特許第6561285号(P6561285)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6561285
(24)【登録日】2019年8月2日
(45)【発行日】2019年8月21日
(54)【発明の名称】木材の処理方法及び加工品
(51)【国際特許分類】
   B27K 5/00 20060101AFI20190808BHJP
【FI】
   B27K5/00 Z
【請求項の数】1
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-151639(P2016-151639)
(22)【出願日】2016年8月2日
(65)【公開番号】特開2018-20467(P2018-20467A)
(43)【公開日】2018年2月8日
【審査請求日】2017年10月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】591032703
【氏名又は名称】群馬県
(73)【特許権者】
【識別番号】314016856
【氏名又は名称】株式会社ワークステーション
(72)【発明者】
【氏名】海老沼惠也
(72)【発明者】
【氏名】田島 創
(72)【発明者】
【氏名】中村哲也
(72)【発明者】
【氏名】北島信義
(72)【発明者】
【氏名】梅澤悠介
【審査官】 竹中 靖典
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−166313(JP,A)
【文献】 特開平06−315907(JP,A)
【文献】 特開平06−170810(JP,A)
【文献】 米国特許第06623953(US,B1)
【文献】 特開昭57−152905(JP,A)
【文献】 実開昭50−024778(JP,U)
【文献】 特開平11−268009(JP,A)
【文献】 特開昭60−225710(JP,A)
【文献】 特開2003−019702(JP,A)
【文献】 特開2013−154545(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B27K 1/00 − 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
木材の経時変形を低減させる内部応力除去方法であって、
前記木材の一部もしくは全部を、ガラクタナーゼ、セルラーゼ、ペクチナーゼ、キシラナーゼから成る群から選ばれる少なくとも1種以上の酵素を含む水溶液に接触させる接触工程と、
前記木材を構成する物質と、前記酵素とを20℃から80℃の環境下で反応させる処理工程と、
前記処理工程後の木材を乾燥する乾燥工程と、
を含む木材の経時変化を低減させる内部応力除去方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、木材、特に無垢の板材や短冊形状の木材や装飾加工を施した木材について、時間経過と共に発生する反りなどの変形を抑制する処理方法とその加工品、及びこの処理品に装飾加工を行なった加工品に関する。
【背景技術】
【0002】
木材、特に板材や短冊形状などに加工された木材は、時間経過とともに水分率が低下して水分の抜けた箇所が収縮することや木材を構成する物質の状態や量の変化を原因とした経時変形(本明細書では、このことを以下、経時変形と呼ぶ)が問題となっていた。このため、木材を利用する際には、乾燥前100%を超える木材の含水率を15%未満に低下させるよう処理したり、木材を1年程度の期間、毎日表裏を反転させながら干したり、などの処理が行われている。
しかしながら、このように含水率を低下させた木材であっても、更なる乾燥や季節毎の湿度・温度の変化などによる吸湿・乾燥により形状が変化してしまい、寸法精度が悪くなることなどが問題となっていた。特に木材についてレーザー加工や印刷などの精密加工を行う場合には、選択した箇所へのこれら加工に木材の経時変形を原因とするズレが生じるなどの問題があった。
この経時変形は木材に含まれる道管の量や形状、道管や仮道管(本明細書では、以下、道管と呼ぶ)をつなぐリグニンやヘミセルロースの量などにより発生形態は複雑であり、予測が難しく制御できなかった。ここで道管とは、被子植物の木部組織における主要構成要素である。
このため木材は、種々の加工を行う場合、寸法上の誤差が出ることで希望するデザインを表現する表面加工が行えないなど扱いづらく、また外観上も決して美しい物にならないなど表面加工の製品化の上で課題となっていた。更にまたレーザー加工などを行うと加工後に木材が更に変形してしまうといった問題もあった。
【0003】
