【文献】
J. Virol., 1996, Vol.70, No.3, p.1905-1911
【文献】
J. Virol., 2010, Vol.84, No.18, p.9096-9104
【文献】
J. Virol., 2013.03, Vol.87, No.6, p.3108-3118
【文献】
J. Virol., 2006, Vol.80, No.16, p.7789-7798
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
PAサブユニット断片の由来するインフルエンザウイルスがA/Vietnam/1194/2004(H5N1)株、A/WSN/33株(ソ連型H1N1)、A/NT/60/68株(香港型H3N2)、A/HongKong/156/97株(1997年トリ型H5N1)またはA/Kurume/K0910/2009株(2009パンデミックH1N1)である、請求項1に記載のインフルエンザウイルス阻害薬。
A/Vietnam/1194/2004(H5N1)株、A/WSN/33株(ソ連型H1N1)、A/NT/60/68株(香港型H3N2)、A/HongKong/156/97株(1997年トリ型H5N1)およびA/Kurume/K0910/2009株(2009パンデミックH1N1)よりなる群から選ばれるいずれのインフルエンザウイルス株に対してもウイルス増殖を阻害する、請求項1ないし13のいずれかに記載のインフルエンザウイルス阻害薬。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Hsieh, H. P. & Hsu, J. T., Curr. Pharm. Des. 13, 3531-42 (2007)
【非特許文献2】World Health Organization., Bull. World Health Organ. 58, 585-591 (1980)
【非特許文献3】Kim, C. U. et al., J. Am. Chem. Soc. 119, 681-690 (1997)
【非特許文献4】von Itzstein, M. et al., Nature 363, 418-423 (1993)
【非特許文献5】Liu, Y., Zhang, J. & Xu, W., Curr. Med. Chem. 14, 2872-91 (2007)
【非特許文献6】Russel, R. J. et al., Nature 443, 45-49 (2006)
【非特許文献7】Wang, C. et al, J. Virol. 67, 5585-5594 (1993); and Stouffer, A. L. et al., Nature 451, 596-599 (2008)
【非特許文献8】Furuta Y. et al., Antimicrob Agents Chemother. 2002 Apr;46(4):977-81.
【非特許文献9】Braam, J. et al., Cell 34, 609-618 (1983)
【非特許文献10】Horisberger, M. A. Virology 107, 302-305 (1980)
【非特許文献11】Huang, T. S. et al., J. Virol. 64, 5669-5673 (1990)
【非特許文献12】Area, E. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 308-313 (2004)
【非特許文献13】Torreira, E. et al., Nucleic Acids Res. 35, 3774-3783 (2007)
【非特許文献14】Tarendeau, F. et al., Nature Struct. Mol. Biol. 14, 299-233 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように、インフルエンザに対する対策として現在行われているのは、ワクチンによる予防と、ノイラミニダーゼ阻害薬(以下、NA阻害薬)による治療である。しかしながら、ワクチンによる予防は完全ではなく、特に型予想が外れた場合にはその効果は著しく低下する。また、現在使用可能なNA阻害薬は全て作用機序が同じであり、耐性ウイルスが生じた場合には、全ての薬剤に耐性となる可能性が高い。すなわち、変異ウイルスの生じやすいインフルエンザウイルスに対する対策として不十分である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明らは、前記課題を解決するために鋭意研究した結果、インフルエンザウイルス自身のタンパク質であるPAサブユニットの断片がインフルエンザウイルスの遺伝子複製を停止させ、インフルエンザウイルスの増殖そのものを抑制する作用を有することを見出し、本発明を完成させるに到った。
【0009】
すなわち、本発明は、インフルエンザウイルス自身のタンパク質であるPAサブユニットを利用したインフルエンザウイルスの阻害薬であり、現存するNA阻害薬とは作用機序が全く異なる。NA阻害薬の作用機序は、ウイルスの放出阻害であるため、インフルエンザウイルスの増殖は阻害できない。一方で、本発明による阻害薬ではインフルエンザウイルスの遺伝子複製を停止する作用があるため、インフルエンザウイルスの増殖そのものを止める作用がある。またワクチンが特定の株に対する対抗手段であるのに対して、本発明の阻害薬は多くの株に対して一律に有効である。
【0010】
本発明は、以下を含む。
[1]インフルエンザウイルス由来PAサブユニット断片。
[2]インフルエンザウイルスがA/Vietnam/1194/2004(H5N1)株、A/WSN/33株(ソ連型H1N1)、A/NT/60/68株(香港型H3N2)、A/HongKong/156/97株(1997年トリ型H5N1)またはA/Kurume/K0910/2009株(2009パンデミックH1N1)である、[1]に記載のPAサブユニット断片。
[3]PAサブユニットのN末端断片である、[1]または[2]に記載のPAサブユニット断片。
[4]PAサブユニット断片がエンドヌクレアーゼ活性を保持している、[1]ないし[3]のいずれかに記載のPAサブユニット断片。
[5]PAサブユニット断片が、天然のPAサブユニットのアミノ酸配列のN末端から28番目のプロリン(P)、86番目のメチオニン(M)、91番目のバリン(V)および100番目のバリン(V)よりなる群から選ばれた少なくとも1のアミノ酸を含むPAサブユニット断片である、[1]ないし[4]のいずれかに記載のPAサブユニット断片。
[6]PAサブユニット断片が、天然のPAサブユニットのアミノ酸配列のN末端から28番目のプロリン(P)、86番目のメチオニン(M)、91番目のバリン(V)および100番目のバリン(V)を含むPAサブユニット断片である、[5]に記載のPAサブユニット断片。
[7]PAサブユニット断片が、天然のPAサブユニットのアミノ酸配列のN末端から187番目のロイシン(L)および/または188番目のトリプトファン(W)を含むPAサブユニット断片である、[1]ないし[6]のいずれかに記載のPAサブユニット断片。
[8]配列番号3のヌクレオチド配列によってコードされるアミノ酸配列を含む、[1]ないし[7]のいずれかに記載のPAサブユニット断片。
[9]配列番号4のアミノ酸配列を含む、[1]ないし[8]のいずれかに記載のPAサブユニット断片。
