特許第6564299号(P6564299)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6564299特性モデル同定方法、特性モデル同定装置、およびインテリジェントセンサ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6564299
(24)【登録日】2019年8月2日
(45)【発行日】2019年8月21日
(54)【発明の名称】特性モデル同定方法、特性モデル同定装置、およびインテリジェントセンサ
(51)【国際特許分類】
   G01D 3/02 20060101AFI20190808BHJP
   G01N 25/18 20060101ALN20190808BHJP
【FI】
   G01D3/02 N
   !G01N25/18 E
【請求項の数】5
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2015-208621(P2015-208621)
(22)【出願日】2015年10月23日
(65)【公開番号】特開2017-83188(P2017-83188A)
(43)【公開日】2017年5月18日
【審査請求日】2018年9月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006666
【氏名又は名称】アズビル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100064621
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 政樹
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】西口 純也
【審査官】 榮永 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−198111(JP,A)
【文献】 特開2011−242981(JP,A)
【文献】 実開平5−45520(JP,U)
【文献】 特開2009−276967(JP,A)
【文献】 特開2010−237006(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2013/0282332(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01D 3/00 − 036
G01D 18/00
G01D 21/00 − 02
G01N 25/18 − 48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
センサ素子と演算処理部とを有するインテリジェントセンサで、当該センサ素子により検出した複数の状態量から計測量を推定する際に用いる非線形回帰式からなる特性モデルを、予めサポートベクトル回帰により同定するための特性モデル同定方法であって、
前記インテリジェントセンサの前記センサ素子で検出された前記状態量を取得する状態量取得ステップと、
前記状態量取得ステップにより得られた前記状態量を独立変数とするとともに、これら状態量に基づき前記インテリジェントセンサから前記計測量として出力されるべき真値を従属変数として、これら独立変数と従属変数との関係を示す特性モデルをサポートベクトル回帰により同定する回帰分析ステップとを備え、
前記サポートベクトル回帰における数理計画問題は、予め指定された基準周囲環境で得られる計測量と真値とに関する基準誤差と、前記周囲環境の変化前後で得られる2つの計測量に関するシフト量とに関する制約条件を含む
ことを特徴とする特性モデル同定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の特性モデル同定方法において、
任意の周囲環境における前記状態量のそれぞれを示す状態量ベクトル、真値、および許容誤差からなる学習データをxi、yi、およびεi(i=1〜mの整数)とし、任意の周囲環境の変化前後で得られる2つの状態量ベクトルおよびシフト許容量をxbasek、xshiftk、およびεk(k=1〜nの整数)とし、特徴空間への写像関数をΦ(・)とし、当該特徴空間上での超平面法線ベクトルおよび超平面バイアスをwおよびbとし、前記基準誤差に関する正規化パラメータおよび正負のスラック変数をμおよびξ,ξ’とし、前記シフト量に関する正規化パラメータおよび正負のスラック変数をμshiftおよびξshift,ξ’shiftとした場合、前記制約条件を含む前記数理計画問題は、次の式(A)
【数1】
で表されることを特徴とする特性モデル同定方法。
【請求項3】
請求項2に記載の特性モデル同定方法において、
多項式の最大次数をPとし、p次の入力変数の添え字集合をSpとした場合、前記式(A)の双対問題で用いるカーネル関数が、次の式(B)
