特許第6570187号(P6570187)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6570187周波数可変テラヘルツ発振器及びその製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6570187
(24)【登録日】2019年8月16日
(45)【発行日】2019年9月4日
(54)【発明の名称】周波数可変テラヘルツ発振器及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H03B 7/14 20060101AFI20190826BHJP
   H01L 21/329 20060101ALI20190826BHJP
   H01L 29/88 20060101ALI20190826BHJP
   H01L 29/861 20060101ALI20190826BHJP
   H01L 29/868 20060101ALI20190826BHJP
【FI】
   H03B7/14
   H01L29/88 S
   H01L29/91 F
【請求項の数】8
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2016-517795(P2016-517795)
(86)(22)【出願日】2014年9月5日
(86)【国際出願番号】JP2014074158
(87)【国際公開番号】WO2015170425
(87)【国際公開日】20151112
【審査請求日】2017年6月8日
(31)【優先権主張番号】特願2014-97029(P2014-97029)
(32)【優先日】2014年5月8日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100078776
【弁理士】
【氏名又は名称】安形 雄三
(74)【代理人】
【識別番号】100121887
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 好章
(74)【代理人】
【識別番号】100200333
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 真二
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 左文
(72)【発明者】
【氏名】北川 成一郎
(72)【発明者】
【氏名】浅田 雅洋
【審査官】 橋本 和志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−160686(JP,A)
【文献】 特開2007−124250(JP,A)
【文献】 特開2013−005115(JP,A)
【文献】 特開2012−090255(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第103618148(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03B 7/14
H01L 21/329
H01L 29/861
H01L 29/868
H01L 29/88
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スロットアンテナが配置されているInP基板上に共鳴トンネルダイオードを構成する半導体多層膜1が配置され、前記半導体多層膜1上にバラクタダイオードを構成する半導体多層膜2が断面的に配置されており、前記スロットアンテナに沿って前記共鳴トンネルダイオードとは別の共鳴トンネルダイオードが平面的に並列に配設され、前記バラクタダイオードへのバイアス電圧が−4.0V〜+0.5Vであり、前記別の共鳴トンネルダイオード及び前記バラクタダイオードに別々に直流電圧を印加することによりテラヘルツ周波数帯で発振することを特徴とする周波数可変テラヘルツ発振器。
【請求項2】
前記半導体多層膜1と前記半導体多層膜2の間に、4〜5×1019cm−3の濃度にドープされたエッチストッパInP層が配置されている請求項1に記載の周波数可変テラヘルツ発振器。
【請求項3】
前記別の共鳴トンネルダイオードがAlAs/InGaAsの2重障壁型共鳴トンネルダイオードであり、
前記2重障壁型共鳴トンネルダイオード及び前記バラクタダイオードのそれぞれに前記スロットアンテナを横切るように給電ラインが配置されてMIMキャパシタが形成され、
前記給電ラインにより、前記2重障壁型共鳴トンネルダイオード及び前記バラクタダイオードに別々に直流電圧を印加するようになっている請求項1又は2に記載の周波数可変テラヘルツ発振器。
