(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6561789
(24)【登録日】2019年8月2日
(45)【発行日】2019年8月21日
(54)【発明の名称】弦楽器
(51)【国際特許分類】
G10D 3/02 20060101AFI20190808BHJP
G10D 1/08 20060101ALI20190808BHJP
【FI】
G10D3/02
G10D1/08
【請求項の数】6
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-225208(P2015-225208)
(22)【出願日】2015年11月17日
(65)【公開番号】特開2017-90862(P2017-90862A)
(43)【公開日】2017年5月25日
【審査請求日】2018年2月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004075
【氏名又は名称】ヤマハ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100111763
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 隆
(72)【発明者】
【氏名】中山 大輔
(72)【発明者】
【氏名】篠田 亮
(72)【発明者】
【氏名】松田 秀人
【審査官】
千本 潤介
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許出願公開第2008/0006138(US,A1)
【文献】
特開2008−052054(JP,A)
【文献】
特開2001−134263(JP,A)
【文献】
カナダ国特許出願公開第02792009(CA,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2014/0100825(US,A1)
【文献】
なぜできない?|ギター職人的農村生活2,online,日本,2013年 6月 1日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G10D 1/00−3/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カッタウェイが形成された胴体の裏板の幅方向に沿って延びた複数の桟のうち、前記カッタウェイに最も近い位置に固定される桟が、その固定位置における前記裏板の幅よりも短く、前記裏板の前記カッタウェイとは反対側に寄せて固定されていることを特徴とする弦楽器。
【請求項2】
前記カッタウェイに最も近い位置に固定される桟と前記カッタウェイに面している裏板の外縁との最短距離が1cm以上であることを特徴とする請求項1に記載の弦楽器。
【請求項3】
前記カッタウェイに最も近い位置に固定される桟の長さは、その固定位置における前記裏板の幅の50%以上80%以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の弦楽器。
【請求項4】
カッタウェイが形成された胴体の裏板に固定される複数の桟のうち、前記カッタウェイに最も近い位置に固定される桟は、当該桟における前記カッタウェイ側の端から反対側の端に向かう方向に沿って剛性によって第1部分、第2部分および第3部分に区分けされ、前記第2部分の剛性は一定であり、前記第3部分の剛性は前記第2部分の剛性よりも低く、前記第1部分の剛性は前記第3部分の剛性よりも低い、ことを特徴とする弦楽器。
【請求項5】
前記第1部分における前記裏板に垂直な方向の厚さ、または前記カッタウェイに最も近い位置に固定される桟の長手方向に垂直な方向の前記第1部分の幅の少なくとも一方が、前記第3部分の厚さまたは幅よりも小さいことを特徴とする請求項4に記載の弦楽器。
【請求項6】
前記第1部分には、前記裏板に垂直な方向に前記第1部分の上面から下面を貫く孔、または前記第1部分の側面を貫く孔、が設けられていることを特徴とする請求項4に記載の弦楽器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胴体にカッタウェイが形成された弦楽器に関する。
【背景技術】
【0002】
ギター等の弦楽器では、ハイポジションで演奏するときの演奏性を向上させるために、胴体におけるネックとの接続部付近にカッタウェイが形成される場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】米国特許第4741238号