このような問題を解決するため、例えば特許文献1には木材の内部応力を除去するために木材を密閉雰囲気内に置き、密閉雰囲気の温度を上昇させて所定の温度及び湿度で均一な状態に所定時間維持した後、密閉雰囲気から木材を取り出して所定温度の湯を散布し、更に木材の含水率が所定値に低下するまで乾燥させることを特徴とする方法及び装置について記載されている。
【0004】
また、特許文献2には水蒸気を含む60℃〜150℃において一定時間密閉に近い状態で保持し、木材の主成分であるリグニン、ヘミセルロースの軟化点を低下させ更に木材の内部応力により木材組織の細胞を流動させ、且つ木材内の水分を蒸散させる木材の内部応力緩和除去方法が記載されている。
【0005】
一方、非特許文献1には、日本では法隆寺五重塔や正倉院正倉をはじめ、多くの木造建築が存在しており、木材が1000年オーダーの長寿命材料であることが示されている。しかし、木材の繊維方向(道管方向)の強度の変化はさほどないが、半径方向の強度が時間と共に減少すること、また反りなどの変形が生じなくなることが示されている。この原因としてリグニンやヘミセルロースなどの量的・質的な変化が生じていることなどが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第2757170号
【特許文献2】特開平8−267414
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】横山 操、マテリアルライフ学会誌、27、39〜40ページ、2015年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1中に記載されている方法では木材の全ての部分を均一に処理するため、複雑な状態である木材表面で処理する箇所を選択するという処理ができないことが課題となっていた。
また、お湯を散布するなどの工程が必要であるため、大型且つ複雑な装置の設置など費用などの面でも問題となっていた。更にまた木材の加熱温度においても90℃から120℃の範囲での加熱が必要であったり、60時間以上の加熱時間が必要であったりしてコストや時間、設備等の面で容易に実施する事が難しかった。
【0009】
また、特許文献2中に記載されているように、水蒸気を用いる処理方法においては処理槽内の内部圧力が高くなるために木材を内部に置くことができ、且つ1気圧を超える圧力を保持することができる密閉装置が必要となるため、コストや設備、更に作業時の安全を確保することが難しく課題となっていた。
【0010】
これらの事から、比較的安易な方法や短い処理時間、そして比較的低い温度で行えて木材の加工する箇所を限定・選択して行なう内部応力の除去方法と、その処理を施した木材加工品が強く望まれていた。
【0011】
また、非特許文献1に記載されているように、建物用の建材としても長期にわたり利用できる、即ち木材の内部応力が除去され長期間利用された木材と同じ状態になるように処理する方法の開発が望まれていた。また、木材表面の単位重量当たりの表面積の増加により発現する吸音性能の向上や吸着による消臭効果の向上などの効果を持つ木材の処理方法の開発が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、長期間利用された木材において報告されている、リグニンやヘミセルロースなどの量的・質的な変化を短時間で実現できれば、木材の利用上の課題であった経時変形を低減する事ができると考えた。
【0013】
発明者らは、プロテアーゼ、ガラクタナーゼ、セルラーゼ、ペクチナーゼ、キシラナーゼ、及びこれらを複合的に含むヘミセルラーゼから少なくとも1種類以上の酵素を含む水溶液を木材の一部もしくは全部に接触させ、木材の任意の箇所に存在するリグニンやヘミセルロースを選択的に分解して木材に存在する内部応力を低下させ、形状の経時変形が生じ難い木材の処理法を開発して本発明をなすに至った。
【0014】
即ち本発明は、木材の内部応力除去方法であって、含水率が1%以上60%以下の木材の一部もしくは全部に酵素水溶液を接触させる接触工程と、木材を構成する物質と前記酵素とを反応させる処理工程と、乾燥工程とを含む木材の経時変形を低減するための内部応力除去方法である。
木材と酵素水溶液を接触させる接触工程は、酵素水溶液に含まれる酵素としてプロテアーゼ、ガラクタナーゼ、セルラーゼ、ペクチナーゼ、キシラナーゼ、及びこれらを複合的に含むヘミセルラーゼから少なくとも1種類以上の酵素を0.05重量%以上15重量%以下含む、pH2以上pH11以下に調整した水溶液を木材に接触させる工程である。
