(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6561275
(24)【登録日】2019年8月2日
(45)【発行日】2019年8月21日
(54)【発明の名称】硬質皮膜および硬質皮膜形成用ターゲット
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20190808BHJP
C23C 14/32 20060101ALI20190808BHJP
【FI】
C23C14/06 L
C23C14/32 A
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-536642(P2017-536642)
(86)(22)【出願日】2016年6月9日
(86)【国際出願番号】JP2016067224
(87)【国際公開番号】WO2017033527
(87)【国際公開日】20170302
【審査請求日】2018年1月24日
(31)【優先権主張番号】特願2015-164496(P2015-164496)
(32)【優先日】2015年8月24日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000115072
【氏名又は名称】ユケン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100135183
【弁理士】
【氏名又は名称】大窪 克之
(72)【発明者】
【氏名】丹羽 司
(72)【発明者】
【氏名】大口 優幸
(72)【発明者】
【氏名】青松 明宏
【審査官】
有田 恭子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−263717(JP,A)
【文献】
特開2009−001906(JP,A)
【文献】
特表2004−514061(JP,A)
【文献】
特表2012−530188(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58
B21D 37/01
B21J 13/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記組成を有する硬質皮膜:
(AlaCrbSccMd)(C1−e−fNeOf)
ここで、aはAlの原子比、bはCrの原子比、cはScの原子比およびdは任意元素Mの原子比、ならびにeはNの原子比およびfはOの原子比であって、これらは
0.7≦a<0.90、
0.0<b<0.40、
0.0<c<0.40、
0.0≦d<0.20、
a+b+c+d=1.0、
0.0≦e≦1.0、
0.0≦f≦1.0、および
0.0≦e+f≦1.0
を満たし、
前記任意元素Mは、Y,B,Si,V,W,Hf,Zr,Nb,Ta,Mo,CeおよびGeからなる群から選ばれる1種または2種以上の元素からなる。
【請求項2】
前記組成がさらに、
0.1≦c/b≦2.0
を満たす、請求項1に記載の硬質皮膜。
【請求項3】
前記組成がさらに、
0.1≦c/(1.0−a)≦0.7
を満たす、請求項1または2に記載の硬質皮膜。
【請求項4】
前記組成においてd=0である、請求項1から3のいずれか一項に記載の硬質皮膜。
【請求項5】
下記組成を有する、硬質皮膜形成用ターゲット:
AlaCrbSccMd
ここで、aはAlの原子比、bはCrの原子比、cはScの原子比およびdは任意元素Mの原子比であって、これらは
0.7≦a<0.90、
0.0<b<0.40、
0.0<c<0.40、
0.0≦d<0.20、および
a+b+c+d=1.0
を満たし、
前記任意元素Mは、Y,B,Si,V,W,Hf,Zr,Nb,Ta,Mo,CeおよびGeからなる群から選ばれる1種または2種以上の元素からなる。
【請求項6】
前記組成がさらに、
0.1≦c/b≦2.0
を満たす、請求項5に記載のターゲット。
【請求項7】
前記組成がさらに、
0.1≦c/(1.0−a)≦0.7
を満たす、請求項5または6に記載のターゲット。
【請求項8】
