(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
質量分析を行う装置として、四重極型質量分析計が実用化されている。四重極型質量分析計は、四重極質量フィルタを備え、その四重極質量フィルタに印加する電圧によって、特定のm/z値(質量mと電荷zの比の値)を持つイオンのみを四重極質量フィルタを通過させて、その通過したイオンを検出するものである。四重極質量フィルタに印加する電圧は、直流電圧と高周波交流電圧を重畳した電圧である。この四重極質量フィルタに印加する電圧は、測定手法ごとに予め設定された条件で決まる電圧である。
【0003】
四重極型質量分析計でイオン検出を行う際の測定手法としては、選択イオン検出測定と称される測定手法と、スキャン測定と称される測定手法とがある。
選択イオン検出測定手法は、ターゲットとなる複数の質量数に対応して段階的に変化する電圧を四重極質量フィルタに印加して、そのターゲットとなる質量数のイオン強度を検出するものである。以下の説明では、選択イオン検出測定は、SIM(Selected Ion Monitoring)測定と称する。
SIM測定は、例えば麻薬の検査やドーピング検査のように、既知であるターゲット物質がどの程度混入しているかを検査する定量分析に適している。
【0004】
図8Aは、SIM測定手法で四重極質量フィルタに印加する電圧の例を示す図である。
図8Aの横軸は時間、縦軸は四重極質量フィルタに印加する電圧を示す。
図8Aの例は、四重極質量フィルタに、ターゲットになる4つの質量数に対応した4つの電圧VsA,VsB,VsC,VsDを順に印加するものである。すなわち、四重極質量フィルタには、タイミングT1に電圧VsAを印加し、タイミングT1からの一定時間が経過する毎のタイミングT2に電圧VsBを印加し、タイミングT3に電圧VsCを印加し、タイミングT4に電圧VsDを印加する。そして、電圧VsDを印加した後、一定時間が経過すると、セトリングタイムの期間に、四重極質量フィルタに印加する電圧を電圧VsAに戻す。
この4つの電圧VsA,VsB,VsC,VsDを順に設定する期間を1サイクルとした電圧を四重極質量フィルタに印加して、四重極型質量分析計が繰り返し測定を行う。
【0005】
このSIM測定時には、各電圧VsA,VsB,VsC,VsDの保持時間を比較的長く設定して、多くのサンプリング値を取得し、各サンプル値を積算する処理が行われる。したがって、SIM測定時には、SN比の高い測定結果を得ることができる。
【0006】
一方、スキャン測定手法は、開始電圧から終了電圧までの範囲で、連続的に変化する電圧とし、一定の範囲内で連続的にイオン強度を検出するものである。
スキャン測定は、未知のサンプルに対して、どのような物質が存在するかを判断する定性分析に適している。
【0007】
図8Bは、スキャン測定手法での四重極質量フィルタの印加電圧の例を示す図である。
図8Bの横軸は時間、縦軸は四重極質量フィルタの印加電圧を示す。
スキャン測定手法の場合には、四重極質量フィルタに印加する電圧は、電圧Vsaから電圧Vsbまでほぼ一定の増加率で変化する電圧とする。そして、印加電圧が電圧Vsbになった後には、セトリングタイムの期間に、電圧Vsaに戻す。この電圧Vsaから電圧Vsbまで変化させて、電圧Vsaに戻るまでの期間を1サイクルとし、繰り返し測定を行う。
なお、スキャン測定手法で電圧Vsaから電圧Vsbまで電圧値を変化させる処理としては、例えばアナログ的に連続的に直線上に電圧値を変化させる処理の他、デジタル的に微小な電圧幅でステップ状に電圧を変化させる処理でもよい。
【0008】
スキャン測定時には、四重極質量フィルタに印加する電圧が連続的に変化するため、広範囲な質量域の測定結果を得ることができる。但し、スキャン測定時のSN比は、SIM測定時より悪くなる。
ところで、SIM測定を行った際には、試料にターゲット物質数以外の未知の物質が混入していた場合には、その未知の物質を検出することができない。このため、通常は、SIM測定後に、同じ試料に対して別途スキャン測定を行い、未知の物質が検出されるか否かを判断するようにしていた。
