(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6566937
(24)【登録日】2019年8月9日
(45)【発行日】2019年8月28日
(54)【発明の名称】不飽和ポリエステルによる自己修復ポリマー材料
(51)【国際特許分類】
C08L 101/02 20060101AFI20190819BHJP
C08K 9/10 20060101ALI20190819BHJP
C08L 67/00 20060101ALI20190819BHJP
C09D 7/65 20180101ALI20190819BHJP
C09D 201/00 20060101ALI20190819BHJP
C09D 5/03 20060101ALI20190819BHJP
C09D 167/08 20060101ALI20190819BHJP
C09J 11/08 20060101ALI20190819BHJP
C09J 201/00 20060101ALI20190819BHJP
C09J 167/08 20060101ALI20190819BHJP
【FI】
C08L101/02
C08K9/10
C08L67/00
C09D7/65
C09D201/00
C09D5/03
C09D167/08
C09J11/08
C09J201/00
C09J167/08
【請求項の数】27
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-519657(P2016-519657)
(86)(22)【出願日】2014年6月12日
(65)【公表番号】特表2016-521802(P2016-521802A)
(43)【公表日】2016年7月25日
(86)【国際出願番号】US2014042184
(87)【国際公開番号】WO2014201290
(87)【国際公開日】20141218
【審査請求日】2017年5月16日
(31)【優先権主張番号】61/834,733
(32)【優先日】2013年6月13日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】515345436
【氏名又は名称】オートノミック マテリアルズ、インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】ウィルソン、ジェラルド、オー.
【審査官】
中西 聡
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2012/137338(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00−101/14
C08K 3/00−13/08
C09D 1/00−10/00,101/00−201/10
C09J 1/00−201/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1のマイクロカプセルと、
酸素開始の架橋能を有する不飽和多官能性樹脂と、
水に不要であり、かつ沸点が225℃以上であり、かつ誘電率が5.0以上である極性非プロトン性溶媒と、
を含み、
前記不飽和多官能性樹脂および前記極性非プロトン性溶媒が第1のマイクロカプセル内に配置されることを特徴とする自己修復ポリマー材料。
【請求項2】
前記不飽和多官能性樹脂はアルキド樹脂を含むことを特徴とする請求項1に記載の自己修復ポリマー材料。
【請求項3】
前記アルキド樹脂は、脂肪酸と、三官能性アルコールと、酸または酸無水物とから形成されることを特徴とする請求項2に記載の自己修復材料。
【請求項4】
前記アルキド樹脂はテレケリック末端基を含むことを特徴とする請求項2に記載の自己修復ポリマー材料。
【請求項5】
前記テレケリック末端基は、エポキシ基、イソシアネート基、ポリオール基、シラノール基、ビニル末端シラン基、ビニル基、不飽和脂肪酸または不飽和官能基を含むことを特徴とする請求項4に記載の自己修復ポリマー材料。
【請求項6】
前記三官能性アルコールは、グリセロールまたは三官能性シラノールを含むか、またはフッ素化官能基、エポキシ官能基、ビニル官能基もしくはイソシアネート官能基を含む三官能性アルコールを含むことを特徴とする請求項3に記載の自己修復ポリマー材料。
【請求項7】