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】“手仕事日記「続・バイク好き!セロリ嫌い!」”、[Online]、[平成27年9月4日検索]、インターネット(URL:https://kazz12211.wordpress.com/%E3%82%AE%E3%82%BF%E3%83%BC%E4%BD%9C%E3%82%8A/9-felipe-conde-type-p-3/)
【非特許文献2】“Wood& Steel”, Volume 78 Winter 2014, p.15, Taylor guitars
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、ギターの胴体にカッタウェイが形成されると、裏板の固有振動数が高くなり、撥弦時にカッタウェイのないギターと同じような音色が得られない場合があった。
【0006】
この発明は、以上説明した事情に鑑みてなされたものであり、カッタウェイのある弦楽器の音色をカッタウェイのない弦楽器の音色に近づけることを可能とする技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
ギターの胴体にカッタウェイが形成されると、その分だけ裏板等の面積が減るため、裏板等の剛性が高くなる。特に、側板が固定されているカッタウェイ周辺部の裏板の剛性は、他の部分(例えば、裏板中央部)よりも高い。また、裏板には強度(剛性)確保のために複数の桟(一般的には横桟)が固定されるが、当該桟がカッタウェイ周辺部に固定された場合、当該部分の剛性がさらに高くなる。カッタウェイのあるギターにおいて、裏板の固有振動数を低くするには、上記桟による裏板の剛性への寄与の度合いを減少させる必要がある。
【0008】
そこで本発明は、カッタウェイが形成された胴体の裏板の幅方向に沿って延びた複数の桟のうち、前記カッタウェイに最も近い位置に固定される桟が、その固定位置における前記裏板の幅よりも短く、前記裏板の前記カッタウェイとは反対側に寄せて固定されていることを特徴とする弦楽器を提供する。
【0009】
本発明によれば、カッタウェイに最も近い位置に固定される桟として、その固定位置における裏板の幅よりも長さの短い桟が用いられるため、当該桟によるカッタウェイ近傍部分の裏板の剛性への寄与の度合いが、他の部分の裏板の剛性への寄与の度合いよりも減少する。また、上記桟は、裏板のカッタウェイとは反対側に寄せて固定されており、当該桟とカッタウェイとの間が離れ、上記寄与の度合いはさらに減少する。このため、カッタウェイのない弦楽器の裏板の固有振動数に対する、カッタウェイのある弦楽器の裏板の固有振動数の上昇度合いが小さくなる。したがって、カッタウェイのある弦楽器の音色をカッタウェイのない弦楽器の音色に近づけることができる。
【0010】
また、本発明によれば、次のような効果も得られる。従来、カッタウェイのないギターでは、桟は、その長手方向を裏板の幅方向(ネックに垂直な方向)に一致させて裏板に固定されていた。これに対し、非特許文献2に示すカッタウェイのあるギターでは、桟は、その長手方向を裏板の幅方向に対して斜めにして裏板に固定されている。このため、当該桟が固定された裏体の固有振動数は、長手方向を裏板の幅方向に一致させた桟が固定された裏板の固有振動数よりも小さくなっている。
【0011】
上記斜めの固定態様を採用した場合、裏板の振動分布の左右対称性(ギターのネックを対象軸とした対称性)が崩れ、カッタウェイが形成されていないギターと同じような音色が得られなくなる。しかし、本願発明では、上記斜めの固定態様をとる必要はなく、上記問題が生じることはない。
【0012】
なお、特許文献1および非特許文献1には、カッタウェイのあるギターが記載されている。これらの文献において、上記ギターの裏板に固定されている複数の桟のうち、当該カッタウェイに最も近い位置に固定される桟の長さは、本願発明と同様、その固定位置における裏板の幅よりも短い。しかし、本願発明は、裏板に横桟(長手方向が、裏板の幅方向と一致している桟)が固定されており、特許文献1に記載されたギターとは異なるものである。また、本願発明は、カッタウェイに最も近い位置に固定される桟が裏板のカッタウェイとは反対側に寄せて固定され、当該桟とカッタウェイとの間が離れているため、非特許文献1に記載されたギターとは異なるものである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態であるギター1の構成を示す斜視図である。
【
図2】同実施形態における裏板13の内面側を示す正面図である。
【
図4】カッタウェイ100の近傍部分の厚さを十分に薄く形成した桟14_1Aの構成を示す図である。
【
図5】カッタウェイ100の近傍部分の幅を十分に狭く形成した桟14_1Bの構成を示す図である。
【
