(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ポリアミド樹脂及び強化繊維を含有するスライドファスナー用ポリアミド樹脂組成物であって、ポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量が前記組成物中の90質量%以上を占め、ポリメタキシリレンアジパミド(MXD6)がポリアミド樹脂中の60質量%以上を占め、強化繊維がポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量中の45〜70質量%を占め、繊維径が5〜7μmの第一強化繊維と第一強化繊維に比べて2μmを超える大きさの繊維径をもつ第二強化繊維とで強化繊維中の90質量%以上を占め、第一強化繊維が強化繊維中の20質量%以上50質量%未満を占めるスライドファスナー用ポリアミド樹脂組成物。
吸水率がポリメタキシリレンアジパミド(MXD6)よりも小さい前記脂肪族ポリアミドがポリアミド樹脂中の5〜20質量%を占める請求項2に記載のポリアミド樹脂組成物。
ポリアミド樹脂及び強化繊維を含有するポリアミド樹脂組成物であって、ポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量が前記組成物中の90質量%以上を占め、前記ポリアミド樹脂中の脂肪族ポリアミドの割合が60質量%以上であり、ポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量中の強化繊維の含有量が45〜70質量%であるポリアミド樹脂組成物を材料としたスライダー胴体を備えた請求項11に記載のスライドファスナー。
引手を構成するポリアミド樹脂組成物、及びスライダー胴体を構成するポリアミド樹脂組成物はそれぞれ顔料をポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量に対して4質量%未満含有し、引手を構成するポリアミド樹脂組成物中のポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量に対する顔料の濃度をP1、スライダー胴体を構成するポリアミド樹脂組成物中のポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量に対する顔料の濃度をP2とすると、P1:P2=1.5:1〜4:1である請求項13に記載のスライドファスナー。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
スライドファスナーを構成する部品のうち、引手はスライダーをエレメント列に沿って移動させてスライドファスナーの開閉状態を制御するための部品である。このため、引手が人手によって把持されて操作されるたびに、引手には引張力やねじり力が加わるので、容易に破損しないような高い靭性が要求される。また、ポリアミド樹脂組成物の射出成形品として引手を提供する場合、美観の観点から、染色が実施されることも多い。このため、引手には優れた染色性が求められ、更に、染色によって強度低下の少ないことも望まれる。しかしながら、従来技術においてはこのような引手の特殊性に着目した材料開発が十分に検討されていないため、改善の余地が残されている。
【0010】
本発明は上記事情に鑑み、優れた靱性を示し、染色性に優れ、且つ、染色後の強度に優れたスライドファスナー用部品、とりわけ引手を製造するための材料として好適なポリアミド樹脂組成物を提供することを課題の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
脂肪族ポリアミドは耐磨耗性に優れており、これを主体とするポリアミド組成物をスライダー胴体に適用すると、往復開閉耐久性が有意に向上する。このため、脂肪族ポリアミドはスライダー胴体に好適である。しかしながら、脂肪族ポリアミドは引手のようなねじり力が加わる部品には不向きであり、また、脂肪族ポリアミドは染色後の強度低下が大きい。このため、染色後にも優れた強度を与える芳香族ポリアミドとして特許文献3に開示されているMXD6を引手に適用することは好ましい。
【0012】
しかしながら、引手は小型部品であり、スライダー胴体に比べて小さいため、ポリアミド樹脂のマトリクス中に分散した強化繊維の配向が揃わずに、強化繊維による強度向上効果が十分に享受できない。この問題は特許文献3でも議論されているが、強化繊維に改良を加えることは意図されておらず、樹脂成分を改良することで当該欠点を補っているに過ぎない。
【0013】
本発明者は、強化繊維による強度向上効果をより大きく発揮する観点で、ポリアミド樹脂組成物中に配合する強化繊維の構成について鋭意検討したところ、MXD6を主成分とするポリアミド樹脂組成物中に繊維径の異なる所定の強化繊維を配合することが課題解決に対して有効であることを見出した。本発明は当該知見を基礎として完成したものである。
【0014】
本発明は第一の側面において、ポリアミド樹脂及び強化繊維を含有するスライドファスナー用ポリアミド樹脂組成物であって、ポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量が前記組成物中の90質量%以上を占め、ポリメタキシリレンアジパミド(MXD6)がポリアミド樹脂中の60質量%以上を占め、強化繊維がポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量中の45〜70質量%を占め、繊維径が5〜7μmの第一強化繊維と第一強化繊維に比べて2μmを超える大きさの繊維径をもつ第二強化繊維とで強化繊維中の90質量%以上を占め、第一強化繊維が強化繊維中の20質量%以上50質量%未満を占めるスライドファスナー用ポリアミド樹脂組成物である。
【0015】
本発明の第一の側面に係るポリアミド樹脂組成物の一実施形態においては、前記ポリアミド樹脂は吸水率がポリメタキシリレンアジパミド(MXD6)よりも小さい脂肪族ポリアミドを更に含有する。
【0016】
本発明の第一の側面に係るポリアミド樹脂組成物の別の一実施形態においては、吸水率がポリメタキシリレンアジパミド(MXD6)よりも小さい前記脂肪族ポリアミドがポリアミド樹脂中の5〜20質量%を占める。
【0017】
