特許第6565591号(P6565591)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2015.5.11 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6565591
(24)【登録日】2019年8月9日
(45)【発行日】2019年8月28日
(54)【発明の名称】カルシウムの分離方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 23/06 20060101AFI20190819BHJP
   C22B 26/20 20060101ALI20190819BHJP
   C22B 3/38 20060101ALI20190819BHJP
【FI】
   C22B23/06
   C22B26/20
   C22B3/38
【請求項の数】6
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2015-209586(P2015-209586)
(22)【出願日】2015年10月26日
(65)【公開番号】特開2017-8407(P2017-8407A)
(43)【公開日】2017年1月12日
【審査請求日】2017年12月1日
(31)【優先権主張番号】特願2015-124834(P2015-124834)
(32)【優先日】2015年6月22日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】高野 雅俊
(72)【発明者】
【氏名】大原 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】浅野 聡
(72)【発明者】
【氏名】丹 敏郎
(72)【発明者】
【氏名】小林 宙
【審査官】 萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭60−231420(JP,A)
【文献】 特開2014−015647(JP,A)
【文献】 特開2014−156648(JP,A)
【文献】 庄野厚,抽出化学収覧 2.抽出技術の最前線 2.4 金属の抽出 有機リン酸による金属抽出,別冊化学工業,1997年,Vol.40 No.1,p.152-156
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 3/38
C22B 23/06
C22B 26/20
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケルとコバルトとカルシウムとを含有する硫酸酸性溶液からカルシウムを分離するカルシウムの分離方法であって、
前記硫酸酸性溶液のpHを3.0以上3.5以下に調整するpH調整工程と、
pHを調整した前記硫酸酸性溶液に2−エチルヘキシル,2−エチルヘキシルホスホネートを含む有機溶媒を接触させ、該有機溶媒にカルシウムを抽出するカルシウム抽出工程と
を含む、カルシウムの分離方法。
【請求項2】
前記カルシウム抽出工程において、前記硫酸酸性溶液に対する前記有機溶媒の体積比率が1.0以上2.4以下である、請求項1に記載のカルシウムの分離方法。
【請求項3】
前記硫酸酸性溶液は、ニッケル及びコバルトを含むリチウムイオン電池の正極材の原料として使用するための溶液である、請求項1又は2に記載のカルシウムの分離方法。
【請求項4】
前記pH調整工程に先立って、前記硫酸酸性溶液の温度を20℃以上40℃未満の範囲に調整する温度調整工程をさらに含む、請求項1乃至3いずれか1項に記載のカルシウムの分離方法。
【請求項5】
ニッケルとコバルトとカルシウムとを含有する硫酸酸性溶液から、リチウムイオン電池の正極材の原料として使用するための、ニッケル及びコバルトを含有する溶液を製造する方法であって、
前記硫酸酸性溶液のpHを3.0以上3.5以下に調整するpH調整工程と、
pHを調整した前記硫酸酸性溶液に2−エチルヘキシル,2−エチルヘキシルホスホネートを含む有機溶媒を接触させ、該有機溶媒にカルシウムを抽出するカルシウム抽出工程と
を含む、ニッケル及びコバルトを含有する溶液の製造方法。
【請求項6】
