(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
油井やガス井等に代表される坑井(炭化水素井)の掘削作業では、地下数千メートルに及ぶ垂直又は湾曲の円形坑道を形成する。坑井の掘削には、ドリルストリングが用いられる。ドリルストリングは、ドリルビットと、ツールジョイントにより連結された複数のドリルパイプとを備える。
【0003】
掘削作業は次のとおり実施される。初めに、先端にドリルビットを備えたドリルパイプを回転させる。そして、ドリルパイプの自重を利用してドリルビットを坑底に押し付けながら掘り進み、坑道を形成する。このとき、坑道の坑壁保護と掘削屑の地表までの搬送とを目的として、泥水を地表からドリルパイプの内側を通って坑底まで搬送し、掘削屑とともに再び地表まで循環させる。
【0004】
坑道が深くなれば、地層の圧力が増加したり、崩壊しやすい地層に遭遇したり、裸坑のまま掘削を進めることができなくなったりする。そこで、地層外圧又は崩壊から坑道を守るために、坑道の内径よりも小さいケーシングと呼ばれる鋼管を地表から坑底まで吊り下げる。ケーシングにより坑道を保護した後、掘削作業を再開する。この一連の工程を繰り返し、目的の位置まで掘り進む。
【0005】
ケーシングは複数の鋼管を一列に連結して形成される。10〜13mmの長さを有する各鋼管の両端はねじ加工されている。両端のうちの一方にツールジョイント(ねじ継手)を締込まれた鋼管を、ケーシングの最小単位とする。地下1000mまでケーシングを吊り下げる場合、ケーシングを約100本連結させる。最近では、腐食性の高い環境で掘削作業がされるため、ケーシングには、耐食性に優れた合金鋼が使用される。
【0006】
従来、坑井は垂直方向に掘削されていた。しかしながら近年、生産効率の向上等のため、坑井を斜めに掘る「傾斜掘削」や、坑井を水平に掘る「水平掘削」が実施されている。このうち、傾斜掘削は、一地点から複数箇所を掘削する場合に実施されたり、障害物が存在するために垂直に掘削できない場合、又は、沿岸から海底にある石油を採取する場合等に実施される。
【0007】
傾斜掘削では、連結したケーシング及びドリルストリングが湾曲する部分が発生する。この湾曲部分では、ドリルストリングとケーシングの内面とが接触する場合がある。この接触により、ケーシングに摩擦が発生する。
【0008】
従来、垂直方向に対して傾斜した坑道を持つ坑井の湾曲部分の垂直方向に対する傾斜角は3〜6°/100フィート程度と小さく、上記摩擦は発生しにくかった。しかしながら近年、石油又は天然ガスの回収効率を高めるために、湾曲部の傾斜角を大きくとった傾斜掘削を実施し、次いで、水平掘削を実施するケースが増加している。この場合、湾曲部の傾斜角は増大するため、ケーシングの摩擦が増大する。
【0009】
ケーシングの摩擦は、回転するドリルストリングが静止しているケーシングの内面と摺動することにより発生する。一般に、ドリルストリングを構成するドリルパイプ及び/又はツールジョイント(以下、ツールジョイント等という)には硬質の被膜が形成され、耐摩耗性が高められる。硬質の被膜はたとえば、硬化肉盛層(ハードバンド)である。ハードバンドはたとえば、微細な炭化物が分散したマルテンサイト鋼からなる。
【0010】
このような硬質な被膜を形成したツールジョイント等が、国際公開第2001/059249号(特許文献1)、及び、国際公開第2012/116036号(特許文献2)に開示されている。
【0011】
特許文献1に記載のドリルパイプは、ドリルパイプの外面に2層の被膜層を有する。2層の被膜層のうち、内側の被膜層はセラミックス等の硬質層であり、外側の被膜層はナイロン等の軟質層である。これにより、ドリルパイプとケーシングとの摩擦が低減され摩耗が抑制できる、と特許文献1には記載されている。
【0012】