本発明の第一の側面に係るポリアミド樹脂組成物の更に別の一実施形態においては、ポリメタキシリレンアジパミド(MXD6)がポリアミド樹脂中の85質量%以上を占める。
【0018】
本発明の第一の側面に係るポリアミド樹脂組成物の更に別の一実施形態においては、ポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量に対して顔料を4質量%未満含有する。
【0019】
本発明の第一の側面に係るポリアミド樹脂組成物の更に別の一実施形態においては、第二強化繊維の繊維径が9〜14μmである。
【0020】
本発明の第一の側面に係るポリアミド樹脂組成物の更に別の一実施形態においては、ポリアミド樹脂組成物中のポリアミド樹脂はすべて120℃以下のガラス転移点をもつ。
【0021】
本発明は第二の側面において、本発明に係るスライドファスナー用ポリアミド樹脂組成物を材料としたスライドファスナー用部品である。
【0022】
本発明の第二の側面に係るスライドファスナー用部品の一実施形態においては、スライドファスナー用部品が引手である。
【0023】
本発明の第二の側面に係るスライドファスナー用部品の一実施形態においては、スライドファスナー用部品が染色されている。
【0024】
本発明は第三の側面において、本発明に係るスライドファスナー用部品を備えたスライドファスナーである。
【0025】
本発明の第三の側面に係るスライドファスナーの一実施形態においては、ポリアミド樹脂及び強化繊維を含有するポリアミド樹脂組成物であって、ポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量が前記組成物中の90質量%以上を占め、前記ポリアミド樹脂中の脂肪族ポリアミドの割合が60質量%以上であり、ポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量中の強化繊維の含有量が45〜70質量%であるポリアミド樹脂組成物を材料としたスライダー胴体を備える。
【0026】
本発明は第四の側面において、
本発明に係るスライドファスナー用ポリアミド樹脂組成物を材料とした引手と、
ポリアミド樹脂及び強化繊維を含有するポリアミド樹脂組成物であって、ポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量が該組成物中の90質量%以上を占め、ポリアミド樹脂中の脂肪族ポリアミドの割合が60質量%以上であり、ポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量中の強化繊維の含有量が45〜70質量%であるポリアミド樹脂組成物を材料としたスライダー胴体と、
を備えたスライドファスナーである。
【0027】
本発明の第四の側面に係るスライドファスナーの一実施形態においては、引手を構成するポリアミド樹脂組成物、及びスライダー胴体を構成するポリアミド樹脂組成物はそれぞれ顔料をポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量に対して4質量%未満含有し、引手を構成するポリアミド樹脂組成物中のポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量に対する顔料の濃度をP
1、スライダー胴体を構成するポリアミド樹脂組成物中のポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量に対する顔料の濃度をP
2とすると、P
1:P
2=1.5:1〜4:1である。
【0028】
本発明の第四の側面に係るスライドファスナーの別の一実施形態においては、引手及びスライダー胴体が共に染色されている。
【発明の効果】
【0029】
本発明に係るスライドファスナー用樹脂組成物を材料として得られたスライドファスナー用部品は、優れた靱性を示し、染色性に優れ、且つ、染色後の強度にも優れている。これら特性は特に引手が有するべき特性として重要であり、本発明に係るスライドファスナー用樹脂組成物は特に引手の材料として好適に使用することができる。また、スライダー胴体には脂肪族ポリアミドを主成分とするポリアミド樹脂を使用する一方、引手を本発明に係るスライドファスナー用樹脂組成物を材料とすることで、引手が高いねじり強度をもち、且つ、スライダーが優れた往復開閉耐久性をもつスライドファスナーが得られる。
【発明を実施するための形態】
【0031】
(1.引手に好適なポリアミド樹脂組成物)
<1−1 ポリメタキシリレンアジパミド(MXD6)>
本発明に係るスライドファスナー用ポリアミド樹脂組成物の一実施形態においては、ポリメタキシリレンアジパミド(以下、「MXD6」ともいう。)のポリアミド樹脂中に占める割合が60質量%以上である。MXD6は染色性に優れ、靭性が高く、染色後にも優れた強度を与えることができる点で特に有利である。MXD6は芳香族ポリアミドの一種であり、他の芳香族ポリアミドを引手の材料として適用することも考えられるが、一般的な芳香族ポリアミドは強度向上を確保することができたとしても、ガラス転移温度が高く染色性が低いという問題がある。また、引手において脂肪族ポリアミドを主成分とするポリアミド樹脂を使用すると、強化繊維による強度向上効果が発揮されにくく、染色工程を経てポリアミド樹脂が水分を吸収してしまうと、高いねじり強度をもつ引手が得られなくなる。MXD6を主成分とするポリアミド樹脂を用いることで、染色後のねじり強度の低下を抑制することが可能となる。
【0032】
ポリアミド樹脂中のMXD6の割合は70質量%以上であることが好ましく、80質量%以上であることがより好ましく、85質量%以上であることが更により好ましい。ポリアミド樹脂中のMXD6の割合は100質量%でもよいが、後述するように、MXD6よりも低い吸水率を示す脂肪族ポリアミドを少量ポリアミド樹脂中に配合することで、ファスナー部品の染色後の靭性(例えば、引手の場合は引手ねじり強度)を向上することができる。そのため、前記ポリアミド樹脂中のMXD6の割合は95質量%以下が好ましく、90質量%以下がより好ましい。
【0033】
<1−2 低吸水率の脂肪族ポリアミド>
本発明に係るスライドファスナー用ポリアミド樹脂組成物の好ましい一実施形態においては、吸水率が前述したMXD6よりも小さい脂肪族ポリアミドを少量配合することができる。所定の脂肪族ポリアミドを副成分として配合することにより、MXD6を単独で用いた場合よりも染色後のねじり強度が向上するという利点が得られる。