前記pH調整工程に先立って、前記硫酸酸性溶液の温度を20℃以上40℃未満の範囲に調整する温度調整工程をさらに含む、請求項5に記載のニッケル及びコバルトを含有する溶液の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルシウムの分離方法に関し、より詳しくは、リチウムイオン電池、特にニッケル系又は三元系の正極材の原料として使用する、硫酸ニッケル及び硫酸コバルト混合水溶液から不純物であるカルシウムを分離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二次電池であるリチウムイオン電池の正極材として、多種の正極材が開発されている。特に、近年では、従来使用されていたリチウム酸コバルトに代えて、三元系と呼ばれるニッケル・コバルト・マンガン(NCM)系正極材や、ニッケル系と呼ばれるニッケル・コバルト・アルミニウム(NCA)系等の正極材に注目が集まっている。
【0003】
上述のようなニッケルを含有する正極材は、例えば、ニッケル等の金属の塩を含有する溶液をアルカリで処理し、得られた金属水酸化物に焼成処理を施すことによって製造される。このような金属塩は、例えば、ニッケル酸化鉱石等を原料とするニッケル製錬工程で製造され、具体的には、塩化物(塩化ニッケル)、硫酸塩(硫酸ニッケル)等が挙げられる。なお、このうち、塩化物を用いた場合、塩化物を中和し得られた水酸化物を焼成する際に、残留した塩化物イオンが塩素ガスとなり、焼成炉を腐食損傷することがある。このため、一般的には、金属塩として硫酸塩を用いることが多い。
【0004】
ここで、硫酸ニッケルは、ニッケル酸化鉱石から電気ニッケルを製錬する工程の副産物として得られる。しかしながら、ニッケル酸化鉱石には、コバルトも含まれることが多く、電気ニッケル中にコバルトも共析してしまうため、電気ニッケルの品質が低下し、一方で有価金属であるコバルトの回収ロスという側面も生じ得る。
【0005】
このため、ニッケルとコバルトとは、製錬プロセスにおいて、溶媒抽出法等の湿式処理を用いて分離されるが、これらの金属は化学的性質が類似するため、それぞれの金属を分離することは容易でなく、多くのコストを要していた。
【0006】
ところで、NCM系正極材やNCA系正極材等の正極材は、ニッケル及びコバルトを含む複合金属酸化物からなるものである。つまり、ニッケル製錬の面では不純物となるコバルトを含む硫酸ニッケルを、そのまま、NCM系正極材やNCA系正極材の製造原料として用いるのであれば、ニッケルとコバルトとを分離することを要さないため、コスト的に有利な材料となり得る。
【0007】
しかしながら、上述した硫酸ニッケルには、ニッケル酸化鉱石から電気ニッケルを製錬するプロセスにおいて添加する中和剤に由来するカルシウムや、原料のニッケル酸化鉱石自体に存在していたカルシウムが含まれることがある。そして、このようなカルシウムを含んだ硫酸ニッケルを原料として用いて、NCM系正極材やNCA系正極材の正極材を製造すると、電極中にカルシウムが不純物として含まれることとなり、これによってリチウムイオン電池の充放電容量等の電池特性が大幅に低下するおそれがある。したがって、コバルトを含む硫酸ニッケルを、NCM系正極材やNCA系正極材の製造原料として使用するためには、不純物であるカルシウムを効率的かつ簡易に除去することが重要とある。
【0008】
このような不純物金属を除去するための公知の方法としては、沈殿法、セメンテーション法、晶析法、溶媒抽出法等の方法が挙げられる。
【0009】
このうち、沈殿法は、除去すべき金属イオンを硫酸塩や水酸化物として沈殿させ、除去するものである。しかしながら、カルシウムイオンを硫酸塩として沈殿させることはできない。また、水酸化物として沈殿させる場合、ニッケルやコバルト等、回収すべき成分の共沈を防ぐ必要があるが、カルシウムが水酸化物として沈殿するための高pHのアルカリ条件下では、ニッケルやコバルトも水酸化物として沈殿してしまう。したがって、このような沈殿法によってカルシウムをニッケルやコバルトから分離することは困難である。
【0010】
また、セメンテーション法は、水溶液中に金属イオンが存在する場合に、イオンとして存在する金属よりも卑な酸化還元電位を持つ金属を添加すると、金属イオンと添加した金属との間で電子の授受が行われ、金属イオンがメタルに還元されて析出するとともに、添加した金属が酸化されてイオンとして溶解するという現象を利用した分離方法である。しかしながら、カルシウムの標準酸化還元電位は、水素の標準酸化還元電位よりも卑であるため、カルシウムよりも卑な酸化還元電位を添加したとしてもプロトンが還元されてしまい、カルシウムは還元されない。したがって、セメンテーション法によってもカルシウムを除去することはできない。
【0011】