【請求項4】
前記2重障壁型共鳴トンネルダイオード側の上部電極及び前記MIMキャパシタの間にn型半導体の抵抗体が配置されている請求項3に記載の周波数可変テラヘルツ発振器。
【請求項5】
前記2重障壁型共鳴トンネルダイオードが、n+InGaAs (5×1019cm-3,100nm)/spacer InGaAs(undoped,12nm)/barrier AlAs(undoped,0.9nm)/well InGaAs(undoped,3nm)/barrier AlAs(undoped,0.9nm)/spacer InAlGaAs (undoped,2nm)/n-InAlGaAs(3×1018cm-3,25nm)/n+InGaAs(5×1019cm-3,400nm)の各層で構成されている請求項4に記載の周波数可変テラヘルツ発振器。
【請求項6】
前記バラクタダイオードが、p+InGaAs(1×1020cm-3,100nm)/n-InGaAs(6×1016cm-3,400nm)/n+InGaAs(5×1019cm-3,100nm)の3層で構成されている請求項1乃至5のいずれかに記載の周波数可変テラヘルツ発振器。
【請求項7】
前記MIMキャパシタが、直流で開放、テラヘルツ帯で短絡するようになっている請求項3又は4に記載の周波数可変テラヘルツ発振器。
【請求項8】
スロットアンテナが配置されているInP基板上に共鳴トンネルダイオードを構成する半導体多層膜1が配置され、前記半導体多層膜1上にバラクタダイオードを構成する半導体多層膜2が断面的に配置されており、前記スロットアンテナに沿って前記共鳴トンネルダイオードとは別の共鳴トンネルダイオードが平面的に並列に配設された構造の周波数可変テラヘルツ発振器の製造方法であり、
前記バラクタダイオードの電極を蒸着した後、硫酸系エッチャントを用いたウェットエッチングにより、バラクタダイオードメサを形成し、
前記半導体多層膜2の下にあるn+InP層は前記硫酸系エッチャントではエッチングされず、前記ウェットエッチングは自動的に前記n+InP層で止まり、
前記別の共鳴トンネルダイオードの電極を蒸着した後に、前記硫酸系エッチャントによるウェットエッチングにより共鳴トンネルダイオードメサを作製し、
前記別の共鳴トンネルダイオードの電極及び下部電極を形成すると共に、前記スロットアンテナを形成し、
CVD法によりSiOを全面に堆積し、コンタクトホールを空け、更に前記別の共鳴トンネルダイオードの電極と前記バラクタダイオードの電極とを別々の給電ラインに接続処理することを特徴とする周波数可変テラヘルツ発振器の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電波と光波の中間に位置するテラヘルツ(THz)周波数帯の周波数を発振すると共に、発振周波数を室温で連続的に可変可能な周波数可変テラヘルツ発振器及びその製造方法に関し、特に小型で、2重障壁型共鳴トンネルダイオード(RTD)及びバラクタダイオード(VD)を用いた分布定数的な構成の周波数可変テラヘルツ発振器及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、無線通信のデジタル高速化が進行している。それに伴い、テラヘルツ周波数帯域での通信や応用分野での需要が増加しており、テラヘルツ周波数帯域の特徴を利用した分光分析、イメージングが期待され研究が進められている。テラヘルツ周波数帯には物質固有の吸収スペクトルが多く存在するため、この吸収スペクトルを測定することによって非破壊・非接触で物質の特定が可能になる。しかしながら、従来は卓上に置くような大型の計測システムが必要であった。
【0003】
従来のマイクロ波帯の発振器では、バラクタダイオードを単純な抵抗R、インダクタンスL、キャパシタCで構成される集中定数回路としてみなし、設計を行うことが出来た。しかしながら、テラヘルツ周波数帯では波長がマイクロ波帯よりも短くなり、バラクタダイオードのサイズが波長に対して無視できない大きさとなるため、バラクタダイオードのインピーダンスが単純なRLCだけで表すことが出来ず、周波数によって複雑にインピーダンスの変化する分布定数的な特性を持ってしまう。
【0004】
特開2013−171966号公報(特許文献1)に示されるような従来の共鳴トンネルダイオードとスロットアンテナによるテラヘルツ発振器では、共鳴トンネルダイオードの面積とスロットアンテナのサイズによって周波数が決定されるため、周波数可変を行うことは出来ない。
【0005】