木材への接触方法としては、酵素水溶液に木材を浸漬する方法、木材の表面に酵素水溶液を噴霧する方法、木材の表面に筆やブラシにより塗布する方法、木材表面及び側面を写した画像の解析結果から選んだ箇所に印刷技術を用いて酵素水溶液で処理する方法から選択した少なくとも1つの接触方法により接触させる。この接触工程を行う際、酵素水溶液を接触する前に木材にマスキングを施すことにより、処理を行わない箇所を選択することもできる。
この接触工程の後の処理工程は、リグニンやヘミセルロースなど木材を構成する物質に酵素を反応させる反応工程であり、酵素水溶液を接触させた木材をその状態で温度20℃以上80℃以下の雰囲気に0.5時間以上24時間以内静置する。
処理工程の後に行う乾燥工程は、自然乾燥や恒温槽を用いて乾燥する方法、乾燥器を用いて乾燥する方法、熱プレス機により加熱しながらプレスして乾燥する方法、乾燥した後に熱プレスを行い乾燥する方法などが好ましく用いられる。乾燥工程により乾燥した木材の含水率は、含水率計などにより確認でき、60%未満となることが木材を利用する場合好ましい。
更にまた木材の内部まで処理する場合には、木材を酵素水溶液に接触させる接触工程は酵素水溶液の温度と木材の温度を酵素の処理温度よりも低く20℃より低く保ち、酵素水溶液を木材内部まで浸透させた後、木材の温度を所定の温度にして反応させることができる。
【0015】
本発明は、木材、特に無垢の板材や短冊形状の木材や装飾加工を施した木材を酵素水溶液に接触させる接触工程と、木材を構成する物質と酵素とを反応させる処理工程と、乾燥工程と、を含む内部応力除去方法により経時変形を低減させた木材に、レーザー加工、切削加工、染色加工、印刷加工から少なくとも一つの装飾加工を施した加工品に関する。
【0016】
更にまた、本発明は、レーザー加工、切削加工、染色加工、印刷加工から選ばれる少なくとも一つの加工を実施した後に、木材を酵素水溶液に接触させる接触工程と、木材を構成する物質と酵素とを反応させる処理工程と、乾燥工程と、を含む内部応力除去方法により内部応力を除去させる木材加工品の製造方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の木材の処理方法によれば、木材の内部応力を低減できる。この内部応力の低減により、反りの発生を低減できる。このため、無垢の板材を材料として利用したり、無垢の板材を複合化した複合材としての利用ができたり、反りが発生した木材でも反りを低減することができる。更に、内部応力が低減するために加工品として曲げ加工などを行なうことが容易となる。また木材の内部応力を除去した後、レーザー加工、切削加工、染色加工、印刷加工から選ばれる少なくとも一つの加工を実施した木材加工品を作成できる。また、レーザー加工、切削加工、染色加工、印刷加工から選ばれる少なくとも一つの加工を実施したあと、木材の内部応力除去方法により木材を処理し、内部応力除去できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】反りが発生する前の木材表面の外観図である。
図2】反りが発生した木材表面の外観図である。
図3】木材の反り率の測定の側面概念図である。
図4】本発明の実施例1で処理した木材の電子顕微鏡写真である。
図5】比較例1で処理した木材の電子顕微鏡写真である。
図6】実験例2で行った、酵素溶液による評価に対する反り改善率の図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明につき、より詳細に説明すると、木材の前処理についてはその手法及び装置について特に限定されないが、自然乾燥する方法、温度と湿度を制御できる恒温槽を用いて乾燥する方法、乾燥器を用いて乾燥する方法、シリカゲルなどの乾燥剤を用いて乾燥する方法などが好ましく用いられる。
前処理後の木材の含水率の測定方法は、水分率計により測定したり、木材の形状測定から木材の体積を導いて単位体積当たりの重量変化を測定する事により確認する事ができる。
乾燥した木材の含水率は、1%以上60%以下が好ましく、1%以上50%未満がより好ましく、1%以上40%未満が更に好ましい。含水率が1%以上60%以下だと酵素水溶液による処理工程において木材に酵素水溶液が浸透し易くなって本発明の効果が好適に確認できる。木材の含水率が1%未満だと予備乾燥に時間や費用が必要になる。一方、木材の含水率が60%より高いと酵素水溶液の効果が木材に含まれる水分により阻害される場合がある。
この木材の前処理の後、木材の変形が確認できない場合は、続けてレーザー加工、切削加工、染色加工、印刷加工などの加工を行う事もできる。
【0020】
