特許第6564862号(P6564862)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6564862
(24)【登録日】2019年8月2日
(45)【発行日】2019年8月21日
(54)【発明の名称】発声障害治療具及び発声障害治療セット
(51)【国際特許分類】
   A61B 17/24 20060101AFI20190808BHJP
   A61B 17/04 20060101ALI20190808BHJP
【FI】
   A61B17/24
   A61B17/04
【請求項の数】9
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-534473(P2017-534473)
(86)(22)【出願日】2016年8月9日
(86)【国際出願番号】JP2016073481
(87)【国際公開番号】WO2017026493
(87)【国際公開日】20170216
【審査請求日】2018年9月6日
(31)【優先権主張番号】特願2015-158456(P2015-158456)
(32)【優先日】2015年8月10日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「難治性疾患実用化研究事業」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504237832
【氏名又は名称】ノーベルファーマ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(73)【特許権者】
【識別番号】390013929
【氏名又は名称】株式会社若吉製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100119091
【弁理士】
【氏名又は名称】豊山 おぎ
(72)【発明者】
【氏名】讃岐 徹治
(72)【発明者】
【氏名】若吉 修似
(72)【発明者】
【氏名】原田 司
(72)【発明者】
【氏名】増田 誠一
(72)【発明者】
【氏名】西畑 博之
(72)【発明者】
【氏名】木下 和宏
(72)【発明者】
【氏名】油田 宜子
【審査官】 宮下 浩次
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−000330(JP,A)
【文献】 米国特許第05306298(US,A)
【文献】 米国特許第05836948(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 17/00 − 17/94
A61F 2/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
切開された甲状軟骨の前面に配される前面片と、前記甲状軟骨の後面に配される後面片とを具備し、前記切開された甲状軟骨の互いに対向する切断端のそれぞれに嵌合させる複数の挟持部と、
前記複数の挟持部を連結する架橋部とを備え、
前記前面片は、この前面片の幅方向に延びる仮想線を中心に変形させる折り曲げ領域を有し、
前記折り曲げ領域には、縫合糸を挿通させる孔が形成され、
前記折り曲げ領域は、前記孔を正円に比べて前記幅方向に交差する長手方向に延びる長孔にすることで前記孔が正円である場合に比べて前記孔の周辺の板部に掛かり得る応力の集中を緩和させた発声障害治療具。
【請求項2】
前記長孔の開口端縁は、前記前面片の側端縁に対し平行に形成された部分を有し、前記孔が正円である場合に比べて前記孔の周辺の板部に掛かり得る応力の集中を緩和させている請求項1に記載の発声障害治療具。
【請求項3】
切開された甲状軟骨の前面に配される前面片と、前記甲状軟骨の後面に配される後面片とを具備し、前記切開された甲状軟骨の互いに対向する切断端のそれぞれに嵌合させる複数の挟持部と、
前記複数の挟持部を連結する架橋部とを備え、
前記前面片は、この前面片の幅方向に延びる仮想線を中心に変形させる折り曲げ領域を有し、前記折り曲げ領域には、縫合糸を挿通させる孔が形成され、
前記折り曲げ領域は、前記前面片の側端縁を前記孔の開口端縁に沿うように湾曲させて形成し、前記側端縁が直線である場合に比べて前記孔の周囲の幅を確保することで、応力の集中を緩和させた発声障害治療具。
【請求項4】