上述したような沈殿法やセメンテーション法が、水溶液中の除去対象金属を沈殿させて除去する方法であるのに対し、晶析法は、水溶液を加熱濃縮することによって硫酸ニッケルや硫酸コバルトの塩を析出させ、不純物を晶析母液に残して精製する方法である。しかしながら、この方法では、硫酸イオンを含有する溶液を用いるため、カルシウムが硫酸イオンと反応し、難水溶性の石膏(CaSO・2HO)を形成し得る。したがって、高回収率でニッケルやコバルトを回収することを目的として金属の濃縮度を高くすると、必然的にカルシウム濃度も高くなり、石膏が形成される可能性が高まる。一方で、石膏の形成を抑えようとすると、金属の濃縮度を高くすることができなくなり、ニッケルやコバルトを高い回収率で得ることができなくなる。また、この晶析法による方法では、濃縮のための加熱に要するコストも大きくなる。
【0012】
一方で、溶媒抽出法は、不純物を有機溶媒に抽出して除去する方法であり、抽出剤と抽出条件とを適切に設定することによって、不純物を選択的に除去することが可能である。溶媒抽出法を用いて硫酸ニッケル水溶液からカルシウムを除去する方法として、例えば特許文献1には、アルキルリン酸エステルを抽出剤として用いて、ニッケルの電解液に溶解するカルシウムを除去する方法が提案されている。具体的には、アルキルリン酸エステルを抽出剤として、抽出時のニッケル溶液のpHを1.5以上5.0以下に調整することにより、当該溶液から不純物であるカルシウムの抽出、除去を行うというものである。特に、抽出時の溶液のpHを4.0にすることで、硫酸ニッケル溶液中のカルシウムの含有量を50mg/l以下に低減できるとしている。
【0013】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、溶液のpHを、硫酸ニッケル溶液中のカルシウムの含有量が低減される4.0付近に調整してしまうと、希少金属であるコバルトも同時に抽出除去されてしまうため、コバルトを有効に利用することができない。つまり、例えばNCM系正極材やNCA系正極材等の正極材を製造するにあたっては、別途コバルトの供給原料を用意しなければならず、製造コストを高めてしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2012−072482号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、例えば、NCM系正極材やNCA系正極材等の原料となる、ニッケルとコバルトとカルシウムとを含有する硫酸酸性溶液から、カルシウムのみを効率的かつ簡易に分離する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上述の目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、硫酸酸性溶液のpHを所定の範囲に調整した後、アルキルホスホン酸エステルを含む有機溶媒を接触させ、この有機溶媒中にカルシウムを抽出することで、上述の課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的に、本発明は以下のようなものを提供する。
【0017】
(1)本発明は、ニッケルとコバルトとカルシウムとを含有する硫酸酸性溶液からカルシウムを分離するカルシウムの分離方法であって、前記硫酸酸性溶液のpHを2.5以上3.5以下に調整するpH調整工程と、pHを調整した前記硫酸酸性溶液にアルキルホスホン酸エステルを含む有機溶媒を接触させ、該有機溶媒にカルシウムを抽出するカルシウム抽出工程とを含む、カルシウムの分離方法である。
【0018】
(2)本発明は、前記カルシウム抽出工程において、前記硫酸酸性溶液に対する前記有機溶媒の体積比率が1.0以上2.4以下である、(1)に記載のカルシウムの分離方法である。
【0019】
(3)本発明は、前記硫酸酸性溶液は、ニッケル及びコバルトを含むリチウムイオン電池の正極材の原料として使用するための溶液である、(1)又は(2)に記載のカルシウムの分離方法である。
【0020】
(4)本発明は、前記pH調整工程に先立って、前記硫酸酸性溶液の温度を20℃以上40℃未満の範囲に調整する温度調整工程をさらに含む、(1)乃至(3)いずれかに記載のカルシウムの分離方法である。
【0021】
(5)本発明は、ニッケルとコバルトとカルシウムとを含有する硫酸酸性溶液から、リチウムイオン電池の正極材の原料として使用するための、ニッケル及びコバルトを含有する溶液を製造する方法であって、前記硫酸酸性溶液のpHを2.5以上3.5以下に調整するpH調整工程と、pHを調整した前記硫酸酸性溶液にアルキルホスホン酸エステルを含む有機溶媒を接触させ、該有機溶媒にカルシウムを抽出するカルシウム抽出工程とを含む、ニッケル及びコバルトを含有する溶液の製造方法である。