木材処理工程において利用できる酵素水溶液の酵素は、プロテアーゼ、ガラクタナーゼ、セルラーゼ、ペクチナーゼ、キシラナーゼ及びこれらを複合的に含むヘミセルラーゼから選ばれる少なくとも1種の酵素を用いる事ができる。
酵素水溶液中の酵素の量は、0.05重量%以上15重量%以下が好ましく、0.2重量%以上10重量%未満がより好ましく、0.3重量%以上5重量%未満が更に好ましい。
酵素水溶液の酵素量が0.05重量%以上15重量%以下だと、木材への酵素水溶液の浸透速度と反応速度が好適な範囲に入るため、木材表面硬度を保ったまま内部応力が除去できる。
酵素水溶液の酵素量が0.05重量%未満であると長い処理時間が必要な場合があり、15重量%より高いと酵素量と処理の効果の相関が低下する傾向にあったり、木材表面硬度が低下する傾向があったり、費用が高くなる場合がある。
【0021】
酵素水溶液に用いる水は、特に限定されないが、製造者や作業者の安全性を考慮すべきであり、水道水、蒸留水、イオン交換水などを好ましく用いる事ができる。また、ナトリウムやカルシウム、カリウムを5重量%未満含んだ水溶液を用いても酵素の処理効果が低下すること無く好適に処理できる。
酵素水溶液には、水溶液の粘度を調整するため酵素の処理効果を損なわない増粘剤を用いる事ができる。増粘剤としては、シクロデキストリンが好ましく用いられる。酵素水溶液の粘度の増加は、酵素水溶液を筆などで塗布する工程において、処理を行う箇所に選択的に酵素水溶液を施す際に特に有効である。
水溶液のpHについてはpH2以上pH11以下だと酵素の処理効果が認められるため好ましく用いられる。酵素は、選択された酵素の種類及び処理能力を鑑み選択できる。
【0022】
処理する木材と酵素水溶液の接触箇所は、木材の一部もしくは全部を選択できる。
処理する木材と酵素水溶液の接触方法は、酵素水溶液に木材を浸漬する方法、木材表面に酵素水溶液を噴霧する方法、木材表面に筆やブラシにより塗布する方法が好ましく用いられる。
板材として加工された木材の場合、年輪が板材の表面に現れるが、年輪から板材の反りの発生しやすい場所が特定できる。具体的には、板材の経時変形は、図2に示す様に木の表皮に近い部分が木の軸方向と逆側(木の表皮に近い側)に反る場合が多くある(図2参照)。このため、木の表面の年輪の箇所を確認した後、板材の表皮に近い面の中心に軸と平行方向に酵素水溶液を施すことにより、効果的に木材の内部応力を低下する事が可能となる。
木材表面に筆やブラシで酵素水溶液を塗布する場合には、効果的に木材の内部応力を低下できる部分に施すことができる。筆やブラシについては特に限定されないが、樹脂製の筆やブラシなどが好ましく用いられる。この場合、前述の通り、酵素水溶液に増粘剤を加えると酵素水溶液が処理した箇所から流れにくいため酵素の効果が好適に認められる。
また、塗装に使われるエアーブラシなども好ましく用いられる。エアーブラシを用いる場合には、コンプレッサにより作成した圧縮空気を用いて酵素水溶液を処理箇所に施すことができる。この際、木材の処理を行いたくない部分にマスキングを施すことにより、選択的な処理を行う事ができる。
【0023】
処理する木材と酵素水溶液の接触方法として、木材の表面の年輪の現れかたを画像として確認後、効果的に処理できる箇所や処理を行わない方が良い箇所をコンピュータプログラムにより識別し、プリンタなどの印刷技術により、酵素水溶液を木材の希望する箇所に施すこともできる。
【0024】
酵素水溶液を処理する木材に反応させる処理工程の温度、湿度、時間について詳細に述べる。
処理工程の温度は、20℃以上80℃以下で内部応力の除去効果が確認される。温度30℃以上70℃未満では内部応力の除去効果がより短い時間で確認されるため、より好ましく用いられ、35℃以上68℃未満では内部応力の除去効果が高く、更に短い処理時間で処理が行えるため、更に好ましく用いられる。この温度については、選択される酵素の処理温度における処理速度、処理し易い時間を鑑み任意に決定することができる。
処理工程における湿度については特に限定されないが、木材表面が乾燥しない状態が好ましく、湿度50%以上100%以下が酵素水溶液からの水の蒸散が少なくて処理条件一定となるため好ましく、湿度は75%以上100%以下がより好ましく、湿度は80%以上100%以下が更に安定した処理が行えるため好ましい。
酵素水溶液のpHについては、pH2以上pH11以下で酵素による木材の処理効果が確認されるため好ましく、pH3以上pH9以下で処理速度が高くなるため好ましく用いられ、pH3以上pH6以下で処理速度が更に高くなるために、より好ましく用いられる。