【0034】
MXD6の吸水率は典型的に5%以上であるところ、本発明者はMXD6よりも吸水率の低い脂肪族ポリアミドを配合することで、染色後に高い強度をもつファスナー部品が安定して得られることを見出した。使用する脂肪族ポリアミドの吸水率としては、5%未満が好ましく、4%以下がより好ましく、3.5%以下が更により好ましく、3%以下が更により好ましい。
【0035】
本発明において、吸水率はJIS K7209:2000に準拠して、射出成形にて射出された平板に対して測定した飽和吸水率を意味する。
【0036】
所定の吸水率を示す脂肪族ポリアミドのポリアミド樹脂中の配合割合については、染色後の強度向上効果が得られる好適な範囲がある。強度向上効果が有意に発現するのはポリアミド樹脂中の当該脂肪族ポリアミドの配合割合が5質量%以上のときであり、10質量%以上が好ましい。但し、当該脂肪族ポリアミドの配合割合を過剰に配合するとかえって強度を低下させる原因となることから、当該脂肪族ポリアミドの配合割合はポリアミド樹脂中で40質量%以下であることが好ましく、30質量%以下であることがより好ましく、20質量%以下が更により好ましい。
【0037】
脂肪族ポリアミドとは脂肪族骨格で構成されたポリアミドを指し、一般には脂肪族アミンと脂肪族ジカルボン酸を原料として合成されるもの、又は、脂肪族ω−アミノ酸若しくはそのラクタムを原料として合成されるポリアミドに分類できる。
【0038】
脂肪族ジアミンとしては、例えば、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、ブチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、2−メチルプロパンジアミン、3−メチルプロパンジアミン、オクタメチレンジアミン、デカンジアミン及びドデカンジアミンなどの直鎖状又は分岐鎖状の脂肪族ジアミンなどが挙げられる。脂肪族ジカルボン酸としては、例えば、コハク酸、プロパン二酸、ブタン二酸、ペンタン二酸、アジピン酸、ヘプタン二酸、オクタン二酸、ノナン二酸、デカン二酸、ドデカン二酸、ウンデカン二酸、ダイマー酸、水添ダイマー酸などの直鎖状又は分岐鎖状の脂肪族ジカルボン酸などが挙げられる。脂肪族ω−アミノ酸としては、例えば、6−アミノヘキサン酸、11−アミノウンデカン酸、12−アミノドデカン酸などが挙げられる。ラクタムとしては、ε−カプロラクタム、ウンデカンラクタム及びラウリルラクタムなどが挙げられる。
【0039】
脂肪族ポリアミドの具体的な構造としては、限定的ではないが、次式:−NHR
1NHC(=O)R
2C(=O)−又は−NHR
1C(=O)−(式中、R
1とR
2は同一又は異なる基であって、少なくとも2個の炭素原子を有するアルキレン基であり、好ましくは2〜12個、より好ましくは6〜10個の炭素原子を有するアルキレン基である。)で表される繰返単量体単位又はこれらの組合せを有するポリアミドが代表的である。脂肪族ポリアミドの具体例としては、ポリテトラメチレンアジポアミド(ポリアミド46)、ポリヘキサメチレンアジポアミド(ポリアミド66)、ポリヘキサメチレンアゼラインアミド(ポリアミド69)、ポリヘキサメチレンセバシンアミド(ポリアミド610)、ポリヘキサメチレンドデカンジアミド(ポリアミド612)、ポリヘプタメチレンピメリンアミド(ポリアミド77)、ポリオクタメチレンスベリンアミド(ポリアミド88)、ポリノナメチレンアゼライトアミド(ポリアミド99)、及びポリデカメチレンアゼラインアミド(ポリアミド109)等の脂肪族ジアミンと脂肪族ジカルボン酸の共縮重合反応で合成される脂肪族ポリアミドのほか、ポリ(4−アミノ酪酸)(ポリアミド4)、ポリ(6−アミノヘキサン酸)(ポリアミド6)、ポリ(7−アミノヘプタン酸)(ポリアミド7)、ポリ(8−アミノオクタン酸)(ポリアミド8)、ポリ(9−アミノノナン酸)(ポリアミド9)、ポリ(10−アミノデカン酸)(ポリアミド10)、ポリ(11−アミノウンデカン酸)(ポリアミド11)、及びポリ(12−アミノドデカン酸)(ポリアミド12)等のω−アミノ酸の重縮合反応やラクタムの開環重合で合成される脂肪族ポリアミドが挙げられる。これらは単独で用いても2種以上を混合して用いてもよい。
【0040】
更に、脂肪族ポリアミドの繰返単位の任意の組合せで得られる共重合体も用いることができる。限定的ではないが、このような脂肪族ポリアミド共重合体としては、カプロラクタム/ヘキサメチレン・アジポアミド共重合体(ナイロン6/6,6)、ヘキサメチレン・アジポアミド/カプロラクタム共重合体(ナイロン6,6/6)、ヘキサメチレン・アジポアミド/ヘキサメチレン−アゼラインアミド共重合体(ナイロン6,6/6,9)等が挙げられる。
【0041】
脂肪族ポリアミドの中でも、吸水後にも優れた強度を与える観点と市販品が入手しやすいという観点から、ポリアミド66(PA66)、ポリアミド610(PA610)及びポリアミド612(PA612)よりなる群から選択される一種以上が好ましく、ポリアミド612がより好ましい。従って、本発明に係る脂肪族ポリアミド成分中、90質量%以上がこれらの3種類で構成されることが好ましく、95質量%以上がこれらの3種類で構成されることがより好ましく、99質量%以上がこれらの3種類で構成されることが更により好ましく、100質量%がこれらの3種類で構成されることが更により好ましい。更には、本発明に係る脂肪族ポリアミド成分中、90質量%以上がポリアミド612で構成されることが好ましく、95質量%以上がポリアミド612で構成されることがより好ましく、99質量%以上がポリアミド612で構成されることが更により好ましく、100質量%がポリアミド612で構成されることが更により好ましい。
【0042】