切開された甲状軟骨の前面に配される前面片と、前記甲状軟骨の後面に配される後面片とを具備し、前記切開された甲状軟骨の互いに対向する切断端のそれぞれに嵌合させる複数の挟持部と、前記複数の挟持部を連結する架橋部とを備え、
前記前面片は、この前面片の幅方向に延びる仮想線を中心に変形させる折り曲げ領域を有し、
前記折り曲げ領域は、補強構造を有し、
前記補強構造は、前記折り曲げ領域の一部または全部の肉厚をその他の部分の肉厚よりも大きくすることで構成されている発声障害治療具。
【請求項5】
切開された甲状軟骨の前面に配される前面片と、前記甲状軟骨の後面に配される後面片とを具備し、前記切開された甲状軟骨の互いに対向する切断端のそれぞれに嵌合させる複数の挟持部と、
前記複数の挟持部を連結する架橋部とを備え、
前記前面片は、この前面片の幅方向に延びる仮想線を中心に変形させる折り曲げ領域を有し、
前記折り曲げ領域には、縫合糸を挿通させる孔を形成する代わりに、前記前面片の幅方向の両端の側端縁に縫合糸を掛止可能な切欠きが設けられている発声障害治療具。
【請求項6】
切開された甲状軟骨の前面に配される前面片と、前記甲状軟骨の後面に配される後面片とを具備し、前記切開された甲状軟骨の互いに対向する切断端のそれぞれに嵌合させる複数の挟持部と、
前記複数の挟持部を連結する架橋部とを備え、
前記前面片は、この前面片の幅方向に延びる仮想線を中心に変形させる折り曲げ領域を有し、
前記折り曲げ領域には、縫合糸を挿通させる孔を形成する代わりに、前記前面片の表面に縫合糸を掛止可能な凹条が設けられている発声障害治療具。
【請求項7】
少なくとも一の前記挟持部の前記前面片は、二方向に分岐している請求項1からのいずれか一項に記載の発声障害治療具。
【請求項8】
前記前面片は、前記折り曲げ領域において前記切開された甲状軟骨に沿うように湾曲して成形されている請求項1からのいずれか一項に記載の発声障害治療具。
【請求項9】
請求項1からのいずれか一項に記載の発声障害治療具を複数備え、切開された甲状軟骨の上下に配置可能な発声障害治療セット。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発声障害治療具及び発声障害治療セットに関する。
【背景技術】
【0002】
声門が閉じすぎて声帯が振動しない等の痙攣性発声障害を改善するために、例えば下記特許文献1に示された発声障害治療具が提案されている。
特許文献1に開示された発声障害治療具は、切開した甲状軟骨の両側の切断端を挟持する2つのチタン製の挟持部と、前記2つの挟持部を架橋し、切開した甲状軟骨の切開間隔を保持するチタン製の架橋部とを備えている。前記挟持部は、切開された甲状軟骨の前面側に配される前面片と、甲状軟骨の後面側に配される後面片とを具備している。
【0003】
この治療具を使用するには、まず挟持部の前面片を、架橋部に近い位置で折り曲げておく。これにより、前面片の形状を、治療具を設置する部分の甲状軟骨の形状に沿うようにする。そして、甲状軟骨の正中を切開し、甲状軟骨の切断端を鉗子により拡開し、拡げられた互いに対向する切断端に挟持部を嵌合させて鉗子を外す。そうすると、拡げられた切断端が閉じる方向に弾性復帰するため、切断端間に治療具がしっかりと固定される。
【0004】
更に、前面片の架橋部に近い位置に治療具の把持等の目的で形成された正円形の孔に縫合糸を通して、治療具と甲状軟骨と縫合する。これにより、設置された治療具の切断端におけるズレをより確実に防止する。以上により、拡開させた甲状軟骨の間に治療具を確実に固定することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−330号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
甲状軟骨に固定された発声障害治療具は、主として発声嚥下の際に生じる声帯の振動に応じて振動する。この振動により、前記前面片を折り曲げる領域に形成された前記孔の周辺に応力が集中的に掛かっていることが分かった。発声障害治療具は、挟持部が瘢痕組織に覆われて固定された状態でありながらも、特に挟持部の両側端縁と孔の開口端縁との距離が最小となる箇所で破断する可能性があった。
【0007】
そこで本発明は、挟持部が破断し難い発声障害治療具を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