[10]配列番号4のアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含む、[1]ないし[9]のいずれかに記載のPAサブユニット断片。
[11]PAサブユニット断片が、天然のPAサブユニットのアミノ酸配列のN末端から187番目までのアミノ酸配列(配列番号5)を含むPAサブユニット断片である、[1]ないし[6]のいずれかに記載のPAサブユニット断片。
[12]PAサブユニット断片が、天然のPAサブユニットのアミノ酸配列のN末端から188番目までのアミノ酸配列(配列番号6)を含むPAサブユニット断片である、[1]ないし[7]のいずれかに記載のPAサブユニット断片。
[13]PAサブユニット断片が、天然のPAサブユニットのアミノ酸配列のN末端から192番目までのアミノ酸配列(配列番号7)を含むPAサブユニット断片である、[1]ないし[7]のいずれかに記載のPAサブユニット断片。
[14][1]ないし[13]のいずれかに記載のPAサブユニット断片をコードする核酸。
[15][14]に記載の核酸を含む組換えベクター。
[16][15]に記載のベクターを含む形質転換細胞。
[17]インフルエンザウイルス由来PAサブユニット断片を含むインフルエンザウイルス阻害薬。
[18]PAサブユニット断片の由来するインフルエンザウイルスがA/Vietnam/1194/2004(H5N1)株、A/WSN/33株(ソ連型H1N1)、A/NT/60/68株(香港型H3N2)、A/HongKong/156/97株(1997年トリ型H5N1)またはA/Kurume/K0910/2009株(2009パンデミックH1N1)である、[17]に記載のインフルエンザウイルス阻害薬。
[19]PAサブユニット断片がPAサブユニットのN末端断片である、[17]または[18]に記載のインフルエンザウイルス阻害薬。
[20]PAサブユニット断片がエンドヌクレアーゼ活性を保持している、[17]ないし[19]のいずれかに記載のインフルエンザウイルス阻害薬。
[21]PAサブユニット断片が、天然のPAサブユニットのアミノ酸配列のN末端から28番目のプロリン(P)、86番目のメチオニン(M)、91番目のバリン(V)および100番目のバリン(V)よりなる群から選ばれた少なくとも1のアミノ酸を含むPAサブユニット断片である、[17]ないし[20]のいずれかに記載のインフルエンザウイルス阻害薬。
[22]PAサブユニット断片が、天然のPAサブユニットのアミノ酸配列のN末端から28番目のプロリン(P)、86番目のメチオニン(M)、91番目のバリン(V)および100番目のバリン(V)を含むPAサブユニット断片である、[21]に記載のインフルエンザウイルス阻害薬。
[23]PAサブユニット断片が、天然のPAサブユニットのアミノ酸配列のN末端から187番目のロイシン(L)および/または188番目のトリプトファン(W)を含むPAサブユニット断片である、[17]ないし[22]のいずれかに記載のインフルエンザウイルス阻害薬。
[24]PAサブユニット断片が配列番号3のヌクレオチド配列によってコードされるアミノ酸配列を含む、[17]ないし[23]のいずれかに記載のインフルエンザウイルス阻害薬。
[25]PAサブユニット断片が配列番号4のアミノ酸配列を含む、[17]ないし[24]のいずれかに記載のインフルエンザウイルス阻害薬。
[26]PAサブユニット断片が、配列番号4のアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含む、[17]ないし[25]のいずれかに記載のインフルエンザウイルス阻害薬。
[27]PAサブユニット断片が、天然のPAサブユニットのアミノ酸配列のN末端から187番目までのアミノ酸配列(配列番号5)を含むPAサブユニット断片である、[17]ないし[22]のいずれかに記載のPAサブユニット断片。
[28]PAサブユニット断片が、天然のPAサブユニットのアミノ酸配列のN末端から188番目までのアミノ酸配列(配列番号6)を含むPAサブユニット断片である、[17]ないし[23]のいずれかに記載のPAサブユニット断片。
[29]PAサブユニット断片が、天然のPAサブユニットのアミノ酸配列のN末端から192番目までのアミノ酸配列(配列番号7)を含むPAサブユニット断片である、[17]ないし[23]のいずれかに記載のPAサブユニット断片。
[30]インフルエンザウイルスの遺伝子複製を阻害することによってウイルス増殖を阻害する、[17]ないし[29]のいずれかに記載のインフルエンザウイルス阻害薬。
[31]A/Vietnam/1194/2004(H5N1)株、A/WSN/33株(ソ連型H1N1)、A/NT/60/68株(香港型H3N2)、A/HongKong/156/97株(1997年トリ型H5N1)およびA/Kurume/K0910/2009株(2009パンデミックH1N1)よりなる群から選ばれるいずれのインフルエンザウイルス株に対してもウイルス増殖を阻害する、[17]ないし[30]のいずれかに記載のインフルエンザウイルス阻害薬。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、インフルエンザウイルス自身のタンパク質であるPAサブユニットを利用したインフルエンザウイルスの阻害薬であり、タミフル等のインフルエンザ阻害薬の作用とは全く異なり、インフルエンザウイルス自体の増殖を抑制する画期的な作用を有する。また、その阻害効果も、従来のタミフル等と比較して格段に優れた効果を示し、マイクログラムオーダーの投与で増殖が1/1000以下に抑制される。さらに、従来のインフルエンザ薬のようにウイルス表面に存在するHAやNAを標的とせず、遺伝子複製酵素を含むインフルエンザウイルスのRNP(核酸タンパク質複合体)に作用するため、単一のインフルエンザウイルス株のみを対象とせず、A/Vietnam/1194/2004(H5N1)株、A/WSN/33株(ソ連型H1N1)、A/NT/60/68株(香港型H3N2)、A/HongKong/156/97株(1997年トリ型H5N1)およびA/Kurume/K0910/2009株(2009パンデミックH1N1)よりなる群から選ばれるいずれのインフルエンザウイルス株にも極端に優れた阻害作用があり、ウイルス株に依存しない幅広い適用が可能である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、インフルエンザウイルス自身のタンパク質であるPAサブユニットを利用したインフルエンザウイルスの阻害薬であり、現存するNA阻害薬とは作用機序が全く異なる。NA阻害薬の作用機序は、ウイルスの放出阻害であるため、インフルエンザウイルスの増殖は阻害できない。一方、本発明による阻害薬ではインフルエンザウイルスの遺伝子複製を停止する作用があるため、インフルエンザウイルスの増殖そのものを止める作用がある。またワクチンが特定の株に対する対抗手段であるのに対して、本発明の阻害薬は多くの株に対して一律に有効である。
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施の形態のみに限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、様々な形態で実施をすることができる。
【0015】
本発明の原理は以下のとおりである。