なお、MXD6及び低吸水率の脂肪族ポリアミドを含め、ポリアミド樹脂組成物中のポリアミド樹脂はすべて120℃以下のガラス転移点をもつことが、染色性及び染色前の生地色の白色性の観点から好ましく、110℃以下のガラス転移点をもつことがより好ましい。ガラス転移点が高いポリアミドを使用すると、ガラス転移点が120℃以上である場合、分子間に染料を挿入するためには、染色を高温条件下で実施せねばならない。染色は水媒体なので高圧容器が必要になり、且つ、色むらの要因になりやすい。きれいな白色を得るのに顔料の添加量を増やす必要がある。また、ガラス転移点が50℃以上であることが好ましく、60℃以上であることがより好ましい。ガラス転移点が50℃以上であることで常温環境下における力学特性が低下するという問題が生じにくくなる。本発明において、ガラス転移点は、本発明において、ポリアミド樹脂のガラス転移点の測定方法はJIS K7121−1987に準拠する。
【0043】
<1−3 強化繊維>
ポリアミド樹脂組成物中に強化繊維を含有させることで、引手の強度を強化することができる。ポリアミドはシランカップリング剤、チタネート系カップリング剤又はアルミネート系カップリング剤などで表面処理することにより、ポリエステルに比べて強化繊維へ親和性向上が見込めるため、強化繊維を多量に添加しても強度を損なうこと無く高剛性化することが可能である。具体的には、ポリアミド樹脂と強化繊維の合計質量中、強化繊維の濃度を45質量%以上とすることが好ましく、50質量%以上とすることがより好ましい。但し、強化繊維の濃度が高すぎると成形性が悪化し、また、強度も低下することから、ポリアミド樹脂と強化繊維の合計質量中の強化繊維の濃度は70質量%以下とするのが好ましく、60%質量以下とするのがより好ましい。
【0044】
本発明に使用する強化繊維としては、限定的ではないが、例えば、炭素繊維、アラミド繊維等の有機繊維のほか、ガラス繊維、針状ワラストナイト、ウィスカー(例:チタン酸カルシウムウィスカー、炭酸カルシウムウィスカー、ホウ酸アルミニウムウィスカー)等の無機繊維を用いることができる。一定以上の流動性を保持しつつ、強度を向上させることができる点で、ガラス繊維、アラミド繊維及び炭素繊維から選択される何れか一種以上を用いることが好ましく、ガラス繊維がより好ましい。これらは単独で使用してもよいし、2種類以上を組み合わせて使用しても良い。
【0045】
本発明に係るスライドファスナー用ポリアミド樹脂組成物の一実施形態においては、繊維径の異なる所定の強化繊維を配合することが特徴である。具体的には、繊維径が5〜7μmの第一強化繊維と第一強化繊維に比べて2μmを超える大きさの繊維径をもつ第二強化繊維を配合することが好ましい。繊維径の異なる強化繊維を配合することで優れた成形性及び優れた引手ねじり強度を両立させることが可能となる。そして、当該効果を有意に発現させる観点から、第一強化繊維と第二強化繊維とで強化繊維中の90質量%以上を占めることが好ましく、95質量%以上を占めることがより好ましく、100質量%を占めることが更により好ましい。
【0046】
強化繊維中の第一強化繊維の含有量は、多いほうが引手ねじり強度の向上効果が高くなる傾向にあることから、20質量%以上であることが好ましく、25質量%以上であることがより好ましい。但し、強化繊維中の第一強化繊維の含有量は、過剰になると成形性を悪化させることから、50質量%未満であることが好ましく、40質量%以下であることがより好ましく、35質量%以下であることが更により好ましい。
【0047】
第一強化繊維の繊維径を5〜7μmとしたのは、以下の理由による。繊維を同じ重量添加した場合、繊維径が小さすぎると比表面積が大きくなるため、流動性が悪化し、ファスナーのような小型の製品に成形することが困難となる。また、繊維径が大きすぎると、製品の力学特性が低下する問題がある。特に、繊維径が大きい場合には繊維配向が製品長手方向に揃う傾向があり、引手ねじり試験のような面内せん断応力に弱くなる。第一強化繊維の好ましい繊維径は5.5〜6.5μmである。
【0048】
第二強化繊維の繊維径は、第一強化繊維の繊維径との差が小さすぎると引手ねじり強度の向上効果が有意に発現しないことから、第一強化繊維に比べて2μmを超える大きさの繊維径であることが好ましく、第一強化繊維に比べて3μm以上の大きさの繊維径であることがより好ましく、第一強化繊維に比べて4μm以上の大きさの繊維径であることがより好ましい。一方で、第二強化繊維の繊維径は、大きくなりすぎると引手ねじり強度の向上効果が発現するどころか、逆に引手ねじり強度を損なうおそれがあることから、第一強化繊維に比べて7μmを超えない大きさの繊維径であることが好ましく、第一強化繊維に比べて6μmを超えない大きさの繊維径であることがより好ましく、第一強化繊維に比べて5μmを超えない大きさの繊維径であることが更により好ましい。第二強化繊維の繊維径は例えば9〜14μmとすることができる。
【0049】
ここで、繊維径は、強化繊維の断面積を求め、その断面積を真円として計算したときの直径を指す。
【0050】
ポリアミド樹脂組成物中のポリアミド樹脂と強化繊維の合計含有量は、所望の強度を達成する観点から90質量%以上であることが好ましく、より好ましくは95質量%以上である。
【0051】
<1−4 顔料及びその他の添加剤>
ポリアミド樹脂は黄変しやすいため色再現性が低いが、顔料を添加することで色再現性を高めることができる。一方で、顔料の添加量が多くなると強度が低下したり、白すぎることにより染色時に高濃度色がでない問題があるため高濃度での添加は好ましくない。ポリアミド樹脂組成物中の顔料の含有量は色再現性の観点から、ポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量に対して0.5質量%以上とすることが好ましく、1.0質量%以上とすることがより好ましい。また、ポリアミド樹脂組成物中の顔料の含有量は濃色染色性の観点から、ポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量に対して4.0質量%未満とすることが好ましく、3.5質量%以下とすることがより好ましく、3.0質量%以下とすることが更により好ましい。顔料が多すぎると、白色が強すぎるので、例えば赤色がピンク色になってしまい、濃色が表出しにくくなる。顔料の例としては、限定的ではないが、硫化亜鉛、酸化アンチモン、酸化チタン、酸化亜鉛が挙げられ、安全性の観点から硫化亜鉛が好ましい。
【0052】
スライダー胴体との同浴染色での同色性を考慮すると、引手を構成するポリアミド樹脂組成物中のポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量に対する顔料の濃度をP