処理時間については、木材の処理状態を勘案しつつ任意に設定できるが、酵素の処理速度と実験を行った結果から、0.1時間以上24時間以下で内部応力の除去効果が確認されるため好ましく、0.2時間以上20時間以下がより好ましく、0.3時間以上12時間以下が更に好ましい。処理時間が短すぎると酵素水溶液による木材の内部応力除去効果が限定的になる傾向があり、処理時間が長いことについては特に限定されないが、処理時間が長すぎると処理時間と木材の内部応力除去効果との相関が低下する傾向にある。
【0025】
次に酵素水溶液により処理した木材について乾燥工程を行う。乾燥工程前に酵素水溶液を水やお湯により洗浄し除去した後、乾燥工程として自然乾燥や恒温槽を用い乾燥する方法、乾燥器を用いて乾燥する方法、熱プレス機によりプレスしながら乾燥する方法、乾燥した後に熱プレスを行い乾燥する方法などが好ましく用いられる。この乾燥工程の時間については特に限定されないが、木材の乾燥状態として、含水率として60%未満になることが好ましい。
【0026】
前述した処理により内部応力を低減した木材にレーザー加工、切削加工、染色加工、印刷加工から少なくとも一つの加工を実施した木材加工品では、木材の経時変形の原因となる内部応力が低減しているため、表面への装飾を原因とした木材の変形が低減する。
レーザー加工、切削加工、染色加工、印刷加工の各々の加工方法については特に限定されないが、レーザー加工に用いられるレーザーは、YAGレーザー、炭酸ガスレーザー、YVOレーザー、エキシマーレーザー、ファイバーレーザーの少なくとも一つのレーザーを搭載したレーザー加工機が好ましく用いられる。切削加工には、マシニングセンタや旋盤、のこぎり、回転切断機などが好ましく用いられる。染色加工には、色素や顔料を含んだ液体もしくは色素や顔料をそのまま木材に接触させ染色することができる。色素や顔料の接触方法としては、筆やプリンター、印刷機、エアーブラシなどが好ましく用いられる。印刷加工には、プリンターや印刷機などが好ましく用いられる。
【0027】
レーザー加工、切削加工、染色加工、印刷加工から選ばれる少なくとも一つの加工を施した木材加工品に酵素水溶液に接触させる接触工程と、木材を構成する物質に酵素を反応させる処理工程と、乾燥工程と、を含む木材の経時変形を低減させる内部応力除去方法により木材の内部応力を除去させる木材加工品の製造方法である。
この製造方法では、接触工程、処理工程、乾燥工程は、上述した木材の内部応力除去方法の条件による内部応力除去方法を、レーザー加工、切削加工、染色加工、印刷加工から選ばれる少なくとも一つの加工を施した木材加工品に施すことができる。
レーザー加工、切削加工、染色加工、印刷加工の各々の加工方法については特に限定されないが、レーザー加工に用いられるレーザーは、YAGレーザー、炭酸ガスレーザー、YVOレーザー、エキシマーレーザー、ファイバーレーザーの少なくとも一つのレーザーを搭載したレーザー加工機が好ましく用いられる。切削加工には、マシニングセンタや旋盤、のこぎり、回転切断機などが好ましく用いられる。染色加工には、色素や顔料を含んだ液体もしくは色素や顔料をそのまま木材に接触させ染色することができる。色素や顔料の接触方法としては、筆やプリンター、印刷機、エアーブラシなどが好ましく用いられる。印刷加工には、プリンターや印刷機などが好ましく用いられる。染色加工や印刷加工により色素や顔料が施された木材表面では、木材の内部応力除去方法に用いられる酵素の一部の処理速度が低下するため、木材の内部応力を除去したくない場所や木材表面の状態を変えたくない場合にこれら色素や顔料を施すことにより、木材表面を保護することもできる。
【0028】
本発明の処理法により木材を構成しているリグニンやヘミセルロースが分解除去されるので、木材表面の単位重量当たりの表面積を60倍程度増すことができたり、経時変形が低減されたりするため、楽器などにも用いることができる。表面積は、比表面積測定試験で測定する事ができる。
【実施例】
【0029】
以下、実験例、実施例及び比較例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0030】
(実験例1)
まず、酵素毎の木材の処理効果を確認するため、pHを調整した酵素水溶液を作成し、10℃から90℃の温度において木材の処理を行った。木材は酵素水溶液に浸漬し実施した。酵素水溶液の濃度は水溶液に対し1重量%とした。木材は、針葉樹から選択された杉材(重量5g)と広葉樹から選択された桜材(重量5g)をそれぞれ被処理材として用いた。
処理時間を5時間とし、処理後の表面の電子顕微鏡撮影結果及び処理前後の木材の重量変化から効果の検証を行い、木材の処理効果が確認された温度範囲とpH範囲及び相対的な処理効果(最低0、最高100)を得た。この酵素の処理効果を各酵素の種類毎に表1に示す。