【0022】
(6)本発明は、前記pH調整工程に先立って、前記硫酸酸性溶液の温度を20℃以上40℃未満の範囲に調整する温度調整工程をさらに含む、(5)に記載のニッケル及びコバルトを含有する溶液の製造方法である。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、ニッケルとコバルトとカルシウムとを含有する硫酸酸性溶液から、ニッケルとコバルトのロスを抑えながらも、カルシウムを簡易に除去することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】実施例1及び比較例1の結果に基づく、pHと金属成分の抽出率との関係を示す図である。
図2】実施例2及び比較例2の結果に基づく、O/A比と金属成分の抽出率との関係を示す図である。
図3】実施例3及び比較例3の結果に基づく、pHとニッケル成分の抽出率との関係を示す図である。
図4】実施例3及び比較例3の結果に基づく、pHとコバルト成分の抽出率との関係を示す図である。
図5】実施例3及び比較例3の結果に基づく、pHとカルシウム成分の抽出率との関係を示す図である。
図6】実施例3及び比較例3の結果に基づく、pHとカルシウム/ニッケルの分離係数との関係を示す図である。
図7】実施例3及び比較例3の結果に基づく、pHとカルシウム/コバルトの分離係数との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)について詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。
【0026】
≪1.カルシウムの分離方法≫
本実施の形態に係るカルシウムの分離方法は、ニッケルとコバルトとカルシウムとを含有する硫酸酸性溶液からカルシウムのみを効率的にかつ簡易に分離する方法である。具体的に、このカルシウムの分離方法は、その硫酸酸性溶液のpHを調整するpH調整工程と、特定の抽出剤を用いた溶媒抽出により溶液中のカルシウムを抽出するカルシウム抽出工程を含む。また、必須の態様ではないが、本実施の形態に係るカルシウム分離方法は、pH調整工程に先立って、硫酸酸性溶液の温度を調整する温度調整工程を含むものとすることができる。以下、それぞれの工程について説明する。
【0027】
<pH調整工程>
pH調整工程は、ニッケルとコバルトとカルシウムとを含有する硫酸酸性溶液のpHを調整する工程である。
【0028】
カルシウムの分離を行うための硫酸酸性溶液は、ニッケルとコバルトとカルシウムとを含有する溶液であれば、特に制限されるものではない。具体的には、例えば、硫酸酸性溶液としては、ニッケル及びコバルトを含むリチウムイオン電池の正極材、すなわちNCM系正極材やNCA系正極材等を製造するための原料として使用するための溶液を用いることができる。本実施の形態においては、このような硫酸酸性溶液に対して当該カルシウムの分離方法を適用することによって、不純物であるカルシウムのみが低減されたニッケルとコバルトとを含有する硫酸酸性溶液を得ることができ、これをニッケル及びコバルトを含む正極材の製造原料として用いることで、低いコストで正極材を製造できる。
【0029】
このpH調整工程においては、硫酸酸性溶液のpHを2.5以上3.5以下の範囲に調整する。ここで、後述するカルシウム抽出工程での抽出処理に供される硫酸酸性溶液においては、そのpHが高いほどカルシウムの抽出量が増加する。ところが、pHが高くなると、その硫酸酸性溶液からコバルトも抽出されるようになる。このことから、本実施の形態においては、硫酸酸性溶液のpHを所定の範囲、すなわち2.5以上3.5以下の範囲に調整する。硫酸酸性溶液のpHを上述の範囲に調整することで、カルシウム抽出工程においてカルシウムのみを効率的に除去することができ、一方でニッケル及びコバルトが抽出されることを抑制できるため、これら有価金属の回収ロスを低減することができる。
【0030】
pH調整工程における硫酸酸性溶液に対するpH調整は、pH調整剤を用いて行うことができる。pH調整剤としては、特に制限されるものではなく、種々の酸及びアルカリを用いることができる。
【0031】
