(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
<第1実施形態>
以下、本発明の第1実施形態を、図面を参照して説明する。
【0013】
[架橋高分子のパラメータを算出する装置]
第1実施形態の装置2は、ゴム等の架橋高分子モデルと溶媒分子モデルを用いた分子動力学計算によって、架橋高分子のパラメータ(有効分子鎖密度Ne及び膨潤度φ
飽和)を算出する装置である。
【0014】
図1に示すように、装置2は、初期設定部20と、モデル設定部21と、分子動力学計算実行部22と、溶媒化学ポテンシャル算出部23と、近似部24と、膨潤度算出部25と、を有する。これら各部20〜25は、CPU、メモリ、各種インターフェイス等を備えたパソコン等の情報処理装置において予め記憶されている図示しない処理ルーチンをCPUが実行することによりソフトウェア及びハードウェアが協働して実現される。
【0015】
図1に示す初期設定部20は、キーボードやマウス等の既知の操作部を介してユーザからの操作を受け付け、解析対象となる架橋高分子モデル及び溶媒分子モデルに関するデータの設定、分子動力学計算に必要な解析条件などの各種設定を実行し、これら設定値をメモリに記憶する。
図1に示すように、メモリには、架橋高分子モデルデータM10、溶媒分子モデルデータM2が記憶されている。架橋高分子モデルデータM10は、高分子モデルに架橋ビーズが反応して結合されたデータが設定されている。架橋高分子モデルデータM10は、未架橋高分子モデルデータの分子鎖に反応可能なビーズを設定し、架橋ビーズを投入し、全ての反応可能なビーズが架橋ビーズと結合される平衡状態になるまで分子動力学計算を演算することで得られる。架橋高分子モデルデータM10は、装置2外で予め生成されたデータが設定されてもよく、装置2における図示しないモデル生成部によって、未架橋高分子モデルデータと架橋ビーズモデルデータを用いて生成されたものでもよい。本実施形態では、一例として、200ビーズからなるKremer-Grest分子鎖モデルが100本ある未架橋高分子モデルに対して、各分子鎖に等間隔に10個の反応可能ビーズを設定しておき、500個の架橋ビーズを添加して、架橋反応させながら平衡化して生成した架橋高分子モデルデータM10を使用している。未架橋高分子モデルの結合ポテンシャルには、FENE−LJ(レナードジョーンズ)が設定され、非結合ポテンシャルには、WCA(斥力のみのLJポテンシャル)が設定されている。勿論、これは一例であって、その他の設定が可能である。溶媒分子モデルデータM2には、1つの分子で構成され、溶媒の既知の非結合ポテンシャルが設定されている。
【0016】
図1に示すモデル設定部21は、予め設定された架橋高分子モデルデータM10及び溶媒分子モデルデータM2を用い、架橋高分子モデルM10と溶媒分子モデルM2を混合させた混合モデルM13を設定する。モデル設定部21は、架橋高分子モデルM10に対して混合させる溶媒分子モデルM2の量を変更することで、混合割合(濃度)が異なる複数の混合モデルM13を生成する。混合モデルデータM13は、メモリに記憶される。例えば、モデル設定部21は、架橋高分子モデルM10に対して溶媒分子モデルM2を所定量(例えば5000個)添加して、第1濃度の混合モデルデータM13
_1を生成する。モデル設定部21は、更に、架橋高分子モデルM10に対して溶媒分子モデルM2を所定量×2添加して、第2濃度の混合モデルデータM13
_2を生成する。これを繰り返し、k個の混合モデルデータM13
_i(i=1〜k;kは自然数)を生成する。上限値kは、ユーザが初期設定部20を介して設定する。
【0017】
図1に示す分子動力学計算実行部22は、混合モデルデータM13を用いた分子動力学計算を実行する。分子動力学計算実行部22が行う処理としては、混合モデルの平衡化処理、平衡状態における溶媒の化学ポテンシャルを算出するための演算処理、が挙げられる。平衡化処理では、混合モデルデータM13の体積がほぼ一定になる(体積変化が閾値以下になる)まで各分子の挙動を計算し、平衡状態での高分子体積分率φ
iを算出する。高分子体積分率φ
iは、混合モデルデータM13に記憶される。
【0018】
図1に示す溶媒化学ポテンシャル算出部23は、予め定めた温度および圧力を含む解析条件のもとで平衡状態における混合モデルの分子動力学計算に基づき、溶液状態の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]を濃度毎に算出する。本実施形態では、溶媒化学ポテンシャル算出部23は、自由エネルギー摂動法により前記溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]を算出する。自由エネルギー摂動(free energy perturbation;FEP)法では、1個の溶媒分子を着目分子とし、着目分子のポテンシャルを徐々にゼロに近づけながら、分子動力学計算実行部22による分子動力学計算を行う。この分子動力学計算で得られる系全体(架橋高分子、溶媒を含む)のポテンシャルエネルギーの差の指数関数の統計平均に基づき、溶媒分子の化学ポテンシャルを算出する方法である。