[1]本発明の発声障害治療具は、切開された甲状軟骨の前面に配される前面片と、前記甲状軟骨の後面に配される後面片とを具備し、前記切開された甲状軟骨の互いに対向する切断端のそれぞれに嵌合させる複数の挟持部と、前記複数の挟持部を連結する架橋部とを備え、前記前面片は、この前面片の幅方向に延びる仮想線を中心に変形可能な折り曲げ領域を有し、前記折り曲げ領域は、補強構造を有している。
本発明は、折り曲げ領域の補強構造により、折り曲げ領域に掛かる応力を緩和することができる。
【0009】
[2]本発明の発声障害治療具の前記折り曲げ領域には、縫合糸を挿通させる孔が形成され、前記補強構造が、前記孔を前記幅方向に交差する方向に延びる長孔とすることで構成されていてもよい。
本発明は、孔の周辺の板部に掛り得る応力を前記前面片の長手方向に分散させることができる。
【0010】
[3]本発明の発声障害治療具の前記折り曲げ領域には、縫合糸を挿通させる孔が形成され、前記補強構造が、前記前面片の側端縁を前記孔の開口端縁に合わせて湾曲させることで構成されている。
本発明は、折り曲げ領域に形成された孔の両側の板幅を確保することにより、折り曲げ領域に掛る応力を分散させることができる。
【0011】
[4]本発明の発声障害治療具の前記補強構造は、前記孔を前記仮想線よりも前記前面片の先端側に形成することで構成されている。
本発明は、前面片において破断しやすい孔の周辺を仮想線からずらすことができる。
【0012】
[5]本発明の発声障害治療具の前記補強構造は、前記折り曲げ領域の一部または全部の肉厚をその他の部分の肉厚よりも大きくすることで構成されている。
本発明は、折り曲げ領域の剛性を高めることができる。
【0013】
[6]本発明の発声障害治療具の前記補強構造は、前記前面片の幅方向の両端の側端縁に縫合糸を掛止可能な切欠きを設けることで構成されている。
本発明は、折り曲げ領域の板幅を十分に確保することができる。
【0014】
[7]本発明の発声障害治療具の前記補強構造は、前記前面片の表面に縫合糸を掛止可能な凹条を設けることで構成されている。
本発明は、折り曲げ領域の板幅を十分に確保することができる。
【0015】
[8]本発明の発声障害治療具の前記前面片には、治具に把持させるつまみ部が形成されていてもよい。
本発明は、施術者に発声障害治療具を確実に保持させることができる。
【0016】
[9]本発明の少なくとも一の前記挟持部の前記前面片は、二方向に分岐していてもよい。
本発明の少なくとも一方の挟持部の前面片は二方向に分岐して形成されているため、前面片を甲状軟骨の形状に合わせてフィットさせやすい。
【0017】
[10]本発明の発声障害治療具の前記前面片は、前記折り曲げ領域において前記切開された甲状軟骨に沿うように湾曲して成形されていてもよい。
本発明は、折り曲げ領域において最適な折り曲げ状態を達成するための前面片の折り曲げを必要最小限にすることができる。
【0018】
[11]本発明の発声障害治療セットは、上記いずれかに記載の発声障害治療具を複数備え、切開された甲状軟骨の上下に配置可能となっている。
本発明の発声障害治療セットは、上記いずれかの作用又は機能を発揮する。
【発明の効果】
【0019】
本発明の発声障害治療具は、折り曲げ領域において挟持部を破断させ難くすることができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の第1実施形態として示した発声障害治療具の斜視図である。
図2】本発明の第1実施形態として示した発声障害治療具の平面図である。
図3】本発明の第1実施形態として示した発声障害治療具を設置した状態を示す図である。
図4】本発明の第1実施形態として示した発声障害治療具の変形例の平面図である。
図5】本発明の第2実施形態として示した発声障害治療具の平面図である。
図6】本発明の第3実施形態として示した発声障害治療具の平面図である。
図7】本発明の第4実施形態として示した発声障害治療具の平面図である。
図8】本発明の第5実施形態として示した発声障害治療具の平面図である。
図9】本発明の第6実施形態として示した発声障害治療具の平面図である。
図10】本発明の第6実施形態として示した発声障害治療具の平面図である。
図11】本発明の第6実施形態として示した発声障害治療具の平面図である。
図12】本発明の第7実施形態として示した発声障害治療具の斜視図である。
図13】本発明の第8実施形態として示した発声障害治療具の平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の発声障害治療具の各実施形態について、図を用いて説明する。
