特許第6570120号(P6570120)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6570120
(24)【登録日】2019年8月16日
(45)【発行日】2019年9月4日
(54)【発明の名称】透明性シート状コラーゲン成形体
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/24 20060101AFI20190826BHJP
   A61L 27/36 20060101ALI20190826BHJP
   A61L 15/32 20060101ALI20190826BHJP
   A61L 31/04 20060101ALI20190826BHJP
   B32B 9/02 20060101ALI20190826BHJP
【FI】
   A61L27/24
   A61L27/36 100
   A61L15/32 300
   A61L31/04 120
   B32B9/02
【請求項の数】8
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2015-174137(P2015-174137)
(22)【出願日】2015年9月3日
(65)【公開番号】特開2017-47031(P2017-47031A)
(43)【公開日】2017年3月9日
【審査請求日】2018年7月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】000203656
【氏名又は名称】多木化学株式会社
(72)【発明者】
【氏名】河上 貴宏
(72)【発明者】
【氏名】山口 勇
【審査官】 佐々木 大輔
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2009/084507(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/114707(WO,A1)
【文献】 特表2012−519537(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/070679(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/00−33/18
B32B 1/00−43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下[1]〜[4]の特徴を有する透明性シート状コラーゲン成形体。
[1]上記成形体は、1層の単層シート又は複数層の積層シートで構成され、該単層シート又は該積層シートの各層は、再フィブリル化コラーゲンフィブリルによって構成されたものであり、該再フィブリル化コラーゲンフィブリルが略規則性をもって配向したものであって、配向度が0.5〜1の範囲である。
但し、上記配向度は、上記成形体の任意の層における10,000倍の走査電子顕微鏡像を、旭化成エンジニアリング株式会社製の画像解析ソフト「A像くん(登録商標)」で解析したときの半値幅法により算出される値である。
[2]上記成形体の上下面が、略平坦である。
[3]上記成形体の厚み方向に測定した可視光透過率が、50%以上である。
[4]上記成形体におけるコラーゲンの密度が、0.7〜1.4g/cm3の範囲である。
【請求項2】
前記成形体が、物理的架橋法又は化学的架橋法による架橋処理が施されたものである請求項1記載の透明性シート状コラーゲン成形体。
【請求項3】
以下の工程を含む請求項1又は2記載の透明性シート状コラーゲン成形体の製造方法。
可溶化コラーゲン溶液を吐出しシート状に展延すること、又は可溶化コラーゲン溶液をシート状に吐出することによって、シート状物を得る第1工程。
第1工程で得られたシート状物を、生理的な等張液又は緩衝液と接触することによって再フィブリル化させて、再フィブリル化シート状物を得る第2工程。
第2工程で得られた再フィブリル化シート状物を、厚み方向に押圧して圧密化する第3工程。
【請求項4】
シート状物を得る第1工程が、以下のa〜b工程を含むものである請求項記載の透明性シート状コラーゲン成形体の製造方法。
a工程:可溶化コラーゲン溶液を吐出しシート状に展延すること、又は可溶化コラーゲン溶液をシート状に吐出することによって、シート状物Aを得る工程。
b工程:次の(i)又は(ii)の工程。
(i)シート状物A上に、可溶化コラーゲン溶液を吐出しシート状に展延すること又は可溶化コラーゲン溶液をシート状に吐出することによって、積層シートからなるシート状物を作製する工程。
(ii)シート状物A上以外の任意の場所に、可溶化コラーゲン溶液を吐出しシート状に展延すること又は可溶化コラーゲン溶液をシート状に吐出することによって、シート状物Bを得た後、シート状物Aとシート状物Bとを接着させて積層シートからなるシート状物を作製する工程。
但し、上記a〜b工程を1回実施することにより得られる2層の積層シートを基に3層以上の積層シートを作製する場合には、b(i)又はb(ii)工程における「シート状物A」に代えて「前回のb工程で得られた積層シートからなるシート状物」を適用して、b工程を所定回数繰り返す。
また、任意の処理として、a工程で得られたシート状物Aをコラーゲンの変性温度未満で乾燥する処理、又はb(i)若しくは(ii)工程で得られた積層シートからなるシート状物をコラーゲンの変性温度未満で乾燥する処理、を含む。
【請求項5】
第1工程において、可溶化コラーゲン溶液を吐出する方法が、可溶化コラーゲン溶液を面状の吐出面に吐出する場合であって、
吐出時の操作が以下の(1)〜(3)のいずれかである請求項又は記載の透明性シート状コラーゲン成形体の製造方法。
(1)吐出面を固定し、吐出口を吐出面に沿って吐出方向と逆方向に移動させる。