特許文献2に記載のツールジョイントは、ツールジョイントの外面にハードバンド層を有する。ツールジョイントは、ハードバンド層上にさらに黒鉛等の低摩擦層を有する。これにより、ツールジョイントとケーシングとの摩擦や浸食等が抑制できる、と特許文献2には記載されている。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本実施形態の傾斜坑井の掘削方法は、挿入工程と、掘削工程とを備える。挿入工程では、複数の鋼管を連結して形成されたケーシングを、坑井に挿入する。掘削工程では、複数のドリルパイプとドリルパイプの端部同士を連結する管状のツールジョイントとを備えるドリルストリングをケーシング内に挿入して傾斜掘削を実施する。ドリルパイプ及び/又はツールジョイントは、Al、Al合金、Cu、Cu合金、Zn及びZn合金からなる群から選択される1種以上の金属被膜を外面に備える。
【0020】
傾斜掘削では、ドリルパイプ及び/又はツールジョイントがケーシングと接触する。このとき、ケーシングが凝着摩耗を引き起こす。ドリルパイプ及び/又はツールジョイントの外面にAl、Al合金、Cu、Cu合金、Zn及びZn合金からなる群から選択される1種以上の金属被膜が形成されれば、ケーシングの凝着摩耗を抑制できる。詳細は後述する。
【0021】
ドリルパイプ及び/又はツールジョイントは、外面と金属被膜との間に硬化肉盛層を含んでもよい。
【0022】
この場合、長期の使用により金属被膜が摩滅しても、ツールジョイント等は硬化肉盛層により保護される。
【0023】
好ましくは、金属被膜の硬さは、ケーシングの硬さの1.2倍以下である。ここでの硬さは、JIS Z 2244に規定されるビッカース硬さである。以下の説明では、ケーシングの硬さに対する金属被膜の硬さの比を、硬さ比ともいう。硬さ比が1.2以下であれば、ケーシングの凝着摩耗がさらに抑制される。ツールジョイントの金属被膜がケーシングよりも軟質であるほど、摩耗形態は凝着摩耗ではなくアブレシブ摩耗となる。その結果、ケーシングの摩耗を抑制できる。より好ましい硬さ比は0.8以下である。
【0024】
好ましくは、金属被膜の厚さは、2〜20mmである。金属被膜の厚さが2mm未満の場合、金属被膜が摩滅しやすい。また、金属被膜の厚さが20mmより大きい場合、金属被膜に亀裂が入りやすく、金属被膜が部分的に摩滅しやすい。金属被膜の厚さが2〜20mmの場合、さらに優れた耐久性が得られる。
【0025】
上述の坑井の掘削方法は、ケーシングが10質量%以上のCrを含有する合金鋼からなる場合に特に有効である。ケーシングが合金鋼である場合、ケーシングが炭素鋼である場合と比較して、ケーシングとツールジョイントとが摺動するとケーシングの移着物が成長し凝着摩耗が発生しやすい。しかしながら、ケーシングが合金鋼であっても、上述の坑井の掘削方法を適用すれば凝着摩耗を抑制できる。
【0026】
本実施形態のツールジョイント及びドリルパイプは、上述の坑井の掘削方法に利用される。
【0027】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0028】
[掘削装置]
図1は、本実施形態の掘削方法を説明するための坑井の模式図である。
図1を参照して、坑井Wを掘削する掘削装置1は、ケーシング2、ドリルストリング3及び駆動装置8を備える。
【0029】
ケーシング2は、複数の鋼管を連結して形成される。連結方法はたとえば、連結する鋼管同士の端部にねじ部を設けて、鋼管端部同士を連結する。ケーシングはたとえば、合金鋼からなる。坑井W内のケーシング2の内面には、スラリー状のマッド等が存在する。マッドは、掘削泥水であり、電解質物質や固体粉末を含む。
【0030】