【0019】
具体的には、分子動力学計算実行部22が、第i濃度の混合モデルデータM13
_iを用いた分子動力学計算を実行し、系全体のポテンシャルエネルギーU
0を算出する。次に、着目分子のポテンシャルの値を少し小さく設定して、分子動力学計算を実行し、系全体のポテンシャルエネルギーU
1を算出し、U
0に対するポテンシャルエネルギーの差ΔU
1を算出する。次に、着目分子のポテンシャルの値を更に小さく設定して、上記と同じ計算を行い、U
0に対するポテンシャルエネルギーの差ΔU
2を算出する。上記計算を着目分子のポテンシャルが0になるまで繰り返し(例えば、L回)、ΔU
j={ΔU
1、ΔU
2、…、ΔU
L}(j=1〜L;Lは自然数)を取得する。ΔU
1〜ΔU
jが得られれば、溶媒化学ポテンシャル算出部23が、次の式(6)により濃度iの溶液状態の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)
_i]を算出する。Lは、単位時間毎に着目原子のポテンシャルを減らす値の大きさによって定まる。
【数3】
ただし、μ
溶媒(溶液)
_iは、濃度iについて溶液状態の溶媒化学ポテンシャルを示し、Nは着目分子を除く溶媒の粒子数を示し、Λは溶媒分子の熱ドブロイ波長を示し、Pは圧力を示し、Tは温度を示す。
【0020】
溶媒化学ポテンシャル算出部23が算出した第1濃度〜第k濃度の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)
_i]{i=1〜k}は、メモリに記憶される。なお、本実施形態では、自由エネルギー摂動法によりポテンシャルを算出しているが、その他の方法でもよい。例えば、熱力学積分法やグランドカノニカルモンテカルロ法などが挙げられる。
【0021】
図1に示す近似部24は、複数の濃度(1〜k)における溶媒化学ポテンシャルの算出結果[μ
溶媒(溶液)
_i]{i=1〜k}を式(4)で近似し、χ及び[μ
溶媒(純溶媒)]を決定する。式(4)はフローリー・レーナー理論に基づく式である。
【数4】
ただし、μ
溶媒(溶液)は、溶液状態の溶媒化学ポテンシャルを示し、μ
溶媒(純溶媒)は、純溶媒状態の溶媒化学ポテンシャルを示し、k
Bはボルツマン定数を示し、Tは温度を示し、φは高分子体積分率を示し、χは、高分子と溶媒分子の相互作用パラメータを示し、v
溶媒は溶媒分子体積を示し、V
架橋高分子は膨潤前の架橋高分子の体積を示す。
【0022】
式(4)は、濃度iを用いれば式(7)のように表現できる。
【数5】
μ
溶媒(溶液)
_iは、濃度iにおける溶液状態の溶媒化学ポテンシャルを示し、φ
iは、濃度iにおける高分子体積分率を示す。
【0023】
ここで、未知のパラメータは、有効分子鎖密度N
eであり、その他のパラメータは予め設定されているか、分子動力学計算によって算出されて既知であるので、近似によって両パラメータを決定する。本実施形態では、
図2に例示するように、近似部24は、最小二乗法を用いて、前記複数の濃度における前記溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]の算出結果と式(4)の算出結果との残差の二乗和が最小となるように、有効分子鎖密度N
eを決定する。勿論、最小二乗法以外の近似法を用いてもよい。
【0024】
図1に示す膨潤度算出部25は、近似部24が決定した有効分子鎖密度N
eを用いて式(5)により膨潤度φ
飽和を算出する。式(5)はフローリー・レーナー理論に基づく式である。
【数6】
ただし、μ
溶媒(溶液)は、溶液状態の溶媒化学ポテンシャルを示し、μ
溶媒(純溶媒)は、純溶媒状態の溶媒化学ポテンシャルを示し、k
Bはボルツマン定数を示し、Tは温度を示し、φは高分子体積分率を示し、χは、高分子と溶媒分子の相互作用パラメータを示し、v
溶媒は溶媒分子の体積を示し、V
架橋高分子は膨潤前の架橋高分子の体積を示す。
【0025】
[架橋高分子のパラメータを算出する方法]
図1に示す装置2を用いて、架橋高分子のパラメータ(有効分子鎖密度N
e、膨潤度φ
飽和)を算出する方法について、
図3を用いて説明する。
【0026】