前記第1のマイクロカプセル内に配置された、誘電率が5.0未満である非極性溶媒をさらに含むことを特徴とする請求項5に記載の自己修復ポリマー材料。
【請求項8】
前記非極性溶媒は、キシレン、エチルベンゼン、または誘電率が5.0未満である低極性アセテートを含むことを特徴とする請求項7に記載の自己修復ポリマー材料。
【請求項9】
前記極性溶媒は、
a.前記マイクロカプセル内の極性環境を維持し、
b.蒸気圧が20℃で0.5mmHg未満であり、
c.LD50(経口、ラット)値が3000mg/kg以上であり、あるいは
d.a〜cのいずれかの組み合わせを有する
ことを特徴とする請求項7に記載の自己修復ポリマー材料。
【請求項10】
前記極性非プロトン性溶媒は、エチルフェニルアセテート、フェニルエチルアセテートまたはフェニルエチルフェニルアセテートを含むことを特徴とする請求項7に記載の自己修復ポリマー材料。
【請求項11】
請求項1に記載の自己修復ポリマー材料を含み、コーティング、樹脂、接着剤、熱硬化性複合材、熱可塑性複合材またはシーラントであることを特徴とする組成物。
【請求項12】
前記組成物がコーティングであり、前記コーティングは、ポリ尿素を有するコーティング、ポリエチレンを有するコーティング、エポキシを有するコーティング、ポリウレタンを有するコーティング、エポキシビニルエステルを有するコーティング、アクリルを有するコーティング、アルキドを有するコーティング、またはシリコーンを有するコーティングを含むことを特徴とする請求項11に記載の組成物。
【請求項13】
前記コーティングはパウダーコーティングを含むことを特徴とする請求項12に記載の組成物。
【請求項14】
前記コーティングは、ドローダウンバー塗布技術、スプレー塗布技術、エアレススプレー塗布技術、または静電スプレー塗布技術によって塗布されることを特徴とする請求項12に記載の組成物。
【請求項15】
触媒または硬化剤を含む第2のマイクロカプセルをさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の自己修復ポリマー材料。
【請求項16】
前記触媒は、コバルト錯体、マンガン錯体、鉄錯体、セリウム錯体、バナジウム錯体、ジルコニウム錯体、ビスマス錯体、バリウム錯体、アルミニウム錯体、カルシウム錯体、亜鉛錯体、リチウム錯体またはカリウム錯体を含むことを特徴とする請求項15に記載の自己修復ポリマー材料。
【請求項17】
前記マイクロカプセルは、尿素ホルムアルデヒド、ポリウレタン、メラミン−ホルムアルデヒド、ポリアクリレートまたはこれらの組み合わせを含むことを特徴とする請求項1に記載の自己修復ポリマー材料。
【請求項18】
前記マイクロカプセルの平均径は、0.5μm〜100μmであることを特徴とする請求項1に記載の自己修復ポリマー材料。
【請求項19】
酸素開始の架橋能を有する不飽和多官能性樹脂と、水に不要であり、かつ沸点が225℃以上であり、かつ誘電率が5.0以上である極性非プロトン性溶媒を準備するステップと、
前記不飽和多官能性樹脂および前記極性非プロトン性溶媒を共にマイクロカプセル化して自己修復ポリマー材料を作製するステップと
を備えることを特徴とする自己修復ポリマー材料の作製方法。
【請求項20】
前記不飽和多官能性樹脂を準備するステップは、アルキド樹脂を準備するステップを備えることを特徴とする請求項19に記載の方法。
【請求項21】
前記アルキド樹脂を準備するステップは、脂肪酸と、三官能性アルコールと、酸または酸無水物とから形成されたアルキド樹脂を準備するステップを備えることを特徴とする請求項20に記載の方法。
【請求項22】
前記アルキド樹脂を準備するステップは、テレケリック末端基を含むアルキド樹脂を準備するステップを備えることを特徴とする請求項20に記載の方法。
【請求項23】
前記アルキド樹脂を準備するステップは、エポキシ基、イソシアネート基、ポリオール基、シラノール基、ビニル末端シラン基、ビニル基、不飽和脂肪酸または不飽和官能基を含むテレケリック末端基を含むアルキド樹脂を準備するステップを備えることを特徴とする請求項22に記載の方法。
【請求項24】
誘電率が5.0未満である非極性溶媒を準備するステップと、
前記非極性溶媒を前記不飽和多官能性樹脂および前記極性非プロトン性溶媒と共にマイクロカプセル化するステップと
をさらに備えることを特徴とする請求項19に記載の方法。