図1は従来のテラヘルツ発振器を示しており、基板3の上部に下部電極4が層設され、下部電極4のほぼ中央部に長形状の凹部で成るスロットアンテナ2が配設されている。また、基板3上には上部電極5が層設され、上部電極5の先端部にMIM(Metal Insulator Metal)キャパシタ6を経て、図2に示すようなV−I特性を有する共鳴トンネルダイード1が配設されている。共鳴トンネルダイード1はバイアスを印加すると、井戸内の量子準位を介して電子がトンネルし電流が流れ、さらにバイアスを印加していくと、井戸内の量子準位がエミッタの伝導帯の底よりも下になったところで、電子がトンネルすることが出来なくなり電流が減少するため、図2に示すような電流電圧特性となる。電流の減少する微分負性抵抗特性“−GRTD”を用いることによって、電磁波を増幅・発振させることが出来る。また、共鳴トンネルダイオード1は微分負性抵抗−GRTDと並列に寄生容量CRTDを持っている。スロットアンテナ2はLCの共振回路と放射損失Gantで表されるため、この発振器の等価回路は図3に示す等価回路となる。発振開始条件は、下記数1に示すように微分負性抵抗特性の正値GRTDが放射損失Gant以上になったときであり、また、下記数2で示される周波数fOSCで発振する。
【0006】
【数1】
【0007】
【数2】
数2から分かるように、従来のテラヘルツ発振器では、周波数fOSCは全て固定値で表されるため、周波数fOSCを可変することができない。そのため、周波数可変のテラヘルツ発振器の開発が要請されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2013−171966号公報
【特許文献2】特開2006−210585号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
また、特開2006−210585号公報(特許文献2)に示されるように、超電導層と絶縁層との固有ジョセフソン接合を用いたテラヘルツ発振器が提案されており、この超伝導素子を用いた発振器では周波数の可変が可能である。しかしながら、特許文献2のテラヘルツ発振器では極低温でのみ動作が限定され、周波数の変化も連続でないなどの問題がある。また、超電導層を極低温で保持し、管理しなければならない問題があり、室温で、しかも連続的に周波数が可変なテラヘルツ発振器の出現が望まれている。
【0010】
本発明は上述のような事情からなされたものであり、本発明の目的は、小型で、室温においても連続的に大きな周波数掃引幅を持つ周波数可変テラヘルツ発振器及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は周波数可変テラヘルツ発振器に関し、本発明の上記目的は、スロットアンテナが配置され、前記スロットアンテナに沿って共鳴トンネルダイオード及びバラクタダイオードが並列に配設され、前記共鳴トンネルダイオード及びバラクタダイオードに別々に直流電圧を印加することによ、或いはInP基板上に共鳴トンネルダイオードを構成する半導体多層膜1が配置され、前記半導体多層膜1上にバラクタダイオードを構成する半導体多層膜2が配置されており、前記半導体多層膜1と前記半導体多層膜2の間に、高濃度にドープされたInP層が配置されることにより達成される。
【0012】
本発明は周波数可変テラヘルツ発振器に関し、本発明の上記目的は、スロットアンテナが配置され、前記スロットアンテナに沿ってAlAs/InGaAsの2重障壁型共鳴トンネルダイオード及びバラクタダイオードが並列に配設され、前記共鳴トンネルダイオード及びバラクタダイオードのそれぞれに前記スロットアンテナを横切るように給電ラインが配置されてMIMキャパシタが形成され、前記給電ラインにより、前記共鳴トンネルダイオード及びバラクタダイオードに別々に直流電圧を印加することにより達成される。
【0013】
また、本発明の上記目的は、前記共鳴トンネルダイオード側の上部電極及び前記MIMキャパシタの間にn型半導体の抵抗体が配置されるこよにより、或いは前記共鳴トンネルダイオードが、n+InGaAs(5×1019cm−3,100nm)/spacer InGaAs(undoped,12nm)/barrier AlAs(undoped,0.9nm)/well InGaAs(undoped,3nm)/barrier AlAs(undoped,0.9nm)/spacer InAlGaAs(undoped,2nm)/n−InAlGaAs(3×1018cm−3,25nm)/n+InGaAs(5×1019cm−3,400nm)の各層で構成されていることにより、或いは前記バラクタダイオードが、p+InGaAs(1×1020cm−3,100nm)/n−InGaAs(6×1016cm−3,400nm)/n+InGaAs(5×1019cm−3,100nm)の3層で構成されていることにより、或いは前記MIMキャパシタが、直流で開放、テラヘルツ帯で短絡するようになっていることにより、或いは前記バラクタダイオード及び前記共鳴トンネルダイオードの間に、n+InPによるエッチストッパ層が導入されていることにより、より効果的に達成される。