(2)吐出口を固定し、吐出方向と同じ方向に吐出面を移動させる。
(3)吐出口を吐出面に沿って吐出方向と逆方向に移動させ、且つ吐出方向と同じ方向に吐出面を移動させる。
【請求項6】
第3工程の後に、さらに、物理的架橋法又は化学的架橋法による架橋処理を施すものである、請求項のいずれか1項記載の透明性シート状コラーゲン成形体の製造方法。
【請求項7】
生理的な等張液又は緩衝液が、無機塩の水溶液である請求項のいずれか1項記載の透明性シート状コラーゲン成形体の製造方法。
【請求項8】
請求項1又は2記載の透明性シート状コラーゲン成形体を用いた医用材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透明性を有するシート状コラーゲン成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
コラーゲンは、生体内のタンパク質の30%を占め、骨格支持及び細胞接着などの機能を有する重要なタンパク質であり、例えば、骨・軟骨、靭帯・腱、角膜実質、皮膚、肝臓、筋肉などのさまざまな組織に存在する。このコラーゲンを原料として加工し形成された成形体は、細胞培養基材、再生医療用の足場材料(例えば、軟骨・骨・脊椎・髄核・靭帯・角膜実質・皮膚・血管・神経・肝臓組織の再生材料)、移植用材料(創傷被覆材料、骨補填剤、止血材料、癒着防止材など)、薬物送達担体、止血材等として様々な技術開発が行われてきた。
【0003】
生体内のコラーゲンの大部分は、コラーゲンフィブリル(コラーゲン線維、コラーゲン細線維とも称される)が集まって様々な組織を形成している。組織中でのコラーゲンフィブリルの方向性は、皮膚のように無秩序性の高いものから、靭帯・腱のように配向性の高いものまで存在する。ここで、コラーゲンフィブリルとは、コラーゲン分子が規則正しく並んで会合したものである。その特徴は、D周期性の横縞を有するものである。D周期性の横縞の間隔は、一般的には67nmとされている。ここで、コラーゲン分子とは、3本のポリペプチド鎖によって3重らせん構造が形成されたものである。さらに、生体内のコラーゲンの特徴として、コラーゲン分子同士が架橋して安定性を高めていることが挙げられる。靭帯や腱などでは、コラーゲンフィブリルが寄り集まることによってコラーゲンファイバーが形成され、さらに高次構造のファイバーバンドル(Fiber Bundle)が形成される(例えば、非特許文献1)。また、角膜実質は、コラーゲンフィブリルが規則正しく配向した積層構造であることが知られている。
【0004】
生物組織からコラーゲンを可溶化して可溶化コラーゲン溶液を得る方法については、酵素で可溶化処理する方法、希酸で抽出処理する方法、アルカリで可溶化処理する方法などが広く知られている。以下では特に断らない限り、「可溶化コラーゲン溶液」というときは、任意の処理方法によって可溶化されたコラーゲン溶液のことを指すものとする。図1に、可溶化コラーゲン溶液の模式図を示した。可溶化されたコラーゲンが溶解するときは、溶液中でコラーゲン分子がバラバラに存在していると一般に考えられている。
【0005】
可溶化コラーゲン溶液に、適当な緩衝液を添加し、可溶化コラーゲン溶液を適度なイオン強度及びpHとすると、再フィブリル化(線維化とも称される)したコラーゲンフィブリル(以下「再フィブリル化コラーゲンフィブリル」という。)を取得できることが知られている(例えば、特許文献1)。図2は、再フィブリル化コラーゲンフィブリルの模式図である。また、図3は、再フィブリル化コラーゲンフィブリルを拡大した模式図であり、生体内に存在するコラーゲンフィブリルと同様に、コラーゲン分子が会合しD周期(約67nm)を有する構造が再現される。
【0006】
ところで、上記のように、可溶化コラーゲン溶液に適当な緩衝液を添加して再フィブリル化させるだけでは、得られる再フィブリル化コラーゲンフィブリルは、方向性に秩序性がない、即ち無配向なものとなることが知られている。
【0007】
コラーゲンの分野においては、一口に配向といっても、コラーゲン分子のレベルでの配向、再フィブリル化コラーゲンフィブリルのレベルでの配向、コラーゲンファイバーのレベルでの配向、のようにさまざまなレベルでの配向があることが知られている。
【0008】
図4は、コラーゲン分子のレベルで配向していることを示す模式図である。図4では、バラバラに存在するコラーゲン分子が略規則的に配向しているだけである。この状態では、コラーゲン分子の会合により形成されるD周期を有する再フィブリル化コラーゲンフィブリルは見られない。この状態のコラーゲンは、アモルファス様の状態と云えるものである。また、これを乾燥させたものは透明なものとなる。
【0009】
これまでに、コラーゲンの分野における配向技術として、種々のものが開発されてきた。例えば、広く知られた配向技術である強磁場については、特許文献2の段落0004を引用すると、「ゲル構成微細繊維の三次元的配向を達成する技術として、強磁場を用いた技術が報告されている(非特許文献 1)。しかし、その技術は、繊維配向が不完全であり、」と記載されている。ここでの「ゲル構成微細繊維」とは、コラーゲン分子を指すものと推定される。
【0010】
特許文献3と4には、ヘキサフルオロイソプロパノールを含有するコラーゲン溶液をエレクトロスピニングさせることによってコラーゲンファイバーを製造する方法が開示されている。
【0011】
特許文献5には、可溶化コラーゲン溶液をスピンコートし、コラーゲン分子が配向したコラーゲンゲル層を積層させる技術が開示されている。
【0012】
特許文献6には、化学的架橋剤を添加した可溶化コラーゲン溶液を流延方向に流延した後、ゲル層の厚み方向に加圧して形成した下層と、当該下層と流延方向が異なるだけで同様に形成した上層とからなる積層コラーゲンゲルの作製方法が開示されている。また、同様の報告が非特許文献2等でもなされている。