まず、ステップST11において、初期設定部20は、解析対象となる架橋高分子モデルデータM10、溶媒分子モデルデータM2の設定、混合モデルデータM13を生成するのに必要となる濃度に関する情報、分子動力学計算に必要な解析条件(温度、圧力など)、高分子と溶媒の相互作用パラメータχ、純溶媒状態の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(純溶媒)]などの各種設定を行い、これらの設定値をメモリに記憶する。架橋高分子モデルデータM10は、予め生成されたデータをそのまま記憶するだけでもよいし、架橋高分子モデルを構成する未架橋高分子モデルデータ及び架橋ビーズデータに基づき分子動力学計算実行部22が分子動力学計算を実行することによって装置2にて生成してもよい。
【0027】
ステップST12〜14は、所定回数(k回)繰り返す。本実施形態では、i=1〜kとしている。
【0028】
ステップST12において、モデル設定部21は、架橋高分子モデルM10に、所定量の溶媒分子モデルM2を加え、第i濃度の混合モデルを設定する。必要に応じてメモリに記憶する。すなわち、ステップST12が複数回実行されることで、モデル設定部21は、予め設定された架橋高分子モデルデータM10及び溶媒分子モデルデータM2を用い、濃度を異ならせて複数(k個)の混合モデルデータM13
_iを設定することになる。
【0029】
ステップST13において、分子動力学計算実行部22は、第i濃度の高分子溶液モデルを用いて平衡化を行う。その際に、高分子体積分率φ
i、ポテンシャルなどが算出される。
【0030】
ステップST14において、溶媒化学ポテンシャル算出部23は、分子動力学計算実行部22に平衡状態における混合モデルM13
_iの分子動力学計算を実行させる。その結果に基づき、溶媒化学ポテンシャル算出部23は、第i濃度の溶液状態の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)
_i]を算出する。すなわち、ステップST14が複数回実行されることで、溶媒化学ポテンシャル算出部23は、溶液状態の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]を濃度毎に算出することになる。
【0031】
ステップST15において、近似部24が、ステップST14の算出結果と式(4)を最小二乗法を用いたフィッティングで近似し、有効分子鎖密度N
eを決定する。
【0032】
ステップST16において、膨潤度算出部25は、ステップST15で決定された有効分子鎖密度N
eを用いて式(5)により膨潤度φ
飽和を算出する。
【0033】
以上のように、第1実施形態の架橋高分子のパラメータを算出する方法は、
予め設定された架橋高分子モデルデータM10及び溶媒分子モデルデータM2を用い、架橋高分子モデルM10と溶媒分子モデルM2とを混合させた混合モデルM13を、濃度を異ならせて複数設定するステップ(ST12)と、
予め定めた温度および圧力を含む解析条件のもとで平衡状態における混合モデルM13の分子動力学計算の計算結果に基づき、溶液状態の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]を濃度毎に算出するステップ(ST14)と、
複数の濃度における溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]の算出結果を式(4)で近似し、式(4)における有効分子鎖密度N
eを決定するステップ(ST15)と、
を含む。
【0034】
第1実施形態の架橋高分子のパラメータを算出する装置2は、
予め設定された架橋高分子モデルデータM10及び溶媒分子モデルデータM2を用い、架橋高分子モデルM10と溶媒分子モデルM2とを混合させた混合モデルM13を、濃度を異ならせて複数設定するモデル設定部21と、
予め定めた温度および圧力を含む解析条件のもとで平衡状態における混合モデルM13の分子動力学計算の計算結果に基づき、溶液状態の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]を濃度毎に算出する溶媒化学ポテンシャル算出部23と、
複数の濃度における溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]の算出結果を式(4)で近似し、式(4)における有効分子鎖密度N
eを決定する近似部24と、
を備える。
【0035】
この方法によれば、濃度が異なる混合モデルM13を複数設定し、各々の混合モデルM13を用いた分子動力学計算によって溶液状態の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]を算出し、複数の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]の算出結果を、フローリー・レーナー理論に基づく式(4)で近似し、架橋高分子の有効分子鎖密度N