【0014】
更に、本発明は周波数可変テラヘルツ発振器の製造方法に関し、本発明の上記目的は、バラクタダイオード電極を蒸着した後、硫酸系のエッチャントを用いたウェットエッチングにより、バラクタダイオードメサを形成し、バラクタダイオード層の下にあるn+InP層は硫酸系エッチャントではエッチングされず、前記ウェットエッチングは自動的に前記n+InP層で止まり、
RTD電極を蒸着した後に、硫酸系エッチャントによるウェットエッチングによりRTDメサを作製し、上部電極及び下部電極を形成すると共に、スロットアンテナを形成し
CVD法によりSiOを全面に堆積し、コンタクトホールを空け、更に前記上部電極とRTD,VDとを接続処理することにより達成される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、2重障壁型共鳴トンネルダイオード(RTD)及びバラクタダイオード(VD)に別々に直流電圧を印加することによって、テラヘルツ周波数帯の発振が得られる。この時、バラクタダイオードの印加電圧を変化することによって、発振周波数を広い周波数範囲で連続掃引することが可能になる。本発明では連続的に周波数可変ができ、しかも常温で動作する利点がある。
【0016】
本発明によれば、テラヘルツ周波数の可変範囲が、バラクタダイオードのドーピング濃度に依存し、共鳴トンネルダイオード及びバラクタダイオードのメサ面積に依存し、また、スロットアンテナ長に依存しているので、容易に可変範囲を調整できる。
【0017】
バラクタダイオードドーピング濃度依存性では、ピーク電流密度18mA/μm、ピークバレー比2、単位面積当たりの容量6fF/μm、面積1μmの共鳴トンネルダイオード、長さ20μm、幅4μmのスロットアンテナ及び面積16μmのバラクタダイオードを用いたとき、周波数可変範囲はバラクタダイオードのドーピング濃度が6×1016cm−3の時に最大化され、そのとき可変範囲170GHzが得られる。
【0018】
また、共鳴トンネルダイオードメサ面積依存性では、ピーク電流密度18mA/μm、ピークバレー比2、単位面積当たりの容量6fF/μmの共鳴トンネルダイオード、長さ20μm、幅4μmのスロットアンテナ及び面積16μm、ドーピング濃度が6×1016cm−3のバラクタダイオードを用いたとき、周波数可変範囲は共鳴トンネルダイオードのメサ面積が1μm以上の時にほぼ最大化され、可変範囲240GHzが得られる。
【0019】
可変範囲の共鳴トンネルダイオード面積依存性では、ピーク電流密度18mA/μm、ピークバレー比2、単位面積当たりの容量6fF/μm、面積1μmの共鳴トンネルダイオード、幅4μmのスロットアンテナ及び面積16μm、ドーピング濃度が6×1016cm−3のバラクタダイオードを用いたとき、可変範囲の中心周波数はアンテナの長さが短くなるに従って高周波化し、アンテナ長30μmのとき中心周波数460GHz(可変範囲240GHz)、アンテナ長20μmのとき中心周波数560GHz(可変範囲240GHz)、アンテナ長15μmのとき中心周波数960GHz(可変範囲120GHz)となる。
【0020】
従って、本発明に係る周波数可変テラヘルツ発振器によれば、300GHz〜3THzのテラヘルツ周波数帯域において、外部光源や干渉系を用いることなく、かつ、冷却不要で、様々な有機分子のテラヘルツ特有の吸収スペクトルを簡易に測定できる発振器を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】従来のRTDを用いたテラヘルツ発振器の一例を示す斜視構造図である。
図2】RTDの特性例を示す特性図である。
図3】従来のRTDを用いたテラヘルツ発振器の等価回路図である。
図4】本発明に係るテラヘルツ発振器の構成例を示す斜視図及び詳細図である。
図5】本発明に係るテラヘルツ発振器の断面構造図である。
図6】本発明に係るテラヘルツ発振器の等価回路図である。
図7】バラクタダイオードの層構造の一例を示す断面図である。
図8図7の等価回路図である.
図9】バラクタ集積RTD発振器の層構造の一例を示す断面図である。
図10】バイアス電圧に対する強度の関係を示す特性図である.
図11】バイアス電圧に対する発振周波数の関係を示す特性図である.
図12】発振周波数と出力電力との関係を示す特性図である.