前記組成においてd=0である、請求項5から7のいずれか一項に記載のターゲット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に耐熱酸化性に優れた硬質皮膜およびこの硬質皮膜を形成するためのターゲットに関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板等の鉄鋼部材、銅板等の非鉄部材などの金属系材料からなる部材は、プレス加工や鍛造加工、鋳造加工などにより様々な形状に加工され、得られた加工部品(抜き加工品、曲げ加工品、鍛造品、鋳造品など)は自動車用部品をはじめ様々な用途に使用されている。
【0003】
これらの加工のうちプレス加工や鍛造加工などの塑性加工を例として説明すれば、塑性加工を行うための工具における加工面を構成する材料には優れた耐摩耗性が求められている。
【0004】
この要請に応えるべく、金型等の加工用工具における加工面の構成材料として、従来一般的に使用されていたTi系の材料による皮膜に代えて、Ti−Al系材料による皮膜が使用されてきている(例えば特許文献1)。また、TiおよびAlに加えてCrなどの他の元素を含有させることにより皮膜の耐摩耗性をさらに向上させる技術も開示されている(例えば特許文献2)。耐高温酸化特性に優れた硬質皮膜材として、AlCr系皮膜も提案されている(例えば特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭62−56565号公報
【特許文献2】特許第4062583号公報
【特許文献3】特開2004−176085号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
部品加工に関する技術は加工品質の向上と生産性の向上とを両立させるという課題に常に向き合っており、塑性加工もその生産性を高めたり生産コストを低減させたりすることが求められている。このため、一回の塑性加工による加工量(被加工材の変形量や切断長さが例示される。)を増加させたり、潤滑油の使用量を低減(場合によっては無給油)したりする対策が行われるようになってきた。
【0007】
その結果、金型などの加工用工具における加工面に加わる負荷は増加し、たとえ塑性加工が冷間加工であっても、被加工材と加工面との摺動摩擦熱の発生が顕著となる傾向がある。このため、加工用工具における加工面を構成する材料には、高い耐熱性、特に摺動摩擦熱の蓄積により高温となった状態でも耐摩耗性が低下しないこと(本明細書において、「耐熱酸化性」ともいう。)が求められてきている。
【0008】
ここで、加工面を構成する材料に耐摩耗性を付与するための具体的な手法としては複数考えられるが、最も簡便な手法はかかる材料の硬度を高めることであり、具体的には硬質皮膜を加工部材の表面に成膜することである。この硬質皮膜を大気中において加熱した場合でも、加熱後の皮膜が高い硬度を維持したり、加熱前後での皮膜硬度の変化が少なかったりするときには、高温領域下での耐摩耗性が維持されているといえるのでその硬質皮膜は優れた耐熱酸化性を有していると期待される。
【0009】
本発明はかかる現状を鑑み、耐熱酸化性に優れる硬質皮膜、およびかかる硬質皮膜を形成するためのターゲットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らが鋭意検討した結果、AlCr系皮膜において、Scを適度に含有させることにより、高温特性に優れるAlの含有量を高めても機械特性に優れる立方晶が維持され、優れた耐熱酸化性を有する硬質皮膜が得られるとの新たな知見を得た。この知見は、C、OおよびN以外の成分の総量に対するAlの量の原子比が0.6超であって、Scを含有するAlCr系皮膜は、優れた耐熱酸化性を有することができる、と換言されうる。
【0011】
かかる知見に基づき完成された本発明は次のとおりである。
(1)下記組成を有する硬質皮膜:
(Al
aCr
bSc
cM
d)(C
1−e−fN
eO
f)
ここで、aはAlの原子比、bはCrの原子比、cはScの原子比およびdは任意元素Mの原子比、ならびにeはNの原子比およびfはOの原子比であって、これらは
0.7≦a<0.90、