【数2】
からなることを特徴とする特性モデル同定方法。
【請求項4】
センサ素子と演算処理部とを有するインテリジェントセンサで、当該センサ素子により検出した複数の状態量から計測量を推定する際に用いる非線形回帰式からなる特性モデルを、予めサポートベクトル回帰により同定するための特性モデル同定装置であって、
前記インテリジェントセンサの前記センサ素子で検出された前記状態量を取得する状態量取得部と、
前記状態量取得部により得られた前記状態量を独立変数とするとともに、これら状態量に基づき前記インテリジェントセンサから前記計測量として出力されるべき真値を従属変数として、これら独立変数と従属変数との関係を示す特性モデルをサポートベクトル回帰により同定する回帰分析部とを備え、
前記サポートベクトル回帰における数理計画問題は、予め指定された基準周囲環境で得られる計測量と真値とに関する基準誤差と、前記周囲環境の変化前後で得られる2つの計測量に関するシフト量とに関する制約条件を含む
ことを特徴とする特性モデル同定装置。
【請求項5】
センサ素子と演算処理部とを有するインテリジェントセンサであって、
請求項1〜請求項3のいずれかに記載の特性モデル同定方法に基づいて同定された特性モデルを記憶する記憶部を備え、
前記演算処理部は、前記記憶部から読み出した前記特性モデルに基づいて、当該センサ素子で検出した複数の状態量から計測量を推定する
ことを特徴とするインテリジェントセンサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インテリジェントセンサで得られた計測量の誤差が補償される特性モデルを同定する際に用いる特性モデル同定技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、各種の物理量を計測する工業計器では、小型化・高性能化の要求を満たすために、センサ素子とMPU(マイクロプロセッサ)を搭載した構成が広く採用されており、一般に、このような構成を持つセンサはインテリジェントセンサと呼ばれている。
インテリジェントセンサのセンサ素子には、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術を利用したセンサが用いられることが多い。このようなMEMSセンサは、出力の再現性が高く経年変化が小さい一方で、個々のセンサチップで直線性や周囲環境による特性がばらつくという特徴を持つ。このため、センサ素子の特徴を十分に生かして高精度な計測を実現するには、センサ素子で実際に検出された状態量に含まれる誤差をMPUでの演算処理により補償することが重要となる。
【0003】
図9は、インテリジェントセンサの一般的な構成例である。インテリジェントセンサ50において、センサ素子51で検出されたアナログ値からなる状態量は、A/D変換部52によりディジタル値に変換されてMPU53に入力される。MPU53では、内部メモリ54に登録されている特性モデルを用いて、入力された状態量から推定値が計算される。得られた推定値はD/A変換部55に入力されてアナログ値に変換され、インテリジェントセンサ50での計測結果を示す計測量として出力される。
【0004】
一般的に、センサ素子で検出した単一の状態量は、温度や圧力などの周囲環境によって値に誤差が生じやすいため、複数の状態量をセンサ素子で検出して、これら状態量を統計処理して周囲環境に起因する誤差を補償することで、真の物理量に近しい計測量を推定することができる。インテリジェントセンサでは、このような複数の状態量から計測量を推定する際、予め同定しておいたセンサ素子の特性変化が補償される特性モデル(検量線モデル)に基づいて、MPUで演算処理することにより計測量に含まれる誤差を補償することになる。
【0005】
したがって、この特性モデルは、特性同定工程(キャラクタリゼーション)と呼ばれる出荷前工程において、インテリジェントセンサが実際に使用される周囲環境を再現して、インテリジェントセンサごとにそれぞれのセンサ素子から出力される状態量を計測し、得られた計測結果から、それぞれのインテリジェントセンサに固有の特性モデルを同定し、個々のMPUの内部メモリに特性モデルとして設定することになる。
【0006】
従来、このようなインテリジェントセンサの1つである、天然ガスなどの混合ガスの発熱量を計測する熱伝導式カロリーメータ(ガス熱量計)について、サポートベクトル回帰を用いて特性モデルを同定する特性モデル同定技術が提案されている(例えば、特許文献1など参照)。
【0007】