図6】カッタウェイ100の近傍部分に孔が形成された桟14_1Cの構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1は、本発明の一実施形態であるギター1の構成を示す斜視図である。ギター1は、中空状の胴体を有するギター(例えば、アコースティックギター)である。
図1に示すように、ギター1は、胴体10と、ネック20と、弦30とを有する。胴体10は、表板11と、側板12と、裏板13とを有する。胴体10におけるネック20との接続部付近にはカッタウェイ100が形成されている。カッタウェイ100は、ハイポジションを押さえて演奏するときの演奏性を向上させるためのものである。以下の説明では、ネック20に平行な方向および垂直な方向を、それぞれ裏板13の長手方向および幅方向と呼ぶ。
【0015】
表板11と裏板13は、木材を所定の形状に裁断した平板材で構成される。表板11と裏板13は、各々略同一の形状を有し、所定の間隔をあけて対向する。側板12は、表板11および裏板13の外形に沿う形状に成形された帯状の板材であり、表板11および裏板13の各々の周縁を全周にわたり相互に連結する。上記各板で囲まれた空間は、弦30の振動を共鳴させる音響空間となっている。
【0016】
図2は、裏板13の内面側を示す正面図である。
図2に示すように、裏板13の内面側には、各々棒状の部材からなる桟14_1〜14_4が、例えば接着剤により接着されている。桟14_1〜14_4は、裏板13の強度(剛性)確保のための補強部材である。桟14_1〜14_4は、いわゆる横桟(裏板13の幅方向に沿って延びる桟)であり、その長手方向を裏板13の幅方向と一致させ、各々略等間隔で裏板13の長手方向各部に固定されている。
【0017】
図2に示すように、カッタウェイ100に最も近い位置には桟14_1が固定されている。桟14_1の両端部は、薄く削り落とされており、その厚さ(裏板13の板面に垂直な方向の厚さ)は、その中央付近に比べて薄くなっている。
【0018】
本実施形態における桟14_1の長さは、その固定位置における裏板13の幅よりも短い。好ましくは、桟14_1の長さは、その固定位置における裏板13の幅の50%以上80%以下、より好ましくは上記幅の60%以上70%以下である。また、本実施形態における桟14_1は、裏板13のカッタウェイ100とは反対側(裏板13の中央(ネック20の固定位置)よりも左側)に寄せて固定されている。このため、桟14_1とカッタウェイ100との間、および桟14_1とカッタウェイ100とは反対側の外縁との間は適度に離れている。例えば、桟14_1は、その左端が裏板13のカッタウェイ100とは反対側の外縁付近(あるいは、当該外縁から適度に離れた位置)に、その右端がカッタウェイ100の裏板13の長手方向における底部周辺(カッタウェイ100による湾曲の開始地点Aから下方に離れた位置)に固定されるように、その長さを決定してもよい。
【0019】
本実施形態では、カッタウェイ100に面している裏板13の外縁と桟14_1との最短距離は所定長以上となっている。
図2に示す例では、桟14_1の左端は側板12の周辺に固定され、桟14_1の右端はカッタウェイ100による湾曲の最も凹んだ地点Bから所定長だけ下方に離れた位置に固定されている。上記所定長(最短距離)は、好ましくは1cm以上、より好ましくは2〜3cmである。なお、桟14_1の右端の固定位置を、カッタウェイ100による湾曲の開始地点Aを基準に決定してもよい。
【0020】
桟14_1の下方には、桟14_2〜14_4が固定されている。桟14_2〜14_4の長さは、その固定位置における裏板13の幅と略同一である。また、桟14_2〜14_4の両端付近の厚さは、その中央付近に比べて薄くなっている。
以上が本実施形態におけるギター1の構成である。
【0021】
裏板13には、撥弦時に、その周囲を固定端とする固有振動が発生する。この場合、裏板13の固有振動数は、裏板13の剛性(変形し難さ)および形状等に応じて定まる。
【0022】
胴体10にカッタウェイ100が形成されると、その分だけ裏板等の面積が減るため、裏板13の剛性が高くなる。また、裏板に桟を固定すると、裏板の剛性がさらに高くなる。このため、何ら策を講じないと、裏板の固有振動数が高くなり、撥弦時にカッタウェイが形成されていないギターと同じような音色が得られない。
【0023】
しかしながら、本実施形態では、カッタウェイ100に最も近い位置に固定される桟として、その固定位置における裏板13の幅よりも短い桟14_1が用いられる。このため、桟14_1によるカッタウェイ100近傍部分の裏板13の剛性への寄与の度合いが減少する。
【0024】
また、本実施形態では、桟14_1が、カッタウェイ100に面している裏板13の外縁から所定長以上離れた位置に固定されるため、上記寄与の度合いはさらに減少する。従って、カッタウェイ100がないとした場合のギター1の裏板13の固有振動数に対する、カッタウェイ100のあるギター1の裏板13の固有振動数の上昇度合いが小さくなる。