ドリルストリング3は、ドリルパイプ4、ツールジョイント7、ドリルカラー5、ドリルビット6を含む。ツールジョイント7は、両端がねじ加工された鋼管であり、複数のドリルパイプ4の管端同士を連結する。ドリルカラー5は、最下流のドリルパイプ4の先端に取り付けられる。ドリルカラー5はドリルパイプ4より重い金属管であり、ドリルストリング3の下端に荷重を与える。ドリルビット6は、ドリルストリング3の最下流(先端)に配置される。ドリルストリング3の最上流は、駆動装置8に取り付けられる。ドリルストリング3は、駆動装置8により軸周りに回転可能である。これにより、ドリルストリング3は、坑井Wを掘削する。
【0031】
掘削時、ドリルストリング3をケーシング2内に挿入し、ドリルストリング3を回転させながら坑井Wを掘削する。このとき、ドリルストリング3により傾斜掘削を実施することにより、坑井Wに湾曲部Pが形成される。湾曲部Pは垂直方向に対して傾斜した坑道を有する。湾曲部Pでは、掘削中のドリルパイプ4又はツールジョイント7がケーシング2と接触する。ツールジョイント7の外径は、ドリルパイプ4の外径よりも大きい。そのため、通常、ドリルパイプ4よりも、ツールジョイント7がケーシング2の内面と接触しやすい。
【0032】
従来、ツールジョイント7の外面の摩耗を抑制するため、ツールジョイント7の鋼管外面に硬化肉盛層や硬質保護被膜が形成される。硬化肉盛層はたとえば、高硬度のマルテンサイト鋼等である。硬質保護被膜はたとえば、セラミックスやサーメット等である。
【0033】
最近では高圧の炭酸ガス及び腐食性ガスを含む環境の深井戸の開発が進んでいる。このような深井戸では、より優れた耐食性が求められるため、耐食性に優れた合金鋼からなるケーシング2が利用される。しかしながら、合金鋼のケーシング2が上述の硬質被膜を有するツールジョイント7と接触すると、ケーシング2の内面が著しく摩耗してしまう。
【0034】
ケーシング2の内面の摩耗は、回転しているツールジョイント7が静止しているケーシング2の内面と摺動することにより発生する。本発明者らは、合金鋼のケーシング2の摩耗について検討し、次の知見を得た。すなわち、合金鋼のケーシング2がツールジョイント7と摺動すると、ツールジョイント7の外面に移着物が凝着する。この移着物により、ケーシング2の摩耗形態が凝着摩耗となる。ここで移着物とは、摺動により削られた一方の部材が、他方の部材に凝着したものをいう。以下、凝着摩耗について説明する。
【0035】
図2A〜
図2Dは、合金鋼のケーシング2とツールジョイント7との凝着摩耗の発生過程を示す図である。凝着摩耗の発生過程は、
図2A〜
図2Dの順に進行する。
【0036】
図2Aに示すとおり、ケーシング2の内面は粗さを有する。そのため、傾斜掘削時において、ケーシング2の内面の凸部がツールジョイント7と接触する。なお、実際には、ツールジョイント7の外面もケーシング2の内面と同様に粗さを有する。従って、本来は、
図2A〜
図2Dにおいて、上側に描かれているツールジョイント7も下側に描かれているケーシング2と同様に凸部を有している。
図2A〜
図2Dは、以下の説明を分かりやすくするために、ツールジョイント7の方を平らに描き、相対的な凹凸として模式的に図示したものである。
【0037】
ケーシング2が合金鋼からなる場合、ケーシング2の内面は硬い。そのため、ケーシング2の内面では、ツールジョイント7との摺動中に、局部的に面圧が高くなる。内面のうち面圧が高い部分は発熱を引き起こす。合金鋼は炭素鋼と比較して表層の熱伝導率が低い。そのため、摺動により発生した熱が内部に逃げにくい。そのため、発熱により内面の一部が溶着したり、物理的接触により一部が剥離したりしやすくなる。この溶着や剥離により、
図2Bに示すように、ケーシング2の内面の一部(移着物)9がツールジョイント7の外面に移着する。
【0038】