この従来技術では、まず、出荷前工程である特性同定工程において、チャンバに発熱量が既知の混合ガスを充填し、センサ素子により混合ガスから得られた各種状態量に基づいて、混合ガスに関する密度と各温度における放熱係数とを算出している。次に、これら密度と放熱係数とを独立変数とし、混合ガスに関する既知の発熱量を従属変数として、サポートベクトル回帰によりこれら独立変数と従属変数との関係を示す非線形回帰式を同定し、特性モデルとして内部メモリに設定している(例えば、特許文献1など参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第5389502号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特性モデル同定技術によりセンサ素子で生じる誤差が補償される特性モデルを同定し、この特性モデルに基づき計測量を推定する場合、インテリジェントセンサにおける計測精度や周囲環境特性は、同定のための設備の精度と、特性モデルの近似精度に大きく影響を受けることになる。このため、同定のための設備の精度を上げ、特性モデルの持つ近似誤差を小さくすることによって、センサの再現性の範囲内で限りなく高精度化することが可能になる。逆に、敢えて高精度を求めずに同定を簡略化させることで、設備や製造コストを抑えることもできる。したがって、ハードウェアを変更することなしに、市場が要求する工業計器の供給が可能となる。
【0010】
このような要求に柔軟に対応するためには、特性同定工程における特性モデルの同定手法において、次のような要件が求められる。
(1)製品スペックに応じた誤差設計
再現性のある範囲内で真値に対する誤差を小さくすることが望ましく、加えて周囲環境の変化に起因する誤差も小さく抑えたい。
(2)高速計算可能な特性モデル構造
プロセス制御に用いられる工業計器に求められる応答速度は数ミリ秒のため、計測時に特性モデルを高速に演算できる必要がある。
【0011】
一方、このような工業計器の性能仕様は、次の2つの特性により定義される。
(A)基準精度
基準周囲環境(例えば、25℃で1気圧)で得られた計測量の真値に対する基準誤差
(B)周囲環境特性
周囲環境変動時に得られた計測量の基準周囲環境での計測量に対するシフト量
【0012】
しかしながら、前述した従来の特性モデル同定技術によれば、基準周囲環境における真値に対する計測誤差である基準精度については精度よく補償されるものの、周囲環境変動時における基準周囲環境に対する計測シフト量を示す周囲環境特性については、精度よく補償することができないという問題点があった。
【0013】
特性モデルを同定する場合、対象となるインテリジェントセンサに固有のセンサ素子で検出された状態量に基づいて特性モデル(非線形回帰式)の推定を行うことになる。この際、従来の特性モデル同定技術では、基準周囲環境(例えば、25℃で1気圧)で得られた計測量の真値に対する基準誤差を最小化するという回帰分析である。このため、基準精度については考慮されているものの、周囲環境特性、すなわち周囲環境変動時に得られた計測量の基準周囲環境での計測量に対するシフト量については考慮されていない。また、基準精度だけを考慮して同定した特性モデルを部分的に手当てして、周囲環境変動時の変動計測誤差を真値に対して合わせ込もうとすると、特性モデルが不必要に複雑化してしまい、結果的として要求精度を満たさなくなる場合もある。
【0014】
本発明はこのような課題を解決するためのものであり、インテリジェントセンサに求められる基準精度と周囲環境特性の両方を満たす特性モデルを同定できる特性モデル同定技術を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
このような目的を達成するために、本発明にかかる特性モデル同定方法は、センサ素子と演算処理部とを有するインテリジェントセンサで、当該センサ素子により検出した複数の状態量から計測量を推定する際に用いる非線形回帰式からなる特性モデルを、予めサポートベクトル回帰により同定するための特性モデル同定方法であって、前記インテリジェントセンサの前記センサ素子で検出された前記状態量を取得する状態量取得ステップと、前記状態量取得ステップにより得られた前記状態量を独立変数とするとともに、これら状態量に基づき前記インテリジェントセンサから前記計測量として出力されるべき真値を従属変数として、これら独立変数と従属変数との関係を示す特性モデルをサポートベクトル回帰により同定する回帰分析ステップとを備え、前記サポートベクトル回帰における数理計画問題は、予め指定された基準周囲環境で得られる計測量と真値とに関する基準誤差と、前記周囲環境の変化前後で得られる2つの計測量に関するシフト量とに関する制約条件を含むものである。
【0016】