【0013】
コラーゲンをノズルから吐出することにより糸状の形状を形成させる技術が特許文献7〜9に開示されている。
【0014】
特許文献7には、可溶化コラーゲン溶液を紡糸金口から濃厚塩類水溶液中に吐出して「コラーゲン繊維」を得る方法が開示されている。
【0015】
特許文献8には、ネズミ尾由来のI型コラーゲンの可溶化コラーゲン溶液を用いて再フィブリル化したコラーゲンゲルを作製する方法として2方法が開示されている。1つ目の方法は、可溶化コラーゲン溶液を注射針から吐出しながら、注射針を吐出方向と逆方向に動かすことによって堆積したコラーゲン溶液を形成した後、これを10倍濃度のPBSに浸漬することにより、再フィブリル化コラーゲンゲルを作製するものである。2つ目の方法は、10倍濃度のPBS中において酸性の可溶化コラーゲン溶液を注射針から吐出し、再フィブリル化コラーゲンゲルを作製するものであり、吐出に際しては1つ目の方法と同様に注射針を吐出方向と逆方向に動かすものである。
【0016】
特許文献9には、特許文献8の2つ目の方法と同様の方法、即ち、可溶化コラーゲン溶液をPBS中で吐出してストリング状の再フィブリル化コラーゲンゲルを作製する方法が開示されている。また、特許文献9には、当該コラーゲンゲル複数本を平面状に配列させた後、乾燥することによってシート状のコラーゲンゲルを得る方法についても開示されている。
【0017】
非特許文献5には、D周期を有するコラーゲンのマイクロフィブリルが単層(3nm以下の厚み)で配向性を有して配列したコラーゲンマトリクスが開示されている。その作製方法は、白雲母の層状結晶を劈開し平らな表面を露出させた後、そこに1滴の緩衝溶液を置き、その緩衝溶液中にコラーゲン分子を含有する緩衝溶液を注入するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】再公表特許第WO2012/070679号公報
【特許文献2】国際公開WO2007/066715号公報
【特許文献3】特開2007−138364号公報
【特許文献4】特表2004−523484号公報
【特許文献5】特開2010−148691号公報
【特許文献6】特許第5525823号
【特許文献7】特開平8−35193号公報
【特許文献8】特許第5669760号公報
【特許文献9】再公表特許第WO2012/114707号公報
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】渡辺 和男、日本写真学会誌 61巻 2号 (1998) p.72-76 「コラーゲンの構造と性質」
【非特許文献2】明石満、角膜全層の再生医療技術の開発および臨床応用に関する研究 平成19年度 総括・分担研究報告書 (2008) p.9-12 「角膜全層の再生医療技術の開発および臨床応用に関する研究 角膜実質再生を目的とした配向積層型コラーゲンゲルの創製」
【非特許文献3】生駒 俊之 他、マテリアルインテグレーション vol.23 No.22 (2010) p.6-11 「コラーゲンの基本構造」
【非特許文献4】宮田 暉夫 他、繊維と工業 39巻11号 (1983) p.427-435 「バイオテクノロジーへの繊維材料の応用」
【非特許文献5】David A. Cisneros 他、Small Vol.3, Issue 6, pages 956-963, 2007 「Creating Ultrathin Nanoscopic Collagen Matrices For Biological And Biotechnological Applications」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明は、透明性を有し、1層の単層シート又は複数層の積層シートで構成され、各層が略規則性をもって配向した再フィブリル化コラーゲンフィブリルによって構成されたシート状コラーゲン成形体の開発を課題とするものである。
【0021】
ところで、再フィブリル化コラーゲンフィブリルが無配向であったり配向度が低かったりすると白色を呈することは知られているが、再フィブリル化コラーゲンフィブリルの配向度が高い場合であってもコラーゲンの密度が低いときは白色を呈し、密度が高くなるほど透明度が向上する、という知見を本発明者らは本発明に係る検討の中で得た。
【0022】
ここで、前記例示した技術及び文献における配向性及び透明性について考察した結果を以下に記す。また、配向を謳っているレベル(コラーゲン分子、再フィブリル化コラーゲンフィブリル又はコラーゲンファイバー)についても判断できたものは記した。
【0023】
特許文献3の図3(a)には、「コラーゲン繊維」の電子顕微鏡写真が掲載されているが、配向性が高いと云えるものではない。また、「コラーゲン繊維」の繊維径の平均値が約5μmである旨が記載されている(段落0043)。一方、非特許文献3の9ページには、コラーゲンフィブリル(非特許文献3では「コラーゲン線維」と呼称)の太さは100nm程度であると記述されていることより、特許文献3の図3(a)の「コラーゲン繊維」は再フィブリル化コラーゲンフィブリルではなく、その集合体であると考えるのが妥当である。
【0024】
特許文献4には、繊維径390nm±290nmのエレクトロスピニングされたコラーゲンの「繊維」のSEM像が図10に掲載されているが、この「繊維」に配向性は見られない。
【0025】
強磁場配向及びエレクトロスピニングで得られるコラーゲン繊維は、再フィブリル化コラーゲンフィブリルの密度が高くないため、高い透明性を得ることは困難である。例えば、特許文献3の実施例1で得られたコラーゲン繊維は白色である旨が記載されており(段落0035)、特許文献4の実施例8で得られたコラーゲンマットも白色である旨が記載されている(段落0222)。