【0009】
特許文献1には、SIM測定とスキャン測定を組み合わせて交互に測定を行う四重極型質量分析計の例が記載されている。特許文献1に記載される質量分析計では、SIM測定とスキャン測定を組み合わせて測定することにより、1回の測定で定量分析と定性分析が同時に行うことができ、効率の良い測定が可能な四重極型質量分析計が得られる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
図9は、特許文献1に記載されたSIM測定とスキャン測定の組み合わせで測定を行う例を示している。
図9の横軸は時間、縦軸は四重極質量フィルタに印加する電圧である。この例では、時間t1から時間t2までの間で、四重極質量フィルタには、ターゲットになる4つの質量数に対応した4つの電圧VsA,VsB,VsC,VsDを順に印加する。この4つの電圧VsA,VsB,VsC,VsDを印加する期間に、四重極型質量分析計はSIM測定を行う。
【0012】
そして、時間t2から時間t3までの間で、四重極質量フィルタには、電圧VsDから電圧VsAまで連続的に変化する電圧を印加する。この電圧VsDから電圧VsAまで連続的に変化する期間では、四重極型質量分析計はスキャン測定を行う。
四重極型質量分析計は、この時間t1から時間t2までのSIM測定と、時間t2から時間t3までのスキャン測定を1サイクルとし、複数サイクル繰り返して測定を行う。
【0013】
図10は、
図9に示す状態で質量分析をしたときの測定例を示す。
図10の横軸はm/z値であり、縦軸はイオン強度を示す。
図10において、4つのイオン強度α1,α2,α3,α4は、SIM測定において、4つの電圧VsA,VsB,VsC,VsDを設定したときに、対応したm/z値(m1,m2,m3,m4)で検出されるイオン強度を示す。
例えば、電圧VsAとしたとき、m/z値がm1のイオン強度α1が検出される。また、電圧VsBとしたとき、m/z値がm2のイオン強度α2が検出される。また、電圧VsCとしたとき、m/z値がm3のイオン強度α3が検出される。さらに、電圧VsDとしたとき、m/z値がm4のイオン強度α4が検出される。
【0014】
また、スキャン測定では、m1からm4までのm/z値の範囲で、連続的に変化するイオン強度β1が検出される。このスキャン測定で得られるイオン強度β1は、SIM測定時のm1からm4の各m/z値で得られるイオン強度α1,α2,α3,α4とSN比が異なるため、完全には一致していない。
【0015】
ここで、例えばSIM測定において電圧VsB,VsCを設定して検出したイオン強度α2,α3については、そのイオン強度α2,α3をピークとした波形全体の状態が、スキャン測定結果のイオン強度β1から判る。すなわち、イオン強度α2,α3と重なる箇所の周辺のイオン強度β1では、ベースラインからピーク位置まで立ち上がり、さらにピーク位置からベースラインに下がるまでの状態が示されている。
【0016】
ところが、SIM測定において、開始電圧(電圧VsA)で測定したイオン強度α1と、終了電圧(電圧VsD)で測定したイオン強度α4については、スキャン測定のイオン強度β1を見ても、各イオン強度α1,α4の箇所で途切れた、ほぼ半分の強度変化しか示されていない。すなわち、イオン強度α1と重なる箇所の周辺のイオン強度β1では、ピーク強度からベースラインに下がるまでの状態だけが示され、イオン強度α4と重なる箇所の周辺のイオン強度β1では、ベースラインからピーク強度に立ち上がるまでの状態だけが示された状態である。
【0017】
このように、イオン強度α1,α4をピーク位置としたスキャンプロファイルは、強度変化がほぼ半分しか得られない状態になってしまう。このように一部の強度変化が欠落してしまうのは、質量分析計の分析結果として好ましくない。
【0018】