図1はインフルエンザウイルスのリバースジェネティクス法(ウイルスの人工合成法)を応用したインフルエンザウイルスのレプリコン構築を示す。細胞内に、インフルエンザウイルスのRNP(核酸・タンパク質複合体)を構成するRNAポリメラーゼPB1サブユニット(PB1)、RNAポリメラーゼPB2サブユニット(PB2)、RNAポリメラーゼPAサブユニット(PA)およびNPタンパク質(核蛋白;NP)と、インフルエンザウイルスの遺伝子を改変(インフルエンザウイルスの遺伝子に代わってホタルルシフェラーゼ遺伝子を導入)したvLUCをHEK293T細胞にプラスミドを利用して導入する。それぞれのプラスミドから生じたPB1、PB2、PAおよびNPはタンパク質として細胞内に発現し、vLUCはウイルス様RNAとして細胞内に発現する。それぞれの構成成分は、293T細胞内で集合し、インフルエンザウイルスのRNP(ただし遺伝子はホタルルシフェラーゼ)を形成する。このRNPは細胞内で自律的に遺伝子複製と転写を行える、つまり、インフルエンザウイルスの遺伝子複製と転写を人工的に細胞内に構築したレプリコンである。また、遺伝子をホタルルシフェラーゼに置換しているためこのレプリコンの転写産物から生じてくるタンパク質は、インフルエンザウイルスのタンパク質ではなくホタルルシフェラーゼである。このホタルルシフェラーゼの活性を測定することで、インフルエンザウイルスRNPの細胞内活性を評価できる。本発明では、VN PA N212断片を発現するプラスミドを加えることで、遺伝子の複製・転写活性がどのように変化したかを測定している。
【0016】
同様に、
図2を参照しながら本発明におけるRNP活性測定の原理を説明する。細胞内(例えば、HEK293T)に人工的にインフルエンザウイルスのRNPを形成すると、このRNPは自律的に遺伝子複製と転写を細胞内で行うことができる(インフルエンザウイルスのレプリコン)。複製・転写産物を細胞から抽出し、それぞれの核酸(mRNA(ウイルスのmRNA)、vRNA(ウイルスの遺伝子;ウイルスのゲノムRNA)、cRNA(ウイルス遺伝 子の相補鎖))を特異的なプライマーを用いてRT反応にて定量することで、インフルエンザウイルスの遺伝子複製と転写活性を定量することができる。その際、インフルエンザウイルスの遺伝子配列をルシフェラーゼに置き換えておくと、RNPの転写活性により、ルシフェラーゼが産生されるため、ルシフェラーゼの活性を測定することで、簡便にRNPの活性を測定することができる。この方法は、RNP活性のスクリーニングに特に利用されている。
【0017】
本発明者らは、上記のRNP活性測定系に基づいてVN株のPAサブユニットのN末側断片(PAサブユニットのN末端から212位アミノ酸までの断片;以下、「VN PA N212」ともいう)をWSN株インフルエンザウイルスのRNPに加えたところ、著しいRNP活性の低下が見られることを見出した(
図3、
図4参照)。一方、PAサブユニットのC末側断片(PAサブユニットからVN PA N212を開裂した後の残りの断片;PAサブユニットのN末端から213位〜C末端までの断片)では殆ど活性低下は認められなかった。
【0018】
このように、本発明は、特定の株から単離されたPAサブユニットの一部断片に著しい遺伝子複製酵素阻害効果があるとの知見に基づくものである。すなわち、インフルエンザウイルスをもってインフルエンザウイルスを阻害できるという知見である。その作用機序には未だ不明な点が残されているが、遺伝子複製酵素を含むインフルエンザウイルスのRNP(核酸タンパク質複合体)に作用し、インフルエンザウイルスの遺伝子複製活性および転写活性を喪失させる作用が確認できている。また、その作用にはPAサブユニット断片に含まれるエンドヌクレアーゼ部位が関与しており、インフルエンザウイルスのRNPに特異的に作用していることが推測されている。この断片は著しい阻害活性を有しており、また現存するNA阻害薬とは全く作用機序が異なることから、次世代のインフルエンザウイルス阻害薬として有望であると考えられる。また、様々な株に対する阻害効果を確認したところ、A/WSN/33株(ソ連型H1N1)、A/NT/60/68株(香港型H3N2)、A/HongKong/156/97株(1997年トリ型H5N1)またはA/Kurume/K0910/2009株(2009パンデミックH1N1)の何れに対しても効果が認められ、株に依存しない幅広い適応が可能であると考えられる。
【0019】
本発明のPAサブユニット断片は、インフルエンザウイルスのいずれの株に由来するものであってもよい。好ましくは、A/Vietnam/1194/2004(H5N1)株から本発明のPAサブユニット断片を得ることができる。他のインフルエンザウイルス株、例えば、A/WSN/33株(ソ連型H1N1)、A/NT/60/68株(香港型H3N2)、A/HongKong/156/97株(1997年トリ型H5N1)またはA/Kurume/K0910/2009株(2009パンデミックH1N1)から本発明のPAサブユニット断片を得ることもできる。A/WSN/33株(ソ連型H1N1)はインフルエンザの研究で用いられる一般的な株であり、過去に流行していた季節性のソ連型と同系列である。A/NT/60/68株(香港型H3N2)もインフルエンザの研究で用いられる一般的な株であり、現在も流行している季節性の香港型と同系列である。A/HongKong/156/97株(1997年トリ型H5N1)は1997年にヒトに感染した高病原性トリインフルエンザである。A/Kurume/K0910/2009株(2009パンデミックH1N1)は2009年に発生したパンデミック株(久留米大学医学部感染医学講座臨床感染医学部門分離)である。
【0020】
本発明のPAサブユニット断片は、PAサブユニットのN末端断片であることが好ましい。そのようなN末端断片としては、PAサブユニットのN末から212アミノ酸までのアミノ酸配列を有する断片が挙げられる。具体的なアミノ酸配列は以下のとおりである。
MetGluAspPheValArgGlnCysPheAsnProMetIleValGluLeuAlaGluLysAlaMetLysGluTyrGlyGluAspProLysIleGluThrAsnLysPheAlaAlaIleCysThrHisLeuGluValCysPheMetTyrSerAspPheHisPheIleAspGluArgSerGluSerIleIleValGluSerGlyAspProAsnAlaLeuLeuLysHisArgPheGluIleIleGluGlyArgAspArgThrMetAlaTrpThrValValAsnSerIleCysAsnThrThrGlyValGluLysProLysPheLeuProAspLeuTyrAspTyrLysGluAsnArgPheIleGluIleGlyValThrArgArgGluValHisThrTyrTyrLeuGluLysAlaAsnLysIleLysSerGluLysThrHisIleHisIlePheSerPheThrGlyGluGluMetAlaThrLysAlaAspTyrThrLeuAspGluGluSerArgAlaArgIleLysThrArgLeuPheThrIleArgGlnGluMetAlaSerArgGlyLeuTrpAspSerPheArgGlnSerGluArgGlyGluGluThrIleGluGluLysPheGluIleThrGlyThrMetArg(配列番号4)
【0021】