【0026】
特許文献5には、可溶化コラーゲン溶液を線維化させる工程がないため、再フィブリル化コラーゲンフィブリルの配向に関する技術ではなく、コラーゲン分子レベルでの配向性に関する技術と云えるものである。
【0027】
特許文献6には、可溶化コラーゲン溶液のpHを調整して線維形成が促進された状態で化学的架橋剤を添加する旨が段落0025に記載されている。しかし、実施例1では、ブタ皮由来Type IアテロコラーゲンをpH4.0の水溶液に溶解させた後、NaOHを用いて可溶化コラーゲン溶液のpHを3.5〜4.0に調整し、これに化学的架橋剤(EDC)とカルボキシル基活性剤(NHS)を添加している。この一連の手順より、原料のアテロコラーゲンは少なくともアルカリ可溶化コラーゲンではなく(アルカリ可溶型コラーゲンをpH4.0の水溶液に溶解させればpHが上昇するため、NaOHでpH3.5〜4.0に調整する上記手順と合致しない)、酵素可溶化コラーゲンと推測されるものである。酵素可溶化コラーゲンであれば、pH3.5〜4.0はコラーゲンの溶解領域のpHであるため、再フィブリル化(線維化)させることはできない。
【0028】
非特許文献4には、可溶化コラーゲン溶液を5%又はそれ以上の濃度のNaClにさらすと、規則配列のないアモルファス集合体となって沈殿する旨が記載されていることより、特許文献7の「コラーゲン繊維」中にはコラーゲン分子がアモルファスな形で存在しており、コラーゲンフィブリルはほとんど存在していないと推定される。
【0029】
特許文献8の図4は、前記1つ目の方法で得られたコラーゲンゲルの原子間力顕微鏡像である。図4は不鮮明であるが、配向性があるようには見えない。
【0030】
また、特許文献8の図8及び図9は、前記2つ目の方法で得られたコラーゲンゲルの原子間力顕微鏡像である。図8及び図9には、配向性は認められない。したがって、特許文献8の2つ目の方法と同様の方法によって得られる特許文献9のストリング状の再フィブリル化コラーゲンゲルも、コラーゲンフィブリルのレベルにおいて配向性は認められないものと推測される。尚、特許文献9の実施例2記載の方法で得られるシート形状のコラーゲン材料は、ストリング状のコラーゲンゲル複数本を平面状に配列させたものを乾燥させたものであるため、丸太で組んだ筏のような形状のものであり、略平坦性は有さないと考えられる。
【0031】
非特許文献5に記載のコラーゲンマトリクスは、コラーゲンのマイクロフィブリルが単層で隣り合って配列しているだけのものであるため、ピンセットで取り扱う等の力学的負荷に耐えられないであろうことは容易に想像できるものであり、よってシートとしての機能を発揮することは期待し得ない。また、密度が低いために、透明性を有さないものと推測される。
【課題を解決するための手段】
【0032】
本発明は下記の通りである。
[1]1層の単層シート又は複数層の積層シートで構成され、上下面が略平坦であり、透明性を有する成形体であって、該単層シート又は該積層シートの各層は、略規則性をもって配向した再フィブリル化コラーゲンフィブリルによって構成されたものであることを特徴とする透明性シート状コラーゲン成形体。
[2]配向度が、0.5〜1の範囲である上記[1]記載の透明性シート状コラーゲン成形体。
但し、上記配向度は、透明性シート状コラーゲン成形体の任意の層における10,000倍の走査電子顕微鏡像を、旭化成エンジニアリング株式会社製の画像解析ソフト「A像くん(登録商標)」で解析したときの半値幅法により算出される値である。
[3]成形体の厚み方向に測定した可視光透過率が50〜80%の範囲である上記[1]又は[2]記載の透明性シート状コラーゲン成形体。
[4]コラーゲンの密度が、0.7〜1.4g/cm3の範囲である上記[1]〜[3]のいずれか1項記載の透明性シート状コラーゲン成形体。
[5]成形体が、物理的架橋法又は化学的架橋法による架橋処理が施されたものである上記[1]〜[4]のいずれか1項記載の透明性シート状コラーゲン成形体。
[6]以下の工程を含む上記[1]〜[5]のいずれか1項記載の透明性シート状コラーゲン成形体の製造方法。
可溶化コラーゲン溶液を吐出しシート状に展延すること、又は可溶化コラーゲン溶液をシート状に吐出することによって、シート状物を得る第1工程。
第1工程で得られたシート状物を、生理的な等張液又は緩衝液と接触することによって再フィブリル化させて、再フィブリル化シート状物を得る第2工程。
第2工程で得られた再フィブリル化シート状物を、厚み方向に押圧して圧密化する第3工程。
[7]シート状物を得る第1工程が、以下のa〜b工程を含むものである上記[6]記載の透明性シート状コラーゲン成形体の製造方法。
a工程:可溶化コラーゲン溶液を吐出しシート状に展延すること、又は可溶化コラーゲン溶液をシート状に吐出すること、シート状物Aを得る工程。
b工程:次の(i)又は(ii)の工程。
(i)シート状物A上に、可溶化コラーゲン溶液を吐出しシート状に展延すること又は可溶化コラーゲン溶液をシート状に吐出することによって、積層シートからなるシート状物を作製する工程。
(ii)シート状物A上以外の任意の場所に、可溶化コラーゲン溶液を吐出しシート状に展延すること又は可溶化コラーゲン溶液をシート状に吐出することによって、シート状物Bを得た後、シート状物Aとシート状物Bとを接着させて積層シートからなるシート状物を作製する工程。
但し、上記a〜b工程を1回実施することにより得られる2層の積層シートを基に3層以上の積層シートを作製する場合には、b(i)又はb(ii)工程における「シート状物A」に代えて「前回のb工程で得られた積層シートからなるシート状物」を適用して、b工程を所定回数繰り返す。