本発明の目的は、四重極型質量分析計において、SIM測定とスキャン測定を組み合わせて測定を行う場合に、SIM測定でピークが検出される全てのイオン強度の変化状態が、スキャン測定で良好に検出できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明の四重極型質量分析計は、試料をイオン化するイオン源と、イオン源で発生したイオンが供給される四重極質量フィルタと、四重極質量フィルタを通過したイオンを検出する検出器と、四重極質量フィルタに印加する電圧を設定する制御部とを備える。
制御部は、四重極質量フィルタの印加電圧をターゲットとなる複数の質量数に対応した複数段階に設定して、検出器でイオンを検出させる選択イオン検出測定と、四重極質量フィルタの印加電圧を開始電圧から終了電圧までほぼ連続的に変化させて、検出器でイオンを検出させるスキャン測定とを、交互に実行させる。
ここで、ターゲットとなる複数の質量数に対応した選択イオン検出測定時の四重極質量フィルタの複数段の印加電圧は、試料の分析に先立って行われた予備スキャンの結果に基づいて設定されると共に、スキャン測定時の四重極質量フィルタの印加電圧の開始電圧と終了電圧は、選択イオン検出測定時に設定した複数段の印加電圧で得られるイオンの強度が変化する範囲のほぼ全体が含まれるようにした。
また、スキャン測定時の四重極質量フィルタの印加電圧の開始電圧及び終了電圧は、少なくとも、選択イオン検出測定時の複数段の印加電圧の内の最も低い電圧及び最も高い電圧よりも、検出される質量数の分解能を決める半値全幅に対応した電圧だけシフトさせて、印加電圧が変化する範囲を拡張するようにした。
【発明の効果】
【0020】
本発明によると、選択イオン検出測定とスキャン測定を組み合わすことで得られる分析結果として、全てのターゲットについて、強度がベースラインからピーク位置まで立ち上がった後、ベースラインまで低下した様子が観測されるようになり、良好な分析結果が得られるようになる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施の形態例(以下、「本例」と称する。)を、
図1〜
図7を参照して説明する。
[1.四重極型質量分析計の構成例]
図1は、本例の四重極型質量分析計100の構成例を示す図である。
四重極型質量分析計100は、イオン源120を備え、試料前処理装置200で前処理された試料がインターフェース110を介してイオン源120に供給される。インターフェース110を配置するのは1つの例であり、試料前処理装置200とイオン源120とが直接接続された構成としてもよい。
イオン源120は、試料前処理装置200から供給された試料をイオン化する。イオン源120で得られたイオンiは、イオン光学系130を介して分析部140に供給され、分析部140を通過したイオンiの強度が検出器150で検出される。
【0023】
分析部140は、四重極質量フィルタ141を備える。この四重極質量フィルタ141は、4本の円柱状電極から構成され、円柱状電極に印加された電圧に対応したm/z値を持つイオンのみが通過し、その他のm/z値のイオンは電極に衝突して通過できないように構成される。四重極質量フィルタ141に印加される電圧は、高周波交流電圧と直流電圧とを重ね合わせた電圧であり、後述する制御部162により設定される電圧である。四重極質量フィルタ141に印加される電圧の詳細は後述する。
したがって、検出器150は、四重極質量フィルタ141に印加した電圧に対応した質量数のイオン強度を出力する。
【0024】
検出器150が出力したイオン強度の信号は、制御ボード160内のアナログ/デジタル変換機161に供給され、デジタルデータに変換される。
制御ボード160は、制御部162とRAM163と通信コントローラ164を備え、これらの各部がバスラインで接続されている。そして、アナログ/デジタル変換機161で変換されたイオン強度のデータは、RAM163に供給されて記憶される。制御部162は、四重極質量フィルタ141に供給した電圧とRAM163に記憶されたイオン強度のデータとから、質量分析結果のデータを作成し、RAM163に質量分析結果のデータを記憶する。
