(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6566346
(24)【登録日】2019年8月9日
(45)【発行日】2019年8月28日
(54)【発明の名称】杖歩行練習器
(51)【国際特許分類】
A61H 3/00 20060101AFI20190819BHJP
A61H 1/02 20060101ALI20190819BHJP
【FI】
A61H3/00 B
A61H1/02 R
【請求項の数】4
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2015-31641(P2015-31641)
(22)【出願日】2015年2月20日
(65)【公開番号】特開2016-152858(P2016-152858A)
(43)【公開日】2016年8月25日
【審査請求日】2018年2月9日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 生活生命支援医療福祉工学系学会連合大会2014講演要旨集、電気学会東京支部第5回学生研究発表会
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(73)【特許権者】
【識別番号】800000068
【氏名又は名称】学校法人東京電機大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121658
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 昌義
(72)【発明者】
【氏名】川村 和也
(72)【発明者】
【氏名】井上 淳
(72)【発明者】
【氏名】花崎 泉
(72)【発明者】
【氏名】藤元 登四郎
(72)【発明者】
【氏名】貴嶋 芳文
【審査官】
村上 勝見
(56)【参考文献】
【文献】
特表2011−504112(JP,A)
【文献】
特開2014−231326(JP,A)
【文献】
特開平11−290406(JP,A)
【文献】
特開2009−066194(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2010/0170546(US,A1)
【文献】
特開2012−019831(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61H 3/00
A61H 1/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者の腰の付近の高さに設けられた患者の身体を接続する少なくとも4か所の患者身体接続部と、
前記患者身体接続部に設けられ、かつ、開いた構造を有する患者身体支持部と、
前記患者身体接続部の下方に設けられた少なくとも4個の車輪と、を備える杖歩行練習器であって、
前記患者身体支持部の前記開いた構造が患者の健康な脚側(以下「健側」という。)にある一方、前記健側後方に前記患者身体支持部が存在しており、かつ、
前記健側後方にある前記車輪にはロック機構が設けられ、前記健側前方にある前記車輪にはロック機構が設けられていない杖歩行練習器。
【請求項2】
前記患者身体支持部は、略円弧状又は楕円の一部の形状であって、前記患者身体接続部の上部又は下部において設けられる請求項1記載の杖歩行練習器。
【請求項3】
前記車輪と杖歩行練習器の本体部分との間にバネを設け、前記車輪の上方にカバーを設けた請求項1記載の杖歩行練習器。
【請求項4】
前記患者身体接続部と前記車輪の間に設けられるキャスターと、
前記キャスターの上方に設けられた車輪カバーと、を備え、
前記車輪カバーの下部は、前記車輪が旋回した場合に前記車輪を前記車輪カバーが圧接して抵抗がかかるよう斜めにカットされている請求項1記載の杖歩行練習器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、杖歩行練習器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
日本における脳卒中発症者数は毎年27万人、有病者数は270万人とされる。脳卒中で片麻痺となった患者の多くは、退院後に歩行補助杖を使用して独力で歩行することができるようになるために、入院中病棟あるいは屋外で歩行補助杖を使用した歩行の訓練(練習)を行う。特許文献1には、歩行補助杖が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2014−50466