まず本発明の第1実施形態について説明する。
図1図2に示すように、本発明の第1実施形態の発声障害治療具(以下「治療具」と称する)6は、前面片1bと後面片1cとを具備し、切開された図3に示す甲状軟骨11の互いに対向する切断端12,12のそれぞれに嵌合させる複数の(本実施形態では一対一組の)挟持部1,1と、複数の挟持部1,1を連結する架橋部2とを備えている。
【0022】
前面片1bは、平面視で略短冊形状の板状に形成されている。前面片1bの長手方向xの基端側は、折り曲げられて図3に示す甲状軟骨11の切断端面12aに当接させる端面部1aを形成している。前面片1bの端面部1aよりも先端側は、甲状軟骨11の前面11aに当接させる表面当接部1dを形成している。
前面片1bには、長手方向xに間隔を置いて孔3が複数(本実施形態では2つ)形成されている。
これらの孔3,3は、縫合糸(不図示。以下同様)を挿通させることができるようになっており、縫合針を挿通できるよう1.0mm〜2.0mmの大きさに形成されている。
【0023】
前面片1bは、図2に示すように、前面片1bの幅方向yに延びる仮想線Kを中心に変形可能な、折り曲げ領域15を有している。仮想線Kの設定位置は、患者の切断端12(図3参照)に密着し得るように個々の患者の切断端12の形状に合わせて決定される。この仮想線Kが設定され得る範囲が折り曲げ領域15となっている。具体的に、折り曲げ領域15は、一般的に表面当接部1dの基端から1.0mm〜6.0mmの範囲に設定されている。
【0024】
本実施形態において、折り曲げ領域15は、孔3を幅方向yに交差する方向、すなわち略長手方向xに延びる長孔3にして構成された補強構造Sを有している。
具体的に孔3は、楕円形に形成されている。なお、長孔3は、楕円形に限定されるものではなく、前面片1bの側端縁20に対し可及的に平行に形成された部分を有していれば、言い換えると、孔3が正円である場合よりも長手方向xに長く形成されていればよく、略矩形又は図4に示すように長辺が互いに平衡で短辺が半円形にされた形状等であってもよい。なお、孔3が図4に示すように形成された場合には、縫合糸を掛止させる窪み部9(同図において二点鎖線で図示)が形成されていてもよい。
【0025】
図1図3に示すように、後面片1cは、前面片1bの端面部1aから図3に示す甲状軟骨11の後面11b側に向かって折れ曲がった部分である。
前面片1bと後面片1cとは一体的に形成されて挟持部1を構成しており、挟持部1は全体として略J字状(逆J字状)に形成されている。
【0026】
挟持部1において、前面片1bの長さは、甲状軟骨11を挟持するのに必要十分であって、甲状軟骨の形態に沿える程度の長さであればよく、具体的には、8mm〜12mm程度に設定されていることが好ましい。また、後面片1cは、甲状軟骨11の切断端12の端縁から甲状軟骨11の下にある軟部組織40の端縁に触れる程度の長さとなっていることが好ましく、具体的には、1.5mm〜5.5mm程度であることが好ましい。
【0027】
挟持部1は、図1図3に示すように前面片1bが甲状軟骨11の前面11a側及び切断端面12aに配され、後面片1cが甲状軟骨11の後面11b側に配されるように、互いに対向する甲状軟骨11の切断端12,12のそれぞれに嵌合し得るように、左右対称に設けられ、架橋部2によって連結されている。
架橋部2は、挟持部1を連結する部分であり、端面部1aの延出方向中間部で挟持部1を連結している。架橋部2の長さ(d)、すなわち両挟持部1,1の間隔Dは、拡開させた甲状軟骨11の切断端12,12同士の間の距離に相当し、発声障害を持つ患者の症状、患者の体型、発声状態に応じて異なるが、一般に2〜6mmの範囲に設定される。
【0028】
挟持部1及び架橋部2は、いずれもチタンで構成されている。
本発明で用いられるチタン金属は、純金属としてのチタンに限定されず、生体用金属材料として人工骨、人工関節、人工歯根にも利用されているチタン合金を包含する。具体的には、発ガン性やアレルギーの原因が指摘されているNiを含まず、生体適合性に優れたチタン合金として知られているTi−6Al−4Vなどを用いることができる。チタン又はチタン合金は、摩耗や溶出を防止するために、NやCのイオン注入により表面改質されたもの又は陽極酸化等により所望の色が付与されたものを用いてもよい。
【0029】