0.0<b<0.40、
0.0<c<0.40、
0.0≦d<0.20、
a+b+c+d=1.0、
0.0≦e≦1.0、
0.0≦f≦1.0、および
0.0≦e+f≦1.0
を満たし、
前記任意元素Mは、Y,B,Si,V,W,Hf,Zr,Nb,Ta,Mo,CeおよびGeからなる群から選ばれる1種または2種以上の元素からなる。
【0012】
(2)前記組成がさらに、
0.1≦c/b≦2.0
を満たす、上記(1)に記載の硬質皮膜。
【0013】
(3)前記組成がさらに、
0.1≦c/(1.0−a)≦0.7
を満たす、上記(1)または(2)に記載の硬質皮膜。
【0014】
(4)前記組成においてd=0である、上記(1)から(3)のいずれかに記載の硬質皮膜。
【0015】
(5)下記組成を有する、硬質皮膜形成用ターゲット:
Al
aCr
bSc
cM
d
ここで、aはAlの原子比、bはCrの原子比、cはScの原子比およびdは任意元素Mの原子比であって、これらは
0.7≦a<0.90、
0.0<b<0.40、
0.0<c<0.40、
0.0≦d<0.20、および
a+b+c+d=1.0
を満たし、
前記任意元素Mは、Y,B,Si,V,W,Hf,Zr,Nb,Ta,Mo,CeおよびGeからなる群から選ばれる1種または2種以上の元素からなる。
【0016】
(6)前記組成がさらに、
0.1≦c/b≦2.0
を満たす、上記(5)に記載のターゲット。
【0017】
(7)前記組成がさらに、
0.1≦c/(1.0−a)≦0.7
を満たす、上記(5)または(6)に記載のターゲット。
【0018】
(8)前記組成においてd=0である、上記(5)から(7)のいずれかに記載のターゲット。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る硬質皮膜は優れた耐熱酸化性を有する。また、本発明により優れた耐熱酸化性を有する硬質皮膜を形成するターゲットが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本実施形態に係る硬質皮膜を製造する装置の一例であるイオンプレーティング装置の構成を概念的に示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の一実施形態に係る硬質皮膜は、下記組成を有する:
(Al
aCr
bSc
cM
d)(C
1−e−fN
eO
f)
ここで、aはAlの原子比、bはCrの原子比、cはScの原子比およびdは任意元素Mの原子比、ならびにeはNの原子比およびfはOの原子比であって、これらは
0.60<a<0.90、
0.0<b<0.40、
0.0<c<0.40、
0.0≦d<0.20、
a+b+c+d=1.0、
0.0≦e≦1.0、
0.0≦f≦1.0、および
0.0≦e+f≦1.0
を満たす。
【0022】
本発明の一実施形態に係る硬質皮膜は、AlおよびCrに加えてScを含有し、その組成におけるAlの原子比aは0.6超である。硬質皮膜の組成におけるAlの原子比aを0.6よりも多くすることにより、得られた硬質皮膜の耐熱酸化性を高めることが可能となる。通常、Alの原子比aを高めると、皮膜の耐熱酸化性は高まるものの、皮膜の結晶構造が硬質な立方晶から相対的に軟質な六方晶に変化してしまい、皮膜硬度が低下してしまう。
【0023】
ところが、本発明の一実施形態に係る硬質皮膜のように、Scを含有することにより、理由は明確でないが、硬質皮膜の組成におけるAlの原子比aが高い場合であっても、硬質皮膜の結晶構造が立方晶から六方晶に変化することが抑制される。このため、硬質皮膜の組成におけるAlの原子比aが高いことに起因する高い耐熱酸化性を維持しつつ、皮膜硬度が高い硬質皮膜を得ることが可能となる。
【0024】
しかも、硬質皮膜におけるScの含有比率が高くなることにより、皮膜硬度が高まる傾向がみられる。したがって、硬質皮膜の組成におけるScの原子比cを適切に制御することにより、耐熱酸化性に優れた硬質皮膜を得ることができる。
【0025】
硬質皮膜の組成におけるAlの原子比aは、硬質皮膜にScが適切に含有されている限り、高いことが好ましい。硬質皮膜の組成におけるAlの原子比aは、0.65以上であることが好ましく、0.7以上であることがより好ましい。