例えば、酸性のpH調整剤としては、例えば、硫酸、硝酸、リン酸等の無機酸又は有機酸等を用いることができる。pH調整剤の添加対象が硫酸酸性溶液であることから、溶液中に不純物が混入することを抑えることができるという点で、硫酸を用いることが好ましい。また、アルカリ性のpH調整剤としては、例えば、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素リチウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等のアルカリ金属由来の無機アルカリ化合物、又はアンモニア、各種アミン等の有機アルカリ化合物を用いることができる。
【0032】
<カルシウム抽出工程>
カルシウム抽出工程は、pHを所定の範囲に調整した、ニッケルとコバルトとカルシウムとを含有する硫酸酸性溶液からカルシウムを抽出する工程である。
【0033】
このカルシウム抽出工程では、特定の抽出剤を含む有機溶媒を用いた溶媒抽出により、硫酸酸性溶液中のカルシウムを有機層に抽出する。この抽出処理により、カルシウムを抽出した抽出後有機溶媒と、抽出後硫酸酸性溶液とを得ることができ、原料の硫酸酸性溶液からカルシウムのみを効果的に分離することができる。
【0034】
具体的に、カルシウム抽出工程では、カルシウムを選択的に抽出することができるアルキルホスホン酸エステルを抽出剤として用いて溶媒抽出処理を施し、硫酸酸性溶液からカルシウムを抽出する。この抽出剤においては、ホスホン酸エステルがカルシウムイオンと反応して金属塩を形成することによって、カルシウムを選択的に抽出する。具体的に、アルキルホスホン酸エステルの抽出剤としては、例えば、商品名:PC88A(2−エチルヘキシル,2−エチルヘキシルホスホネート:大八化学工業株式会社製)等が市販されている。なお、このような抽出剤は、1種類を単独で用いることができ、また2種類以上を混合して用いることもできる。
【0035】
カルシウムの抽出をするための有機溶媒としては、抽出剤そのものを混合せずに用いることができ、また、抽出剤と希釈剤とを混合した混合溶媒を用いることもできる。抽出剤の種類や抽出条件等に応じて、適宜溶媒の粘性や比重を調整できるという点で、抽出剤と希釈剤との混合溶媒を用いることが好ましい。なお、混合溶媒における抽出剤と希釈剤との割合は、抽出剤の粘性や比重に応じて任意に決定することができる。
【0036】
抽出剤との混合溶媒を構成する希釈剤としては、水層(硫酸酸性溶液)と分離した有機層(有機抽出層)を構成し、かつ上述した抽出剤を溶解できるものであれば、特に制限されるものではない。具体的に、希釈剤としては、例えば、ナフテン系の溶剤や芳香族系の溶剤を用いることができる。なお、ナフテン系の溶剤としては、商品名:テクリーンN20(JX日鉱日石エネルギー株式会社製)等が市販されており、芳香族系の溶剤としては、商品名:シェルゾールA150(シェルケミカルズジャパン株式会社製)等が市販されている。
【0037】
また、硫酸酸性溶液に対する有機溶媒の体積比率(O/A比)としては、特に制限されるものではないが、O/A比が高いほどカルシウムの抽出率が増加することから、下限値としては、1.0以上であることが好ましく、1.5以上であることがより好ましい。一方で、O/A比を大きくし過ぎても、カルシウム抽出に対する効果の向上は少なく、寧ろ有機溶媒の使用量の増加等により経済性が悪くなるおそれがある。このことから、上限値としては、2.4以下であることが好ましく、2.0以下であることがより好ましい。
【0038】
抽出処理や逆抽出処理の具体的な方法としては、特に制限されるものではなく、例えば、硫酸酸性溶液と有機溶媒とをミキサー等で撹拌混合した後、静置して相分離する方法を用いることができる。また、撹拌槽を用いたバッチ混合式や、ミキサセトラのような抽出装置による連続式抽出法を用いることもできる。あるいは、硫酸酸性溶液と有機溶媒を接触させて抽出・逆抽出を行うカラム方式(例えば、パルスカラム)を用いることもできる。このカルシウム抽出工程では、いずれの方法を選択しても、良好にカルシウムを抽出することができるため、操業に応じた抽出・逆抽出方法を適宜選択することができる。
【0039】
なお、カルシウムを抽出した後の有機溶媒に対して、カルシウムの抽出処理時とは異なるpH条件で硫酸、塩酸等の酸を接触させることで、逆抽出処理を行うことができる。これにより、有機溶媒中に抽出したカルシウムを、硫酸塩や塩化物を含有する溶液として回収し、別途排水処理を経て処分することができる。また、逆抽出した後の有機溶媒は、カルシウムを含有する硫酸酸性溶液に対する抽出処理に繰り返し使用することができる。
【0040】
<温度調整工程>
