(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
内燃機関の排気経路に設けられて前記内燃機関からの排ガスに含まれる炭化水素ガスおよび一酸化炭素ガスの少なくとも一方を含む対象ガスを酸化もしくは吸着する触媒の、劣化の程度を診断する方法であって、
前記対象ガスの濃度に応じた起電力を前記対象ガスの検知信号として出力可能な対象ガス検知手段を前記排気経路の前記触媒よりも下流側に設けておき、
前記内燃機関に意図的に生成させた、前記内燃機関が定常運転状態にあるときの前記対象ガスの濃度よりも高い濃度の対象ガスを含む診断用ガス雰囲気を、前記触媒に所定時間導入した際の、前記起電力の変化量の積算値を診断指標値とし、前記診断指標値と前記診断用ガス雰囲気が導入されるタイミングでの前記触媒の温度に対応する閾値と比較することにより、前記触媒に許容される程度を越えた劣化が生じているか否かを診断する、
ことを特徴とする触媒劣化診断方法。
内燃機関の排気経路に設けられて前記内燃機関からの排ガスに含まれる炭化水素ガスおよび一酸化炭素ガスの少なくとも一方を含む対象ガスを酸化もしくは吸着する触媒の、劣化の程度を診断する、触媒劣化診断システムであって、
前記排気経路において前記触媒よりも下流側に設けられてなり、前記下流側において前記対象ガスを検知し、前記対象ガスの濃度に応じた起電力を前記対象ガスの検知信号として出力可能な対象ガス検知手段と、
前記触媒劣化診断システムを制御する制御手段と、
を備え、
前記内燃機関が、前記内燃機関が定常運転状態にあるときの前記対象ガスの濃度よりも高い濃度の対象ガスを含む診断用ガス雰囲気を意図的に生成可能とされてなり、
前記触媒の劣化診断に用いる閾値を前記触媒の温度に応じて記述してなる閾値データが、あらかじめ定められたうえで所定の記憶部に保持されてなり、
前記診断用ガス雰囲気が前記触媒に所定時間導入された際の前記起電力の変化量の積算値を診断指標値とするときに、
前記制御手段は、前記診断指標値と前記診断用ガス雰囲気が導入されるタイミングでの前記触媒の温度に対応する前記閾値と比較することにより、前記触媒に許容される程度を越えた劣化が生じているか否かを診断する、
ことを特徴とする触媒劣化診断システム。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
西暦2010年代に入って、北米において排気ガス規制が強化され、なかでも、ディーゼルエンジン車両に対する酸化触媒のOBDが、将来的には義務付けられる状況となっている。具体的には、ディーゼルエンジン用の酸化触媒に対し、ディーゼルエンジンの排気雰囲気であるO
2(酸素)過剰雰囲気でNMHC(Nom Methane Hydro Carbon:非メタン炭化水素)を対象とするOBDを行う必要が生じてきている。
【0007】
しかしながら、特許文献1ないし特許文献5に開示されているような、従来公知のセンサを使用する手法の場合、係るOBDに対応できないか、あるいは、間接的に診断を行うことができるに過ぎないという問題がある。
【0008】
例えば、特許文献1に開示されているのは、酸化触媒における未燃炭化水素の変換(酸化燃焼)能力が低下した場合には発熱エネルギーも低下する、という関係性を利用する手法である。概略的にいえば、排気経路における酸化触媒の前後(上流側および下流側)に配置した排ガス温度センサにおいて燃料噴射時に生じる温度差ΔTを測定し、その値から酸化触媒における未燃炭化水素の変換(酸化燃焼)能力の劣化度合いを間接的に診断するというものである。
【0009】
しかしながら、係る方法の場合、実使用時の排気ガス温度および排気ガス流量の変化による誤差要因が大きすぎるという問題や、また発熱を促すための燃料噴射量が多量であり燃費悪化は免れないという問題がある。
【0010】
また、特許文献2に開示されているのは、酸化触媒における未燃炭化水素の変換能力が低下した場合に酸化燃焼時の酸素の消費量が変化するということを利用する手法である。概略的にいえば、排気経路における酸化触媒の前後に配置された2つの広域酸素濃度センサ(λセンサ)の出力値λF、λRの差Δλ、または2つの酸素センサの出力値(起電力値)の差に基づいて、酸化触媒における酸素の消費量を測定し、その値の変化から酸化触媒上での未燃炭化水素の変換能力の劣化度合いを間接的に診断するというものである。
【0011】
しかしながら、O
2過剰雰囲気であるディーゼル排気における酸素濃度は10%(=100000ppm)程度であるのに対し、酸化触媒が変換する(酸化燃焼させる)炭化水素の量(濃度)は通常、数百ppm程度であり、係る微量の炭化水素を燃焼させる場合に消費される酸素の量(濃度)もせいぜい数百ppm程度に過ぎない。このことはすなわち、空燃比センサもしくは酸素センサを用いて酸化触媒の劣化を診断するには、ppmオーダーの酸素の消費量変化に相当するΔλもしくは起電力差を精度よく算出する必要があることを意味するが、そもそも、空燃比センサおよび酸素センサにおいては、そこまでの測定精度が得られない。
【0012】
また、特許文献3に開示されているのは、NOを酸化してNO
2とする酸化触媒について、排気経路に当該酸化触媒の下流側にNOxセンサを配置し、その出力値(起電力値)と、あらかじめ定められたマップとに基づいて、酸化触媒の劣化度合いを判定する手法である。
【0013】
しかしながら、係る手法によって酸化触媒のNO酸化能力を診断することはできたとしても、係る診断の結果を、未燃炭化水素の変換(酸化燃焼)能力の診断に適用することはできない。なぜならば、貴金属触媒および吸蔵材の機能が各種ガス(例えばHC、CO、NOなど)に対して相異なるために、それぞれのガスにおける排ガス温度と変換率(酸化能力)の関係も異なり、それらの間に明確な相関はないからである。
【0014】
加えて、エンジン排出直後の排気中のNOx値に推定値を用いていることや、係る推定値の設定に際して、エンジン回転数とエンジン負荷以外の要素を考慮していないことなどから、使用状況によっては推定精度が著しく低くなる可能性も考えられる。
【0015】
また、特許文献4に開示されているのは、排ガス温度センサとλセンサとをともに酸化触媒の前後に配置し、酸化触媒の正常時におけるHC吸蔵能量の推定値から得られる必要酸素量と、センサの出力値に基づいて演算される、実際に酸化触媒が消費する酸素の量である実酸素消費量の推定値とに基づいて、酸化触媒の劣化度合いを診断する方法である。
【0016】
しかしながら、係る手法では、あくまで推定値に基づく診断を行っているに過ぎず、各センサからの信号の誤差の影響は免れず、診断精度が低いという問題がある。
【0017】
また、特許文献5に開示されているのは、ガソリンエンジンのTWCまたはNSCを診断対象とするシステムである。特許文献5には、O