本発明の他の好ましいPAサブユニット断片は、PAサブユニットのN末から少なくとも187アミノ酸までのアミノ酸配列を有する断片である(配列番号5)。本発明のさらに他の好ましいPAサブユニット断片は、PAサブユニットのN末から少なくとも188アミノ酸までのアミノ酸配列を有する断片である(配列番号6)。本発明のさらに他の好ましいPAサブユニット断片は、PAサブユニットのN末から少なくとも192アミノ酸までのアミノ酸配列を有する断片である(配列番号7)。
【0022】
これまでに報告されたPAのN末端の機能には、エンドヌクレアーゼとプロテアーゼがある。エンドヌクレアーゼは細胞のmRNAをターゲットとしており、細胞由来のmRNAキャップを切り取る作用がある。またプロテアーゼの基質は未だ不明である。この何れの機能も活性中心が報告されているので(エンドヌクレアーゼの活性中心:D108位;プロテアーゼの活性中心:T157位)、本発明らは、それぞれの活性中心のアミノ酸を置換した変異体を作成し、阻害効果を確認した。
【0023】
その結果、N212/T157A(プロテアーゼ活性欠失体)では阻害効果が維持されたのに対して、N212/D108A(エンドヌクレアーゼ活性欠失体)では阻害活性が失われた(実施例6、
図9)。このことからエンドヌクレアーゼがRNPの喪失(阻害)に関与していることが示唆された。なお、本明細書において「T157A」や「D108A」は特定のアミノ酸残基で別のアミノ酸残基に置換されていることを表し、例えば、「T157A」は157位のTがAに置換されていることを表す。
【0024】
それゆえ、本発明のPAサブユニット断片は、そのエンドヌクレアーゼ活性が保持されている限り、PAサブユニットからのどのような断片であってもよい。例えば、本発明のPAサブユニット断片は、そのエンドヌクレアーゼ活性が保持されている限り、そのアミノ酸長に制限はなく、上記配列番号4で示されるアミノ酸配列からなる断片以外にも、N末端から180位、190位、200位、210位、220位、または230位までのアミノ酸からなる断片であってよい。
【0025】
PAサブユニットの各種N末端断片についてエンドヌクレアーゼ活性をさらに詳細に検討したところ、PAサブユニットのN末から212アミノ酸までのアミノ酸配列を有する断片のうち、N末から2〜10までのアミノ酸、N末から2〜22までのアミノ酸、N末から2〜40までのアミノ酸、N末から2〜60までのアミノ酸、N末から2〜80までのアミノ酸、N末から2〜100までのアミノ酸、およびN末から2〜107までのアミノ酸をそれぞれ欠失させると阻害活性が喪失することが見出された。このことから、PAサブユニットのN末から212アミノ酸までのアミノ酸配列を有する断片のうちN末側のアミノ酸はエンドヌクレアーゼ活性にとって特に重要であることがわかった。
【0026】
さらに、PAサブユニットのN末から212アミノ酸までのアミノ酸配列を有する断片のうち、N末から7〜107までのアミノ酸、N末から27〜107までのアミノ酸、N末から47〜107までのアミノ酸、N末から67〜107までのアミノ酸、N末から87〜107までのアミノ酸、N末から16〜26までのアミノ酸、N末から29〜85までのアミノ酸、N末から52〜75までのアミノ酸、N末から52〜83までのアミノ酸、N末から110〜132までのアミノ酸、N末から137〜164までのアミノ酸およびN末から136〜186までのアミノ酸をそれぞれ欠失させると阻害活性が喪失することが見出され、上記断片のN末端付近、中央部、およびC末端付近のいずれの部位を中抜きしても阻害活性が喪失することが見出されたことから、エンドヌクレアーゼ活性にとって立体構造が重要であることがわかった。
【0027】
一方、PAサブユニットのN末から212アミノ酸までのアミノ酸配列を有する断片のうち、136からC末まで、153からC末まで、173からC末まで、177からC末まで、181からC末まで、185からC末まで、186からC末まで、および187からC末までのアミノ酸をそれぞれ欠失させると阻害活性が喪失するが、188からC末まで、189からC末まで、および193からC末までのアミノ酸をそれぞれ欠失させても阻害活性は喪失しないことが見出された。このことから、エンドヌクレアーゼ活性にはN末から少なくとも187アミノ酸までのアミノ酸配列が必須であることがわかった。さらに、189からC末まで、および193からC末までのアミノ酸を欠失させたものは、PAサブユニットのN末から212アミノ酸までのアミノ酸配列を有する断片よりも阻害活性が強くなることもわかった。
【0028】
また、PAサブユニット断片の阻害活性についてさらに詳細に検討したところ、PAサブユニット断片の阻害活性には、天然のPAサブユニットのアミノ酸配列のN末端から数えて28番目のプロリン(P)、86番目のメチオニン(M)、91番目のバリン(V)および100番目のバリン(V)よりなる群から選ばれた少なくとも1のアミノ酸を含むことが必須であることがわかった。すなわち、これら4つのアミノ酸残基は、PAのエンドヌクレアーゼ活性に影響を及ぼす必須のアミノ酸といえる。従って、本発明のPAサブユニット断片は、そのエンドヌクレアーゼ活性を保持するためには、上記4つのアミノ酸残基の少なくとも1のアミノ酸を含んでいることが必要である。
【0029】
さらに、上記のようにPAサブユニット断片の阻害活性には天然のPAサブユニットのアミノ酸配列のN末から少なくとも187アミノ酸までのアミノ酸配列が必須であることから、N末端から数えて187番目ロイシン(L)および188番目のトリプトファン(W)がエンドヌクレアーゼ活性にとって重要なアミノ酸であることが推測される。そのため、これらアミノ酸残基を置換して阻害活性に影響が出ないか調べたところ、これらアミノ酸残基のアラニン置換体は阻害活性がかなり低減することが認められた(実施例11)。それゆえ、187番目ロイシン(L)および188番目のトリプトファン(W)がエンドヌクレアーゼ活性を保持するために必須であることがわかった。
【0030】
本発明のPAサブユニット断片はまた、配列番号4のアミノ酸配列において、または上記各種PAサブユニット断片において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含むものであってよい。ここで、欠失、置換または付加されるアミノ酸の総数および位置は、得られるPAサブユニット断片がエンドヌクレアーゼ活性を保持している限り、特に限定されるものではない。欠失、置換または付加されるアミノ酸の総数は1または複数個、好ましくは1または数個であり、その具体的な範囲は、欠失に関しては通常1〜10個、好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1〜2個であり、置換に関しては通常1〜20個、好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜3個であり、付加に関しては通常1〜10個、好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1〜2個である。
【0031】
上記の変異型PAを調製するためにポリヌクレオチドに変異を導入するには、Kunkel法やGapped duplex法等の部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット、例えばQuikChange
TM Site-Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社製)、GeneTailor