1、スライダー胴体を構成するポリアミド樹脂組成物中のポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量に対する顔料の濃度をP
2とすると、P
1:P
2=1:1〜4:1であることが望ましく、P
1:P
2=1.5:1〜4:1であることがより望ましく、P
1:P
2=2:1〜3:1であることが更により望ましい。MDX6の含有量が多い引手は染色性が高い一方で、後述するように、スライダー胴体は脂肪族ポリアミドの配合量が多く染色性が引手に比べて低い。このため、引手用のポリアミド樹脂組成物中に顔料を多めに配合しておくことで引手とスライダー胴体の同浴染色での同色性を得ることが可能となる。
【0053】
その他、ポリアミド樹脂組成物中には耐熱安定剤、耐候剤、耐加水分解剤、酸化防止剤など常用の添加剤を例えば合計で10.0質量%以下、典型的には5質量%以下、より典型的には2質量%以下となるように添加してもよい。
【0054】
<1−5 メルトフローレート>
本発明においては、使用するポリアミド樹脂組成物のメルトフローレート(MFR)を制御することが好ましい。MFRはポリアミドの分子量や強化繊維の含有量などに影響を受けて変化する。MFRが過度に低くなると流れ性の悪化によりファスナー部品を射出成形する際の充填率が悪くなり、歩留まり低下や成形サイクルの長期化などの問題が生じる。一方、MFRが過剰に高くなると、強度が低下するのみならず、分子量分布の広がりにより流れムラが発生して外観不良となったり、ポリマー成分由来の吸水率の影響により夏場環境の寸法安定性が悪くなったりするなどの問題が発生する。好ましいMFRは5〜40g/10分であり、より好ましいMFRは8〜30g/10分であり、更により好ましいMFRは10〜25g/10分である。本発明においては、MFRはJIS K7210(A法)に準拠して280℃、測定荷重2.16kgで測定する。MFRがこの範囲にある樹脂組成物を用いることにより、成形性及び品質安定性に優れたスライドファスナー用成形部品を高い生産効率で製造することが可能である。
【0055】
(2.スライダー胴体に好適なポリアミド樹脂組成物)
スライダー胴体は強度のみならず往復開閉耐久性に対する要請が強い。また、スライダー胴体はファスナー部品の中では比較的大きい部品であり、強化繊維による強度向上効果が発揮されやすく、染色時の吸水による強度の低下も心配する必要はない。そこで、スライダー胴体に使用するポリアミドは脂肪族ポリアミドを主体とすることが好ましい。
【0056】
本発明に係るスライダー胴体に好適なポリアミド樹脂組成物は一実施形態において、ポリアミド樹脂及び強化繊維を含有し、ポリアミド樹脂及び強化繊維の合計質量が前記組成物中の90質量%以上を占め、ポリアミド樹脂中の脂肪族ポリアミドの割合が60質量%以上であり、前記ポリアミド樹脂及び前記強化繊維の合計質量中の前記強化繊維の含有量が45〜70質量%である。
【0057】
<2−1 脂肪族ポリアミド>
本発明に係るスライダー胴体に好適な脂肪族ポリアミドの一実施形態においては、融点が220〜310℃である脂肪族ポリアミドを使用することができる。スライダー胴体は比較的大きな部品のため、高い融点でも射出成形可能であるが、過度に高い融点をもつ脂肪族ポリアミドを使用すると、成形温度が高くなり、黄変しやすくなることから、融点が310℃以下の脂肪族ポリアミドを使用することが好ましく、融点が305℃以下の脂肪族ポリアミドを使用することがより好ましく、融点が300℃以下の脂肪族ポリアミドを使用することが更により好ましい。また、低融点のポリアミド樹脂は単位分子構造当たりのアミド結合の数が少なくなり、フレキシブルな鎖状となるため強度及び剛性が低下する傾向にあるため、融点が220℃以上の脂肪族ポリアミドを使用することが好ましく、融点が240℃以上の脂肪族ポリアミドを使用することがより好ましく、融点が250℃以上の脂肪族ポリアミドを使用することが更により好ましい。
【0058】
本発明に係るスライダー胴体に好適な脂肪族ポリアミドの一実施形態においては、前記ポリアミド樹脂中の融点が220〜310℃である脂肪族ポリアミドの割合が60質量%以上である。脂肪族ポリアミドの配合割合を高めることで往復開閉耐久性の向上を図ることができる。スライダー胴体はエレメントとの摺動による摩擦をもっとも頻繁に受ける部品であり、往復開閉耐久性を高めることが重要である。往復開閉耐久性を高める観点からは、前記ポリアミド樹脂中の融点が220〜310℃である脂肪族ポリアミドの割合を65質量%以上とすることが好ましく、80質量%以上とすることもでき、90質量%以上とすることもでき、更には100質量%とすることもできる。但し、後述するように、所定の融点をもつ芳香族ポリアミドを配合することで、ファスナー部品の強度を向上することができる。そのため、前記ポリアミド樹脂中の融点が220〜310℃である脂肪族ポリアミドの割合は90質量%以下が好ましく、80質量%以下がより好ましく、75質量%以下が更により好ましい。
【0059】
当該脂肪族ポリアミドの融点はDSC(示差走査熱量計)により吸熱量を測定したときの吸熱ピークトップの温度とする。複数の脂肪族ポリアミドを使用している場合、最も高温側の吸熱ピークトップの温度を融点とする。従って、複数の脂肪族ポリアミドを使用している場合は、最も融点の高い脂肪族ポリアミドをベースにした融点として測定されることになる。しかしながら、複数の脂肪族ポリアミドを使用する場合でも、各ポリアミド樹脂の融点はすべて上述した範囲にあることが好ましい。
【0060】
これら脂肪族ポリアミドの融点は、芳香族ポリアミドと同様に、分子量の制御により調節可能である。分子量を高くすることで融点を上昇させることができ、逆に分子量を低くすることで融点を低下させることができる。
【0061】
脂肪族ポリアミドの分子構造や具体例は、「1.引手に好適なポリアミド樹脂組成物」の段落で先述した通りである。また、好ましい脂肪族ポリアミドの種類についても同様である。
【0062】
<2−2 芳香族ポリアミド>
本発明に係るスライダー胴体に好適なポリアミド樹脂組成物の一実施形態においては、芳香族ポリアミドを配合することができる。芳香族ポリアミドを配合することで強度向上効果が期待できる。
【0063】