2過剰な状態であるディーゼル排気中における酸化触媒診断について、何ら開示されてはいない。
【0018】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、酸化触媒の劣化の程度の診断を精度よく行える方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記課題を解決するため、本発明の第1の態様は、内燃機関の排気経路に設けられて前記内燃機関からの排ガスに含まれる炭化水素ガスおよび一酸化炭素ガスの少なくとも一方を含む対象ガスを酸化もしくは吸着する触媒の、劣化の程度を診断する方法であって、前記対象ガスの濃度に応じた起電力を前記対象ガスの検知信号として出力可能な対象ガス検知手段を前記排気経路の前記触媒よりも下流側に設けておき、前記内燃機関に意図的に生成させた、前記内燃機関が定常運転状態にあるときの前記対象ガスの濃度よりも高い濃度の対象ガスを含む診断用ガス雰囲気を、前記触媒に所定時間導入した際の、前記起電力の変化量の積算値を診断指標値とし、前記診断指標値と前記診断用ガス雰囲気が導入されるタイミングでの前記触媒の温度に対応する閾値と比較することにより、前記触媒に許容される程度を越えた劣化が生じているか否かを診断する、ことを特徴とする。
【0020】
本発明の第2の態様は、第1の態様に係る触媒劣化診断方法であって、前記内燃機関が前記定常運転状態にある任意のタイミングで出された前記触媒の劣化診断の実行を指示する実行指示に応答して、前記排気経路において前記触媒よりも上流側において前記対象ガスを含む前記排ガスの温度を測定する温度測定工程と、前記温度測定工程における前記排ガスの温度の測定に続いて、前記内燃機関から燃料を噴射することにより診断用ガスを生成する噴射工程と、前記診断用ガスの前記触媒からの排出が開始されてから終了するまで間の前記起電力の時間変化プロファイルに基づいて前記診断指標値を算出する診断指標値特定工程と、前記温度測定工程において測定された前記排ガスの温度を前記触媒の温度としたときの前記閾値の値と、前記診断指標値とに基づいて、前記触媒における劣化の程度を診断する診断工程と、を行い、前記診断工程においては、前記診断指標値特定工程において特定された前記診断指標値が前記閾値以下である場合に、前記触媒においては許容される程度を越えた劣化は生じていないと診断し、前記診断指標値特定工程において特定された前記診断指標値が前記閾値よりも大きい場合に、前記触媒において許容される程度を越えた劣化が生じていると診断する、ことを特徴とする。
【0021】
本発明の第3の態様は、第1または第2の態様に係る触媒劣化診断方法であって、前記対象ガス検知手段に、検知電極がPt−Au合金からなることで前記検知電極における触媒活性が不能化されてなる混成電位型の炭化水素ガスセンサを用いる、ことを特徴とする。
【0022】
本発明の第4の態様は、内燃機関の排気経路に設けられて前記内燃機関からの排ガスに含まれる炭化水素ガスおよび一酸化炭素ガスの少なくとも一方を含む対象ガスを酸化もしくは吸着する触媒の、劣化の程度を診断する、触媒劣化診断システムであって、前記排気経路において前記触媒よりも下流側に設けられてなり、前記下流側において前記対象ガスを検知し、前記対象ガスの濃度に応じた起電力を前記対象ガスの検知信号として出力可能な対象ガス検知手段と、前記触媒劣化診断システムを制御する制御手段と、を備え、前記内燃機関が、前記内燃機関が定常運転状態にあるときの前記対象ガスの濃度よりも高い濃度の対象ガスを含む診断用ガス雰囲気を意図的に生成可能とされてなり、前記触媒の劣化診断に用いる閾値を前記触媒の温度に応じて記述してなる閾値データが、あらかじめ定められたうえで所定の記憶部に保持されてなり、前記診断用ガス雰囲気が前記触媒に所定時間導入された際の前記起電力の変化量の積算値を診断指標値とするときに、前記制御手段は、前記診断指標値と前記診断用ガス雰囲気が導入されるタイミングでの前記触媒の温度に対応する前記閾値と比較することにより、前記触媒に許容される程度を越えた劣化が生じているか否かを診断する、ことを特徴とする。
【0023】
本発明の第5の態様は、第4の態様に係る触媒劣化診断システムであって、前記内燃機関が前記定常運転状態にある任意のタイミングで前記制御手段から出された前記触媒の劣化診断の実行を指示する実行指示に応答して、前記排気経路において前記触媒よりも上流側において前記対象ガスを含む前記排ガスの温度を測定する温度測定手段と、前記内燃機関において燃料を噴射することにより診断用ガスを生成する噴射手段と、前記診断用ガスの前記触媒からの排出が開始されてから終了するまで間の前記起電力の時間変化プロファイルに基づいて前記診断指標値を算出する診断指標値特定手段と、を備え、前記噴射手段は、前記温度測定手段における前記排ガスの温度の測定に続いて、前記内燃機関において前記燃料を噴射して前記診断用ガスを生成し、前記制御手段は、前記温度測定手段によって測定された前記排ガスの温度を前記触媒の温度として前記閾値の値を前記閾値データから取得し、前記診断指標値特定手段によって特定された前記診断指標値が前記閾値以下である場合に、前記触媒においては許容される程度を越えた劣化は生じていないと診断し、前記診断指標値特定手段によって特定された前記診断指標値が前記閾値よりも大きい場合に、前記触媒において許容される程度を越えた劣化が生じていると診断する、ことを特徴とする。
【0024】
本発明の第6の態様は、第4または第5の態様に係る触媒劣化診断システムであって、前記対象ガス検知手段が、検知電極がPt−Au合金からなることで前記検知電極における触媒活性が不能化されてなる混成電位型の炭化水素ガスセンサである、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
本発明の第1ないし第6の態様によれば、触媒能の指標である変換率を算出することなく、また、未燃炭化水素ガスに対する干渉ガスである一酸化窒素ガスや二酸化窒素ガスの影響を受けることなく、リアルタイムにかつ優れた精度で、酸化触媒における、触媒能の劣化の程度を診断することができる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
<システムの概要>
図1は、本発明の実施の形態に係る酸化触媒診断システムDS1を含んで構成されるディーゼルエンジンシステム(以下、単にエンジンシステムとも称する)1000の概略構成を模式的に示す図である。
【0028】
酸化触媒診断システムDS1は主として、炭化水素ガスセンサ(以下、HCセンサとも称する)100と、温度センサ110と、エンジンシステム1000全体の動作を制御する制御装置である電子制御装置200とを備える。
【0029】