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
病棟における患者一人での杖歩行訓練は、転倒事故の危険性があるため実施させることができない。したがって、通常患者の杖歩行訓練の際には理学療法士や看護師(以下「理学療法士等」という。)が常に付き添う必要がある。これにより、理学療法士等の負担が大きくなるという課題があった。
【0005】
また、わが国では患者一人当たりに理学療法士等が割ける時間が限られており、1日の訓練時間が少なくなってしまうため、患者の入院期間の長期化や、杖歩行練習が不十分なまま退院させざるを得ないという課題があった。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑み、理学療法士等が付き添わなくても患者が安全に杖歩行の練習を行うことができる杖歩行練習器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明の一つの観点によれば、杖歩行練習器を、患者の腰の付近の高さに設けられた患者の身体を接続する複数の患者身体接続部と、患者身体接続部の下方に設けられた複数の車輪と、を備えるものとした。
【0008】
さらに、患者身体接続部の上部又は下部に略円弧状の患者身体支持部を設けると望ましい。
【0009】
さらに、車輪と杖歩行練習器の本体部分との間にバネを設け、車輪の上方にカバーを設けると望ましい。
【0010】
また、本発明の他の観点によれば、杖歩行練習器を、患者の腰の付近の高さに設けられた患者の身体を接続する複数の患者身体接続部と、患者身体接続部の下方に設けられた複数のキャスターと、キャスターに取り付けられた車輪と、キャスターの少なくとも一つの上方に設けられた車輪カバーと、を備え、車輪カバーの上面から下面の距離が車輪の旋回方向に長くなるようにした。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、理学療法士等が付き添わなくても患者が安全に杖歩行の練習を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例1の杖歩行練習器を上から見た図である。
【
図2】実施例1の杖歩行練習器を患者がいる状態で斜め前から見た図である。
【
図3】実施例1の杖歩行練習器を患者がいない状態で斜め前から見た図である。
【
図4】実施例1の杖歩行練習器を上から見た図である。
【
図5】患者がハーネスを取り付けた状態を前側から見た図である。
【
図6】患者がハーネスを取り付けた状態を後側から見た図である。
【
図7】実施例2の通常時の制動ロック機構の概略を示す図である。
【
図8】実施例2の患者転倒時の制動ロック機構の概略を示す図である。
【
図9】実施例2のカバーの高さ調節機構を示す図である。
【
図10】実施例2の車輪カバーの概略を示す図である。
【
図11】実施例2において、キャスターが旋回した状態を示す図である。
【
図12】実施例2のブレーキ機構全体を示す図である。
【
図13】タイヤが圧縮された体積とタイヤにかかる抵抗力の関係を示す図である。
【
図14】杖を使用して歩行した際の軌跡を示す図である。
【
図15】車輪カバーと車輪を離した状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明の実施態様は以下に説明する実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0014】
図1、
図2及び
図3に本発明の実施例1の杖歩行練習器1の全体図を示す。
図1は、杖歩行練習器を上から見た図、
図2は、杖歩行練習器1の中に患者2がいる状態で、杖歩行練習器1を斜め前から見た図、
図3は、杖歩行練習器1の中に患者がいない状態で、杖歩行練習器1を斜め前から見た図である。本実施例では、杖歩行練習器1は主として金属で作成されているが、プラスチック等で作成してもかまわない。杖歩行練習器1には、下部にキャスター3が4個取り付けられ、各キャスターにタイヤ(以下「車輪」ということもある。)31が取り付けられ、杖歩行練習器1が移動可能とされている。タイヤ31は旋回できるようになっており、これにより多方向に移動可能とされている。タイヤ4個のうち後方の2個には制動ロック機構32が取り付けられている。前方の2個のタイヤに制動ロック機構32を取り付けると、不意に前方の2個のタイヤにブレーキがかかり、患者がつんのめって前方に転倒するおそれがあるため、前方の2個のタイヤには制動ロック機構をつけていない。制動ロック機構32の動作は後述する。本実施例ではキャスターを取り付けているが、キャスターを取り付けずに車輪を取り付けてもかまわない。