図13】バラクタダイオードへのバイアス電圧に対する発振周波数の変化例を示す特性図である。
図14】アンテナ長固定で、RTDメサ面積の依存性を示す特性図である。
図15】RTDメサ面積固定で、周波数掃引範囲の特性を示す特性図である。
図16】バラクタメサ面積の依存性を説明するための特性図である。
図17】発振周波数に対する出力の変化例を示す特性図である。
図18】本発明に係るテラヘルツ発振器の作製プロセスの一部を示す平面図及び断面図である。
図19】本発明に係るテラヘルツ発振器の作製プロセスの一部を示す平面図及び断面図である。
図20】本発明に係るテラヘルツ発振器の作製プロセスの一部を示す平面図及び断面図である。
図21】本発明に係るテラヘルツ発振器の作製プロセスの一部を示す平面図及び断面図である。
図22】本発明に係るテラヘルツ発振器の他の構成例を示す平面図である。
図23】本発明の応用例を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明では、2重障壁型共鳴トンネルダイオード(RTD)を用いたテラヘルツ発振器に、印加電圧により容量が可変できるバラクタダイオード(VD)を集積し、室温において、発振周波数の大幅掃引を可能とするテラヘルツ発振器構造を提案する。従来テラヘルツ周波数帯における固体の発振器には、物質固有の吸収スペクトル測定に用いることが可能な、大幅な周波数可変性を有する室温発振器は存在しなかった。
【0023】
室温(例えば0〜30°C程度)において、500GHz以上の発振が可能な固体電子デバイスは共鳴トンネルダイオードしかなく、本発明では、スロットアンテナを集積した共鳴トンネルダイオードテラヘルツ発振器に、容量可変のバラクタダイオードを更に集積することによって、テラヘルツ周波数帯での周波数可変を実現している。バラクタダイオードのドーピング濃度、共鳴トンネルダイオード及びバラクタダイオードの各メサ面積、スロットアンテナの長さを調節することにより大幅な周波数掃引を可能としている。また、テラヘルツ帯のような非常に高い周波数帯になると、ミリ波よりもさらに波長が短くなり、バラクタダイオードのメササイズに近づくため、バラクタダイオードのインピーダンスは単純な抵抗とキャパシタで表されなくなり、抵抗とインダクタ及びキャパシタが複雑に接続された分布定数的な特性となる。そのため、実験を正しくシミュレーションするには、電磁界シミュレータにバラクタダイオードのメサのモデルを詳細に組み込むことによって、テラヘルツ帯での分布定数的特性を考慮したバラクタダイオードの容量可変特性を含んで計算することが必要となる。
【0024】
本発明では、電極内のほぼ中央部にスロットアンテナを配置し、スロットアンテナの中に、共鳴トンネルダイオードメサとバラクタダイオードメサが並列に(対向して若しくは同方向に)集積されているテラヘルツ発振器を構成する。バラクタダイオードへの印加電圧により容量が変化するため、発振周波数の変化が可能となる。バラクタダイオードの容量変化は、電磁界シミュレータにバラクタダイオードの詳細なモデルを組み込むことにより、分布定数的なインピーダンスの変化を計算することが出来る(等価回路では周波数可変の原理を分かりやすく簡単に示すため、バラクタダイオードは単純化した抵抗と容量だけのモデルで表わしている)。
【0025】
本発明では、スロットアンテナが配置され、スロットアンテナに沿って共鳴トンネルダイオード及びバラクタダイオードが並列に配設され、共鳴トンネルダイオード及びバラクタダイオードに別々に直流電圧を印加することによりテラヘルツ周波数帯で発振する。また、InP基板上に共鳴トンネルダイオードを構成する半導体多層膜1が配置され、半導体多層膜1上にバラクタダイオードを構成する半導体多層膜2が配置されており、半導体多層膜1と半導体多層膜2の間に、高濃度にドープされたInP層が配置されている。
【0026】
テラヘルツ発振周波数の可変範囲(掃引範囲)はバラクタダイオードのドーピング濃度によって変化し、可変範囲を最大化するドーピング濃度が存在する。また、共鳴トンネルダイオード及びバラクタダイオードにおいても各周波数可変範囲を最大化するメサ面積が存在し、また、スロットアンテナの長さを短くすることによって、周波数可変の中心周波数を高周波側にシフトさせることが可能となる。スロットアンテナの長さを変えることによって、発振周波数を可変できる。
【0027】
以下に、本発明の実施形態を図面を参照して説明する。
【0028】
図4は本発明に係るテラヘルツ発振器の斜視図であり、図5(A)は平面図、図5(B)は図5(A)のX1−X1断面構造図であり、図5(C)は図5(A)のX2−X2断面構造図である。