必須の態様ではないが、このカルシウムの分離方法では、pH調整工程に先立って、硫酸酸性溶液の温度を調整する温度調整工程を行うようにすることができる。
【0041】
ここで、上述したように、カルシウムの分離方法の原料である、ニッケルとコバルトとカルシウムを含む硫酸酸性溶液としては、ニッケル酸化鉱石から電気ニッケルを製錬するプロセスで副産物として生成される硫酸ニッケルを用いることができる。例えば、そのニッケル酸化鉱石から電気ニッケルを製錬するプロセスは、オートクレーブ等の高温高圧条件下で行われることが多く、オートクレーブから排出される硫酸酸性溶液の温度は、約100℃の高温となる。このような高温状態でそれ以降の処理を施すことは困難であるため、大気中に保持して冷却されるが、40℃以上の高温でその以降の処理が行われることが一般的である。
【0042】
これに対して、本実施の形態に係るカルシウムの分離方法では、ニッケルとコバルトとカルシウムを含む硫酸酸性溶液の温度を20℃以上40℃未満に調整することが好ましく、このような温度範囲に調整した硫酸酸性溶液のpHを2.5以上3.5以下の範囲に調整する。本実施の形態では、原料となる硫酸酸性溶液の温度を20℃以上40℃未満に調整した上でpHを2.5以上3.5以下の範囲に調整することによって、上述したカルシウム抽出工程における、硫酸酸性溶液からのカルシウムの抽出率を高めることができる。なお、調整する硫酸酸性溶液の温度が20℃未満であると、冷却コストが増加して効率的な処理を行うことができない可能性がある。一方で、調整温度が40℃以上であると、カルシウムの抽出率の向上効果が十分に得られない。
【0043】
温度調整工程における硫酸酸性溶液の温度調整は、種々の加熱冷却装置を用いて行うことができる。加熱冷却装置としては、特に制限されるものではないが、具体的には、プレート式熱交換器、多管式熱交換器、二重管式熱交換器等を用いることができる。
【0044】
なお、温度調整工程における処理は、pH調整工程における処理と、装置的、場所的に区別されている必要はない。また、硫酸酸性溶液の温度調整は、pH調整工程における硫酸酸性溶液のpH調整と同時に行うこともできるが、温度及びpHの制御の容易性や正確性の観点から、pH調整工程でのpH調整に先立って温度調整を行うことが好ましい。
【0045】
≪2.ニッケルとコバルトとを含有する溶液の用途≫
ニッケルとコバルトとカルシウムとを含有する硫酸酸性溶液に対して、上述したカルシウムの分離方法を適用し、その溶液中からカルシウムを分離し除去することで、ニッケル及びコバルトを含有する溶液を製造することができる。
【0046】
このようにして得られた溶液、つまり、ニッケルとコバルトとを含有する硫酸酸性溶液の用途としては、特に制限されるものではないが、例えば、リチウムイオン電池等の構成材料となる、ニッケル及びコバルトを含むNCM系正極材やNCA系正極材を製造するための原料として用いることができる。また、その他、ニッケル及びコバルトを含む各種の合金、複合酸化物等を製造するための原料として用いることができる。
【0047】
NCM系正極材やNCA系正極材等の正極材は、ニッケルとコバルトとを含有する複合酸化物からなる正極材である。この正極材は、少なくともニッケルとコバルトとを含む溶液から不純物元素のみを効果的に分離除去した後の溶液を製造原料として用いて製造することができる。この点において、本実施の形態に係るカルシウムの分離方法によれば、ニッケルとコバルトとカルシウムとを含有する硫酸酸性溶液から、カルシウムのみを選択的に分離し、除去することができるため、得られたカルシウムを抽出分離した後の硫酸酸性溶液は、不純物が低減されたニッケルとコバルトを含有する硫酸酸性溶液となる。したがって、この硫酸酸性溶液を原料として用いることにより、ニッケルとコバルトとを含有する正極材を低コストで製造することができる。
【0048】
また、上述したように、得られたニッケルとコバルトとを含有する硫酸酸性溶液を、合金や複合金属酸化物等の製造原料として利用することもできる。なお、このとき、目的の合金や複合酸化物等の組成と比較して、得られた硫酸酸性溶液中に含まれる元素の量が少ないときには、他の原料から供給することができる。この場合、予め、ニッケルとコバルトとを含有する硫酸酸性溶液や、その溶液から回収されるニッケル及びコバルトの混合物に含まれる金属やイオン等の量を分析しておくことによって、供給すべき元素の量を適切に把握して所望とする合金や複合金属酸化物を製造することができる。
【実施例】
【0049】