TM Site-Directed Mutagenesis System(インビトロジェン社製)、TaKaRa Site-Directed Mutagenesis System(Mutan-K、Mutan-Super Express Km等:タカラバイオ社製)等を用いて行うことができる。
【0032】
PAを製造する方法としては、PAをコードする遺伝子を、そのタンパク質が発現するのに適した形態で適宜発現用ベクター内に組み込んだベクターを作製し、動物細胞、植物細胞、昆虫細胞、あるいは酵母や大腸菌等の微生物のいずれかに導入した形質転換体を作製して、その形質転換体を培養する方法が挙げられる。また、無細胞系タンパク質合成による製造方法を採用することも可能である。無細胞系タンパク質合成は、市販のキットを用いて行うことができ、そのようなキットとしては、例えば試薬キットPROTEIOSTM(東洋紡)、TNTTMSystem(プロメガ)、合成装置のPG-Mate
TM(東洋紡)、RTS(ロシュ・ダイアグノスティクス)などが挙げられる。
【0033】
このような形質転換体または無細胞系タンパク質合成により生産されたPAは、所望によりその物理学的性質、化学的性質等を利用した各種の分離操作により分離、精製することができる。精製方法としては、例えば通常の塩析法、遠心分離、超音波破砕、限外ろ過、ゲルろ過、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)等の各種液体クロマトグラフィー、透析法、これらの組合せを例示できる。
【0034】
また、PAを調製するその他の方法として、PAがアフィニティータグを融合した形になるように形質転換体または無細胞系タンパク質合成で産生させ、PAを分離、精製する方法を例示することができる。
【0035】
本発明はまた、上記PAサブユニット断片をコードする核酸をも提供する。斯かる核酸としては、PAサブユニットのN末から212アミノ酸までのアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列を有する核酸が挙げられる。具体的なヌクレオチド配列は以下のとおりである。
atggaagactttgtgcgacaatgcttcaatccaatgattgtcgagcttgcggaaaaggcaatgaaagaatatggggaagatccgaaaatcgaaacgaacaagtttgctgcaatatgcacacacttggaggtctgtttcatgtattcggattttcactttattgatgaacggagtgaatcaataattgtagaatctggagatccgaatgcattattgaaacaccgatttgaaataattgaaggaagagaccgaacgatggcctggactgtggtgaatagtatctgcaacaccacaggagttgagaaacctaaatttctcccagatttgtatgactacaaagagaaccgattcatcgaaattggagtgacacggagggaagttcatacatactatctggagaaagccaacaagataaaatccgagaagacacatattcacatattctcattcacaggggaggaaatggccaccaaagcggactacacccttgatgaagagagcagggcaagaattaaaaccaggctgttcaccataaggcaggaaatggccagtaggggtctatgggattcctttcgtcaatccgagagaggcgaagagacaattgaagaaaaatttgaaatcactggaaccatgcgctag(配列番号3)
【0036】
本発明はまた、上記核酸を含む組換えベクターをも提供する。組換えベクターを作製するには、目的とするポリペプチドのコード領域を含む適切な長さのDNA断片を調製する。目的とするポリペプチドのコード領域のヌクレオチド配列において、宿主細胞における発現に最適なコドンとなるように、ヌクレオチドを置換してもよい。次いで、このDNA断片を適当な発現ベクターのプロモーターの下流に挿入して、組換えベクターを作製することができる(例えば、Molecular Cloning2nd Edition, J. Sambrook et al., Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989を参照)。
【0037】
発現ベクターとしては、大腸菌由来のプラスミド(pBR322,pBR325,pUC12,pUC13など)、枯草菌由来のプラスミド(pUB110,pTP5,pC194など)、酵母由来プラスミド(pSH19,pSH15など)、λファージなどのバクテリオファージ、レトロウイルス,ワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫病原ウイルスなどを用いることができる。
【0038】
発現ベクターには、プロモーター、エンハンサー、リボソーム結合サイト、種々のシグナル配列(スプライシングシグナル、ポリA付加シグナルなど)、クローニングサイト、翻訳・転写ターミネーター、選択マーカー、SV40複製オリジンなどを付加してもよい。このようなベクターの例としては、pGEXシリーズ(アマシャムファルマシアバイオテク社)、pET Expression Syetem(Novagen社)などを例示することができる。
【0039】
本発明はまた、上記ベクターを含む形質転換細胞をも提供する。組換えベクターを宿主細胞に導入するには、Molecular Cloning 2nd Edition, J. Sambrook et al., Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989に記載の方法(例えば、リン酸カルシウム法、DEAE-デキストラン法、トランスベクション法、マイクロインジェクション法、リポフェクション法、エレクロトポレーション法、形質導入法、スクレープローディング法、ショットガン法など)または感染により行うことができる。
【0040】
宿主細胞としては、細菌細胞(例えば、エシェリヒア属菌、バチルス属菌、枯草菌など)、真菌細胞(例えば、酵母、アスペルギルスなど)、昆虫細胞(例えば、S2細胞、Sf細胞など)、動物細胞(例えば、CHO細胞、COS細胞、HeLa細胞、C127細胞、3T3細胞、BHK細胞、HEK293細胞など)、植物細胞などを例示することができる。本発明の実施例ではHEK293T細胞を用いた。
【0041】
本発明はまた、本発明のインフルエンザウイルス由来PAサブユニット断片を含むインフルエンザウイルス阻害薬をも提供する。上記インフルエンザウイルス阻害薬は、本発明のインフルエンザウイルス由来PAサブユニット断片を有効成分として少なくとも1種以上含んでおり、必要に応じて薬学的に許容される添加物を含んでいてもよい。
【0042】