【0029】
ほぼ中央部に長形状のスロットアンテナ20が配置され、AlAs/InGaAsの2重障壁RTD(共鳴トンネルダイオード)10とバラクタダイオード(VD)40が並列にスロットアンテナ20に沿って配置されている。RTD10は上から下に、n+InGaAs(5×1019cm−3,100nm)/spacer InGaAs(undoped,12nm)/barrier AlAs(undoped,0.9nm)/well InGaAs(undoped,3nm)/barrier AlAs(undoped,0.9nm)/spacer InAlGaAs(undoped,2nm)/n−InAlGaAs(3×1018cm−3,25nm)/n+InGaAs(5×1019cm−3,400nm)の各層で構成されるような2重障壁構造を用いている。RTD10のピーク電流密度は18mA/μm、ピークバレー比は2である。
【0030】
また、バラクタダイオード40は上から下に、p+InGaAs(1×1020cm−3,100nm)/n−InGaAs(6×1016cm−3,400nm)/n+InGaAs(5×1019cm−3,100nm)の3層で構成され、逆方向電圧(p+InGaAsに対してn+InGaAsのポテンシャルが下がる向き)を印加すると、真ん中のn−InGaAsに空乏層が広がり、電圧による容量可変が出来る。上述までのバラクタダイオード40のドーピング濃度は、このn−InGaAs層を指す。p+InGaAsのドーピング濃度が高いため、空乏層はn−InGaAsにしか広がらない。RTD10の面積は1.1μm、バラクタダイオード40の面積は6μm、スロットアンテナ20は長さ20μm、幅4μmである。
【0031】
RTD10とバラクタダイオード40のそれぞれにスロットアンテナ20を横切るような給電ライン(上部電極32,35)を配置し、直流で開放となり、高周波(THz)で短絡する金属(Metal)/絶縁体(Insulation)/金属(Metal)(MIM)キャパシタを形成している。即ち、RTD10では、上部電極32と下部電極との間にSiO等で成る絶縁体33を配設し、バラクタダイオード40では、上部電極35と下部電極との間にSiO等で成る絶縁体34を配設し、この構造により、RTD10とバラクタダイオード40に別々に直流電圧を印加することができ、また、テラヘルツ周波数帯ではMIMキャパシタが短絡するため、スロットアンテナ20内に電磁界を閉じ込め、共振器を形成することが出来る。RTD10の負性抵抗と外部電源回路による寄生発振を抑制するため、RTD10側の上部電極32とMIMキャパシタの間にn型半導体で出来た抵抗体33Aを配置している。外部の電源回路から見ると、この抵抗体33AはRTD10と並列に接続されており、負性抵抗が打ち消されて外部回路からは負性抵抗が見えなくなるので、外部回路による不要な寄生発振を抑制することが出来る。
【0032】
本発明のテラヘルツ発振器の等価回路は、バイアスなどを無視して図6に示すようになる。バラクタダイオード40は、図7に示すように可変容量Cvと可変の直列抵抗Rvで表される。電圧をかけると空乏層が広がるため、可変容量Cvは小さくなる。直列抵抗Rvは空乏層にならずに残ったn−InGaAs層の抵抗であり、電圧をかけると減少する。この直列接続の直列抵抗Rvと可変容量Cvは図8に示すように、コンダクタンスGvとキャパシタンスCvの並列接続に変換できる。このときのアドミッタンスYは数3の中辺のように表される。
【0033】
さらに、発振周波数帯においては分母の“ωCvRv”が小さいため、右辺のように簡単化される。このとき、図8の並列接続された等価回路では、コンダクタンスGvは数4のように表される。RTD10の微分負性コンダクタンスGRTDがアンテナ損失Gantとバラクタダイオード40の抵抗分による損失Gvの合計を打ち消すことによって発振し、回路全体のアドミッタンスYが0となる点で発振周波数fOSCが決定される。発振周波数fOSCは、アンテナ20のインダクタンスをLant、アンテナの容量をCant、RTD10の容量をCRTD、バラクタダイオード40の容量をCvとすると、発振開始条件を下記数5とし、発振周波数fOSCは下記数6で表される。
【0034】
【数3】
【0035】
【数4】
【0036】
【数5】
【0037】
【数6】
図7に示すように、バラクタダイオード40へのバイアス電圧の変化によって空乏層容量Cvが変化するので、発振周波数fOSCも可変である。一般的にドープ濃度が低下すると耐電圧は上昇し容量可変幅が大きくなるが、低ドープ濃度では抵抗Rvが大きくなるためコンダクタンスGvが大きくなり、数5の発振開始条件を満たしにくくなる。そのため、ドープ濃度には最適値が存在する。