eを決定する。したがって、複数濃度の混合モデルM13を用い、化学ポテンシャルの溶媒濃度依存性をフローリー・レーナー理論式でフィッティングすることで、実験を行わずにコンピュータシミュレーションで架橋高分子の有効分子鎖密度N
eが算出可能となり、新たな手法を提供できる。
【0036】
第1実施形態の方法において、ステップST15で決定した有効分子鎖密度N
eを用いて式(5)により膨潤度φ
飽和を算出するステップST16を更に含む。
第1実施形態の装置2において、近似部24が決定した有効分子鎖密度N
eを用いて式(5)により膨潤度φ
飽和を算出する膨潤度算出部25を更に有する。
【0037】
この方法及び装置2によれば、実験を行わずにコンピュータシミュレーションで平行膨潤時の膨潤度φ
飽和を実験を行わずにコンピュータシミュレーションで算出可能となり、新たな手法を提供できる。
【0038】
第1実施形態の方法及び装置において、自由エネルギー摂動法により前記溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]を算出することが挙げられる。
【0039】
第1実施形態の方法及び装置において、最小二乗法を用いて、複数の濃度における溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]の算出結果と式(4)の算出結果との残差の二乗和が最小となるように、前記有効分子鎖密度N
eを決定することが挙げられる。
【0040】
第1実施形態に係るプログラムは、上記方法をコンピュータに実行させるプログラムである。このプログラムを実行することによっても、上記方法の奏する作用効果を得ることが可能となる。
【0041】
以上、本発明の実施形態について図面に基づいて説明したが、具体的な構成は、これらの実施形態に限定されるものでないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施形態の説明だけではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれる。
【0042】
例えば、
図1に示す各部20〜25は、所定プログラムをコンピュータのCPUで実行することで実現しているが、各部を専用回路で構成してもよい。
【0043】
上記の各実施形態で採用している構造を他の任意の実施形態に採用することは可能である。各部の具体的な構成は、上述した実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【0044】
<第2実施形態>
第1実施形態では、式(4)に用いる純溶媒状態の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(純溶媒)]及び高分子と溶媒の相互作用パラメータχを予め設定している。第2実施形態では、双方のパラメータを分子動力学計算により算出している。第2実施形態を
図4、
図5を用いて説明する。
【0045】
[高分子と溶媒の間の相互作用パラメータを算出する構成]
図4に示すように、第2実施形態の装置2’は、第1実施形態の構成に対して、高分子と溶媒の間の相互作用パラメータを算出する構成を加えている。具体的には、装置2’は、更に、初期設定部10と、モデル設定部11と、分子動力学計算実行部12と、溶媒化学ポテンシャル算出部13と、近似部14と、を有する。これら各部10〜14は、CPU、メモリ、各種インターフェイス等を備えたパソコン等の情報処理装置において予め記憶されている図示しない処理ルーチンをCPUが実行することによりソフトウェア及びハードウェアが協働して実現される。
【0046】
図4に示す初期設定部10は、キーボードやマウス等の既知の操作部を介してユーザからの操作を受け付け、解析対象となる高分子モデル及び溶媒分子モデルに関するデータの設定、分子動力学計算に必要な解析条件などの各種設定を実行し、これら設定値をメモリに記憶する。
図4に示すように、メモリには、高分子モデルデータM1、溶媒分子モデルデータM2が記憶されている。高分子モデルデータには、複数の粒子が連なった分子鎖の数、1分子鎖あたりの粒子の数、結合ポテンシャル及び非結合ポテンシャルなどが設定されている。本実施形態では、一例として、200ビーズからなるKremer-Grest分子鎖モデルが100本あるモデルを設定している。結合ポテンシャルには、FENE−LJ(レナードジョーンズ)が設定され、非結合ポテンシャルには、WCA(斥力のみのLJポテンシャル)が設定されている。勿論、これは一例であって、その他の設定が可能である。溶媒分子モデルデータM2には、1つの分子で構成され、溶媒の既知の非結合ポテンシャルが設定されている。高分子モデルM1は、架橋高分子モデルM10を構成する未架橋状態の高分子モデルと同一である。
【0047】