【請求項25】
マイクロカプセル化された極性非プロトン性溶媒の濃度を高めることによって、前記不飽和多官能性樹脂の早期の酸素開始架橋を低減させ、マイクロカプセル化された極性非プロトン性溶媒の濃度を低減させることによって、前記不飽和多官能性樹脂の硬化時間を縮小させることを特徴とする請求項24に記載の方法。
【請求項26】
別にマイクロカプセル化された触媒または硬化剤を準備するステップをさらに備えることを特徴とする請求項20に記載の方法。
【請求項27】
マイクロカプセル化された不飽和多官能性樹脂を、コーティング、重合された樹脂、接着剤、熱硬化性複合材、熱可塑性複合材またはシーラントに添加するステップをさらに備えることを特徴とする請求項20に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本実施形態は、自己修復材料、特に、酸素開始の架橋能を有する不飽和多官能性樹脂系の自己修復材料に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリマー材料の不具合によって、重大な結果が生じ得る。コーティングの場合には、著しい衝撃的な事象によるコーティングの不具合あるいはコーティング環境の結果として徐々に減少することによる機械的な損傷によって、下層の基材が環境に暴露され得る。基材は、一旦暴露されると、金属基材の場合には腐食によって、非金属基材の場合には他の分解反応によって劣化し得る。コーティング、重合樹脂、接着剤、シーラントおよび複合材に不具合があると、これらの材料で構成される部品、装置または設備には、高価な修理とサイドライニングが必要となり得る。長寿命材料を使用することによって、材料の不具合に伴う高価なメンテナンスに加えて、原料油からの益々高価となる出発原料および環境影響の最小化の必要性のすべてに恩恵がもたらされる。損傷時に自己修復可能な材料は、特定の用途においてはより長寿命であろう。
【図面の簡単な説明】
【0003】
以下の詳細な説明と添付の図とによって実施形態は容易に理解されるであろう。実施形態は例として示されるものであり、添付の図の形状を限定するものではない。
【0004】
【
図1】種々の実施形態による、リノール酸と無水フタル酸からのアルキド樹脂の化学合成を示す。
【
図2】種々の実施形態による、アルキド樹脂の不飽和官能基の架橋による自己修復を示す概略図である。ここで、
図2Aは、マイクロカプセル化修復剤処方を示し、
図2Bは、損傷位置における樹脂の放出を示し、
図2Cは、損傷位置における樹脂の架橋を示す。
【
図3】種々の実施形態による一カプセル系を示す概略図である。
【
図4】種々の実施形態による、数種のコーティング性能試験で使用される代表的な樹脂の例の化学構造を示す。
【
図5】種々の実施形態による、ポリ尿素コーティングで観察された自己修復性能を示す。ここで、
図5Aは、未着色ポリ尿素コーティングである対照サンプルでの試験結果を示し、
図5Bは、エチルフェニルアセテートと、エポキシ末端基を有するアルキド樹脂(以下、マイクロカプセル添加剤をシリーズ3(S3)と呼ぶ)とを含むマイクロカプセルを20質量%含む自己修復サンプルでの試験結果を示し、
図5Cは、大きさが異なる2つのスクライブで観察された腐食クリープ度を示すグラフである。
【
図6A-B】種々の実施形態による、ポリエチレンパウダーコーティングの自己修復性能を示し、3つの異なる幅(46μm、186μm、500μm)のスクライブの自己修復を評価した。ここで、
図6Aは、対照サンプルでの試験結果を示し、
図6Bは、エチルフェニルアセテートと、エポキシ末端基を有するアルキド樹脂とを含むマイクロカプセルを20質量%含むサンプルでの試験結果を示す。
【
図6C-E】種々の実施形態による、ポリエチレンパウダーコーティングの自己修復性能を示し、3つの異なる幅(46μm、186μm、500μm)のスクライブの自己修復を評価した。ここで、
図6Cは、46μmスクライブで観察された腐食クリープ度を示すグラフであり、
図6Dは、186μmスクライブで観察された腐食クリープ度を示すグラフであり、
図6Eは、500μmスクライブで観察された腐食クリープ度を示すグラフである。
【
図7】種々の実施形態による、アルキド樹脂の不飽和官能基の架橋による自己修復を示す概略図である。ここで、