また、任意の処理として、a工程で得られたシート状物Aをコラーゲンの変性温度未満で乾燥する処理、又はb(i)若しくは(ii)工程で得られた積層シートからなるシート状物をコラーゲンの変性温度未満で乾燥する処理、を含む。
[8]第1工程において、可溶化コラーゲン溶液を吐出する方法が、可溶化コラーゲン溶液を面状の吐出面に吐出する場合であって、吐出時の操作が以下の(1)〜(3)のいずれかである上記[6]又は[7]記載の透明性シート状コラーゲン成形体の製造方法。
(1)吐出面を固定し、吐出口を吐出面に沿って吐出方向と逆方向に移動させる。
(2)吐出口を固定し、吐出方向と同じ方向に吐出面を移動させる。
(3)吐出口を吐出面に沿って吐出方向と逆方向に移動させ、且つ吐出方向と同じ方向に吐出面を移動させる。
[9]第3工程の後に、さらに、物理的架橋法又は化学的架橋法による架橋処理を施すものである、上記[6]〜[8]のいずれか1項記載の透明性シート状コラーゲン成形体の製造方法。
[10]生理的な等張液又は緩衝液が、無機塩の水溶液である上記[6]〜[9]のいずれか1項記載の透明性シート状コラーゲン成形体の製造方法。
[11]上記[1]〜[5]のいずれか1項記載の透明性シート状コラーゲン成形体を用いた医用材料。
【発明の効果】
【0033】
本発明の透明性シート状コラーゲン成形体は、透明性を有するため、とりわけ透明性が要求される用途に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】可溶化コラーゲン溶液の模式図である。
図2】再フィブリル化コラーゲンフィブリルの模式図である。
図3】再フィブリル化コラーゲンフィブリルを拡大した模式図である。
図4】コラーゲン分子の配向を示す模式図である。
図5】実施例1における評価用成形体の走査電子顕微鏡像(10,000倍)である。
図6】比較例1における評価用成形体の走査電子顕微鏡像(10,000倍)である。
図7】比較例2における評価用成形体の走査電子顕微鏡像(10,000倍)である。
図8】実施例1と比較例1の成形体の透明性の違いを文字の透過性によって示した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
(透明性シート状コラーゲン成形体)
以下、本発明の透明性シート状コラーゲン成形体(以下「本発明の成形体」という。)について詳細に説明する。
本発明の成形体は、1層の単層シート又は複数層の積層シートで構成され、上下面が略平坦であり、透明性を有する成形体であって、該単層シート又は該積層シートの各層は、略規則性をもって配向した再フィブリル化コラーゲンフィブリルによって構成されたものであることを特徴とする。
【0036】
ここで、「略平坦」とは、起伏が無く平らなことを云うが、成形体の上面又は下面の一辺の長さに対し、十分小さい凹凸等が形成されている場合を含んでもよいことを意味する。
【0037】
また、「略規則性をもって配向した」とは、本発明の成形体の各層を全体として観察したときに、大部分の再フィブリル化コラーゲンフィブリルが略平行に配列している状態を意味するものであり、一部の再フィブリル化コラーゲンフィブリルが不規則に存在することが許容されるのは云うまでもない。ここで、「略平行」とは、全く平行はもとより、実質的に平行と認められるものを含む意図である。
【0038】
本発明の成形体の配向度の測定方法の一例は、本発明の成形体の任意の層の上面又は下面における10,000倍の走査電子顕微鏡像を、旭化成エンジニアリング株式会社製の画像解析ソフト「A像くん(登録商標)」で解析し、配向度を半値幅法により算出するものである。当該配向度の最大値は1であり、値が大きいほど一定方向を向いていることを示す。本発明の成形体の好適範囲は、0.5〜1の範囲である。上記範囲内であれば、略規則性をもって配向している状態と云うことができる。なお、任意の層において上面又は下面の配向度を測定することが困難な場合は、配向性を評価できる断面を対象に解析してもよい。
【0039】
本発明の成形体が有する透明性とは、少なくとも半透明以上の透明性のことを意味する。透明性の好適範囲の一例を数値で示すと、本発明の成形体の厚み方向に測定した可視光透過率が50%以上であることが好ましい。可視光透過率は高いほど好ましく50〜100%の範囲を例示できるが、まずは50〜80%の範囲内であれば特に支障はない。
【0040】
本発明の成形体が複数層の積層シートで構成されたものである場合は、任意の層と当該任意の層に重なり合う上又は下の層の再フィブリル化コラーゲンフィブリルの配向方向は同じであってもよいし、異なってもよい。角膜材料や縫合処置を伴うために強度が要求される材料等の用途への適用には、重なり合う層の配向方向を直交とすることも好ましい態様の1つである。
【0041】
本発明の成形体は、ゲル状物であってもよいし、乾燥物であってもよい。また、浸漬して架橋処理した場合には、浸漬液中に保持された状態としてもよい。本発明の成形体の形状については特に限定されることなく、平板状、ドーム状等を例示することができる。
【0042】
本発明の成形体は、配向性の高さに加え、コラーゲンの密度が高いために透明性を発揮するものであるが、密度としては、例えば0.7〜1.4g/cm3の範囲であることが好ましい。密度が0.7g/cm3未満では、十分な透明性を得ることが困難となる。また、本発明の成形体の厚みは、用途に応じて適宜積層度を調節するなどして設定すればよいが、例えば、0.01〜2mmの範囲である。
【0043】
本発明の成形体の一形態として、物理的架橋法又は化学的架橋法による架橋処理が施されたものであってもよい。架橋処理の種類や程度によっては、高強度性、高耐水性等の機能を付与することができる。架橋処理方法の詳細は後述する。
【0044】
(製造方法)
本発明の成形体の製造方法の一形態は、好適には以下の工程を含むものである。
