(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記耐摩環用鉄基焼結体の前記組織を、前記基地中に前記遊離Cu相に加えてさらに、MoまたはSiを含む分散粒子が合計で2質量%以下分散した組織とすることを特徴とする請求項1または2に記載の耐摩環用複合体。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境の保全という観点から、自動車等の燃費向上が強く要望されてきた。このような要望から、エンジンの軽量化が進められ、アルミニウム合金製エンジンが一般化しつつある。しかし、アルミニウム合金は従来の鋳鉄に比べて耐摩耗性が低く、アルミニウム合金製エンジン、とくに高温で摺動する摺動部では、耐摩耗性の向上が求められている。
【0003】
このような問題に対し、従来から、ピストンリング溝部にアルミニウム合金(ピストン材料)より高強度の材料からなる耐摩環を鋳包み、この耐摩環でピストンリングを支持する構造のアルミニウム製ピストンが使用されている。このようなアルミニウム製ピストンに鋳包まれる耐摩環としては、アルミニウムめっき処理(アルフィン処理等)されたニレジスト鋳鉄製耐摩環が一般的である。アルフィン処理された耐摩環をアルミニウム合金で鋳包むことにより、耐摩環とアルミニウム合金との接合強度を向上させることができる。
【0004】
最近では、アルミニウム合金製部材の強化材(耐摩環)となる高強度の材料として、ニレジスト鋳鉄に代えて、多孔質金属焼結体を使用することが提案されている。
【0005】
例えば、特許文献1には、気孔をもつ三次元格子構造を備えた鉄系の多孔質金属焼結体と、多孔質金属焼結体の気孔に含浸して固化した軽金属とを備え、多孔質金属焼結体を構成する金属をマイクロビッカース硬度でHV200〜800に設定した金属焼結体複合材料が提案されている。特許文献1に記載された技術では、重量比で、Cr、Mo、V、W、Mn、Siのうち少なくとも1種が2〜70%、炭素が0.07〜8.2%、不可避の不純物を含み残部Feからなる組成をもつ鉄系原料粉末を用いて形成した粉末成形体を焼結し、気孔をもち体積率が30〜88%の三次元格子構造を備えた気体焼入可能な組成をもつ鉄系の多孔質金属焼結体とし、該多孔質金属焼結体を気体中で冷却する気体焼入れを行ったのち、該多孔質金属焼結体の気孔に軽金属の溶湯を含浸し、固化させて複合体とするとしている。
【0006】
また、特許文献2には、ピストンリング溝を構成する支持部材を備えた内燃機関用アルミニウム合金製ピストンが記載されている。特許文献2に記載されたピストンでは、相対密度50〜80%のオーステナイト系ステンレス鋼多孔質体を支持部材とし、該支持部材はピストン本体を構成するアルミニウム合金に鋳包まれるとしている。
【0007】
また、特許文献3には、軽合金部材補強用多孔質金属焼結体が記載されている。特許文献3に記載された多孔質金属焼結体は、合金粉末を含む混合粉を圧粉、焼結してなる多孔質金属焼結体で、15〜50%の空孔率を有し、かつ空孔のうち直径5μmを超える空孔を、全空孔率に対し80%以上有し、圧環強さが200MPa以上である軽金属の含浸性に優れた多孔質金属焼結体である。特許文献3に記載された技術では、多孔質金属焼結体は多孔質ステンレス鋼焼結体、あるいは多孔質Fe−Cu−C焼結体とすることが好ましいとしている。なお、多孔質Fe−Cu−C焼結体では、2〜6質量%のCuを含有することが好ましいとしている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に記載された技術では、気体焼入れが可能なように、Cr、Mo、V等の合金元素を多量に含有するとしており、軽合金中に鋳包まれる材料としては、高価で、経済的に不利となる。また、特許文献1に記載された複合体では、熱伝導率が低く熱引け性が不足するという問題があった。また、特許文献2に記載された技術では、支持部材をオーステナイト系ステンレス鋼で構成しており、Cr、Ni等の合金元素を多量に含有して高価であるうえ、熱伝導率が低く、とくに近年の高負荷エンジン用の部材としては、熱引け性が不足するという問題があった。また、特許文献3に記載された技術では、多孔質金属焼結体を多孔質ステンレス鋼焼結体とすると、Cr、Ni等の合金元素を多量に含有して高価であるうえ、熱伝導率が低い。そのため、とくに近年の高負荷エンジン用の部材としては、熱引け性が不足するという問題があった。また、多孔質金属焼結体を2〜6%の低Cu量を含む多孔質Fe−Cu−C焼結体とすると、複合体としての熱引け性が不足するという問題があった。