【0031】
【表1】
【0032】
実験例で木材の処理効果が確認された条件において、木材の処理を行った。
【0033】
(実施例1)
最初に本発明の実施例1及び比較例1を以下のように行った。予備乾燥として恒温槽(エスペックミック社製)を用いて乾燥した杉平板(切り出し加工時寸法として、厚さ5mm×幅100mm×長さ150mm)について、図2及び図3に示すように長さ方向の一端面を位置決め機能付きテーブル6に取り付け、上から押さえ治具9で固定した後、もう一方の端面下部のテーブル上面からの距離を測定した。この木材の幅100mmに対するテーブル上面との間の長さは3.5mmでありこの板材の反り率を3.5%とした。同様の寸法の他の杉板を選択し、反り率を測定したところ3.5%であることを確認して、この2枚の杉板を実施例1及び比較例1に用いた。実施例1及び比較例1の杉板材の含水率を測定したところ両方とも8%であった。
【0034】
酵素水溶液の酵素としてキシラナーゼ1を選択し、イオン交換水を用いて0.4重量%の酵素水溶液を作成した。水溶液のpHは5.5、温度は25℃であった。この水溶液に前記木材を浸漬し、温度60℃の恒温槽内に2時間静置した。その後、軽く水洗した後、60℃の恒温槽にて6時間乾燥した。この時の板材は反り率0.5%であり、86%が改善した。この時の表面の電子顕微鏡撮影を行ったところ、道管同士の接合が減少し、繊維がほどけて内部応力の原因となる状態が一部解消されていることが確認された(図4)。また、処理した後の木材の表面積を比表面積測定装置による測定したところ、0.59m/gであり、処理前の0.01m/gに比べ59倍も増加していることが確認された。
また、この時確認された本発明の処理方法の評価は実験例の結果から想定された評価と同等であった。その後、この木材について表面全体に株式会社ワークステーション製レーザー加工機を用いてレーザー加工を施して、レーザー加工の1時間後及び1週間後にそれぞれ測定された反り率はそれぞれ0.5%であり、レーザー加工によっても新たな反りが発生しないことを確認した。
【0035】
(比較例1)
酵素を加えない以外は全て実施例1と同じ方法で木材に対して処理を行った。この処理を行った場合の板材の反り率は3.5%であり、処理前と比較して変形の大きさの差異は確認できなかった。この時の表面の電子顕微鏡撮影を行ったところ、道管同士の接合がそのまま残っていることが確認された(図5)。この時、この木材の反り率は3.5%であり、この処理による反りの改善効果は確認されなかった。
その後、実施例1と同じ条件でこの木材の表面全体にレーザー加工を施して、レーザー加工の1時間後及び1週間後に測定された反り率は、それぞれ3.5%及び4.5%であり、レーザー加工によって、新たな反りの発生を確認した。
【0036】
上記実施例1及び比較例1により、本発明の酵素水溶液による木材の内部応力除去効果、及び内部応力を除去した木材に対するレーザー加工による新たな反りの発生抑止の効果を確認した。
【0037】
次に本発明の実施例2及び比較例2を以下のように行った。予備乾燥を行った杉平板(厚さ5mm×幅100mm×長さ150mm)について、図2及び図3に示すように長さ方向の一端面を位置決め機能付きテーブル6に付け上から押さえ治具9で押さえつけた後、もう一方の端面下部のテーブル上面からの距離を測定した。幅100mmに対するテーブル上面と間の長さは2.0mmでありこの板材の反り率を2.0%とした。同様の寸法の杉板を選択し、反り率を測定したところ2.0%であった。この2枚の杉板を実施例2及び比較例2にそれぞれ用いた。実施例2及び比較例2の杉板材の含水率を測定したところ両方とも8%であった。
【0038】
(実施例2)
酵素水溶液の酵素としてキシナラーゼ1を選択し、イオン交換水を用いて0.4重量%の酵素水溶液を作成した(pH4.0)。この水溶液に木材を浸漬し、温度60℃の恒温槽内に2時間静置し、その後、軽く水洗した後、60℃の恒温槽にて3時間乾燥した。この木材の反り率を測定したところ0.5%であり、反り率として75%以上改善した。また、この時確認された本発明の処理方法の評価は、実験例の結果から想定された評価と同等であった。その後、熱プレス機(東洋精機製MP−WCL)にて60℃で2分間のプレス乾燥を行なった。この時の板材は反り率0.2%以下だった。この結果からプレス加工により更に反りが改善する事が確認された。
その後、この木材について表面全体に実施例1と同じ条件でレーザー加工を施して、レーザー加工1時間後及び1週間後に測定された反り率はそれぞれ0.2%以下であり、レーザー加工によっても新たな反りが発生しないことを確認した。
【0039】