(1)<1>可溶化コラーゲン溶液を吐出しシート状に展延すること、又は<2>可溶化コラーゲン溶液をシート状に吐出することによって、シート状物を得る第1工程。
(2)第1工程で得られたシート状物を、生理的な等張液又は緩衝液と接触することによって再フィブリル化させて、再フィブリル化シート状物を得る第2工程。
(3)第2工程で得られた再フィブリル化シート状物を、厚み方向に押圧する第3工程。
尚、上記形態の製造方法は、簡便な製造方法によってシート状の成形体を得られるという利点がある。
【0045】
(第1工程)
可溶化コラーゲン溶液としては、3重らせん構造を有する水溶性のコラーゲンが溶解したものであることが好ましく、当該コラーゲンとして、コラーゲンの抗原決定基であるテロペプタイドが除去されたアテロコラーゲンが特に好ましい。また、コラーゲンのタイプについては特に制限はないが、生体内での存在量が多いI型が好ましい。尚、可溶化コラーゲン溶液中にペプチド、アミノ酸、ゼラチン等が含まれていても構わないが、それらは極力排除されていることが好ましい。
【0046】
可溶化コラーゲン溶液は、哺乳類、魚介類、鳥類、爬虫類等の生物原料のコラーゲン含有組織から公知の方法によって取得することができるものである。特に、ヒトとの共通のウイルスを有さない魚類から調製した可溶化コラーゲン溶液が好適である。魚類由来の可溶化コラーゲン溶液としては、各種用途への適用性の観点から変性温度が比較的高いものが好ましく、そのような魚種の好例として、オレオクロミス属が挙げられる。オレオクロミス属の中でも中国から東南アジアにかけて食用として主力に養殖されており、入手が容易であるティラピアが特に好ましい。
【0047】
ここで、魚鱗を原料とし、酵素を用いてコラーゲンを可溶化処理する方法について、特許第4863433号公報及び特許第5692770号公報に記載の方法を簡単に紹介する。その方法は、酸によって脱灰した鱗をペプシン等のプロテアーゼを用いて処理することによりコラーゲンをアテロ化し、必要に応じて精製処理を行うものである。精製処理には、例えば、塩析の他に、特許第5522857号公報に記載のpHが7以下の活性炭を用いる方法を適用することができる。
【0048】
可溶化コラーゲン溶液中のコラーゲン濃度については、少なくとも吐出した可溶化コラーゲン溶液が吐出形態を保持できる濃度であることが好ましく、濃度が高くなるほど再フィブリル化コラーゲンフィブリルが略規則性をもって配向し易くなる傾向があり、また、本発明の成形体の高密度化のために、高濃度の可溶化コラーゲン溶液を用いることが好ましい。例えば、コラーゲン濃度が0.3〜40質量%の範囲が好ましく、1〜20質量%の範囲がより好ましい。高濃度化は、公知の方法によって行えばよく、例えば、遠心分離、透析等の方法を挙げることができる。また、コラーゲンの凍結乾燥体等の固形のコラーゲンを所定の濃度となるように溶解して可溶化コラーゲン溶液を調製してもよい。
【0049】
上記<1>と<2>のいずれの方法においても、可溶化コラーゲン溶液を吐出する方法については特に限定されることはなく、各方法に適した吐出方法を適宜適用すればよいが、吐出の過程において層流を生じさせるような方法を用いることが特に望ましい。層流を生じさせるためには、可溶化コラーゲン溶液の濃度、粘度等の条件に応じて、流路の大きさ、流速等の条件を適宜設定することが好ましい。例えば、一定の長さを有した狭隘部を緩速で通過させる方法が好ましく、狭隘部の具体例の一例はノズル、注射針等である。吐出口の形状についても適宜設定することが好ましい。
【0050】
可溶化コラーゲン溶液を例えば面状の吐出面に吐出する場合は、(1)吐出面を固定し、吐出口を吐出面に沿って吐出方向と逆方向に移動させる、(2)吐出口を固定し、吐出方向と同じ方向に吐出面を移動させる、(3)吐出口を吐出面に沿って吐出方向と逆方向に移動させ、且つ吐出方向と同じ方向に吐出面を移動させる、等の方法を用いることができる。このとき、吐出面は水平に設置してもよいし、必要に応じ斜めに設置してもよい。また、吐出口と吐出面とが離れすぎないようにすることが好ましい。より好適には、吐出口と吐出面とを接触させる。
【0051】
上記<1>の方法における展延方法については、吐出した可溶化コラーゲン溶液の配向性を損なわないように広げ延ばすことができれば特に制限はなく、例えば、上記(1)〜(3)のいずれかの方法で吐出した可溶化コラーゲン溶液に対し、ロール、板、棒等の展延用部材を用いてシート状に成形する方法が挙げられる。具体的な方法として、例えば、棒状に吐出した可溶化コラーゲン溶液に対し、板状の展延用部材を可溶化コラーゲン溶液の上方向から適当な力で押しつける操作、棒状吐出の可溶化コラーゲン溶液の棒が存在する面と平行であって棒の向きと直角方向に展延用部材を押し動かす操作、また、可溶化コラーゲン溶液の吐出方向と順方向又は逆方向に展延用部材を押し動かす操作等の操作によってシート状に成形する方法を例示することができる。展延用部材にはコラーゲンが付着し難い材質を選択することが好ましい。また、用途に悪影響のない範囲で展延用部材にPEG等の高分子化合物を塗布することにより、コラーゲンの付着防止を図ってもよい。
【0052】
吐出及び展延の一連の方法については、上記以外にも例えば金属材料の圧延方法に依拠した方法を用いてもよい。具体的には、可溶化コラーゲン溶液を鉛直下向きに吐出し、これを水平に設置した回転方向が逆の2本のロールの間に落下させて延伸する方法である。
【0053】
上記<2>の実施方法は、可溶化コラーゲン溶液の配向性を損なわない範囲内においては特に制限されるものではなく、公知のシート成形装置を用いることも好ましい態様の1つである。
【0054】
以上の第1工程により、1層構造のシート状物を得ることができる。得られたシート状物の上下面が略平坦な形状でないときは、略平坦な形状となるように形状を整える。