【0010】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、エンジン等のアルミニウム合金製部材の補強用として好適な、耐摩環用鉄基焼結体をアルミニウム合金で鋳包んでなる耐摩環用複合体であって、圧環強さが300MPa以上で、かつ熱伝導率が40W/m/K以上となる熱伝導性に優れた耐摩環用複合体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、鉄基焼結体をアルミニウム合金で鋳包んでなる複合体の熱伝導性に及ぼす各種要因について鋭意研究した。その結果、まず、使用する鉄基焼結体を、空孔率が15〜50%の連続した空孔を有し、Cuを含有し、遊離Cu相が基地中に分散した組織を有する鉄基焼結体とすることに思い至った。しかし、複合体の熱伝導率の向上を目的として、Cuの含有量や、熱伝導率の高いアルミニウム合金の含浸量を増加しても、ある一定の範囲までは、複合体の熱伝導率の顕著な増加は認められなかった。しかも、その一定の範囲を超えて、Cuの含有量や、アルミニウム合金の含浸量を増加すると、複合体の強度低下を招くことになる。
【0012】
そこで、本発明者らは、更なる検討の結果、複合体の熱伝導性には、鉄基焼結体の基地相の熱伝導性が大きく影響していることに思い至り、比較的熱伝導率の高いパーライト基地である組織の鉄基焼結体を使用することが有効であることに想到した。しかし、パーライト基地は、オーステナイト基地よりも線膨張係数が低いため、複合体製造時にアルミニウム合金で鋳包む際や、実働時の熱負荷によって、アルミニウム合金と焼結体との境界面(界面)に大きな膨張差を生じ、剥離等を生じるということが考えられる。しかし、本発明者らは、鉄基焼結体とアルミニウム合金との境界強度を一定以上に高くすることができれば、鉄基焼結体が比較的低い線膨張係数であっても、鋳包み時や実施時に剥離等を避けられることに思い至った。
【0013】
そこで、さらなる検討の結果、本発明者らは、アルミニウム合金に鋳包む耐摩環の材料が、空孔率が15〜50%の連続した空孔を有し、遊離Cu相がパーライト基地中に分散した組織を有する鉄基焼結体であれば、アルミニウム合金で鋳包んだ複合体における、アルミニウム合金との境界強度をある一定以上に高くすることができることを見出した。
【0014】
このような構成の耐摩環用複合体は、所望の圧環強さを有しながら、熱伝導性が顕著に向上し、さらに、比較的低い線膨張係数を有していてもアルミニウム合金との境界強度が高いことから、製造時や、実働時の剥離を防止できることを知見した。
【0015】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次の通りである。
(1)耐摩環用鉄基焼結体をアルミニウム合金で鋳包んでなる耐摩環用複合体であって、前記耐摩環用鉄基焼結体が、質量%で、C:0.4〜1.5%、Cu:20〜40%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、体積率で空孔率:15〜50%で、空孔が連続して存在し、基地がパーライトであり、該基地中に遊離Cu相が分散した組織とを有する鉄基焼結体であり、前記空孔内にはアルミニウム合金が含浸し、熱伝導率が40W/m/K以上で、圧環強さが300MPa以上であることを特徴とする熱伝導性に優れた耐摩環用複合体。
(2)(1)において、前記熱伝導率、前記圧環強さに加えて、室温から300℃までの平均線膨張率が13.6〜16.9×10