凝着は、摺動する部材(ここではケーシング2及びツールジョイント7)の材料同士の相互溶解度が高いときに生じる。金属系の硬化肉盛層や硬質保護被膜(ツールジョイント)と合金鋼(ケーシング)とでは、同じ金属結合を有するため、相互溶解度が高い。また、セラミックス等の硬質保護被膜の硬さは合金鋼よりも硬いため、ケーシング2の内面が削られやすい。したがって、ツールジョイント7が外面に硬化肉盛層や硬質保護被膜を有する場合、凝着が特に生じやすい。
【0039】
ツールジョイント7に付いた移着物9は、掘削作業の進行に伴うツールジョント7の回転により、ケーシング2の内面の新たな凸部と接触する。
【0040】
移着物9とケーシング2の内面の凸部が接触すると、ケーシング2の内面の一部が移着物9により削り取られ、新たな移着物91が生じる。新たな移着物91は、既存の移着物9に凝着する。
【0041】
掘削作業の進行に伴うツールジョント7の回転によって、
図2C及び
図2Dの動作が繰り返され、移着物9は徐々に成長する。移着物9の成長に伴い、ケーシング2の内面の摩耗も激しくなり、凝着摩耗が発生する。
【0042】
本発明者らは、ケーシング2とツールジョイント7との摩擦を想定し、種々の材料の組み合わせについて後述の実施例に示す摩耗試験(円筒−平面接触式摩耗試験)を実施した。その結果、次の知見を得た。
【0043】
従来のように、ツールジョイント7の外面にケーシング2よりも顕著に硬い硬質被膜を形成するよりも、Al、Al合金、Cu、Cu合金、Zn及びZn合金(以下、これらの金属を特定金属ともいう)のいずれかからなる軟質の金属被膜を形成した方が、ケーシング2に凝着摩耗が生じにくい。その結果、ケーシングの摩耗を抑制できる。
【0044】
そこで、本実施形態では、
図3に示すとおり、ツールジョイント7を構成する鋼管の外面に、特定金属からなる金属被膜10を形成する。上記特定金属はケーシングよりも軟質である。そのため、傾斜掘削を実施する場合、従来のように、ケーシング2の一部が剥離するのではなく、金属被膜10の一部が剥離してケーシング2に移着する。また、金属被膜10は酸化されやすい。したがって、移着物も酸化されやすい。そのため、ケーシング2の内面の移着物が成長しにくく、その結果、凝着摩耗を抑制できる。以下、この点について詳述する。
【0045】
図4A〜
図4Dは、合金鋼からなるケーシング2と本実施形態の金属被膜10を有するツールジョイント7との摩耗過程を示す図である。この過程は、
図4A〜
図4Dの順に進行する。なお、実際には、
図2A〜
図2Dに示すようにケーシングパイプ2の内面は粗さを有する。従って、本来は、
図4A〜
図4Dにおいて、上側に描かれているケーシングパイプ2も下側に描かれている金属被膜10と同様に凸部を有している。
図4A〜
図4Dは、以下の説明を分かりやすくするために、ケーシングパイプ2の方を平らに描き、相対的な凹凸として模式的に図示したものである。
【0046】
傾斜掘削時に、ケーシング2が金属被膜10と接触すると、従来とは異なり、ケーシング2の内面ではなく、金属被膜10の一部が削られる。金属被膜10のうち、削られた一部は、
図4Bに示すように、ケーシング2の内面に移着物11として移着する。移着物11は、ケーシング2の内面から突出している。そのため、傾斜掘削時に、ツールジョイント7がさらに回転すると、
図4Cに示すとおり、移着物11が金属被膜10と接触する。このとき、移着物11により金属被膜10がさらに削られ、
図4Dに示すとおり、金属被膜10の断片12が新たに発生する。
【0047】
しかしながら、移着物11は酸化されやすいため、ケーシング2の内面に付着した時点で、酸化してしまう。そのため、断片12は移着物11に凝着せずに、移着物11から脱落する。さらに、移着物11自身が酸化しているため、ケーシング2の内面との凝着力が弱い。そのため、断片12との接触による衝撃により、移着物11もケーシング2の内面から剥離しやすい。
【0048】