【0025】
また、本実施形態では、桟14_1〜14_4が、その長手方向を裏板13の幅方向と一致させた状態で固定されるため、従来技術のように裏板13の振動分布の左右対称性(ギター1のネック20を対象軸とした対称性)が崩れることはない。
【0026】
以上より、本実施形態によれば、カッタウェイが形成されたギターの音色をカッタウェイが形成されていないギターの音色に近づけることができる。
【0027】
図3は、本実施形態の効果を示す図である。
図3(a)は、本実施形態におけるギター1の周波数特性を示す図である。
図3(b)は、比較例のギターの周波数特性を示す図である。比較例のギターは、裏板13に固定される複数の桟のうち、カッタウェイ100に最も近い位置に固定される桟の長さが、その固定位置における裏板13の幅と略同一であるという点においてのみ、ギター1と異なる。
図3(a)および(b)には、基本モードおよび2次モードに対応する周波数の波形に矢印が付されている。両グラフを比較すると、
図3(a)の方が、2次モードでの相対音圧レベルに対する基本モードでの相対音圧レベルの比が大きくなっている。このように、本実施形態によると、低音域の音色が強調され、高音域の音色が強調されやすいカッタウェイのあるギターの音色をカッタウェイのないギターの音色に近づけることができる。
【0028】
<他の実施形態>
以上、この発明の各実施形態について説明したが、この発明には他にも実施形態が考えられる。例えば、以下の通りである。
【0029】
(1)上記実施形態では、本発明のギターへの適用例について示したが、ギター以外の弦楽器に本発明を適用してもよい。例えば、ウクレレ等のような他の撥弦楽器やヴァイオリンやチェロ等のような擦弦楽器に本発明を適用してもよい。
【0030】
(2)上記実施形態において、桟14_1のカッタウェイ100の近傍部分の剛性を他の部分の剛性よりも低くしてもよい(変形例(3)〜(6)参照)。
【0031】
(3)上記実施形態では、桟14_1の両端付近の厚さ(裏板13の板面に垂直な方向の厚さ)が、その中央付近の厚さよりも薄く形成されていたが、カッタウェイ100の近傍部分の厚さのみ他の部分の厚さよりも薄くしてもよい。
図4は、カッタウェイ100の近傍部分の厚さを十分に薄く形成した桟14_1Aの構成を示す図である。
図4(a)は、桟14_1Aが固定された裏板13の内面側を示す正面図である。また、
図4(b)は、
図4(a)のI−I’線断面図である。
図4(b)に示すように、桟14_1Aのカッタウェイ100の近傍部分の厚さは、他の部分の厚さよりも十分に薄く形成されている。この場合、
図4に示すように、桟14_1Aの長さを、その固定位置における裏板13の幅と略同一の長さにしても、上記実施形態と同様の効果が得られる。
【0032】
(4)上記実施形態において、桟14_1のカッタウェイ100の近傍部分の幅(桟14_1の長手方向に垂直な方向の幅)を、他の部分の幅よりも十分に狭くしてもよい。
図5は、カッタウェイ100の近傍部分の幅を十分に狭く形成した桟14_1Bの構成を示す図である。
図5に示すように、カッタウェイ100の近傍部分の幅は、他の部分の幅よりも十分に狭く形成されている。この場合、
図5に示すように、桟14_1Bの長さを、その固定位置における裏板13の幅と略同一の長さにしても、上記実施形態と同様の効果が得られる。
【0033】
(5)上記実施形態において、桟14_1のカッタウェイ100の近傍部分に十分な大きさおよび個数の孔を形成してもよい。
図6は、カッタウェイ100の近傍部分に孔が形成された桟14_1Cの構成を示す図である。
図6(a)は、桟14_1Cが固定された裏板13の内面側を示す正面図である。また、
図6(b)は、
図6(a)のI−I’線断面図である。
図6(b)に示すように、桟14_1Cのカッタウェイ100の近傍部分には、その側面を貫く複数の孔141が形成されている。この場合、
図6に示すように、桟14_1Cの長さを、その固定位置における裏板13の幅と略同一の長さにしても、上記実施形態と同様の効果が得られる。なお、裏板13の板面に垂直な方向に、桟14_1Cの上面から下面を貫く孔141を桟14_1Cに形成してもよい。
【0034】
(6)上記実施形態において、桟14_1のカッタウェイ100の近傍部分を他の部分よりも十分に剛性の低い部材で構成してもよい。この場合、桟14_1の長さを、その固定位置における裏板13の幅と略同一の長さにしても、上記実施形態と同様の効果が得られる。
【0035】
(7)変形例(3)〜(6)を適宜組み合わせてもよい。
【符号の説明】
【0036】
1…ギター、10…胴体、11…表板、12…側板、13…裏板、14_1〜14_4、14_1A、14_1B、14_1C…桟、20…ネック、30…弦、100…カッタウェイ。