−6/Kであり、前記アルミニウム合金との境界強度が、アルミニウムめっき処理を施したニレジスト鋳鉄をアルミニウム合金に鋳包んでなる複合体のアルミニウム合金との境界強度の1.5倍以上であることを特徴とする耐摩環用複合体。
(3)(1)または(2)において、前記耐摩環用鉄基焼結体の前記組織を、前記基地中に前記遊離Cu相に加えてさらに、MoまたはSiを含む分散粒子が合計で2質量%以下分散した組織とすることを特徴とする耐摩環用複合体。
(4)耐摩環用鉄基焼結体を、鋳型の所定の部位に装着し、該鋳型にアルミニウム合金溶湯を注入して、前記耐摩環用鉄基焼結体を鋳包み耐摩環用複合体とする、耐摩環用複合体の製造方法であって、鉄基粉末に、鉄基粉末と黒鉛粉末とCu粉末と分散粒子用粉末との合計量に対する質量%で、Cu粉末を20〜40%と、黒鉛粉末を0.4〜1.5%と、あるいはさらに分散粒子用粉末を2.0%以下と、さらに潤滑剤粉末を、鉄基粉末と黒鉛粉末とCu粉末と分散粒子用粉末との合計量:100質量部に対する質量部で0.3〜3.0質量部と、を配合し混合、混錬して混合粉とし、さらに該混合粉を金型に装入し、加圧成形して所定形状に略等しい圧粉体としたのち、ついで該圧粉体を焼結して、質量%で、C:0.4〜1.5%、Cu:20〜40%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、体積率で空孔率:15〜50%で、空孔が連続して存在し、基地がパーライトであり、該基地中に遊離Cu相、あるいはさらに質量%で2%以下の分散粒子が分散した組織とを有する、所定形状の鉄基焼結体とし、該鉄基焼結体を前記摩環用鉄基焼結体として用いて、前記耐摩環用複合体を、空孔内にはアルミニウム合金が含浸し、熱伝導率が40W/m/K以上で、圧環強さが300MPa以上である複合体とすることを特徴とする耐摩環用複合体の製造方法。
(5)(4)において、前記鉄基粉末が、60メッシュの篩を通過し、350メッシュの篩を通過しない粒度分布を有することを特徴とする耐摩環用複合体の製造方法。
(6)(4)または(5)において、前記鉄基粉末とCu粉末に代えて、Fe−Cu合金粉とすることを特徴とする耐摩環用複合体の製造方法。
(7)(4)ないし(6)のいずれかにおいて、前記焼結が、焼結温度:1000〜1200℃で行う処理とすることを特徴とする耐摩環用複合体の製造方法。
(8)(4)ないし(7)のいずれかにおいて、前記耐摩環用複合体は、さらに室温から300℃までの平均線膨張率が13.6〜16.9×10
−6/Kであり、前記アルミニウム合金との境界強度が、アルミニウムめっき処理を施したニレジスト鋳鉄をアルミニウム合金に鋳包んでなる複合体のアルミニウム合金との境界強度の1.5倍以上であることを特徴とする耐摩環用複合体の製造方法。
(9)(4)ないし(8)のいずれかにおいて、前記分散粒子が、MoまたはSiを含む分散粒子であることを特徴とする耐摩環用複合体の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、圧環強さに優れかつ熱伝導率が高く、熱伝導性(熱引け性)に優れた耐摩環用複合体を安定して製造でき、産業上格段の効果を奏する。また、本発明によれば、自動車等の軽量化をさらに促進できるという効果もある。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明耐摩環用複合体は、耐摩環用鉄基焼結体をアルミニウム合金で鋳包んでなる複合体、あるいは、耐摩環用鉄基焼結体にアルミニウム合金を含浸させてなる複合体である。したがって、鉄基焼結体の空孔にはアルミニウム合金が含浸してなる。
【0018】
本発明耐摩環用複合体で、アルミニウム合金で鋳包まれる耐摩環用鉄基焼結体は、質量%で、C:0.4〜1.5%、Cu:20〜40%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、体積率で空孔率:15〜50%で、連続した空孔と、基地がパーライトであり、該基地中に遊離Cu相が分散し、あるいはさらにMoまたはSiを含む分散粒子が焼結体全量に対する質量%で合計で2質量%以下分散した組織とを有する鉄基焼結体とする。