【0055】
積層シートからなるシート状物を得るには、第1工程において以下のa〜b工程を含む製造方法を適用することが好ましい。
a工程:可溶化コラーゲン溶液を吐出しシート状に展延すること、又は可溶化コラーゲン溶液をシート状に吐出することによって、シート状物Aを得る工程。
b工程:次の(i)又は(ii)の工程。
(i)シート状物A上に、可溶化コラーゲン溶液を吐出しシート状に展延すること又は可溶化コラーゲン溶液をシート状に吐出することによって、積層シートからなるシート状物を作製する工程。
(ii)シート状物A上以外の任意の場所に、可溶化コラーゲン溶液を吐出しシート状に展延すること又は可溶化コラーゲン溶液をシート状に吐出することによって、シート状物Bを得た後、シート状物Aとシート状物Bとを接着させて積層シートからなるシート状物を作製する工程。
【0056】
b(ii)工程における接着は、コラーゲンゲル自体が有する接着性を利用して、シート状物Aとシート状物Bとを重ね合わせて接着させればよい。また、用途に支障のない接着剤等を用いて接着させてもよい。
【0057】
積層化において、前層の吐出方向と次層の吐出方向との方向性については特に限定はなく、同じ方向にしてもよいし、異なる方向にしてもよい。また、層同士の密着性を上げるために適度に押圧してもよい。
【0058】
上記a〜b工程を1回実施することにより得られる2層の積層シートを基に3層以上の積層シートを作製する場合には、b(i)又はb(ii)工程における「シート状物A」に代えて「前回のb工程で得られた積層シートからなるシート状物」を適用して、b工程を所定回数繰り返すことが好ましい。例えば、2層の積層シートの作成にあたってa工程に引き続きb(i)工程を実施した場合に、3層の積層シートを得るために、再度b(i)工程を実施してもよいし、b(ii)工程を実施してもよい。上記再度b(i)工程を実施するときのb(i)工程は、「前回のb工程で得られた積層シートからなるシート状物上に、可溶化コラーゲン溶液を吐出しシート状に展延すること又は可溶化コラーゲン溶液をシート状に吐出することによって、積層シートからなるシート状物を作製する工程。」となる。
【0059】
また、任意の処理として、a工程で得られたシート状物Aをコラーゲンの変性温度未満で乾燥する処理、又はb(i)若しくは(ii)工程で得られた積層シートからなるシート状物をコラーゲンの変性温度未満で乾燥する処理、を実施してもよい。ここで、乾燥処理として好適な方法は、凍結乾燥である。
【0060】
(第2工程)
次に、第2工程では、第1工程で得られたシート状物(積層シートからなるシート状物を含む)を、生理的な等張液又は緩衝液と接触することによって再フィブリル化させて、再フィブリル化シート状物を得る。
【0061】
生理的な等張液は、生化学辞典 第4版で定義されているように、「血液、組織液など細胞外液や、細胞内液と等しい浸透圧の液」を意味するものであり、糖類含有のものも知られているが、好例は生理食塩水である。生理的な緩衝液としては、例えば、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、HEPES緩衝液、酢酸緩衝液、炭酸緩衝液、又はクエン酸緩衝液等が挙げられ、また、それらの生理食塩水であるPBS、D-PBS、トリス緩衝生理食塩水、HEPES緩衝生理食塩水等が挙げられる。とりわけ、再フィブリル化を円滑に進めるために、生理的な等張液又は緩衝液として、無機塩の水溶液を用いることが好ましい。
【0062】
シート状物と生理的な等張液又は緩衝液との接触方法は、コラーゲンを再フィブリル化させることができれば特に限定はなく、例えば、シート状物を生理的な等張液又は緩衝液に浸漬する方法、生理的な等張液又は緩衝液をシート状物に散布する方法などが挙げられる。再フィブリル化が起きることは、透明又は半透明なシート状物が白濁してくることによって視覚的に観察することができる。接触方法、接触時間等の条件を適宜設定して、白色を呈するまでシート状物を十分に再フィブリル化させることが望ましい。
【0063】
ここで、可溶化コラーゲン溶液として特に魚類由来の可溶化コラーゲン溶液を用いたときの利点について説明する。
魚類由来の可溶化コラーゲンは哺乳類由来の可溶化コラーゲンに比べて再フィブリル化速度が速いという特性を一般に有するため、魚類由来の可溶化コラーゲン溶液を用いたときは再フィブリル化の過程を短時間で終了させることができる、即ち、透明又は半透明なシート状物が白濁し白色を呈するまでの時間が短いということである。
再フィブリル化がゆっくり進行すれば、再フィブリル化コラーゲンフィブリルの配向度の低下につながる種々の要因(例えば、ゲル内の分子運動、温度変化等)の影響を受け易くなる。そのため、再フィブリル化速度の速い魚類由来の可溶化コラーゲン溶液を用いることはより好ましい材料選択である、と云うことができる。
【0064】
(第3工程)
第3工程では、第2工程で得られた再フィブリル化シート状物を、厚み方向に押圧して圧密化する。
【0065】
押圧に用いる部材は、再フィブリル化シート状物を均等に押圧できるものを用いることが好ましい。例えば、平板状の再フィブリル化シート状物をそのまま平板状に押圧するときは、平板な部材を用いる。また、平板状の再フィブリル化シート状物を押圧によりドーム状に加工するときは、再フィブリル化シート状物をドーム状の型に載置し、当該ドーム状の型と同形状の部材を用いる。
押圧用部材の材質としては、展延用部材と同様にコラーゲンが付着し難い材質を選択することが好ましく、また、用途に悪影響のない範囲で押圧用部材にPEG等の高分子化合物を塗布することにより、コラーゲンの付着防止を図ってもよい。
【0066】
押圧による圧密化の程度は、少なくとも再フィブリル化シート状物の透明性が得られる程度にまで実施する。