エンジンシステム1000は、酸化触媒診断システムDS1のほか、内燃機関の一種たるディーゼル機関であるエンジン本体部300と、エンジン本体部300に燃料を噴射する複数の燃料噴射弁301と、燃料噴射弁301に対し燃料噴射を指示するための燃料噴射指示部400と、エンジン本体部300で生じた排ガス(エンジン排気)Gを外部へと排出する排気経路をなす排気管500と、排気管500の途中に設けられ、排ガスG中の未燃炭化水素ガスを酸化もしくは吸着させる白金やパラジウムなどの酸化触媒600とを、主として備える。なお、本実施の形態においては、相対的な意味において、排気管500においてその一方端側であるエンジン本体部300に近い位置を上流側と称し、エンジン本体部300と反対側に備わる排気口510に近い位置を下流側と称する。
【0030】
エンジンシステム1000は、典型的には自動車に搭載されるものであり、係る場合において、燃料噴射指示部400はアクセルペダルである。
【0031】
エンジンシステム1000においては、電子制御装置200が燃料噴射弁301に対し、燃料噴射指示信号sg1を発するようになっている。燃料噴射指示信号sg1は通常、エンジンシステム1000の動作時(運転時)に、燃料噴射指示部400から電子制御装置200に対し与えられる、所定量の燃料の噴射を要求する燃料噴射要求信号sg2に応じて発せられる(例えば、アクセルペダルが踏み込まれて、アクセル開度、吸気酸素量、エンジン回転数およびトルク等の多数のパラメーターを勘案した最適な燃料噴射が要求される)が、これに加えて、酸化触媒診断システムDS1の動作のために、燃料噴射指示信号sg1が発せられる場合もある。
【0032】
また、エンジン本体部300から電子制御装置200に対しては、エンジン本体部300の内部における種々の状況をモニターするモニター信号sg3が、与えられるようになっている。
【0033】
なお、エンジンシステム1000において、ディーゼル機関であるエンジン本体部300から排出される排ガスGは、酸素濃度が10%程度であるO
2(酸素)過剰雰囲気のガスである。係る排ガスGは、具体的には、酸素および未燃炭化水素ガスのほか、窒素酸化物や、すす(黒鉛)などを含んでいる。なお、本明細書において、酸化触媒600における吸着もしくは酸化の処理対象となるガス(対象ガス)である未燃炭化水素ガスには、C
2H
4、C
3H
6、n−C8などの典型的な炭化水素ガス(化学式上、炭化水素に分類されるもの)に加えて、一酸化炭素(CO)も含むものとする。また、HCセンサ100は、COを含め、対象ガスを好適に検知できるものである。ただし、CH
4は除外される。
【0034】
なお、エンジンシステム1000においては、酸化触媒600以外にも、排気管500の途中に一または複数の他の浄化装置700を備えていてもよい。
【0035】
酸化触媒診断システムDS1は、酸化触媒600の劣化の程度(より詳細には、酸化触媒600の触媒能の劣化の程度)を診断対象とするものである。酸化触媒600は、上流側から流れてきた排ガスG中の未燃炭化水素ガスを吸着もしくは酸化することで、該未燃炭化水素ガスが排気管500先端の排気口510から流出することを抑制するべく設けられてなるが、その触媒能(具体的には吸着能および酸化能)は経時的に劣化する。係る劣化が生じると、酸化触媒600で捕捉されずに下流側へと流れる未燃炭化水素ガスの量が増えてしまい好ましくない。本実施の形態に係る酸化触媒診断システムDS1は、酸化触媒600を通過した未燃炭化水素ガスをHCセンサ100によって検知することで、酸化触媒600の触媒能の劣化の程度を診断するものとなっている。
【0036】
酸化触媒診断システムDS1は、上述のように、HCセンサ100と、温度センサ110とを含んでなるが、前者は排気管500において酸化触媒600よりも下流側に配設されて当該箇所における未燃炭化水素ガス濃度を検知し、後者は酸化触媒600よりも上流側に配設されて当該箇所における排ガスGの温度(排気温度)を検知する。HCセンサ100と、温度センサ110とはいずれも、一方端部が排気管500内に挿入される態様にて配設されてなる。
【0037】
概略的には、酸化触媒診断システムDS1においては、電子制御装置200が、HCセンサ100から発せられたHC検知信号sg11と、温度センサ110から発せられた排気温度検知信号sg12とに基づいて、酸化触媒600に劣化が生じているか否かを診断するようになっている。HCセンサ100の構成例および劣化診断の詳細については後述する。一方、温度センサ110については、一般的なエンジンシステムにおいて排気温度の測定に用いられるような、従来公知のものを使用すればよい。
【0038】
なお、電子制御装置200は、例えばメモリやHDDなどからなる図示しない記憶部を有してなり、係る記憶部には、エンジンシステム1000および酸化触媒診断システムDS1の動作を制御するプログラムの他、後述する酸化触媒600の劣化の程度を診断する際に使用される閾値データなどが記憶されてなる。
【0039】
<HCセンサの構成例>
図2は、本実施の形態において使用するHCセンサ100の構成の一例を概略的に示す断面模式図である。
図2(a)は、HCセンサ100の主たる構成要素であるセンサ素子101の長手方向に沿った垂直断面図である。また、
図2(b)は、
図1(a)のA−A’位置におけるセンサ素子101の長手方向に垂直な断面を含む図である。
【0040】
本実施の形態において使用するHCセンサ100は、いわゆる混成電位型のガスセンサである。HCセンサ100は、概略的にいえば、ジルコニア(ZrO
2)等の酸素イオン伝導性固体電解質たるセラミックスを主たる構成材料とするセンサ素子101の表面に設けた検知電極10と、該センサ素子101の内部に設けた基準電極20との間に、混成電位の原理に基づいて両電極近傍における測定対象たるガス成分の濃度の相違に起因して電位差が生じることを利用して、被測定ガス中の当該ガス成分の濃度を求めるものである。
【0041】
なお、被測定ガス中に複数種類の未燃炭化水素ガスが存在する場合は、検知電極10と基準電極20の間に生じる電位差はそれら複数種類の未燃炭化水素ガスの全てが寄与した値となるので、求められる濃度値も、それら複数種類の未燃炭化水素ガスの濃度の総和となる。
【0042】
また、センサ素子101には、上述した検知電極10および基準電極20に加えて、基準ガス導入層30と、基準ガス導入空間40と、表面保護層50とが主に設けられてなる。
【0043】