【0019】
まず、アルミニウム合金で鋳包まれる、あるいはアルミニウム合金を含浸させられる耐摩環用鉄基焼結体の組成限定理由について説明する。以下、組成における質量%は単に%で記す。
【0020】
C:0.4〜1.5%
Cは、焼結体の強度、硬さを増加させる元素であり、本発明では所望の強度確保および基地を切削性(被削性)に富み、熱伝導性の良好なパーライト組織とするために0.4%以上の含有を必要とする。一方、1.5%を超える含有は、炭化物が粗大化し、かえって切削性(被削性)、熱伝導性、強度が低下する。このため、Cは0.4〜1.5%の範囲に限定した。
【0021】
Cu:20〜40%
Cuは、固溶して焼結体の強度を増加させるとともに、遊離Cu相として基地相中および空孔内に分散し、アルミニウム合金で鋳包まれる際に、アルミニウム合金と反応して鉄基焼結体とアルミニウム合金(アルミニウム合金製部材)との接合強度(境界強度)を増加させる。Cu含有量が20%未満では、熱伝導率を40W/m/K以上とすることができなくなる。一方、40%を超えて多量に含有すると、複合体の強度等の機械的特性が低下する。このため、Cuは20〜40%の範囲に限定した。なお、好ましくは25〜35%である。
【0022】
なお、上記した遊離Cu相に加えて、さらにMoまたはSiを含む分散粒子を分散させた焼結体は、C、Cu以外にとくに明示しなくてもMoまたはSiを分散粒子の分散量に応じて含む組成を有することは言うまでもない。
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。
【0023】
次に、本発明で使用する耐摩環用鉄基焼結体の組織限定理由について説明する。
本発明で使用する耐摩環用鉄基焼結体の基地は、パーライトとする。
フェライト、マルテンサイト等の基地組織のなかで、パーライト基地は、切削性が良好でかつ熱伝導率が高い。このため、本発明では鉄基焼結体の基地をパーライトに限定した。
【0024】
そして、本発明で使用する耐摩環用鉄基焼結体は、基地中に、遊離Cu相、あるいはさらにMoまたはSiを含む分散粒子、が分散した組織を有する。
遊離Cu相は、複合体製造時に空孔内に含浸するアルミニウム合金と反応して、アルミニウム合金と鉄基焼結体とを強固に接合させる作用を有する。本発明範囲のCu含有量であれば接合強度(境界強度)が増加し、熱伝導性も向上する傾向を示す。なお、遊離Cu相の分散量は、鉄基焼結体のCu含有量、あるいはさらに含まれる合金元素量に依存して決まるため、とくに限定する必要はない。本発明で使用する鉄基焼結体の組成範囲では、固溶限以上のCuを含有しており、Cuは遊離Cu相として多く分散される。
また、Mo、Siはいずれも、Feより熱伝導率が高い傾向を示し、熱伝導率の向上に寄与する元素であり、MoまたはSiを含む分散粒子を、とくに熱伝導率の向上のために分散させる。
【0025】
このような効果を得るために、MoまたはSiを含む分散粒子を焼結体中に合計で2質量%以下分散させる。MoまたはSiを含む分散粒子が合計で2質量%を超えて多くなると、焼結性、複合性が低下する。MoまたはSiを含む分散粒子は、鉄基粉末に加えて分散粒子用粉末として、配合したことに起因する。配合されたMoまたはSi含む粉末は、焼結体中では、一部が固溶するだけでほとんどがMoまたはSiを含む分散粒子として基地相中に分散して存在する。なお、MoまたはSiを含む分散粒子としては、Mo粒子、Fe−Mo粒子、Fe−Si粒子、SiC粒子等が例示できる。このようなFeに比べて熱伝導率の高い分散粒子が分散することにより、複合体としての熱伝導率を多少なりとも向上させることができる。
【0026】
さらに、本発明複合体で使用する鉄基焼結体は、空孔率が体積率で、15〜50%の焼結体とする。
【0027】
空孔率:15〜50%