【0025】
RAM163に記憶された質量分析結果のデータは、通信コントローラ164から外部のユーザインターフェースPC300に供給される。ユーザインターフェースPC300は、例えば表示部や操作部を備えたコンピュータ装置であり、表示部に質量分析結果がグラフや数値の一覧などで表示される。
【0026】
また、制御ボード160は、デジタル/アナログ変換機165,166,167と信号発生器168、乗算機(アナログマルチプライヤ)169、DC(直流)増幅器170、RF(高周波)増幅器171、加算機(アダー)172とを備える。デジタル/アナログ変換機165では、制御部162から供給されたデータに対応した電流・電圧信号が得られ、その電流・電圧信号が、イオン源120やイオン光学系130に供給される。イオン源120やイオン光学系130は、デジタル/アナログ変換器165から供給される電圧信号により駆動される。
【0027】
デジタル/アナログ変換機166,167と信号発生器168は、四重極質量フィルタ141に供給する電圧を生成する。
ここで、四重極質量フィルタ141の印加電圧について説明すると、四重極質量フィルタ141の印加電圧Vsは、次式により定義される。
Vs=±(V+Ucosωt)
ここで、Vは直流電圧、Ucosωtは高周波交流電圧の最大値である。ωは、ω=2π×fで定義される角周波数である(fは高周波の周波数)。制御部162の印加電圧Vsを可変する際には、高周波交流電圧Uと直流電圧Vの比率を一定に保つようにする。なお、高周波交流電圧Uと直流電圧Vの比率を調整することで、検出データの分解能を適正に設定することができる。
【0028】
印加電圧Vsの直流電圧成分(V)は、制御部162の制御に基づいてデジタル/アナログ変換機166で生成されDC増幅器170で増幅されることにより生成される。
また、印加電圧Vsの高周波交流電圧成分(Ucosωt)は、制御部162の制御に基づいて信号発生機167で生成された直流電圧と、信号発生器168で生成された高周波成分が乗算機169で乗算されRF増幅器171により増幅されることにより生成される。印加電圧Vsは、これらふたつの直流電圧(V)と高周波交流電圧成分(Ucosωt)が加算機172により加算されることにより生成され、四重極質量フィルタ141に供給される。具体的には、四重極質量フィルタ141を構成する4つの電極の内の一方の2つの電極に、−(V+Ucosωt)の電圧が印加され、他方の2つの電極に、+(V+Ucosωt)の電圧が印加される。
【0029】
このような電圧Vsが四重極質量フィルタ141に印加されることで、その印加電圧の値に対応した特定のm/z値を持つイオンのみが四重極質量フィルタ141内で安定した振動状態となり、四重極質量フィルタ141を通過する。そして、その他のm/z値を持つイオンは、振幅が大きくなり、発散して四重極質量フィルタ141の電極に衝突する。
【0030】
四重極質量フィルタ141の印加電圧Vsは、例えばSIM測定手法を適用する場合には、
図8Aに示すようなターゲットとなる複数の質量数に対応して段階的に変化し、スキャン測定手法を適用する場合には、
図8Bに示すように連続的に変化する。スキャン測定手法を適用する際の印加電圧の連続的は、アナログ的な手法で連続的に変化させる場合と、デジタル的に微小に電圧を変化させる場合のいずれでもよい。
ここで、本例の場合には、SIM測定手法とスキャン測定手法とを組み合わせた測定を行う。
【0031】
[2.測定処理の流れの例]
図2は、本例の四重極型質量分析計100による測定処理の流れの例を示すフローチャートである。ここでは、SIM測定手法とスキャン測定手法とを組み合わせた測定を行う。
まず、四重極型質量分析計100は、制御部162で、予備スキャンとしてキャリブレーション測定を実施する(ステップS11)。このキャリブレーション測定では、試料として標準サンプルを用意してスキャンを行い、その標準サンプルの測定結果で得られた波形の半値全幅を用いて分解能の調整を行うと共に、四重極質量フィルタ141の印加電圧と検出値(m/z値)との対応が適正となるように調整する。半値全幅と分解能との関係については後述する。