以下、本発明の実施例を示してさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0050】
≪pHの影響について≫
[実施例1]
ニッケル濃度100g/L、コバルト濃度10g/L、カルシウム濃度0.14g/Lである硫酸酸性溶液を元液とし、20mlずつ分取した。
【0051】
抽出剤として、商品名:PC88A(2−エチルヘキシル,2−エチルヘキシルホスホネート:大八化学工業株式会社製)を、希釈剤として、商品名:テクリーンN20(JX日鉱日石エネルギー株式会社製)を用い、これら二剤を、抽出剤20体積%、希釈剤80体積%となるよう混合し、本実施例における抽出用の有機溶媒とした。
【0052】
次いで、元液20mlに硫酸又は水酸化ナトリウム水溶液を添加することによって、水層(硫酸酸性溶液)のpHがそれぞれ2.5(実施例1−1)、3.0(実施例1−2)、3.5(実施例1−3)となるように調整した。その後、有機溶媒20mlを分取して、pHを調整した元液に添加混合し、常温で20分間撹拌した。なお、水溶液に対する有機溶媒の比率(O/A比)については、最終的に1.0となるように調整した。
【0053】
撹拌終了後、静置して分相させ、水層(硫酸酸性溶液)と有機層(有機溶媒)とをそれぞれ回収して、硫酸酸性溶液中及び有機溶媒中の金属濃度をICP発光分析器で分析した。それぞれ分析値より求めた有機溶媒中の各金属成分の質量を、元液中の各金属成分の質量で割った値を抽出率とし、算出した。
【0054】
[比較例1]
混合撹拌時のpHが1.5(比較例2−1)、2.0(比較例2−2)、4.0(比較例2−3)、4.5(比較例2−4)となるような調整に変更したこと以外は、実施例1と同様の操作を行った。そして、硫酸酸性溶液中及び有機溶媒中の金属濃度を分析して、抽出率を算出した。
【0055】
下記表1に、実施例1−1〜実施例1−3、及び、比較例1−1〜比較例1−4のそれぞれについて、調整した硫酸酸性溶液のpH条件と有機溶媒中の各金属成分の抽出率の結果を示す。また、図1に、抽出時における硫酸酸性溶液(水層)のpH条件と有機溶媒中の各金属成分の抽出率の関係を表すグラフを示す。なお、図1において、横軸は抽出時におけるpH条件を示し、縦軸は抽出率を示す。
【0056】
【表1】
【0057】
表1及び図1のグラフに示す結果から分かるように、pHが2.5未満の条件ではカルシウムはほとんど抽出されなかった。また、pHが3.5を超える条件では、カルシウムと共にコバルトが多量に抽出されてしまい、コバルトのロスが増加した。さらに、pHが4.0を超えると、カルシウムの抽出量が減少する傾向に転じることが分かった。
【0058】
一方、ニッケルについては、抽出時のpHとして1.5〜4.5の範囲であると、ほとんど抽出されないことが分かった。すなわち、このような範囲ではカルシウムとの分離性に悪影響を及ぼさないことが分かった。
【0059】
以上の結果より、ニッケルとコバルトとカルシウムとを含有する硫酸酸性溶液からカルシウムを分離するためのpH条件として、2.5以上3.5以下の範囲が好ましいことが分かった。
【0060】
≪硫酸酸性溶液に対する有機溶媒の比率(O/A比)の影響について≫
[実施例2]
有機溶媒の体積を10〜40.5mlに範囲で変化させ、水層となる元液(硫酸酸性溶液)の体積を15〜20mlの範囲で変化させて、表2に示す組み合わせで、O/A比がそれぞれ1.0(実施例2−1)、1.5(実施例2−2)、2.0(実施例2−3)、2.4(実施例2−4)となるように混合した。なお、抽出時におけるpH条件としてはpH3に調整し、それ以外は実施例1と同様の操作を行った。
【0061】
[比較例2]
有機溶媒の体積と硫酸酸性溶液の体積を変化させ、O/A比がそれぞれ0.5(比較例2−1)、2.7(比較例2.7)となるように混合した。なお、抽出時におけるpH条件としてはpH3に調整し、それ以外は実施例1と同様の操作を行った。
【0062】
下記表2に、実施例2−1〜実施例2−4、及び、比較例2−1〜比較例2−2のそれぞれについて、有機溶媒の添加量、硫酸酸性溶液の添加量、O/A比、及び有機溶媒中における各金属成分の抽出率を示す。また、図2に、そのO/A比と有機溶媒中における各金属成分の抽出率の関係を表すグラフを示す。なお、図2において、横軸はO/A比を示し、縦軸は抽出率を示す。
【0063】
【表2】
【0064】
表2及び図2のグラフに示す結果から分かるように、O/A比が1.0未満であるカルシウムの抽出率が低くなった。また、O/Aが2.4以上の比率では、カルシウムの抽出率はそれ以上変わらなかった。このことから、O/A比が2.4を超える比率にしても、抽出率はほとんど変わらない一方で、ランニングコストの増加等により経済性が悪化するおそれがあることが分かった。