また、本発明にかかる上記特性モデル同定方法の一構成例は、任意の周囲環境における前記状態量のそれぞれを示す状態量ベクトル、真値、および許容誤差からなる学習データをxi、yi、およびεi(i=1〜mの整数)とし、任意の周囲環境の変化前後で得られる2つの状態量ベクトルおよびシフト許容量をxbasek、xshiftk、およびεk(k=1〜nの整数)とし、特徴空間への写像関数をΦ(・)とし、当該特徴空間上での超平面法線ベクトルおよび超平面バイアスをwおよびbとし、前記基準誤差に関する正規化パラメータおよび正負のスラック変数をμおよびξ,ξ’とし、前記シフト量に関する正規化パラメータおよび正負のスラック変数をμshiftおよびξshift,ξ’shiftとした場合、前記制約条件を含む前記数理計画問題は、後述の式(3)で表されるものである。
【0017】
また、本発明にかかる上記特性モデル同定方法の一構成例は、多項式の最大次数をPとし、p次の入力変数の添え字集合をSpとした場合、後述の式(4)に示した双対問題で用いるカーネル関数が、後述の式(7)からなるものである。
【0018】
また、本発明にかかる特性モデル同定装置は、センサ素子と演算処理部とを有するインテリジェントセンサで、当該センサ素子により検出した複数の状態量から計測量を推定する際に用いる非線形回帰式からなる特性モデルを、予めサポートベクトル回帰により同定するための特性モデル同定装置であって、前記インテリジェントセンサの前記センサ素子で検出された前記状態量を取得する状態量取得部と、前記状態量取得部により得られた前記状態量を独立変数とするとともに、これら状態量に基づき前記インテリジェントセンサから前記計測量として出力されるべき真値を従属変数として、これら独立変数と従属変数との関係を示す特性モデルをサポートベクトル回帰により同定する回帰分析部とを備え、前記サポートベクトル回帰における数理計画問題は、予め指定された基準周囲環境で得られる計測量と真値とに関する基準誤差と、前記周囲環境の変化前後で得られる2つの計測量に関するシフト量とに関する制約条件を含むものである。
【0019】
また、本発明にかかるインテリジェントセンサは、センサ素子と演算処理部とを有するインテリジェントセンサであって、前述したいずれかの特性モデル同定方法に基づいて同定された特性モデルを記憶する記憶部を備え、前記演算処理部は、前記記憶部から読み出した前記特性モデルに基づいて、当該センサ素子で検出した複数の状態量から計測量を推定するようにしたものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、インテリジェントセンサに求められる性能仕様、すなわち、基準周囲環境で得られた計測量の真値に対する基準誤差で示される基準精度と、周囲環境変動時に得られた計測量の基準周囲環境での計測量に対するシフト量で示される周囲環境特性との両方を満たす特性モデルを同定することが可能となる。
したがって、特性モデル同定工程において、再現性のある範囲内で真値に対する誤差を小さくすることができ、加えて周囲環境の変化に起因する誤差も小さく抑えることが可能となり、結果として、製品スペックに応じた誤差設計を実現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】特性モデル同定装置の構成を示すブロック図である。
図2】状態量を示すデータの構成例である。
図3】サポートベクトル回帰の数理計画問題における制約条件を示す説明図である。
図4】特性モデル同定装置の特定モデル同定処理を示すフローチャートである。
図5】発熱量に関する真値と計測量との比較を示すグラフである。
図6】周囲温度に対する計測量の変化を示すグラフである。
図7】差圧に対する計測誤差の変化を示すグラフである。
図8】周囲温度に対する計測誤差の変化を示すグラフである。
図9】インテリジェントセンサの一般的な構成例である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
次に、本発明の一実施の形態について図面を参照して説明する。
[特性モデル同定装置]
まず、図1を参照して、本発明の一実施の形態にかかる特性モデル同定装置10について説明する。図1は、特性モデル同定装置の構成を示すブロック図である。
【0023】
この特性モデル同定装置10は、全体としてサーバ装置やパーソナルコンピュータなどの情報処理装置からなり、センサ素子21と演算処理部(MPU)23とを有するインテリジェントセンサ20で、センサ素子21により検出した複数の状態量から計測量を推定する際に用いる特性モデルを、特性同定工程(キャラクタリゼーション)と呼ばれる出荷前工程において、予めサポートベクトル回帰により同定する機能を有している。
【0024】
インテリジェントセンサ20には、主な機能部として、センサ素子21および演算処理部23のほかに、A/D変換部22、記憶部24、D/A変換部25、および入出力I/F部26が設けられている。
センサ素子21で検出されたアナログ値からなる状態量は、A/D変換部22によりディジタル値に変換されて演算処理部23に入力される。演算処理部23では、記憶部24に登録されている特性モデルを用いて、入力された状態量から推定値が計算される。得られた推定値はD/A変換部25に入力されてアナログ値に変換され、インテリジェントセンサ20での計測結果を示す計測量として出力される。