本発明のインフルエンザウイルス阻害薬は、経口、非経口または局所的な経路のいずれかにより投与することができる。投与量は、治療対象動物(哺乳類、特にはヒト)の種およびその薬剤に対する個体の応答性、並びに選択される製剤の剤形および投与時間や間隔などに依存して変化するが、一般には、前記インフルエンザウイルス由来PAサブユニット断片約10mgから約200mg/日、好ましくは約15mgから約150mg/日、さらに好ましくは約20mgから約100mg/日の範囲の用量で投与することができる。本発明のインフルエンザウイルス阻害薬は、前記のインフルエンザウイルス由来PAサブユニット断片以外に、場合により医薬的に許容することのできる公知の担体若しくは希釈剤との組合せで、経口、非経口または局所的な経路のいずれかにより、単回または複数回で投与することができる。本発明のインフルエンザウイルス阻害薬は、種々の異なる剤形、例えば、錠剤、カプセル剤、ロゼンジ剤、トローチ剤、ハードキャンディー、粉末剤、スプレー剤、クリーム剤、軟膏剤、坐剤、ゼリー剤、ゲル剤、ペースト剤、ローション剤、軟膏剤、水性懸濁剤、注射用溶液剤、エリキシル剤、またはシロップ剤などにすることができる。
【0043】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0044】
インフルエンザウイルス由来PAサブユニット断片によるインフルエンザウイルスの増殖抑制
E−MEM(10%FBS)(日水)培地を用いて、HEK293T細胞(Human Embryonic Kidney Cell)を75cm
2フラスコにて80%コンフルエントまで37℃、5%CO
2存在下で培養した。293T細胞の培地を丁寧に取り除き、1mlの0.25%トリプシン(1mM EDTA含む)(Nakarai)で処理し、30mlのE−MEM(10%FBS含む)を加え縣濁した。懸濁細胞液を6穴プレートに各2ml撒いた。
【0045】
インフルエンザウイルスのRNP構築用のプラスミドをそれぞれ0.2μg/μlにて調製した。RNP構成タンパク質は、A/WSN/33(H1N1)由来のPB1、PB2、PA、NPの4種類であった。鋳型用RNAとしては、A/WSN/33(H1N1)由来のNA遺伝子、またはNA遺伝子をルシフェラーゼ遺伝子に置換したものを用いた。各構成タンパク質をコードする核酸はpcDNA3.1(+)(Invitrogen)に挿入したものを用いた。鋳型用RNAはpPOLI(Fodor E, et al. J Virol 76: 8989-9001. 2002)に挿入したものを用いた。
【0046】
阻害薬として利用するPA断片の発現用プラスミドも同様に0.2μg/μlに調製した。この発現用プラスミドは、阻害効果のある目的部位株(A/Vietnam/1194/2004(H5N1))由来PAのN末端212アミノ酸(「VN PA N212」)をpcDNA3.1(+)(Invitrogen)に挿入したものであった。また、阻害効果の比較対象として、PAのC末端505アミノ酸(PA C716)を用いた。
【0047】
1.5mlテューブにOpti−MEM(GIBCO)50μlを入れ、上記RNP構築用プラスミドを各1μlずつ加えた。同じテューブに、上記PA断片の発現用プラスミドを1μl加えた。新しい1.5mlテューブにOpti−MEM250μlを入れ、Lipofectamine2000(Invitrogen)を24μl加え、軽く縣濁した。これに上記プラスミド溶液を加え、軽く縣濁の後、室温で20分間インキュベートした。この懸濁液300μl(全量)をプレート上の懸濁細胞液に接種した。細胞を30時間、37℃、5%CO
2存在下で培養した。培養液を取り除き、細胞を細胞懸濁液(Cell lysis buffer, Promega)に縣濁したものをルシフェラーゼの活性測定(Luciferase活性測定用キット、Promega)に用いた。活性測定は、Promegaの添付マニュアルに準じて行った(測定機器:EG&G BERTHOLD, Lumat LB 9507)。またはトータルRNAを抽出しRNP活性をPrimer Extension Assay(T. Kashiwagi, et al. PLoS ONE 4(5): e5473. 2009)にて測定した。
【0048】
結果を
図4に示す。VN PA N212は著しい阻害活性を示しており、低濃度の段階からWSN RNPの活性が顕著な低下を示すことがわかった。
【実施例2】
【0049】
他のインフルエンザウイルス株由来PAサブユニット断片によるインフルエンザウイルスの増殖抑制
実施例1と同様の手順により、A/Vietnam/1194/2004(H5N1)株以外の他のインフルエンザウイルス株由来のPAサブユニット断片についてインフルエンザウイルスの増殖抑制効果を調べた。他のインフルエンザウイルス株としては、A/WSN/33株(ソ連型H1N1)、A/NT/60/68株(香港型H3N2)、A/HongKong/156/97株(1997年トリ型H5N1)およびA/Kurume/K0910/2009株(2009パンデミックH1N1)を用いた。ルシフェラーゼによるレポーターアッセイによる確認だけでなく、インフルエンザウイルスの遺伝子複製と転写活性を特異的に検出できる実験系(Primer Extension Assay)でも確認を行った。
【0050】
結果を
図5に示す。
図5左パネルに示す結果から明らかなように、上記のいずれのインフルエンザウイルス株由来のPAサブユニット断片も阻害活性を示したが、A/Kurume/K0910/2009株(2009パンデミックH1N1)由来のPAサブユニット断片にA/Vietnam/1194/2004(H5N1)と同程度の著しい阻害活性が認められた。Primer Extension Assayによる測定でも同様の結果が得られた(
図5右パネル)。また、インターナルコントロールである5S rRNAには変化がないことから、インフルエンザウイルスの遺伝子複製に特異的に作用していることが示唆された。A/Vietnam/1194/2004(H5N1)とA/Kurume/K0910/2009株(2009パンデミックH1N1)のPAサブユニットは分子系統上近縁であり、この2つの株に特有のアミノ酸配列が阻害に関与していることが示唆された。
【実施例3】
【0051】
ウミシイタケルシフェラーゼを用いた阻害活性の測定
特異性をさらに検証するため、ウミシイタケルシフェラーゼをコントロールとして用いた測定を行った。実施例1に記載のプラスミドに加えて、ウミシイタケルシフェラーゼを発現するプラスミドとしてpRL-TKを用いた以外は実施例1と同様の手順に従った。
ホタルルシフェラーゼは、細胞内の人工インフルエンザウイルスRNPから生成されるのに対し、ウミシイタケルシフェラーゼは、インフルエンザウイルスRNPとは完全に独立して細胞内に発現した(インターナルコントロール)。この2つのルシフェラーゼは発色基質が異なり、PromegaのDual luciferase測定キットを用いることで、2つのルシフェラーゼの活性を区別して測定できた。測定方法はPromegaの添付マニュアルに準じて行った。
【0052】
結果を
図6に示す。
図6に示す結果から明らかなように、VN PA N212を加えた場合には、ホタルルシフェラーゼ(インフルエンザウイルスの遺伝子複製酵素によって産生)は顕著に喪失したのに対して、ウミシイタケルシフェラーゼ(細胞によって産生)は約半分程度の低下に留まった(RNP+pRL+N212)。コントロールとしてC末側のVN PAを加えた場合には、これらの変化は見られなかった(RNP+pRL+C716)。この結果から、VN PA N212はインフルエンザウイルスのRNPに特異的に作用していることが確認された。
【実施例4】
【0053】
様々なインフルエンザウイルス株に対する阻害活性の測定