空孔率が、15%未満では、アルミニウム合金で鉄基焼結体を鋳包むとき、あるいはアルミニウム合金を含浸させるときに、アルミニウム合金の溶湯が空孔内に十分に含浸せず、接合強度が低下する。一方、50%を超えると、空孔が多すぎて強度が低下しすぎて、部材強度の低下を招く。このため、使用する鉄基焼結体の空孔率は体積率で15〜50%の範囲に限定した。なお、好ましくは25〜35%である。
ここで言う「空孔率」は、全空孔率であり、アルキメデス法で測定した密度から換算して求めるものとする。
【0028】
なお、本発明複合体で使用する鉄基焼結体は、空孔内にアルミニウム合金を含浸させるために、空孔が連続して存在する必要がある。ここでいう「空孔が連続して存在する」とは、全空孔量に対する連続した空孔量の比率(={(連続した空孔量)/(全空孔量)}×100%)が50超える場合をいうものとする。ここでいう「全空孔量」は、アルキメデス法で測定した密度から換算して求めるものとする。また、「連続した空孔量」は、焼結体を液状のワックス等中に60min間浸漬しワックス等を浸透させ、浸透前後の重量変化量から換算しその量を求め、連続した空孔量とする。
【0029】
つぎに、本発明複合体で使用する耐摩環用鉄基焼結体の好ましい製造方法について説明する。
鉄粉(鉄基粉末)と、Cu粉末と黒鉛粉末とあるいはさらに分散粒子用粉末と、潤滑剤粉末と、を混合して混合粉としたのち、該混合粉を成形して耐摩環用として所定形状の圧粉体とする。そして、得られた圧粉体を焼結して耐摩環用鉄基焼結体とする。なお、鉄粉(鉄基粉末)とCu粉とに代えて、Fe−Cu合金粉としてもよい。なお、Fe−Cu合金粉は、鉄粉の周囲にCuを部分的に合金化した粉末を含んでもよい。
なお、Cu粉あるいはFe−Cu合金粉の配合量は、鉄基焼結体のCu含有量(20〜40質量%)となるように、調整することは言うまでもない。
【0030】
また、焼結体中にMoまたはSiを含む分散粒子を分散させるために、MoまたはSiを含む分散粒子用粉末を、焼結体全量に対する質量%で、合計で2%以下となるように配合することが好ましい。MoまたはSiを含む粉末として、Mo粉末、Fe−Mo粉末、Fe−Si粉末、SiC粉末とすることが好ましいが、これに限定されないことは言うまでもない。
【0031】
なお、鉄基粉末(鉄粉あるいはFe−Cu合金粉)は、60メッシュの篩を通過し(以下、60メッシュアンダー、あるいは−60メッシュともいう)、350メッシュの篩を通過しない(以下、350メッシュオーバー、または+350メッシュともいう)粒度分布に調整した粉末とする。
【0032】
+60メッシュの粒子が存在すると、混合粉の圧粉性が低下する。一方、−350メッシュの粒子が存在すると、連続した空孔となりにくく、アルミニウム合金の含浸性が低下する。なお、−60〜+100メッシュの粒子が全粉末の40%未満であれば、所望の空孔率を有する圧粉体とするためには有利となる。
【0033】
上記したような粒度分布を有する鉄基粉末(鉄粉あるいはFe−Cu合金粉)、およびCu粉末、分散粒子用粉末を、さらに黒鉛粉末、潤滑剤粉末とともに混合し、混合粉とする。
【0034】
黒鉛粉末は、鉄基焼結体のC含有量を調節するために配合する。配合比率は、鉄基粉末と黒鉛粉末とCu粉末と分散粒子粉末との合計量に対する質量%で、0.4〜1.5%とすることが好ましい。配合率が0.4%未満では、所望の強度を確保しにくくなる。また、配合率が1.5%を超えると、炭化物が粗大化し、切削性、熱伝導性、強度が低下する。また、黒鉛粉の粒径は0.1〜10μmとすることが好ましい。0.1μm未満では取り扱いが困難となり、一方、10μmを超えると、均一分散が困難となる。
【0035】
また、潤滑剤粉末は、圧粉成形時の成形性を向上し、圧粉密度を増加させるために混合粉中に含有させる。潤滑剤粉末としてはステアリン酸亜鉛等の常用の潤滑剤粉末がいずれも好適である。なお、混合粉中の配合量は、鉄基粉末と黒鉛粉末とCu粉末と分散粒子用粉末との合計量100質量部に対し0.3〜3.0質量部とすることが好ましい。