【0025】
入出力I/F部26は、通信回線Lを介して特性モデル同定装置10との間でデータ通信を行う機能と、特性同定工程における特性モデル同定装置10から状態量転送指示に応じて、センサ素子21で検出した状態量を演算処理部23から取得し、特性モデル同定装置10へ転送する機能と、特性モデル同定装置10から同定モデル登録指示に応じて、当該同定モデル設定指示に含まれる特定モデルを記憶部24へ登録する機能とを有している。
【0026】
次に、図1を参照して、本実施の形態にかかる特性モデル同定装置10の構成について詳細に説明する。
特性モデル同定装置10には、主な機能部として、通信I/F部11、記憶部12、センサI/F部13、操作入力部14、画面表示部15、状態量取得部16、および回帰分析部17が設けられている。これらのうち、状態量取得部16および回帰分析部17は、CPUでプログラムを実行することにより実現される。
【0027】
通信I/F部11は、特性同定工程においてインテリジェントセンサ20の周囲環境を制御する外部設備(図示せず)と各種データ通信を行う機能を有している。なお、特性同定工程で用いる外部設備については、前述した特許文献1に記載されているような周知の設備を用いればよい。
記憶部12は、ハードディスクや半導体メモリなどの記憶装置からなり、インテリジェントセンサ20から取得した状態量や、特性モデルを同定する際に用いる各種設定データ、同定した特性モデル、さらにはCPUで実行するプログラムなどの各種データを記憶する機能を有している。
【0028】
センサI/F部13は、通信回線Lを介してインテリジェントセンサ20の入出力I/F部26との間で、状態量や特性モデルなどの各種データをやり取りする機能を有している。
操作入力部14は、キーボード、マウス、タッチパネルなどの操作入力装置からなり、オペレータの操作を検出して各部に通知する機能を有している。
画面表示部15は、LCDなどの画面表示装置からなり、操作画面、設定画面、分析画面など、各種のデータを画面表示する機能を有している。
【0029】
状態取得部16は、特性同定工程の開始時に、センサI/F部13を介して状態量転送指示をインテリジェントセンサ20へ通知する機能と、これに応じてインテリジェントセンサ20からセンサ素子21で検出された状態量を取得する機能と、これら状態量xiと予め記憶部12に登録されている測定対象ごとの真値yiとの組を学習データとして記憶部12へ保存する機能とを有している。
【0030】
図2は、状態量を示すデータの構成例である。ここでは、インテリジェントセンサ20が天然ガスなどの混合ガスの発熱量を計測する熱伝導式カロリーメータ(ガス熱量計)からなる場合を例として説明する。
熱伝導式カロリーメータは、温度や気圧が異なる周囲環境下において、混合ガスの発熱量を精度よく計測する必要があるだけでなく、組成の異なる混合ガスについても発熱量を精度よく計測する必要がある。このため、特性同定工程では、状態量を取得する際、組成の異なる複数の混合ガスを計測対象(リファレンスガス)として用いる。
【0031】
また、発熱量を推定するには、混合ガスに関する密度と各温度における放熱係数とを取得する必要があるため、センサ素子21では、状態量として複数の異なる状態量を検出している。このため、特性同定工程では、計測対象と周囲環境の組み合わせごとに、複数個の状態量がセンサ素子21で検出されることになる。本実施の形態では、計測対象と周囲環境の組み合わせiに対応する複数個の状態量を、ベクトルからなる状態量xiと表現する。
【0032】
また、周囲環境が変化しても、混合ガスの組成が変わらない限り、インテリジェントセンサ20から出力される計測量、すなわち発熱量は一定であり、これが真値yiに相当する。これら真値yiは、混合ガスの組成に応じて予め設定されるものとする。
したがって、これら状態量xiと真値yiとの組が1つの学習データとして記憶部12に保存される。なお、各種周囲環境のうち、温度が25℃で気圧が1気圧の周囲環境を基準環境という。基準環境における状態量xiと真値yiとの組も、学習データとして記憶部12に保存される。
【0033】
回帰分析部17は、記憶部12から読み出した異なる状態量を独立変数とするとともに、これら状態量に基づきインテリジェントセンサ20から計測量として出力されるべき真値を従属変数として、これら独立変数と従属変数との関係を示す非線形回帰式をサポートベクトル回帰により同定する機能と、サポートベクトル回帰における主問題として、予め指定された基準周囲環境で得られる計測量と真値とに関する基準誤差と、周囲環境の変化前後で得られる2つの計測量に関するシフト量とに関する制約条件を含む数理計画問題を設定する機能とを有している。