【0026】
一方、硬質皮膜の組成におけるAlの原子比aが過度に高い場合には、硬質皮膜にScが含有されていても硬質皮膜内に六方晶が生成することを抑制することが困難となる。また、Al以外の金属元素の含有量が過度に低下して、皮膜硬度を高めることが困難となる。したがって、本発明の一実施形態に係る硬質皮膜の組成におけるAlの原子比aは、0.9未満である。硬質皮膜にScを含有させて六方晶の生成を抑制することをより安定的に実現させる観点から、硬質皮膜の組成におけるAlの原子比aは、0.85以下であることが好ましい。
【0027】
硬質皮膜の組成におけるCrの原子比bが過度に低い場合には、Crを含有させた効果を得ることが困難となり、特に耐摩耗性の低下が懸念される。Crを含有させたことに基づく特性向上の効果を安定的に得る観点から、硬質皮膜の組成におけるCrの原子比bは、0.01以上とすることが好ましく、0.02以上とすることがより好ましく、0.03以上とすることが特に好ましい。
【0028】
一方、硬質皮膜の組成におけるCrの原子比bが0.40超の場合には、他の元素の含有量が相対的に低下するため、耐熱性などが低下することが懸念される。優れた耐熱酸化性を安定的に得る観点から、硬質皮膜の組成におけるCrの原子比bは、0.30以下とすることが好ましく、0.25以下とすることがより好ましく、0.20以下とすることが特に好ましい。
【0029】
硬質皮膜の組成におけるScの原子比cは、0超であればよい。Scの原子比cが0.01程度であっても、耐熱酸化性を高めたり皮膜硬度を高めたりすることが可能である。Scを含有させたことに基づく効果を安定的に得る観点から、硬質皮膜の組成におけるScの原子比cは、0.01以上であることが好ましく、0.02以上とすることがより好ましく、0.03以上とすることが特に好ましい。
【0030】
硬質皮膜の組成におけるScの原子比cの上限は、他の元素の含有量、特にAlの含有量との関係で規定される。本発明の一実施形態に係る硬質皮膜の組成は、上記のようにAlの原子比aが0.6超であり、Crの原子比bが0超であるから、Scの原子比cは、0.4未満となる。
【0031】
理由は明確でないが、硬質皮膜中のScの含有量には、Crの含有量との関係で好適範囲が存在する。すなわち、硬質皮膜の組成におけるScの原子比cは、Crの原子比bと、次の関係を満たすことが好ましい。
0.1≦c/b≦2.0
【0032】
耐熱酸化性に優れる硬質皮膜をより安定的に得る観点から、c/bは、0.3以上であること好ましく、0.35以上であることがより好ましい。同様の観点から、c/bは、1.5以下であること好ましく、0.9以下であることがより好ましい。
【0033】
硬質皮膜中のScの含有量には、Al以外の金属元素の含有量の総和に占めるScの含有量の割合についても、好適範囲が存在する。すなわち、硬質皮膜の組成におけるScの原子比cは、Alの原子比aと、次の関係を満たすことが好ましい。
0.1≦c/(1.0−a)≦0.7
【0034】
耐熱酸化性に優れる硬質皮膜をより安定的に得る観点から、c/(1.0−a)は、0.2以上であること好ましく、0.25以上であることがより好ましい。同様の観点から、c/(1.0−a)は、0.6以下であること好ましく、0.5以下であることがさらに好ましい。
【0035】
任意元素Mは、Y,B,Si,V,W,Hf,Zr,Nb,Ta,Mo,CeおよびGeからなる群から選ばれる1種または2種以上からなる。硬質皮膜の組成における任意元素Mの原子比dは、各任意元素Mの機能に応じて適宜設定される。硬質皮膜中にScを含有させたことに基づく効果を安定的に得る観点から、硬質皮膜の組成における任意元素Mの原子比dは、0以上0.2未満とし、0以上0.15以下とすることが好ましく、0以上0.1以下とすることがより好ましい。生産性を高める観点などから、硬質皮膜の組成における任意元素Mの原子比dは0であることが好ましい場合もある。
【0036】