スライダー胴体は比較的大きな部品のため、高い融点でも射出成形可能であるが、過度に高い融点をもつ芳香族ポリアミドを使用すると、成形温度が高くなり、黄変しやすくなることから、融点が310℃以下の芳香族ポリアミドを使用することが好ましく、融点が305℃以下の芳香族ポリアミドを使用することがより好ましく、融点が300℃以下の芳香族ポリアミドを使用することが更により好ましい。また、低融点のポリアミド樹脂は単位分子構造当たりのアミド結合の数が少なくなり、フレキシブルな鎖状となるため強度及び剛性が低下する傾向にあるため、融点が230℃以上の芳香族ポリアミドを使用することが好ましく、融点が240℃以上の芳香族ポリアミドを使用することがより好ましく、融点が250℃以上の芳香族ポリアミドを使用することが更により好ましい。
【0064】
本発明に係るスライダー胴体に好適なポリアミド樹脂組成物の一実施形態においては、ポリアミド樹脂中の融点が230〜310℃である芳香族ポリアミドの割合が10質量%以上である。強度向上効果を更に高める上では、ポリアミド樹脂中の融点が230〜310℃である芳香族ポリアミドの割合を20質量%以上とするのが好ましく、25質量%以上とするのがより好ましい。但し、往復開閉耐久性と強度の両立の観点からは先述した脂肪族ポリアミドが主体となるべきであるから、前記ポリアミド樹脂中の融点が230〜310℃である芳香族ポリアミドの割合は40質量%以下が好ましく、35質量%以下がより好ましい。
【0065】
当該芳香族ポリアミドの融点はDSC(示差走査熱量計)により吸熱量を測定したときの吸熱ピークトップの温度とする。複数の芳香族ポリアミドを使用している場合、最も高温側の吸熱ピークトップの温度を融点とする。従って、複数の芳香族ポリアミドを使用している場合は、最も融点の高い芳香族ポリアミドをベースにした融点として測定されることになる。しかしながら、複数の芳香族ポリアミドを使用する場合でも、各ポリアミド樹脂の融点はすべて上述した範囲にあることが好ましい。
【0066】
芳香族ポリアミドとは分子中に少なくとも一つ芳香族環を有するポリアミドを指し、一般には芳香族ジアミンと芳香族ジカルボン酸を原料として合成されるもの、芳香族ジアミンと脂肪族ジカルボン酸を原料として合成されるもの、又は、脂肪族ジアミンと芳香族ジカルボン酸を原料として合成されるものに分類できる。
【0067】
芳香族ジアミンとしては、メタキシリレンジアミン、パラキシリレンジアミン、メタフェニレンジアミン及びパラフェニレンジアミンなどが挙げられる。脂肪族ジアミンとしては、例えば、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、ブチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、2−メチルプロパンジアミン、3−メチルプロパンジアミン、オクタメチレンジアミン、デカンジアミン及びドデカンジアミンなどの直鎖状又は分岐鎖状の脂肪族ジアミンが挙げられる。芳香族ジカルボン酸としては、フタル酸、テレフタル酸、イソフタル酸、ナフタレンジカルボン酸、2−クロロテレフタル酸、2−メチルテレフタル酸、5−メチルイソフタル酸、及び5−ナトリウムスルホイソフタル酸及び1,5−ナフタレンジカルボン酸などが挙げられる。脂肪族ジカルボン酸としては、例えば、コハク酸、プロパン二酸、ブタン二酸、ペンタン二酸、アジピン酸、ヘプタン二酸、オクタン二酸、ノナン二酸、デカン二酸、ドデカン二酸、ウンデカン二酸、ダイマー酸、水添ダイマー酸などの直鎖状又は分岐鎖状の脂肪族ジカルボン酸が挙げられる。
【0068】
芳香族ポリアミドの具体例としては、ポリヘキサメチレンイソフタルアミド(PA6I)、ポリヘキサメチレンテレフタルアミド(PA6T)、ポリメタキシリレンアジパミド(MXD6)、ポリパラキシリレンアジパミド(PXD6)、ポリビス(3−メチル−4−アミノヘキシル)メタンテレフタルアミド(PACMT)、ポリビス(3−メチル−4−アミノヘキシル)メタンイソフタルアミド(PACMI)、ポリテトラメチレンテレフタルアミド(PA4T)、ポリペンタメチレンテレフタルアミド(PA5T)、ポリ−2−メチルペンタメチレンテレフタルアミド(M−5T)、ポリヘキサメチレンヘキサテレフタルアミド(PA6T)、ポリヘキサメチレンヘキサヒドロテレフタルアミド(PA6T(H))、ポリ2−メチル−オクタメチレンテレフタルアミド、ポリ2−メチル−オクタメチレンテレフタルアミド、ポリノナメチレンテレフタルアミド(PA9T)、ポリデカメチレンテレフタルアミド(PA10T)、ポリウンデカメチレンテレフタルアミド(PA11T)、ポリドデカメチレンテレフタルアミド(PA12T)、ポリビス(3−メチル−4−アミノヘキシル)メタンテレフタルアミド(PACMT)、ポリビス(3−メチル−4−アミノヘキシル)メタンイソフタルアミド(PACMI)等が挙げられる。これらは単独で用いても2種以上を混合して用いてもよい。
【0069】
ポリアミド樹脂は分子構造及び分子量によって融点が異なる。また、分子構造が同じでも分子量が異なると融点も変わってくる。そこで、これら芳香族ポリアミドの融点は分子量の制御により調節可能である。分子量を高くすることで融点を上昇させることができ、逆に分子量を低くすることで融点を低下させることができる。
【0070】
芳香族ポリアミドの中でも、吸水後にも優れた強度を与えるという理由と上述した範囲の融点をもつ市販品が入手しやすいという理由から、MXD6が好ましい。従って、スライダー胴体用のポリアミド樹脂組成物中に含まれる芳香族ポリアミド成分中、90質量%以上がMXD6で構成されることが好ましく、95質量%以上がMXD6で構成されることがより好ましく、99質量%以上がMXD6で構成されることが更により好ましく、100質量%がMXD6で構成されることが更により好ましい。
【0071】
<2−3 強化繊維>