図4に示すモデル設定部11は、予め設定された高分子モデルデータM1及び溶媒分子モデルデータM2を用い、高分子モデルと溶媒分子モデルを混合させた高分子溶液モデルを設定する。モデル設定部11は、高分子モデルに対して混合させる溶媒分子モデルの量を変更することで、混合割合(濃度)が異なる複数の高分子溶液モデルを生成する。高分子溶液モデルデータM3は、メモリに記憶される。例えば、モデル設定部11は、高分子モデルに対して溶媒モデルを所定量(例えば5000個)添加して、第1濃度の高分子溶液モデルデータM3
_1を生成する。モデル設定部11は、更に、高分子モデルに対して溶液モデルを所定量×2添加して、第2濃度の高分子溶液モデルデータM3
_2を生成する。これを繰り返し、k個の高分子溶液モデルデータM3
_i(i=1〜k;kは自然数)を生成する。上限値kは、ユーザが初期設定部10を介して設定する。
【0048】
図4に示す分子動力学計算実行部12は、高分子溶液モデルデータM3を用いた分子動力学計算を実行する。分子動力学計算実行部12が行う処理としては、高分子溶液モデルの平衡化処理、平衡状態における溶媒の化学ポテンシャルを算出するための演算処理、が挙げられる。平衡化処理では、高分子溶液モデルデータM3の体積がほぼ一定になる(体積変化が閾値以下になる)まで各分子の挙動を計算し、平衡状態での高分子体積分率φ
iを算出する。高分子体積分率φ
iは、高分子溶液モデルデータM3に記憶される。
【0049】
図4に示す溶媒化学ポテンシャル算出部13は、予め定めた温度および圧力を含む解析条件のもとで平衡状態における高分子溶液モデルの分子動力学計算に基づき、溶液状態の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]を濃度毎に算出する。本実施形態では、溶媒化学ポテンシャル算出部13は、自由エネルギー摂動法により前記溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]を算出する。自由エネルギー摂動(free energy perturbation;FEP)法では、1個の溶媒分子を着目分子とし、着目分子のポテンシャルを徐々にゼロに近づけながら、分子動力学計算実行部12による分子動力学計算を行う。この分子動力学計算で得られる系全体(高分子、溶媒を含む)のポテンシャルエネルギーの差の指数関数の統計平均に基づき、溶媒分子の化学ポテンシャルを算出する方法である。
【0050】
具体的には、分子動力学計算実行部12が、第i濃度の高分子溶液モデルデータM3
_iを用いた分子動力学計算を実行し、系全体のポテンシャルエネルギーU
0を算出する。次に、着目分子のポテンシャルの値を少し小さく設定して、分子動力学計算を実行し、系全体のポテンシャルエネルギーU
1を算出し、U
0に対するポテンシャルエネルギーの差ΔU
1を算出する。次に、着目分子のポテンシャルの値を更に小さく設定して、上記と同じ計算を行い、U
0に対するポテンシャルエネルギーの差ΔU
2を算出する。上記計算を着目分子のポテンシャルが0になるまで繰り返し(例えば、L回)、ΔU
j={ΔU
1、ΔU
2、…、ΔU
L}(j=1〜L;Lは自然数)を取得する。ΔU
1〜ΔU
jが得られれば、溶媒化学ポテンシャル算出部13が、次の式(2)により濃度iの溶液状態の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)
_i]を算出する。Lは、単位時間毎に着目原子のポテンシャルを減らす値の大きさによって定まる。
【数7】
ただし、μ
溶媒(溶液)
_iは、濃度iについて溶液状態の溶媒化学ポテンシャルを示し、Nは着目分子を除く溶媒の粒子数を示し、Λは溶媒分子の熱ドブロイ波長を示し、Pは圧力を示し、Tは温度を示す。
【0051】
溶媒化学ポテンシャル算出部13が算出した第1濃度〜第k濃度の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)
_i]{i=1〜k}は、メモリに記憶される。なお、本実施形態では、自由エネルギー摂動法によりポテンシャルを算出しているが、その他の方法でもよい。例えば、熱力学積分法やグランドカノニカルモンテカルロ法などが挙げられる。
【0052】
図4に示す近似部14は、複数の濃度(1〜k)における溶媒化学ポテンシャルの算出結果[μ
溶媒(溶液)
_i]{i=1〜k}を式(1)で近似し、χ及び[μ
溶媒(純溶媒)]を決定する。式(1)はフローリー・ハギンズ理論に基づく式である。
【数8】
ただし、μ
溶媒(溶液)は、溶液状態の溶媒化学ポテンシャルを示し、μ
溶媒(純溶媒)は、純溶媒状態の溶媒化学ポテンシャルを示し、k
Bはボルツマン定数を示し、Tは温度を示し、nは高分子鎖長を示し、φは高分子体積分率を示し、χは、高分子と溶媒分子の相互作用パラメータを示す。