図7Aは、マイクロカプセル化された修復剤処方を示し、
図7Bは、損傷位置における樹脂の放出を示し、
図7Cは、損傷位置における樹脂の架橋およびマトリックスとの共有結合形成、非共有結合形成あるいは両結合形成を示す。
【
図8】種々の実施形態による、冷延鋼板(CRS)パネルに塗布した2つのバージョンのエポキシコーティングの自己修復性能を示す。ここで、
図8Aは、市販のエポキシプライマーで被覆した対照サンプルを示し、
図8Bは、エチルフェニルアセテートと、エポキシ末端基を有するアルキド樹脂とを含むマイクロカプセル5質量%を添加した同じ市販のエポキシプライマーで被覆した自己修復サンプルを示し、
図8Cは、大きさが異なる2つのスクライブで観察された腐食クリープ度を示すグラフである。
【
図9】種々の実施形態による標準の二カプセル系の例を示す概略図である。
【
図10】種々の実施形態によるハイブリッドの二カプセル系の例を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0005】
以下の詳細な説明では添付の図を参照するが、これらの図は、実施可能な形態を例示するものである。他の実施形態を用いることも可能であり、また、構造的あるいは論理的な変更が実施形態の範囲を逸脱することなく行われ得ることは理解されるべきである。従って、以下の詳細な説明は制限的な意味合いで捉えられるものではなく、実施形態の範囲は、添付の請求項およびそれらの均等物によって画定されるものである。
【0006】
実施形態の理解に有用な方法で、種々の操作を複数の別個の操作として順番に説明するが、説明の順番は、これらの操作が順番に依存することを意味すると解釈すべきでない。
【0007】
説明では、上下、前後および頂部/底部などの斜視図法に基づいた記載が用いられる。こうした記載は単に議論を容易にするために用いられるものであり、開示された実施形態の用途を制限することを意図したものではない。
【0008】
「連結された」、「接続された」およびそれらの派生語が用いられ得る。これらの用語は、互いに同意語を意図したものではないと理解すべきである。むしろ、特定の実施形態では、「接続された」は、2つ以上の要素が互いに直接物理的または電気的に接触していることを示すために用いられ得る。「連結された」は、2つ以上の要素が直接物理的または電気的に接触していることを意味し得る。しかしながら、「連結された」は、2つ以上の要素が互いに直接には接触していないが、互いに協働または相互作用していることも意味し得る。
【0009】
本説明において、「A/B」または「Aおよび/またはB」は、(A)、(B)または(AおよびB)を意味する。本説明において、「A、BおよびCの内の少なくとも1つ」は、(A)、(B)、(C)、(AおよびB)、(AおよびC)、(BおよびC)または(A、BおよびC)を意味する。本説明においてに、「(A)B」は、(B)または(AB)、すなわち、Aは任意の要素であることを意味する。
【0010】
本説明では、1つまたは複数の「実施形態」を用いるが、これはそれぞれ、1つまたは同じであっても異なっていてもよい複数の実施形態を指す。また、実施形態に関して使用される「備える」、「含む」、「有する」などは同意語である。
【0011】
種々の実施形態では、損傷時に外部からのいかなる介入もなしに自身の修復が可能なスマート材料である自己修復材料が開示される。種々の実施形態では、これらの自己修復材料の一部またはすべてがマイクロカプセル化されていてもよく、マイクロカプセルを含むマトリックスの損傷によってマイクロカプセルが破裂し、修復材料が損傷位置内に放出され、そこで重合してマトリックスの機能を回復させ得る。ここでの「マトリックス」は、複数のマイクロカプセルを含む任意の材料を指す。
【0012】
図1は、リノール酸と無水フタル酸からのアルキド樹脂の化学合成を示す。種々の実施形態では、図示した樹脂などのアルキド樹脂は、自己修復ポリマー系における自己修復剤として使用され得る。より具体的には、種々の自己修復系では、脂肪酸(
図1の「A」)中に存在するものなどの、酸素の存在下で架橋する不飽和官能基の能力を利用し得る。例えば、グリセロールなどの三官能性アルコール(
図1の「C」)を、重合して樹脂を形成可能な無水物官能基(