他のインフルエンザウイルス株へのVN PA N212の作用を確認した。実施例1で用いたA/WSN/33(H1N1)に代えて、A/NT/60/68株(香港型H3N2)、A/HongKong/156/97株(1997年トリ型H5N1)、A/WSN/33株(ソ連型H1N1)およびA/Kurume/K0910/2009株(2009パンデミックH1N1)を用いた以外は実施例1と同様の手順に従った。
【0054】
結果を
図7に示す。
図7に示す結果から明らかなように、VN PA N212はA/NT/60/68株(香港型H3N2)、A/HongKong/156/97株(1997年トリ型H5N1)、A/WSN/33株(ソ連型H1N1)およびA/Kurume/K0910/2009株(2009パンデミックH1N1)のいずれに対してもA/WSN/33(H1N1)に対すると同様の著しい阻害活性を示した。このことから、VN PA N212はヒトに主に影響を及ぼすであろう何れの株に対しても高い阻害効果を有することがわかった。
【実施例5】
【0055】
各RNP構成サブユニットに対する阻害活性の測定
阻害メカニズムを探るために、インフルエンザウイルスのRNPを構成するそれぞれのサブユニットの細胞内発現を確認した。
実施例4で用いた細胞抽出液の中のタンパク質量をSDS−PAGE法(12%ゲル化剤)およびウエスタンブロット法(20%メタノール、100V、1時間、Millipore製PVDF膜)を用いて測定した。PA、PB1、NPの検出には、それぞれを認識するウサギ由来のIgGを用いた。インターナルコントロールとして細胞内に恒常的に発現しているベータアクチンを測定した。ベータアクチンの検出用抗体はマウス由来のIgGであった。
【0056】
結果を
図8に示す。
図8に示す結果から明らかなように、何れのサブユニット(PB1、PA、NP)も発現が抑制されていることがわかった(パネルPA(上段)、PB1およびNPの矢印)。また、VN PA N212自体の発現は正常に検出された(パネルPA(下段)の矢印)。インターナルコントロールとしてのベータアクチンの発現は正常であった(パネルβ-Actinの矢印)。以上から、VN PA N212を加えることで、インフルエンザウイルスのRNP自体が細胞内から喪失していることがわかった。ベータアクチンの発現量は顕著な低下を示していないことから、インフルエンザウイルスのRNPに特異的に作用していることが示唆された。
【実施例6】
【0057】
PAサブユニット断片変異体による阻害活性の測定(1)
PAサブユニット断片による阻害メカニズムを調べるため、PAサブユニット断片に変異を導入して阻害活性を測定した。
これまでに報告されたPAのN末端の機能に、エンドヌクレアーゼとプロテアーゼがある。エンドヌクレアーゼは細胞のmRNAをターゲットとしており、細胞由来のmRNAキャップを切り取る作用がある。またプロテアーゼの基質は未だ不明である。この何れの機能も活性中心が報告されているのでそれぞれの変異体を作成し、阻害効果を確認した。
【0058】
VN PA N212に代えてVN PA N212変異体を用いた以外は実施例1と同様の手順に従った。VN PA N212変異体の作成にはsite-directed mutagenesis法(DpnI処理法)により、QuikChange
TM Site-Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社製)を用いた。
【0059】
結果を
図9に示す。
図9に示す結果から明らかなように、N212/T157A(プロテアーゼ活性欠失体)では阻害効果が維持されているのに対して、N212/D108A(エンドヌクレアーゼ活性欠失体)では阻害活性が失われた。このことからVN PA N212のエンドヌクレアーゼ活性がRNPの喪失(阻害)に関与していることが示唆された。
【実施例7】
【0060】
PAサブユニット断片変異体による阻害活性の測定(2)
エンドヌクレアーゼの活性中心はD108だけでなく、K134にも報告がある。そこでさらに深く検証するために、実施例6と同様の手順に従って、108位だけでなく134位の変異体も作成し確認を行った。
【0061】
結果を
図10に示す。
図10に示す結果から明らかなように、N212/K134AでもN212/D108Aと同様に阻害活性が失われた。このことからVN PA N212のエンドヌクレアーゼ活性がRNPの喪失(阻害)に関与していることがさらに確認された。
【実施例8】
【0062】
PAサブユニット断片変異体を用いたRNPの発現
VN PA N212変異体を用いてRNPの発現を確認した。実施例7で用いた細胞抽出液の中のタンパク質量をSDS−PAGE法(12%ゲル化剤)およびウエスタンブロット法(20%メタノール、100V、1時間、Millipore製PVDF膜)を用いて測定した以外は実施例5と同様の手順に従った。
【0063】
結果を
図11に示す。
図11に示す結果から明らかなように、エンドヌクレアーゼを欠損したVN PA N212ではRNPの発現が確認された。このことからも、VN PA N212のエンドヌクレアーゼ活性がRNPの喪失に関与していることが確認された。以上のことから、VN PA N212には、インフルエンザウイルスのRNP活性を著しく低下させる作用があり、それはRNP自体の喪失によって起こっていることがわかった。またそのメカニズムとしてVN PA N212のエンドヌクレアーゼが関与していることが示唆された。
【実施例9】
【0064】
PAサブユニット断片変異体による阻害活性の測定(3)
PAサブユニット断片による阻害メカニズムをさらに詳細に調べるため、PAサブユニット断片に欠失を導入した各種断片を調製した。具体的には、VN PA N212において、以下のアミノ酸をそれぞれ欠失させた断片を調製した(
図12)。
【表1】
【0065】
これら断片の調製は、VN PA N212に代えてVN PA N212欠失変異体を用いた以外は実施例1と同様の手順に従った。VN PA N212変異体の作成にはsite-directed mutagenesis法(DpnI処理法)により、QuikChange
TM Site-Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社製)を用いた。
【0066】
結果を
図12に示す。
図12に示す結果から明らかなように、VN PA N212において、N末から2〜10までのアミノ酸(d2−10)、N末から2〜22までのアミノ酸(d2−22)、N末から2〜40までのアミノ酸(d2−40)、N末から2〜60までのアミノ酸(d2−60)、N末から2〜80までのアミノ酸(d2−80)、N末から2〜100までのアミノ酸(d2−100)およびN末から2〜107までのアミノ酸(d2−107)をそれぞれ欠失させると阻害活性が喪失することが認められた。このことから、PAサブユニットのN末から212アミノ酸までのアミノ酸配列を有する断片のうちN末側のアミノ酸はエンドヌクレアーゼ活性にとって特に重要であることがわかった。
【0067】