なお、本実施の形態においては、センサ素子101が、それぞれが酸素イオン伝導性固体電解質からなる第1固体電解質層1と、第2固体電解質層2と、第3固体電解質層3と、第4固体電解質層4と、第5固体電解質層5と、第6固体電解質層6との6つの層を、図面視で下側からこの順に積層した構造を有し、かつ、主としてそれらの層間あるいは素子外周面に他の構成要素を設けてなるものとする。なお、それら6つの層を形成する固体電解質は緻密な気密のものである。係るセンサ素子101は、例えば、各層に対応するセラミックスグリーンシートに所定の加工および回路パターンの印刷などを行った後にそれらを積層し、さらに、焼成して一体化させることによって製造される。
【0044】
以下の説明においては、便宜上、図面視で第6固体電解質層6の上側に位置する面をセンサ素子101の表面Saと称し、第1固体電解質層1の下側に位置する面をセンサ素子101の裏面Sbと称する。また、HCセンサ100を使用して被測定ガス中の未燃炭化水素ガスの濃度を求める際には、センサ素子101の一方端部である先端部E1から少なくとも検知電極10を含む所定の範囲が、被測定ガス雰囲気中に配置され、他方端部である基端部E2を含むその他の部分は、被測定ガス雰囲気と接触しないように配置される。
【0045】
検知電極10は、被測定ガスを検知するための電極である。検知電極10は、Auを所定の比率で含むPt、つまりはPt−Au合金と、ジルコニアとの多孔質サーメット電極として形成されてなる。係る検知電極10は、センサ素子101の表面Saであって、長手方向の一方端部たる先端部E1寄りの位置に平面視略矩形状に設けられてなる。
【0046】
また、検知電極10は、その構成材料たるPt−Au合金の組成を好適に定めることによって未燃炭化水素ガスに対する触媒活性が不能化されてなる。つまりは、検知電極10での未燃炭化水素ガスの分解反応を抑制させられてなる。これにより、HCセンサ100においては、検知電極10の電位が、当該未燃炭化水素ガスに対して選択的に、その濃度に応じて変動する(相関を有する)ようになっている。換言すれば、検知電極10は、未燃炭化水素ガスに対しては、電位の濃度依存性が高い一方で、他の被測定ガスの成分に対しては電位の濃度依存性が小さいという特性を有するように、設けられてなる。これは、検知電極10の導電性成分(貴金属成分)として、主成分である白金(Pt)に加えて金(Au)を含有させることで実現される。
【0047】
具体的には、検知電極10におけるAuの存在比(Au存在比)が0.3以上となるように、検知電極10を形成する。係る態様にて検知電極10が形成されてなることで、HCセンサ100においては、検知電極10を基準電極20と同様にPtとジルコニアとのサーメット電極として形成する場合に比して、検出感度が高められてなる。これにより、HCセンサ100においては、上述したようにエンジン本体部300で生じる酸素過剰雰囲気の排ガスGに含まれる未燃炭化水素ガスが検知対象である場合においても、該未燃炭化水素ガスを良好な検出感度で検出できるようになっている。
【0048】
なお、本明細書において、Au存在比とは、検知電極10を構成する貴金属粒子の表面のうち、Ptが露出している部分に対する、Auが被覆している部分の面積比率を意味している。Ptが露出している部分の面積と、Auによって被覆されてなる部分の面積が等しいときに、Au存在比は1となる。本明細書においては、XPS(X線光電子分光法)により得られるAuとPtとについての検出ピークのピーク強度から、相対感度係数法を用いてAu存在比を算出するものとする。
【0049】
なお、Au存在比が0.3以上である場合、検知電極10においては、検知電極10を構成する貴金属粒子の表面にAuが濃化した状態となっている。より詳細には、PtリッチなPt−Au合金粒子の表面近傍に、AuリッチなPt−Au合金が形成された状態となっている。係る状態が実現されてなる場合に、検知電極10における触媒活性が好適に不能化され、検知電極10の電位の未燃炭化水素ガス濃度依存性が高められる。
【0050】
なお、検知電極10における貴金属成分とジルコニアとの体積比率は、5:5から8:2程度であればよい。
【0051】
また、HCセンサ100がその機能を好適に発現するには、検知電極10の気孔率が10%以上30%以下であり、検知電極10の厚みは、5μm以上であることが好ましい。特に、気孔率が15%以上25%以下であり、厚みが25μm以上45μm以下であることがより好ましい。
【0052】
また、検知電極10の平面サイズは適宜に定められてよいが、例えば、センサ素子長手方向の長さが0.2mm〜10mm程度で、これに垂直な方向の長さが1mm〜5mm程度であればよい。
【0053】
基準電極20は、センサ素子101の内部に設けられた、被測定ガスの濃度を求める際に基準となる平面視略矩形状の電極である。基準電極20は、Ptとジルコニアとの多孔質サーメット電極として形成されてなる。
【0054】
基準電極20は、気孔率が10%以上30%以下であり、厚みが5μm以上15μm以下であるように形成されればよい。また、基準電極20の平面サイズは、
図2に例示するように検知電極10に比して小さくてもよいし、検知電極10と同程度でもよい。
【0055】
基準ガス導入層30は、センサ素子101の内部において基準電極20を覆うように設けられた、多孔質のアルミナからなる層であり、基準ガス導入空間40は、センサ素子101の基端部E2側に設けられた内部空間である。基準ガス導入空間40には、未燃炭化水素ガス濃度を求める際の基準ガスとしての大気(酸素)が外部より導入される。
【0056】
これら基準ガス導入空間40と基準ガス導入層30は互いに連通しているので、HCセンサ100が使用される際には基準ガス導入空間40および基準ガス導入層30を通じて基準電極20の周囲が絶えず大気(酸素)で満たされるようになっている。それゆえ、HCセンサ100の使用時、基準電極20は、常に一定の電位を有してなる。
【0057】
なお、基準ガス導入空間40および基準ガス導入層30は周囲の固体電解質によって被測定ガスと接触しないようになっているので、検知電極10が被測定ガスに曝されている状態であっても、基準電極20が被測定ガスと接触することはない。
【0058】
図2に例示する場合であれば、センサ素子101の基端部E2の側において第5固体電解質層5の一部が外部と連通する空間とされる態様にて基準ガス導入空間40が設けられてなる。また、第5固体電解質層5と第6固体電解質層6との間においてセンサ素子101の長手方向に延在させる態様にて基準ガス導入層30が設けられてなる。そして、センサ素子101の重心の図面視下方の位置に、基準電極20が設けられてなる。
【0059】
表面保護層50は、センサ素子101の表面Saにおいて少なくとも検知電極10を被覆する態様にて設けられた、アルミナからなる多孔質層である。表面保護層50は、HCセンサ100の使用時に被測定ガスに連続的に曝されることによる検知電極10の劣化を抑制する電極保護層として設けられてなる。