図1の「B」)などの官能基を含む酸とエステル化反応させてもよい。種々の実施形態では、これによって、修復事象の間に損傷位置まで送達するための修復剤処方内にカプセル化可能な二官能性樹脂を生成してもよい。損傷位置で放出されると、不飽和官能基(「A」)は、酸素の存在下で架橋し、損傷を修復するポリマーを生成し得る。開示した自己修復材料の実施形態は、一カプセル系として構成され得るものもあれば、二カプセル系の形態を取り得るものもある。
【0013】
一カプセル系の形態の実施形態では、アルキド樹脂などの樹脂を含む修復材料は、
図1に示すように処方されてもよく、非極性溶媒と極性溶媒は共に、マイクロカプセル内に一緒にカプセル化されてもよい。これらの実施形態では、極性溶媒は、樹脂の早期架橋を防止する樹脂のカプセル化と安定化に適した特性範囲を有していてもよい。修復事象の間にマイクロカプセルが破裂すると、損傷位置内に修復剤が放出されて溶媒(極性および非極性の両方)が蒸発し、環境からの酸素の取り込みにより架橋が始まる。このプロセスを、アルキド樹脂の不飽和官能基の架橋による自己修復を示す
図2A〜2Cに概略的に示す。ここで、
図2Aは、マイクロカプセル化された修復剤処方を、
図2Bは、損傷位置における樹脂の放出を、
図2Cは、損傷位置における樹脂の架橋をそれぞれ示す。
【0014】
非極性溶媒は、キシレン、エチルベンゼンまたは低極性アセテートなどの一般の溶媒であってもよいが、極性溶媒は、一般に樹脂のマイクロカプセル化と安定化を可能にする一連の特性を有する。例えば、一部の実施形態では、極性溶媒は、カプセル内の極性環境を維持して、(例えば抗酸化により)樹脂の早期架橋を防止し得る。種々の実施形態では、溶媒の誘電率は、例えば5.0以上であってもよく、沸点は、全体として系の高熱安定性を維持するに十分に高いものであり、例えば225℃以上であってもよい。さらに、極性溶媒の蒸気圧は、早期蒸発を防止するに十分に低いものであってもよい。早期に蒸発すると極性環境が危うくなり、修復剤処方内での樹脂の早期架橋に繋がる可能性がある。一部の実施形態では、蒸気圧が20℃で0.5mmHg未満であることも望ましい。また、種々の実施形態では、極性溶媒は、疎水性修復剤処方内への取り込みとカプセル化が容易であるため水に不溶であり、毒性も、LD50(経口、ラット)値が3000mg/kg以上と一般に低い。これらの基準を満たす溶媒の具体的および非限定的な例としては、エチルフェニルアセテート(CAS登録番号101−97−3)、フェニルエチルアセテート(CAS登録番号103−45−7)およびフェニルエチルフェニルアセテート(CAS登録番号102−20−5)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0015】
種々の実施形態では、極性非プロトン性溶媒の特性は、自己修復プロセスにとって所望の反応速度が得られるように選択されてもよい。一部の実施形態では、極性非プロトン性溶媒の特性は、上記のように、修復事象の間に利用できなくなる修復剤の早期架橋を防止するように最適化されてもよい。しかしながら、他の実施形態では、処方は、修復剤の反応速度を所望通りに上昇または低減させるようカスタマイズされてもよい。例えば、修復剤の反応は、極性非プロトン性溶媒の存在下では容易には起こらない不飽和基の架橋に依存するため、一部の実施形態では、修復剤処方中の極性非プロトン性溶媒の濃度は、自己修復系の修復反応速度を合わせるように調整されてもよい。
【0016】
以下の表1は、修復剤処方のゲル化および硬化時間に対する極性非プロトン性溶媒(この場合エチルフェニルアセテート)の濃度低減の効果の例を示す。これらのデータは、エチルフェニルアセテートの濃度を低減し、それをヘキシルアセテートなどのより低極性の溶媒に置換することによって、ゲル化と硬化時間が早くなることを実証している。これらのデータは、修復剤の早期重合を遅延させる極性非プロトン性溶媒の効能の確認に加えて、マイクロカプセルからの放出時に、極性がより低く、かつ蒸気圧がより高い溶媒で置換する極性非プロトン性溶媒の量が増すことによって、修復反応速度がより大きい自己修復系となり得ることも実証している。種々の実施形態では、求められる最適修復速度は、用途毎に異なり得る。しかしながら、その最適速度は、処方中の極性非プロトン性溶媒の濃度を変えることにより、種々の実施形態で達成され得る。
【0017】
表1:修復剤処方中の極性非プロトン性溶媒濃度の関数としてのゲル化および硬化時間