また、VN PA N212において、N末から7〜107までのアミノ酸(d2−107)、N末から27〜107までのアミノ酸(d27−107)、N末から47〜107までのアミノ酸(d47−107)、N末から67〜107までのアミノ酸(d67−107)、N末から87〜107までのアミノ酸(d87−107)、N末から16〜26までのアミノ酸(d16−26)、N末から29〜85までのアミノ酸(d29−85)、N末から52〜75までのアミノ酸(d52−75)、N末から52〜83までのアミノ酸(d52−83)、N末から110〜132までのアミノ酸(d110−132)、N末から137〜164までのアミノ酸(d137−164)、およびN末から136〜186までのアミノ酸(d136−186)をそれぞれ欠失させると阻害活性が喪失することが認められた。このように、VN PA N212のN末端付近、中央部、およびC末端付近のいずれの部位を中抜きしても阻害活性が喪失することから、エンドヌクレアーゼ活性にとって立体構造が重要であることがわかった。
【実施例10】
【0068】
PAサブユニット断片変異体による阻害活性の測定(4)
PAサブユニット断片による阻害メカニズムをさらに詳細に調べるため、PAサブユニット断片に欠失を導入した各種断片を調製した。具体的には、VN PA N212において、以下のアミノ酸をそれぞれ欠失させた断片を調製した(
図13)。
【表2】
【0069】
これら断片の調製は、VN PA N212に代えてVN PA N212欠失変異体を用いた以外は実施例1と同様の手順に従った。VN PA N212変異体の作成にはsite-directed mutagenesis法(DpnI処理法)により、QuikChange
TM Site-Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社製)を用いた。
【0070】
結果を
図13に示す。
図13に示す結果から明らかなように、VN PA N212において、136からC末までのアミノ酸(N135)、153からC末までのアミノ酸(N152)、173からC末までのアミノ酸(N172)、177からC末までのアミノ酸(N176)、181からC末までのアミノ酸(N180)、185からC末までのアミノ酸(N184)、186からC末までのアミノ酸(N185)、187からC末までのアミノ酸(N186)をそれぞれ欠失させると阻害活性が喪失するが、188からC末までのアミノ酸(N187)、189からC末までのアミノ酸(N188)、および193からC末までのアミノ酸(N192)を欠失させても阻害活性は喪失しないことが認められた。特に、N188およびN192に関しては、VN PA N212よりも強い阻害活性が認められた。このことから、エンドヌクレアーゼ活性にはN末から少なくとも187アミノ酸までのアミノ酸配列が必須であることがわかった。
【実施例11】
【0071】
PAサブユニット断片変異体による阻害活性の測定(5)
実施例10の結果は、PAサブユニット断片の阻害活性には天然のPAサブユニットのアミノ酸配列のN末から少なくとも187アミノ酸までのアミノ酸配列が必須であることを示した。このことから、N末端から数えて187番目ロイシン(L)および188番目のトリプトファン(W)がエンドヌクレアーゼ活性にとって重要なアミノ酸であることが推測された。そこで、これらアミノ酸残基を置換して阻害活性に影響が出ないか調べた。具体的には、これらアミノ酸残基をアラニンに置換した断片を調製して阻害活性を調べた(N212/L187AおよびN212/W188A;
図14)。
【0072】
これら断片の調製は、VN PA N212に代えてVN PA N212変異体を用いた以外は実施例1と同様の手順に従った。VN PA N212変異体の作成にはsite-directed mutagenesis法(DpnI処理法)により、QuikChange
TM Site-Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社製)を用いた。
【0073】
結果を
図14に示す。
図14に示す結果から明らかなように、これらアミノ酸残基のアラニン置換体は阻害活性が完全に喪失するわけではないが、かなり低減することが認められた。それゆえ、187番目のロイシン(L)および188番目のトリプトファン(W)がエンドヌクレアーゼ活性を保持するために必須であることが証明された。
【実施例12】
【0074】
インフルエンザウイルス由来PAサブユニット断片によるインフルエンザウイルスの増殖抑制(2)
本発明ではPAサブユニット断片を発現させるのに発現ベクターとしてプラスミドを用いているので、本発明の阻害活性がPAサブユニット断片によるのでなくプラスミドそのもの、あるいはプラスミドを導入するという行為によるのではないかとの疑念が残る。そこで、斯かる疑念を除くため、以下の実験を行った。
PA断片の発現用プラスミドとしては、VN PA N212をpcDNA3.1(+)に挿入したもの、および阻害効果の比較対象として、PAのC末端504アミノ酸(VN/PA/C504)をpcDNA3.1(+)に挿入したものおよびプラスミド単独のpcDNA3.1(+)を用いた他は、実施例1と同様に行った。
【0075】
結果を
図15に示す。VN PA N212をpcDNA3.1(+)に挿入したもののみが著しい阻害活性を示しており、プラスミドそのもの、あるいはプラスミドを導入するという行為が阻害効果を示しているのでないことが確認された。このことから、プラスミドから合成されるPAサブユニット断片が阻害効果の本体であると推測された。
【実施例13】
【0076】
各RNP構成サブユニットに対する阻害活性の測定(2)、PAサブユニット断片変異体による阻害活性の測定(6)およびPAサブユニット断片変異体を用いたRNPの発現(2)
本発明のPAサブユニット断片が本当に細胞内に発現して作用しているのかという懸念を解消するため、以下の実験を行った。
【0077】
実施例5に示すように、本発明のPAサブユニット断片を作用させると、インフルエンザウイルスのRNPの構成成分(PB1、PB2、PA、NP)が細胞内から喪失する(
図8参照)。
実施例5と同様にして、VN PA N212およびVN/PA/C504について、インフルエンザウイルスのRNPを構成するそれぞれのサブユニットの細胞内発現を確認した。2種の濃度について試験した。
結果を
図16に示す(
図16A)。VN PA N212の発現が確認され、また、その濃度に応じて、RNPの構成成分が全て喪失していた(
図16A)。この結果と上記実施例12の結果(プラスミド単独の結果)とから、プラスミドから発現したPAサブユニット断片が阻害効果を発揮していると確認できた。また、ベータアクチンの発現量は顕著な低下を示していないことから、インフルエンザウイルスのRNPに特異的に作用していることが示唆された。
つぎに、阻害効果には108番目と134番目のエンドヌクレアーゼの活性中心が必要なことは、実施例6および7に示したとおりである。そこで、N212/D108A、N212/K134AおよびN212/T157Aについて、実施例5と同様にして発現させた。また、これら変異体について、実施例6と同様にして阻害活性を調べた。その結果を
図16に示す(
図16BおよびC)。
N212/T157A、N212/K134A、N212/D108Aの全ての変異体において発現が確認された。ここで、エンドヌクレアーゼに関与している部位を変異した断片(N212/K134AとN212/D108A)では、PAサブユニット断片が発現されているにも拘わらず、阻害作用は認められなかった(すなわち、RNPの発現が抑えられなかった)。一方、エンドヌクレアーゼに関わらない部位を変異した断片(N212/T157A)では阻害効果が認められた。これらのことから、エンドヌクレーゼの関与が再度確認され、さらにPAサブユニット断片が発現し、RNPの消失に作用していることが確認された。