【0015】
杖歩行練習器1は、患者2の腰部付近の高さに、患者2の腰部を接続する縦方向のパイプ状の患者身体接続部4を4か所有している。発明者の検討の結果、患者身体接続部4が3か所しかないと安定性が十分ではないため、4か所以上設けることが望ましいことが分かった。患者の腰部でなく、腹部を接続する構成も可能ではあるが、腰部を接続する方が患者が転倒した際、安定して患者の身体が支えられる。患者身体接続部4の上下に略円弧状又は楕円の一部の形状の患者身体支持部11を2か所有している。患者身体支持部11は、患者が万が一転倒した際に、つかまることができるようになっている。患者身体接続部11に接続したワイヤー(図示せず。)は、患者身体支持部11が上下方向のストッパーとなり、外れないようになっている。発明者の検討の結果、下側の患者身体支持部11の高さ(地面から患者身体支持部11までの距離)は、約670ミリメートル以上であれば、患者の身体と杖歩行練習器が干渉せず患者が円滑に杖歩行を行うことができることが分かった。
【0016】
図4は、杖歩行練習器11を上から見た図である。身体支持部11は、患者の脚の健康な側(以下「健側」ということがある。)が大きく開いた構造となっている。具体的には、患者身体支持部11が存在しない部分の角度θが約140°となっている。通常健側の腕で歩行補助杖を持つが、杖歩行練習器1の健側の片側は約140°開いた構造となっているため、患者の杖使用を妨げないようになっている。前方のスペース13には患者身体支持部11は存在せず、開放されており、杖を自由に動かすことができる。これに対して、後方健側には、患者身体支持部12を有している。後方健側患者身体支持部の角度は約40°である。後方健側に患者身体支持部を有している理由は、杖は杖歩行時に患者の後方にいくことは比較的少ないため身体支持部12が存在してもそれ程杖歩行の支障にはならず、また、健側に身体支持部をまったく設けないと、杖歩行練習器1の横方向のバランスが悪く、横方向に転倒しやすくなるからである。もっとも、身体支持部11を前後対称の形状にすれば、右側に患部がある患者でも左側に患部がある患者でもリバーシブルに使用できるというメリットがある。患者身体支持部の開放部の角度θは、杖の使用を妨げないようにするため、90°以上あることが望ましい。他方、θが大きすぎると横方向の安定性が低下するため、θは140°以下が望ましい。
【0017】
図5及び
図6は、患者2の腰部にハーネス6、ベルト61及びリング62を取り付けたところを示す図である。
図5は、患者の前側、
図6は、患者の後側から見た図である。患者2が着用したベルト5に取り付けたハーネス6と、杖歩行練習器1の患者身体接続部4とをワイヤー(図示せず。)等でつないで患者2の腰部と杖歩行練習器1をつなぐ。ワイヤーはたるまないようにきつくつないだ方が、患者の動きに合わせて杖歩行練習器1が追従し、万が一患者が転倒したときでも患者が地面に衝突しないため望ましい。このような構成により、患者が理学療法士等の付き添いなしで一人で杖を使用して歩行する練習をする際に、杖歩行練習器1がワイヤーで引っ張られ、手を使わなくても患者に追従して移動するため、患者の移動の妨げにならない。また、患者の腰の部分が杖歩行練習器1のほぼ腰の高さにある身体接続部4と接続するため、万が一杖歩行練習時に患者が転倒しても、患者が地面に衝突することがなく、患者が怪我をするのを防ぐことができる。したがって、患者が安全に杖を使用して歩行する練習を行うことができる。
【0018】
図7及び
図8は、本実施例の制動ロック機構の概略を示す図である。
図7は、通常時の制動ロック機構の概略を示している。本体部分7の下部に、本体部分7と車輪31が取り付けられた台33の間に弾性体であるバネ(コイルスプリング)322が取り付けられている。バネ322の周囲で車輪31の上方にカバー321が取り付けられているが、通常時は、車輪31とカバー321は接触していない。
【0019】
図8は、患者が転倒したときの制動ロック機構の概略を示す図である。患者が転倒した際は、患者の重心低下がハーネスを通じて歩行練習器1の本体部分に伝わり、バネ322を収縮させる。すると、カバー321が下がり、カバー321の下部と車輪31が接触し、車輪31の回転及び旋回に制動(ブレーキ)をかける。これにより、患者が転倒した際も、杖歩行練習器1が意図しない方向に移動して患者が壁に衝突したり階段から転げ落ちて怪我をすることを防止することができる。