【表1】
本実施例で使用した溶媒はエチルフェニルアセテートであり、その濃度を低減させた処方では、その代りにヘキシルアセテートを使用した。修復事象の間の溶媒蒸発をシミュレートするために、評価する修復剤処方5滴を5インチ×3インチの冷延鋼板パネルの中心に滴下して周期的に評価した。
【0018】
図3は、種々の実施形態による一カプセル系を示す概略図である。用途がコーティング、シーラント、接着剤、熱硬化性複合材、熱可塑性複合材あるいは他の一部のポリマーマトリックス材料であってもよく、マイクロカプセルを材料に埋め込んで特定の用途に使用してもよい。
【0019】
液体コーティング中の一カプセル系の使用例としては、オリゴマーがテレケリックエポキシ官能基を含むエポキシ官能化アルキド(
図4に示すものなど)を含むマイクロカプセルの使用が挙げられる。ここで、
図4は、種々の実施形態による、コーティング性能試験で使用する代表的な樹脂例の化学構造を示す。種々の実施形態に従って、脂肪酸鎖中の不飽和基(例えば、
図1のA基参照)の架橋によって、コーティングのバリア特性を回復させる硬化ポリマーが形成される。
【0020】
図5A〜5Cは、種々の実施形態による、ポリ尿素コーティングで観察された自己修復性能を示す。
図5Aは、未着色ポリ尿素コーティングである対照サンプルでの試験結果を、
図5Bは、エチルフェニルアセテートと、エポキシ末端基を有するアルキド樹脂とを含むマイクロカプセル(以下、該マイクロカプセル添加剤をシリーズ3(S3)と呼ぶ)を20質量%含む自己修復サンプルでの試験結果をそれぞれ示し、
図5Cは、大きさが異なる2つのスクライブで観察された腐食クリープ度を示すグラフである。
図5に示す実施例および以下の残りの実施例では、マイクロカプセルをコーティング処方内に混合後、基材上に塗布した。コーティングサンプルは、
ドローダウンバーを用いて所望の基材上にコーティングを引き延ばして調製したが、従来のエアレススプレー装置を使用しても、同様の結果が観察された。コーティングを塗布後、24時間でサンプルは硬化し、その後、それぞれ186μmおよび500μmのスクライブツールを用いて故意に損傷させた。
【0021】
その後、サンプルを室温で24時間修復させた後、塩水噴霧中に入れて、ASTM B117(ASTM標準B117−11(2003)「塩水スプレー(噴霧)装置操作のための標準的技法」(ASTM International,West Conshohocken,PA,www.astm.org))に規定された条件に1000時間暴露した。塩水噴霧に暴露後、スクライブからの腐食クリープ量をmm単位で測定した。
【0022】
図5Aおよび
図5Bは、冷延鋼板(CRS)基板上に塗布した2つのバージョンの未着色ポリ尿素コーティングを示す。対照サンプル(
図5A)は、標準の未着色コーティングで被覆したものであり、自己修復サンプル(
図5B)は、
図4に示すようなアルキド樹脂と、エチルフェニルアセテートなどの上記の基準を満たす極性溶媒とで構成された処方を含むマイクロカプセル20質量%を含んでいた。
図5Cに示すように、ASTM B117に暴露後、対照サンプルのスクライブからの腐食クリープは目に見えて著しく、一方、自己修復サンプルのスクライブからの腐食クリープは、最小(500μmスクライブ損傷の場合)〜ほとんどなし(186μmスクライブ損傷の場合)であった。同様の結果は、エポキシ、ポリウレタン、アルキド、エポキシビニルエステル、シリコーンおよび他の液体コーティング剤を含む、さまざまな範囲のコーティングおよびマトリックス剤でも観察された。
【0023】
図6A〜6Eは、種々の実施形態による、ポリエチレンパウダーコーティングの自己修復性能を示し、3つの異なる幅(46μm、186μm、500μm)のスクライブの自己修復を評価した。ここで、
図6Aは、対照サンプルでの試験結果を、
図6Bは、エチルフェニルアセテートと、エポキシ末端基とを有するアルキド樹脂とを含むマイクロカプセル20質量%を含むサンプルでの試験結果をそれぞれ示し、
図6Cは、46μmのスクライブで観察された腐食クリープ度を、
図6Dは、186μmのスクライブで観察された腐食クリープ度を、