キャリブレーション測定を行うことで、ターゲットとなる複数の質量数を検出するための四重極質量フィルタ141の印加電圧が定まる。
【0032】
次に、ユーザインターフェースPC300は、ユーザからの指示に基づいて、ターゲットとなる複数の質量数に対応した測定パターンを生成し、その測定パターンによる四重極質量フィルタ141の印加電圧を得る(ステップS12)。このときの印加電圧は、キャリブレーション測定で得た結果から、ターゲットとなる複数の質量数が正しく検出できるように、複数段階に変化するようにSIM測定用の設定が行われると共に、そのSIM測定用として複数段階に設定した印加電圧の内で、最後に設定した印加電圧(SIM測定時の終了印加電圧)から最初の印加電圧(SIM測定時の開始印加電圧)に戻す際に、連続的に印加電圧が変化するようにスキャン測定用の設定が行われる。但し、本例でのスキャン測定用の印加電圧は、キャリブレーション時のスキャン結果に基づいて、SIM測定時の終了印加電圧と開始印加電圧との電圧差で決まる電圧幅よりも、終了印加電圧側と開始印加電圧側の双方で所定電圧だけ拡張した電圧幅に設定される。このスキャン測定時に電圧幅を拡張する具体的な例については後述する。
【0033】
そして、ステップS12で設定した測定パターンのデータ(SIM測定用のパターン及びスキャン測定用のパターン)が、ユーザインターフェースPC300から制御ボード160に転送される(ステップS13)。その後、制御部162は、ユーザインターフェースPC300から転送された測定パターンに基づいて、四重極質量フィルタ141の印加電圧Vsを設定し、試料の測定を実施する(ステップS14)。
そして、制御部162は、この測定の実施により得られた測定データを、制御ボード160からユーザインターフェースPC300に転送する(ステップS15)。そして、制御部162は、測定動作を停止する(ステップS16)。
【0034】
[3.フィルタの印加電圧の設定例]
図3は、本例の四重極型質量分析計100が、SIM測定手法とスキャン測定手法とを組み合わせて測定を行う際の、四重極質量フィルタ141の印加電圧の設定例を示す。
図3において、横軸は時間を示し、縦軸は四重極質量フィルタ141の印加電圧を示す。
この例では、時間t11から時間t12までの期間に、四重極質量フィルタ141に、ターゲットになる4つの質量数に対応した4つの電圧Vs1,Vs2,Vs3,Vs4を順に印加する。この4つの電圧Vs1,Vs2,Vs3,Vs4を順に印加する期間に、四重極型質量分析計はSIM測定を行う。ここでは、SIM測定時に印加する4つの電圧Vs1,Vs2,Vs3,Vs4の内で、最初に設定する電圧Vs1を開始印加電圧とし、最後に設定する電圧Vs4を終了印加電圧とする。
【0035】
そして、時間t12から時間t13までの間で、四重極質量フィルタ141に、スキャン測定用に電圧が連続的に変化する電圧を印加する。ここでは、スキャン測定により、SIM測定時の終了印加電圧Vs4から開始印加電圧Vs1に戻す処理が行われるが、スキャン測定を開始する電圧Vs5は、終了印加電圧Vs4よりも所定電圧だけ高い電圧とする。また、スキャン測定を終了する電圧Vs0は、開始印加電圧Vs1よりも所定電圧だけ低い電圧とする。スキャン測定時に電圧幅を拡張する際の電圧幅(電圧Vs5−電圧Vs4の電圧、および電圧Vs1−電圧Vs0の電圧)は、四重極型質量分析計100で測定可能な質量数の分解能を決める半値全幅に対応した電圧である。分解能を決める半値全幅については後述する。
【0036】
図4は、
図3に示す四重極質量フィルタ141の印加電圧で質量分析をしたときの測定例を示す。
図4の横軸はm/z値であり、縦軸はイオン強度を示す。
図4において、4つのイオン強度α11,α12,α13,α14は、SIM測定において4つの印加電圧Vs1,Vs2,Vs3,Vs4を設定したときに、対応したm/z値(m1,m2,m3,m4)で検出されるイオン強度を示す。