【0067】
(架橋処理)
本発明の成形体は、必要に応じ、さらに架橋処理に供すことができる。架橋処理は、特に高強度化させたい場合に有効である。架橋処理は、物理的架橋法及び化学的架橋法のうちいずれを用いてもよい。物理的架橋法としては、γ線照射、電子線照射、プラズマ照射、UV照射等による照射架橋法、熱架橋法等を例示することができる。化学的架橋法としては、グルタルアルデヒド、ポリエポキシ化合物(エチレングリコールジグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル等)、カルボジイミド系化合物(1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド・塩酸塩等)、還元糖(リボース等)等の架橋剤を用いた架橋法を例示することができる。
【0068】
本発明の成形体の用途は、例えば、医用材料である。具体例として、角膜材料、細胞培養基材、再生医療用足場材料、筋繊維再生足場、移植用材料、美容整形材料、創傷被覆材、神経再生チューブ、人工血管、透析チューブ、DDS用担体、縫合糸、不織布、癒着防止用材料等を挙げることができる。
【実施例】
【0069】
以下に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに制限されるものではない。尚、実施例において%は、特に断らない限り全て質量%を示す。
【0070】
〔実施例1〕
可溶化コラーゲン溶液として、ティラピアの鱗から製造された多木化学(株)製「セルキャンパス FD-08G」(凍結乾燥品)をpH3のHCl溶液に溶解した後、コラーゲン濃度13%、pH4.5に調製した無色透明溶液を用いた。
【0071】
可溶化コラーゲン溶液は吸引により15mlシリンジに充填した。シリンジの先端に長さ約2cmの筒を取り付け、平坦なポリスチレン板上に可溶化コラーゲン溶液を吐出方向と逆方向に移動させながら吐出した。続いて、プラスチック製の棒を用いて展延して、厚み約1mmのシート状物を得た。尚、プラスチック製の棒は吐出方向と順方向に押し動かした。
【0072】
次に、ポリスチレン板ごとD-PBS中に静かに浸漬し、一晩室温で静置し、コラーゲンを再フィブリル化させた。得られた再フィブリル化シート状物は、白色を呈したものであった。
【0073】
次いで、D-PBSをエタノールに置換した後、プラスチック製の平板を用いて、再フィブリル化シート状物を透明性が得られるまで厚み方向に押圧して圧密化し、減圧条件下にて乾燥を行った。得られた成形体の上下面は略平坦であった。
【0074】
〔比較例1〕
プラスチック製の平板を用いて押圧して圧密化する工程を実施しなかった以外は、実施例1と同様にして、白色を呈する再フィブリル化シート状物(成形体)を得た。
【0075】
〔比較例2〕
可溶化コラーゲン溶液として、コラーゲン濃度以外は実施例1と同様に調製した、コラーゲン濃度1%、pH3.3の無色透明溶液を用いた。
【0076】
吐出口を移動させずに、可溶化コラーゲン溶液を30×30×2.5mmのシリコンモールド全体を満たすように吐出した後、平板を上から押し当てて成形した。
【0077】
次に、成形したコラーゲンゲルを静かにD-PBSに浸漬し、一晩室温で静置し、コラーゲンを再フィブリル化させた。得られた再フィブリル化シート状物は、白色を呈したものであった。
【0078】
次いで、D-PBSをエタノールに置換後、プラスチック製の平板を用いて、再フィブリル化シート状物を実施例1と同様に十分な押圧力で厚み方向に押圧して圧密化し、減圧条件下にて乾燥を行った。得られた成形体の上下面は略平坦であった。
【0079】
[評価]
(密度の測定)
上記実施例及び比較例で得られた各成形体を1辺1cmの正方形に成形した。この正方形の成形体について、精秤した重さを体積で除して密度を求めた。尚、体積を求めるときの厚みとして、マイクロメーターで厚みを5点測定し、その平均値を用いた。ちなみに、各厚みは、実施例1が0.287mm、比較例1が0.956mm、比較例2が0.059mmであった。
【0080】
(透明性評価)
上記実施例及び比較例で得られた各成形体を色彩・濁度同時測定器(日本電色工業(株)社製「COH-400」)の石英セルに厚み方向に透過光が通過するように貼り付け、全光透過率を測定した。
【0081】
(走査電子顕微鏡観察)
上記実施例及び比較例で得られた各成形体は、走査電子顕微鏡(日本電子(株)製「JSM-6010LA」)で観察した。
その結果、実施例1及び比較例1では、再フィブリル化コラーゲンフィブリルが略平行に高い規則性をもって配向していることが分かった(実施例1:図5、比較例1:図6)。一方、比較例2では、再フィブリル化コラーゲンフィブリルがランダムに配向していることが分かった(図7)。なお、図5〜7の倍率は10,000倍である。
【0082】
(配向度の解析)
配向度の解析には、上記10,000倍の各走査電子顕微鏡像を供試し、旭化成エンジニアリング株式会社製の画像解析ソフト「A像くん(登録商標)」の半値幅法を用いた。
【0083】
表1に、配向度、密度及び全光透過率の結果を示した。比較例1と比較例2より、配向度と密度のいずれか一方が低値であると、全光透過率が低くなることが分かった。一方、実施例1より、配向度と密度の両方が高いと、全光透過率が高くなることが分かった。
【0084】
【表1】
【0085】
図8は、実施例1で得られた成形体と比較例1で得られた成形体との透明性の違いを文字の透過性によって示した写真である。この写真によっても、実施例1で得られた成形体は、比較例1で得られた成形体に比べると高い透明性を有することが分かる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8