図6Eは、500μmのスクライブで観察された腐食クリープ度をそれぞれ示すグラフである。損傷が観察された領域を繕える液体コーティングと違って、融点を超える温度に加熱されたポリマーが溶融・流動して均一なコーティングを形成した際に硬化するパウダーコーティングは、同じ種類のコーティングで運用中に簡単には修復されない。これは、パウダーコーティングした部分は、運用中の使用が不可能な大型のオーブン内で硬化されることが多いためである。下にある大事なものを腐食から保護するためにこれらのコーティングを使用する場合、コーティングが損傷した際に運用中にそれらを適切に修復できないことは大きな懸念である。
【0024】
図6A〜6Eに示す実施形態では、スプレー乾燥したマイクロカプセルを乾燥パウダーコーティング処方内に混合して乾燥ブレンドを形成し、その後、静電スプレーガンあるいは流動床によりCRS基材に塗布した。対照サンプルでは、ASTM B117条件に1000時間暴露後のスクライブからの腐食クリープは著しいものであった(例えば
図6A参照)が、自己修復サンプルでは、スクライブからの腐食クリープは最小であった(例えば
図6B参照)。
図6C〜6Eに示すように、対照サンプルのスクライブからの腐食クリープは目に見えて著しく、一方、自己修復サンプルのスクライブからの腐食クリープは、最小(500μmスクライブ損傷(
図6E)の場合)〜ほとんどなし(186μmスクライブ損傷(
図6D)および46μmスクライブ損傷(
図6C)の場合)であった。同様の結果は、エポキシやポリエステルを含む他のパウダーコーティングでも実証された。
【0025】
種々の実施形態では、官能基の整合によりマトリックス接着を向上させてもよい。具体的には、樹脂中のテレケリック基を利用して自己修復性能を向上させ、それによって、マイクロカプセル化された自己修復添加剤の濃度を低減させてもよい。一部の実施形態では、官能基整合は、
図4に示すようなテレケリックエポキシ官能基を有するアルキド樹脂に対して使用してもよい。例えば、自己修復材料を上記のように処方し、修復事象の間に
図4に示すもののような樹脂を損傷位置内に放出させる場合、エポキシ基は、マトリックス中の残留エポキシ基とエポキシ硬化剤で架橋するであろう。その結果、存在し得る他の非共有相互作用に加えて、マトリックスに共有結合した重合化修復剤が生成される(例えば
図6参照)。こうしてマトリックスへの接着が向上することによって、より低い修復剤濃度での自己修復性能が向上し得る。
図4に示した実施形態では、テレケリックエポキシ官能を有するアルキド樹脂を使用したが、他の実施形態では、イソシアネート基、ポリオール基、ビニル末端シラン基、ビニル基および他の不飽和基などの他の相補的な残留反応性基と架橋し得るテレケリック末端基を含むアルキド樹脂を使用してもよい。
【0026】
マトリックスへの接着が向上した結果の例を、完全に処方したエポキシコーティング(対照)と、
図4に示すものなどのアルキド樹脂とエチルフェニルアセテートなどの上記の基準を満たす極性溶媒とで構成された処方を含むマイクロカプセル5質量%を含む同様のエポキシコーティングとを比較して示す。
図7A〜7Cは、種々の実施形態による、アルキド樹脂の不飽和官能基の架橋により自己修復するマトリックスへの向上した接着を示す概略図である。ここで、
図7Aは、マイクロカプセル化された修復剤処方を、
図7Bは、損傷位置における該樹脂の放出を、
図7Cは、損傷位置における該樹脂の架橋、並びにマトリックスとの共有結合形成、非共有結合形成または両結合形成をそれぞれ示す。
【0027】
図8A〜8Cは、種々の実施形態による、CRSパネルに塗布した2つのバージョンのエポキシコーティングの自己修復性能を示す。ここで、
図8Aは、市販のエポキシプライマーで被覆した対照サンプルを、
図8Bは、エチルフェニルアセテートと、エポキシ末端基を有するアルキド樹脂とを含むマイクロカプセル5質量%を添加した同じ市販のエポキシプライマーで被覆した自己修復サンプルをそれぞれ示し、
図8Cは、大きさが異なる2つのスクライブで観察された腐食クリープ度を示すグラフである。
図8Cに示すように、対照サンプルでの初期の186μmスクライブと500μmスクライブからの腐食クリープは、ASTM B117で規定される条件に暴露後では著しいが、自己修復サンプルでの同様のスクライブからの腐食は限定されている。
【0028】
多官能性樹脂のテレケリック基(例えば