【0038】
図9にバラクタ集積RTD発振器の層構造の例を示す。バラクタダイオード40は上から下に、p+InGaAs(1×1020cm−3,100nm)/n−InGaAs(6×1016cm−3,400nm)/n+InGaAs(5×1019cm−3,100nm)の3層で構成され、逆方向電圧(p+InGaAsに対してn+InGaAsのポテンシャルが下がる向き)を印加すると、真ん中のn−InGaAsに空乏層が広がり、電圧による容量可変が出来る。p+InGaAsのドーピング濃度が高いため、空乏層はn−InGaAsにしか広がらない。また、RTD10は上から下に、n+InGaAs(5×1019cm−3,100nm)/spacer InGaAs(undoped,12nm)/barrier AlAs(undoped,0.9nm)/well InGaAs(undoped,3nm)/barrier AlAs(undoped,0.9nm)/spacer InAlGaAs(undoped,2nm)/n−InAlGaAs(3×1018cm−3,25nm)/n+InGaAs(5×1019cm−3,400nm)の各層で構成されるような2重障壁構造を用いている。RTD10のピーク電流密度は18mA/μm、ピークバレー比は2である。
【0039】
発振スペクトルのバラクタダイオード電圧に対する変化を示すと図10に示すようになり、発振周波数のバラクタダイオード電圧依存性を示すと図11となる。RTD10への電圧印加を約1Vで固定し、バイアス電圧を0.5Vから−4.0Vに変えることで、図10及び図11から分かるように620GHzから690GHzまでの70GHzの掃引幅が得られ、バラクタ面積6μmでは理論値とほぼ一致している。RTD10の面積は1.1μmである。面積が大きい(16μm)バラクタダイオードを用いることによって掃引幅の拡大を実現できる。また、図12は発振周波数と出力電力との関係を示しており、発振周波数が高くなるに従って出力電力も大きくなる。
【0040】
次に、バラクタドーピング濃度依存性について説明する。
【0041】
図13はバラクタダイオードへのバイアス電圧に対する発振周波数の変化例を示しており、バイアス電圧に対して周波数が変化すると共に、ドーピング濃度によっても変化する。ドーピング濃度(cm−3)に対する耐電圧(V)、最大空乏層厚(nm)は下記表1に示す通りであり、導電率(S/m)、最大抵抗値(Ωμm)及び周波数掃引範囲(GHz)は表2の通りである。
【0042】
【表1】
【0043】
【表2】
図14はRTDメサ面積の依存性を示す特性図であり、RTDメサ面積の大きさに応じて発振周波数が可変となっている。RTDメサ面積が小さいと高周波から発振可能であるが、微分負性コンダクタンスが小さいため、周波数掃引範囲は狭くなる。一方で、RTDメサ面積が大きいときはRTD容量が大きいので、最大発振周波数が小さい。そのため、最大発振周波数と下限周波数の差である周波数掃引範囲が最大になるRTDメサ面積が存在する。アンテナ長20μm、バラクタメサ面積16μmのRTD発振器がとりうる最大の掃引範囲は、RTDメサ面積が1.3μmのとき、500GHzから740GHzまでの240GHzである。
【0044】
図15はアンテナ長に対する周波数掃引範囲のRTD面積依存性を示す特性図であり、アンテナ長によって周波数帯が変化するが、変化幅に大きな差異はない。アンテナ長を短くすることにより、スロットアンテナ20のインダクタンスLant、キャパシタンスCantを削減できるので、高い周波数での発振が可能になるが、下限周波数も同時に上昇する。一方でアンテナ長が長くなるとインダクタンスLant及びキャパシタンスCantが増加するので、最大発振周波数が低下するが、下限周波数も同時に減少する。また、アンテナ長が短いほど発振可能なRTDメサ面積は大きくなっているが、これはアンテナ長の短縮によってアンテナの損失が増えるので、発振条件を満たすために大きな微分負性コンダクタンスが必要になるからである。
【0045】
図14及び図15は同じ形式の特性図であるが、アンテナ長の違いにより可変範囲の中心周波数が相違している。図15は、メサ面積を1.1μmに固定したときに、可変範囲がどのように変化するかを示している。よって、特性の形式は同じですが、図14はアンテナ固定で、メサ面積を変えたときの特性を示しており、図15はメサ固定で、アンテナ長を変えたときの特性を示している。
【0046】