図2に例示する場合においては、表面保護層50は、検知電極10のみならず、センサ素子101の表面Saのうち先端部E1から所定の範囲を除くほぼ全ての部分を覆う態様にて設けられてなる。
【0060】
また、
図2(b)に示すように、HCセンサ100においては、検知電極10と基準電極20との間の電位差を測定可能な電位差計60が備わっている。なお、
図2(b)においては検知電極10および基準電極20と電位差計60との間の配線を簡略化して示しているが、実際のセンサ素子101においては、基端部E2側の表面Saもしくは裏面Sbに図示しない接続端子がそれぞれの電極に対応させて設けられてなるとともに、それぞれの電極と対応する接続端子とを結ぶ図示しない配線パターンが表面Saおよび素子内部に形成されてなる。そして、検知電極10および基準電極20と電位差計60とは配線パターンおよび接続端子を通じて電気的に接続されてなる。本実施の形態においては、電位差計60で測定される検知電極10と基準電極20との間の電位差がHC検知信号sg11となる。なお、係る電位差をHCセンサ出力とも称する。
【0061】
さらに、センサ素子101は、固体電解質の酸素イオン伝導性を高めるために、センサ素子101を加熱して保温する温度調整の役割を担うヒータ部70を備えている。ヒータ部70は、ヒータ電極71と、ヒータ72と、スルーホール73と、ヒータ絶縁層74、圧力放散孔75とを備えている。
【0062】
ヒータ電極71は、センサ素子101の裏面Sb(
図2においては第1固体電解質層1の下面)に接する態様にて形成されてなる電極である。ヒータ電極71を図示しない外部電源と接続することによって、外部からヒータ部70へ給電することができるようになっている。
【0063】
ヒータ72は、センサ素子101の内部に設けられた電気抵抗体である。ヒータ72は、スルーホール73を介してヒータ電極71と接続されており、該ヒータ電極71を通して外部より給電されることにより発熱し、センサ素子101を形成する固体電解質の加熱と保温を行う。
【0064】
図2に例示する場合であれば、ヒータ72は第2固体電解質層2と第3固体電解質層3とに上下から挟まれた態様にて、かつ、基端部E2から先端部E1近傍の検知電極10の下方の位置に渡って埋設されてなる。これにより、センサ素子101全体を固体電解質が活性化する温度に調整することが可能となっている。
【0065】
ヒータ絶縁層74は、ヒータ72の上下面に、アルミナ等の絶縁体によって形成されてなる絶縁層である。ヒータ絶縁層74は、第2固体電解質層2とヒータ72との間の電気的絶縁性、および、第3固体電解質層3とヒータ72との間の電気的絶縁性を得る目的で形成されている。
【0066】
圧力放散孔75は、第3固体電解質層3を貫通し、基準ガス導入空間40に連通するように設けられてなる部位であり、ヒータ絶縁層74内の温度上昇に伴う内圧上昇を緩和する目的で形成されてなる。
【0067】
以上のような構成を有するHCセンサ100を用いて被測定ガスたるエンジン本体部300からの排ガスGにおける未燃炭化水素ガス濃度を求める際には、上述したように、センサ素子101のうち先端部E1から少なくとも検知電極10を含む所定の範囲のみを、エンジンシステム1000の排気管500内に配置する一方で、基端部E2の側は当該空間とは隔絶させて配置し、基準ガス導入空間40に対し大気(酸素)を供給する。また、ヒータ72によりセンサ素子101を適宜の温度300℃〜800℃に、好ましくは400℃〜700℃、より好ましくは400℃〜600℃に加熱する。
【0068】
係る状態においては、被測定ガス(排ガスG)に曝されてなる検知電極10と大気中に配置されてなる基準電極20との間に電位差が生じる。ただし、上述のように、大気(酸素濃度一定)雰囲気下に配置されてなる基準電極20の電位は一定に保たれている一方で、検知電極10の電位は、被測定ガス(排ガスG)中の未燃炭化水素ガスに対して選択的に濃度依存性を有するものとなっているので、その電位差(HCセンサ出力)は実質的に、検知電極10の周囲に存在する被測定ガスの濃度に応じた値となる。それゆえ、未燃炭化水素ガス濃度と、センサ出力との間には一定の関数関係(これを感度特性と称する)が成り立つ。係る感度特性を利用して、被測定ガス中の未燃炭化水素ガス濃度を求めることが可能となる。
【0069】
すなわち、あらかじめそれぞれの未燃炭化水素ガス濃度が既知である、相異なる複数の混合ガスを被測定ガスとしてセンサ出力を測定することで、感度特性を実験的に特定し、電子制御装置200に記憶させておく。そして、被測定ガス中の未燃炭化水素ガスの濃度に応じて時々刻々変化するHCセンサ出力を、電子制御装置200において感度特性に基づき未燃炭化水素ガス濃度に換算することによって、酸化触媒600の下流側における未燃炭化水素ガス濃度をほぼリアルタイムで求めることができる。
【0070】
さらに、本実施の形態においては、後述するように、HC検知信号sg11として与えられるHCセンサ出力値(電位差値)の変化を、劣化診断に利用するようになっている。
【0071】
<酸化触媒の特性>
続いて、本実施の形態に係る酸化触媒診断システムDS1による劣化診断の対象たる酸化触媒600の特性について説明する。
【0072】
図3は、酸化触媒600の温度(触媒温度)と変換率との関係(変換率プロファイル)を模式的に示す図である。
図3においては、使用初期(未使用もしくは使用を開始したばかりの)の酸化触媒600(Fresh品もしくは単にFreshとも称する)の変換率プロファイルPfと、一定期間使用された酸化触媒600(Aged品もしくは単にAgedとも称する)の変換率プロファイルPaとを模式的に示している。
【0073】
なお、変換率とは、酸化触媒600における触媒能の指標となる値であり、酸化触媒600の上流側近傍における未燃炭化水素ガスの濃度を上流側未燃炭化水素ガス濃度Nuとし、下流側近傍における未燃炭化水素ガスの濃度を下流側未燃炭化水素ガス濃度Nlとするときに、以下の(式1)で定義される。
【0074】
変換率(%)=100×(Nu−Nl)/Nu・・・・・(式1)
すなわち、変換率は、酸化触媒600の上流側から流入した未燃炭化水素ガスのうち、酸化触媒600から下流側へと流出しなかったものの比率を表す。変換率が高い酸化触媒600ほど、優れた触媒能を有しているということになる。
【0075】
より具体的には、ある温度T1(おおよそ150℃)以下の温度範囲(
図3における吸着領域)では、酸化触媒600は専ら未燃炭化水素ガスを吸着させる作用(吸着能)を有しており、ある温度T2(通常は150℃と200℃の間)以上の温度範囲(
図3における酸化領域)において、本来の機能である未燃炭化水素ガスを酸化させる能力(酸化能)を好適に発揮するものとなっている。そして、温度T1と温度T2の間の温度範囲(