(比較例2)
酵素を加えない以外は全て実施例2と同じ方法で木材に対して処理を行った。水により処理した後の板材は反り率2.0%であり、処理前との比較で変化は確認できなかった。この時の表面の電子顕微鏡撮影を行ったところ、道管同士の接合状態がそのまま残っていることが確認された。この結果から、この条件での反りの改善効果は確認されなかった。
この木材に対し、60℃の恒温槽にて3時間の乾燥後、熱プレス機(東洋精機製MP−WCL)にて60℃2分間のプレス乾燥をした。この時の木材の反り率は0.5%以下であり、反り率として75%以上改善した。
その後、この木材について表面全体に実施例1と同じ条件でレーザー加工を施して、レーザー加工1時間後及び1週間後に測定された反りはそれぞれ反り率0.5%及び3.5%であり、レーザー加工によって新たな反りの発生を確認した。
【0040】
(実験例2)
次に本発明の処理方法による木材の内部応力の除去効果が実験例で行われた評価と一致することを確認するため、酵素としてキシラナーゼ1を選択し、pH及び処理温度を制御し、内部応力の除去効果を検証した。
11回の試験を行った結果、図6に示したように、実験例で得られた処理能力の評価(電子顕微鏡撮影から得られた結果と木材の処理前後の重量変化から5段階評価した)と内部応力除去効果(反り率の改善%)は、良い相関を示した。
また、実施例の評価が3以下だった処理条件において、処理時間を増して処理を行った所、反り率がより改善されることを確認した。反り率のさらなる改善が確認された事から、同じ処理条件であった場合、処理時間を増やすことにより、反り率の改善を制御できることが確認できた。
これらの実験結果から、本発明の処理方法による木材の内部応力の除去効果が実験例で行われた評価と一致することを確認した。
【0041】
実施例3から実施例9を以下のように行った。予備乾燥を行った平板(厚さ5mm×幅100mm×長さ150mm)について、長さ方向の一端面を位置決め機能付きテーブル6に設置し、もう一方の端面下部のテーブル上面からの距離を測定した。この幅100mmに対するテーブル上面との間の距離は3.0mmでありこの板材の反り率を3.0%とした。
同様の寸法の杉板を選択し、反り率を測定したところ反り率3.0%であることを確認した。このように4枚の杉板を選び実施例3から実施例6に用いた。実施例7には、同様の反り率%を示した桜材を用いた。これら杉板材及び桜板材の含水率を測定したところ、5枚とも10%であった。
【0042】
(実施例3)
酵素水溶液の酵素としてプロテアーゼを選択し、イオン交換水を用いて10重量%の酵素水溶液を作成した(水溶液のpHは5.0)。この水溶液に木材を浸漬し、温度50℃の恒温槽内に30分間静置した。その後、軽く水洗した後、60℃の恒温槽にて3時間の乾燥後、反り率を測定したところ0.5%で反り率として83%改善した。また、この時確認した本発明の処理方法の評価は実験例の結果から想定された評価と同等であった。
その後、この木材について表面全体に実施例1と同じ条件でレーザー加工を施して、レーザー加工1時間後及び1週間後に測定された反り率はそれぞれ0.5%以下であり、レーザー加工によっても新たな反りが発生しないことを確認した。
【0043】
(実施例4)
酵素水溶液の酵素としてガラクタナーゼを選択し、イオン交換水を用いて10重量%の酵素水溶液を作成した(水溶液のpHは4.5)。この水溶液に前記木材を浸漬し、温度40℃の恒温槽内に10時間静置した。その後、軽く水洗した後、60℃の恒温槽にて3時間の乾燥後、反り率を測定したところ0.6%で反り率として80%、改善した。また、この時確認された本発明の処理方法の評価は実験例の結果から想定された評価と同等であった。
その後、この木材について表面全体に実施例1と同じ条件でレーザー加工を施して、レーザー加工1時間後及び1週間後に測定された反り率はそれぞれ0.6%以下であり、レーザー加工によっても新たな反りが発生しないことを確認した。
【0044】
(実施例5)
酵素水溶液の酵素としてセルラーゼを選択し、イオン交換水を用いて3重量%の酵素水溶液を作成した(水溶液のpHは5.0)。この水溶液に前記木材を浸漬し、温度45℃の恒温槽内に5時間静置した。その後、軽く水洗した後、60℃の恒温槽にて3時間の乾燥後、反り率を測定したところ0.3%で反り率として90%程度、改善した。また、この時確認した本発明の処理方法の評価は実験例の結果から想定された評価と同等であった。
その後、この木材について表面全体に実施例1と同じ条件でレーザー加工を施して、レーザー加工1時間後及び1週間後に測定された反り率はそれぞれ0.3%以下であり、レーザー加工によっても新たな反りが発生しないことを確認した。