【0036】
このような混合粉を、鋳型に装入し加圧成形して、所定形状に略等しい形状の圧粉体とする。圧粉体の成形方法はとくに限定する必要はないが、成形プレス等を用いることが好ましい。そして、成形された圧粉体は、ついで、焼結され、所定形状の鉄基焼結体とされる。なお、体積率で空孔率:15〜50%となるように焼結条件を調整することが好ましい。
なお、焼結は、焼結温度:1000〜1200℃で、不活性ガス雰囲気、あるいは非酸化性雰囲気中等で行うことが好ましい。
【0037】
さらに、このようにして得られた耐摩環用鉄基焼結体を、アルミニウム合金製部材を形成する鋳型の対応部位に装着し、その鋳型にアルミニウム合金溶湯を注入し、高圧ダイキャストあるいは溶湯鍛造して、耐摩環用鉄基焼結体を鋳包んだ耐摩環用複合体(アルミニウム合金部材)とすることが好ましい。
なお、高圧ダイキャスト等で複合体に注入するアルミニウム合金は、例えばAC8A、ADC12等の常用のアルミニウム合金がいずれも適用できる。また、AC9A等の過共晶Si系アルミニウム合金を適用してもなんら問題はない。
【0038】
このようにして得られた耐摩環用複合体は、空孔にアルミニウム合金が含浸して、さらに基地中に、遊離Cu相、あるいはさらに分散粒子が分散して、熱伝導率が40W/m/K以上で、圧環強さが300MPa以上であり、熱伝導性に優れ熱引け性に優れ、高温耐摩耗性が向上した耐摩環用複合体となる。また、得られた耐摩環用複合体は、室温から300℃までの平均で13.6〜16.9×10
−6/Kである線膨張率を有し、かつ、アルミニウム合金との境界強度σが、アルミニウムめっき処理を施したニレジスト鋳鉄をアルミニウム合金に鋳包んでなる複合体のアルミニウム合金との境界強度σ
Eの1.5倍以上となる、高い接合強度を有し、製造時の剥離および実働時の剥離を防止できる複合体となる。なお、アルミニウムめっき処理を施したニレジスト鋳鉄をアルミニウム合金に鋳包んでなる複合体のアルミニウム合金との境界強度σ
Eは、通常、30MPa程度を示す。
【0039】
以下、実施例に基づき、さらに本発明について説明する。
【実施例】
【0040】
鉄基粉末として60メッシュの篩を通過し、350メッシュの篩を通過しない粒度分布に調整した純鉄粉に、Cu粉、黒鉛粉、あるいはさらに表1に示す種類の分散粒子用粉末を表1に示す配合量(質量%)で配合し、さらに、潤滑剤粒子粉末を表1に示す配合量(質量部)で配合し、混合機で混合して混合粉とした。なお、黒鉛粉、Cu粉、分散粒子用粉末の平均粒径は150μm以下とした。
【0041】
得られた混合粉を、金型に装入し、成形プレスで、リング形状(外径90mmφ×内径60mmφ×肉厚5mm)の圧粉体とした。ついで、得られた圧粉体に、焼結処理を施し、耐摩環用鉄基焼結体とした。なお、焼結処理は、窒素ガス雰囲気中で1000〜1200℃の範囲の温度で行った。
【0042】
得られた耐摩環用鉄基焼結体から、試験片を採取し、焼結体の組成、空孔率を測定し、組織を観察した。なお、空孔率は、アルキメデス法で測定した密度から換算した。また、存在する空孔が、「連続した空孔」であるかを確かめた。焼結体を液状のワックス等中に60min間浸漬しワックス等を浸透させ、浸透前後の重量変化量から換算してその量を求め、連続した空孔量とし、次式
連続した空孔量の比率(={(連続した空孔量)/(全空孔量)}×100%)
で定義される値を算出し、50超える場合を「連続した空孔」であると評価した。ここで全空孔量は、アルキメデス法で得た密度から換算した。
【0043】
また、組織は、鉄基焼結体から組織観察用試験片を採取し、プレス方向断面を研磨し、腐食(腐食液:ナイタール液)して光学顕微鏡により、基地相組織の同定、および遊離Cu相、分散粒子の存在の有無を観察した。さらに遊離Cu相および分散粒子の分散量を測定した。EPMAを用いて、面分析により、遊離Cu相、分散粒子の面積率を測定し、基地相全体に対する面積率に換算して、分散量とした。なお、分散粒子については、得られた基地相全体に対する面積率からさらに焼結体全量に対する質量%に換算した。