図3における中間領域)では、温度が高くなるほど吸着能が弱まり酸化能が強まるものとなっている。それゆえ、変換率は、上流側から酸化触媒600に流入した未燃炭化水素ガスのうち、酸化触媒600において吸着または酸化される割合を表す値ということになる。
【0076】
図3に示すように、Fresh品の変換率プロファイルPfは通常、酸化領域において最も変換率が高く(概ね90%程度)、吸着領域における変換率は酸化領域よりも小さくなっている。しかも、吸着領域の上限温度T1(おおよそ150℃)において変換率は最小となり、中間領域においては温度が高いほど変換率が高くなる傾向がある。
【0077】
ただし、酸化触媒600の温度は、エンジン本体部300から排出され排気管500を通じて流入する排ガスGの温度(排気温度)によって時々刻々と代わり得るものであり、それゆえ、実際の変換率も、時々刻々と変化するものとなっている。
【0078】
Fresh品の時は高い変換率を有していた酸化触媒600も、使用を継続していくとやがて劣化していく。すなわち、使用を継続してAged品となるにつれ、酸化触媒600の変換率は温度によらず低下する。Aged品の変換率プロファイルPaは、吸着領域と酸化領域の間における変換率の大小関係についてはFresh品の変換率プロファイルPfと概ね同じであるものの、同じ温度でみれば変換率が変換率プロファイルPfよりも低下したものとなる。
【0079】
<劣化診断の概要>
上述のように、酸化触媒600の使用を継続した結果として所定のレベルを超えて変換率が低下してしまうと、酸化触媒600が本来意図された機能を発揮し得ないものとなる。例えば、エンジンシステム1000が自動車に搭載されるものであれば、当該自動車が環境基準を満たさなくなるなどの不具合が生じる。本実施の形態に係る酸化触媒診断システムDS1は、所定の基準に基づいて、Aged品たる酸化触媒600に問題となる程度(交換する必要がある、など)に劣化が生じているか否かを診断することで、エンジンシステム1000におけるAged品からFresh品への酸化触媒600の交換をタイムリーに行えるようにするものである。
【0080】
概念的には、
図3に示すような、変換率の閾値を温度ごとに定めた閾値プロファイルTに相当するデータ(閾値データ)をあらかじめ用意し、酸化触媒診断システムDS1を構成する電子制御装置200に記憶させておいたうえで、診断対象たる酸化触媒600について温度および変換率を求めるようにすれば、得られた変換率が当該温度における係る閾値よりも小さい場合に、当該酸化触媒600は劣化している、と診断することが可能である。
【0081】
なお、
図3に示したAged品の変換率プロファイルPaは、全ての温度において変換率プロファイルPfにおける値よりも略一定値だけ小さい値をとるものとなっているが、これはあくまで例示である。
図4は、変換率プロファイルPaの他の例を模式的に示す図である。すなわち、Aged品については、その変換率プロファイルPaが、
図4(a)に示すように酸化領域に比して吸着領域における劣化の程度が大きいものとなることや、その逆に、
図4(b)に示すように吸着領域に比して酸化領域における劣化の程度が大きいものとなることもある。それゆえ、
図4(a)に示す場合であれば、温度T1以下の温度域において生じている劣化をタイムリーに検知することが好ましく、
図4(b)に示す場合であれば、温度T2以上の温度域において生じている劣化をタイムリーに検知することが好ましい。
【0082】
本実施の形態においては、酸化触媒600の下流側に設けたHCセンサ100における出力値(HC検知信号sg11)である起電力値(EMF)の変化量(ΔEMF)の積分値に基づいて、酸化触媒600の劣化の程度を診断するようになっている。また、その際には、エンジン本体部300の運転中に意図的に極微量かつ短時間の燃料噴射を生じさせることによって診断用の炭化水素ガスを生じさせ、これによって形成された当該診断用の炭化水素ガス雰囲気を対象に診断を行う、いわゆるActive OBD(On-Board Diagnostics)の手法を利用するようになっている。すなわち、意図的な燃料噴射がされた際のHCセンサ100における出力値の変化量の積分値を、酸化触媒600の劣化診断に利用する。
【0083】
なお、Active OBDにおいて診断に利用される炭化水素ガス雰囲気は、通常の排ガスGに含まれる未燃炭化水素ガスに、係る診断用の炭化水素ガスを重畳させたものである。ただし、以降の説明においては、便宜上、診断用の炭化水素ガスについても未燃炭化水素ガスと称することがある。
【0084】
図5は、同一条件で作製後、異なる使用状況を経ていることから、劣化の度合いが異なる可能性がある3通りの酸化触媒6003通りの酸化触媒600をそれぞれ、エンジンシステム1000に組み込み、触媒温度を400℃として同じ噴射条件で短時間の燃料噴射を行ったときの、それぞれの酸化触媒診断システムDS1に備わるHCセンサ100におけるEMFの時間変化プロファイル(以下、単に起電力プロファイルと称する)を示す図である。以下、3つのエンジンシステム1000に備わる酸化触媒600を、Sample1、Sample2、Sample3と称する。また、
図6は、本実施の形態で行う劣化診断について概念的に示す図である。
【0085】
図5に示すように、Sample1、Sample2、Sample3のいずれの起電力プロファイルにおいても、t=10を過ぎたあたりから、燃料噴射に対応したピークp1、p2、p3が現れる。これらは、酸化触媒600において酸化しきれずに下流側へ排出された燃料中の未燃炭化水素ガスに起因して生じるピークである。それゆえ、これらのピークp1、p2、p3の積分値(単位:mV・s)の大小は、それぞれの酸化触媒600の変換率、つまりは触媒能を反映したものとなる。なぜならば、Fresh品に近い酸化触媒600の変換率は高いため、当該酸化触媒600に対し燃料噴射によって導入された未燃炭化水素ガスが下流に排出される割合は小さくなるのに対し、より使用が進んだAged品である酸化触媒600の変換率は低いため、当該酸化触媒600に対し燃料噴射によって導入された未燃炭化水素ガスが下流に排出される割合は大きくなるからである。
【0086】
図5に示す場合であれば、Sample1とSample2のピークp1、p2のピーク積分値(ベースラインからのEMFの変化量であるΔEMFの積分値)I1、I2は同程度であるのに対して、Sample3のピークp3のピーク積分値I3は、I1、I2よりも大きいことから、Sample3の酸化触媒600はSample1とSample2の酸化触媒600に比して劣化が進んでいるということになる。
【0087】
このように、ΔEMFの積分値は酸化触媒600の劣化度合いと相関があることから、本実施の形態においては、積分値を劣化診断の指標値(診断指標値)とし、