【0034】
[サポートベクトル回帰]
サポートベクトル回帰は非線形回帰手法の1つで、カーネル関数(基底関数)を適切に選択することで対象にあった特性モデルを設計しやすいため、広い分野で適用されてきている。
サポートベクトル回帰の1手法であるμ−ε−SVRは、汎化能力を向上させるためにパラメータμを導入したもので、状態量と真値からなる学習データを(xi,yi)(i=1〜mの整数)とすると、サポートベクトル回帰における主問題は次の式(1)のように表せる。
【0035】
【数1】
【0036】
ここで、Φ(・)は特徴空間への写像関数、w、bは特徴空間上の超平面法線ベクトルとバイアス、μは正則化パラメータ、εは不感帯の大きさすなわち許容誤差である。また、ξ,ξ’はスラック変数であり、推定された計測量のうちεを超越した分の最大値を表している。(1)式の主問題では、特性式モデルをf(x)=wΦ(x)+bと仮定し、法線ベクトルwとスラック変数ξ,ξ’を共に最小化する。法線ベクトルは特性式の滑らかさを表し、スラック変数は推定誤差が許容誤差を超過した分の最大値を示しているため、式(1)は許容誤差ε以内で最も滑らかな特性式を同定する最適化問題であるといえる。
【0037】
式(1)に対する双対問題は次の式(2)の凸二次計画問題で表され、最適化計算により大域的な最適解を求めることができる。ここで、K(x,x’)は内積Φ(x)TΦ(x’)を置換するためのカーネル関数であり、ラグランジュ乗数αi,α’iが双対問題の変数となっている。
【0038】
【数2】
【0039】
図3は、サポートベクトル回帰の数理計画問題における制約条件を示す説明図である。
一般的に工業計器の性能は、(A)基準周囲環境(例えば、25℃で1気圧)で得られた計測量f(xi)の真値yiに対する基準誤差εiで示される基準精度と、(B)周囲環境変動時に得られた計測量f(xshifti)の基準周囲環境での計測量f(xbasei)に対するシフト量εkで示される周囲環境特性の2種類で定義される。
【0040】
本発明では、この2種類の要求性能を特性モデル同定の際に直接設定できるよう、前述した(1)式を拡張した。基準周囲環境において得られた状態量、対応する真値、および許容誤差を(xi,yi,εi)(i=1〜mの整数)とし、周囲環境特性については、周囲環境変動前後の状態量と許容シフト量を(xbasek,xshiftk,εk)(k=1〜nの整数)とすると、数理計画問題は次の式(3)で表せる。
【0041】
【数3】
【0042】
ここで、μshiftは正則化パラメータである。ξshift、ξ’shiftはスラック変数であり、推定された計測量のうちεi,εkを超えた部分を表している。前述した式(1)との違いは、周囲環境特性に関する制約式が追加されている点で、基準周囲環境と周囲環境変動時の計測量の差に対して許容範囲を設定できることに特徴がある。また、各計測条件に対して異なる許容誤差εi、許容シフト量εkをパラメータとして設定することができる。
【0043】
式(3)に対する双対問題は次の式(4)で表される。ここで、目的関数に対する制約条件の感度を示すラグランジュ乗数αi、α’i、βk、β’kが双対問題の変数となっている。したがって、このような双対問題の変数とカーネル関数とから、特性モデルf(x)は次の式(5)で表され、双対問題を解いて得られた変数値を代入することにより、非線形回帰式からなる特性モデルが同定される。
【0044】
【数4】
【0045】
【数5】
【0046】
本発明で対象とする工業計器においては、消費電力が小さいMPUで高速に演算できることが必須であるため、ここでは加算と積算のみで対応できる多項式型の特性モデルを採用する。サポートベクトル回帰において多項式型の特性モデルを同定するには、従来から次の式(6)の多項式カーネルが用いられている。ここで、Pは多項式の次数、Dはxの次元で入力変数の数を表している。
【0047】
【数6】
【0048】
式(6)の単純な多項式カーネルでは、全ての入力変数に対して次数Pが共通で用いられることから、複数のセンサ入力間で非線形性や感度が大きく異なる場合に、特性が悪化する可能性がある。例えば、非線形性が強く感度が高いセンサに合わせて次数Pを大きくとると、比較的線形な特性を持つセンサ値に対して過学習してしまう。インテリジェントセンサ20では複数のセンサを用いて、本来計測したい状態量と周囲環境特性を補償するための状態量を同時に計測するため、このように異なるセンサ間で感度に差があることは一般的である。
【0049】
そこで、本発明では、入力変数ごとに次数が異なる、次の式(7)に示す異方性多項式カーネルを提案する。ここで、Pは最大次数で、Spはp次の入力変数の添え字集合とする。
【0050】
【数7】
【0051】