【0065】
以上の結果より、ニッケルとコバルトとカルシウムとを含有する硫酸酸性溶液からカルシウムを分離するためのO/A比としては、1.0以上2.4以下の範囲が好ましいことが分かった。
【0066】
≪温度の影響について≫
[実施例3]
ニッケル濃度100g/L、コバルト濃度10g/L、カルシウム濃度0.5g/Lである硫酸酸性溶液を元液とし、20mlずつ、50mlビーカーに分取した。
【0067】
抽出用の有機溶媒は、実施例1と同様にして調整した。
【0068】
次いで、元液20mlの温度を、アズワン株式会社製ホットスターラ―にて24℃(実施例3−1)又は30℃(実施例3−2)に調整し、この温度に安定維持できたところで、そこに硫酸又は水酸化ナトリウム水溶液を添加し、水層(硫酸酸性溶液)のpHが、それぞれ2.5、3.0、3.25、3.5、4.0となるように調整した。その後、有機溶媒20mlを分取して、上述の温度を維持しながら、pHを調整した元液に添加混合し、20分間撹拌した。
【0069】
なお、水溶液に対する有機溶媒の比率(O/A比)については、1.0となるように調整した。また、温度については、撹拌中に一定となるように保持した。
【0070】
その後、撹拌終了後、静置して分相させ、水層(硫酸酸性溶液)と有機層(有機溶媒)とをそれぞれ回収して、硫酸酸性溶液中及び有機溶媒中の金属濃度をICP発光分析器で分析した。それぞれ分析値より求めた有機溶媒中の各金属成分の質量を、元液中の各金属成分の質量で割った値を抽出率とし、算出した。
【0071】
[比較例3]
温度調整後の温度が40℃(比較例3−1)、60℃(比較例3−2)となるように変更したこと以外は、実施例3と同様の操作を行った。そして、硫酸酸性溶液中及び有機溶媒中の金属濃度を分析して、抽出率を算出した。
【0072】
表3〜7に、pHを2.5、3.0、3.25、3.5、4.0にそれぞれ調整した場合の、実施例3−1〜実施例3−2及び比較例3−1〜比較例3−2について、硫酸酸性溶液の温度条件と有機溶媒中の各金属成分の抽出率とを示す。また、図3〜5に、それぞれ、実施例3−1〜実施例3−2及び比較例3−1〜比較例3−2の抽出時における硫酸酸性溶液(水層)のpH条件と、有機溶媒中のニッケル成分の抽出率(図3)、コバルト成分の抽出率(図4)、カルシウム成分の抽出率(図5)との関係を表すグラフを示す。なお、図3〜5において、横軸は抽出時におけるpH条件を示し、縦軸は金属成分の抽出率を示す。
【0073】
【表3】
【0074】
【表4】
【0075】
【表5】
【0076】
【表6】
【0077】
【表7】
【0078】
また、図6、7に、それぞれ、実施例3−1〜実施例3−2及び比較例3−1〜比較例3−2の抽出時における硫酸酸性溶液(水層)のpH条件と、カルシウム/ニッケルの分離係数(図6)、カルシウム/コバルトの分離係数(図7)との関係を表すグラフを示す。なお、図6、7において、横軸は抽出時におけるpH条件を示し、縦軸は金属成分の分離係数を示す。
【0079】
表3〜7及び図3〜5のグラフに示す結果から分かるように、抽出時における硫酸酸性溶液の温度が低いほど、カルシウムの抽出率が増加することがわかった。また、硫酸酸性溶液の温度が低いほど、コバルトの抽出率は減少することがわかった。なお、ニッケルの抽出率は若干増加傾向となったものの、ほぼ一定の値であった。
【0080】
また、表3〜7及び図6、7のグラフに示す結果から分かるように、抽出時における硫酸酸性溶液の温度が低いほど、カルシウム/ニッケルの分離係数及びカルシウム/コバルトの分離係数が増加することがわかった。
【0081】
以上の結果より、ニッケルとコバルトとカルシウムとを含有する硫酸酸性溶液からカルシウムを分離するための硫酸酸性溶液の温度条件としては、低温であるほど、より選択的にカルシウムが分離できることわかった。
【0082】
なお、図5の結果に示すように、カルシウムの抽出率としては、硫酸酸性溶液のpH条件のpH3.5とpH4.0との間で変化がないことから、硫酸酸性溶液に対するアルカリの添加量を抑制する観点から、pHは3.5以下に調整するのが好ましいことがわかった。他方、pH2.5以下では、カルシウムの抽出率が低くなるため、pHは2.5以上に調整するのが好ましいことがわかった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7