図6に示すように、該積分値があらかじめ定めた閾値(
図6においては「劣化判定閾値」)以下であれば酸化触媒600は正常であると判断し、積分値が該閾値を超えた場合には酸化触媒600は交換が必要な程度にまで劣化が進んでいる(
図6においては係る状況を「故障」と称している)と判断するようにする。
【0088】
ただし、
図5に示す起電力プロファイルは一見すると連続しているように見られるところ、実際にHCセンサ100から電子制御装置200への出力は、ある一定の微小な時間間隔ごとになされることから、厳密にいえば、起電力プロファイルは、当該時間間隔ごとに出力されるデータの集合である離散的なものである。それゆえ、実際に劣化診断を行うにあたっては、燃料噴射の時間に対応したある時間範囲における全データ点についてのΔEMFの総和であるΣΔEMF(単位:mV)を診断指標値とすれば、事実上、上記の積分値を求めたことと同じとなる。係る場合、閾値もΣΔEMFに対応させて定められればよい。
【0089】
すなわち、ΣΔEMFがあらかじめ定めた閾値以下であれば酸化触媒600は正常であると判断し、ΣΔEMFが該閾値を超えた場合には酸化触媒600は交換が必要な程度にまで劣化が進んでいると判断するようにする。
【0090】
より詳細には、
図3および
図4に示すように酸化触媒600における触媒能は温度に応じて異なる。それゆえ、ΣΔEMFについての閾値は、酸化触媒600の取り得る温度に応じてあらかじめ定められ、電子制御装置200の記憶部に記憶される。また、また、燃料噴射量が多ければΣΔEMFも大きくなるので、劣化診断の際の燃料照射条件は常に一定とされるのが好ましい。
【0091】
図5に示した例は酸化触媒600の温度が酸化領域にあるときを対象としているが、酸化触媒600の温度が吸着領域にあるときも、同様の手法により診断を行うことができる。それゆえ、酸化触媒600における変換率の低下の度合いが、
図4に示したように温度によって異なる場合であっても、確実に診断を行うことができる。
【0092】
なお、
図5に示した3つの起電力プロファイルは、ベースラインそのものの値が全く異なっていることから、一見すると、係るベースラインそのものの大小関係に基づいて、つまりはベースラインの値を診断指標値として、劣化の度合いを診断できるようにも見受けられる。なぜならば、未燃炭化水素が含まれる排ガスGが定常的に流れている状況において、酸化触媒600の使用を継続すると、その変換率が徐々に低下していくので、係る低下に伴ってEMFの値は大きくなると考えられるからである。
【0093】
しかしながら、上述したベースラインの値を診断指標値とする劣化度合いの診断は、必ずしも正確な結果をもたらさない可能性があるため、好ましくない。なぜならば、HCセンサ100において得られる起電力は、たとえ炭化水素ガスの濃度が同じであっても、炭化水素ガスの干渉ガスであるNO(一酸化窒素)およびNO
2(二酸化窒素)の影響を受けて変動し得るからである。
【0094】
図7および
図8は、NO(一酸化窒素)およびNO
2(二酸化窒素)の影響によってHCセンサ100におけるEMFの値が変動する様子を示す図である。
図7および
図8は、濃度一定の炭化水素ガス(具体的にはエチレン、C
2H
4)に対しNOガス(
図7の場合)もしくはNO
2ガス(
図8の場合)を濃度を違えつつ重畳させて混合ガス雰囲気を作製し、該混合ガス雰囲気下にHCセンサ100を配置したときに生じる起電力(EMF)を、NO濃度もしくはNO
2濃度に対して、プロットした図である。なお、炭化水素ガスの濃度は、0ppm、100ppm、500ppmの3水準に違え、NOガスおよびNO
2ガスの濃度は0ppm、100ppm、300ppm、500ppm、700ppm、および1000ppmの6水準に違えた。
【0095】
図7および
図8に示すように、炭化水素ガスの濃度は一定であるためにEMFの値も本来的には同じであるべきところ、NO濃度およびNO
2濃度に応じて、EMFの値は変化している。係る結果は、上述のように、例えば
図5のように得られる起電力プロファイルのベースラインの値を診断指標値として劣化診断を行うことが、必ずしも好ましくないことを指し示している。
【0096】
これに対し、本実施の形態のように、Active OBDの手法を利用し、起電力プロファイルに現れるピークを劣化診断に利用する場合には、HCセンサ100においては酸化触媒600の劣化度合いに対応した起電力の変化が明確に生じるので、酸化触媒600が交換が必要な程度にまで劣化しているか否かを確実に診断することが可能となる。
【0097】
また、仮に(式1)に基づいて変換率を算出するためには、酸化触媒600の上下流側の双方における未燃炭化水素ガスの濃度を求める必要があるところ、本実施の形態に係る酸化触媒診断システムDS1は、上述のように酸化触媒600の下流側に設けたHCセンサ100におけるΔEMFの値を用いることから、酸化触媒600の上流側にHCセンサを設ける必要性がないという利点もある。
【0098】
なお、Active OBDでは意図的に燃料噴射を行うために、エンジンシステム1000における燃費確保という点からは一見マイナスであるようにも見受けられる。しかしながら、本実施の形態に係る酸化触媒診断システムDS1において行う燃料噴射の総量は、エンジンシステム1000において他の目的で行われる燃料噴射や、他の診断手法を実施する際の燃料噴射の場合に比して十分に小さく、燃費への影響は最小限に留まる。
【0099】
具体的にいえば、Active OBDの際の燃料噴射は、エンジン本体部300のエンジンサイクルにおけるポスト噴射のタイミングで行われる。また、単位噴射量は0.5〜10(mg/injection)であることが好ましく、噴射時間は、0.01〜3(sec)であることが好ましく、総噴射量は、0.002〜10(g)であることが好ましい。係る場合、燃料噴射量を抑えつつ、Active OBDによる診断を好適に行うことが可能となる。なお、総噴射量は以下の(式2)により算出される。
【0100】
総噴射量(g)=単位噴射量(mg/injection)×噴射時間(sec)
×エンジン回転数(rpm)×気筒数/(60×2×1000)・・・・(式2)
例えば、直列4気筒のエンジンにおいてエンジン回転数が1600(rpm)の場合において、単位噴射量が3(mg/injection)で噴射時間が1.4(sec)であれば、総噴射量は0.224(g)となる。
【0101】