式(7)において、S1からSP-1を空集合、SPを{1,…,D}とすると、全ての入力変数の次数がPである式(6)と一致する。よって、式(6)の多項式カーネルは、式(7)の異方性多項式カーネルの特別なケースと捉えることができる。
式(4)に含まれるカーネル関数K(・)を式(6)または式(7)のような多項式型のカーネル関数とすると、最終的に得られる特性式である式(5)も多項式で整理でき、これら多項式の係数が特性モデルを示す特性モデルデータとして、インテリジェントセンサ20の記憶部24に登録されることになる。
【0052】
[本実施の形態の動作]
次に、図4を参照して、本実施の形態にかかる特性モデル同定装置10の動作について説明する。図4は、特性モデル同定装置の特定モデル同定処理を示すフローチャートである。
特性モデル同定装置10は、操作入力部14で検出された特性モデル同定指示に応じて、図4の特定モデル同定処理を実行する。
【0053】
まず、状態量取得部16は、状態量転送指示をセンサI/F部13を介してインテリジェントセンサ20へ通知し、これに応じてインテリジェントセンサ20から転送された、異なる測定対象および周囲環境ごとにセンサ素子21で検出した状態量xiを取得し(ステップ100)、これら状態量xiと予めオペレータにより操作入力部14から記憶部12に登録されている測定対象ごとの真値yiとの組を学習データとして記憶部12へ保存する(ステップ101)。
【0054】
この後、回帰分析部17は、予めオペレータにより操作入力部14から記憶部12に登録されている許容誤差εiおよび許容シフト量εkを取得し(ステップ102)、これら許容誤差εiおよび許容シフト量εkを用いた制約条件を含む数理計画問題を、前述した式(3),式(4)に基づき設定する(ステップ103)。
【0055】
続いて、回帰分析部17は、設定した数理計画問題により特性モデルを同定し(ステップ104)、得られた特性モデルを含む同定モデル登録指示をセンサI/F部13を介してインテリジェントセンサ20へ通知し(ステップ105)、一連の特定モデル同定処理を終了する。これにより、インテリジェントセンサ20の記憶部24に特定モデルが登録される。
【0056】
[実施例1]
次に、本実施の形態にかかる特性モデル同定装置10の実施例として、熱伝導式カロリーメータの特性モデルを同定した場合について説明する。
熱伝導式カロリーメータは、MEMS熱式センサのみにより天然ガスの発熱量を計測することができるため、従来のガスクロマトグラフィと比較すると分析時間が短く、小型で安価のため、ガス取引用途やLNG受け入れ基地でのモニタリングなどの、幅広い適用が期待できる。
【0057】
MEMS熱式センサでは、天然ガスを構成する組成成分によって熱伝導度の温度特性が異なることを利用している。センサ内部の温度をマイクロヒータにより多段階で切り替えることで異なる温度帯におけるガスの熱伝導度を取得し、これらの熱伝導度計測値を予め同定した特性式に代入することで、熱量値を出力する。
【0058】
特性モデル同定工程では、組成成分が既知のリファレンス用ガスを用いて、各温度帯の熱伝導度を検出しておき、組成成分から理論的に求めた発熱量との関係を、特性式として同定する必要がある。この際、センサの直線性や周囲温度などの環境要因などを再現性のある範囲内でばらつきを抑え込み、またガス種や周囲温度の違いによる目標精度スペックの調整など、高度な市場要求を実現する必要があった。
【0059】
ここでは、組成が既知の異なる10種類のリファレンス用ガスについて、センサ内部温度と周囲温度を変化させた条件での熱伝導度を計測し、組成から計算された発熱量と共に特性式を同定した。
図5は、発熱量に関する真値と計測量との比較を示すグラフである。ここでは、特性モデル同定工程で使用したものと異なる組成成分のテスト用ガス8種類に対する、総発熱量(SCV)を真値と計測値を比較した。これにより、全てのガスに対して高い精度で計測できていることを確認できた。
【0060】
図6は、周囲温度に対する計測量の変化を示すグラフである。ここでは、周囲温度を変更した際のSCVの変化を評価した。温度による変動があっても一定以内の変化に抑えられており、安定した結果が得られていることが確認できた。
以上のように、熱伝導式カロリーメータでは、本実施の形態にかかる特性モデル同定技術を採用することで、従来のガスクロマトグラフィのような組成分析を行わずに、センサ出力から発熱量を直接演算するため、高精度、高速測定、導入しやすいコストを同時に実現できることが確認できた。
【0061】
[実施例2]
次に、本実施の形態にかかる特性モデル同定装置10の実施例として、差圧・圧力発信器の特性モデルを同定した場合について説明する。
差圧・圧力発信器(以下、発信器)は、プロセスオートメーションを中心に圧力、流量、液位などの計測に使用される汎用性の高い工業計器として世界中で広く用いられている。
【0062】