図1に示す表面当接部1dと後面片1cとの間隔(端面部1aの幅寸法)tは、甲状軟骨11の厚さ寸法よりも僅かに大きいことが好ましく、具体的には2〜4mm程度であることが好ましい。間隔tが図3に示す甲状軟骨11の厚さ寸法よりも小さいと、甲状軟骨11を締め付け、挟持部1が甲状軟骨11を長期間圧迫し続けることになり、甲状軟骨11の摩減や損傷を招くおそれがあるからである。一方、表面当接部1dと後面片1cとの間隔tが甲状軟骨11の厚さ寸法と比べて大き過ぎると、実質的に甲状軟骨11を挟持し難く、甲状軟骨11に対して挟持部1が相対的に位置ずれ(スライド)しやすくなるからである。
【0030】
次に、本発明の治療具6の使用方法について図1図3を用いて説明する。
まず、甲状軟骨11の正中部を切開し、発声が良くなる切断端12,12同士の間隔を決める。拡開する間隔が決まったら、その間隔に合った架橋部2の長さdを有する治療具6を選び、表面当接部1dが甲状軟骨11の前面11aに接するように、前面片1bの折り曲げ領域15において前面片1bを必要に応じて変形させる。そして、前面片1bが甲状軟骨11の前面11a及び切断端面12aに接し、後面片1cが甲状軟骨11の後面11bに接するように、挟持部1を切断端12に嵌合させる。
【0031】
挟持部1が甲状軟骨11のみを挟持して治療具6が取付けられるように、後面片1cの先端を、甲状軟骨11とその下の軟部組織40の間に挿入する。本発明の治療具6では、後面片1cがチタン製の薄板により形成されているので、甲状軟骨11と軟部組織40との間に、後面片1cの先端部を比較的容易に挿入できる。
【0032】
挟持部1の表面当接部1dと後面片1cとの間隔tは挟持される軟骨の厚みより若干大きく形成されているので、治療具6の固定をより強固にするために、端面部1a寄りの孔3に糸を通して、挟持部1と甲状軟骨11を縫合固定することが好ましい。また必要あれば、長手方向xの先端側の孔3に糸を貫通させて甲状軟骨11に縫いつける。このような縫合作業は、治療具6の挟持部1を甲状軟骨11の切断端12にセットして仮止めした状態で行うことができるので、従来のシリコンブロックの場合と比べて、比較的余裕を持って行うことができる。
本発明の治療具6は、甲状軟骨11の切開を維持できる位置であれば、切断端12の適宜位置に取付けることができるが、甲状軟骨11の下方部と上方部の2カ所に取付けてもよい。
【0033】
以上のようにして患者の甲状軟骨11に設置した治療具6は、折り曲げ領域15に形成された孔3が長手方向xに延びる長孔に形成されているため、甲状軟骨11が閉じる方向に働く弾性復帰力又は発声嚥下時の振動により、孔3周辺の板部に掛かり得る応力を分散させて応力が集中することを防止することができる。
したがって、折り曲げ領域15において応力が集中することによる前面片1bの破断を有効に防止することができるという効果を奏する。
【0034】
次に、本発明の第2実施形態について図5を用いて説明する。本実施形態では、第1実施形態と相違する構成を中心に説明し、第1実施形態と同一の構成については同一の符号を付してその説明を省略する。
【0035】
第2実施形態の治療具6は、前面片1bの側端縁20を孔3の開口端縁3aの形状に合わせて湾曲させることで補強構造Sを構成している。
具体的には、前面片1bの側端縁20の形状が折り曲げ領域15に形成された孔3の形状に略沿って幅方向y外方に滑らかに湾曲しかつ突出するように形成されている。
【0036】
前面片1bをこのように形成することで、折り曲げ領域15に形成された孔3の周辺の板部の幅Pが確保される。したがって、折り曲げ領域15において甲状軟骨11が閉じる方向に働く弾性復帰力又は発声嚥下時の振動により、孔3周辺の板部に掛かり得る応力を分散させて応力が集中することを防止することができる。
したがって、折り曲げ領域15において応力が集中することによる前面片1bの破断を有効に防止することができるという効果を奏する。
【0037】
次に、本発明の第3実施形態について図6を用いて説明する。本実施形態では、第1実施形態と相違する構成を中心に説明し、第1実施形態と同一の構成については同一の符号を付してその説明を省略する。
【0038】
第3実施形態の治療具6は、孔3を仮想線Kよりも前面片1bの先端側に形成することで補強構造Sを構成している。
本実施形態では、折り曲げ領域15に形成された孔3の周辺において最も破断が生じやすい位置、すなわち孔3と側端縁20との距離が最も小さくなる位置と応力が掛かりやすい仮想線Kの設定位置とをずらした構成により前面片1bの破断を防止している。