なお、比較のためにいえば、自動車の排気管に通常取り付けられてなるDPF(ディーゼル微粒子捕集フィルター)を対象に行われる、該DPFを再生するための燃料噴射(DPF再生モード)が、排気温度がおおよそ150℃となるエンジン回転数が2000(rpm)という状況で行われる場合、単位噴射量が6(mg/injection)程度の噴射が、150(sec)程度の噴射時間でなされる。係る場合の直列4気筒エンジンでの総噴射量は60(g)程度となる。この値は、本実施の形態においてActive OBDによる診断を行う場合の総噴射量の数百倍であることから、本実施の形態において行うActive OBDにおける燃料消費量は、実用上極めて少ないということができる。
【0102】
<診断手順例>
図9は、本実施の形態において行う劣化診断の手順の一例を示す図である。本実施の形態における劣化診断は、まず、温度センサ110によって酸化触媒600の上流側近傍における排ガスGの温度(排気温度)を確認することから始まる(ステップS1)。より詳細には、電子制御装置200が温度センサ110から発せられる排気温度検知信号sg12を取得することにより、排気温度が特定される。係る排気温度は、その時点における酸化触媒600の温度とみなされる。
【0103】
続いて、電子制御装置200が、あらかじめその記憶部に記憶されてなる閾値データから、係る排気温度に対応した未燃炭化水素ガス濃度の閾値を呼び出す(ステップS2)。閾値は、酸化触媒600の取り得る温度範囲(概ね−40℃〜1000℃)内の全ての温度においてあらかじめ定められてなる。閾値の与え方には特段の制限はないことから、酸化触媒600の温度(排気温度)の連続関数として与えられる態様であってもよいし、温度範囲ごとに固定値として与えられる態様であってもよい。
【0104】
次に、電子制御装置200が燃料噴射弁301に対し、燃料噴射指示信号sg1を発することによって、燃料噴射弁301から極微量かつ短時間の燃料噴射を生じさせる(ステップS3)。上述したように、係る燃料噴射は、エンジン本体部300のエンジンサイクルにおけるポスト噴射のタイミングで行う。
【0105】
燃料噴射がなされると、エンジン本体部300の運転に伴って定常的に排出される排ガスGに加えて、噴射された燃料についてもエンジン本体部300の内部で気化されて重畳的に排気管500へと排出され、定常運転状態よりも高い濃度の未燃炭化水素ガスが酸化触媒600へと送られる。
【0106】
そして、係る燃料噴射にリンクさせたタイミングで、HCセンサ100における起電力(EMF)の変化量(ΔEMF)の燃料噴射中における出力値を積算する(ステップS4)。
【0107】
図10は、係る積算の手法を例示する図である。
図10において「ポスト噴射信号」として示されるように、劣化診断の際の燃料噴射は、所定時間のみ、いわばパルス的に実行される。そして、係る燃料噴射がなされた結果として、
図10においては「EMF」と示された起電力プロファイルにピークpが生じる。
【0108】
係る態様にてピークpが生じるがゆえに、定常時にはほぼ一定で推移する、EMFの時間微分値であるdEMF/dtの値が、燃料噴射のタイミングで瞬間的に大きくなる。電子制御装置200がこのdEMF/dtの値を絶えずモニターし、dEMF/dtの値が所定の閾値以上となった時刻t1(
図10においてはAのタイミング)を、起電力プロファイルにピークpが生じ始める時刻(ピーク形成開始時刻)とする。そして、燃料噴射が終了する時刻t2(
図10においてはBのタイミング)をピークpの形成が終了する時刻(ピーク形成終了時刻)とする。
【0109】
この時刻t1〜t2の間にHCセンサ100から出力された全てのEMFの値について、時刻t1におけるEMFの値e1を基準として、ΔEMFを算出し、それらを順次積算してΣΔEMFを求めていく。そして、時刻t2のときのΣΔEMFの値Sが、診断指標値となる。
【0110】
係る態様での積算と閾値の呼び出しとがなされると、電子制御装置200は診断指標値たるΣΔEMFの値Sと閾値とを比較し(ステップS5)、前者の方が大きい場合(ステップS5でYES)、酸化触媒600には問題となる程度(交換する必要がある、など)に劣化が生じている(NGである)と診断し(ステップS6)、後者の方が大きい場合(ステップS5でNO)は、そのような劣化は生じてはいない(OKである)と診断する(ステップS7)。
【0111】
NGと診断されたか、OKと診断されたかによらず、診断の終了後さらに診断を繰り返す場合(ステップS8でYES)は、再び、温度センサ110による排気温度の確認から処理を繰り返す。そうでない場合は、そのまま診断を終了する(ステップS8でNO)。
【0112】
以上、説明したように、本実施の形態に係る酸化触媒診断システムによれば、エンジンシステムにおいてディーゼル機関であるエンジン本体部からの排気管の途中に設けられてなり、排ガス中の未燃炭化水素ガスを酸化もしくは吸着させる酸化触媒における、触媒能の劣化の程度を、極微量の燃料を噴射することにより酸化触媒に流入する未燃炭化水素ガスの濃度を意図的に高めたうえで、排気管において酸化触媒の下流側近傍位置に設けた炭化水素ガスセンサによって直接に測定した当該位置における未燃炭化水素ガス濃度に対応する起電力の変化を求めることによって診断するので、該触媒能の指標である変換率を算出することなく、リアルタイムにかつ優れた精度で診断することができる。
【0113】
特に、起電力の変化量の積算値に基づいて劣化診断を行うので、未燃炭化水素ガスに対する干渉ガスである一酸化窒素ガスや二酸化窒素ガスの影響を受けることなく優れた精度で診断を行うことができる。
【実施例】
【0114】
同一の条件で作製された、変換率が異なる酸化触媒600を用意し、触媒温度と燃料噴射条件とを違えつつ、それぞれの起電力プロファイルについて起電力ピークのΣΔEMFを評価した。具体的には、酸化触媒600としては、変換率が75%、78%、83%のものを用意し、触媒温度は300℃、350℃、400℃の3水準に違えた。また、燃料噴射条件は、直列4気筒のエンジンにおいてエンジン回転数が1600(rpm)の場合において、単位噴射量を3(mg/injection)と5(mg/injection)の2水準に違え、噴射時間は1.4(sec)で一定とした。それぞれの条件における総噴射量は0.224(g)、0.373(g)である。
【0115】
図11は、触媒温度ごと、および、燃料噴射条件ごとに、起電力ピークのΣΔEMFを変換率に対してプロットした図である。
図11(a)、(b)、(c)はそれぞれ、触媒温度が300℃、350℃、400℃のときの結果である。
【0116】
図11からは、いずれの触媒温度においても、変換率と起電力ピークのΣΔEMFとの間に相関があることがわかる。係る結果は、少なくとも、酸化触媒600の通常使用温度である300℃以上の範囲において、起電力ピークのΣΔEMFを診断指標値として酸化触媒600の劣化診断が行えること、さらには、起電力ピークのΣΔEMFによって変換率をモニターできること(変換率を推定できること)を指し示している。