【0045】
(実施例6)
酵素水溶液の酵素としてペクチナーゼを選択し、イオン交換水を用いて2重量%の酵素水溶液を作成した(水溶液のpHは4.0)。この水溶液に前記木材を浸漬し、温度50℃の恒温槽内に4時間静置した。その後、軽く水洗した後、60℃の恒温槽にて3時間の乾燥後、反り率を測定したところ0.4%で反り率として85%以上、改善した。また、この時確認された本発明の処理方法の評価は実験例の結果から想定された評価と同等であった。
その後、この木材について表面全体に実施例1と同じ条件でレーザー加工を施して、レーザー加工1時間後及び1週間後に測定された反り率はそれぞれ0.4%以下であり、レーザー加工によっても新たな反りが発生しないことを確認した。
【0046】
(実施例7)
酵素水溶液の酵素としてキシラナーゼ2を選択し、イオン交換水を用いて2重量%の酵素水溶液を作成した。この溶液にはシクロデキストリンを0.5重量%添加することで粘度を増した(水溶液のpHは5.0)。この水溶液に桜板材を浸漬し、温度60℃の恒温槽に4時間静置した。その後、軽く水洗した後、60℃の恒温槽にて3時間の乾燥後、反り率を測定したところ0.4%で反り率として85%以上改善した。また、この時確認された本発明の処理方法の評価は実験例の結果から想定された評価と同等であった。
その後、この桜板材について表面全体に実施例1と同じ条件でレーザー加工を施して、レーザー加工1時間後及び1週間後に測定された反り率はそれぞれ0.4%以下であり、レーザー加工によっても新たな反りが発生しないことを確認した。
【0047】
(実施例8)
酵素水溶液の酵素としてキシラナーゼ2を選択し、イオン交換水を用いて2重量%の酵素水溶液を作成した。この溶液には、シクロデキストリンを0.5重量%添加し、粘度を増した(水溶液のpHは5.0)。この水溶液を反り率2%、含水率8%である木材の反りが生じやすい面3の道管の方向と平行にポリエチレン製のブラシで塗布した。この木材の反りが生じやすい面3は、木材の側面4及び反りが生じやすい面3の画像から判断した。
この酵素水溶液を処理した木材を温度60℃の恒温槽内に4時間静置した。その後、軽く水洗した後、60℃の恒温槽にて3時間の乾燥後、反り率を測定したところ0.5%で反り率として75%以上改善した。この時確認された本発明の処理方法の評価は実験例の結果から想定された評価と同等であった。
その後、この木材について表面全体に実施例1と同じ条件でレーザー加工を施して、レーザー加工1時間後及び1週間後に測定された反り率はそれぞれ0.5%以下であり、レーザー加工によっても新たな反りが発生しないことを確認した。
【0048】
(実施例9)
酵素水溶液の酵素としてキシラナーゼ2を選択し、イオン交換水を用いて2重量%の酵素水溶液を作成した(水溶液のpHは5.0)。この水溶液を反り率2%、含水率10%である木材の反りが生じやすい面3の道管の方向と平行にエアーブラシ(アネスト岩田社製IS−800)で塗布した。塗布箇所を任意に選択するため、塗布箇所以外には、マスキングテープによるマスキングを施した。この時、エアーブラシから塗布した酵素水溶液の濃度及びpHは、前記濃度及びpHと変化がないことを確認した。木材の反りが生じやすい面3は、木材の側面4及び反りが生じやすい面3の年輪の現れかたの画像から判断した。
この酵素水溶液を処理した木材を温度60℃の恒温槽に4時間静置した。その後、軽く水洗した後、60℃の恒温槽にて3時間の乾燥後、反り率を測定したところ0.5%で反り率として75%以上改善した。また、この時確認された本発明の処理方法の評価は実験例1の結果から想定された評価と同等であった。更にまた、マスキングを施した箇所では、電子顕微鏡撮影の結果から、酵素による処理効果が低いことを確認した。
その後、この木材について表面全体に実施例1と同じ条件でレーザー加工を施して、レーザー加工1時間後及び1週間後に測定された反り率はそれぞれ0.5%以下であり、レーザー加工によっても新たな反りが発生しないことを確認した。
【0049】
【表2】
【符号の説明】
【0050】
1 反り発生前の木材
2 反りが発生した木材
3 反りの発生しやすい面
4 反りの発生しやすい方向を判断する木材の断面
5 反りが発生した木材の反りの大きさ
6 位置決め機能付きテーブル
7 反りが発生しやすい面の画像取得手段
8 反りの発生しやすい方向を判断する木材の断面の画像取得手段
9 押さえ治具
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、木材の加工及び木材製品に関連する産業で利用される。

図1
図2
図3
図4
図5
図6