例えば、印加電圧Vs1としたとき、m/z値がm1のイオン強度α11が検出される。また、印加電圧Vs2としたとき、m/z値がm2のイオン強度α12が検出される。また、印加電圧Vs3としたとき、m/z値がm3のイオン強度α13が検出される。さらに、印加電圧Vs4としたとき、m/z値がm4のイオン強度α14が検出される。
【0037】
また、スキャン測定では、m/z値がm1からm4の範囲を含む、広範囲のイオン強度β11が検出される。スキャン測定による広範囲のイオン強度β11は、SIM測定による4つのイオン強度α11,α12,α13,α14と重なる箇所に現れる強度変化を完全に含んだものになっている。すなわち、スキャン測定による広範囲のイオン強度β11では、各イオン強度α11,α12,α13,α14に近い値をピークとした4つの強度変化が現れるが、全ての強度変化が、ピークからベースラインに低下した状態まで含まれている。
【0038】
図4に示す特性を、従来のSIM測定とスキャン測定を組み合わせた場合の
図10と比較すると判るように、本例の場合には、開始印加電圧Vs1と終了印加電圧Vs4に対応したイオン強度の変化が、スキャン測定のイオン強度β11から完全に判断できるようになる。
図10に示す従来のスキャン測定のイオン強度β1では、SIM測定によるイオン強度α1,α4と重なる箇所が測定範囲の端であるため、イオン強度β1で示される範囲の外側で、イオン強度α1,α4より高いピークが検出されるか否かが判らない状態である。これに対して、本例の場合には、
図4に示すように、スキャン測定のイオン強度β11の範囲が拡張されているため、開始印加電圧Vs1と終了印加電圧Vs4で測定されたイオン強度α11,α14が、本当にピークであるのか否かが判るようになる。
【0039】
このSIM測定による各イオン強度α11,α12,α13,α14が、スキャン測定のイオン強度β11からピーク位置であるのか否かは、例えばユーザインターフェースPC300に表示される
図4のようなグラフを、ユーザが見て判断することができる。あるいは、制御部162又はユーザインターフェースPC300が、SIM測定による各イオン強度α11,α12,α13,α14と、スキャン測定のイオン強度β11とを比較して、各イオン強度α11,α12,α13,α14がピーク位置であるのか否かを自動的に判定してもよい。制御部162又はユーザインターフェースPC300で得られた判定結果は、例えばユーザインターフェースPC300が備える表示部に表示される。
【0040】
[4.分解能と半値全幅の説明]
次に、
図5〜
図7を参照して、スキャン測定時に電圧幅を拡張する際の条件である、測定可能な質量数の分解能を決める半値全幅について説明する。
まず、四重極型質量分析計100で得られる検出データの分解能について説明する。分解能とは、隣り合う2つのピークを識別できる能力であり、2つのピークを識別可能な距離を示す。
【0041】
図5は、分解能が高い状態でのスキャン測定による検出データを示し、
図6は分解能が低い状態でのスキャン測定による検出データの波形を示す。
図5及び
図6では、質量数M
Aの成分Aと、質量数M
Bの成分Bとが近接したm/z値である。
図5に示す高分解能の例では、成分Aの波形と成分Bの波形は完全に分離できた状態であり、検出データから各成分A,Bのピーク位置が判定できる。一方、
図6に示す低分解能の例では、質量数M
Aの成分Aと質量数M
Bの成分Bが分離できず、2つの成分を重ねた成分(A+B)が検出波形となり、各成分A,Bのピーク位置が判別できない。
【0042】
図5に示すΔM
Aは質量数M
Aの成分Aの半値全幅を示し、ΔM
Bは質量数M
Bの成分Bの半値全幅を示す。半値全幅ΔM
A,ΔM
Bは、成分A,Bの強度がピーク値の半分になる位置での、各成分A,Bの波形の幅を示す。この半値全幅は、ピーク識別が可能な限界距離である。
図7の例は、ピーク強度が同じ成分Aと成分Bを、半値全幅ΔMだけ離した場合の検出波形を示す。すなわち、