以上のとおり、本実施形態の金属被膜10から剥離した断片は酸化しやすい。そのため、凝着物が成長しにくい。その結果、ケーシング2の内面では、凝着摩耗ではなく研削摩耗(アブレシブ摩耗)となる。アブレシブ摩耗は凝着摩耗のように局所的に大きな摩耗が発生しにくい。そのため、アブレシブ摩耗は、凝着摩耗と比べて摩耗量が少ない。したがって、ケーシング2の内面の摩耗量が低減される。
【0049】
上述のとおり、金属被膜10は、Al、Al合金、Cu、Cu合金、Zn及びZn合金からなる群から選択される1種以上である。これらの特定金属はいずれも、ケーシングの鋼(炭素鋼及び合金鋼)よりも軟質である。ここで、Al、Cu、Zn等の金属は対応の元素と不純物からなる。Al合金は、Al含有量が質量%で50%以上となる合金である。Cu合金は、Cu含有量が質量%で50%以上となる合金であり、Zn合金は、Zn含有量が質量%で50%以上となる合金である。各合金元素は、1又は複数の他の元素を含有する。たとえば、これらの合金は、チタン(Ti)、ケイ素(Si)、マグネシウム(Mg)、リン(P)、スズ(Sn)、マンガン(Mn)、マグネシウム(Mg)等である。
【0050】
好ましくは、金属被膜10とツールジョイント7の外面との間に、硬化肉盛層を有する。硬化肉盛層の組成はたとえば、微細炭化物を分散させたマルテンサイト鋼である。これにより、金属被膜10がケーシング2との接触により摩滅した場合、硬化肉盛層によりツールジョイント7を保護できる。この場合、金属被膜10は、硬化肉盛層の上に形成される。そのため、金属被膜10は、硬化肉盛層との金属結合により密着性が高い。したがって、金属被膜10とケーシング2との接触により、金属被膜10が脱離しにくい。硬化肉盛層は、周知の肉盛溶接により形成される。
【0051】
上述したように、凝着摩耗を抑制するためには、金属被膜10が軟質である方が好ましい。具体的には、金属被膜10の硬さは、ケーシング2の硬さの1.2倍以下である。さらに好ましい硬さ比(金属被膜10の硬さ/ケーシング2の硬さ)は0.8以下である。
【0052】
また、金属被膜10の厚さは、2〜20mmであるのが好ましい。金属被膜10の厚さが2mm未満の場合、ケーシング2との摩擦により、金属被膜10が摩滅しやすい。金属被膜10の厚さが20mmより大きい場合、金属被膜10に亀裂が入りやすい。この亀裂を起点に、金属被膜10が部分的に脱離することがある。この場合、ケーシング2とツールジョイント7との長時間の接触により、金属被膜10が部分的に摩滅することがある。さらに好ましくは、金属被膜10の厚さは5〜12mmである。
【0053】
本実施形態の坑井の掘削方法は、ケーシング2が、Crを10質量%以上含有する合金鋼である場合に特に有効である。この場合、ツールジョイント7の金属被膜10はケーシング2よりも顕著に軟質であるため、凝着摩耗ではなくアブレシブ摩耗となる。
【0054】
上述の実施形態では、ツールジョイント7とケーシング2の内面とが接触する場合について説明した。しかしながら実際には、坑井の傾斜角度やドリルパイプ4の長さ等により、ツールジョイント7よりも外径の小さいドリルパイプ4が、ケーシング2と接触する場合もある。したがって、金属被膜10は、ドリルパイプ4の外面に形成されてもよい。この場合、ドリルパイプ4は、母材となる鋼管と、鋼管の外面上に形成される金属被膜10とを備える。
【0055】
ドリルパイプ4及びツールジョイント7に金属被膜10を設ける方法はたとえば、めっき処理、溶射、肉盛等である。金属被膜10は、既に使用したドリルパイプ4及びツールジョイント7の外面上に再度形成することができる。使用により金属被膜10が損耗した場合、損耗した部分に直接新たな金属被膜10を形成してもよい。また、機械的又は化学的に古い金属被膜10を除去した後、新たな金属被膜を形成してもよい。
【0056】
[掘削方法]
本実施形態の坑井の掘削方法について説明する。
【0057】