【0053】
式(1)は、濃度iを用いれば式(3)のように表現できる。
【数9】
μ
溶媒(溶液)
_iは、濃度iにおける溶液状態の溶媒化学ポテンシャルを示し、φ
iは、濃度iにおける高分子体積分率を示す。
【0054】
ここで、未知のパラメータは、[μ
溶媒(純溶媒)]及びχの2つであり、その他のパラメータは予め設定されているか、分子動力学計算によって算出されて既知であるので、近似によって両パラメータを決定する。本実施形態では、近似部14は、最小二乗法を用いて、前記複数の濃度における前記溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]の算出結果と式(1)の算出結果との残差の二乗和が最小となるように、高分子と溶媒の相互作用パラメータχ、及び純溶媒状態の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(純溶媒)]を決定する。勿論、最小二乗法以外の近似法を用いてもよい。
【0055】
近似部14が決定したパラメータ(高分子と溶媒の相互作用パラメータχ、純溶媒状態の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)])は、メモリに記憶され、第1実施形態で述べた架橋高分子のパラメータの算出に用いられる。
【0056】
[高分子と溶媒の間の相互作用パラメータを算出する方法]
図4に示す装置2’を用いて、高分子と溶媒の相互作用パラメータを算出する方法について、
図5を用いて説明する。
【0057】
まず、ステップST1において、初期設定部10は、解析対象となる高分子モデルデータM1、溶媒分子モデルデータM2の設定、高分子溶液モデルデータM3を生成するのに必要となる濃度に関する情報、分子動力学計算に必要な解析条件(温度、圧力など)などの各種設定を行い、これらの設定値をメモリに記憶する。
【0058】
ステップST2〜4は、所定回数(k回)繰り返す。本実施形態では、i=1〜kとしている。
【0059】
ステップST2において、モデル設定部11は、未架橋高分子モデルM1に、所定量の溶媒分子モデルM2を加え、第i濃度の高分子溶液モデルを設定する。必要に応じてメモリに記憶する。すなわち、ステップST2が複数回実行されることで、モデル設定部11は、予め設定された高分子モデルM1及び溶媒分子モデルデータM2を用い、濃度を異ならせて複数(k個)の高分子溶液モデルM3
_iを設定することになる。
【0060】
ステップST3において、分子動力学計算実行部12は、第i濃度の高分子溶液モデルを用いて平衡化を行う。その際に、高分子体積分率φ
i、ポテンシャルなどが算出される。
【0061】
ステップST4において、溶媒化学ポテンシャル算出部13は、分子動力学計算実行部12に平衡状態における高分子溶液モデルM3
_iの分子動力学計算を実行させる。その結果に基づき、溶媒化学ポテンシャル算出部13は、第i濃度の溶液状態の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)
_i]を算出する。すなわち、ステップST4が複数回実行されることで、溶媒化学ポテンシャル算出部13は、溶液状態の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]を濃度毎に算出することになる。
【0062】
ステップST5において、近似部14が、ステップST4の算出結果と式(1)を最小二乗法を用いたフィッティングで近似し、χ及びμ(純溶媒)を決定する。
【0063】
この方法によれば、濃度が異なる高分子溶液モデルを複数設定し、各々の高分子溶液モデルを用いた分子動力学計算によって溶液状態の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]を算出し、複数の溶媒化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]の算出結果を、フローリー・ハギンズ理論に基づく式(1)で近似し、高分子と溶媒の相互作用パラメータχを決定する。したがって、複数濃度の高分子溶液モデルを用い、化学ポテンシャルの溶媒濃度依存性をフローリー・ハギンズ理論式でフィッティングすることで、単一の濃度の高分子溶液モデルだけでは算出できなかった前記相互作用パラメータχが算出可能となり、新たな手法を提供できる。
【0064】
さらに、この方法によれば、複数濃度の化学ポテンシャル[μ
溶媒(溶液)]に合致するように、純溶媒状態の溶媒の化学ポテンシャル[μ
溶媒(純溶媒)]も算出するので、純溶媒状態のみの分子動力学計算でポテンシャルを算出する場合に比べて、統計誤差を低減でき、算出結果が種々の濃度に合致し、算出精度を向上させることが可能となる。