【0039】
本実施形態の他の例としては、折り曲げ領域15を無穴とし、折り曲げ領域15よりも前面片1bの先端側にのみ孔3を形成した構成が挙げられる。
本構成により、折り曲げ領域15において応力が集中することによる前面片1bの破断を有効に防止することができるという効果を奏する。
【0040】
次に、本発明の第4実施形態について図7を用いて説明する。本実施形態では、第1実施形態と相違する構成を中心に説明し、第1実施形態と同一の構成については同一の符号を付してその説明を省略する。
第4実施形態の治療具6は、前面片1bの幅方向y両端の側端縁20に縫合糸を掛止可能な切欠き30を設けることで補強構造Sを構成している。
【0041】
具体的には、第4実施形態の治療具6は、折り曲げ領域15において甲状軟骨11が閉じる方向に働く弾性復帰力又は発声嚥下時の振動により生ずる応力によって前面片1bを破断させ得る孔3を形成することなく、縫合糸を掛止させる切欠き30,30を側端縁20に形成している。切欠き30はどのような形状であっても良いが、応力が集中し難い矩形又は半円形等の形状に形成されていることが望ましい。
幅方向yに互いに対向する切欠き30,30同士の間の寸法31,31は2.0mm〜4.0mmの範囲で形成されている。
【0042】
本実施形態の治療具6は、甲状軟骨11の振動又は甲状軟骨11が閉じる方向に働く弾性復帰力による応力に耐え得る前面片1bの幅寸法を折り曲げ領域15の切欠き30,30間に有しており、かつ、応力が集中し難い形状に形成されており、これが補強構造Sを構成している。したがって、縫合糸の掛止部を形成しつつ前面片1bの破断を有効に防止することができるという効果を奏する。
【0043】
次に、本発明の第5実施形態について図8を用いて説明する。本実施形態では、第1実施形態と相違する構成を中心に説明し、第1実施形態と同一の構成については同一の符号を付してその説明を省略する。
第5実施形態の治療具6は、前面片1bの板面32,32に縫合糸を掛止可能な凹条35,35・・を設けることで補強構造Sを構成している。
【0044】
具体的には、第5実施形態の治療具6は、折り曲げ領域15において甲状軟骨11の振動又は甲状軟骨11が閉じる方向に働く弾性復帰力による応力によって前面片1bを破断させ得る孔3を形成することなく、縫合糸を掛止させる凹条35を前面片1bの少なくとも一方の板面32に形成している。
凹条35は、応力が集中し難い形状であればどのような断面形状であってもよいが、応力が集中し難い断面矩形等の形状に形成されていることが望ましい。
【0045】
治療具6は、甲状軟骨11の振動又は甲状軟骨11が閉じる方向に働く弾性復帰力による応力に耐え得る前面片1bの幅寸法を有している。また凹条35は、応力が集中し難い断面形状に形成されている。これらが補強構造Sを構成している。したがって、縫合糸の掛止部を形成しつつ前面片1bの破断を有効に防止することができるという効果を奏する。
【0046】
次に、本発明の第6実施形態について図9図11を用いて説明する。本実施形態では、第1実施形態と相違する構成を中心に説明し、第1実施形態と同一の構成については同一の符号を付してその説明を省略する。
第6実施形態の治療具6は、折り曲げ領域15の一部または全部の肉厚をその他の部分の肉厚よりも大きくすることで補強構造Sが構成されている。
【0047】
具体的には、例えば図9に示すように折り曲げ領域15の全体をそれ以外の部分よりも厚肉に形成した例が挙げられる。
又は、図10に示すように折り曲げ領域15に形成した孔3の開口端縁3aをそれ以外の部分よりも厚肉に形成した例、又は図11に示すように折り曲げ領域15に形成した孔3の応力が掛かりやすい範囲に亘って、前面片1bの側端縁20に平行な凸条25,25を形成することで補強構造Sを構成する例が挙げられる。
【0048】
本実施形態の補強構造Sにより、応力が掛かりやすい箇所の剛性を高め、前面片1bの一部が破断することを防止することができるという効果を奏する。
【0049】
次に、本発明の第7実施形態について図12を用いて説明する。本実施形態では、第3実施形態と相違する構成を中心に説明し、第3実施形態と同一の構成については同一の符号を付してその説明を省略する。
第7実施形態の治療具6は、前面片1bの表面1fにつまみ部45が形成されている。