ドリルストリング3を用いて、所定の深度まで坑井を掘削した後、ドリルストリング3を一旦、坑井Wから引き揚げる。その後、掘削した坑井Wを保護するため、ケーシング2を坑井Wに挿入する。ケーシング2はたとえば、ケーシング2と坑井Wとの間に流し込まれたセメントによって固定される。
【0058】
ケーシング2が挿入された後、ドリルパイプ4及び/又はツールジョイント7の外面に金属被膜10が形成されたドリルストリング3をケーシング2内に挿入する。そして、駆動装置8によりドリルストリング3を回転させ、坑井を傾斜掘削する。本実施形態では、ドリルパイプ4及び/又はツールジョイント7が、Al、Al合金、Cu、Cu合金、Zn及びZn合金からなる群から選択される1種以上の金属被膜10を有する。そのため、湾曲部Pにおいて、ツールジョイント7又はドリルパイプ4がケーシング2と接触、摺動しても、ケーシング2に凝着摩耗が発生しにくい。そのため、傾斜掘削時において、ケーシングの摩耗を抑制できる。
【実施例】
【0059】
ケーシング2とツールジョイント7との摩擦を想定し、種々の材料の組み合わせについて摩耗試験(円筒−平面接触式摩耗試験)を実施した。
【0060】
本試験では、
図5に示す摩耗試験機30を用いた。摩耗試験機30は、ブロック31、ディスク32及び吐出装置33を備えた。ブロック31はケーシングを想定した。ディスク32はツールジョイントを想定した。
【0061】
ブロック31は、10mm×20mm×高さ20mmの形状を有した。ディスク32は、直径110mm、高さ30mmの円柱形状であった。ディスク32の母材(ツールジョイントの母材鋼管に相当)は、JIS規格のSKD11に準拠した化学組成を有した。具体的には、ディスク32の材質(SKD11)は、質量%で、C:1.50%、Si:0.20%、Mn:0.45%、Cr:12.0%、Mo:1.0%、V:0.35%を含有し、残部はFe及び不純物であった。側面32Aの表面粗さはRa0.01μmであった。側面32Aには、金属被膜を想定した種々の被膜を形成した。具体的には、各試験番号のブロック31の材質及びディスク32の被膜の材質は、表1に示すとおりであった。なお、表1中の金属被膜の材質名の下の括弧内の記号はJISに規定される材料記号を示す。
【0062】
【表1】
【0063】
各ディスク32の被膜の膜厚は、表1に示すとおりであった。なお、試験番号13及び14では、ディスク32の側面32Aに被膜を形成しなかった。ただし、試験番号14では、側面32Aに、硬化肉盛層を形成した。試験番号1〜3、5〜9及び12では、被膜と側面32Aとの間に硬化肉盛層を形成した。各被膜の形成方法は、表1に示すとおりであった。
【0064】
表1中の各試験番号のディスク32の側面32Aに形成された被膜の材質は次のとおりであった。
試験番号1〜5の被膜はそれぞれ、JIS(日本工業規格)に規定されるC1020、C3604、C1220、C5210及びC6782に相当するCu又はCu合金であった。
【0065】
試験番号6〜9の被膜はそれぞれ、JISに規定されるA1100、A5056、A2024及びA7075に相当するAl又はAl合金であった。
【0066】
試験番号10の被膜はZnであった。試験番号11の被膜は、JISに規定されるZDC2に相当するZn合金であった。試験番号12の被膜は質量%でAl:4%、Cu:3%を含有し、残部はZn及び不純物からなるZn合金であった。
【0067】
試験番号13は被膜を形成しなかった。なお、表1中、試験番号13の「被膜硬さ」欄の括弧内数字は、ディスク(SKD11)の硬さを示し、「硬さ比」欄の括弧内数字は、ブロック(13%Cr鋼)の硬さに対するディスク(SKD11)の硬さの比を示す。
【0068】
試験番号14のディスクの表面は硬化肉盛層であった。硬化肉盛層は、炭化物粒子を分散させた硬質マルテンサイト鋼であった。炭化物粒子の材質は、質量%で、C:0.6%、Si:0.2%、Cr:5.0%、Ti:2.5%を含有し、残部はFe及び不純物であった。硬化肉盛層厚さは1mmとした。なお、表1中、試験番号14の「被膜硬さ」欄の括弧内数字は、硬化肉盛層の硬さを示し、「硬さ比」欄の括弧内数字は、ブロック(13%Cr鋼)の硬さに対する硬化肉盛層の硬さの比を示す。
