げられるが、本発明の鋼線、異形線の製造方法は、これに限るものではないことはもちろんである。
【0049】
以上説明したように、本実施形態に係る鋼線、異形線は、上記の線材を用いて製造され、残留応力、ΔHv、引張強さが所定の範囲内とされ、耐久性、低透磁率を確保するものであり、その製造方法は特に限定されないが、例えば、以下のように制御することで耐久性により優れた低透磁率ステンレス鋼鋼線、異形線を製造できる。
【0050】
上記成分組成を有する鋼を溶製し、所定の径を有する鋳片に鋳造したのち、鋳片に対し熱間の線材圧延を行う。その後は、必要に応じて適宜、溶体化処理、酸洗を行い線材とする。
引き続き得られた線材を、所定の径まで一次伸線した後、溶体化処理を実施し、減面率の合計が50〜90%となるように二次伸線を実施するとよい。このとき、二次伸線の伸線温度は10〜40℃、最終伸線減面率は0.1〜9%、ダイス角度(ダイス半角)は4〜14deg、ベアリング長さは0.5〜10mmとするとよい。
【0051】
次に、得られた鋼線を、三次伸線するが、この時の伸線減面率は好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上とするのがよい。引き続き冷間圧延機によって所定の形状に冷間加工し、スキンパスを施すことで異形線を製造できる。なお、異形線に矯直加工を施す際は、曲げ角度は0.5〜14deg、送り速度は6〜45m/minとするとよい。また、当該異形線は時効熱処理を施し使用されてもよい。
【0052】
以上説明した製法により、本発明による、耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼線材および鋼線、異形線を得ることができるが、上述の各工程、各条件により本発明を限定するものではない。
【0053】
以上説明した本発明によれば、耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼材、鋼線ならびに異形線を提供できる。
また、本発明によるステンレス鋼線、異形線を衣類用製品等に適用することで、耐久性に優れた極低透磁率である衣類用製品等を提供することができる。
【実施例】
【0054】
以下に本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0055】
表1−1〜表2−2に実施例の鋼の化学組成(鋼種A〜CB)、Nieq、TN、SFE、γの粒径を示す。なお、表中の下線は本発明範囲から外れているものを示す。
【0056】
【表1-1】
【0057】
【表1-2】
【0058】
【表1-3】
【0059】
【表1-4】
【0060】
【表2-1】
【0061】
【表2-2】
【0062】
これらの化学組成の鋼は、ステンレス鋼の安価溶製プロセスであるAOD溶製を想定し、100kgの真空溶解炉にて溶解し、φ180mmの鋳片に鋳造した。そしてその鋳片を1100℃で200分の加熱後、φ5.5mmまで熱間の線材圧延(減面率:99.9%)を行い、1050℃で熱間圧延を終了した。その直後に水冷、または熱間圧延終了から連続して、溶体化処理として1050℃で3分のインライン熱処理を実施して水冷し、酸洗を行い線材とした。引き続き得られた線材を、所定の径まで一次伸線した後、溶体化処理を実施し、減面率の合計が75%となるように二次伸線を行った。次に、得られた鋼線を、表3のNo.1の条件で三次伸線を行い、表4のNo.20の条件で冷間圧延を行い異形線を作製した。
得られた異形線の、引張強さ、残留応力、ΔHv、耐久性、透磁率を表1−1〜表2−2に示す。
【0063】
次に、上記線材より製造した鋼線ならびに異形線において、残留応力、ΔHv、耐久性、透磁率に及ぼす伸線温度と冷間加工(二次伸線)条件と異形線の矯直加工の条件の影響を調査した。
【0064】
表1−1〜表1−4に示す成分組成のうち、鋼A及び鋼Gを有するφ5.5mmの線材を、φ4.0mmまで一次伸線した後、溶体化処理として1050℃で3分の光輝焼鈍(BA)を実施して間接空冷を行い、総減面率が70%となるように二次伸線を実施した。なお、表3に示す伸線温度と最終伸線減面率(最終減面率)、ダイス角度、ベアリング長さの条件で二次伸線を行った。