図7に示すように、各成分A,Bのイオン強度(高さ)がhであるとき、そのイオン強度の半分の高さ(h/2)で、2つの成分A,Bの値が交叉するようにした。ここでは、2つの成分A,Bの半値全幅ΔM
A,ΔM
Bは同じであり、2つの成分A,Bの距離(半値全幅ΔM)は、ΔM
A及びΔM
Bと等しくなる。
【0043】
この
図7に示すように質量数M
Aの成分Aと質量数M
Bの成分Bを半値全幅ΔMだけ離した状態での検出波形は、2つの成分を重ねた波形(A+B)となるが、
図6の例とは異なり、このときの検出波形(A+B)には、それぞれの成分A,Bのピークが現れる。したがって、半値全幅ΔMだけ離れた状態のとき、四重極型質量分析計100は、成分Aと成分Bのピークを判別できるようになる。この半値全幅だけ離れた状態が、それぞれの成分A,Bのピークを判別できる限界である。
【0044】
ここで、本例においては、SIM測定とスキャン測定を組み合わせる際の、スキャン測定時に測定する範囲を、この半値全幅に相当する範囲拡張するようにした。すなわち、本例においては、四重極質量フィルタ141のスキャン測定時の印加電圧として、SIM測定時の開始印加電圧と終了印加電圧とで決まる電圧範囲よりも、開始印加電圧と終了印加電圧のそれぞれで、半値全幅に相当する電圧だけ拡張した範囲とする。
【0045】
このように半値全幅に相当する範囲拡張したスキャン測定を行うことで、SIM測定で検出されたm/z値をピークとした強度変化が、強度がベースラインからピーク位置まで立ち上がった後、強度がベースラインに変化するまで、全ての範囲で観測されるようになる。
【0046】
以上説明したように、本例の四重極型質量分析計100によると、SIM測定とスキャン測定を組み合わせて測定を行う際に、スキャン測定を行う電圧範囲が、SIM測定時の開始印加電圧と終了印加電圧とで決まる電圧範囲よりも拡張した電圧範囲になるため、SIM測定で得られた全てのイオン強度の変化状態が良好に測定できるようになる。特に、上述したように、SIM測定時の開始印加電圧と終了印加電圧とで決まる電圧範囲よりも、開始印加電圧と終了印加電圧のそれぞれで、少なくとも半値全幅に相当する電圧だけ拡張した範囲でスキャン測定を行うことで、開始印加電圧と終了印加電圧の双方で、強度がベースラインになるまでの範囲が測定でき、ターゲットとなる質量数の物質の状態が良好に分析できるようになる。
【0047】
[5.変形例]
なお、上述した各実施の形態例で説明した構成や処理は、あくまでも好適な一例を示すものであり、本発明はここで説明した実施の形態例に限定されるものではない。
例えば、上述した実施の形態例では、SIM測定とスキャン測定を組み合わせて測定を行う際に、スキャン測定時の測定電圧範囲を、半値全幅に相当する電圧だけ拡張するようにした。これに対して、四重極型質量分析計100として、少なくとも半値全幅に相当する電圧以上拡張したものであれば、より広い範囲でスキャン測定を行うようにしてもよい。但し、スキャン測定を行う範囲が広すぎると、スキャン測定に時間がかかるため、半値全幅に相当する電圧か、その電圧よりも若干広い程度の範囲に拡張するのが好ましい。
また、
図3や
図4の測定例では、SIM測定で4つの質量数をターゲットとした場合を示した。これに対して、4つ以外の複数の質量数のターゲットをSIM測定で測定するようにしてもよい。
【0048】
また、上述した実施の形態例で説明した処理では、測定開始前に行われるキャリブレーション時のスキャンで得られた結果に基づいて、スキャン測定時に四重極質量フィルタの印加電圧を拡張する範囲を決めるようにした。これに対して、キャリブレーション用のスキャン以外の予備スキャンを行って、スキャン測定時に四重極質量フィルタの印加電圧を拡張する範囲を決めるようにしてもよい。例えば、キャリブレーション用のスキャンとは別に、スキャン測定時の電圧範囲を決めるために、事前に予備スキャンを行うようにしてもよい。あるいは、ある程度の回数、SIM測定とスキャン測定を行った後、予備スキャンを行って、スキャン測定時の電圧範囲を再度調整するようにしてもよい。