図4のB基)が、ポリウレタンマトリックスと架橋するためのイソシアネートまたはポリオール、シリコーン系マトリックスと架橋するためのシラノールまたはビニル末端シラン、ビニルエステルと架橋するためのビニル基などの官能基である同様の自己修復系を使用してもよい。種々の不飽和脂肪酸(例えばパルミトレイン酸、オレイン酸、ドコサヘキサエン酸)および他の不飽和官能基(例えば
図4のA基)を、この概念に基づく自己修復系のデザインに使用してもよい。多官能性樹脂またはモノマーが誘導されるコアの三官能性アルコールは、グリセロールなどの任意の三官能性アルコール、三官能性シラノール、あるいはフッ素化官能基または架橋用の追加点としてのエポキシ基、ビニル基もしくはイソシアネート基等の他の反応性官能基などの他の官能基を含み得る他の任意の三官能性アルコールであってもよい。
【0029】
他の実施形態は、2つのカプセルの系に関する。種々の実施形態では、自己修復系の修復反応速度は、自己修復系のベース樹脂成分の反応速度を上げることによって向上され得る。この自己修復系のベースを形成する多官能性樹脂の場合、反応速度は、不飽和官能基(
図4の「A」)の架橋速度を上げることによって向上できる。種々の実施形態では、この方法は、標準の2つのカプセルの系の基礎であると考えられ得る。
図9は、種々の実施形態による標準の2つのカプセルの系の例を示す概略図である。種々の実施形態では、2種類のマイクロカプセルをマトリックス内に埋め込んでもよい。第1の種類のマイクロカプセルは、一カプセル系用に上記のように処方された修復剤を含んでいてもよい(
図9のカプセルA)。
【0030】
第2の種類のマイクロカプセルは、典型的には金属塩または錯体である触媒を含んでいてもよく(
図9のカプセルB)、樹脂またはモノマーがアルキドの場合、該触媒は、通常乾燥剤と呼ばれる。単独であるいは他と組み合わせて使用できる金属錯体の例としては、コバルト系、マンガン系、鉄系、セリウム系およびバナジウム系の一次乾燥剤が挙げられる。これらの乾燥剤は、例として、ジルコニウム錯体、ビスマス錯体、バリウム錯体およびアルミニウム錯体系の二次乾燥剤および/またはカルシウム錯体、亜鉛錯体、リチウム錯体およびカリウム錯体系の補助乾燥剤と合わせて使用できる。損傷位置に放出される修復剤の混合を容易にするために、種々の実施形態では、樹脂を含むカプセル(カプセルA)内の非極性溶媒を、触媒(カプセルB)送達用の媒体として使用してもよい。
【0031】
2つのカプセルの系のデザインの代替方法は、不飽和基(
図4の「A」)の架橋用の触媒に加えて、テレケリック基(
図4の「B」)用の硬化剤を含むカプセルB処方に基づく。
図10は、種々の実施形態による、こうしたハイブリッドの2つのカプセルの系の例を示す概略図である。標準の2つのカプセルの系でのカプセルBの使用によって、不飽和基(A基)の架橋速度および架橋度が向上するのと同時に、テレケリック基用の硬化剤を含有することによって、これらの基の転換効率が向上し、従ってマトリックスとの架橋が向上する。
【0032】
本明細書に記載の自己修復の概念は、ポリマー殻壁で構成されたマイクロカプセル内で修復剤処方をマイクロカプセル化する能力によって決まる。種々の実施形態では、尿素ホルムアルデヒド、ポリウレタンおよびこれら2つの組み合わせを含む種々の殻壁を修復剤の区画化に使用できる。得られるマイクロカプセルを、15質量%以上の水分を含んでもよい湿潤状態の最終形態(スラリーまたは湿潤ケーキなどの)の処方中、または典型的には2質量%以下の水分を含む乾燥した最終形態の処方中に組み入れてもよい。すべてのマイクロカプセルを1μm以上の範囲で製造してもよいが、種々の実施形態では、上で論じた用途での大きさは5〜100μmであってもよい。種々の実施形態では、本システムに基づく自己修復材料は、濃度が1質量%〜20質量%のマイクロカプセルで構成されてもよい。
【0033】
一部の実施形態について図示・説明したが、当業者であれば、同じ目的を達成するように意図された広範囲の代替およびまたは均等な実施形態または実施を用いて、その範囲を逸脱することなく、図示・説明した実施形態を置換でき得ることを理解するであろう。当業者であれば、実施形態は非常に広範囲の方法で実施され得ることを容易に理解するであろう。本出願は、本明細書で検討した実施形態に対するいかなる適応や変形もカバーするように意図される。従って、実施形態は、請求項およびその均等物によってのみ制限されることは明らかである。