【0020】
なお、ハーネスと杖歩行練習器の間をつなぐ部分にバネやダンパを入れれば、横方向への力を伝えず、滑らかに動かすことができる。
【0021】
図9は、制動ロック機構32のカバーの高さ調節機構14を示す図である。141のレバーを倒すと、カバーが降下し、レバーを一番下まで倒すと、カバー321の下部がタイヤ31の上部に押し付けられ、ブレーキがかかった状態となる。杖歩行練習器1を保管する際には、タイヤにブレーキをかけて保管すると、杖歩行練習器が保管場所から勝手に移動することがないため、望ましい。また、患者が装置を装着する際、バランスを崩して装置にもたれかかったとしても、タイヤがロックされている事により安全を保つことが可能である。
【実施例2】
【0022】
図10は、実施例2の車輪カバーの概略を示す図である。実施例2の機構は、リハビリ歩行時に患者の骨盤の必要以上の動揺を抑えるとともに、正しい歩行を患者にフィードバックすること、安全な歩行練習を行わせることを目的とするものである。
【0023】
片麻痺患者は,麻痺脚の筋力が健脚の筋力より弱いことが多く、自然と歩行の進行方向が麻痺側に曲がってしまう。この問題に対し、現状では理学療法士によるハンドリングという手技を用いて対応している。このハンドリングとは、患者の骨盤の両脇を理学療法士が軽く保持する手技のことである。この手技は、骨盤の必要以上の動揺を抑えることと、患者自身に異常歩行を気づかせて修正を促すことの二つの目的を持つ。
【0024】
本実施例では、腰部をハーネスで支持しているという特徴を活かし、片麻痺患者の歩行が曲がり始めるタイミングで腰部に抵抗力がかかる「直進歩行支持機構」を実現することで、このハンドリングの手技を代替する。
【0025】
本機構は、次のような流れによって実現される。車輪カバー8の縦の長さLを、
図10のように旋回方向に徐々に長く取ること(平坦なカバーではなく、斜めにカットされた形状をとることで)により、車輪31が旋回した際、車輪31を車輪カバーが圧接、抵抗がかかるようになる。ブレーキ機構の全体は、
図12に示すような形になる。
【0026】
具体的には、タイヤ31は弾力性のある素材でできているため、
図11に示すようにキャスター3が旋回してカバー8と接触すると、タイヤ31との接触量に応じ、本来の体積が圧縮される形になる。その圧縮された体積とタイヤにかかる抵抗力が
図13に示す関係となる。これにより、キャスター3が旋回する量に応じて、抵抗力が大きくなる。
【0027】
キャスターの角度は常に歩行器が移動する角度と同一になるが、ヒトの歩行時、歩行練習器の移動する方向は常に進行方向と一致するわけではなく、骨盤の移動に沿って
図14のようなカーブを描く。加えて、筋力が衰えた患者の不安定な歩行は骨盤動揺量も増加するため、タイヤの角度も大きく振れるようになる。
【0028】
本機構を利用し、杖歩行練習器にハーネスで接続された患者の骨盤が一般的な直進歩行時の骨盤動揺量を超えた際に、歩行補助器のキャスターの旋回方向に対し、緩やかな制動がかかるように車輪カバーの縦の長さLを調節する。これにより、患者に対し、ハーネスを通じて抵抗力がフィードバックされる。ブレーキ機構の全体としては、曲がる意図をもってキャスターを旋回させる際には、レバー9(
図12)を引き上げる事で制動がかかることを防ぐ。この機構により患者の骨盤の必要以上の動揺を抑えるとともに、正しい歩行を患者にフィードバックすることが可能となる。
【0029】
また、リハビリの結果、症状が改善してきた患者に対しては、
図15のように、キャスター3と車輪カバー8の距離を離し、かつ、車輪カバー8の切れ込みを鋭角なものに変更することにより、キャスター3が旋回方向に振れただけではブレーキがかからないよう、自由度を高くすることができる。さらに、重心が低下した際には、通常の転倒に比較して早くブレーキがかかるようにすることで、訓練中において一番危険な、横向きの転倒を防ぐことが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、杖歩行練習器として産業上の利用可能性がある。
【符号の説明】
【0031】
1 杖歩行練習器
2 患者
3 キャスター
31 車輪
32 制動ロック機構
321 カバー
322 バネ
33 台
4 患者身体接続部
5 ベルト
6 ハーネス
7 本体部分
8 車輪カバー
9 レバー
10 接続部
11 患者身体支持部
12 後方健側患者身体支持部
13 スペース