次に、得られた鋼線を伸線減面率75%となるよう三次伸線した後、冷間圧延機によって異形線(1.0t×3.0w)を作製し、スキンパスを施した。当該異形線に対し、表4に示す曲げ角度と送り速度の条件によって矯直を行った。
【0065】
そして、得られた鋼線と異形線の引張強さ、残留応力、ΔHv、耐久性、透磁率を評価した。その評価結果をそれぞれ表3と表4に示す。
【0066】
残留応力はX線回折法によって測定した。供試材を電解研磨した後、マイクロX線回折試験にて鋼線および異形線表層の軸方向残留応力を評価した。残留応力は、入射X線角度固定法を用いて、2θ(回折ピーク)-Ψ(試料面法線と格子面法線とのなす角)を測定した後、残留応力σ(式(1))を計算した。
【0067】
【数1】
【0068】
ここで、E:ヤング率[MPa]、ν:ポアッソン比とする。
残留応力が0MPa以下の場合を(◎),0〜400MPaの場合を(○)、400MPaを上回る場合を(×)として評価した。本発明例の鋼線と異形線の製品では、◎もしくは○であった。
【0069】
ΔHvは鋼線または異形線のC断面のHv硬さを表層と中心部、D/4、D/8、3D/8部の計5点行い(Dは、丸線の場合は直径であり、異形線の場合は短辺および長辺とする。)、最大Hv硬さと最小Hv硬さの差をΔHvとした。
ΔHvが45以下の場合を(◎),45〜80の場合を(○)、80を上回る場合を(×)として評価した。本発明例の鋼線と異形線の製品では、◎もしくは○であった。
【0070】
鋼線の耐久性は、JIS Z 2274に準拠した回転曲げ疲労試験にて、回転曲げ応力500および600N/mmを負荷して10回の回転を負荷させて鋼線が破断するか否かで評価した。両応力とも破断しない場合を非常に良い(◎),500N/mmのみ破断しない場合を良い(○),いずれも破断した場合を悪い(×)として評価した。
本発明例の鋼線の製品では、◎もしくは○であった。
【0071】
異形線の耐久性は、平面曲げ疲労試験にて、曲げ応力500および600N/mmを負荷して10回の回転を負荷させて異形線が破断するか否かで評価した。両応力とも破断しない場合を非常に良い(◎),500N/mmのみ破断しない場合を良い(○),いずれも破断した場合を悪い(×)として評価した。
本発明例の異形線の製品では、◎もしくは○であった。
【0072】
鋼線および異形線の比透磁率は、低透磁率測定装置(メトロン技研(株)製)によって測定した。本装置は任意印加磁場H(Oe)に対する磁束φ(J)を検出し、式(2)より比透磁率μを算出する。今回、印加磁場を1000Oeして、比透磁率を測定した。
μ=φ/H・・・式(2)
比透磁率が1.002以下の場合を(◎),1.002〜1.005の場合を(○)、1.005を上回る場合を(×)として評価した。本発明例の鋼線の製品では、◎もしくは○であった。
【0073】
なお、本実施例において、線材の粒径の測定方法は、線材の横断面をFE−SEM/EBSDで観察し、長手方向に直角となる直線L(μm)を引き、その直線上に存在した大傾角粒の数Nから下記(3)式を用いて算出した。
平均粒径(μm)=L/N ・・・ (3)
γの粒径が10.0μm以下の場合を(◎),10.0〜20.0μmの場合を(○)、20.0μmを上回る場合を(×)として評価した。本発明例の線材の製品では、◎もしくは○であった。
【0074】
鋼線と異形線の引張強さは、JIS Z 2241の引張試験での引張強さにて評価した。引張強さが1500〜2500MPaの範囲内である場合を(○)、1500MPaを下回る場合を(×)として評価した。
本発明例の鋼線と異形線の製品では、全て1500〜2500MPa(○)であり、強度特性に優れていた。
【0075】
【表3】
【0076】
【表4】
【産業上の利用可能性】
【0077】
以上の各実施例から明らかなように、本発明により、耐久性に優れる極低透磁率ステンレス鋼線材および鋼線、異形線を提供でき、当該鋼線、異形線を衣類用製品等に適用することで、耐久性と極低透磁率が要求されるブラジャーワイヤーやブラジャーホックなどの衣類用製品等の提供を可能とし、産業上極めて有用である。