本実施形態に係る硬質皮膜は、上記4種類(必須としてAl,CrおよびScの3種、ならびに任意成分として一群のM)の元素のほかに、他の金属系元素を含有してもよいが、その含有量は原子比として0.01以下とするべきである。また、各元素に係る金属材料の精錬の程度には上限が事実上存在することから、製造方法によっては、上記4種類の元素以外の元素が不純物元素として皮膜中に混入する場合もある。本発明の一実施形態に係る硬質皮膜は、そのような不可避的な不純物を含有する場合も含むものとする。そのような不純物の含有量の上限は特に設定されないが、不純物が硬質皮膜に与える影響を少なくする観点から、不純物元素全体の原子比は、上記4種(必須は3種)の元素の原子比の合計を1.0とした場合に、0.01以下とするべきである。
【0037】
本実施形態に係る硬質皮膜は、炭化物、窒化物、酸化物またはこれらの混合物(炭窒化物など)であるから、前述の組成におけるeおよびfはそれぞれ0.0から1.0までの任意の数値を取り、e+fは1.0以下となる。
【0038】
なお、本実施形態に係る硬質皮膜において、Al,CrおよびScならびに必要に応じて含有されるMからなる金属成分と、C,NおよびOの少なくとも1種からなるガス成分との原子比は特に限定されず、化学量論的範囲外の場合も含む。
【0039】
本実施形態に係る硬質皮膜の厚さは特に限定されない。用途に応じて適宜設定されるべきものである。ただし、過度に薄い場合には硬質皮膜が所望の特性を発現することができなかったり、その耐久性が低下したりすることが懸念されるため、通常0.1μm以上の厚さとすることが好ましい。また、硬質皮膜の厚さが過度に厚い場合には、皮膜に発生した圧縮応力によって皮膜の被処理部材に対する密着性が低下したり、被処理部材に変形が生じたりすることが懸念されるため、通常20μm以下の厚さとすることが好ましい。
【0040】
本実施形態に係る硬質皮膜の製造方法は限定されない。後述するターゲットを用いてイオンプレーティングにより製造することが一般的であり、その際に含有させる雰囲気を制御することによって、前述の組成におけるeおよびfを調整することが可能である。イオンプレーティングを行うための装置の構造は任意である。ターゲットを直接加熱してその構成材料を蒸発させてもよいし、成膜ガス雰囲気中でアーク放電を行ってターゲットを構成する材料を蒸発させてもよいし、マグネトロンスパッタリングなどのスパッタリングによってターゲット材料を気化させてもよい。
【0041】
図1は、本実施形態に係る硬質皮膜を製造する装置の一例であるイオンプレーティング装置の構成を概念的に示す図である。イオンプレーティング装置10は、真空容器1内に、ヒータ2、ターゲットが付設された金属蒸発源(アークイオンプレーティング方式の場合にはアーク式蒸発源)3、ガス供給系に接続されたガス供給口4、図示しない排気ポンプ系に接続された排気口5、バイアス電源6に接続された回転テーブル7、および回転テーブル7に固定され電気的に接続された被処理部材8を備える。排気口5と排気ポンプ系との間を開放して真空容器1内の全圧をひとたび所定の値以下にした後、窒素源(N
2ガスなど)、炭素源(メタンガスなど)および/または酸素源(O
2ガスなど)を、作製すべき硬質皮膜の組成に応じて設定された分圧となるように、ガス供給口4から供給する。続いて、金属蒸発源3を動作させて(アーク式蒸発源の場合にはアーク放電を発生させて)、ターゲットを適宜溶融させ、ターゲットに含まれる金属を真空容器内に蒸発・イオン化させる。こうして真空容器内に拡散した金属成分は真空容器内の窒素源、炭素源および/または酸素源と反応し、得られた反応生成物はバイアス電源6により負電圧に印加された被処理部材8へと進行し、金属の窒化物、炭化物および酸化物ならびにこれらの混合物(以下、「金属窒化物等」という。)として被処理部材8上に堆積して、硬質皮膜が形成される。このとき、金属窒化物等の密着力を向上させるなどの目的でヒータ2による被処理部材8の加熱が行われる場合もある。
【0042】