対象とした発信器は、ピエゾ抵抗式圧力センサチップを採用したもので、導圧管などから送られた差圧はダイアフラムから封入液を介して、センサチップに伝えられる。センサチップは差圧、温度、静圧を同時に測定でき、差圧計測にとっては外乱である温度・静圧ともに状態量として積極的に測定し、あらかじめ同定した特性式を用いることで、正確な差圧を推定する。
【0063】
特性モデル同定工程では、発信器が使用される周囲温度・静圧環境を再現し、1台ごとの各センサ出力を測定することで、特性式の同定を行う。この際、発信器の基準精度や温度、静圧などの周囲環境特性は、センサチップだけでなく、ダイアフラム、封入液などの構成要素からも影響を受け、この複雑な特性を高精度で同定する必要があった。
【0064】
図7は、差圧に対する計測誤差の変化を示すグラフである。ここでは、発信器24台分の実測データが示されている。この図7によれば、周囲温度が常温で大気圧条件下において、破線の許容精度に対して、各差圧を入力した際の真値との誤差が十分下回っていることが確認できる。
【0065】
図8は、周囲温度に対する計測誤差の変化を示すグラフである。ここでは、周囲温度が変化した際の基準状態からのずれが示されており、破線の常温に近いほどシフト量が小さく設定されている許容幅を、24台すべての発信器が満たしていることが分かる。
以上のように、プロセス制御の中心的な役割を担う発信器に対して、提案手法の特性式同定を採用することで、高度な性能要求に対応することが確認できた。
【0066】
[本実施の形態の効果]
このように、本実施の形態は、回帰分析部17が、状態量取得部16により得られた状態量を独立変数とするとともに、これら状態量に基づきインテリジェントセンサ20から計測量として出力されるべき真値を従属変数として、これら独立変数と従属変数との関係を示す非線形回帰式をサポートベクトル回帰により同定し、この際、サポートベクトル回帰における数理計画問題は、予め指定された基準周囲環境で得られる計測量と真値とに関する基準誤差と、周囲環境の変化前後で得られる2つの計測量に関するシフト量とに関する制約条件を含むようにしたものである。
【0067】
より具体的には、回帰分析部17において、制約条件を含む数理計画問題として前述した式(3)を用い、さらにはこの式(3)に関する双対問題として前述した式(4)を用い、この双対問題を解いて得られる変数値に基づいて、前述した式(5)からなる非線形回帰式を特性モデルとして同定するようにしたものである。
【0068】
これにより、インテリジェントセンサ20に求められる性能仕様、すなわち、基準周囲環境で得られた計測量の真値に対する基準誤差で示される基準精度と、周囲環境変動時に得られた計測量の基準周囲環境での計測量に対するシフト量で示される周囲環境特性との両方を満たす特性モデルを同定することが可能となる。
したがって、特性モデル同定工程において、再現性のある範囲内で真値に対する誤差を小さくすることができ、加えて周囲環境の変化に起因する誤差も小さく抑えることが可能となり、結果として、製品スペックに応じた誤差設計を実現することが可能となる。
【0069】
また、本実施の形態において、前述した式(4)のカーネル関数として、異方性多項式カーネルからなる前述した式(7)を用いるようにしてもよい。これにより、得られる特性式である式(5)も多項式で整理でき、これら多項式の係数が特性モデルを示す特性モデルデータとして、インテリジェントセンサ20の記憶部24に登録されることになる。
【0070】
したがって、インテリジェントセンサ20の演算処理部(MPU)23は、特性モデルとして、記憶部24から読み出した特性モデルデータを係数とする多項式を構成し、この多項式に基づいて乗算と加算のみだけで状態量から計測量を推定することができる。このため、演算処理能力が比較的小さいMPUであっても、高速で計測量を推定することができ、消費電力を増大させることなくインテリジェントセンサに求められる高速応答性能を実現することが可能となる。
【0071】
[実施の形態の拡張]
以上、実施形態を参照して本発明を説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。本発明の構成や詳細には、本発明のスコープ内で当業者が理解しうる様々な変更をすることができる。また、各実施形態については、矛盾しない範囲で任意に組み合わせて実施することができる。
【符号の説明】
【0072】
10…特性モデル同定装置、11…通信I/F部、12…記憶部、13…センサI/F部、14…操作入力部、15…画面表示部、16…状態量取得部、17…回帰分析部、20…インテリジェントセンサ、21…センサ素子、22…A/D変換部、23…演算処理部(MPU)、24…記憶部、25…D/A変換部、26…入出力I/F部、L…通信回線。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9