【0069】
表1中の各試験番号のブロックの材質は次のとおりであった。
試験番号1、5、10及び11のブロック(低炭素13%Cr鋼)は、C:0.04%、Si:0.21%、Mn:0.41%、Ni:5.53%、Cr:12.05%、Mo:2.03%を含有し、残部はFe及び不純物であった。
【0070】
試験番号2〜4、8、9、12〜14のブロック(13%Cr鋼)は、C:0.20%、Si:0.21%、Mn:0.41%、Ni:0.10%、Cr:12.64%を含有し、残部はFe及び不純物であった。
【0071】
試験番号6のブロック(炭素鋼)は、C:0.22%、Si:0.34%、Mn:0.48%、Cr0.53%を含有し、残部はFe及び不純物であった。
【0072】
試験番号7のブロック(25%Cr−30%Ni合金)は、C:0.02%、Si:0.32%、Mn:0.64%、Ni:29.7%、Cr:25.2%、Mo:2.85%を含有し、残部はFe及び不純物であった。
【0073】
試験番号1〜14のディスク32及びブロック31を用いて、円筒−平面接触式摩耗試験を次の方法で実施した。ブロック31の10mm×20mm面をディスク32の側面32Aに、荷重980Nで押し当てた。ブロック31を押し当てながら、ディスク32を100rpmで3時間回転した。試験中、塩水系掘削泥水を環境水として側面32Aに100cc/minの量で吐出し続けた。試験開始時のブロック31及びディスク32の温度は、常温であった。
【0074】
試験後のブロック31及びディスク32の摩耗深さを測定した。具体的には、試験後のブロック31及びディスク32の摩耗面のプロファイルを共焦点顕微鏡で測定し、最大の摩耗深さを測定した。最大摩耗深さを、ブロック31の摩耗深さ(mm)、及び、ディスク32の摩耗深さ(mm)と定義した。
【0075】
[硬さ比測定]
上述の摩耗試験前に、ディスク32の被膜及びブロック31のビッカース硬さをJIS Z2244に準拠して測定した。測定時の試験力は0.98Nであった。求めた硬さに基づいて、硬さ比(ディスク32の被膜の硬さ/ブロック31の硬さ)を求めた。なお、SKD11のビッカース硬さは700HV、硬化肉盛層のビッカース硬さは710HVであった。
【0076】
[試験結果]
試験結果を表1に示す。表1を参照して、試験番号1〜12では、金属被膜はAl、Al合金、Cu、Cu合金、Zn又はZn合金であった。そのため、ブロック31の摩耗深さはいずれも1.0mm以下であった。また、ディスク32の摩耗深さはいずれも3.0mm未満であった。
【0077】
さらに、試験番号1、3、4、6〜12の硬さ比は1.2以下であった。そのため、硬さ比が1.2を超えた試験番号5と比較して、ブロックの摩耗深さが小さかった。
【0078】
ブロックが同じ材質の試験番号2〜4、8、9、12を比較して、試験番号2以外の被膜の膜厚は2mm以上であった。そのため、試験終了時に被膜は摩滅しなかった、一方、被膜の膜厚が2mm未満の試験番号2では、試験中に被膜が摩滅し、ディスク母材自体が摩耗した。また、試験番号1、5、10、11を比較して、試験番号11以外は被膜の膜厚が20mm以下であった。そのため、被膜の膜厚が20mmを超える試験番号11では、被膜にクラックが形成されたのに対して、試験番号1、5、10では、ディスク母材自体は摩耗せず、被膜にクラックも形成されなかった。
【0079】
一方、試験番号13及び14では、金属被膜を形成しなかったため、ブロック31の摩耗深さが2.0mmを大きく超えた。
【0080】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。