つまみ部45は、前面片1bの表面1fから突出し、前面片1bの先端方向に折れ曲がっている。
【0050】
つまみ部45は一対の挟持部1,1の双方に形成されており、不図示の治具で容易かつ確実に保持できる。したがって治療具6の操作性を向上させることができるという効果を奏する。
つまみ部45を有した治療具6は、特に折り曲げ領域15に孔が形成されていない場合や、端面部1a寄りに形成された孔3同士の間隔が大きく、治具で治療具6を把持し難い場合に特に有効となる。
【0051】
次に、本発明の第8実施形態について図13を用いて説明する。本実施形態では、前述した各実施形態と相違する構成を中心に説明し、前述した実施形態と同一の構成については同一の符号を付してその説明を省略する。
第8実施形態の治療具6は、前面片1bが端面部1aから二方向に分岐して甲状軟骨11の切断端12(図3参照。以下同様)の前面11aに接する分岐片50a,50bを備えている。
【0052】
分岐片50a,50bは、先端に向かって外形が丸みを帯びつつ膨らんだ長円形(細長なラケット形状)に形成されている。
分岐片50aは、切断端12に対し斜め上方方向に配される。分岐片50bは、切断端12に対し斜め下方方向に配される。分岐片50aは、分岐片50bよりも延出寸法が大きく形成されている。
分岐片50aの中心線L1と分岐片50bの中心線L2が形成する角度θは180度未満であれば特に限定されない。
【0053】
このようにして、左右の分岐片50a,50bは、平面視で全体として略X字状をなしている。なお、端面部1a及び後面片1cの構成は、第1実施形態等と同様である。
本実施形態の治療具6は、幅寸法が小さく形成された分岐片50a又は分岐片50bの基端部(すなわち端面部1aの近傍)において縫合糸55を巻きつけつつ切断端12に留めることができる。
【0054】
以上の構成の治療具6は、孔3を形成することなく縫合糸55で切断端12に固定することができるため、前面片1bが破断し難いという効果を奏する。
また、分岐片50a,50bを切断端12の前面11aに対して斜め上方及び斜め下方に取り付けられるため、甲状軟骨11に合わせる折り曲げ角度を小さくすることができる。したがって、前面片1bが破断し難いという効果を奏する。
【0055】
また、分岐片50a,50bを切断端12の形状に合わせて取り付けやすいという効果を奏する。
また、治療具6は、前面片1bに縫合糸を通す孔を開けることを回避することができるため、孔を開ける場合に対して前面片1bの剛性を高めることができるという効果を奏する。
また、前面片1bに縫合糸を通す孔を開けることなく治療具6を甲状軟骨11に固定することができるため、発声時の振動により応力が集中的に掛かることを防止することができるという効果を奏する。
【0056】
なお、本発明の補強構造Sは、前面片1bを切断端12の形状に合わせて予めある程度折り曲げて成形した挟持部1により構成されていてもよい。
この構成によれば、発声嚥下時の振動により、特に折り曲げ領域15の周辺で生じる金属疲労を防止して前面片1bの損壊を抑制することができる。
また、前面片1bを切断端12の形状に合わせてある程度折り曲げて成形する構成は、上記各実施形態の治療具6に適用されてもよい。
また、上記各実施形態で説明した治療具6を適宜組み合わせて用いて、切断端12の上下に配する上下一対の発声障害治療セットとしてもよい。
【0057】
本発明の治療具6の適応対象となる発声障害は、特に痙攣性発声障害として知られているもので、発声時に正門が過剰に閉鎖されることにより嗄声になったり、会話途中で失声したりする障害である。痙攣性発声障害は、声を出そうとすると声帯が過度に内転してしまう内転型、声を出そうとすると声帯が外転する外転型、これらの混合型があるが、特に圧倒的多数を占める内転型に対して好ましく適用できる。要するに、本発明の治療具6は、発声時に何らかの理由により声門の過閉鎖が認められ、発声障害の原因が声門の過閉鎖に関係あると認められる症状の治療に適用できる。
【符号の説明】
【0058】
1 挟持部
1a 端面部
1b 前面片
1c 後面片
1d 表面当接部
2 架橋部
3 孔
3 開口端縁
6 治療具(発声障害治療具)
11 甲状軟骨
15 折り曲げ領域
12 切断端
20 側端縁
25 凸条
30 切欠き
35 凹条
K 仮想線
S 補強構造
x 長手方向
y 幅方向
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13