また、図16はバラクタメサ面積依存性を示しており、バラクタメサ面積の縮小により高周波での可変幅が増加している。バラクタ容量の可変幅が面積によってスケーリングされるため、周波数掃引範囲が変化する。バラクタメサ面積縮小によりバラクタ容量が減少するため、高い周波数で発振可能であるが、容量の最大値が小さくなるために、下限周波数も同時に上昇する。一方で、バラクタメサ面積が大きいとバラクタ容量が増加し、最大発振周波数は低下するが、容量の最大値が大きくなるので低周波まで発振可能である。
【0047】
高周波での周波数掃引にはRTDメサ面積を小さく、アンテナ長を短く、バラクタメサ面積を小さくすればよい。低周波での周波数掃引にはRTDメサ面積を大きく、アンテナ長を長く、バラクタメサ面積を大きくすればよい。
【0048】
図17は発振周波数に対する出力の変化例を示しており、アンテナ長が長くRTDメサ面積が広くなるに従って出力は増加する。アンテナ長、RTDメサ面積、バラクタ面積が異なる複数の発振器を1チップに集積し、それぞれを独立に動作させることにより、大きな周波数掃引幅を持つ発振器が得られる。アンテナ長が長いほど放射コンダクタンスが大きいため、出力が大きい。アンテナ長が同じ場合は、メサ面積が大きいほど微分負性コンダクタンスが大きいので、出力が大きい。RTDメサ面積、アンテナ長、バラクタメサ面積が異なる発振器を1チップに集積し、それぞれを別々のバイアスで動作させることによって、大きな周波数掃引範囲が得られる。例えば5個の発振器を集積することで、100GHzから1.2THzまでの900GHzの周波数掃引が可能である。
【0049】
図18図21は本発明に係るテラヘルツ発振器の作製プロセスを示しており、先ず図18(A)及び(B)に示すようにバラクタダイオード電極を蒸着した後、硫酸系のエッチャントを用いたウェットエッチングにより、バラクタダイオードメサを形成する。バラクタダイオード層の下にあるn+InP層は硫酸系エッチャントではエッチングされないため、ウェットエッチングは自動的にこの層で止まり作製を容易にできる。
【0050】
次に、図19(A)及び(B)に示すようにRTD電極を蒸着した後に、硫酸系エッチャントによるウェットエッチングによりRTDメサを作製する。その後、図20(A)に示すように上部電極及び下部電極を形成すると共に、スロットアンテナを形成し、次に、CVD法によりSiOを全面に堆積する。SiO図20(B)に示すように、上部電極、下部電極、RTD、VD及びn+InGaASを用いた抵抗体となる部分だけを残し除去し、それをマスクとして、下に残っているn+InGaAs層をエッチングする素子分離プロセスを行う。これにより図20(C)に示す構成が得られる。図20(C)の左側はRTD部分の断面図であり、図20(C)の右側はVD部分の断面図である。RTD部分の断面図において、上部電極と下部電極の間にあるn+InGaAS層がRTDと並列に接続される抵抗体となっている。
【0051】
その後、図21(A)に示すように、RTD、VDの頭頂部及び上部電極、下部電極の電極パッドとなる部分にコンタクトホールを空け、更に図21(B)に示すように上部電極とRTD,VDとを接続処理することにより図21(C)に示す完成品が得られる。図21(C)の左側はRTD部分の断面図であり、図21(C)の右側はVD部分の断面図である。
【0052】
なお、上述の実施形態では、RTDとVDとを対向させるように配置しているが、図22に示すように同方向に並列的に配置しても良い。
【0053】
なお、本発明は上述の発明を実施するための形態に限らず、本発明の要旨を逸脱することなく、その他種々の構成を採り得ることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明の大幅に周波数可変が可能な微細デバイスを用いれば、テラヘルツ周波数帯に存在する物質の吸収スペクトルを測定するコンパクトなチップが実現可能になり、化学・医療分野の一層の発展を促すことが出来ると考えられる。図23は、本発明を分光分析チップとして利用する場合の例を示しており、誘電体膜上に置かれた対象溶液に対して、周波数掃引可能なテラヘルツ発振器よりTHzを照射し、その透過出力をTHz検出器で検出することによって、溶液の分光分析を行うことができる。
【符号の説明】
【0055】
1 共鳴トンネルダイオード(RTD)
2 スロットアンテナ
3 基板
4 下部電極
5 上部電極
10 共鳴トンネルダイオード(RTD)
20 スロットアンテナ
40 バラクタダイオード(VD)
図1
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図3
図4
図5
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