ポリアミド樹脂組成物中に強化繊維を含有させることで、スライダー胴体の強度を強化することができる。強化繊維の具体的な態様や含有量に関する説明は「1.引手に好適なポリアミド樹脂組成物」の段落で説明した内容と重複するため、異なる点のみ以下に説明する。スライダー胴体は引手よりも寸法が大きく複雑な形状をしているため、繊維の向きが揃い難く、異なる繊維径をもつ強化繊維を組み合わせて使用しなくても強化繊維による強度改善が良好に得られる。例えば、繊維径が3〜20μm程度の強化繊維を使用することができ、繊維径が5〜12μm程度の強化繊維を好適に使用することができる。言うまでもなく、スライダー胴体においても引手の説明で述べたように異なる繊維径をもつ強化繊維を組み合わせてもよいが、スライダーは引手と異なりねじり力(面内せん断応力)がかかることが稀であることから、流動性や力学特性の観点からは、異なる繊維径をもつ強化繊維を組み合わせるよりも、繊維の向きが揃い易い同一繊維径をもつ強化繊維を使用するほうが好ましい。スライダー胴体においても、ポリアミド樹脂組成物中のポリアミド樹脂と強化繊維の合計含有量は、所望の強度を達成する観点から90質量%以上であることが好ましく、より好ましくは95質量%以上である。
【0072】
<2−4 顔料及びその他の添加剤>
スライダー胴体においても顔料を添加することで色再現性を高めることができる。顔料の使用量や種類については引手の説明で述べたとおりであるので省略するが、先述したように、スライダー胴体との同浴染色での同色性を考慮してポリアミド樹脂組成物中の顔料の濃度を決定することが好ましい。
【0073】
その他、ポリアミド樹脂組成物中には耐熱安定剤、耐候剤、耐加水分解剤、酸化防止剤など常用の添加剤を例えば合計で10.0質量%以下、典型的には5質量%以下、より典型的には2質量%以下となるように添加してもよい。
【0074】
(3.スライドファスナー)
本発明に係るポリアミド樹脂組成物を材料として各種のスライドファスナー用部品を作製し、これらを組み立ててスライドファスナーとすることができる。具体的には、「1.引手に好適なポリアミド樹脂組成物」の段落で記載したポリアミド樹脂組成物を材料とし、射出成形により、引手を作製することができる。また、「2.スライダー胴体に好適なポリアミド樹脂組成物」の段落で記載したポリアミド樹脂組成物を材料とし、射出成形により、スライダー胴体を作製することができる。
【0075】
引手カバー、上止め、下止め及びエレメントのようなスライドファスナーを構成する他の部品については、引手用に説明したポリアミド樹脂組成物及びスライダー胴体用に説明したポリアミド樹脂組成物の何れかを要求仕様に応じて適宜選択して用いることができるし、他の組成を採用してもよい。
【0076】
本発明に係るスライドファスナーの一実施形態においては、「1.引手に好適なポリアミド樹脂組成物」の段落で記載したポリアミド樹脂組成物を材料とした引手を備え、更に、「2.スライダー胴体に好適なポリアミド樹脂組成物」の段落で記載したポリアミド樹脂組成物を材料としたスライダー胴体を備えたスライダーを作製することができる。また、当該スライダーを備えたスライドファスナーを作製することができる。当該スライダーは、染色後のスライダー総合強度や引手ねじり強度に対して有利であると共に、往復開閉耐久性にも優れている。
【0077】
このようなスライダーの構成例を
図2及び
図3に示す。当該スライダー20は、スライダー胴体21と、スライダー胴体21の上翼板21a側に連結されて、エレメント列を噛合ないし分離させるべくスライダー20を摺動変位させる際に使用者によって挟持される引手23と、上翼板21aとの間で引手23の一端部22を挟み込んで、その上翼板21aの外表面上に、引手2を一端部22で回動可能に保持するための引手カバー24とを備える。そして、上翼板21aと引手カバー24との間には、自動停止機能を付与すべく、金属製の弾性板状部材25が挟み込まれる。上翼板21aと引手カバー24の連結は、上翼板21aの外表面から突設された一対の爪部26a、26bが引手カバー24の前部及び後部に形成された一対の爪部27a、27bと係合することで行われる。
【0078】
当該スライダーと組み合わせるエレメントの材料としては、上述した「1.引手に好適なポリアミド樹脂組成物」の段落で記載したポリアミド樹脂組成物がチェーン横引き強度や衝撃強度などの機械強度の観点で好ましいが、それに限られるものではなく、ポリオキシメチレン(POM)などの熱可塑性ポリエーテル樹脂、ポリブチレンテレフタレート(PBT)などの熱可塑性ポリエステル樹脂、ポリプロピレンなどの熱可塑性ポリオレフィン樹脂、ポリ塩化ビニル(PVC)などの熱可塑性ポリビニル樹脂、エチレンテトラフルオロエチレンなどの熱可塑性フッ素樹脂等の各種材料で作製したエレメントと組み合わせてスライドファスナーを構築することができる。
【0079】
また、「1.引手に好適なポリアミド樹脂組成物」で記載したポリアミド樹脂組成物を材料としてエレメントを作製することにより、染色後にも高強度を保持したエレメントを提供することができる。そして、当該エレメントと組み合わせるスライダー胴体の材料としては、「2.スライダー胴体に好適なポリアミド樹脂組成物」の段落で記載したポリアミド樹脂組成物が往復開閉耐久性の点で好ましいが、それに限られるものではなく、ポリオキシメチレン(POM)などの熱可塑性ポリエーテル樹脂、ポリブチレンテレフタレート(PBT)などの熱可塑性ポリエステル樹脂、ポリプロピレンなどの熱可塑性ポリオレフィン樹脂、ポリ塩化ビニル(PVC)などの熱可塑性ポリビニル樹脂、エチレンテトラフルオロエチレンなどの熱可塑性フッ素樹脂等の各種材料で作製された樹脂スライダー、ステンレス、亜鉛、銅、鉄、アルミ及びこれらを用いた合金等の金属スライダーと組み合わせてスライドファスナーを構築することができる。
【0080】
射出成形技術は公知であり、特段の説明を要しないと考えられるが、射出成形の手順の一例を挙げる。まず、樹脂組成物の成分であるポリアミド及び強化繊維等を成分の偏りがないように十分に混練する。混練は単軸押出機、二軸押出機、及びニーダー等を使用することができる。混練後の樹脂組成物を、所定のファスナー部品形状を有する金型を利用して射出成形すると、無染色状態のスライドファスナー用部品が完成する。エレメントを作製する場合、ファスナーテープの側縁に直接射出成形することが一般的であり、これによりファスナーテープの側縁にエレメントが複数取着されてエレメント列が形成されているファスナーストリンガーが作製可能である。射出成形の条件については特に制限はないが、二軸押出機が好適に使用できる。そして、サイドフィーダーを用いてガラス繊維を溶融状態の樹脂に混合することが、高濃度のガラス繊維の場合、生産性の点で望ましい。
【0081】