【0044】
得られた結果を表2に示す。
【0045】
本発明例で使用した鉄基焼結体はいずれも、C:0.4〜1.5%、Cu:20〜40%を含む組成と、パーライト基地で、基地中に遊離Cu相、あるいはさらに分散粒子が分散した組織を有し、空孔率:15〜50%で連続した空孔を有する焼結体である。一方、比較例は、Cおよび/またはCuが本発明範囲を外れ、基地がフェライトあるいはセメンタイトを含むパーライト基地であるか、基地中に遊離Cu相が分散していないか、空孔率が本発明範囲外となっているか、あるいは連続する空孔となっていないか、あるいは分散粒子が本発明範囲外となっているか、する焼結体である。
【0046】
なお、MoまたはSiを含む分散粒子を分散させた焼結体(No.25〜No.29)については、焼結体の化学成分の欄には、Mo、Si量についての記載を省略している。当該焼結体が分散粒子の分散量に見合うMo量またはSi量を含むことは言うまでもない。
【0047】
ついで、得られた耐摩環用鉄基焼結体を、アルミニウム合金製部材を形成する鋳型の所定の位置に装着し、鋳型内にアルミニウム合金(JIS AC8A組成の)溶湯をダイキャストで高圧注入し、耐摩環用鉄基焼結体を鋳包み、耐摩環用複合体とした。なお、空孔率が低いものは十分にアルミニウム合金を含浸できず、複合体とすることができなかった。
【0048】
得られた耐摩環用複合体から試験片を採取し、熱伝導率測定、線膨張測定、圧環強さ、境界強度を測定した。試験方法はつぎの通りである。
(1)熱伝導率測定
得られた耐摩環用複合体から、熱伝導率測定用試験片(大きさ:10mmφ×厚さ3mm)を採取し、レーザーフラッシュ法で、室温における熱伝導率を測定した。
(2)線膨張測定
得られた耐摩環用複合体から、線膨張試験片(大きさ:2mm×2mm×長さ20mm)採取し、線膨張測定装置により室温〜300℃における線膨張を測定し、室温〜300℃の間の平均線膨張係数を求めた。
(3)圧環強さ測定
得られた耐摩環用複合体から圧環強さ測定用試験片(外径85mmφ×内径65mmφ×厚さ4mm)を採取し、JIS Z 2507の規定に準拠して圧環強さ試験を実施して、複合体の圧環強さを測定した。
(4)境界強度(接合強度)測定
得られた耐摩環用複合体から、アルミニウム合金と複合体の接合境界を含む引張試験片(大きさ:8mm×3mm×長さ10mm)を採取し、引張試験を実施し、境界強度(接合強度)σを求めた。なお、引張試験片の採取方向は、試験片の軸に対し垂直に境界面を含む方向とした。なお、境界強度σは、アルミめっき処理(アルフィン処理)したニレジスト鋳鉄製耐摩環をアルミニウム合金で鋳包んだ場合の境界強度σ
Eに対する比(境界強度比)、σ/σ
E、で評価した。なお、σ
Eは30MPaであった。
【0049】
得られた結果を表2に併記して示す。
【0050】
【表1】
【0051】
【表2】
【0052】
本発明例はいずれも、空孔内にアルミニウム合金が含浸し、圧環強さが300MPa以上で、かつ熱伝導率が40W/m/K以上となる熱伝導性に優れた耐摩環用複合体となっている。なお、本発明例は、従来のニレジスト鋳鉄製耐摩環に比べて、2.0倍程度以上、熱伝導性が向上している(ニレジスト鋳鉄材の熱伝導率は、20W/m/K程度である)。また、本発明例は、線膨張係数が13.6〜16.9×10
−6/Kの範囲で、かつアルミニウム合金との境界強度(接合強度)が高く、ニレジスト鋳鉄製耐摩環を鋳包んだ複合体のアルミニウム合金との境界強度(接合強度)の1.5倍以上となる、優れた耐摩環用複合体となっている。
【0053】
一方、本発明の範囲を外れる比較例は、圧環強さが所望の値を満足していないか、熱伝導率が所定の値より低く、熱伝導性が低下しているか、アルミニウム合金との境界強度がニレジスト鋳鉄製耐摩環をアルミニウム合金に鋳包んだ場合の境界強度に比べ1.5倍未満と境界強度が低下しているか、線膨張係数が13.6×10
−6/K未満であるか、して所望の特性を確保できていない複合体となっている。