イオンプレーティングにおける成膜条件は任意であり、雰囲気圧力、被処理部材の温度などは適宜制御すればよい。アーク放電によりイオンプレーティングを行う場合を一例として説明すれば、通常、成膜時の圧力を2から8Paの範囲とすることが好ましく、3から6Paとすればさらに好ましい。また、アーク放電のための印加電圧は被処理材へのダメージを少なくすることを考慮すると−300V以下とすることが好ましく、−20から−200Vの範囲とすれば、被処理材へのダメージの発生を抑制しつつ成膜速度を高めることが可能となる場合が多い。アーク放電による放電電流は通常60から200Aの範囲内にて設定される場合が多いところ、アーク電流の電流値が過度に低い場合には成膜速度が低下し、過度に高い場合には装置の安全性の見地から不利益が生じる可能性が高まることから、アーク電流は90から150A程度の範囲とすることが好ましい。
【0043】
ターゲットを構成する材料は、材料を蒸発させる方法が特に問題がない限り、得ようとする硬質皮膜における金属組成とほぼ同一の金属組成を有する金属系材料を用意すればよい。したがって、上記の硬質皮膜を与えるターゲット材料の組成の一例として、
Al
aCr
bSc
cM
d
ここで、aはAlの原子比、bはCrの原子比、cはScの原子比およびdは任意元素Mの原子比であって、これらは
0.60<a<0.90、
0.0<b<0.40、
0.0<c<0.40、
0.0≦d<0.20、
a+b+c+d=1.0、
を満たす(任意元素Mは、前述のとおり、Y,B,Si,V,W,Hf,Zr,Nb,Ta,Mo,CeおよびGeからなる群から選ばれる1種または2種以上の元素からなる。)材料が例示される。
【0044】
なお、この場合も、硬質皮膜の場合と同様に、他の含有元素の含有量および不純物元素の含有量はいずれも、上記4種の元素の原子比を1.0とした場合に0.01以下とするべきである。
【0045】
ターゲットの結晶学的な構造は特に限定されない。各元素についてほぼ純金属の状態にあるタイルを並べてターゲットとしてもよいし、4種(必須は3種)の元素のいくつかまたは全部についての合金からなるターゲットとしてもよい。また、ターゲットの気孔率なども任意である。いずれにしても、硬質皮膜の組成がターゲットの組成と著しく変化しないようにするべきである。
【実施例】
【0046】
以下、具体的な実験結果により本発明についてさらに詳しく説明するが、これらの実験結果によって本発明の範囲は限定されない。
【0047】
1.試料準備
異なる組成の合金ターゲットを用意し、SKD11からなる被処理部材(直径24mm、高さ5mmの円柱形状を有し、処理面は円形をなす一方の面)上に、PVD装置(神戸製鋼所社製、「AIP−NS40/UBMS」)を用いて、アークイオンプレーティングにより厚さ3μmの窒化物からなる(すなわち、上記の組成においてe=1.0およびf=0.0)皮膜を形成して評価用サンプルとした。
【0048】
得られた評価用サンプルにおける皮膜中の金属成分組成の元素分析結果に基づく各元素の原子比を表1に示す。
【0049】
【表1】
【0050】
2.評価方法
(1)皮膜硬度
ナノインデンター(アジレント・テクノロジー社製、「Nano Indenter G200」)を用いて、次の条件で評価用サンプルの皮膜硬度(単位:GPa)を測定した。なお、各評価用サンプルの皮膜につき任意に測定点を20点設定し、これらの測定点の平均値を各皮膜の硬度とした。
圧子:バーコビッチ圧子
加圧力:15mN
最大荷重保持時間:10秒間
最大荷重到達時間:15秒間
【0051】
(2)耐熱酸化性
各評価用サンプルを炉内で(炉内雰囲気:大気)で1000℃にて1時間加熱し、炉から評価用サンプルを取り出して大気中(25℃、50%RH)に放置して室温まで冷却させる加熱試験を行った。加熱試験後の評価用サンプルの皮膜について、上記の場合と同様にナノインデンターで皮膜硬度(単位:GPa)を測定した。
【0052】
3.評価結果
評価結果を表2に示す。表2中、結晶構造の列におけるB1は立方晶を意味し、B4は六方晶を意味する。したがって、B1+B4は、皮膜中に立方晶と六方晶とが含まれていたことを意味する。
【0053】
【表2】
【符号の説明】
【0054】
10…イオンプレーティング装置
1…真空容器
2…ヒータ
3…金属蒸発源
4…ガス供給口
5…排気口
6…バイアス電源
7…回転テーブル
8…被処理部材