無染色状態のスライドファスナー用部品に対して染色を施すことが可能である。染色方法に特に制限はないが、浸染及び捺染が代表的である。染料としては、限定的ではないが、含金染料、酸性染料、スレン染料及び分散染料が好適であり、中でも染着性及び堅牢性が良いことから、酸性染料が特に好適に使用できる。染色はスライドファスナーの他の構成部品と同時に実施することもでき、別々に実施することもできる。
【0082】
本発明に係るファスナー部品に対しては各種の金属めっきを施すこともできる。金属めっきとしては、限定的ではないが、例えば、クロムめっき、ニッケルめっき、銅めっき、金めっき、真鍮めっき、その他の合金めっき等が挙げられる。金属めっきの方法としては特に制限はなく、電気めっき法(電気めっきの前に無電解めっきを行うことが好ましい。)の他、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法等の乾式めっきを適宜実施すればよい。これらの方法を組み合わせても良い。中でも、小型で複雑形状の部品内部までしっかりと被覆することができる電気めっき法が好ましく、無電解めっきを予備的に行った後に、電気めっきすることがより好ましい。
【実施例】
【0083】
以下、本発明の実施例を示すが、これらは本発明及びその利点をより良く理解するために提供するものであり、本発明が限定されることを意図しない。
【0084】
<1.引手及び引手カバーの作製>
引手及び引手カバー用のポリアミド樹脂として以下を用意した。
・MXD6(Tg:102℃、吸水率:5.5%(カタログ値))
・PA6T/6I
*1(Tg:125℃、吸水率:7.0%(カタログ値))
・PA612(Tg:60℃、吸水率:3.0%(カタログ値))
・PA6T/6I
*2(Tg:140℃、吸水率:6.5%(カタログ値))
・PA66(融点=265℃、Tg:65℃、吸水率:9.5%(カタログ値))
*1)PA6TとPA6Iの共重合体
*2)PA6TとPA6Iの共重合体
【0085】
強化繊維として繊維径が11μm、9.5μm及び6.5μmの各ガラス繊維(GF)を用意した。
【0086】
白色顔料としてZnS粉末を用意した。
【0087】
上記ポリアミド樹脂、ガラス繊維及び白色顔料を表1に記載の試験番号に応じた各配合割合(質量基準)となるように、二軸押出機を用いて混練し、その後、溶融樹脂をストランド状に押出し、冷却水槽にて固化させた後、ストランドをペレタイザーでカットすることで、各樹脂組成物のペレットを調製した。当該ペレットを射出成形して、
図2に示す形状のJIS S3015:2007に規定されるM級サイズ(チェーン幅が5.5mm以上7.0mm未満)のスライドファスナー用の引手カバー及び引手を作製した。
【0088】
<2.スライダー胴体の作製>
PA66(融点=265℃、Tg:65℃、吸水率:9.5%(カタログ値))、ガラス繊維(繊維径:9.5μm)及び白色顔料(ZnS粉末)を表1に記載の試験番号に応じた各配合割合(質量基準)となるように、二軸押出機を用いて混練し、その後、溶融樹脂をストランド状に押出し、冷却水槽にて固化させた後、ストランドをペレタイザーでカットすることで、ポリアミド樹脂組成物のペレットを調製した。これを射出成形して、
図2に示す形状のJIS S3015に規定されるM級サイズのスライドファスナー用のスライダー胴体を作製した。
【0089】
<3.スライダーの組み立て及び染色>
上記で作製した引手、引手カバー及びスライダー胴体を用いて、
図3に示す形状のスライダーを組み立てた。その後、各スライダーに対して以下の条件で染色を行った。染色装置はポット染色機を使用し、赤色の酸性染料「Tectilon RED2B」を用いて染料濃度1.0wt%、染色温度100℃、染色時間20minの条件で染色した。
【0090】
<4.試験>
(ガラス転移点(Tg)及び融点)
各ポリアミド樹脂のガラス転移点はDSC(セイコーインスツルメント社製:EXTAR6000)を用いて、先述した測定方法に基づき、以下の条件で測定した。また、PA66の融点についても同様の条件で測定した。
・サンプル量:5〜10mg
・雰囲気:窒素ガス
・昇温スピード:10℃/min
・測定温度範囲:0〜350℃
・リファレンスパン:空
(MFR)
引手用のポリアミド樹脂組成物について、先述した測定条件によりMFRを測定した。
(引手ねじり強度)
作製した引手に対して、引手ねじり試験(JIS S3015:2007)を染色前後で行い、ねじり強度(破損時の最大トルク)を測定した。10回試験を行ったときの平均値を測定値とした。
(胴体及び引手の染色性)
染色後のスライダー胴体及び引手に対して、分光測色計(ミノルタ(株)製CM−3700d)を用いてΔE値(色の差を数値化したもの)を求めた。また、染色状態を目視にて確認した。染色性は以下の基準により評価した。
○:引手について、染色後の胴体との色差ΔEが2以下で、且つ、Lab
*値のうち、b
*値が40以上(鮮やかな赤である)である。
×:上記基準を満たさない。
【0091】
<5.試験>
結果を表1に示す。実施例1〜6の引手は優れた靱性を示し、且つ、染色後の強度にも優れていた。特に、吸水率がMXD6よりも低いPA612を少量配合した実施例2、4及び5は、実施例1に比べて染色後の引手ねじり強度低下が抑制されたことが分かる。また、スライダー胴体に添加する白色顔料と引手に添加する白色顔料の比率を適正化した実施例1〜5においては、ΔE値が小さく同色染色性に優れていたことが分かる。なお、引手の染色前の色については、実施例3はガラス転移点が高いPA6T/6Iを使用したためにオフホワイトとなり、それ以外の実施例はホワイトであった。
【0092】
一方、比較例1はMXD6を使用したものの小径のガラス繊維を配合しなかったことから、染色後の引手ねじり強度が実施例に比べて劣った。また、白色顔料を多く配合し過ぎたために染色性が悪かった。比較例2は、Tgが高すぎたことで染色されなかった。また、MFRが低く成形性が実施例に比べて悪化した。比較例3はMXD6の配合量が少なかったことで、優れた引手ねじり強度を得ることができなかった。比較例4は小径のガラス繊維のみを配合したために、MFRが極めて小さくなり引手を成形することができなかった。比較例5はポリアミド樹脂成分として脂肪族ポリアミドであるPA66のみを使用し、また、小径のガラス繊維を配合しなかったために染色後の引手ねじり強度が著しく低下した。
【0093】
【表1-1】
【0094】
【表1-2】